2:リアルねこ●つめ
3:ちょっとひんやり
お題は「リライト」(閉鎖されたようです)より。pixivより転載
化粧をする
蓋を開くと、それは紅だった。薬指が紅をひとつ、掬う。それが唇の縁を辿り、淡い色をつけた。
「……おや。見られていましたか」
「ああいや」
厠の手洗い場。鏡の前で化粧を直していた谷崎を目撃したのは偶々だ。彼は容器の蓋を閉じると、まじまじと自分の姿を眺めていた花袋に微笑む。彼は決まり悪そうに手を振ったが、思い切った様子で尋ねた。
「化粧をしてるんだな」
「ええ。ほんの少しですがね。似合うでしょう」
「似合うから怖いな」
現在の谷崎は、本人がそう見せているのもあるだろう。一見して長身の美女にも映る。それは本人のなよやかな仕種も相俟って戦闘中の殺気との落差が凄まじい。外見からして男性的な佐藤とはつくづく正反対だなと花袋は思っていた。谷崎は優しげに笑んだ。ポーチから別の容器を取り出す、
「よかったら田山さん。あなたもお化粧をしてみませんか」
「え。いいって。オレはお前みたいに似合わないし」
「いえいえ。唇ではなく、目元にほんの少し塗るだけですよ」
そういわれ、結局肯いたのは好奇心が最大だった。
森が花袋の髪を掬ったのは、潜書のあとのことだ。目元を見て得心する。
「ああ。これは化粧か。谷崎くんにやってもらったのか」
「ええ。好奇心に負けちゃいました。谷崎ははしゃいでいましたけど……」
どうやら戦闘中に気付いたらしい。森の観察力に驚くべきか。谷崎が荷風の横で意味深長に微笑んでいるのを尻目に、内心で焦っていると森はいう。
「君が矢を射るときに、銭湯で顔が赤く映えるんだ。そのときに特に目元が赤くなるんだが、それが強調されていたなと思ってな」
「変でしたか」
「君の活き活きした表情がよく映えていたと思った。普段から君は表情が素晴らしい」
手放しで真っ向から褒められる。狼狽えた花袋は思わず目元を激しく擦った。止められた。
動物と遊ぶ
たしかに中島や室生から、猫が出入りしているとは聞いていた。餌をやっているのだから当然寄りつくだろう。しかし限度がある。
「なんで7匹もいるんだよ」
「いやあ何でだろうな」
「いつもはバラバラにくる猫さんたちが今日はいちどきに集まってしまって……喧嘩しないだけマシですかね」
毛色は茶トラに白黒。黒トラに黒猫とてんでばらばら。変化に富んでいるといえば聞こえがいい雑多な毛並みの猫たちだった。見ていると図書館の文豪たちの個性を想起させられる――黒トラの猫の頭を撫でる。山猫のように堅太りしていた。花袋は甘く鈴の鳴るような声をするその雄猫の前足を掴んだ。
「こんなに野良猫を呼ぶと司書がいい顔をしねーぞ」
「大丈夫。司書は猫派だ。偶に俺らと一緒に塩抜きをした煮干しをやってるし」
「どうしようもねえなあいつ」
「花袋さんの仰有りたいことはわかりますよ。ご近所さんのこともありますし、たまにしかあげてなかったんですけど……」
「――随分と集まったな」
「森先生」
声が真上から降ってきたので仰け反るように振り向く。休憩しに来たのだろう。森は白衣を脱いでいた。花袋の隣にしゃがみ込むと、寄ってきた小柄な茶トラの猫を撫でた。夥しい猫の量に眉を顰める。
「これだけ集まると司書が怒るんじゃないか」
「買収済みです」
「オレと全く同じ質問をしましたね先生」
「気になるところはそこだろう。買収済みなら俺からいうことは特にないな」
いって怪訝そうな視線を受け止める森は、茶トラの雌猫を抱き上げた。
「俺と花袋くんの仲の他、多数の付き合っている者達を容認している司書だ。いざとなれば野良猫ぐらいアニマルセラピーの一環として政府に認めさせて飼うぐらいはしてくれるだろう」
「あのすいません。オレらのことをいう必要はありましたか!?」
花袋が猫のように毛を逆立てた。
散歩をする
館内でも、アルケミストの司書が内装をころころ変えるのだ。中庭も「組み替え」が行われても不思議ではない。
「こんな道、あったっけ」
庭を散歩していたとき、茂みの中に小道を見つけた。花袋は辺りを見渡す。朝靄の中、人気はない。朝食のあとに「仕事は午後から」だと伝えられた花袋は、腹ごなしも兼ねて中庭に出てきた。そこでこの茂みの奥に小道を見つけて首を傾げた。
「司書がいじったのか」
ひとり呟いても応える相手はいない。かといって司書に聞きに引き返すと、この道を見失ってしまいそうだ。折角見つけたのに、それは残念なことのように思えた。
ひとまず進んでみよう。行き止まりだったら引き返せばいい。迷うことはないだろう。
「先生。森先生。花袋先生を見ませんでしたか」
医務室を出て用を足した帰り。慌てた様子の司書に声を掛けられた。森は司書の様子に内心で首を傾げながらも頭を振った。
「いや。花袋くんになにかあったのか」
「仕事の時間になっても来ないんです。今日は午後からお願いしますっていってたし花袋先生も了承したのに。花袋先生が遅くなるっていったら大抵は森先生絡みなので」
「それについてはまた今度話し合おう。……行方不明なのか」
それは穏やかではない。まして花袋のことだ。司書の顔色がさらに悪くなったとき、足音がした。
花袋だ。
「あれ。先生と司書。どうしたんですか」
「花袋先生! どこに行ってたんですか、もう午後ですよ」
「えっ。あそこにいたのにそんなに時間が経ってたのか」
中庭から戻ってきたらしい。花袋は歩いてやって来た。顔色が戻った司書は花袋に「潜書がありますから、昼食を食べ終えたら来てくださいね」と告げると足早に去っていった。頭を掻いて、夢見ているような花袋に森は尋ねる。
「どうやら中庭にいたようだが、どうしたんだ」
「ああ先生。東屋があったんです」
「東屋」
「茂みの奥に小道があって。そこを潜ったら小さい東屋があって……傍には池もあって。中々風情のあるところでしたよ。あとで森先生もご案内しますね」
言って花袋はさっさと食堂へ向かった。森はある予感を抱いて彼を見送った。
きっと自分は彼のいう東屋は見られないだろう。時を忘れるマヨヒガのようだ。
「東屋? そんなのありませんよ」
了