【27】
決意を固めた翌日、俺は勤務の後で基地の武器庫に立ち寄った。現状で時間外の射撃などと、お遊びにかまけている余裕はない。わざわざ余裕のない身でこのおどろおどろしい施設を訪れたのは、表沙汰に出来ない別の目的がある。
「やあジム、基地の外に持ち出したい装備があるんだけど」
武器庫の受付カウンターで雑多な書類を整理している火器管理係――連隊の人間ではなく、陸軍から期限付きで派遣されている――へ、にこやかに語り掛ける。神経の擦り減った態度を見せてはならない。連隊の外部の人間が相手なら尚更だ。ペンの尻を噛んでいた管理係がけだるそうに首をもたげ、にべもなく火器の借用に関する記入用紙を寄越した。我々は通常部隊より遙かに秘匿の色合いの強い情報を扱う事から、彼らは過度に連隊の人間と睦まじくならない様に達しを受けている。淡泊な記入用紙の要項――必要品目、借用理由、期間など――を書き込み、氏名と認識番号を確認して管理係に渡す。頭をスキンヘッドに丸めた彼は無言で用紙を検分していたが、にわかに薄い眉をひそめて訝しげな視線を差し向けてきた。
「熱探知スコープ、九ミリと三〇八口径のサプレッサー……それにPVS-14も?おい、夜盗でもやらかす気か。しかもこの装置は……」
警戒を通り越して焦燥を露わにする管理係は、語を最後まで結ばずに口許を覆う。連隊の職務への不干渉を命じられている彼とはいえ、個人で借り出すには不審な品目群に警鐘を黙らせてはいられなかったらしい。一般市民はサプレッサー(減音器)の所持を認められていないし、PVS-14はアメリカ製のNVG(暗視ゴーグル)だ。我々は特別に輸出を受けているが、本来なら市井に出回ってはならない装備である。おまけに、俺は更に犯罪じみた装備を品目に書き加えていた。余程の間抜けでもない限り、疑念を抱かない方がおかしい。無論、これに対策を講じていないヒルバート君ではない。
「問題です、これは何?」
俺は足下に置いた紙袋から、大戦時の戦車砲弾ほどの紙筒をカウンターに乗せた。褐色の光沢を持つ重厚な円筒に、ジムの双眸は釘付けになった。
「アイリッシュウィスキー、<ジェイムスン>の十二年……」
「御名答。申請を受理してくれるね?」
ジムの表情から、彼の葛藤が手に取って窺えた。軍人としての責務と、自らの欲望とが、瞳の中で殴り合っている。結果、彼は人間として正しい選択を為した。
「……幾ら何でも、こいつを貸し出すのは不味い。今書いたのはシュレッダーに掛けるから、新しく書き直してくれ。こいつを除いてな」
指で危険極まりない装置の名前を叩き、ジムは荷の用意にカウンターから姿を消した。やはり頭というやつは、頭突きだけに用いるのでは勿体ない。数分後にカウンター上へ並べられた装備には、先のリストから除かれた例の装置も含まれていた。
「御協力に感謝するよ、軍曹」
心苦しげな面持ちを引っ提げるジムであったが、差し出されたウィスキーには躊躇いなく手を伸ばした。
「分かってるだろうな、少尉。俺はここで一つでもとちったら、下士官の立場どころか即軍法会議ものなんだぞ……」
まあ、お前はそれを秤に掛けて、結果ウィスキーを取ったんだがな。全く人間というナマモノは面白い。
武器庫で受け取った荷物を愛車に積み、帰り際にブリジットを拾って帰ると、俺は作業部屋でノートを前に知の格闘を開始した。マーティン・アボットは自身の要求を曲げる気は元より、こちらからの逆交渉に応じる可能性も皆無だろう。だとすれば、反抗を前提とした俺の取り得る選択肢は少ない。第一には、やつを政界から追放するなどして、無力化する事が挙げられる。だが、こいつは事実上不可能だ。一つ二つ汚職の証拠をメディアに送ったところで、やつには大したダメージにならないだろうし、それを掻き集める時間も術も残されていない。仮にやつの名に大打撃を及ぼせたとしても、効果が出るのには時間差が大き過ぎる。失脚を味わう前に、やつはブリジットを毒牙に掛ける。送り込んだウィルスで細胞が崩壊するのを待つのでは遅いのだ。
よって、可及的迅速に、かつ独力で実現可能な行動は一つしか存在しない。平和ボケした常人であれば否定するであろう、究極の手管。ロシアやイスラエル、時として我らが大英帝国が対テロリズムに好んで行使する、非道徳的制裁。それこそ他ならぬ、暗殺だ。いい歳こいて聞き分けのない、力ある馬鹿には直接身体に教え込むしかない。
例え、何かの拍子にブリジットが記憶を取り戻したり、俺が彼女に出生の真相を告げたところで、あの娘がアボットの人生を終わらせようなどと無意味な考えを起こす子ではないのは、俺がよく分かっている。それをあの野郎は、わざわざ彼女の男に喧嘩を売ったのだ。黙ってちょっとした金を彼女のポケットに捻じ込んでやれば「お小遣いが増えましたね」で済んだ話を、あいつは最悪の形で自らの退路を絶った。誰がやつを赦そうと、俺が逃がしはしない。
