2:個人的拷問
3:晴れた日の午後
お題は「リライト」(閉鎖されたようです)より。pixivより転載
別れ話(未遂)
オレを忘れてください。そう呟いた花袋の腕を引っ張った。
「忘れない。忘れて堪るか」
そして花袋の肩を担ぐ。朦朧とした意識の中、腕を引っ張られ支えられたことでなんとか歩を進めることができた。しかしこれでは戦えない。そもそも自分は浸蝕が深刻に進んで絶筆の1歩手前だ。ともすれば全滅する。
だから別れ話をした。自分のことなど忘れて先に進めるように。優しい彼が無事に帰れるように。
しかし森は、花袋の手を取った。どこからか浸蝕者の気配がする。その中、森は唸るように花袋にいった。
「いいか。2度とそんなことはいうな」
「先生」
「君がどういおうと、俺は君を手放す気はない。君のことは既に俺の心に根ざしてしまっているんだからな」
それはなんと恐ろしいことだろう。花袋は弓を片手にそう思った。自分などが、尊敬してやまない森に影響を与えた――偶像を自らの手で壊してしまった。
(それが嬉しいから、困るんだ)
「待っていたまえ。他の2人と合流する前に、ここは俺ひとりでどうにかする」
浸蝕者が立ちふさがる。花袋は森の足元に座り込んだ。刃を構えた森は、花袋の目に大きく映った。
ストレッチ
体が硬いと怪我の元。司書にそういわれて、文豪たちが潜書前にはじめたのは柔軟体操――所謂ストレッチだった。
「いってってってって」
「嘘だろう、花袋くん」
長座体前屈。ストレッチの基本ともいえるそれで悲鳴を上げる――伸ばした手が爪先に届かないのを見て、森は呆れた。よくこれまで死ぬような怪我を負わなかったものだ。背中を押す手を緩めると、花袋は怨みがましく吠える。
「元々オレたちは体が硬くたって、文字が書ければそれでよかったんですよ」
「それをいったら俺はどうなる」
「先生は……元々軍人だったわけですし多少は柔らかくないと」
ごにょごにょと口籠もる。花袋らしくなかった。それを聴いて、森は再び花袋の背中を押した。悲鳴が上がる。
「それをいうなら、今はお互いペンを武器に変えた体だろう」
「はいそうですね! いててててて」
やけっぱちの返事だ。あまりにその返事が捨て鉢だったので、森は尚更ストレッチを手伝ってやろうと思った。背中から回り込んで正面に座る。そして足の裏同士を合わせると、花袋の両手を掴んだ。森はそのまま、脚を伸ばした。
音高い悲鳴が上がった。
「いだだだだだ! ちょっ先生これはひどいですよ!」
「俺は平気だ」
「あなたはよくてもオレは痛い! やめてください、手を放してください!!」
「……あなたがた、やりすぎると体を痛めますよ」
花袋の悲鳴を聞き咎めたらしい。司書は開け放したままだったドアから花袋の部屋を覗き込み、呆れた様子で助言した。
ピクニック
弁当を片手に電車を乗り継いできた先。確かにそこは草木が青々と生い茂った健やかな野原だった。
「さて。敷布を敷こう」
「そうですね」
鞄から持ってきたシートを敷く。2人しかいないから大して大きくはない。風が吹いてシートが捲り上がりそうになるのをプラスチックの楔で穴に通して地面に差し込む。
「一応持ってきてよかった」
「準備がいいな」
森の褒め言葉に花袋ははにかんだ。そして弁当を広げる。おにぎりにウィンナー、卵焼き、唐揚げ、漬け物。多彩なおかずが弁当に収まっていた。
「おにぎりは梅と昆布とおかかです」
「さて。どれがどれかな」
「食べてからのお楽しみです」
唐揚げを口にする花袋はまた笑った。
一頻り笑いながら弁当を片付けると、敷布も畳んだ2人はその広場を歩いた。小鳥が囀る。花が乱れる。草木深し。髪が乱れそうになり頭を押さえた。今日は風が強い。
「戻りましょうか」
森の背後から、花袋がいった。
「帰りましょう。図書館に」
「……このまま、山に分け入ることもできるぞ」
「でも。帰りましょう」
振り返る。花袋は泣きそうな顔をしていた。
森はそれで、遊山という名のこのささやかな逃避行が終わりを告げたことを知った。
了