京子はミヨに娘の衣服を着せた。クルリと回って衣服がピッタリなのを確認する。
「娘のお古だったけど…ピッタリで良かったわ」
「ありがとうね、助かったわ」
「あと…何着かあるから、適当に使ってください」
「分かったわ、使わせて貰うわね」
2人は、話をし終わると…京子が翔太に近付いて来た。
「さてと…どうしてこうなったのか、詳しく聞かせて貰おうかね…ショータ」
憎悪の様な表情をした姉の背後に、陽炎の様な揺らめきが見えるのを翔太は感じた。
「え…あの、実はこれには…色々と深い訳がありまして…」
次の瞬間、家の中で断末魔の叫び声が響いた。
リビングで紅茶を淹れる京子は2人分のティーカップを用意して、向かい合わせのミヨに紅茶を差し出す。
「はい、どうぞ」
「まあ…ありがとう」
「ウウ…ネエちゃん…」
翔太の声が京子の下から聞こえる。
「それにしても、ミヨお婆さんと、こんな風に紅茶が飲める日が来るとは思わなかったわ、高校を出て…就職して二十歳過ぎに結婚したから…。家に帰って来てもミヨお婆さんに挨拶する時なんて殆ど無かったしね」
「フフ…まあ、人生なんてそんな物よ、私も故郷を懐かしく思うけど…今は村の名前は無いし、過去の仲間も多分…生きていないでしょう。つくづく思うのは…女性の人生ってなんだろうね…て事よ。愛した人の為に生きるのか…それとも自分の為だけに生きるのか…ってね」
「そうよね…男性は、幾つになっても結婚しても平気だけど…女性は若いうちに身を結ばないといけない。そう言う意味では…損な生き方をさせられているわ。三十路を越えると子供を生むのも辛くなるし…夫からも夜の相手がして貰えなくなるのよ…。結局夫婦って何だろうって思わされるわ」
「まあ…一緒に居る事が1番重要なのよ、歳を取ると何となく分かって来るわよ、人生のパートナーの大切さが…」
「姉ちゃん…退いてくれ…重い」
京子の下に四つん這いになっている翔太が、虫の息で姉に救いの手を指し述べている。
「女性に重いなんて失礼ね、大体…あんな変な博士に関わるな…て前から言ってたのに、どうして行くのよ。その結果がこれなのよ…これからどうするのよ、この状況…」
京子は翔太の上から退いて、隣へと腰を下ろす。
「まあ…良いじゃない、生きていても残り少ない人生だったし…生まれ変わったと思って新しい人生を始めるって事で」
「でも…もう、元の姿には戻れないのよ。私にとってミヨお婆さんは、人生の先輩だったのに、今は娘と歳違いの姿になってしまっている…少し悲しいわ」
「私は平気よ、だって私が子供だった頃は…世の中、こんなに便利な時代では無かったからね…」
「後悔はして無いのね…」
「するも何も、何時でも楽しいとか良かった…と感じる気持ちが大切よ。そう思えば自然と不幸も幸福に変わって行く筈だから…」
「流石は人生の先輩…戦後のどん底から立ち上がった日本人魂は伊達じゃないわね。どんなマイナスもプラスに変えてしまう切り替えの良さと、寛大な心は学ばなければならないわね」
「イテテ…」
翔太がようやく起き上がる。
「お…復活したか」
「大丈夫でしたか翔太さん?」
「人を殴る時も、容赦しないから恐ろしいよ姉ちゃんは…」
「まあ…ミヨさんも許してくれるし、今回は穏便に見といてやる…ただし」
京子は翔太の顔に近付き睨む様な表情で言う
「元高齢者で…幾ら若返ったとは言え子供の姿だからな…一線を越える事はするなよ」
「しないよ」
「ま…信用しといてやる」
そう言って翔太の肩を叩く。京子は他に予定があるから…と言って帰宅準備をする。玄関前に立つと、何か思い出したかの様に振り返る。
「私が言うのも何だけど…息子さん夫婦に事情を説明したら、学校に行く事を進めるわ」
「やっぱり行かなければ駄目かね?」
「流石に、今の姿では就職は無理でしょう。それに平日の昼間一人で出歩いてたら、警官に取り締まられるわよ。それよりも義務教育を形だけでも受けて置いて、学歴を残して置けば…就職するのに便利かと思うわ」
「何かと不便な世の中ね…」
ミヨは溜息混じりに言う。
それを見た京子がクスッと笑う。
「ミヨさんがウチの娘と仲良くなってくれると、色々と助かるけどね」
「偏屈者の姉の娘だから一筋縄では行かないけど」
次の瞬間…姉の肘内ドロップ、更に裏拳が翔太に見事に炸裂し、翔太はその場でノックダウンした。
京子はミヨに向かって別れの挨拶をする。
「じゃあね」
そう言って京子は立ち去っていく。
残った2人は片付けを済まして、京子が持って来てくれた衣類をタンスの中へと入れる。
一仕事終えて落ち着く頃、ふと…ミヨが時計を見て大切な事があった事を思い出す。
「あ、今日は訪問介護の日だったわ」
「え…今日だったの?」
倉田家の玄関前に一台の車が停まった。車の中から北原茂が降りた。
「倉田さんの家はここか…」
彼は介護用の荷物を抱えて玄関へと向かう。