と、勢い啖呵を切ったはいいが、当案は見過ごせぬ障害を内包している。通常、我々が敵拠点を攻撃する際には、事前に入念な偵察を行う。敵の規模や施設への進入経路を確認せずに見切り発車した突入は、十中八九、部隊史の汚点となる為だ。ところがどっこい、そいつをやろうというのだから、我ながらきちがいじみている。映画かぶれの痴れ者ならともかく、現実を知る特殊部隊員としては落第点も避けられない。
幸い、アボットは現在も自宅を寝床に使っているとの報せが入っている。それが本人である確証もないが、であれば本物の居場所を吐かせるまでだ。嬉しい事に、あのでぶは政界のみならず民間にも敵が多いので、御丁寧に住所がネットの方々にばら撒かれていた。標的の座標は端から割れているのだ。
巨大なナイロンバッグに<アキュラシー・インターナショナル>の七・六二ミリ狙撃銃を収め、基地より授かった物騒な機器や、必要になる衣服をまとめて車に積み込む。その後、<グーグル・アース>で目標と近辺の地形情報を収集し、数枚の地図を印刷した。首都の外れの、かなり古い石造りと見られるその邸宅は周辺を山林に囲まれており、鉄格子の門を隔てた正面からしか接近が出来ない様に見える。無論、そこまで俺も馬鹿ではないし、ちっちゃな山があるから歩けませんとほざく軟弱な職場にも籍を置いていない。印刷した地図で山の縁――麓を捜し当てると、アボット邸から一キロも離れていない地点に、人気のなさげな場所があるのを確認した。念を入れて第二、第三の進入地点候補も絞ったが、最初の地点が最も目的に適していると考えた。
チョコレートバーで脳の糖分を補給しつつ、暗号めいた文字の羅列されたノートにペンを放る。ここからやるのは、事が終わった後の仕上げに使う道具の準備だ。革の手袋をはめ、地下室から空のペットボトルを十本ほど運び、作業台の上にぶちまける。
「まさか、またこいつに頼るとはなあ……」
工具箱からニッパーと黒の導線を引き出し、ペットボトルのキャップ群に繋ぐ。ガレージからガソリンのポリタンクを上げてきて、漏斗で慎重にペットボトルに満たす。脱衣所から固形石鹸を幾つか拝借し、ナイフで薄く削ってボトルに沈める……。アボットさん、あんたは知らないだろう。爆弾ってやつは、吹っ飛ばすだけが能じゃない。ボトルのキャップを締め、その一つに小さな機械を括り付けた時、プラスティックの歪んだ曲面におぞましい笑みが映り込んでいた。――このツケは高くつくぞ。
意識が、深く沈み込んでいる。酷く、冷たい。ぼやけた遠景を眺める様に、過去の情景がフィルムとなって映される。北での親父との接触、母子への過ち、爆弾作りの日々、ロビーの小間使いとしての暮らし……。コマ送りの走馬灯が、逆行して呼び起こされる。灰色の記憶に、これといって感動は覚えなかった。味気なく、生の充足を得られないままに過ぎた日々。それの視点である地下室での目覚めに場面が移った途端、解像度の低い画面が乱れた。白いノイズが縦横を走り、薄暗い地下室が塗り潰されてゆく。何事もなく現実世界に意識が戻ると予期していた矢先、そいつは白い世界を割いてフェードインした。
――何だ、この場所は。そこかしこが暗い灰色で埋め尽くされた部屋。そこに、小学校にも通わぬ背丈の子供らが腕を後ろに拘束されて転げられている。天井の隅に、赤いランプを灯す監視カメラが吊られている。異様な光景であったが、吐き気を催す程の現実味が横たわっていた。窓一つと存在しない、精神病棟じみた部屋に一枚だけはめられている、鋼鉄製のドアが軋みを上げた。踏み込んできた足は艶の乗った革に包まれ、並みならぬ仕上げの黒い布地に覆われていた。革靴の男が部屋に進入するや、子供らの失意に満ちた眼が、束の間の生を取り戻す。弾かれた様に各々が部屋の隅へと芋虫よろしく這って逃げ、数人は他を踏み台にして丸まって、壁に団子を作った。子供らを狂気に陥れた男の顔は、薄明かりの所為か黒い靄に遮られて窺えない。まるで、メディアに掲載された特殊部隊みたいだ。そいつのスーツを辿っていくと、右の手に暗所でも鈍く輝く一筋の光が覗いているのが確認出来る。一見してそれと分かる、ナイフであった。直感が囁いている。――早く起きなきゃ駄目だ。男の影が視界を満たす割合が大きくなる。冗談じゃない、止めてくれ。スーツの男が、目と鼻の先に屈み込んだ。くそったれ、いかれたサイコ野郎が!仮想現実にもかかわらず、息が苦しくなる。鋭利な刃が、少しだけ刃こぼれを起こしているのが見て取れるまでに近付く。背筋が、感覚を失う。
