ティアマトの番 作:Ω2
まず今の俺達に必要なのは、戦力である。
サーヴァントの眷属化が可能であることが完全に実証された今、今の俺達に必要なのは、戦力であった。
故に狙いたいのは、全サーヴァントの中でも純粋な戦闘力を持つセイバークラスのサーヴァントだ。
だが度を過ぎた強さは逆にこちらの首を絞めることになる。
俺の出せるケイオスタイドを全て消してしまえるかもしれない対軍宝具を持っているセイバーなどもっての他だ。
なので、今欲しいのは、対人戦闘力に特化していながら、搦め手が通じやすいセイバーとなる。
そんな都合のいい相手が一人いたのだ。
天才剣士でありながら、病で死んだ悲運の人斬りが。
そして奴を倒すための切り札が、今の俺にはある。
「行くぞジャック。静謐」
「うん!」
「御心のままに」
自分は病弱である。
それはもう覆しようのない事実だ。
新撰組一番隊 隊長 沖田 総司。
セイバーのクラスである彼女は、その事を嫌と言う程思い知らされていた。
最後まで仲間と共に戦い続けたい。それこそが英霊としての彼女の願いであり、望みでもあった。
だから今度こそ――
まず感じたのは、濃密な負の気配だった。
沖田に魔術の知識はない。故に、辺りに漂う魔力、マナ自体が汚染されていることに気がつかない。
だが――
「あなたがこれをやっているんですか?」
自分から少し離れた位置にいる男が、この異常な空間の支配者であることは、直感により理解していた。
「さて。その質問の答えはyesでもあるし、noでもある」
男は余裕の表情を崩さず、肩をすくめる。
その瞬間。ほんの僅か、男に隙が生まれた。
だから動いた。
「一歩音超え」
タンと床を蹴る。
「!」
沖田の前に、黒い壁が出現する。
男が出したのだろう。禍々しい気配と男の余裕から察するに、これは敵にとって自らの命を預ける事が出来るものなのだろう。
だが無意味だ。
「二歩無間」
沖田の姿が消える。
「三歩絶刀」
彼女の前に立ち塞がっていた壁の内側。
男の眼前に、沖田の姿はあった。
壁を突破したのではない。
空間跳躍まで到達した縮地と呼ばれる技の極みがそこにあった。
「無明三段突き!!」
そこから繰り出される超絶的な技巧と速さが生み出した必殺の『魔剣』。
『ほぼ同時』ではなく、『まったく同時』に放たれるそれは『壱の突き』に『弐の突き』『参の突き』を内包する。
放たれた三つの突きは同じ位置に同時に存在する為、剣先は局所的に事象崩壊現象を引き起こす。
事実上防御不能の剣戟であるのだ。
しかし――
「!?」
手応えがまるでなかった。人を殺した時のあの感覚がまるでない。
いや、むしろ――
「まあ、そうくるよな」
声。背後から。
「!」
振り向きをせずに、沖田は地を蹴る。
自分の立っていた場所に、泥の触手が突き刺さるのを見ながら、沖田は距離を取った。
(やはり……)
仕留めてはいなかった。
「よく気がついたな。人を殺した手応えがなかったか?」
「――」
男の言う通りだ。先程の刀に伝わった手応えは、人ではなく、命のない人形を斬った時の感覚に近かった。だから偽物だと気が付けた。
「あなたは何者ですか?」
「さて。その質問に答えてやりたい所だが、会話して隙を見せた瞬間に、俺を殺すつもりなのだろう? それは遠慮したいな」
「……斬り合いの最中に会話をするようなバカに付き合う義理はありませんから」
「なるほどな。確かにその通りだ」
男は嬉々とした表情で同意を示す。
「勝負に正々堂々もない。勝つか負けるか。生きるか死ぬか。ただそれだけの単純な事だ」
「……」
言葉は出さないが、それは沖田も同意見であった。
カルデアにいる他の英霊達からは否定されるような考えであったが、自分はこの考えが……生前での新撰組での戦いが間違いであったとは絶対に思わない。
「故に――だ」
「!」
誰もいないはずの背後に気配を感じた。
「俺がどのような手段をとっても、お前は何も言わんよな?」
自らに向けられる純粋な殺気を沖田は感じた。
(この感じは……)
まさかとは思う。
「解体するね!」
聞き慣れた声に、沖田は背後から自分を襲おうとしているのが誰なのかを、悟る。
自分のマスターのサーヴァントの一人であったアサシンの少女であるあの子だ。間違いない。
(どうして?)
