▼明治や大正パロといきたいところでしたが私にその辺の素養がないので現代になりました。戦国時代とかならまだ書きやすいんですけどね~~たぶん平和な時代が向かない
pixivより転載
都会の喧噪を忘れさせる。そう言えば聞こえは良い。要は田舎である。
「寂れているな……」
鴎外は思わず独りごちた。この地にやって来て1週間。転勤先と引越先にようやく馴染めたと思った頃に外に出て、改めて鴎外は思った。
(田舎だ……)
と。
鴎外は、少し前まで都会の大学病院に勤めていた。しかしそこで派閥抗争に遭い、中立を保っていた鴎外はどっちつかずとなりそのためにかえって立場が悪くなり、田舎の病院への転勤という憂き目にあった。かのバルト三国もあるとき中立を叫んだところ、大国ロシアに圧をかけられ悲惨な目に遭ったという。スイスのように永世中立、つまり何が何でもどこにも与せず攻撃を受けたら相手がどこの国であろうと反撃する、そういう中立をするには鴎外には難しかった。できなくもなかったが仕事に差し障りが出る。そういうわけで結果として派閥抗争に負けた彼は、この田舎へ飛ばされたのだった。転勤の話が出るまで名前も聞いたことがなかった土地である。
『いつかこっちに呼び戻してやる』
そう約束してくれたのは、抗争からは免れたある教授だった。しかしあまり頼りにはしていなかった。追い込まれていく鴎外を、庇いも守りもしてくれなかったからだ。否、本当に追い詰められるというところで、辛うじてクビにならずに済んだのはその教授のお陰と言えた。だからひとまずは信用しておいてやろうという気持ちだった。
そして病院で荷物を纏める鴎外に、これから彼が向かう土地の情報を、ちらっと教えてくれたのも彼だった。
『私も昔、一時期そこで働いていたことがあったが……あそこは常識が通じないと、否、異空間だと思え』
『何かあったら“広津”を頼れ』
(普通の医院と患者だったがな……)
地図を片手に散策しながら、感慨に耽る。この1週間でやれぎっくり腰の患者だの椎間板ヘルニアの患者だの、それならともかく患者の病気の愚痴を散々聞かされたこともあった。鴎外は決して愛想が良い方ではないが、一々相槌を打ってしまうので、「新しいお医者さんは比較的若い男前な上に話を聞いてくれる優しい医者」として村中に話が轟いていた。引越先は平屋のアパートで、両隣の部屋とは小さな塀を隔てて庭が広がっている。ひとり暮らしとしては充分広すぎるぐらいだった。何なら都会にいたときに借りていたマンションの方が狭かったかも知れない。
それぐらいの情報を把握しきって、今日、休みの取れた鴎外は散策に出たのだった。家は一軒一軒離れており、それ以上に田畑が広がっている。三方を山に囲まれており、鴎外宅の徒歩10分圏内にスーパーマーケットやコンビニエンスストアが発見できたのは奇蹟に思えた。勤務先で食堂があるのは教わっておりこの1週間はそこで食事を賄っていたが、これなら自炊もできるだろう。そう思いながら、のんびりと歩く。
(……こうしてゆっくりと散歩をするのもいつぶりだろうか)
時折農作業中と思しき老婆や老爺に「おや、先生」と声をかけられるぐらいで、それも山に近くなってくると誰にも会わなくなってきた。しかし、孤独は感じない。都会にいた頃は――特に派閥抗争に巻き込まれた頃は、仕事中、患者に接しているときでも孤独を感じたものなのに。
人生は長いのだ。ここで骨休めをするのもいいかも知れない。そんなことを鴎外が思っていたときだった。
「ぎゃっ!」
そんな、人とも獣ともつかない声が聞こえた。山の方からだ。鴎外がそちらに顔を向けると、何かが山の坂から転がり落ちてきた。最初は岩か何かと思ったが、砂埃の中で、金色の塊が蠢いている。動物だろうか、あの色は狐か? そう考えながら歩み寄る。
やがて砂埃が落ち着いた頃、そこにいたのは、たしかに狐だった。鴎外の記憶によれば、動物園で見た狐と差異はほぼない。ただ、唯一違うところがある。尻尾の数だ。
(尻尾が9本ある……)
狐の体格の平均はわからないが、少し大きい気がする。しかしそれより9本の尻尾が立派だった。その狐は、今、左の前足を抱えるように悶えている。人間が近くにいるというのに逃げ出さないということは、それだけ痛いのだろう。鴎外は困った。尻尾が9本の狐に相対していることはいい。自分は人医だ。獣医の真似事は難しい。しかし、放っては置けなかった。