嫌だ。こんなのは人の扱いではない。排気ガスめいた靄で表情こそ見えないが、スーツの男は確かにほくそ笑んでいた。――弱者は淘汰される。頭の隅の何処かで、誰かがそう囁いたのと時を同じくして、冷たい刃の先端が頬の皮膚を突き破る。その場に似つかわしくない声が響いたのも、それとほぼ同時であった。
残酷な金属とは別の、乾いた感触が頬を擦る。重力の方を見やれば、つい今し方まで相手取っていたノートのページが揉みくちゃになっているのが認められた。自分でも驚愕の間抜け丸出しな声を吐いて上半身を起こすと、黒のメイド服を纏ったブリジットが不審を隠せない様子で傍らに控えていた。どうやら、最も保護してやらねばならぬ子に救われたらしい。
「また、うなされていました」
「らしいな」
強張った筋肉を解しつつ、周囲に視線を巡らした。物騒なペットボトルは既にボストンバッグに収められ、ノートも俺の顔で乱されて解読不能に相成っている。いつの間に睡魔の奇襲を許したかは判断付かぬが、昔から小狡いところは変わっちゃいない。ともあれ、ブリジットに自身の好き好んで晒したくない部分は見せずに済んだのだ。熱っぽい額を押さえてペンを持ち直し、皺だらけのページを破り捨てる。どうせメモ書き程度であるし、邸宅への攻撃案は既に脳内で構築済みだ。あとは焼いてしまえば証拠は残らない。ペンの尻をノックして再び室内見取り図の予想に定規を滑らせる俺の手に、ブリジットのそれが待ったを掛ける。
「余り根詰めてはいけません。疲れがお顔に出ています」
「いや、しかしだな……」
ブリジットの人差し指が、ぴっと俺の口にあてがわれる。
「駄目です。もしお仕事を続けなければいけないのなら、少しお休みになってから、ね?」
そうして脂にまみれた頭髪を、彼女は撫ぜる。全く、大馬鹿野郎だ。彼女の障害を取り除くべき俺がこの子に要らぬ気を遣わせているのでは、滑稽過ぎて目も当てられない。
「ヒルバート様、今晩は何処かへお出掛けで?」
唐突な鎌掛けに、心臓が握り潰される思いだった。驚嘆の面持ちで見返すと、ブリジットは口許に手の甲を置いてくっくと喉を鳴らす。
「だって、そういうお顔でしたもの。今日はお帰りにならないと考えて宜しいですね?」
度肝を抜く洞察に、俺は本物のアホ面を晒して首肯するのみであった。一瞬、微笑を浮かべる彼女の背中に黒いビロードの双翼が見えた気がした。
夕食を摂った後、ブリジットの勧めで一緒に入浴する事になった。彼女が浴室で湯を張っている間も、内心はアボット殺害の件で脳味噌が沸騰していた。侵入地点周辺の警備状況はどうか、門と塀のどちらを越えるのが容易か、警備に就いている人間の数と武装は――。そういった雑多な脳内会議は、後頭部に当てられた幸福な感触に遮られた。
「お風呂の支度が出来ましたよ」
ブラ越しでも認識される、主張しないながらも確固たる存在を訴える双子の膨らみに、懊悩する行為が無意味に思えた。何しろ脳味噌の理性的な分野が弾け飛んで、眠りこけていた男が目覚めてしまったのだから、どうしようもない。数秒と経たずお元気になった御子息を一見したブリジットの、満ち足りた鼻息が首筋に掛かった。いやはや、俺の惚れた女は恐ろしい。
己が誇る兵器をぶら下げて脱衣所に足を運ぶと、浴室に目慣れぬ鈍い銀色の巨大な物体が壁に立て掛けられていた。否、俺はあれの正体を知っている。以前にジェロームが興奮気味に見せつけてきた、日本の風俗店の画像がフラッシュバックする。違いない、あれは大人のお戯れに用いるビニールマットだ。マットの傍らには、ジェロームが誕生日に押し付けてきた液体のペットボトルが控えている。何てこった、あいつから貰った事実が怖くて開封していなかったが、そういう代物だったとは。誤って飲まなくてよかった。窒息して死んじまうぞ。
強烈なアッパーカットでお脳が頭蓋の中で跳ね回っているところを、ブリジットは無言で俺の背後に回ってシャツを武装解除し始めた。何だこの手際!こんなのは彼女にとって、タラのはらわたを抜くのと大差ないらしい。息をつく間もなく上半身を無防備にされ、前に回り込むと堅牢なナイロンのベルトを無力化してパンツを落とし、最後の砦だけはしずしずと下ろす。一種の武芸めいた一連の動作を喰らった後には、身包み一つ残らぬ俺が哀愁を誘っていた。
「うん、こっちはちゃんと元気ですね」
恍惚と触れる極楽の手に、陰茎が律儀に跳ねる。日中に生した下半身の汗が、独特の臭いを立ち昇らせる。
「でも、まだ万全じゃないですね……ん、ちゅっ」
異臭を放つ亀頭に、瑞々しい唇が寄せられる。桜色の花弁が茎を滑り、諸所で口付けがさえずる。小さく伸ばされた舌が、裏筋をもどかしくなぞった。
「ちゅ、ん……れる……ふふっ、大きくなった」
端正な口許が、粘りを含んだ液体で汚される。今や亀頭は痛々しいまでに膨れ上がり、棹全体が気味悪く脈打っていた。
