※この作品はR-18です。

特務エスパー司書シリーズ   作:駒由李

7 / 78
鴎花+高村メイン司書啄(+はるだざ描写)。鴎花にショックを受けたコウタロサァン及び彼らのフォローに必死な男司書の話。あと北原先生とか他キャラごちゃごちゃ。館長についてちょっとかなり捏造しています
▼ついったーでお見かけした「CPで攻と受の体温が高い方と低い方はどっちか」って感じのツイーヨをお見かけして。鴎花だったらこんな感じかな~ってところから発展
▼ここだと文豪は戸籍がない 身元不明みたいな扱い お金も貸し与えちゃいけないってことになってます



【腐】尊敬していた先生が転生したらDKぐらいの子に手を出してた

 それを見たのは館長を見送ったあとのことだ。嘗ての師とこちらに来てから戦友となった人物の姿を見たのは。

「それじゃ館長。よろしくお願いしますね」

「こちらこそ俺のいない間は司書を頼むぞ」

 そういって館長はネコと共に去っていった。馬車を見送りながらも内心驚きが続いていた。あの時代に生きていた自分が驚いているのだ。まだ仕事をしている司書の驚きもかくや。館長が旧男爵家の末息子という肩書きを持つなど思ってもみなかった――久方ぶりに会った館長と話が盛り上がった際「そうだ。実家に美術品があるんだ。高村が好きそうな彫刻品もある。よかったら届けさせようか」と言い出したのは館長だ。次に来るときに使用人に持ってこさせるといっていた気がする。道理でどことなく浮世離れしたところがある人物だと思った――なんでも先の大戦でも貢献した家で現在も政府に深く関与しているらしい。館長のたくさんいる兄姉も様々な分野で活動しているという。末っ子の館長はといえば自称「文学しか取り柄のないアルケミストとしてもみそっかす」で旧男爵家の女帝だという母に目をかけられてなんとか文学で身を立てて現在に至ったそうだ。戦前はよくある話だったような気もするが現代はそうでもないだろう。司書は目眩を覚えたように頭を抑えていた。それを見て笑いを堪える方が大変だった。中へ戻った高村は司書へ報告すべく彼の姿を捜しながら歩き回る。まだ朝方。暖房は効ききってはいない。館内でも白い息が出る。

(彫刻は楽しみだな。それにしても男爵家か。華族とか士族とか貴族とか僕たちの時代だと珍しくはなかったけどさすがに館長みたいな例は珍しいとはわかるな。武士の家系だった田山先生や……森先生のことも「そういえば御殿医の家系でしたね」って珍しがってたっけ)

 身分制度というものが書類上は完全になくなって久しいと聞く。貧富の差はあれど建前の上ではこの国の民の主は民自身だ。ゆえに文学研究に臨む若き司書にとって比較的古きを生きた自分たちの価値観は珍獣だ。特に「イエ」を背負いながらも小説を書いた森林太郎という文豪は太宰治に続いて彼の研究対象のひとりに入っているらしい。それを複雑な気持ちで認める。彼はほぼ誰にも文句をいわせない人生を全うした。文句のつけどころがないからこそ腹が立つ――床に八つ当たりするように乱暴に歩いた。これで先に司書が出てきてくれたら御の字だ。

 尊敬はしている。事実だ。あれを尊敬せずに誰を尊敬するというのだ。文句のつけどころがない人間。だから自分は当たらざるを得ない。完璧な人間にこそ生徒たる自分が成長するにはぶつからざるを得ないではないか。

 不意に見つける。司書室の窓。そこに司書がいた。向かいに啄木がいる。つい先日やらかした事件のせいで監視を兼ねて助手に任ぜられている彼だ。そんな彼に貸している金の額を思い出しそちらに足を向けようとした。斜め向こうで話し声が聞こえてきた。聞き覚えのありすぎる声だったから顔を向ける。この図書館の構造は複雑だ。こちらからしか見ることのできない段差と死角でくだんの森と花袋が話していた。それ自体は珍しくない。朝早くから話しているという点を抜けば。この図書館の2名はいつからかとても親しかった。……折りから付き合いだした佐藤と太宰ほどではないが。すくなくともこの時点ではそう思っていなかった。

