…………。……ふと、意識が浮上する。
なにか心地良い香りと感触とともに、あれ、と疑問を抱きながら。
まあ疑問はさておき、なによりもまず───……頭痛い。熱中症一歩手前ってくらいグワングワンして、体の中で喩えようの無い熱がぐるぐると回っているような気分だ。
「……、う……げ……」
そして体中が痛い。あと気持ち悪い。
身体を起こそうにも起きてくれない。え、なにこれ、やばくない?
……なんて思ってたのに、俺の胸の上で幸せそうに寝ている結衣を発見したら、なんか落ち着けた。落ち着けた……のに、「んん……」と結衣がみじろぎすると、ぐにゅにゅと刺激される俺の、寝起きに元気な剛直先生。
「…………」
お、おかしいなー。行為は終わって、結衣も寝てるはずなのに、なんで僕の八幡くん、ぬちゅぬちゅした感触に包まれてるのかなー。
「………」
……試しだ。いいか、これは確認だ。
そう言い聞かせて、俺の上で眠っている結衣のお尻をむにうううと握って……あら柔らかい。
「………」
むにむに。……はっ!? いや、そうじゃなくて。
恐ろしいな結衣……まさか胸だけじゃなく、尻でまでこのぼっちを惑わそうとは…………いえまあ既にゾッコンなんだが。
ともあれ、両手でぐにっとしっかり掴んで、軽く身体を曲げて……
「んんぅ……ふにゃ……はれ? あ……ひっき《ずちゅんっっ!!》……ふえ……!? ───!? きひっ───ィぁああああんっ!!」
勢いよく、突き上げてみた。
途端に走る快感と───……軽くイッてしまった結衣の声が、寝起きから随分と幸せでした。
……まあ、そのあとは当然、説教タイムが待っていたわけだが。
「ヒッキーさいてー! ばか! ヒッキー! 寝てる女の子のこと襲うなんて!」
「ちょっと待て、やっぱヒッキーって悪口なんじゃねぇか」
「そ、そんなの知んないもん! キモい! ヒッキーキモい!」
「キモくねぇ。……お前だって俺が倒れたあと、わざわざ人を寝転がらせてから上で寝たじゃねぇか。ご丁寧に繋がったまま」
「うえええっひゃあぁあっ!!? ななななんで知ってんの!? え!? 寝たフリだったの!? キモい! まじキモいから!」
「うっせ、キモくねぇっつの。起きたまんまの状況を語っただけだよ。語るに落ちたなぁ由比ヶ浜先生」
「苗字禁止! 結衣って呼んでくんなきゃ絶対許さないかんね!?」
「結衣」
「…………む~……!! ……わかった、うん、いいよ、ヒッキーだから。許したげる」
「そうか。許してくれるか。俺は勝手に人枕にされたことを許さないが」
「え? あれ!? なんか逆転した!? ずるい! ヒッキーさいてー!」
ちらりと見れば、既に明るい外。時計を見れば、既に昼。予想通りと言うべきか、随分とぐっすりだったようだ。そりゃな、あんなに暴走すればな。
「んじゃ、まず風呂にでも入るか」
「え? だめだよ?」
「あ? なんで」
「だって抜けちゃうし」
「……抜け? …………」
みちゅり、と繋がったままの性器。
……結衣を見る。性器を見る。結衣を……
「えへへぇ、約束だよね? 好きなだけ繋がってていいって」
「お、おい待て。まさか本当に好きなだけ繋がってるつもりじゃ……!」
「どうしても行くなら……い、一緒に……入る……? ヒッキーなら、いいよ……?《にょるり》ひゃあんっ!? ……ひ、ひっきぃ……?」
「いえべつに今のはお前の言葉でマイサンが元気になってしまったとかそういうことではなくてですねつまりはあのその」
「……ヒッキー」
「……お、おう」
一言で黙らされた。ふえぇ……、怖いよぉお……。これが一歩大人になった女性の眼力……!