俺の榴弾砲の敷設を見届けると、ブリジットは厳かに自分の着衣に指を掛けた。最初にエプロンの紐をするりと解き、落ち着いた所作で黒の上着のボタンを弾いてゆく。脱衣所の薄明かりの中、飾らないフリルをあしらった純白のブラウスが眩しい。そのブラウスも前をはだけ、男の劣情をたまらなく誘う肌色と、儚げな水色のブラが覗く。上半身にブラだけを残して今度はスカートを留めるホックを弾いてヴェールを落とし、ブラと揃いの下着と、およそ普通のメイドが装備してはいないであろう、内腿に装備された黒色のホルスターが現れる。どうでもいいが、もし銃を抜く事になったら、捲り上げたスカートの裾から手を差し入れるのだろうか。中々に刺激的な光景だな……。ちょっとした妄想に飛んでいる間に、ブリジットはブラのフロントホックを外していて、艶めかしい双丘を露わにしていた。薄明で色が判別し辛いが、かすかに頬が染まっているのが愛らしい。俺が凝視しているのを知っていながら、彼女は最も大事な部分を守るショーツを下ろす。薄い布切れから片方ずつ抜かれる脚が、何ともコケティッシュであった。
最後にメイドの証であるホワイトブリムを外す頃には、俺の榴弾砲は高射砲みたいになっていた。現状、この場で最も羞恥に染まっているであろう恋人を差し置いて、文字通り裸で逃げ出したい気分だ。
「……それでは、どうぞ。ヒルバート様」
促されるままに浴室に足を踏み入れ、使い古したプラスティック製の椅子に腰掛ける。流石に『スケベ椅子』までは用意されていないらしい。シャワーの湯量と水温の調節を終えたブリジットが、俺の背に湯を掛ける。大理石の床に落ちる水が発する音が、緊張した鼓動を速める。この浴室は、単に身を清める場ではない。正体不明の緊迫感が、興奮をより一層に高めた。
身体を簡単に流して貰い――いい御身分だぜ!――理髪店も顔負けの手練で頭を洗って貰う。指先の適度な力加減に、ひずんだ長考と耽溺で凝り固まった脳味噌が揉み解される心地だ。
「……ちょっと早いけど、また染めなくちゃいけませんね」
推し量るに、ここ三日間で相当量の色素が抜けたらしい。
「明日、帰ってきたらやってくれ」
「ええ、喜んで」
鏡越しに窺える彼女が、何が面白いのか満悦の表情になる。付き合い始めてひと月が経つが、未だに彼女が俺に懸想する理由が殆ど掴めない。やはり変態には変人が寄り付くのか。それなら得心がいく。ひょっとすると、女神を装った悪魔や妖怪の類やもしれぬが。
「目を瞑って下さいね」
合図から間もなく、適温の湯が頭皮を滑り落ちる。ブリジットの手で揉み出された頭の中の苦悩が、老廃物として流される。堆積していたマイナス思考が、PCのゴミ箱の中身を処理する様に、一瞬で排水溝に呑み込まれていった。不可解なものだ。この娘は、何もしてやれない俺をこうも慕ってくれる。
「うちにいてくれて、ありがとう」
頭部の泡を流された後で柄にもなく口利くと、鏡の中の恋人は無垢にはにかんだ。
自分だけ先にバスタブに浸かり、ブリジットが身体を洗い終えるのと、何らかの用意とやらを待つ。酸素の薄い密室でぼうとした心地で、ブリジットの洗体を眺め観る。こうして一定の距離で以て鑑賞した前例はなかったが、いざ前にしてみると息を呑む。姿勢の良い座り姿と、胴からすらりと延びる四肢はひたすらに美しく、一点のくすみなく白い輝きを水滴に映している。椅子に接している尻は余分な脂肪が付いておらず、安産型とは呼べないが一種の理想形を取っていた。誰よりも深く不可思議な魅力を秘める灰色掛かったブロンドの髪は、濡れた所為で色味を増して普段とは異なる甘やかな罠を展開している。ううむ、可愛い。そして、その悪趣味に賞味する視線に気付いていながらも、拒絶の感情も呈さずにいてくれるこの子は、どうしてそういじらしくいられるのだろうか。
バスタブの縁に顎を預けて視姦している内に、ブリジットは椅子を壁際に寄せ、膨張したビニールマットを床に敷いた。連隊でも経験のない未知の領域に、脊髄が震撼した。親父とジェロームから、概要だけは聞いた事がある。親父が真に忠誠を誓っている国家――日本の各所、特に『ススキノ』『ヨシワラ』『ワラビ』とかいう地域では、欧州では到底受けられぬサービスを提供する風俗店が手ぐすね引いて、迷い込んだ客を籠絡しているらしい。価格も我々のそれとは大きく差が開くが、噂によれば、それで人生を投げ売る者も後を絶たぬと言う。日本人よ、貴殿らは勤勉ではなかったのか。妙ちくりんな方向に知識を働かせるんじゃあない。
とはいえ、彼らが土器とかちょんまげの時代からお馬鹿な戯れにうんうん唸ってくれたお陰で、今から俺はそいつを金銭抜きに、しかもこの上ない好意を以て受けられるというのだから、そう文句は言えまい。ありがとう、変態国家ニッポン。マラヤでのいさかいはお互い水に流そう。聞けば、彼らの大半は動乱の存在さえ忘れているらしいし。
