ティアマトの番 作:Ω2
熱く、熱く、蕩けるように。心と身体を快楽で焼き尽くされる少女の姿をとくとご覧あれ(ゲス顔)
ジャックを堕とした翌日、俺は新たなサーヴァントの召喚の為の準備を行っていた。
後一人。搦め手を行う為の駒が欲しかった。
無論。本音を言えば、セイバーのような即戦力が欲しいのだが、俺の目的はサーヴァントを倒す事ではない。
堕とすことなのだ。
無理をして危険を犯すより、確実に堅実に力をつけていく必要があった。
故に、俺が次に堕とすべき相手は――
毒。
それは私にとって、自分自身の事であり、私の全てであった。
紀元前のインドをはじめ世界各地の各時代で語られた伝説の『毒の娘』を、現実に於ける暗殺の道具、兵器として作り上げられたのが私。
山の翁の一人。
静謐のハサン。
私の毒は自分の意志とは別にあらゆる者を殺しつくす。
私は毒。誰にも私に触れる事は出来ない。
誰も、誰も……
そう思っていた。
『よろしく静謐さん』
だが出会う事が出来た。
私に触れても死なない相手を。
私の仕えるべき主を……
「……」
意識が覚醒すると、静謐は自己を認識した。
(……ここは)
考えなくても分かる。ここはカルデア。自分の主がいる、静謐にとってようやく見つけた安息の地。
「初めましてと言っておこうか。哀れな毒の娘よ」
「……あなたは?」
聞きながら、静謐は男を観察する。着ている服から、カルデアのスタッフである事は分かる。
だが見覚えがない。この男と自分は何の面識もない。
「さて、今となってはどう名乗るべきか。だがまあ、お前の本当のマスターになる男だと言っておこうか」
「!」
その一言は静謐にとって聞き捨てならないものであった。
生前では叶うことのなかった自分が触れても死なない相手である今のマスターに、静謐は主従を越えた想いがある。それなのに、この男は言うに事欠いて、自分が本当のマスターになるだと?
「聞かなかったことにします。今すぐここから消えてください」
でなければ、例え相手がカルデアの人間であったとしても、自分は容赦をしない。
「消えなかったら、どうなるのかな?」
男は静謐の言葉を真っ向から受け、怯む所か愉快そうに笑う。
「あなたを殺します」
「ほう」
男は両手を広げた。
「では殺してみるがいい」
「……」
ここではじめて、静謐は暗殺者として男を観察した。
(侮られている?)
カルデアのスタッフなら、サーヴァントがどれだけの力を持っているのかは理解しているはずだ。それなのに、このような行動を取るということは、ただの自殺志願者なのか?
(否)
それにしては、この男には自信と活力で満ち溢れている。死を望むほどの絶望を持った者は――もっと疲れ果てた顔をしているものだ。
『もう誰も――したくない』
かつての自分のように。
「どうした? できないのか?」
「――あなたをここで殺す理由がありません」
「理由? ああ、そうだったな」
男は失念していたとばかりに、肩をすくめた。
「人を殺すのに、理由が必要な暗殺者――お前はそういう優しい女だったな」
「……」
何を言ってるのだこの男は? 私が優しいだと? 馬鹿な。本当に慈悲深い者ならば、そもそも殺人など犯さない。
「故に、哀れだな。生まれさえ違えれば、お前はもっと別の生き方さえあっただろうにな。正直不憫でならん」
「――黙れ」
自然と声が出ていた。
「あなたに、私の何が分かる?」
生まれながら毒の娘という名の殺人兵器だった私の気持ちの何が分かると言うのだ?
分かる筈がない。誰にも。どんな者であっても。
「分からんね。分かる筈などないだろう?」
ほら。やはり、誰も私の事など分かる筈が――
「だが、理解したいとは思っている」
男の顔は真剣だった。
本気で自分の事を理解したい。そう言っているのだ。
「……何が言いたいんですか?」
近づいてくる男に警戒しながら、静謐は尋ねた。
「分かっていて聞くんだなお前は。いいだろう。ならば言葉にしよう」
いつの間にか、男はすぐそばにいた。
静謐には何故か、彼が堕落の道に誘う悪魔のように見えた。
「俺にはお前が必要なんだよ。静謐のハサン」
きっと、悪魔の囁きとはこういう事を言うのであろうと、静謐は思った。
かつての自分なら、この囁きに心が動いたかもしれない。
だが残念ながら、今の自分には主がいるのだ。
「不可能です。あなたには」
もう自分は救われたのだ。これ以上求めるものなど、何もない。
「いいや――」
にやりと男は不敵に笑う。
「それはどうかな」
「!?」
一瞬で、男の気配が変わる。
人から文字どおりの化け物へと。
「!」
静謐に躊躇いはなかった。得物である短刀を抜き、男の首を掻き切――
「おっと」
れなかった。必殺の間合いで繰り出した攻撃を男は片手で制止させてしまった。
「流石はハサン。いい判断だ」
「!」
アサシンの中でも自分は非力だ。腕力もEランク程度しかない。だが、ただの人間に抑えられるものでは、決してないはずだ。
(この男――)
やはり人間ではない。
危険すぎる。戦闘力は未知数だが、サーヴァントとしての直感が告げている。放置すれば、必ずマスターの障害となるであろうと。
(ならば)
殺す。
かつてそうであったように、今この瞬間を持って、自分は全てを殺し尽くす毒になる。
「!」
握られた腕はそのままに、静謐は男に接近した。
「なに?」
男が目を見開く。だがもう遅い。
男の顔が目と口の先にある。唇と唇が触れ合ってしまう距離。
