1P:ここでは森先生は風呂嫌いじゃないです
2P:森(←)花袋。花袋先生は自分の気持ちに気付いてません
3P:あのイケボに歌って欲しかった
お題は「リライト」(閉鎖されたようです)より。pixivより転載
ドライブ
息子は誰に似たのか温泉が好きだ。そう彼の母親がいっていた。だから同僚から近所の温泉宿へのチケットを2人分渡されたとき、真っ先に思い浮かんだのが花袋の顔だった。彼の喜びようは笑顔が花開いたようだと記憶に残す。
「楽しみですね! 温泉とご飯!」
「そうだな。シートベルトはしっかり締めるように」
花袋は二輪の運転免許を持っているが、旅行には車の方が向いている。そういうわけで温泉宿は車でドライブと相成った。荷物を詰め込むと車に乗り込む。助手席に座った花袋がカーナビを見た。
「まずは高速道路に乗るんでしたっけ」
「そうだな。あとはナビに任せよう。ところで長距離ドライブになるが、酔い止めは飲んだか」
「出て来るときに飲みましたし帰り用のも持ってきました。心配ありがとうございます」
そういって車を走り出させる中、花袋は目を輝かせていた。それに笑みがこぼれる。余程楽しみなのだろう。ふと疑問に思って森はハンドルを切りながら尋ねた。
「そんなに温泉が好きなら、以前はどうしてたんだね」
「近所のスーパー銭湯に通ってました。天然温泉があるところもありますし。今も先生がお留守のときに通ってますよ」
「……俺も今度一緒に行くか」
「いいですね! まずは今日行く温泉を楽しみましょう。湯の種類がたくさんあるって聞きましたし」
これからの予定も立ったところで花袋が事前に買い込んでいた菓子をさっそく開けようとしていた。それに少しだけ安堵する。
母子家庭で育った上に母親を亡くしてから、花袋は高校生にも関わらず年不相応にしっかりしていた。しすぎているといってもいい。だからこうして無邪気にはしゃぐ姿を見ると、年相応という言葉が頭に浮かぶ。チケットをもらって良かった。森はアクセルを踏みながらそう感じた。
共白髪
本当なら、自分の母が彼と同じ道を歩むはずだったのだ。
「お祝儀ですか」
「大学時代の同期が結婚するそうだ」
そういって礼服を陰干しする。テーブルの片隅に祝儀袋が置かれているのをみて、バイトから帰ってきた花袋が尋ねると溜息混じりにそう返事が来た。急な出費と冠婚葬祭の煩雑さの双方に疎ましく思っているようだ。普段は落ち着いている森が滲ませる人間味に声を出さず微笑んでしまう。森はブラシでスーツの誇りを取り去りながら呟いた。
「面倒だが同期には共白髪をして欲しいしな。祝ってはやるつもりだ」
「……そうですね」
途端に視界が霞む。夕食を作る前に着替えてこよう。曖昧に相槌を打つと花袋は自室へと引き取った。
「……?」
そんな花袋を森は振り返って目で追った。
――今、花袋が自室としているここは、森が物置にしていた部屋だった。
(お袋と結婚したら引っ越しも考えてたっていってたな)
どちらにしろ、いつかは森と同居をしていた。それでもある事実が頭を擡げる。
自身は森には重荷だ。結婚するはずだった相手は死に。責任感の強い森は、いきなり高校生の息子を抱えることになった。父親になる覚悟は母と婚約した時点であっただろう。だが、その妻になるはずだった人がいなくなったことは大きい。
私服に着替え終えて鏡を覗く。母譲りといわれた顔だ。森は亡き人の面影を傍に置いている。辛くはならないのだろうか。息子の自分さえ、風呂でトイレで鏡を見て、ふと母が偲ばれるのに。
(お袋が死んでまだ1年も経っていない。未練があって当然だ)
そう考える自分に驚く。自分は森に何を期待しているのだろう。彼は養父としてよくやってくれているではないか。