ビニールマットに熱めの湯が掛けられ、一方の端に頭を乗せる場所と思しきタオルが積まれる。次にブリジットは洗面器に湯を張り、それより少なめのローション――例のボトルの中身だ――をとぷとぷ注ぐ。洗面器の中身が、たちまちとろみを帯びた。ボトルの蓋を閉めると、希釈したローションを両手で叩く様にして掻き混ぜる。無色だった液体が空気と混ざって白濁し、彼女の指の間でねっとりと糸を引く。何ともまあ扇情的じゃないか。
「お待たせしました。どうぞ、横におなり下さい」
言われるまま湯から上がり、マットにうつ伏せになってタオルに顎を置く。自分の拍動で家が倒壊しないか心配だ。俺の杞憂を余所に、ブリジットは嬉々として行為の幕を上げた。
「冷たかったら、仰って下さいね」
両手で作った杯にローションを満たし、低いところから俺の背に落とす。水とは明らかに異なる感触が背筋を滑り落ち、肌に絡み付く。マッサージオイルとは別の、もっと官能的な誘いが筋肉の緊張をとろけさせる。それが三度に渡って繰り返され、俺の背中はべとべとになっていた。
「うーん、ちょっと作り過ぎたかな……」
そう言いつつ、ブリジットはローションを俺の肌に伸ばしていった。水とは違った膜を通して得る、彼女の手の感触が不気味に心地よい。普段からしっとりとしていた手肌は密度高く接し、皮膚の細胞が高揚するのが分かる。正直なところ、こうして肌を撫ぜられているだけで射精に至りそうだ。
「お肌に合っていなかったりしませんか?」
「これで駄目なら、選抜訓練でどぶ河に浸かった時点で死んでる」
ブリジットは一笑して、ローションを足首まで引き伸ばす。と、打って変わって今度は自分の前面に潤滑液を塗りたくる。うわあ、とうとうやるのかあ。親父から聞き齧った内容を反芻すると、腹の下敷きになった息子殿が余計にいきり立った。
「では、力を抜いて下さいね」
それまで方にあった重みに代わり、何ともまあ柔和な爆弾がもにゅんと着弾する。炸裂の衝撃で、脳細胞が三割ほど吹っ飛ばされた心地だ。今や彼女の控えめな乳房は俺の背中に押し付けられ、加えた力の通りに形を変えている。小粒の乳首の感触がアクセントとなり、酸素の薄い密室ともあって鼻血を催しそうだ。
「んしょ……重く、ないですか?」
「ああ、いい具合だ」
返事を聞くと、安心した様に鼻を鳴らす。こういった部分は年相応の少女らしい。
ブリジットは俺の背に乗ったまま、自分の身体を擦り付け始めた。弾力に富んだ胸が、腹が、恥丘が、荒れた皮膚を癒す様に愛撫する。彼女が身動きする度に、潤滑材のローションがにちゃにちゃと淫猥な音を奏でる。初めて身体を重ねた日から何度も触れたはずの乳房だったが、受動的な立場に回ったせいで、新鮮な気分に浸る事が出来た。若々しい柔肌の肌触りは何処までも滑らかで、くすぐったさに似た快楽を老いた細胞が脳に伝達する。真っ当に生きた娘には、こんな真似はして貰えまい。
「ヒルバート様のお背中、やっぱり大きい……」
恍惚とした台詞が、高湿度の密室に木霊する。彼女が俺の頭に近付く毎に、熱された首筋に温かい吐息がこそばゆい。胸と諸々とでの愛撫が続き、俺の興奮が悟られたのか、ブリジットは進攻の段階を一つ進めた。
「ちゅっ、んん……」
やにわに、素肌より熱いものが背筋を弄する。俺の上を滑るブリジットが、ざらついた舌を皮膚に落としたのだ。ローションより粘性の低いぬめりを持った舌は太い骨を辿り、浮き出た血管をまさぐり、長らく我が身に居座る傷跡を慰める。俺が深い鼻息を漏らすと、彼女は応答の代わりか皮膚に静かに口付けを施す。
「れぇる……ぅむ、ちゅるっ……」
舌の標的は次第に下方へと移り、固い臀部を経て大腿へと至り、膝裏を舐って足裏と指をしゃぶる。最早、一般的なセックスとは呼べない前戯に、背徳的な感情さえ浮かぶ。彼女の奉仕が、俺の積もり積もった不浄を洗い流す。過ぎた妄想ではあったが、その不埒な御業に救われる気がした。
ブリジットの身体が再びせり上がり、俺の大腿辺りで止まる。それから一しきり尻の筋肉をやわやわ揉んでいたが、不意に別の感触がとんでもない場所を責めた。
「ふふっ、あぁむ……ちゅぷっ」
臀部――更に突き詰めれば、何者も受け入れていない窄んだ肛門に、対戦車榴弾の如く硬く形成された舌先が触れた。ぬるりと肉の壁をすり抜けた粘膜が、自分さえ深くは知らぬ領域を侵す。堅硬に閉じられた門を、肉の槍の先端が緩やかに解きほぐし、外気を知らぬ内側が打ち震える。たまらず喉から飛び出した阿呆丸出しの声に、可愛い小指は愉しげに追撃を掛ける。
「ふふっ……んぅ、れろぉ、ちゅく……」
