2:事後
3:キスをするためのスペースって誰かがいってた
お題は「リライト」(閉鎖されたようです)より。pixivより転載
スポーツをする
中庭にネットが張られる。司書がネットの横に。旗を持った宮沢と新美が線審に立った。
「それじゃ紅組白組ー。帝國図書館内バレーボール紅白試合をはじめますよー」
「よろしくお願いしまーす」
「……なぁ司書。何でこんなに本格的なんだ」
花袋がボールを持って歩く。司書は肯いた。
「趣味です」
「趣味かよ」
「本当はベースボールの方がよかったんですけどね。ここの中庭の敷地を考えるとバレーボールが妥当なんですよ」「次はどこかのグラウンドを押さえてくれよ!」
花袋のチームのネット越しに正岡がいった。バレーボールに臨むにあたり彼は相変わらず野球のユニフォームだ。紅組は藤村を除いた花袋ら自然主義組及び尾崎一門。白組は余裕派と幸田、永井に芥川だった。他の面子もそれぞれ6人ずつメンバーを組んでいる。参戦しない者は早々に観戦者になっていた。試合開始。花袋がサーブを打った。
ことの発端は武者小路だった。テレビを観ていた彼は、不意に同じ談話室にいた司書に話しかけた。テレビではオリンピックのニュースが流れている。
「司書さん。司書さんは何かスポーツをやったことはありますか」
恐らくスポーツ選手の姿に触発されたのだろう。しかし司書は答えを否と言わざるを得なかった。
「アルケミストはスポーツに制限が課せられるんですよ。精々体育ぐらいですね」
「でもお好きなスポーツはあったんじゃないですか」
「そうですね。正岡先生と同じベースボールとか……高校のときは体育でバレー三昧でしたね」
「排球ですか」
「ほら。今ニュースでも取り上げているでしょう。日本のチームも確か結構強いと聞きましたよ。女子も男子も」
「へー……」
長身の選手が黄色と青と白のボールを叩く。その光景を紅茶色の目で見詰めていた武者小路は、テレビを消すといった。
「司書サン。僕もバレーボールがやってみたいです」
「はい?」
そして現在に至る。武者小路は今は観客となって試合を観ていた。発言のあと武者小路はすぐさま文豪たちを集めてチーム分けをし、一旦それを引き継ぐと、律儀な司書は館長を通してボールやネットを用意した。「職員の健康管理の一貫」として近くの市民体育館から借りてきたものらしいと花袋は聞いていた。仕事ができる奴だとつくづく思う。
「ほっ」
「秋声、頼みました」
「おい鏡花!」
しかし多少練習をしたといっても所詮素人だ。チームワークはバラバラである。永井がアタックをしてそれを国木田がレシーブしたのはよかった。鏡花がぞんざいなトスをしなければ。案の定へろへろなトスを受けた秋声はまともなアタックができなかった。ラインを逸れて合うとする。新美が旗を揚げた。
「おいもう少しまともなトスしろよ鏡花――そもそも手袋を外せよ!」
「いやです。これだけは外せません」
「よく手袋を嵌めた状態でプレイできるな!?」
「喧嘩はゲームが終わってからにしてくれ」
いったのはサーブの順番が回ってきたらしく、ボールを持っている森だ。花袋は鏡花に対して純粋に疑問を抱いたがすぐに構えた。森は刃使いだ。腕力が強い。サーブは力強いものだろう。
しかし花袋は忘れていた。文系男子ばかりの文豪。森もバレーボールは初心者に等しいことを。
ボールは飛んだ。
「か……」
「花袋くん、すまない!」
花袋の顔に。
――帝國図書館内バレーボール紅白試合。第1試合はメンバーのひとりが脱落し白組の不戦勝となった。
背中にキス
広い背中だ。ベッドに転がりながら、花袋はしみじみと眺める。シャツを羽織っただけの森は、ペットボトルの水をグラスに注いでいるところだった。自分が一口呷ると、振り返って花袋を見た。
「水を飲みなさい。君も汗を掻いただろう」
「汗を掻かせてくれた人は目の前にいますけどね」
「君がかぐわしいんだ」
言い切る森に言葉を失う。――この人は、自分と付き合うようになってから以前よりも変に直球でものをいうようになった。言葉を飾らないことを是としている自分としては、好ましくも恥ずかしい。何せいわれる対象は専ら自分なのだ。一口含んでグラスを突き返す。森は微笑みながらグラスを受け取った。そして再びそれを傾ける。その姿を見て花袋は意趣返しをしたくなった。
目についたのは、やはり広い背中だった。忍び寄る。
シャツを捲り上げると背中に口づけた。引かない熱と爪痕に気付く。傷跡を労るように何度も唇を落とした。
グラスをサイドボードに置いた森が、不意に振り返った。シャツの裾から手が放されて引き倒される。驚いて目を瞬いている花袋に森は囁いた。
「まだ足りないのか」
「……そういうつもりじゃなかったんですけど」
「今更遅い」
唇に唇が落ちた。背中に手を回す。熱い。
額にキス
医学書を読んでいる。その眉間に皺が寄っているのを見て、難しい話なのは間違いないと確信した。何にせよ医学書などというものは作家一筋の自分には縁遠いものだった。
「面白いですか」
「興味深いものではある」
森の部屋に遊びに来れば、彼は新しく買ったという医学書を読み耽っていた。生前は留学もしていたらしい森が勉強熱心なのは知っていた。知ってはいたが少々つまらない。funnyと尋ねればinterestingと返され、益々その気持ちが募る。この医学書を読み終わるまで待っていてくれといわれたが、ベッドに転がるしかやることがない。森の匂いがした。仕方ないので転がったまま森の横顔を眺めた。
つくづくと顔が整っている。墨色の目も鼻も口も。幼顔の自分にないものがある。自分がオールバックをしても似合わないだろうし――そこまで考えて、ふと見る。森の秀でた額にはきっちりと整えられた前髪は一筋たりとも落ちていない。
ベッドから起き上がり、何気なく歩み寄った。本を読んでいた森は、直ぐ目の前にまで下腿が寄ってくるまで気付かなかった。もう少し待ってくれと顔を上げたところで、顔に手が添えられる。
額に温かい感触がした。
墨色の目を瞬く森に花袋は小さく舌を出す。
「ちょっとした悪戯です」
「……悪戯には仕置きが必要だな」
医学書はあとで読もう。そう決めて目の前の腰に手を回した。
了