何故彼女がという疑問は当然沸き上がったが、それよりも先に身体が動いていた。
背後から忍び寄り奇襲をかけてくる少女のナイフを紙一重でかわす。
視認してかわしたのではない。
直感と経験。
人生の殆どを戦いに捧げた人斬りだったからこそ、出来る芸当であった。
「!?」
攻撃を避けられた敵は、驚きと困惑の為か、逆に一瞬隙が生まれる。
その無防備な首を――
「はあっ!」
沖田は躊躇いもなく斬った。
ぼとりと床に落ちる少女の首。
英霊ジャック・ザ・リッパー。自分の主のサーヴァントであったはずの少女であることを一瞥のみで確認すると、沖田は男に向き直った。
「これもあなたの仕業ですか?」
「そうなるな」
「……あの子はマスターを慕っていました。そう簡単に裏切るはずがありません」
「簡単にはな。たが普通ではない方法を用いれば、どうとでもなるさ」
普通ではない方法――なにかの魔術で強制的に従わせていたと言うのだろうか?
だとすれば想像以上に厄介な相手かもしれない。
(手早く片付けましょう)
直感が言っている。時間をかけてはならないと。今度は確実に切って――
「そして悪いが、ジャックも既に
がしりと誰かに腕を捕まれた感触がした。
「!?」
振り向き、沖田は背後から目を見開いた。
「えへへ。残念だね」
腕を掴んでいたのは、間違いなく先程首を切断したはずのジャック・ザ・リッパーだったからだ。
いや、今は驚いている場合ではない。
はやく少女を振りほどかなければ――
「駄目だよ」
もう片方の腕もジャックに掴まれる。
「逃がさない」
右足もジャックに掴まれる。
「あなたも私達の家族になるの」
左足もジャックに掴まれる。
「馬鹿な!?」
合計四人のジャック・ザ・リッパーに沖田は四肢を拘束されていた。
(あり得ない!!)
ごく稀に宝具や固有スキルの力で自らの数を増やすことが出来るサーヴァントがいることは知っていたが、ジャックにはそのような力はなかったはずだ。
「そうだ。そのスキル――『自己増殖』は本来のジャックにはないもの」
沖田の思考を読んだのか、男は勝ち誇った笑みを浮かべる。
「ティアマトの娘となったジャックに与えられた新たな力だ」
「ティアマト!?」
マスター達が撃退したというあの原初の神のことか!?
ならば既にジャックは……
「やれジャック」
「「「「うん!!」」」」
四人のジャックが自らが拘束している沖田の手足に一斉に噛みついた。
「あぐっ!?」
焼けつくような痛みと共に、噛みつかれた部分から『何か』が流れ込んでくる。
(なんーーですか、これは!?)
体内に侵入した『何か』に身体が蹂躙されていくのが分かる。
「あ、ぐ、ああ!!」
自分の身体が自分のものではなくなっていくおぞましい感覚。
だがもっと恐ろしいのは……
(気持ちいい)
その感覚に、身体が快楽を覚えてしまうことだ。
「血管に直接注ぎ込まれるケイオスタイドは効くだろう?」
「ケイオス、タイド?」
見ると、噛みつくジャック達の口元から黒い液体がこぼれ落ちている。
あれが自分の身体に注ぎ込まれているのだろうか?