うわあ、俺の身体で唯一穢れを知らない場所が、どスケベな破城鎚で蹂躙されているぞ。槍の如く尖った舌先が細い洞窟を穿ち、奥へ尚奥へと侵入する。もう、どれくらい掘り進められたのか、感覚では分からない。ただ、肛門付近から受領される快楽と一言に表現し得ないむず痒さに、俺の理性は着実に削られていった。
「ん、ふ……あらあら、こんなところにお毛けが一本……」
父さん、僕は今死ぬほど恥ずかしいです。どうやら一本だけ伸びているケツの毛を弄くられているらしく、ブリジットはしばしそいつで遊びに興じていた。引いたりよじっている内に毛が抜けたのだが、その際に窄まりが急に奥まったので、ブリジットのやつは天真爛漫に噴き出した。ちくしょう、俺のケツは安い玩具じゃない。だが、事が間抜け過ぎるので怒る気にもなれない。
「では、そろそろ前の方を失礼しますね」
ブリジットの身体を支えに、滑るマットの上で仰向けに体勢を変える。ねちっこく責められていたせいで、愚息は発射直前のスカッドミサイルみたいになっていた。
「こちらはもう、準備万端みたいですね」
ローションと猥褻な液体でぬめった亀頭が、麗しい指先で弄ばれる。滑りの良くなった粘膜への刺激に、それだけで嬌声を上げそうになった。
「……余り意地悪してしまうと、可哀想ですね。ごめんなさい」
先程まで俺の聖域を侵略していた舌を唇から覗かせ、目を細める。この性悪の悪魔めが!これで不細工のでぶだったら二度と笑えない身体にしてやるのだが、幸か不幸か俺の恋人は可愛かった。何だこの悔しさ。
焦らされて火照った前面にもローションを引き伸ばされ、液体が冷えぬ内に自らの小さな体躯で蓋をする様に覆い被さってくる。歴戦で痛め付けられた筋肉に押し付けられる胸に、ある種の感銘に似た快感が喉元までせり上がる。生物的には脂肪の塊に過ぎない双丘だが、人間のそれは奇怪を極める器官だ。一説では尻の代わりに進化した――動物様は正常位なんかしないからな――部位とか述べられているが、それにしては個体間の発達差がいささか顕著に思える。何にせよ、俺にとってはサイズ云々よりブリジットが奉仕してくれている現実が大事なのだが。
「ふっ、んしょ……これ、私も擦れて……っ」
俺の上で前後するブリジットとの間に、粘液が白い糸を引く。単に身体をすり寄せているだけでも血が沸き立っていたのに、彼女はシフトレバーをローから切り替えた。
「今夜のお仕事に差し支えぬ様、疲れを抜いて差し上げますね……んぅ、ちゅっ」
潤った唇で接吻を施しつつ、俺のシフトレバー兼ニトロの噴射レバーたる愚息を逆手に包み込み、緩やかに上下運動を始める。すぐに射精に導く具合ではないが、幼子をあやす様な手付きに、捨て去らざるを得なかった童心を拾い上げた心境だ。ぬちぬちと、浴室に陰茎を扱く水音が反響する。口内を貪っていた唇が離れると、すぐに彼女は次の標的を啄んだ。
「ふぁ、むっ……んふっ」
あろう事か、右の耳を甘噛みして耳殻を唾液まみれにし始めた。こんなのは、ジェロームが勝手に基地の控室で再生しているポルノビデオでは知り得なかった光景だ。奴隷制度が最盛期を迎えたヴィクトリア時代でさえ、こんなプレイはなかっただろうに!
「んぅむ、ちゅる……お身体、凄く硬くなってますよ。可愛い……」
似つかわしくないにも程がある形容詞に、さぶいぼが立った。聴覚情報への反応に味を占めたのか、ブリジットは貪欲に俺の耳を捕食する。
「むふぁ、んっ、ちゅく……じゅるぅ、れろ……」
耳殻だけでは飽き足らず、舌を伸ばして耳腔にまで淫魔の欲望が伸びる。金縛りに遭っている身に、くぐもって濡れた感触が苦しい程に伝わってくる。
「じゅく、ぐちゅっ、じゅぷっ……るろぉ」
耳への攻撃は苛烈だが、ペニスへの責めはじれったい程に緩慢なままだ。逼迫した神経が、聴覚と触覚のみに集中する。もし、このままブリジットの膣に挿入されたら……。期待は大きかったが、僅かばかりの恐怖さえ生した。
「ぐぷっ、ちゅぱ……ん、こっちも……ちゅっ」
出し抜けに耳から舌を抜くと、ブリジットは俺の胸まで首を下げ、自分がされる様に乳首に吸い付いた。おまけに慈愛の籠もった手で頭を撫で付けられるのだから、いっぱいいっぱいの身にはたまったものではない。湿った粘膜同士が擦れて、本意ならず荒い呼吸が漏れる。
「男性も、乳首は気持ちいいんですよね。よしよし……」
眼下で胸を這う舌が、どうしようもなく淫らな艶を放つ。脳が、酸欠の様に空白に埋め尽くされてゆく。それでも下腹部の分身だけは無理くり覚醒させられ、浮きそうになる意識を繋ぎ止めていた。歳の離れた小娘だが、こうも尽くされてはその甘やかな揺り籠で一生を終えるのも悪くはないと思ってしまう。いかん、こんなのが続いたら廃人になっちまう。
「なあ、ブリジットさん。もう限界だ」
皿に残された屑肉みたいな乳首を虐めていたブリジットが、そっと視線を上げる。その瞳にはとろりと淫らな火が揺れている。
「ええ、お望みのままに……」