……あれ? 怖いってほど怖くない。わけわからんけどどっちかっつーと……愛しい。怖いと愛しいのどっちかしかねーのかよ。なかったよ。そして愛しい。
そんな愉快な思考をしていたら、それを吹き飛ばす言葉が結衣の口からぽしょりと呟かれたわけで。
「…………する?」
「───」
ちらちらとこちらを見つつ、頬を朱に染めた美しい顔がそこにはあった。それだけを言っておこう。
そして俺達は、昼間から互いを求め、貪り合い、愛し合ったのだった。
当然もう、精液はろくに出なかった。
「ヒッキー……んっ……」
「お…………おう……」
昼から良い汗を掻きながら、目を閉じ持ち上げられた顎。
行為の過程で上下を入れ替え、俺が上になった現在、そこへやさしくキスを重ねると、結衣はポーっとした顔でにっこりと笑った。
ああ、もうほんとだめだ。ぐるぐると揺れる頭の中でそんな言葉が浮かぶのを感じながら……俺は、ことあるごとに結衣の瞳を覗き込み、隙あらば、暇さえあればつつくみたいにキスをした。
「ふあ…………えへ、えへー……♪ ひっきぃ~……♪」
そしたら結衣が、いつも通りと言えばいつも通り、えへへぇと微笑みながら、きゅーっと抱き付いてくる。
「お、おい……なんだ、どした?」
「《ちゅっ》んっ、うん。えっとね、《ちゅっちゅっ》んぷっ、あの《ちゅー》ヒッキー!!」
俺はといえば……話そうとしているところにキスを落としまくった。───ら、怒られた。
い、いや、だって仕方ないじゃないですかー、なんかキスしたくてたまらないんですから。
仕方ないので頬を舐めたり耳を唇で挟んだり、首をぺろぺろ舐めたり鎖骨を撫でるように舐めたり。
「え、えっと、《ぺろり》んっ、お、男のひとが、ね?《ちゅ、ちゅ》んんっ、くすぐった……き、キスをいっぱいしてきたり、《はむり》ひゃんっ!? え、えと……目をじいっと見つめてきたり《ぺろぺろ》んんぅっ! ……す、するのは、ね?《ちゅっ、ちゅっ、ちゅー》ちょ、ヒッキー《んちゅー》んんんっ!? ぷあっ……ヒッキー!」
愛しさが抑え切れなくてキスしたら、また怒られた。
い、いや、ちょっと待ってくれ、今あれなんだ。アレがアレで。
俺自身も相当戸惑ってるって言えばいいのか、なんだこれ。大事すぎて愛しすぎて、もう頭の中がおかしい。
「も、もう! 大人しくしてる! ……そりゃ、その……嬉しいけどさー……喋ろうとしてんのに口塞ぐの、だめ」
「………」
「それでだけどね? 男の子が女の子の目を見て、キスするのってね?《ちゅぽり》ひゃあっ!? ……ヒッキー!!」
胸の突起を口に含んで舐め吸ったら怒られた。
なんだろう、なんか猫な気分。
今めっちゃ構ってほしい。ガキじゃねぇんだからと自分でツッコみたいのに制御できない。なにこれ。心ぴょんぴょん? ご注文がうさぎなの? 寂しいと死ぬの?