 花袋が森の手を取った。白手袋に覆われた手を。そして飴色の目を瞠って声を立てる。

「先生。手袋越しでもわかりますよ。手が冷たいです」

「君の体温が朝から高いんだろう。今の体は若いようだし。俺ももう少し経てば体温が上がる」

「そうですかねー。先生の手は分厚いから温かくなるの遅そう」

 いって自分の頬に森の手を添える。両手で自分の顔を挟んだ。森が目を瞬くのと同時に高村も驚く。

 花袋はまだ白い吐息の室内で無邪気に頬を赤くした。

「やっぱ先生の手。まだ冷たいですね」

「……そうだな。しばらく温めてもらおうか」

「………………」

 

 この司書は仕事ができるのかできないのか不分明だ。なにせ自身の借金をなかったことにしたかと思えば上司の名前を把握してない。

「それで館長の名前って結局漢字でどうやって書くんだ」

「えーと……つ…………だめだもう忘れた。忘れてもよくない。あの人普段帰ってくる帰ってくるっていってろくに戻ってこないし普段館長としか呼ばないしさぁ」

「それだめだろー俺様よくてもお前がだめだろー上司の名前ぐらい把握しとけよ社会人ー」

 まだ温まらない図書館に比べこの司書室は温かい。暖炉の恩恵だ。だからこそ自分は助手を継続して続けている。これが自分が余計な金を寸借しないように見張られている行為だとわかっていても。先日の誕生日では相手を間違えたとしかいいようがなかった。よりにもよって商家の跡継ぎ息子だということをすっかり忘れてこの司書に連帯保証人になることを求めたのだから。

 次の瞬間には胸倉を掴まれて館長を呼ばれ「この街で文豪なんて身分の不安定な奴に金貸す不認可高利貸し今すぐ探させてください!!」と叫ばれ1時間後には自分の借金はなかったことになりしこたま叱られたのちに「くずやか野郎」という謎の称号を与えられた。鮮やかな手並みで文句を吐ける暇もなかったのに一転。館長の名前すら認識していなかったという始末だ。それを正直に言うものだから館長も呆れて笑っていたが。聞けば旧男爵家の末息子とやららしい。それで高村は美術品を見せてもらえることになったらしい。今度やって来るときは彫刻品を持ってきてくれることになっていた。彫刻品では持ち出して売りさばくのは難しいなとつぶやいたのはしっかりと司書の耳に届いたらしい。それは鮮やかに耳を摘み上げられたものだった。よく千切れなかったとまだ冷たい指先を擦り合わせながら書類を捲る。どうにもこの季節はよく冷える。

 すると目の前に温かそうなものが躍り出た。書類を分けて置いていっている男の手だ。自身よりやや大きく見えるそれは大人のものだ。生前は自身もこのぐらいの大きさだった気がする。それが無性に羨ましくなって急襲した。悲鳴が上がる。

「うわ冷たっ!」

「へっへっへ。金がないなら体温置いていきなぁ」

「あんたは山賊か! ちょっと真面目にあんた手が冷たすぎますよ。酒と煙草のやりすぎじゃないですか。血流悪くなってますよこれ絶対」

「知るかー。俺様から道楽奪うなー。女を我慢してるだけマシだろ」

 暴れる司書の手を無理矢理掴んだ。どうやら酒を飲まないし煙草も吸わない分健康状態が良いらしい。体温は高く程良く温まった。女はもっと柔らかくて甘くて気持ちいいだろうが今はそれ程性欲が強くないのが本音だ。

