#sgkksummer #sgkksummer2023
pixivより転載
蝉が鳴き喚いている。照りつける太陽は、転生文豪の身体のたんぱく質をも熱変させようとしているようだった。じわりと滲む汗。足元にはくっきりとした黒い影が付き従っていた。空はどこまでも青い。
「やっぱり、車回してきてもらうべきでしたかね」
隣で段ボール箱を抱える菊池が言う。自身も同じように箱を抱えていた。なぜ俺は菊池とこうして田舎道を歩いているのだったろう――そうだ、司書の家を訪ねたのだ。正確には司書を通して、彼の実家から話が来たのだ。
司書はこの地方では旧家の出らしい。神社の神主の家系――その神社の夜宮には何度か行ったことがある。なんでも羽衣伝説に纏わる神社だと聞いていた。司書は跡継ぎなのかそうでないのかはっきりしないが、図書館に勤務していると言う立ち位置のため、その実家から郷土史料の寄贈の話が回って来たのだ。その電話があったときに偶々傍にいたのが、助手の菊池と、菊池に話しかけに来ていた俺だった。
この地方の図書館と、司書の実家はさして離れていない。特務司書と言う立場でなければ実家から通えたことだろう。そう言う距離なので、さしたる量ではないと言う史料の詰まった段ボール箱を抱えて、俺と菊池は司書より先に図書館へ帰っていたのだった。
昔に比べればひらけてきたというこの地方。しかしこの炎天下では人通りが見当たらなかった。暑い。今、目の前に池があったら迷わずに飛び込んでしまうだろう。大切な史料を持っているから、という理性が俺の行動を抑制していた。俺は箱を片手に抱えてから、袖口で人中の汗をぬぐった。そして、やっと菊池の言葉に返事ができた。
「……冷静に考えるとその通りだな。この暑さ、短距離でもまずい」
「今図書館の池があったら迷わず飛び込んじまいそうです」
菊池は俺と全く同じ思考をしていた。それにふ、と口の中で笑う。
彼は、誰もいない道端で、ふと言った。
「そう言えば、司書の実家の神社。羽衣伝説に関わるって聞きましたが……確かちょっと話が違うらしいですね」
「なんだっけ」
「ほら、天女が羽衣を返してもらって天に帰る……までは一緒だけど、そのあとまた舞い降りて来てこの土地の神官と結婚したとか。それが司書の実家の興りだとかって。ほら、見せてもらったでしょう、『天女の羽衣』」
「あぁ」
頷いて、思い出す。
司書の実家の蔵にあった木箱。その中にはところどころが焼けた襤褸布があった。それが、昔神社が焼けたときに持ち出したご神体の「天女の羽衣」だと聞いた。そのときの司書と同様に菊池は苦笑する。
「羽衣が焼けると言うのもおかしい話でしたよね、本当」
「羽衣って言うんなら俺たち文豪の服の方がそれっぽいよな」
「あぁ……直りますもんね」
システムが変わり、潜書から帰ってくるとダメージは全回復するようになった。それゆえに耗弱状態などの文豪を見る機会はほとんどなくなってしまった。羽衣と言うのは天女が纏っている服自体を示すと言うから、こちらの方がイメージとしては近いかもしれない。
――不意に、見る。
菊池の黒髪が、項に貼りついていた。汗をかいているのだろう。ハーフアップのセミロングは少しばかり気の毒に思えた。まるで水を浴びたような菊池の汗。
――そんな衣は、剥いでやろうか。
「志賀さん?」
「え? あぁ……」
俺の無遠慮な視線に気付いたのか、菊池が怪訝そうにこちらを見ていた。俺はばつが悪かったが、それはそれとしてにっこりと微笑んだ。この炎天下の中でも素晴らしい出来の笑顔だったと思う。
「帰って史料を渡したら、そのまま水風呂にドボンってしようぜ」
「はは、いいですね。どうせ汗だくです」
「それで、服は俺のを貸してやるから着てた服は俺に寄越せよ」
「え、なんで」
問われて、俺は笑った。変わらない笑顔だった。
「そりゃ、洗濯するに決まってるだろ。奪いやしねぇって」
「ですよね」
そう、あからさまに安心したようにうなずかれて。俺はまだまだ菊池に警戒されていないのだなと少し複雑になった。
どうせなら、その後結婚という安堵の形をとるよりも、傷をつけて忘れられなくさせてやりたい。俺としては、そう思うのだ。
「はー、早く水が飲みたいですね」
「そうだな」
図書館へはもうすぐだ。
了