ティアマトの番 作:Ω2
堕とすサーヴァントがあの子なので。
人類は救われた。
最後のグランドオーダーによって、人理末梢の元凶たる存在は倒され、世界は平和を取り戻した。
そう。平和を取り戻したのだ。
だから――
「始めるか」
そろそろ行動を開始するとしよう。
今のカルデアに、英霊はほとんどいない。
いるのはデミサーヴァントであるマシュ・キリエライトと、レオナルド・ダヴィンチぐらいだ。
各国からの監査の為に、他のサーヴァントは一時的に座に帰還している。
だが……
カルデアのデータベース。
ここにはティアを滅ぼしたあの忌々しいマスターがこれまで契約したサーヴァントすべての霊基のデータが保存されている。
これを利用することで、サーヴァントをかつての状態で召喚する事が可能なのだ。
「くく……」
笑いが止まらない。あのお人良しのマスターのサーヴァントを奪い、屈服させ、隷属させる。
想像しただけで、全身に愉悦が走る。
この日の為に下準備は進めて来た。
既に何人かの主要スタッフにはケイオスタイドを飲ませ、こちらの支配下に置いてある。
召喚システムにも、ちょっとした細工を施し、一時的に俺をマスターとして扱うように設定してある。
抜かりはない。後はどのサーヴァントを選び、堕とすだけだ。
手始めに俺は――
意識が覚醒する。
アサシン・ジャック・ザ・リッパーは見覚えはあるが、見た事もない所に立っていた。
誰かの部屋なのだろうか? マスターである『お母さん』の部屋に似ているが、少し違う。
「目が覚めたようだな」
「?」
声が聞こえた。これは聞き覚えのない声だ。
「お久しぶりと言いたい所だが、ここははじめましてだな無垢なる殺人鬼よ」
「……」
お母さんではない。見覚えのない男だ。
「誰?」
「お前の
「おとうさん?」
なんだそれは?
「そうか。そうだったな。お前達には父親という概念は存在しなかったんだったな」
ならば好都合と男は笑う。
その笑みを見て、本能的に男が危険だと理解したジャックは、
「!」
一気に駆け出していた。
「ほう。やはり、そう来るか」
両手には得物であるナイフ。これまで幾人もの人間の命を刈り取り、解体してきたジャックの武器は阻まれる事なく、男の命を断つ。
だが――
「!?」
ジャックの足が止まる。後一歩。後一呼吸の間で男の首を切断できるというのに、ジャックは地を蹴り、男と距離を取った。
「どうした? 殺すのは躊躇してくれるのか?」
「……」
そんなことあるはずがない。殺すと決めた以上、相手が誰であろうと殺す。
お母さんからはそういうのは駄目だと言われているが、マスターと自分に危害を加える危険人物は、躊躇いもなく解体する。
退いたのは暗殺者としてのジャックの本能が、後一歩を踏み出す事が危険だと判断したからだ。
「違うよなジャック。お前はそういう相手ではない。と、なるとだ…‥」
男の足元から何かが溢れ出してくる。
黒い泥。触れなくても分かる。あれは駄目だ。絶対に触れてはいけない危険なものだ。
「
男はあくまで楽し気だ。だがジャックには余裕がない。
殺す。そうは決めた。だが、相手の足元、今尚増え続けている黒い泥に触れずに、どうやって絶命させるか。
それだけをジャックは考えていた。
「お察しの通り、こいつに触れればお前は終わりだ」
「そして」と男は笑う。
「見ての通り、この泥に上限はなく、俺がいる限り無限に出せる。放っておけばゲームオーバーだ。さあ、どうする可愛い殺人鬼さん?」
決まっている。殺す。そしてバラバラに、念入りに解体する。
だから、
ジャックは再び床を蹴る。アサシンであり、敏捷も最高ランクの彼女はその必殺の速度を持って、男に接近する。
「来るか」
男は余裕だ。並みのサーヴァントでは視認することすら出来ないジャックの突進を目で追いながら、何もしない。
当然だ。近距離の攻撃手段しかないジャックは、男に接近するしかない。だがそれは同時に必滅たるケイオスタイドに触れる事を意味するのだから。
だが――
「やあっ!」
「!」
ジャックの次の一手に、男の顔から余裕が消える。
あろうことか小さき殺人鬼は、片手にあるナイフを男に投擲したのだ。
「ちぃ!」
飛来するナイフ。真っ直ぐ急所である心臓に向かってくるそれを、男は右手で払い落した。
ジャックの筋力はCランク。サーヴァントとしては平均的な数値であるが故に、男にも払い落すことも可能だったのだろう。
「今のは中々――」
続く言葉を、男はジャックにかけられなかった。