 「石川啄木」であり「石川一」は前生に置いてきたのだろう。自身は文豪であり人間の部分は置いてきたに違いない。

「えぇい!」

「うぉっ」

 思わず声を上げる。手を振り払われた。かと思えば両手を取られた。そして悔しいことにこの青二才より小さな手はすっぽりと覆われてしまったのだ。何事かと思えば司書はその手をさすりはじめる。

「まったく俺の手もすっかり冷えちゃったじゃないですか。あんたは銃使いなんですから指先が命でしょう。しかも拳銃なんですし。これが終わったらしっかりご飯食べてから有碍書への潜書をお願いしますね」

「お。おう」

「こんなもんですかね。それとはい。使いかけですけどもう温まってますから」

「……こりゃなんだ」

 渡された白い袋は温かい。寧ろ熱いともいえた。やや黒ずんでも見えたそれを「あぁ。これ戦後に開発されたものですもんね」と司書はいう。

「簡単にいうと持ち歩ける温石です。使い捨ての懐炉ですよ。数時間は温かいままです。低温火傷するんでときどき違うポケットに入れてくださいね。捨てるときは不燃ゴミに入れておいてください」

「それはわかったけどお前はいいのか」

「新しいのもありますし。なんなら導入しましょうかねぇ。あなた方の服装って見ててこの季節寒々しい人も多いですし。特にあなたなんて腕まくりしてますし……」

「銃撃つのに袖が邪魔なんだよ。……まぁ。あ」

 りがとうという言葉は高村の扉を開けた荒々しい音に掻き消された。吹き込んできた冷気とその音に思わず2人でそちらを見遣る。

「おい高村。さみぃぞ閉めろ」

「高村先生お見送りありがとうございます。寒かったでしょう暖炉で温まってください」

「………………うん。あの。司書さん」

 温度差のある出迎え方だと自覚はある。司書は優しいのだ。高村は後ろ手に扉を閉めるとこちらには顔を向けず季節外れの蚊のように火の方へと寄っていった。うっかりすると燃えそうだ。さすがにまだ1円も返してない相手に絶筆されちゃ後味が悪い。そんな高村はといえば暖炉の前に辿り着くとこちらを見ずに司書にいう。いつになくかぼそい声だ。

「あの……」

「はい。なんでしょう」

「…………」

「?」

「おい高村。聞きたいことならはっきりとむがが」

「高村先生。なにか相談事があるならいつでもお伺いしますよ」

「あの……はい。そうですね。うん。相談事といえば相談事ですね。でも……うん。はい」

 ゆるゆるとこちらを向いた高村は奇妙な表情をしていた。困惑しているような怒っているようなかなしんでいるような。どうしたらいいのかわからないというのだけははっきりとしていた。自身の口を塞いだ司書はすくなくとも優しい声音で高村に囁きかける。優しい奴だ。少なくとも自身以外には。口から手を外されたときには高村はこちらを見ていた。困った顔をしていた。

「ひとまず今日の有碍書への潜書は森先生とは外してもらえませんかね」

「あれっまた喧嘩でもしたのkぶっ」

「わかりました。編成考えておきますから食堂で待機しててください」

 口にアイアンクロー。「詮索するな」と物理で示しながら高村を笑顔で見送った。

 

 あれは一体何だったのか。そんなことが相談できる空気でないことは一瞬の2人の表情を見て察してしまった。だから飲み込んだ。

 以前をよく知らないから今の少年の姿の方が印象的だ。自分の恩師が高校生にも見える少年と親しくしている。大体の年齢は自分たちと変わらないことを思い出せたのは啄木という「例外」を見てだ。彼は早死にが過ぎた。先日の誕生日で新卒の司書よりやっと4才上になったのだ。それと比べれば自分たちは本来はずっと年上だ。そのはずなのに自身は彼をよく知らないのだ。

(司書さんに頼んで正解だった)

 すんなりと要求を呑んでくれた彼に今は心から感謝をする。今は恩師をまともに顔を合わせられる自信がなかった。どこかへ退散したらしく人気がなくなった図書館は僅かに温度が上昇していた。