彼女は右手の動作を止め、先走りの垂れるペニスを解放した。そうしてゆっくりと俺の腰を跨ぐと、片手で秘裂を割いて亀頭をあてがう。仰け反った白い上半身がローションで照り、妙に淫靡だ。
「んっ、いつもより熱い……」
既に女性器はローションではない粘液でしとどに濡れており、触れただけで潤った液体が陰茎に絡み付いた。数々のポルノビデオでの経験から鑑みるに、ブリジットの愛液の量は多い方らしい。彼女の身体の内から分泌される唾液が、両者の陰毛を濡らす。それだけなのに、物凄く興奮した。
「く、ふぅっ……う、んっ……入り、ましたよ……」
彼女のヴァギナに処女を捧げた時の抵抗は全くなく、そこには俺だけを肉の悦楽に呑み込む、俺のみが訪れる事を許された花園が存在した。潤沢な愛液のお蔭で互いの性器は密着し、感覚は最大限に高まっている。子宮口に硬化した亀頭が触れており、俺が身動きするとブリジットも身じろぐ。
「では、動きますね……」
ブリジットが俺の腹に両手を置いて、抽送を開始する。その動きは計算され尽くされていて、あくまで俺に良くする様にとの配慮が窺えた。ゆっくりと、しかし要所をちゃんと捉えており、充足の時を得られるセックスを演出してくれていた。
「んっ、くっ、んんぅっ……!ヒルバート様、重くないですか……?」
騎乗位で腰を振っている事に懸念していたのか、自分などそっちのけで訊いてきたので、問題ないと答えた。羽の如く軽いという訳ではないが、少しは重みを感じられる方が嬉しい。
接合部からにちゃにちゃ響く水音が間隔を狭め、ブリジットの腰が跳ねる。俺は彼女の言い付けに従って、横たわっているだけだ。無断でおっぱいに手を伸ばしたところ、「私はいいんです」と、手を掴まれてしまった。うーむ、割と殺生だ。
「ヒルバート様……っ、私ちゃんと出来てますか……?」
「ああ、凄くいい」
「よかった、私で気持ちよくなってくれてるんですね……!」
ブリジットの呼気に、熱いものが混じる。やはり敏感な娘だ。腰を振る間も、追加の愛液が膣から滲み、股間に無数の糸を引く。高音の嬌声は上げずとも、噛んだ唇の隙間と鼻から零れる喘ぎは殺せない。そんな奉仕精神の塊を体現する姿が、この上なく愛おしかった。
「ブリジット、もう出そうだ……」
俺の剛直を咥えている恋人は汗の浮かぶ顔で微笑み、頬を撫でてきた。
「いつも申し上げているじゃないですか。お好きな時に、私に吐き出して下さいね」
真摯に心へ訴え掛ける声に、自分が彼女に根まで心酔している事実を痛感する。ブリジットは腰の昇降を速め、陰茎を無数の熱いヒダで扱き上げる。丹田の辺りが打ち震え、腫れた精巣が愛欲を吐瀉しようと陰嚢を跳ね回った。
「あぁむっ、ちゅっ、ちゅる、くぷぅ、れぇ……」
ブリジットが上半身を前傾し、俺の唇を攫う。再び胸同士が触れ合い、もにゅもにゅとした招きに往生しかけた。おっぱいって、凄い。
「あ、びくびくしてる……。出ます?出ちゃいますよね?いいんですよ……?」
密着したまま耳元に語り掛けるものだから、濡れた耳がこそばゆくて仕方ない。それさえもが絶頂に誘う一手となるのだから、やはり俺が守ろうとしている娘は妖魔に他ならない。本当は片手で人を木端に出来たりするんじゃないか?
「不味い、もう無理です……!」
尻の下が平滑なマットなせいで握るシーツもないままに、俺は溜め込んでいた鬱屈した懊悩をブリジットにぶちまけた。高威力の水鉄砲よろしく噴出した白濁は彼女の膣奥目掛けて体当たりをかまし、子宮の壁に醜くへばり付いただろう。
精根尽きて格好悪く肩を上下させる俺に、胸を密着させる恋人は朗らかに満ち足りた笑みを浮かべていた。自分は今回、達する事もなく生殺しを喰らっていたというのに。
「最近ずっとしてなかったから、いっぱい出ましたね……。お疲れ様です」
言いつつ、聖母の面持ちで額に掛かった髪を掻き上げてくれる。甲斐甲斐しいにも程があるぞ、小指。
この後の行動――後ろ暗い計画――を現実的に考慮するのであれば、現状を超えた肉体的疲労を背負うのは得策ではない。しかしながらだ、俺はイギリスが作り上げた闇世界の犬たる以前に、ブリジットの良き夫でなくてはならない。その盟約を反故にしては、俺の魂なんぞ、そこらの低級な夢魔にくれてやったっていいくらいだ。
欲望渦巻く奉仕で得た情熱に浸っているのか、ブリジットは瞼を下ろし、陰茎を未だその身にずっぽりと収めていた。――好都合だ。
「主導権、貰うぞ」
「へ?」と虚を衝かれたブリジットの、慎ましく張りの良い尻を支えながら上体を起こす。軽い体躯をマットへ押し倒し、超高速で回復した肉槍を支点に後ろを向かせる。このままだと単なる後背位だが、そこから彼女の尻を自分の膝に乗せると、見事に背面座位の完成だ。凄い!まるでロボットの変形だ!