「……えっとね。男の子がキスの前に女の子の目をじーっと見たりね? 何度も何度もキスを繰り返すのってね? その人のことが本当に好きだからなんだって。本命っていうの? だから───あれ?」
「………」
ほーん。
「いやそれ健全なる男子どもの集計結果だろ。俺アレだから。健全ではあってもアンケートなんて答えないから。なんなら街頭アンケートで俺だけ調査委員からスルーされるまである」
「スルー確定なんだ!? え、えー? でも訊かれるかもしれないじゃん。ねぇねぇ、ヒッキー? ヒッキー?」
「いや……だってお前、そんなアンケート普通答えねぇだろ。好きでもないやつとキスするとか思ってたりしたん? 本命以外、居るって」
「え? ううん全然。……え? なんで?」
「なんでって…………べつに《ぷいっ》」
「? ……? ……───あ」
ちょっと考えてみて、言い方が悪かったとでも思ったのだろうか。結衣はハッとして、俺を見つめてきた。
「ヒッキー……拗ねてる?」
「いや待て、拗ねてねぇよ。誤解生まれそうだから妙に考え過ぎんな。それは喧嘩フラグだ」
「ご、ごめんね、そういう意味で言ったんじゃなかったんだけどなー……うん……」
「や……だから、べつに気にすんな」
衝動に駆られたからってキスをしまくる理由が、心の中の濁った部分にずぶずぶと沈んでいく。
なんか、腹立つよな。いや結衣に対してじゃなくて、いちいちこういう“大事にしたい”って行為を“男たち”として分析されて、その通りに動いたら指差されて“ほらみろやっぱり”って笑われてるみたいなの。
ま、ちょーどよかったんじゃねぇの? 依存でなにが悪いとか言っておいてあっさり掌返して、依存しすぎるのもやばいって思ってたところに───結衣に対して構ってほしがる自分が生じたところに、これだ。……生じたのかよ俺。まあいいや。
ただ、遠回りだろうが初恋が成就して、近づいて、幸福を確かめ合って、深くまで近づけたと思ったら、本命、なんて言葉で冷静に分析された。そんな風に考えてしまったら……途端に自分の愛情が悲しくなっただけだ。
……ああそうか、だからか。だから俺はネット情報なんか調べたあとに、内容を大して頭にも入れず、自分たちらしく愛し合おうなんて考えたのか。
情報は確かに大事だ。が、それは“みんな”であって“俺”じゃなかった。頼らざるをえなくなった部分があったにせよ、頼り切らずに出来たと思う。それでも結果は男子平均なんたら、なんて集計で終わってしまったわけだ。そりゃ虚しいわ。
結衣はそういう意味で言ったわけじゃないだろうし、けどどちらかといえば考え方は“みんな”寄りだ。これはしゃーない。俺がぼっち寄りで捻くれた考え方をしているだけだ。相手にとっちゃ“そんなことで拗ねたの?”なんて言って終わるような話だろう。
……それが“みんな”であればな。
「ヒッキー……」
幸せそうな顔から一転二転、申し訳なさそうな顔、寂しそうな顔、泣きそうな顔へと変わり、結衣が呼びかける。
俺は、ずっと結衣の頭を撫でているだけ。
男ってのは基本がガキだ。見栄っ張りだし理屈屋だし、思い通りにいかないとすぐ拗ねる。嫉妬深いし、構ってもらえないともやもやする。
だがプロボッチャーである八幡さんはこれしきではゆるがない。
本命? その通りだとも。
好きだから目を見てキスを降らせる? 事実じゃねぇか。
ぼっちは現実から逃げはしない。
何故なら逃げても逃げなくてもぼっちであり、“みんな”と違って、逃げた先に“それは仕方ないっしょー!”とか慰めて同意してくれる友達も居ないからだ。
ちょっと、ほーんのちょっとだけ悔しかったけどね? まあもう立ち直ったけどね? プロですし。
生憎とぼっちはどれだけ懐こうが、自分の傷を舐めてくれなんて頼みやしねぇよ。だから黒歴史を自虐ネタで披露はしても、どこに傷があるのかなんて事細かに説明したりはしない。
リア充どもみたいにヘラヘラ笑いながら軽い失敗談を語って、慰めてくれよぉ~なんて言うヤツの気など知れずに結構。恥を知れ、ぼっち対象外どもめ。
「べつに、ほんと気にすんな。誤解も勘違いも、ぼっちにとっちゃ日常茶飯事だし、お前がそんなことを本気で言わないことくらい解ってる……つもりだ」
「……つもり、なんだ。……そっか…………そだよね、あはは……うん……」
「そらそうだろ。俺、お前がほかの男子にどういう態度で接してるかとか知らんし」
「え?」
「え?」
え? なに今の反応。だってそりゃ知らんだろ、俺は独りでいても、こいつが近づいてくるから、普段のこいつとか俺知らんし。
ん? じゃあこいつが“え?”って言った理由は? “そだよね、あはは”と寂しげに呟いた理由は?