 森が一体なにをしていたのか。「尊敬する恩師」がだれとなにをしていたかをまだ今生の脳みそが処理することを拒絶していた。

 

 

 朝は現実逃避で済んだのだ。

 

 夜。司書の私室に高村が駆け込んでくるとは思ってもいなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 果物を籠で贈るから今すぐ来て欲しい。そのようなLINEが送られて来てみれば司書の私室は惨状のひと言に尽きた。寝間着の司書が上下に震えている高村を取り押さえていたのだ。思わず固まっている中で司書は叫ぶ。

「高村先生。何度もいうようですが落ち着いてください! ばれたもんはしゃーないですがあの2名は以前から真剣なお付き合いをですね」

「あわわわわわあわわあわわわ」

「やっぱりダメだー! そういう訳で北原先生これなんとかしてください」

「なんとかといわれてもだね。なにがあってこうなったんだい」

 自身も床に就くところだったから正直なところ眠い。自身の依り代を懐に入れたまま欠伸をした。大抵のことは受け流せる自負がある。常は沈着な高村がこうして泡を食って司書を慌てさせる光景を見ても「こういうこともあるだろう」というぐらいにしか思えなかった。さて。推測してみる。司書の言葉によれば「誰かがお付き合いをしていたのを見て驚いた」から高村はこんなにも動揺している。恐らくはこの館内の誰かと誰かなのは想像に難くない。ただでさえ高村は生まれ変わってなお妻一筋だ。ここのところ佐藤と太宰が付き合いだしたことも忌避はせずとも佐藤に対して珍しいものを見る目で見ている。一方司書の口振りから察するにその「お付き合いしていた」2名から口止めでもされていたか――高村の関係者で付き合いを恥じらうようなものたち。あるいはその片割れ。ある程度の組み合わせを考える。そしてそういえば常は冷静な高村が最も感情――反発を見せる者と彼とこの図書館で親しい者の名を思いつく。

「……ひょっとして森先生と田山先生かな。妙に仲が良いと思ったよ」

「あわわわわわわ」

「お察しいただけたところで! なんならカステラも作りますよ!!」

 更に暴れ出した高村を取り押さえるのは大変そうだ。条件を更に優遇してくれたところで自身は書を取り出す。双つに別れたそれを構えると素早く高村の背後を取った。

 項を落とす。

「……!」

「うぉっと」

「それじゃ。たしかに仕事はしたよ。カステラと籠のフルーツは忘れずにね」

 高村の体が司書に落ちる。失神する程度の力にしたはずだ。銃を書に戻し懐に入れる。要は高村を「落ち着けさせ」ればよかったのだ。自身を呼んだのは恐らく高村の知己で頼りにできそうだったのが自身だからだっただろうがあのような状態の高村には自身にはこんな手段しか取れない。ひとまず高村を椅子に座らせた司書は彼を負ぶさりながらこちらに礼を言う。

「あの。それで高村先生が暴れていた理由は」

「特にこれ以上は聞かないよ。さっきので十分だ。君も大変だね。事実上の僕たちの監督をしている訳だし」

「ははは……」

 司書は苦笑いする。扉を開く自身についてきて重たそうに高村を運んできた。彼は扉を潜っていう。

「でも光栄な御役目ですよ。俺は文学研究者ですからあなた方文豪とお目見えできるのは本当に嬉しいんです。……どんな人たちだっていうのも一応覚悟の上なので……」

「……程々に自愛するのだよ」

 扉を閉めてやり自室に戻る。高村の部屋へと向かう後ろ姿を見送った。それが昨晩のことだった。

 

 