「あの、ヒルバート様?何をなさるおつもりで……?」
「心配しなさんな。お前さんにもお返ししてやるってだけだよ」
腰に回していた片手で胸をすくい上げる。普段から触れているおっぱいだが、滑りが良くなっている為にブリジットの感度もひとしおだ。
「ひぅ、やっ……!いけませんっ、今日はヒルバート様に気持ちよくなって戴かないと……!」
「俺がこうしたいって言ってるんだ、問題あるまい」
首をいやいやするブリジットの言葉を無視して乳首を転がし、鼻に掛かった喘ぎを堪能する。この子はいつだってそうだ。俺に慕情を吐露してからというもの、俺に良くするばかりで自身を顧みない。俺の精神の補修は済んだ。今度はお前さんの番だよ、可愛い奥さん。
「それに、嫌がっている割には顔が蕩けてる」
俺の指摘に、ブリジットは壁面の姿見を、そこに映り込む自身の痴態を直視してしまった。彼女が湯気が見えそうなくらい赤面して熱を発する様になるのには、十秒と要しなかった。これ幸いと、分散した警戒網を縫って股ぐらに手を滑り込ませると、じゅん、と確かな欲情のしるしがあった。
「たった一人の家族なんだ。俺の前でくらい素直になっても、天罰は下らんだろうよ」
肉棒の突き刺さる性器の上部に行儀よく納まるクリトリスをくすぐると、電撃でも喰らった様に脚が痙攣する。全く、俺が相手していなかったここ数日間、自分でしていなかったのか。若い娘が溜め込みおってからに。不甲斐なさに自責しつつ、彼女にやられた事をお返ししてやる。
「んひっ……!ちょっと、ヒルバート様……耳なんて、舐めちゃ……!」
成る程、情事でなくとも度々ブリジットが俺の耳を甘噛みしていた理由が知れた気がする。骨や粘膜とは異なる独特の感触に、敏感な受容器への刺激に身を震わせる恋人の反応というのも面白い。その息遣いに呼応させる風に、腰のグラインドを開始する。
「やあっ……こんなの、だめ、です……っ!」
駄目だろうが何だろうが関係ない。こんなにいい娘を放置していた償いだ。たっぷり可愛がってやる。
「相変わらず感じ易いな。どんどん滑りが良くなるぞ」
「や……言わないでぇ……」
密室の壁へ消え入りそうな声だったが、確かに聞き取れた。一つまみの罪悪感、沸き立つ嗜虐心。相反する感情の揺らぎに、剛直が大きく跳ねる。魔性の女め、何処まで籠絡するつもりだ。
「ごめんな。寂しかっただろ?不安だっただろう?辛い思いをさせたな」
ブリジットの肩が無言で震える。否定し切れない辺り、的外れでもないらしい。嘘の下手なやつめ、もっと好きになっちまうぞ。
「こっち向いて」
「ふぁっ、んっ、え……んむっ!ちゅ、くちゅぅ……」
少し強引に唇を重ねると、抵抗の素振りもなく吸い付いてくる。舌を伸ばせば熱い唾液が泉になっていて、舌先で上顎を掠めると恋情が零れ落ちる。炎の様に激しくも、互いへの想いに溢れたキスに、俺達の理性は緩やかに混じり合っていった。
「くちゃ、ぬちゅっ、んあむ……んんっ、ちゅ、ふう……。もう、急にえっちなんですから……」
「お前相手じゃなきゃ、こうはならんさ」
口振りはぷりぷりしているが、下がり眉と対照的に持ち上がった口角が全てを物語っている。平らな腹を撫でさすってやると、膣の上部がいい部分に当たるのか腰を蠢かせる。俺には穴っぽこがないので感覚が分からないが、如何せん気持ちよさげなので悪い気はしない。汗っぽい手を繋ぎ、濡れた髪の重い匂いを嗅ぎ、華奢な腰を引き付ける。ポルチオに亀頭をなすり付けると、淑やかな女の声が溢れる。この声だけでも、延々と味わっていたい。
「あ、く、ふぅっ……!これぇ、激しいのにっ、優しい……」
せめてこの子の前でだけは、真っ当な男になりたかった。体裁など構わない、ブリジットの平穏を監視する為だけの存在になりたかった。彼女が俺に、人の生き甲斐を教えてくれた。肌を重ねる事で感じる温かさを伝えてくれた。
「ヒルバート様ぁ……」
物欲しげ、切なげな唇を奪い、微震する肩を強く抱く。長い睫毛に、熱い涙が溜まっている。指でそれを拭ってやっただけで、彼女は嬉しそうに指を絡めてくる。
「ふうっ、んくぅ……!だめぇ、変になっちゃ……!」
大丈夫だよ、おかしいのはジェロームで慣れてる。快楽に引きずり込まれかけているブリジットの背中を押しに、そっと耳元に口を寄せる。
「大好きだよ」
同時に、彼女の一番深い所へ肉槍を突き刺した。
「あ……――っ」
特別な事は、何もしちゃいない。目を伏せたブリジットは鞭で打たれた様に身を折って痙攣し、一転してぐったりと俺の胸の中で脱力した。その際の膣の急激な収縮で、俺に残っていた子種も絞り出され、心地よい疲労が全身を襲った。
行為の後で再び身体を流し合い、温め直した湯に二人して浸かる。大人ふたりが一緒に入るにしても十分なバスタブだが、あえてブリジットを後ろから抱いて身を沈めた。うん、悪くない。この丁度いい納まり具合は癖になる。
「ねえ、ヒルバート様?今晩の仕事が終われば、ちゃんと帰ってきますよね?」
今日だけで女の勘に二度もほえ面かかされるとは思わなんだ。彼女の訝しむ通り、下手を踏めば俺は明日の陽を拝めない身になるだろう。相手はそこらのホームレスや、若さを持て余した三流大学生ではない。インターネット上の噂が正しければ、傭兵上がりのろくでなしだ。正規軍の手に負えなかったやつらが相手なら、如何なる手を使ってでもこちらを殺しに掛かってくるだろう。やり辛い相手には違いない。群れを成すハイエナに、大した支援もなしで吶喊する自分に、冷笑が浮かぶ。
「大丈夫だよ、楽な仕事さ」
鏡で自分の顔を確認しなかったが、ブリジットに微笑みがなかった辺り、ひょっとすると全てを見透かされていたのかもしれない。やはり、俺には過ぎた女だ。
玄関まで見送りすると申し出るブリジットを制止して家を出て、車のドアに身を滑り入れる。リビングのドアを閉める際に視界に入った恋人の寂しげな瞳と、憂いの籠もった「お気を付けて」の一言が、頭にこびり付いて離れなかった。
イグニッションにキーを挿して大出力のエンジンを始動し、奥歯を噛み締める。バックミラーに映る顔は、最早人の様相を呈していなかった。助手席に置いたボストンバッグをシートベルトで固定し、首都へ向けてアクセルを踏み込んだ。この夜で、片を付ける。