この時代、愛人、恋人を謙のは珍しい事ではなかったので、そういうエッセンスも少し入れてみました。
「あなたの献身と奉仕によって寺院は危機を乗り越えました、感謝します」
クロード・フロローは静かな笑みを浮かべた。
「もったいない、お言葉です、私の主、寺院の為にできる限りの、いえ、当然の事をしたにすぎません、私は」
謙虚な態度と言葉を聞いて目の前の老人は微笑んだ、同時に差し出された皺だらけの手に口づけたフロローは、ほっとした。
数年前から寺院の経営を立て直すために努力をしてきた。
奉仕と善行、祈りだけでは聖職者といえど生きてはいけない、寄付を募っても街の人間から集めるのはたやすい事ではない、だから金持ちや貴族にも声をかけるが、金を持っている人間ほど出し惜しみをする。
しかし、ここにきてようやく実を結んだ。
鐘の音は祝福以外のなにものでもない、自分は長い歳月をかけてノートルダムでの地位を確立したのだ。
マルキド・サド・ヴァレンティナ侯爵、放蕩貴族はバスティーユ牢獄で亡くなった。
彼の愛人の一人、アイリーナ・アドラーが海外公演の為、パリを出て行く事を聞いてもフロローは驚かなかった。
外国で精力的に活動していた事は知っていたからだ、だが、住んでいた屋敷を売りに出したと聞いて驚いた。
若い司祭は必至に、それこそ弁解するように、そんな大事な話は貴方に、直接、話すようにと申したのですと繰り返した。
敬虔な信者というわけではないが、彼女は寺院に多額の寄付をしている、大事な顧客といってもいいだろう。
「実は彼女から申し出かありまして、メルベイユ氏を寺院に招待してほしいと申し出があったのです、寺院の装飾、建築などを見たいと」
フロローの顔が不可解なものに変わったのは無理もない、何故と言いたげになったのは建築でも装飾画家でもない、彼が人形作りを仕事としている職人だからだ。
殆ど外に出る事はないし、高齢なので死んだのではないかと噂されているくらいなのだ。
「生きていたのか、あの人形師は」
「実は、あなた様から招待という事にしてほしいと言われました、それなら前、大僧正の顔も立てられると」
フロローは内心、だろうなと頷いた。
職人というのは変わり者が多い、メルベイユはクリスチャンというわけではない、それどころか神を冒涜するような言動を平気で口にしてフランスの教会、寺院から締め出しを食らったこともある、正直、寺院に足を踏み入れて欲しくない人間といってもいいだろう。
「承諾してくれるなら、今まで通り」
「寄付の件か」
「は、はい」
悩んだのは、ほんのわずかな時間だった。
「寺院は、喜んで招待すると伝えてくれ」
死を間近にした人間が突然、心を入れ替えたとしても不思議はない。
信心深い心で神をあがめる気持ちになったのだろうか、だが、人はなかなか変わる事ができない生き物だ、それだけに不思議でならなかった。
数日が過ぎた。
寺院に戻ったフロローを若い司祭が慌てて迎えた、メルベイユ氏が来ていますと伝えるとフロローは慌てて寺院に入った。
神など信じていないのだろう、この人間は、老人を見てフロローは思った。
椅子に腰掛けて天井を見上げている、険しい顔つきだ。
自分に気づいたのか老人が口を開いた。
厄介な自分を招待してくれて礼を言う、その言葉にフロローは首を振った。
何故、アドラーが、この老人を招待しろと言ったのかわらない、理由を聞くのはまずいだろうか。
「人形師の、あなたが何故」
尋ねようとしたとき、足音がそれを邪魔した。
「凄いわ、最上階の眺めときたら、メルベユ」
駆け寄ってきた女の声に老人は呆れたように肩を竦めた。
「パリだ、これがパリの街だ」
老人の言葉に、はいと女の声が響く。
フロローは呆然とした、真っ白な髪の女性がいた
ラウル・シャニュイが結婚するという噂を聞いたとき、クリスティーナ・ダーエは正直ほっとしながらも驚いた。
自分以外の女性と彼が結婚を、腹が立つが、心のどこかでは、どこかほっとしている自分がいた、だが、一体誰と彼は結婚するのだろう、正直、相手が思い浮かばない。
「クリスティーナ、子爵の噂を聞いた」
「いいえ、メグ、知ってるの」
「それがね、亡くなった侯爵の娘だっていうのよ」
クリスティーナは思い出した、数日前のオペラ座の公演に、兄のフィリップ子爵と訪れた女性の事を、真っ白な髪をした、一目でわかる外国人と。
「弟子などもった覚えはないぞ」
老人が女の頭を、がつんと叩いたのは女が自分の事を弟子ですと紹介したからだ。
「これで約束は果たした、まったく、厄介な事ばかりあの女は押しつける」
「アドラーは恋人でしょう」
女の言葉に、昔のことだと老人は忌々しげに呟いた。
「おまえは、あの男の娘だ、儂からもプレゼントをやろう」
「いいですよ」
「遠慮するな、儂の愛人だ、ありがたく受け取れ」
女は、はあっと息をつき、フロローの顔を見ると仕方のない人でしょうと呆れた顔で笑いかけた。