リア充の気持ちなんか解らんでもいいが、こいつの気持ちとか解らんのはなんだか癪に障る。うわぁ俺キモい。でも障るもんは仕方ない。
つまり。つまり…………あ、あー……そうか、そうか。ほーん? ほーん? ……やばい死にたい。
「…………ね、ヒッキー」
「お、おう?」
「えと……───、……やっぱりごめんだよ、ヒッキー」
「………」
気にすんな、は無駄だったようだった。
むしろ後悔のあとにそれ言われると罪悪感がひどい。だが待て孤独者よ、本気トーンで謝る人を止めてはいけない。止めていいのは、それが誤解である他に、見当違いな謝罪であった時のみだ。見当違いってのはアレな。“誰々に怒られたから謝る~”とか人をナメくさったあれだ。
「あ、あたしもさ、一度……ほら、みんなからハブられそうになった時、あるじゃん? その時のこと思い出してみてさ。あたしが言ったみたいなこと、こんな時に言われたらどう思うかなーって……考えてみた。……そしたらさ、“みんな”しか居ないんだ。みんながやってるからあたしも、なんてハブられかたして、それが嫌だったから胸がおっきいからエッチ、みたいなこと、飲み込みそうになっちゃってさ……そこでヒッキーが悪者になって……あんなのが幼馴染で可哀想、なんていつの間にか同情されるみたいになって……」
「………」
「……そうだよね。ヒッキーがしてくれたのに、どうして“みんな”と比較しちゃったんだろ。ヒッキー、ちゃんとじっくりと自分たちらしくって言ってくれたのにね。……ごめんね」
「…………それも含めて気にしてねぇよ。つか、俺のこと深読みしすぎだ」
「うそ。目がまたどんよりしてるし」
「うそじゃねぇよ、ほんとだ。……どっちかっつーと、……あーその、アレ、アレな。ほんとアレ。…………だから、あー……言わないでも気づいてくれたことが、大変恥ずかしいことに……っぐ、……アレ、~~……う、うれっ……嬉しい、とか……感じてんだから、な……」
「え……───ヒッキー……?」
「……悪かったよ。その、苦労してでも、伝えたいことは伝えようって決めたんだよ。二人の時だけだけど。大変面倒くさい野郎だとは思うが、その、あの、なんだ。捨てるまではよろしくやってくれ」
「す、捨てたりなんかしないから! ~~……むしろっ……あたしがまた変なこと言い出して、嫌われたりしないかって……」
なにこの子天使? つーかそういうことは鏡見てからいいなさい。鏡と、あと俺と話してる時の声でも録音して楽しんでいてください。
お前どんだけ嬉しそうに話してると思ってんの? こんな嬉しそうで楽しそうに話すやつを捨てたりする人の気が知れんわ。
「と、ところで……よ。いや、俺はべつにちっとも……いや気になって…………、ぐっ……き、気に、なってはいるんだ、が……よ」
「え? う、うん……?」
「ク、クラスの男友達とかとは……その、キスの話、とかも……したり……?」
「…………、……~……えへ、えへへ……ヒッキー……♪ ……気になるんだぁ?」
「ばっかおまえ、俺ほどともなるプロボッチャーが他人が気になるとかっ……!」
「えへー♪ 婚約者なら気になる? ね、ねー?」
「……うぜぇ」
「うざくないし! ヒッキーきもい!」
「きもくねぇ。……ほらその、さっき……」
「さっき?」
「……さっき、つもり、なんて言っただろ。……お前が俺に向けてくれることに関しちゃ、なんでも知ってる気にはなってるんだよ、俺は。自惚れだろうとそう思いたいんだよ。けど、お前が他の男───あ、いや、他のやつらとどういった話をしてるかなんて、俺は知らねぇだろ……」
「……あ……だから、“つもり”って……《わしゃわしゃわしゃ》わぷぷっ!? ちょ、ヒッキー!?」
頭を乱暴に撫でた。いえべつに当方恥ずかしくなんかござんせんことよ? ただ撫でたくなっただけですもの?
だから撫で終わったあとに俺を見て嬉しそうな顔するの、やめて?
