2:文豪理髪事情
3:歯磨きについて
お題は「リライト」(閉鎖されたようです)より。pixivより転載
足の指を舐める
本来は女性向けの商品だという。
「……部屋で足湯かね」
「司書に通販でお勧めされたんですよ。そういうわけでこのまま失礼します」
椅子に腰掛け読書をする。その姿は常と変わらなかった。問題は腰から下だ。今の花袋は着流しに身を包んでいる。着物の裾を捲り、両脚を白いバケツに突っ込んでいた。普通のバケツより横幅が広くて、両脚を揃えて入れられるように型が決まっていた。その上から大きいバスタオルを被せている。ローテーブルには鍋敷きの上にヤカンが置かれていた。よく見ればその傍に入浴剤らしき小袋も口を切っておかれている。後ろ手に扉を閉める森に花袋は笑った。
「足湯セットですって。バケツもセットのうちなんですよ」
「また大仰な。……今淹れているのは何の入浴剤だ」
「えーとたしか紅茶がどうのってあったな。女子向けのだから甘い香りのばっかなんですよね。これはマシな方で……さてそろそろ上がるか」
言って花袋はバスタオルを取り去る。バケツの中の湯の色は確かに赤茶色をしていた。
「ここまで忠実に紅茶の色を再現しなくてもいいと思うが」
思わずしゃがみ込んでまじまじと観察すると、花袋は恥じらうように足を引っ込める。バスタオルで足を拭きながら苦笑した。
「オレもそう思いますがね。紅茶の成分を出したら自然と赤くなっちゃったんじゃないですかね」
「そんなものか。……」
バケツを退かしてやると、花袋は拭いた方の足を垂らした。それを眺める。普段ショートブーツに覆われていて中々落ち着いて見ることが少ない。日に焼けておらず、形の良い足だ。不意に悪心が首を擡げた。
「ちょっ――先生!?」
足首を掴む。そして足の指を口に含んだ。
紅茶の入浴剤というだけあり香気が漂う。それに皮膚の塩辛い味がした。親指を口から離すと、逃げようとする足をしっかりと掴んで人差し指から小指の腹を舐った。足の指の間に舌を這わす。森の肉厚な舌が足の甲にまで及びそうになると、頭を抑え付けてくる手の感触がした。
「……花袋くん。続きができないんだが」
「しなくて……いいです。先生。急に何をするんですか」
吐息混じりに花袋がいう。花袋が手を退けると森はしれっといった。
「つい」
「ついって! ちょ、もう放し――」
「断る」
床に落ちていたもう片方の足に手を這わせる。昼間だが、1度起きた悪心を切欠に火が点いていた。バケツの湯は既に冷めている。
髪を切る
煩そうに前髪を掻き上げる。それを見て花袋はいった。
「先生。そろそろ床屋で切ってもらった方が良いですよ」
「……そうだな。襟足も伸びてきた」
「お前らまだ戦闘は終わってねーぞ!」
「のんきやなー」
太宰と織田が彼らの会話につっこむ。有碍書への潜書中、ラスボス戦でのことだ。
「前髪を全部上げちゃうんなら、いっそもっと短く切っちゃっても良いんじゃないですか。幸田先生ぐらい」
「あまり気が進まないな……」
潜書は午前中のことだった。廊下を歩きながら、司書にいって午後は休みを取り床屋に行くことにした森に花袋が提案する。幸田ほどといえば今より何cmも切り込むことになる。
「そっちも似合うと思いますよ」
「似合う似合わないより、髪型を変えるのがお空だな」
「どうせ生まれ変わったんですし、もっと積極的になりましょうよ」
「じゃあ君も丸坊主にする気はあるか」
「オレは今の髪型で特に不自由してませんから」
やたらと絡んでくる花袋は、森の言葉で自らの頭を抱えて左右に振った。森は怪訝に思って尋ねる。
「今日はどうしたんだ花袋くん。俺の前髪が長いのがそんなに気に食わなかったのか」
途端に花袋は口を噤んだ。顔を伏せる。彼がその理由をいったのは森が自室についたときだった。顔を赤くしている。
「…………昨夜。前髪が垂れてきて……腹とかが、くすぐったかったんで」
「……善処する」
夜は余裕がない。しかし花袋があまりに必死だったので、森は床屋で心持ち短く切ってもらうように決めた。
並んで歯を磨く
「食後直ぐに歯を磨くのは、かえって虫歯を作りやすいって説もあるそうですよ」
いいながらコップに水を注ぐ。突っ込んでいた歯ブラシに歯磨き粉をつけた。
「それはひょっとしなくても司書に聞いたんだな」
「本人も食事のあと直ぐに歯磨きしながらいってたんで、説得力に欠けてましたけどね」
先に口に歯ブラシを突っ込んでいた森は、花袋の言葉に僅かに笑って応えた。雑学王の司書の豆知識はこんなところに出て来る。昼食後。共同の洗面所に今射るのは花袋と森の2人だけだった。他の者はまだ食事を摂っているかとっくに歯磨きを終えていた。
「それにしても今の歯磨き粉ってめっちゃすーすーしますよね」
「俺も驚いた」
「歯ブラシも進化しましたけど、こっちの方に驚きました」
現在、帝國図書館にいる文豪の中でも森と花袋は年長の部類だ。特に森は小泉が転生してくるまでは最年長だった。気を抜くとジェネレーションギャップの話ばかりになる。このときも100年ほど死んでいた間の進歩の話で盛り上がった。
「しかもフッ素とか口臭予防とか……どれを買えばいいのかわかんないぐらいうたい文句がどれもこれも高らかで。無難に虫歯予防のにしましたけど、先生は」
「俺も同じようなものだな」
いって互いの歯磨き粉を見せ合う。ブランドこそ違うが「虫歯予防」を強く主張している点が一緒だ。それを看たあとで「ああでも」と思い出したように花袋はいう。
「新美や宮沢の使ってた子供用歯磨き粉に1番吃驚したかも」
「メロン味や苺味というのだったな」
「味なんてあったら飲んじゃいそうで怖いです。子どもに磨かせることを優先して考えるならああいうのがいいんでしょうが」
「あと芥川くんや菊池くんが使っている、歯を白くする歯磨き粉か。今は本当にいろんなのが……」
「2人とも。仲が良いのはわかったからとっとと磨け」
背後から通りすがりの幸田にいわれ、2人はやっと歯磨きを再開した。
了