「君……大丈夫か」
動物に「君」という二人称はおかしいだろうか、と自分でも思いながら鴎外は近寄ってしゃがみ込む。狐の目に怯えが見えたが、しかし動かない。動けないのだろう。鴎外はできるだけ優しい声をかけた。
「大丈夫、怖いことは何もしない。足を見せてくれないか」
狐に人語は通じるだろうか、そう思いながらも声をかけると、狐はおずおずといった様子で前足を差し出してくる。どうやら意思は通じたようだ。それに喜びのようなものを感じつつ、鴎外は見る。骨折はしていないようだ。捻挫の可能性も低い。目立つのは擦過傷だった。転がり落ちてくるときに石にでも削ったのだろう。傷口を洗ってやりたかったが、近場に水はない。包帯もない――と思ったところで、ハンカチの存在を思い出した。青い格子柄のハンカチだ。それを巻き付けてやる。
「とりあえずこれでよし。ハンカチは野生動物ならそのうち取れるだろうし……次からは転がり落ちないようにな」
そう声をかけると、狐は困惑した様子だった。しかし、恐る恐るといった様子で立ち上がる。最初はゆっくりと歩いていたが、痛まないとわかったのかあっという間に駆け去ってしまった。山の方へと走り去っていった狐を見届けたのち、鴎外は息を吐いた。
「……9本の尻尾の狐とは、実在するんだな……」
常識が通じないとはこのことか、とこのときの鴎外は思ったのである。
実はそれ以上の衝撃が待ち構えていたのは、翌日。勤務先の医院で、昼休みが終わり新たに患者を迎えた頃のことだ。用を足そうと診察室から出たところで、患者の老人たちに集られ、大体次のようなことを言われた。
「先生、きゅーさんに会ったんだな」
「きゅーさん?」
そんな名前の患者がいただろうか。首を傾げていると、「あぁ、来た来た」と誰かが声をかける。
そのとき、得も言われぬ芳香が漂ってきた。
思わず顔を向ける。老人たちの向こうから、ひとりの青年――あるいはまだ少年かも知れない――が歩いてきていた。風呂敷包みを持っている。
彼は、この田舎の村でも珍しく、和装に身を包んでいた。着流しに羽織り。スリッパを履いているが恐らくその下は足袋だろう。それら自体は別にいい。普通だ。問題は、彼の頭と背中にあった。
金色の獣の耳に、同色の9本の立派な尻尾。それらが、青年の体に付随していた。目を瞬く鴎外に、青年は穏やかに歩み寄る。そして、にこっと笑った。ヒマワリが咲いたようだと、鴎外は現実逃避気味に思った。
「昨日は助けてくれて有り難う御座いました。お宅がわからなかったのでこちらにお邪魔させてもらいました。1週間前にこちらに来られた森先生……ですよね」
「あ、あぁ、そうだが」
「これはお礼です。本当にお世話になりました」
尋ねられて肯く鴎外に、青年は包みを渡して来る。思わず受け取ると、やはり花が咲いたように青年は顔を綻ばせた。
「またお逢いすることがあったら宜しくお願いしますね」
「あぁ……」
「それじゃ」
そういって、青年は軽やかに去っていく。後ろ姿は尻尾が9本揺れていた。着物のどこから生えているんだろうとぼんやり思っている中、青年は玄関から去っていった。呆然としたままの鴎外に、老婆が言う。
「先生、きゅーさんといつ会ったんだい」
「きゅーさん?」
「九尾の狐のきゅーさんだよ。ここいらじゃ年寄りから子どもまで皆が知っているよ。『広津』はあんまり仲良くするなと言ってるけど、その跡継ぎ息子が天狗様とも仲が良いからねぇ」
情報が多すぎる。キャパオーバーしそうだ。「狐」というワードを拾って、あのハンカチを思い出して、何となく真相に辿り着きそうだったが、森の「常識」が邪魔をした。辛うじて絞り出せたのは、
「……彼の名前はなんというんです」
という質問だった。それに対し、ある老爺が快く答えた。
「たしか、『花袋』って名前ですよ。花の袋と書いて花袋」
成る程、だからあんなに良い匂いがしたのか。そんなことを考えつつ、包みの中身はなんだろうと森は思ったのだった。
それがある田舎の村で暮らす九尾の狐の花袋と、赴任してきた鴎外の最初の接触だった。
ちなみに包みの中身は弁当箱で中身は稲荷寿司だった。
続けられたらいいな
広津:大正ぐらいに妖怪をこの土地に封じ込めた退魔師の家柄
ただ今の代になってだいぶゆるゆるになってきており、跡継ぎ息子の和郎はそれを引き締めようと思いつつ妖怪たちと仲が良い
白鳥:白い鳥の名を冠した黒天狗