耳殻に添い髪に指を這う。寝台の弟子は穏やかに眠る。最初に選ばれた自身と対照的に最後にやって来たこの弟子も随分と成長した。その証に傷付けばその分癒すのに時間がかかる。今日の戦いはもうないと太宰は調速機とやらも使われずに1時間ほど寝台を占拠することになった。これぐらいならば短い方だ。
誰の趣味か。猫を模したぬいぐるみを抱えて椅子に腰掛けていた自身は意を決して立ち上がる。そうして自身は太宰の枕元に屈み彼の猫のように整った顔に手を添えたのだ。ぴくりともしないさまは前生を思い出し胸をざわめかせる。これもノイズだった。指通りのいい髪を手櫛でけずる。かなしかった。
「お前は俺の息子じゃない」
否定するのが苦しかったのは今の自身の方だ。生まれ変わって記憶がこぼれ落ち今の状況に落ち着いた。頼りにされときには疲れていることを気遣われ。良い環境だと思う。つらい再会もあったけれどそれも人生だ。そんな矢先だ。自分自身の手であの日見失った才能を拾った。
『太宰先生は近年では無理心中の説が濃厚なんですよ。彼は殺されたんじゃないですかね』
文学研究者の司書はかつての弟子のひとりについてさらりと語る。どちらにせよあの日自分は永遠にあの手紙をもらうことがなくなった。あの頃の自分より今の自分は彼について気にすることが増えた。
恐らくは未練だろう。生前に死んでしまった人間ほどどうしようもないことはない。
(いっそ太宰が本当に息子ならばあんなことには)
そんなことを思ったのかも知れない。今こうして太宰に執心してしまっているのは。不眠気味だと聞いている心の息子の今は穏やかな寝顔に泣きたくなる。もう片手も添えて。
白いかんばせに落ちた水はあとで拭かなければならなかった。
「すまない。俺を父と慕ってくれるお前の気持ちには応えられない。俺はお前に息子とするには抱いてはいけない劣情を抱いている」
その声に振り返って。その手を取って。泣きそうなその顔に恋情を抱いてしまったのはいつか。けれど彼の顔にあったのは恋愛や肉欲より根深いものだと気付いてしまった。だから自分はあの蜜色の目を見ることができない。ただこうして閉じたまぶたを間近で見詰めることしかできない。
手袋でその顔を拭く。乱暴になってしまって痕ができないか心配だったが杞憂だろうか。思わず溢れた涙腺を着流しで拭いながら溜息を吐く。未練がましく頭を撫で頬を撫でそしてカーテンを閉める。
「……ごめんな。好きになって」
離したくなんてなかった
(最近。佐藤先生が優しいんだ。でも前より距離を感じる。なぁ司書。お前はなにか知らないか)
了
いつかくっつくよ!