お題は「晩霞」(http://www11.plala.or.jp/harutake/banka/banka_top.html)より。
pixivより転載
人を生き返らせようとした――その代償が、自分の体。そして結局、体を失っても生き返らせることはできなかった。
それを聴いたとき、自身の胸中に湧き出でた感情はなんだっただろう。
談話室。ざわめく文士たちの中、大きく欠伸をする者がいる。
「司書。コーヒーを1杯くれないか」
答えたのは、書生服を着た青年だ。彼は微笑んで言う。
「二葉亭先生。確かに結果としてカフェインの含有量はコーヒーの方が高いです。ですが日本人には緑茶の方が目覚ましにいいそうですよ」
「そうか。なら緑茶を1杯くれないか」
「今俺が自分のコーヒーを淹れたら淹れてあげます」
そういいながら、青年――司書は、コーヒーメーカーのポットから注いだコーヒーに砂糖を入れる。3杯。甘党のようである。
その一連の流れを、金色の目が眺めていた。異世界からの客人、エドワードである。彼の向かいのソファには館長が座っていた。エドワードは、視線を外さないまま、館長の方に尋ねる。
「なぁ、館長さん。ここに来て1週間経つけど、あの人のことはよくわかんないんだけど」
「あの人って……ああ、司書のことか」
視線の先を窺って、館長は納得したように肯く。急須に茶葉を入れている司書は、こちらに気付く様子はない。二葉亭は目を瞑り、天井を仰いでいる。館長は言う。
「彼の何がわからないんだ」
「まず何を考えているかわからない。俺たち兄弟が錬金術の資料を見たいっていったら片っ端から持ってきてくれたしわかりやすく目録まで作ってくれたけど、礼を言ったら『これが仕事だから』っていってそのまま立ち去っちゃうし」
「ああ……彼は仕事に真面目だからなぁ。悪い奴ではないぞ」
「そうなんだろうけど……あまり俺たちに関わろうとしないから、その辺もよくわかんないんだよなぁ」
「うーん……君たちが来たばかりのときは普通に接していたと思うんだがなぁ」
「そうなんだよな」
ふと、エドワードは顎に手を添える。
気が付いたことがあった。
「……俺たちが……――」
その会話を、近くにいたある文士が聞いていた。
「あんたも、生き返らせたい人がいたのか」
ぴくり、手を止める。人気のない図書館。書架の整理をしていた司書に、その人物が声を掛けてきた。おもむろに振り返る。菊池がそこに立っていた。司書の元に、菊池はゆっくりと歩み寄ってくる。
「何の話です」
「なに、あんたが、エドたちが人体錬成とやらをしてから関わろうとしなくなったって話を聞いてな」
司書は持っていた本を握る。菊池は、半径3m内に入って来ていた。彼は言う。
「この世界の錬金術と、エドたちの世界の錬金術は明らかに違う。エドたちが行ったという人体錬成は、この世界では再現不可能だろう。錬金術の素人の俺でも、そういう予想はつく。まして本職のアルケミストのあんたなら――だから、知ろうとせずに避けた。そうじゃないか」
「……仮にそうだとして、何が言いたいんです」
書架を背中に、迫り来る菊池に司書は半ば唸る。1m。そこまで歩み寄って、止まった菊池は、ふと緩めていた表情を引き締める。
「ちょっと、大人げないんじゃないか」
「……まだ若造ですから」
「2週間しかいない子どもたちに優しく関心を持ってやれないぐらいか」
「えぇ、俺もまだガキなんです」
本を胸に、司書は嗤う。
「エドくんたちの話を聞いて、この仕事に就いてから――父さんを転生できないか。そう考えたことのある自分を思い出すんです」
息を飲んだ。
菊池は、ゆっくりと問う。
「――あんたは、父親が恋しかったのか」
「……恋しいかどうかは、よくわかりません」
本を抱えたまま、つぶやくように司書は言った。
「ただ。父がいてくれればよかったと思うことは、たくさんありました。だから、少しでも、たとえ間違っていたとしても、その希望に手を伸ばせた――代償を受けたとしても。そんな彼らが、羨ましい。だから、うまく関われないんです。きっと、彼らが元の世界に戻るまで……」
静寂が、彼らの間に落ちる。
やがて口を開いたのは、菊池の方だった。
「嘗てのあんたがなくしたものは、なんだったんだ」
それに、司書はなにかを躊躇い――そして答えた。
「希望でした」
「……今は、また持てているのか」
「さぁ」
司書は微笑んだ。諦観の笑みだった。
エドワードが不意に司書に話しかけられたのは、次の日のことだった。本を取り出していたときだ。
「研究、というか読書。進んでるかな」
驚いて本を取り落としかけた。なんとかそれを堪える。振り返ると、司書が本を抱えて立っている。どうやら書架の整理中らしい。それを見て取ってから「お、おお」と答えると、司書は、ふ、と笑んだ。
「そう。それならよかった」
そして、彼は立ち去った。
……そして、彼らのまともな会話らしいものは、これきりだった。
了