娘のした事は犯罪だ、事件の事を問い詰めると少し驚かすだけだと、道具係にも、そう言って説き伏せて細工をさせたのだろうが、結果はどうだ。
「酷い傷なのよ、医者は死ぬかもしれないと、いえ、助かったとしても、あんな傷では一生恋人も、ましてや結婚もできない」
アイリーナ・アドラーは半狂乱で自分を責めた、それこそ、怒り狂って、普段は優雅で落ち着いた彼女とは別人のようで、こんな取り乱した姿を初めて見たのだ。
死んでくれたなら少しは気持ちは楽になるかもしれないと思ったが、そうなったらアドラーは自分を責めるだろう、いや、彼女の信奉者も一部の者は薄々の事情を察している。
傷跡が消える事はない、取り返しのつかない事に娘のコゼットは自殺した。
後を追って自分も死にたいと思ったが自殺は許されない。
「ずっと、謝ってばかり」
女の声は、どこか呆れているようにも聞こえてバルジャンは思わず足を止めた。
「償うという言葉では足りない事は分かっている、何をしたらいいのか、アドラーは怒っていた、ひどい傷だと」
「あまり気にしていないの服を着たら背中なんて隠れるし」
バルジャンは女の顔を見た、自分を好きだと言ってくれる人がいるのと言われて、それが、自分の罪を軽くするための嘘なのか、そうでないのか、分かりかねたからだ。
バルジャンは一瞬、女から顔をそらしたが、ああと頷いた。
「今夜、泊まるところはあります、良かったら」
右手を掴むようにして、ぐいっと引っ張る力強さにバルジャンは驚いた。
「さあ、この部屋を使って」
案内された部屋でバルジャンはしばし、立ち尽くした。
寺院が自分を受け入れた、いや、彼女だ。
半ば強引に連れてこられたが、外は雨が降っている、一晩、休ませてもらい、神の慈悲に甘えようとベッドに横になった。
だが、なかなか眠る事ができない。
寺院の中に入るとフロローは足音をたてないよう静かに階段を上りはじめた。
女がバルジャンの手を引いて寺院の中に引き入れたことは、彼にとっては驚きだった。
まさかとは思う、だが、ここで、この寺院の中で。
(聖域の中で)
浮かんだ光景を慌てて振り払い、部屋の前まで来ると中の様子を覗き見ようとした。
だが、想像した事が起こっていたら、そう思うと怖くなった。
部屋に戻ろう、そして祈るのだ、いつものように、そうすれば明日の朝は何もなかったようにを覚ますことができる、そんな事を考えていると風、いや、空気が酷く冷たいことに気づいた、これは雨のせいだ、確かめるようにバルコニーに出るとフロローは驚いた。
「司祭様」
声をかけられて驚いた。
「何をしているんです、こんなところで」
「夜のパリを見ていたんです、でも、見えないんです、雨のせいでしょうか」
女は昼間ではないからでしようかと笑った。
ゆっくりと近づき、雨に濡れた女の顔を見たフロローは違うと言いたかった。
(泣いているから)
雨で、自分の声が聞こえなければいい、そう思いながらも言わずにはいられなかった。
「泣いているからだ」
あなたが。
そう言って、フロローは顔を背けた。