「やっぱヒッキーって素直じゃないよね」
「ばか言え、俺は素直だっつの。ああもうすっげぇ素直ね。表現の仕方を知らないだけだから」
「それって全然素直じゃないって自分で言ってるようなもんだかんね?」
「まじかよ……」
ちょっと考えれば、そうかもって理解できた。やめろ、楽しそうな顔でつついてくんな、正直まだ照れっ……照れてねーし。
「その……悪かったな。初めてのあとに、空気悪くした」
「あ、ううん、それはあたしも言い方悪かったし。それに、喧嘩みたいなのもしとかないと、解らないこともあるんだと思うんだ。ほら、今回のでヒッキーが結構嫉妬してるって解ったし」
「お前なに? 人の失敗談抉っていじめたいの? 自虐ネタは自分で言うから耐えられるんであって、他人はどうでもいいが気になってるヤツとかの口から語られると、もう地獄以外のなにものでもないんですが……?」
「───……え? あたしの他に、あるの?」
「……ガキの頃、ママさんにだけ相談してたとあることを、親父さんが知っててな……あとで誤解だって知ったんだが、あの時は本気で“世界なんてやっぱり腐ってやがる”ってなんもかんも拒絶しそうになったな……」
「………」
あ。語ってしまったことにハッとすれば、俺の下でムスっとした結衣が。
ぽしょぽしょと“ファブリーズ……”とか言ってる。ちょっと怖い。
……で、なんだが。
「なぁ結衣」
「え、あ、うん。なに?」
「……俺達いつまで繋がってるんだ?」
「え? ……一日中?」
まじか。え? マジ?
「……いや?」
「待て、いやとかそういうのじゃなくて待て。現実問題とかどーすんの。メシとかその、トイレとか」
「だ、断食ダイエット! とか……」
「食い物は良くても飲まなきゃ死ぬだろ」
「あ、それならポッカリがまだ」
「おいやめろ」
つか、あの謎のポッカリもどきなら俺が全部飲んだ……もとい、飲まされたはずだが……ってそうだよ。そういえばママさんのメールに書いてあった。
見れば、俺の机の下、丁度椅子が突っ込んであるところに、何本かの2Lポッカリ。
……水分補給をもどきの方でしてしまった所為で、散々な目に遭ったな……。
「……ママさんが用意したポッカリが、大量にある……な」
「えへへぇ、じゃあ大丈夫だよね?」
「いや、けどトイレとか」
「……我慢?」
愛しい人の前でトイレ我慢とか死ぬほど恥ずかしいのに、全裸で繋がって我慢とか死ぬわ。
あ、でも尿意って性的快感を感じてる最中って引っ込むとか聞いたことが……。
で、ウカツにもそれを結衣に言ってしまったら、「我慢だね!」と目を輝かされてしまった。
……ビッグウェーブが襲いかかってこないことを祈ろう。
「つか、なに? え? なに? ちょっと待って? なに? スモールウェーブが来たら、俺達性行為するのん?」
「え? ───あ……!《かぁああ……!!》」
どうやら自分で言ったことの重大さに気づいたらしい。いや、繋がっておいて今さらな気もするんだが。つかやめて? キミの感情の起伏だけで、なんでか知らんけど僕のジュニアがにゅるにゅる刺激されて勇気の鈴がリンリンになっちゃうから。いやべつに鈴口とかけてるわけじゃねーよ。やめて? 子供たちの人気者の歌を汚さないで? ……汚したの俺だった。
「……そこで黙って赤くなられるとなにも出来ないんだが……」
「な、なにかするつもりだったんだ?」
「いやべつになんもしねぇよ」
「……キスは?」
「する理由も衝動も極端になくなったな。キスは余計にしない。自分の中の衝動を集計で片付けられて、誰がするか。結衣、覚えとけ。頑張って宿題やってるヤツに宿題やんなさいよなんて言うもんじゃねぇよ」
「あ…………ぅ……」
しょんぼりと俯いてしまう。生憎だがそれでも無理だ。
ぼっちはものを諦めるのが極端に上手く出来るようになっている。執着しても意味がないと知っているからだ。
もしくは、手から離れる理由が出来た刹那に諦められれば、強い悲しみに襲われることもないからだ。
「ね、ひっきぃ」
「やらん」
「ヒッキー……」