それ以上のものを自分は欲しているのか。
「花袋くん」
「あ。――今ご飯を作りますね」
扉を叩かれる。返事を待たずしてそれが開かれた。ベッドに座り込んでいた花袋は慌てて立ち上がろうとするが、それを手で制された。目を瞬いていると森は扉を閉め、自分の前にしゃがみこんだ。気遣わしげな表情だ。
「食事はあとでいい。それより花袋くん。――何かあったか」
「――」
多分。自分が先程曖昧な返事をしたせいだろう。彼は大人で自分は高校生だ。難しい年頃だと、森は気遣ってくれる。ただそれが、今は辛かった。
自分は森と共白髪をするには値しない。
「すいません」
「何がだ」
「オレじゃなくて、母さんが生き残るべきだった」
「――花袋くん」
「あなたと共白髪をするのは母さんだった……」
普段は引き締めていた涙腺が緩む。申し訳なさが溢れる。わかっている。誰もこんなことをいっても喜ばない。自分が生きていて良かったといってくれる友だっている。しかし森の墨色の目に寂しさを見つけた気がしてならなかった。この人を支えられるのは自分ではない。
――抱きしめられた。息が詰まる。頭を撫でられた。整髪料の匂いがする。
「すまなかった」
「――」
「不用意なひと言で、君を傷付けた」
「……先生は悪くないです」
「それでも君がこうして泣いているだろう。……いや。泣きたいなら泣いてくれ」
抱きしめる腕の力が強くなり、花袋は涙がこぼれた。母を亡くしたときの悲しみ。森への申し訳なさ。綯い交ぜになって嗚咽が漏れた。
「ごめんなさい」
幼い頃のように泣き続けた。
カラオケ
どうしてこうなった。花袋は変に緊張した気持ちで向かいの森を見る。彼はごく真面目な顔でデンモクをいじっている。
ドアの向こうからは賑やかなメロディが地響きのように腹に伝わってくる――自分たちはカラオケにいた。
いつもならば国木田や島崎、徳田と来る馴染みのカラオケボックスだ。それがなぜこの養父といるか。話は数十分前に遡る。自分たちは森が休日ということもあり、街を漫ろ歩いていた。小腹が空いたと感じたとき、偶々目に入ったのがこのカラオケボックスだった。
「あーちょっと腹が減ったけど、近くにはカラオケしかありませんね」
「カラオケか……ちょっと待て。たしかカラオケは軽食も出していたな」
森の言葉で雲行きの怪しさを感じたが、花袋は嘘を吐く理由も感じず素直に肯いた。
「ええ。フライドポテトとか枝豆とかパフェとか」
「パフェ」
森はその単語に反応した。そして気付いた。この人は3時のおやつは欠かせない甘党だった。
森は花袋の腕を掴んだ。
「花袋くん。これ以上移動するよりここに入って話をしよう」
「え。ええー……はい」
花袋は肯く以外に返事を持たなかった。
そして初っ端からフライドポテトとパフェを頼んで現在に至る。花袋はなまじ店員と顔なじみだったのでいつもの同級生ではなく壮年の男性を同伴しての来店だったので好奇の目で見られた。戸籍上でいえば養父なのだがどちらにせよ高校生で親とカラオケというのもちょっと珍しいように思われた。
「まあ今は女子会でカラオケルームを使って歌わずにただ食べる人たちもいるらしいし」
「なにをぶつぶついっているんだね。折角カラオケに来たんだから歌おう」
そういって躊躇なく曲を入れる。内心で花袋は驚かずにいられなかった――この人は何を歌うんだ。戸惑い半分好奇60%ぐらいでフライドポテトを片手に見詰めていると森はマイクを握った。
「観自在菩薩 行深般若波羅蜜多」
(美声の無駄遣い!)
画面には「般若経」の有難いお経が木魚の音と共に流れ出した――この人わかんない。母はよくこの人と再婚しようと思ったな。養父となった人に改めてそう感じた。
了