 早朝。その日書生服を纏った青年がふらふらと商店街を歩いていた。懐にはスマートフォンと財布。目元には薄く隈が浮いていた。

 帝國図書館特務司書である。彼の今の任務は北原白秋に贈る籠のフルーツを買い付けることだった。商店街に目をつけていた果物屋がある。仕事の前に済ませてしまうべく彼は下駄を踏みならしていた。隈は昨夜寝付くのが遅かったからである。

 詳しいことは知らない。しかしわかったことはひとつだけ。慌てて自室に飛び込んできた高村は普段にないほど動転しながら口走った。

「『森先生と田山先生が』『部屋で』『一緒に』か。あの時間だったら花袋先生が自分の部屋に戻ろうとしてもおかしくないしあの森先生がしどけない雰囲気でもおかしくないだろうなぁ」

 ひとりごちながらスズメの声を聞く。店を開きはじめた人々の声が賑やかだ。つぶやきは穏やかな喧噪に紛れる。悩みの種は昨晩発生した。

 この図書館の森と田山が付き合っているのは司書のみが知るところだった。ひょっとしたら他に知る者もいるかも知れないが少なくとも司書からばらしたことはない。口止めされているからだ。高い酒で。それが昨晩のことだ。

『しししし司書さん』

 青ざめた様子で風呂上がりらしい高村が雪崩れ込んできた。その後彼の口からもたらされた言葉に更に青ざめフォローしようとしかえって彼に確信させてパニックを起こさせたのは失敗だったと司書は空を見上げる。東の空から太陽が昇っていた。

 考えてみれば高村は田山とは関係がない。しかし森とは師と生徒であり冷静な彼が唯一感情を剥き身にする相手だ。聞いた様子だと森と田山はどうやら口吻ぐらいはしていたらしい。それはショックだろう。何となくその心理状態を察しながら果物屋の店主に「籠の盛り合わせをください」と注文する。人の好さそうな中年の店主は控え目に笑った。

「お見舞いかい」

「贈り物です。無類の果物好きがいましてね。ここの果物が前々から美味しそうでしたから」

「口がうまいね! なにかおまけしようか」

「ならその梨をおひとつ……すいませんラッピングお願いしますね」

「あいよ」

 頼んでから懐に手を突っ込む。引き出したるはスマートフォン。電話相手は佐藤春夫。ここのところは太宰とくっついてばかりだったからどうやら初期文豪としての役割を思い出してくれたらしい。しかし昨日の今日で嫌な予感しかしない。平和を願って通話ボタンを押す。

「はい司書です」

『よかった今どこにいるんだ?!』

「商店街の果物屋ですけど」

『なんでだ?! まぁそれはこの際置いておく。至急帰ってきてくれ! 高村先生が森先生と喧嘩しているんだ!!』

「ヨキニハカラエ」

『司書!!!!!』

 司書仲間の母がいっていたという。「何千年かけてもなしえない世界平和をたった1代でなし得ようとすること自体がおこがましい」と。将にそんな事態だなぁとスマートフォンの佐藤の声と店主の声を耳にしながら朝日を浴びた。

 

 図書館の内部はちょっとした紛争地帯だった。入り口近くですぐに身を伏せる。そこには佐藤と太宰がいた。騒がしい館内。机を盾にしてなにやら伏せっている太宰の赤い頭を膝に乗せて佐藤はこちらに叫ぶ。

「遅いじゃないか!」

「すいませんね。これ太宰先生生きてますか」

「冗談でもいうな。勝手に転けて失神しただけだ」

「ドジッ子さんですねぇ……しかしこれ。後片付けは全員でお願いしますよ」

「もちろんだ。しかしどうやって止めたものか……」

 そっと太宰の頭に手をやりながら机の向こうを見遣る。司書もそれに倣った。その中央では槍で銃で戦う青年2名。黒髪に軍服と緩く巻いた赤毛だ。後者は常にない凄まじき表情で発砲こそしてないが銃身で殴りかかっている。暴発しそうだ。前者は明らかに途惑っており仕方なく応戦している風情だ。