それこそが毒の暗殺者、静謐のハサンの必殺の距離であった。
妄想毒身
唇と唇が触れ合う。だがそれは愛を確かめ合うような、甘い物ではない。
むしろ真逆の死を行使するための行動であった。
(終わりです)
身体全てが毒である静謐のハサン。その粘膜による直接の毒の投与は、逃れられぬ死の宣告であった。
例え英霊であっても、二度も受ければ、死を免れない死の接吻を、静謐は一人の人間に行った。
結果は言うまでもない。
「……」
男は絶命した。これまで静謐が殺してきた者達と同じように、容易く。
糸の切れた操り人形の如く崩れ落ちる男の身体。
その様子を確認すると、静謐は一つ吐息を吐く。
「あなたでは、私を理解できない」
誰にだって理解出来るはずがないのだ。それは自分に触れる事が出来るマスターであっても。
静謐は、男の死体に屈み込んだ。
それは儀式のようなものであり、習慣でもあった。
自らの毒で殺した相手の死を、静謐は唇が触れるか否かの距離でもう一度相手の死を確認するのだ。
殺してしまった相手へのせめてもの償いのように。
或いは、自分の中にある
今回もまた、静謐は顔を近付け、男の死を確認し――
「いいや。理解してやるとも」
唇を奪われた。
「!!」
今度は静謐が驚愕に目を見開く番であった。
何故だ? 何故死なない? 確かに自分はこの男に毒を注ぎ込んだはずだ。
「!?」
困惑する静謐の隙を狙っていたのか、逆に男から何かが流し込まれる。通常時なら拒んでいたはずのそれを、静謐は抵抗なく飲み込んでしまう。
「ん!」
ドクン! と全身の血液が、沸騰するかのような感覚を静謐は感じた。
狂気的な熱は静謐の脳を犯し、思考と理性を彼女から剥ぎ取っていく。
「なに、を!?」
「お前と同じだよ」
同じだと? ではまさか――
「毒だ」
毒――
「ありえ、ない」
この身体にはあらゆる毒があると同時に、あらゆる毒への耐性がある。例えどれだけ強力な毒であってもこの身を犯すことは出来ないはず――
「無論、ただの毒ではない」
そう言った男の足元からは、黒い泥が滲み出す。
「このケイオスタイドをブレンドした特別な毒だ。いくらお前の身体でも防ぐことは出来ん。なにせ、霊基そのものを犯すのだからな」
男の言葉を証明するかのように、静謐の全身を毒が回り、彼女を犯していく。
「あが、ああ、あああああああああああ!!!」
静謐は狂い悶える。苦しみからではない。
(気持ち、いい!? どうして!?)
快楽の為である。
「心地よいだろう? 今のお前は、体内の毒から直接快楽を送られている状態だからな」
「えが、ぎあああああ!!」
そんなレベルの話ではない。
これは暴力だ。快楽の暴力なのだ。
「あ! ひ! あ!」
身体がおかしい。痙攣が止まらない。
呼吸が、上手く出来ない。
自らの武器であるはずの毒に、静謐は成す術なく犯され、蹂躙されていた。
(駄目……もう意識が――)
目に見える者が真っ白になっていく。この感覚には覚えがある。
死だ。今自分は死のうとしている。
それもいいかもしれない。ここで死ねば、少なくとも主に迷惑をかけることはな――
「ふむ」
パチンと、男が指を鳴らす。
すると、全身を襲っていた快感が唐突に止まった。
「あ! ひ、は、はあ! はあ!!」
身体を弓なりに反らした静謐は、脱力し、必死に呼吸を整えていた。
「お前、相性が良すぎだろう。危なく殺す所だった」
それでいい。はやく殺してくれ。はやく楽に――
「だが今のでコツは掴んだ。これでようやく
!?
「本、番?」
「当たり前だろう。今のはただのウォーミングアップ。お楽しみはここからだぞ?」
男は静謐の肢体に触れ、ゆっくりと撫でていく。
「う……」
それだけで、毒によって完全に出来上がった身体は、小さな悦びを感じてしまう。
逃げたくても、全身が痺れて動けない。静謐は男の為すがままになるしかない。
「もう分かっているとは思うが、俺が流し込んだ毒は身体の中から直接お前に快楽を送り込む」
静謐が身に着けている薄黒の布をあえて破らず、男は静謐の肢体を両手で堪能する。
「更に毒を増やせば、お前はもっと快楽を得る事が出来る……が、安心しろ。今はしない」
「……」
思わず安堵の吐息を吐こうとした、静謐に男は優しく微笑むと、
「代わりに俺が送り込んだ毒と、お前の身体の中にある毒とを
「!?」
今……なんと言った?
この男は、なんという恐ろしい事を、言った?
「そうだ。次に味わう快感は、お前がこれまで身体の中にあった毒全てから得る事が出来る」
「ま、待って下さい!」
思わず悲鳴にも似た制止の声をあげていた。
「やめて、下さい。お願いします」
先程の快楽でさえ、気が狂わされそうだったのだ。それなのに、この身の毒が全て快楽に変換されてしまえば、一体どれほどの悦楽の暴力が襲ってくるのか、想像もつかない。
「あなたに従います。だから、それだけは、やめて下さい」
「ほう。つまりお前は、俺の命令になんでも従うというわけだな」
「はい」
今は男に合わせるしかない。悔しいが、この場を支配しているのは、この男だ。
「この身はこれよりあなた様のモノです」
「なるほど。ならば、命じさせてもらおうか」
「はい」
これでいい。今は男に従うふりをし、隙を見つけてなんとかこの場を切り抜ける方法を――
「己の毒でイキ狂え」
静謐を嘲笑うかのように、男は躊躇いもなくパチンと、指を鳴らした。
そして、毒による悦楽の宴が始まった。