「病弱なお前を変えてくれる薬だ。そのまま受け入れるといい」
「受け入れる?」
それは……
絶対に許されないことだ。
「!!」
気力を振り絞る。
「どきなさい!!!」
身を蕩けさせる快楽を意思の力ではね除け、沖田は四肢に張り付くジャック達を振りほどいた。
力が入らない足に渇を入れ、なんとか四人のジャック達から距離を稼ぐ。
「これは驚いたな」
皮肉でも演技でもなく、男は本心から驚き、目を見張っていた。
「完全に詰みだと思ったんだがな。まさか、火事場の馬鹿力だけで切り抜けるとは」
「嘗める、な!」
息を切らせながら、沖田は叫ぶ。
「私は新撰組一番隊隊長 沖田総司! この程度で諦めるほど柔な身ではない」
「吠えるな。流石は壬生の狼だ」
だがと、男は床に落ちた刀を指差す。
「お前の獲物は最早ない。それでもまだ戦うのか?」
「必要ありません」
沖田は鋭い眼光で男を睨み付ける。
「新撰組の戦いは気組が全て! 刀がないのなら、鞘で! 鞘が折れたのなら、拳で戦うまでのこと!」
それが新撰組である何よりの証だ。
「気組――気合いのことか。そういう根性論は嫌いではないがな」
「残念ながら、既に
「ごふっ!」
男の言葉を証明するかのように、沖田は吐血する。
だがおかしい。血がいつもよりも濃い。
いや、これは血というよりも……
「ど、ろ?」
そう。泥だ。どうしてそんなものを吐き出した。
「新撰組一番隊隊長 沖田 総司」
名を呼ばれ、顔を上げる。男が不適な笑みを浮かべていた。
「お前の致命的な弱点をつかせてもらった」
「私の弱点?」
沖田のスキル『病弱A』は生前の病に加えて後世の民衆が抱いた心象を塗り込まれたことで、『無辜の怪物』に近い呪いとなって彼女の身体を蝕んでいる。
だが、当然それにはルーツが存在する。
沖田総司の病弱のルーツ。それは、
「肺結核だ。お前はこの病で死んだらしいな」
沖田総司の死因の説の一つ。天才の人切りは肺を病で蝕まれていたのだ。
「たがら、こちらもその弱点をつくために、ここの空間の空気を毒で汚染させていたのさ」
「毒……ですか?」
「ああ。紹介しよう。俺のもう一人の娘を」
男の足元にあった泥が、ごぼりと脈打ったかと思うと、何か出て来た。
褐色の肌に、扇情的な服。そして何より、特徴的な仮面。
その少女の事を、沖田は知っていた。
「静謐、さん」
静謐のハサン。マスターに並々ならぬ忠誠を誓っていたアサシンのサーヴァントだ。
「あなたまで……」
「そうだ。こいつもまた、俺の娘だ」
背後から静謐を抱き締めると、沖田に見せつけるように、その褐色の肌に指を這わせる。
「この空間の空気中には既に静謐の毒が散布されている。殺傷力がなく、即効性のない弱い毒だがーー肺の弱いお前には効果があったようだな」
「ん! あ、あるじ!!」
静謐の扇情的な服の隙間から手を入れると、男は慣れた手つきで少女の全身に触れていく。
「はぁ! あ、ああ!!」
それは愛撫のような直接的な刺激では決してない。だというのに、静謐は感じていた。
まるで触れられること事態が快楽であると言わんばかりに、全身を悦びで震わせている。
「ずるい!」
「私達もおとうさんに愛してもらいたい!」
それを見て、ジャック達も男に群がる。
その股は既に濡れ、行為への期待に興奮しているのが分かる。
(……なん、ですかこれ?)
目の前の光景に、沖田は混乱するしかない。
「おかしいですよ。こんなこと」
なにがとは言えない。言う必要がない。
この空間が。
状況が。
男と少女達の関係が。
全てが異常だった。
「おかしいか。静謐。お前もそう思うか?」
「いいえ、思いません」
誇らしげに、静謐は下腹部に刻まれた刻印を恍惚とした顔で撫でる。
「今の私は幸福です。この世の何よりも」
真剣な顔で、静謐は言い切った。
「そうか。なら、おかしいのは沖田の方だな?」
「はい」
「ではあいつにも、お前の幸福を教えてやれ」
「主命を受諾」
男が手を離すと、静謐はゆっくりと沖田の元に歩みよって来る。
逃げなければならない。頭では分かっているのに、身体が動かない。
近付いてくる静謐に、目が釘付けになり、何も出来ない。
(身体が熱い)
静謐が近付くだけで、身体の奥底から熱い何かがこみ上がってくる。
「は、あ」
吐く息は熱く、口の端しからは、唾液がこぼれてしまう。
静謐が目の前に立った頃には、もう思考が蕩け、何も考えられなくなっていた。
「甘美をあなたに」
仮面を外し、静謐は沖田の首に手を回すと――
「
唇と唇を合わせた。
(あ……)
唇の感触。
入り込む舌。
流し込まれる何か。
それらを知覚した後に、
「……」
沖田の心と身体は焼き尽くされた
沖田さん大勝利になって欲しかった?
まあ、沖田さん悪堕ちさせたいから、是非もないよね!!