「お前は私と結婚するんだ、私娼のおまえが贅沢な暮らしができるんだ、何が不満だ、さあ、司祭様」
男は強引に女の手を取り、祭壇の前でフロローに声をかけた。
正直、女の拒絶している態度を見て、この結婚は向無効だ、やめたほうがいいのではとフロローは思った。
だが、それを強く言えないのは男がかなりの金持ち、爵位を金で買ったと噂された成り上がり者だからだ。
そして女といえば、見た目と来ているものからしてきれいだと思ったのは最初だけ、はっきりと男だとわかる。
だが言葉遣いや態度と体つきからして明らかに純粋な男ではないのは明らかだ。
歌手のカストラートのように去勢されて作られた女だとわかる。
「おまえに借金が払えるのか、ジュリエツト」
「やめて、あたしは侯爵の恋人よ、名前を呼ばないで、その名前は」
どうして一時でも、こんな男を相手にしたのかと後悔した。
投獄されて死刑が決まって自分の生活は変わった、だが。
「お金は払う、結婚なんてしない」
「どうやってだ」
「あの人の亡くなった侯爵の娘が助けてくれる、手紙を書いたのよ」
男は驚いた顔で、おまえは文字が書けるのかと尋ねた。
学などない、男に媚びて体でしか繋ぎとめることしかない男娼が、信じられないという様子で男は笑った。
「娘がお前を、父親の愛人を助けるなど、本気で思っているのか」
そんなことがある訳がないと男はにやにやとうすら笑いを浮かべた。
「いやよ、お願いです、司祭様」
助けを求められ、フロローが迷ったのも無理はない。
そのとき、寺院のドアが開いた。
「ピエール・ラスネイラ、貴方を窃盗の容疑で逮捕する」
入ってきたのは警官だ。
「なんだと横領だと」
「紅玉が貴方の屋敷から見つかったのだ」
「あれは、もともと」
ふざけるなと警官は一喝した。
「盗品届けが出ていたんだ、詳しく話を聞かせてもらうぞ、
牢屋の中でな」
あっという間の出来事だった、フロロー自身、訳がわからずしばし呆然としていたが、男娼の声で我に返った。
「ガブロッシュ、どうして、あなたが」
「警察だからね、まったく、他の女達に比べて男娼というのは、どうして、こうも面倒なことばかり起こすんだ」
怒った口調でぶつぶつと文句を言われても相手は平気な顔で少しも悪びれる様子はない。
「どうして彼女は来ないの」
「あんたのせいだよ、無理矢理結婚されそうだと聞いて走り回って、疲れ切っている」
「まあ、大変」
そのとき、ジュリエットと呼ぶ声がした。
「ありがとう」
白い仮面の女に男娼は微笑んだ。
「大変だったわね」
「ええ、でも、もう大丈夫よ、司祭様、お願いです、結婚したいんです、誓いをたてて」
「おめでとう、ジュリエット」
「あら、あなたとするのよ、フロイライン」
女は疲れた顔で笑った。
「あたしのような、パリの男がいいのよ、侯爵様も言ってたわ」
するとそばにいたガブローシュは牢屋にぶち込まれたいかと怒った声で呟いた。
「とても綺麗なんですってね、ジュリエットという人」
「まあ、十四の歳で運命の恋をしたイタリア女性だからね、まあ、あんたが結婚の墓場に入らなくて、彼女よりも年上でよかったけど」
酷い言い方と拗ねたようにいいながら男娼はフロローに向かって、にっこりと笑った。
「酷い言い方ですけど、彼女はアタシにベタ惚れなんですよ」
「何を言い出すかと思ったら、結婚は決まっているのよ」
女の言葉にフロローは驚いた。
「ジャン・バルジャンと結婚するの」