 当然だろう。司書は彼らの喧嘩ともいえない一方的な暴力の理由を知っている。一晩経って落ち着くことを期待していた己が間違っていたと司書は額を押さえる。その横で佐藤が頭を振った。向こうから高村の声が聞こえる。

「見下げ果てましたよ森先生! 生まれ変わって若返ったら今度はうら若い少年に手を出しますか!! 節操なしとお呼びしましょうかこのろくでなし!!」

「落ち着きたまえ高村くん。花袋くんがさっきからおろおろしている」

「この際田山先生のことは置いておきますよ。今は僕とあなたの話し合いです!!」

 話し合い(物理)は勘弁して欲しい。向こうの花袋が頭を抱えている。今の状況の最大の被害者が彼であることは司書が知っていた。なにせ彼らの仲を偶々知ったとき自身に口止めすらしたのは花袋だった。高い酒は実家に荷物を取りに帰ったときに一口飲めば甘露。本当に良い酒だった。家に帰る理由にするべくあえて図書館には持ってこなかったほどだ。佐藤が横目でそっと囁く。

「……森先生はそのなんだ。花袋先生といつごろから」

「俺が気が付いたのは1ヶ月か2ヶ月か……それぐらい前ですかね。結構大胆なマネをされてましたよ。森先生が」

「そっか……あの森先生がか……。花袋先生は俺なんかよりもご縁が深いからなぁ」

 しみじみと太宰の頭を撫でる手を止めない佐藤。彼もそういえば森のファンだったと史料にあったことを思い出す。典医の家系に長男として生まれ留学を果たし軍医になりさらに小説家としても名を果たした森を尊敬する文豪はすくなくない。そう。今ああして対峙している高村もそうなのだ。表現がだいぶ捻くれているけれど。スマートフォンを取り出す。反応があった。操作をしながら話を続ける。

「話せば長くなりますから簡単にいいますけどあの森先生は森先生であって森先生じゃありませんよ」

「どういうことだ」

「文学作品から抽出されたのがあなた方でしょう。ならたとえば今の森先生は詳しい論説は省きますが『舞姫』というアニマが非常に強い作品からもできている。男性的な容姿に女性的な部分が加わっているから今の森先生は非常に面白いことになっていますね。その点でいえば花袋先生はあくまで奔放で男性的だから惹かれたというのもあるかも」

「すまん。文学論はわかったから高村先生をどうするか決めよう」

「もう決まりましたよ」

「は」

 いいながら操作を終える。スマホを懐にしまいながら盾から顔を覗かせる。槍の柄で銃身を押さえる森の姿が見えた。身長は森の方が上だが高村は独自に体を鍛えている。そのうち花袋が森のために飛び込みかねない。周りを見渡してからそうつぶやくと佐藤は隣で緑の目を瞬く。司書も首を傾げた。

「佐藤先生は連絡くれた割にはスマホ見てませんでしたか」

「あの直後に太宰が転んだんだよ」

「なるほど。こういうときにこそ見て欲しいツールなんですがね。さっき来るのに時間がかかったのもそのせいで」

 佐藤は太宰の頭の上。徳田と並んで古参にもかかわらずいまだ慣れぬ手つきでスマートフォンを取り出す。起動させたLINEを見て目を剥いた。

 そこにあったのは。

「まず荷風先生に弓で攪乱」

 刹那に森と高村が飛び退く。彼らの間に幾本もの矢が床に突き刺さった。

「次に宮沢先生と室生先生に援護射撃してもらいながら夏目先生と武者先生に刃で後方から殴りかかってもらい」

 そちらに驚く暇もない。高村がバランスを崩した背後から銃声がする。応戦した高村の背後から刃を構えた夏目と武者小路が躍りかかった。2人がかりの刃相手に応戦しようとする高村は本当に文豪かと一瞬疑う。その前に淡々と指示を出しているこの司書も大概だ――LINEの最後の文章でトドメが刺さる。ふっと物陰から人影が舞い降りた。