視界からジャックが完全に消えたからだ。
まさか――男の目が上に行く。
そこには――
天井を足場にし、こちらに狙いを定める殺人鬼の姿が。
「ジャック!」
男は少女の名を叫ぶ。
だがそこまでだ。
「!」
一本目のナイフに完全に虚を付かれた男は、弾丸を遥かに上回る速度で来るジャックの凶刃を防ぐ術はなく――
切り裂きジャックの新たな犠牲者の仲間入りをした。
「……」
男の首を切断し、黒い泥のない安全な床に着地したジャックは、死体となった男を見る。
首と胴体が分かれた男の身体は何度か痙攣すると、やがて完全に沈黙した。
見慣れた光景だ。人が死ぬ瞬間の光景を見ても、ジャックの中には人を殺したという罪悪感も、達成感もありはしない。
あるのはただ殺したという事実だけ。
「死んじゃったね」
広がっていた黒い泥が消えたのを確認すると、ジャックは骸となった男の身体に跨り、腰のポーチから予備のナイフを取り出した。
「解体するね」
そう呟くと、ジャックは男の腹を捌き、開いた。
そして中を覗き込む。中の物を観察するためだ。他の者なら吐き気を催す臓物も、ジャックにとっては貴重な観察対象であるからだ。
「?」
だが、ジャックは首を傾げた。
男の中身が臓器が。これまで彼女が見て来た物の何か違うからだ。
「!?」
ぐちゅりと、臓器が姿を変える。
赤から黒へ。
個体から液体へ。
臓器から、
自分が危険だと判断したあの黒い泥へ。
「そう。
「!」
背後から声。振り返る前に、ジャックは頭を掴まれ、自らが切開した死体の腹――
黒い泥の中に顔を突っ込まれる。
「!!!!!」
触れた瞬間。顔を剥がれたのかとジャックは錯覚した。
それ程までの衝撃を、ジャックは体感した。
「流石は切り裂きジャック。見事なまでの殺しの技だ」
「だが」と男は、好戦的な笑みとを浮かべる。
「俺は、それを知っていた。お前達カルデアの英霊の戦闘データは余すことなく覚えている。足場をなくしたお前がどういった攻撃をするのか。そして、殺した後、お前がどういう行動をするのかも」
全てが男の計算だった。最初からジャック・ザ・リッパーが最も油断するこの時を、この状況を作り出すのが、彼の狙いだった。
「どうだ? 殺した相手に、逆に追い詰められる気分は?」
「が、ぼ、が!」
「ああ。しまった。こうしていると喋られなかったな」
ジャックの頭が泥から引き上げられる。
「あ、おぼ! げほ! げほ!」
「ふはは。いけない子だなジャックは。折角お前の為に準備してやったものを吐き出すなんて」
口から泥を吐き出すジャック。それを、男はただ愉快そうに眺める。
「まあ、いいか。もう十分に、飲ませてあるからな」
「は、あ、お、うぇ!」
何とか既に胃に流し込まれた分の泥も吐き出そうとするジャックだが、口から出るのは嗚咽のみだ。
「無駄だ。一度取り込まれたケイオスタイドが剥がれる事は絶対にない」
背後から男に抱きしめられながらも、その腕の中でジャックは暴れる。
男への抵抗から――ではない。
「な、に、こ――れ!」
胃に熱い物を感じる。例えるならば、溶かした鉄をそのまま流し込まれ、それが胃の中で完全な鉄になるような苦痛と異物感を同時に感じさせられ、ジャックは苦しみに悶えた。
「や、だよ!」
痛いのは嫌だ。苦しいのは嫌だ。切り裂きジャックという通り名を持つ反英霊でも、彼女の本質は幼い子供。
許容量を超えた苦痛に、彼女の精神は断末魔の悲鳴を上げる。
「いた、い。くる、しい!」
「助けて」と幼い殺人鬼は叫ぶ。そして呼ぶ。自分のマスター……『お母さん』の名前を。
「あ、ぎぃ!!」
だが助けはこない。むしろ、ジャックの身体の泥は、全身に広がり、彼女の身体を余すところなく蹂躙する。
どうして、お母さん。
こんなに痛いのに。こんなに苦しいのに。
どうして助けてくれないの?
どうして、どうして、どうして……
「それはねジャック」
優しい声が聞こえた。
「お前が、『お母さん』に捨てられたからだよ」
「」
その言葉は、
どうしようもなく、
ジャックを狂わせ、
そして殺した。
「くく、くははははははははははははは!!!」
男の笑い声を聞きながら、ジャックの意識は闇に堕ちて行った。
すまない。エロを期待していたのなら、すまない。
数時間で書き上げたので、エロまで手が回らなかった。本当にすまない。
次回はエロと悪堕ち両方やるので、期待して欲しい。
それではよいお年を。
PS.俺、新年が明けたら、福袋ガチャでジャックを当てるんだ(フラグ)