「しつこい」
そして、諦めたものに対してひどく興味を失う。そうじゃなきゃ辛いからだ。
ようやく手に入れたものでも、眩しくて仕方が無かったものでも、手から少しでも離れてしまえば興味を消せるように出来ている。
だから、あとでそれが手に入ったとしてもちっとも嬉しくない。どころか泣けるくらい虚しくなる。
そんなもんだ。そうしてきたからこそ、もはや家族にも興味がない。
「ご……ごめんね、ごめんねヒッキー……謝るから、あまり意地悪───」
「意地悪とかじゃねぇよ。単にキスに対する興味を殺したんだ。家族のと同じだ。もう興味がない」
「え───…………《ぽろぽろぽろぽろ》どう、して……」
「泣くなよ。べつにお前が嫌いになったとかじゃねぇんだから。ただその……なに? 防衛本能みたいなもんなんだよ。俺自身にも、今さらどうこう出来るわけじゃ───……結衣?」
悲しそうに俺の両頬を片手ずつで包み、下から真っ直ぐに見てくる。
キスへの興味を無くすことに意識は向けても、その他は好きなままである俺は、そんな行為にあっさりと鼓動をおかしくした。
「ヒッキー……キスして?」
「やだよ」
「……ヒッキー」
罪悪感がじわじわと湧いてくる。
結衣の願いならなんでも聞いてやりたいと思っているくせに、興味がないことには意識が向かない。
結衣に家族の話をしたところで、べつに楽しくもつまらなくもないのと同じだ。
ただ、今回は相手が結衣だからかそっけない行動が自分で辛い。
頭の中の意識としては当然のことをしている筈なのに、恋人が解ってくれないでござる状態。
結衣にとっても今の俺は、解ってくれない状態なんだろうなと思う。
しかしだ。今回ばかりは動けない。一度欲したものは欲した時に欲しいって思う。だめだと言われて諦めてから貰ったって、それはたぶん、輝きを失ってしまっている。
なのにくれた人はその反応を見て苛立ちと溜め息を吐いてみせる。どうして最初からくれなかったのかと思ったことなど何度だろう。奪っておいて急に返されて、大切にしないだけで自分が悪になるのは何故だろう。
だからこそ一番最初にこそ全てを注ぐのだ。欲した時に手に入れたものは宝物であって、諦めてしまったものに同じ輝きはきっとない。
そう思って生きてきた。生きてきたが……それは、さっき別れを告げたガキな俺の感情なわけで。
「………」
変わることを目指さなきゃいけないなら、こんなガキっぽい自分からも抜け出さなきゃいけない。
変わるきっかけを欲するなら、一番最初に変わるなら、相手は───
「《ちゅっ》!? なっ!」
不意を突かれ、キスをされた。途端に苛立ちのようなものが湧き上がり、怒鳴りそうになるのを飲み込む。ああ、こりゃ異常だ。どこまで自分に言い聞かせれば、好きな人からのキスで苛立ちを───
「《ちゅっ、ちゅっ》んぶっ!? お、おいっ……!《ちゅ、ちゅー》やめっ……やめろって」
苛立ちが───
「《んちゅっ……》………」
い…………
「───」
───。
× × ×
結論を言おう。死にたい。
「んふっ……んぅ……ひっきぃ……♪」
どよどよと目を腐らせていっていたら、結衣に問答無用でキスされた。
抵抗して押し退けようとしたら、腰を足でしっかりホールドされて、首に抱きつかれ、逃げられない状態のまま、それはもうちゅっちゅと。
それでも抵抗した。体勢を変えて剥がそうとして怒ろうとして。
しかしそんな抵抗も虚しく散々っぱら口内を蹂躙された挙句、寂しがりな心の奥底の八幡くんが手を伸ばしかけた瞬間、幸福が爆発。閉じ込めていた興味はあっさりと掘り起こされて、むしろ自らキスをしたでござる。
……んで、現在は結衣の下で顔を覆ってしくしくめそめそ。もうやだほんと死にたい。
興味を掘り起こされるのってダメージがひどい。トラウマの奥底にある沼に沈めたそれを、無理矢理ぶちぶちと引き剥がすようなものだ。一緒にいろんなものまで思い出して、……いやトラウマを無理矢理思い出さされたのはいいんだ。この際いい。
ただ、ほら、あれだよ……反動っつーの?