 北原だ。

「こらっ」

「ぐっ……!」

 彼の銃床が強か。高村の項に当たった。高村が銃を取り落とした――それは彼の気が緩んだ証左か。本へと姿を取り戻した。それを慌てて駆け寄った田山が拾った。

 唖然と見詰めていた佐藤の横で司書が叫ぶ。

「被疑者確保ー!!」

「とらまえろー!! 司書から報酬が出るの忘れるなよー!!」

「ちょっ……いつの間にそんな取り決めがされてたんだい司書さん?!」

「啄木先生余計なこといわんでください」

 その用意と作戦会議で来るのが遅れたのだ。お縄を頂戴している高村を目にしながら嬉々として友人を縛る啄木を見遣る。このときのためのスマートフォンだ。

 以前から潜書中もスマートフォンを使えないかという試みをしており文豪たちにはスマホを頻繁に確かめる癖をつけていた。あまりよくない癖だとは思っていたがこんなときには役に立った。この事態に陥って真っ先に相談してきたのは昨晩の高村の事態を知っていた北原と森の友人の夏目だ。結果として作戦会議場になり先程の連係プレーと相成った。今後も使えそうだと頭の中でメモを取りながらバリケードを乗り越える。目をやるのは花袋に心配されている森。近寄るのはお縄を頂戴した高村だ。啄木から縄の端をもらって高村を見る。まだ森を睨んでいた。溜息を吐きながらその頭にチョップした。

「高村先生」

「……痛いです」

「こっちはあなたのやらかしてくれたこの惨状の片付けで頭が痛いですよ。これからお話し合いが終わったら片付けに参加してもらいますからね。森先生」

「あぁ。わかっている。花袋くん。またあとで」

「いえ。来てください」

 視線が集中する。司書は縄は握ったまま三者を見た。

「花袋先生には悪いですけどあなた方には話し合いが根本的に足りてないんです。啄木先生。佐藤先生と一緒にあとは任せました。北原先生たちにもちゃんとあとで報酬はお支払いします」

 

 

 森林太郎とは完璧な人間である。

 やや黒髪の乱れた軍服の男と縄で縛られた自身。それに所在なげにソファに座る金髪の少年と相対するように腰掛ける書生服の青年。何とも奇妙な面談だった。

「それで今更何を話しあえっていうんだい」

「この期に及んでそういう口を利ける高村先生も凄いですね」

「館内を著しく損傷したことは謝罪する。外に連れ出すことができなくて」

「森先生が謝ることじゃないでしょう。周囲からウラは取れてます。一方的に喧嘩を吹っ掛けられたんでしょう。ねぇ高村先生」

 司書が水を向けてくる。自身は居たたまれなくなり顔を背ける。その視界に田山が入り彼からも視線を逸らし虚空を見詰めた。

「……気が付いたらベッドで寝てましたけど。昨夜森先生が今はうら若い少年と随分と濃厚な接吻しているのを目撃しましてね。尊崇の念を受けていた森先生が随分と堕落したものだと思ったもので代わりに怒っただけですよ」

「それは俺が」

「高村くん。本当にいいたいことはそれだけか」

 目を向ける司書の視線を受け森は静かなものだ。ただ静かに自身を見遣る。それに口を噤む。

 それだけだ。それだけでなにが悪いのか。

 森林太郎は完璧な人間だ。腹立たしい程に完璧だ。21才年上の恩師はそうでなくとも既に尊敬の念を与えられるばかりだった。だから。

 縄が苦しい。

「それだけですよ。あなたは完璧な人だ。あれだけ讃えられておいて……僕が生徒だった頃にはすっかり立派な人だった。完璧で完全で。この僕が乗り越えるべき人間だった。それなのにあなたは自分で自分を貶めるようにしか見えない真似をする! 転生したってそれが許せなかったんですよ。……そうです。僕はあなたに父性を求めてた。正しい意味で」