散々結衣から無理矢理キスされて、無理矢理幸福の絶頂へと放り込まれてですね? そんでハッと気づけばキスをしてくれていた女性がこう、自分からしてきたキスで幸福の絶頂を向かえ、ふるるっと震えているわけですよ。
……ええまあその、抑えきれずにキスをしまくって、そのまま……ああ、もう何回目だっけ。思い出せない。
「お前さ……人が無理矢理にでも諦めたものを、無理矢理同じ高さまで引っ張り上げるのがどんだけ残酷か解ってんの……? たとえば足折っちゃって、サッカーで有名になりたかったとか言ってる少年に“自分は信じてるから立て、はよ”。って言ってるようなもんだぞ……? んで上手くできなかったら鼻で笑うとか見下すとかそういうレベルのアレだぞ……?」
「えへへー」
「いやえへへぇじゃねぇよ……」
封印したばかりの感情を掘り起こされた。心臓に悪い。
無理矢理幸福感を味わわされて、起こされたばかりの弱った感情に容赦のないキスの嵐。
それでも愛しくなったから抱いてしまった。プロボッチャーのプライドと自制心、ズタボロ。
ないわぁ↑、それないわぁ↑。尻上がりのないわぁを脳内で呟きつつ、はぁ~と溜め息。あ、詳しく言うと“ないわぁ”の“わ”の部分で上げて、“ぁ”で下げる感じな。たまにガッコの廊下で擦れ違うチャラい男が言ってる。
「……なにか言うことは?」
「うん。待っててもしょうがない人は、あたしが引っ張りあげることにした!」
「一年早い。出直せ」
「なんか微妙だ!? え、えー? なんで一年?」
「……頑張って勉強とかすりゃ、お前なら俺くらい一年で追い越せるだろ。頭も、運動も」
「そーかな……あ、じゃあ料理───」
「百年早ぇ」
「無理じゃん! あたし死んじゃってるじゃん! う~~…………あれ? でもじゃあ、百年はヒッキーが炊事してくれるって───」
「~~~!!《かぁあああ……!!》」
「あ、あー……そなんだ、……そっか……うん、…………えへへぇ」
人の上でてれてれしながら、人の胸で人差し指こねこねするのやめて?
あと嬉しがるたびうにゅうにゅしないで、また───
「《グググ……》んひゃっ!? あ、えと…………ヒ、ヒッキー……?《ぽぽぽ》」
「まて、ちがう、これはお前がうにゅうにゅしてくるから……!」
つかほんといつまで繋がってんの俺。刺激されるたびに元気になって、元気になったらそのままって……俺、明日の朝日見られるのかな。
「あぅう……し、仕方ないじゃん、ヒッキーに嬉しいこと言われると、こうなっちゃうんだから……」
さっきから先端がコリコリしたなにかにちゅっちゅされてこそばゆい。なにこれ。……子宮?
ヒッキー知ってるよ? 中級編に書いてあった。女性は妊娠したくなると子宮が降りてくるって───……エ?」
「…………あぅ」
「?」
結衣が急に両手で顔を覆って俯いてしまった。
いったいなに───……あ、いいです、なんかこのパターンってアレな。俺が恥掻くパターンな。
どうせまた口にでも出てたんだろ? 妊娠がどうとか言っちゃってたんだろ? ハハッ、ワロ……死にたい。
あぁ、なんか俺平塚先生っぽくなってる……。平塚先生が“結婚したい”なら、俺は“死にたい”になってるよ。どんだけ日常の中で恥を曝してんの俺。