 父性。社会性。社会を生きる上で指標とすべきもの。自身にとって森林太郎という人間はそういう存在だった。腹立たしいほどに完璧だったから。そこに山があれば踏破するべきだ。そこに王がいれば臣下は下克上をするべきなのだ。自身が成長するためには完璧なものから戦って奪うべきなのだ。

「高村先生って森先生のこと尊敬してたんだってな」

 静寂が満ちた司書室。それを破ったのはソファで胡座を掻いていた田山だった。縛られたまま目を瞬いたのは森。同じ仕種をして――すぐに顔を赤くしたのは自身の方だ。

「ちょっ……田山先生!?」

 慌てて止めようにも縄が邪魔だ。解こうにも啄木は友人を裏切る証左の如く堅く締め上げている。構わず田山は語る。

「森先生関連の著作をこっちに来てから漁ったらあんたのも見つけてさ。佐藤先生とかとも話したことあるけど生徒だったっていうあんたとは話したことなかったから話してみたいと思ってたんだよなー。でもあんたは普段森先生のこと嫌ってる『ふり』してるし話さない方がいいのかと思ってたけど」

「……!」

「花袋くん……それ以上は」

「まぁ要は高村先生のは正しい『父性』を求めての行動だからね。佐藤先生のところなんかは母性と父性入り交じってて混沌としてるけどあなたは珍しいほどしっかりした父性だ。高村先生みたいな落ち着いた人でも指標としたくなるほどに」

「縄を解いてください」

「逃げるか暴れる気満々でしょうあなた。ひとまず決着つけてからにしてください」

 低くつぶやいた自身に司書は容赦の欠片もない。そういえば初っ端から佐藤自身が連れてきた谷崎と共に有碍書を攻め続けさせたという男だ。立っているものは祖父でも使う。先程の文豪たちへの指揮といい敵に回さない方がいいのでは――脳裏で思いつつ花袋に顔を向ける。

「……田山先生はすくなくとも合意の上で森先生とそういった関係を結んでいるんですね」

「だからそういってるだろー。寧ろ俺の方が迫ってるし」

「待て。それをいうなら俺の方が」

「あなた方の馴れ初めはいいです聞きたくないです充分大変仲が宜しいのは伝わりましたから! 全く……どうにもあどけない少年を手籠めにしたようにしか見えなかったんですけどむしろそういう勘違いは田山先生に失礼でしたね」

 それを聞いて花袋はまともに顔を合わせてくれる。自身は彼の顔を見ていた。笑えていただろうか。恐らく苦笑いになっていた気がする。いつの間にか手が差し出せるぐらいには解けていた縄。

「森先生の方はともかくとして田山先生とは改めてよろしく……といってもいいですか。騒がせたけじめに」

「できれば森先生の方もどうにかしてくんね」

「ちょっとまだ無理です」

「無理かー。森先生がんばってください」

「君までそういうか……」

 森はいいながら花袋が自身が差し出した手を握るのを少しだけ笑みながら眺めるのを見ていた。気付けば縄は解けており背後では司書が縄を腕いっぱいに抱えていた。そして彼はいった。

「ところで花袋先生。まだ隠しますか。もう今日のことでばれちゃったと思いますけど」

「……ばれてないようだったらまだ黙ってて」

「お酒も残ってますからそうしますね」

「おい何の話だ」

「司書さん。なにしてるんですか」

 師弟の言葉を司書は笑顔でスルーした。

 

 

 

密かに尊敬していた先生が転生したらDKぐらいの子に手を出していたんだが

(北原先生には籠フルーツ。それに合わせて夏目先生と宮沢先生はカステラ。荷風先生はカツ丼。武者先生の絵は館長に借りるとして……ああ館長が戻ってくる前に館内片付けないと)

(啄木先生には酒……と。あとホッカイロ箱詰めでも贈ろう)

 

 

 

End.




pixivからの転載。
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