私がモーテルに軟禁されて二日もしないうちにニコラスは帰ってきた。新しい子供を連れて。
次々と連れて来た。
親類より酷い虐待を受けていたタラー。ヤク中のアナベル。人食症のクレイグ。
フランシスと私、そして三人をニコラスは集めていた。
皆の共通点と言えば成人になっていないことと、誰からも必要とされていないこと。
モーテルの二階を子供たち五人の共同部屋だとニコラスは言った。
好きに使え、ただ殺し合いはするな、殺し合いは今後幾らでもできる、と。
誰もが従った、そうするしかなかった。
私がここに来た日に噛み付いていたフランシスですら黙って従うしかなかった。何しろ両手に拳銃を握ってそういっているから。
皆がそろったその日は、話し合った。お互いのために。
アナベルは使っている薬はどのようなものか、私たちに危害はないのか。クレイグはここにいる人間は齧るななど。さまざまな事を五人の中で取り決めた。そうすることが最良だと思えたからだ。
あれだけ脅し倒していたニコラスは、二階の6号室であったキッチンに信じられない量の食料品を買い込んでいて食うには困らない事がわかった。電気も水も通っている。
各自、ここで食事を取りその日は休んだ。
翌日になってからだ。ニコラスが私達をここに集めた理由を初めて聞かされたのは。
早朝すぐに私たち五人はたたき起こされピックアップトラックの荷台に放り込まれた。私達が子供だからよかったものの、背丈の高いフランシスなどは立って乗っていた。
ニコラスの愛車の後ろにはミニカーゴトレーラーが取り付けられており、そちらに私たちを乗せたほうがいいのではないかと思えた。
ぎゅうぎゅうに乗せられた私たちを乗せ二時間トラックも走り続け、私たちは荷台で揺られ続けた。どこに向かうのかは大体の予想がついた。
訓練の始まりだ、ようやく訓練所なんかに連れて行かれてフル装備で走り回るのだ。
そう考えていたが、大まかには合っていたが想像をぶち壊す内容だった。
走り付いた先は草原であった。
足首ぐらいに草が生え所々剥げている。
下ろされた私たちはどこかもわからずキョロキョロとしていた。ニコラスはカーゴの中から大型プラスチックケースを取り出し草原に置く。
「よし、お前ら。これから『
「お前何言ってんだ?
フランシスが馬鹿にしたような言い方をしたが、ニコラスは相手にしなかった。
「お前らの中には人を殺したくて仕方ない奴が少なからずいる。だから教えてやる殺しの術を」
脇の下に吊るした銃を抜き放ったニコラスは、自然に前に出た。
「
くるくると銃を回しているニコラスは不敵な笑顔で私たちを見回した。
そんな姿にフランシスが吹き出した。
「……くく、はははははっ。なんだよデスペラードのリスペクトか、それとも鳴り物入りのガン=カタか? ふざけんのもいい加減にしやがれ」
「そうかじゃあ――」
ニコラスは自然な動きで動き――何かをした。
バン――と雷鳴のような轟音が、草原に響き渡りフランシスの足許を抉り穿っていた。その動きに私たちは追いつけなかった、ほんの一瞬の間にニコラスは銃を振り上げフランシスに銃を向け発砲したのだ。
「鳴り物入りならこんなこと出来ねえ。それに基礎の段階だぞこれは」
その技が基礎なら更に上があるという事だ。
私は昂ぶった。これなら奴らを肉片に変えることができる、仇を討てると。
「銃を取れ。ケースの中だ。全員二丁、四カートリッジ持て」
私は早く銃を握りたく走りケースの元に向かった。
開けてケースの中で待っていたのはお待ちかねの銃だった。
十丁の銃、二丁ずつ持つことを考え同じ型の銃を二丁そろえていたが、全員違う銃を揃えてある。
私が手にしたのは「P320」で、タラーが「90-Two」、アナベルは「USP」、クレイグは「M1911」。
フランシスは「オートマグII」でグリップが握り辛いそうにしていた。
言われるがまま銃を握りカートリッジに込められたゴム製の弾頭が輝いていた。
「持った奴からもっと前に出ろ」
ニコラスは草原のほうに銃を突きつけ指示した。
どういった訓練か、あの高速射撃か、それとも別の何かか。
高鳴る心臓を尻目にニコラスはトラックに登り、私たちを睨み言った。
「撃ち合え、共闘はするな。した瞬間俺がお前たちを撃ってやる」
皆が顔を見合わせ、どうすべきかと迷っていた。
いじらしくいつまでも始めない子供どもにニコラスは痺れを切らし天に向かい銃を乱射した。
「さっさっと始めろボケッ!! 実弾で撃たれたくねえだろうがッ!」
その怒声にタラーは一瞬おびえて、顔を覆いその瞬間発砲した。
始まりの瞬間だった。
いち早く動いたのは、攻撃的な連中。フランシスとクレイグ。
フランシスは言うまでもなく、クレイグは日々の「食」へのフラストレーションが溜まっている為に凶暴だった。私とアナベルは僅かに遅れて動き出した。そこからは乱戦だった。
最初に目を付けられたのは精神虚弱のタラーだった。
皆が銃を向けるが、アナベルが背中から撃たれた。
ニコラスは宣言の通り、共闘しようとした瞬間に撃ってきたのだ。
誰もがこの行為で理解した――サバイバルだ。
体勢を低くして這うように私は走り全員を狙った。獣のように俊敏でまるで狼がのり移ったかの様なクレイグはアナベルを狙っていた。
今なら撃てる。銃口を向けたが、別方向から銃声が鳴りクレイグが倒れる。
絶叫を挙げのたうつ彼からは血の一滴流れていない。酷い打身が出来ただけだ。
フランシスだった。持ち前の体格のいい肉体を活かし、銃弾を避けていた。
アナベルの銃口が私に向く。顔を倒すように走り出した瞬間にバンっと鳴り首筋を熱いゴム弾が通り抜ける。振り向きざまに私はアナベルに撃ち込み、アナベルは倒れこんだ。
痛みのうめきが次々と上がる。
ふくらはぎに衝撃が襲い掛かり、横転してしまう。
跳ね上がるゴム弾が目の前を通り過ぎ撃たれた事を理解した。どこから。
影の薄かったタラーが草陰から撃ち込んだのだ。
もう何もかもがぐちゃぐちゃな訓練だった。
とにかく皆が皆を狙い、痛みで転げ周り、銃を撃ちまくった。
最初の日はニコラスは共闘する素振りがある者にゴム弾を叩き込むだけで、他は何も言わず傍観を決め込んだ。それが夕方まで続いた。
次の日もそうだった、その次の日も、そのまた次の日も。
皆が生き急いだようにお互いに銃を向け合い撃ち合った。その訓練が二ヶ月延々に続けられた。
モーテルで何故撃ってきたと喧嘩する暇もないくらいに痛みで眠りについていた。
草原の草がゴム弾で真っ黒に染まるになるほどに。
その内に銃弾で転げまわる事が少なくなり始めていることに気づき始めたのだ。
視線が刺さる、撃たれる瞬間、銃口が向くときに着弾地点にある肌の部位が熱い。
銃弾が避けれる――とまではいかないが、当たる箇所がわかる。
徐々に、ほんとうに徐々に感覚が鋭敏になっていく。
耳も、眼も、舌も、鼻も、肌も。あらゆる感覚が鋭く尖っていく。
ニコラスはこれを目論んでいたのだ。
敵しかいない無茶苦茶な戦闘で生み出される鋭敏な感覚。野性動物が持ちえる警戒能力だった。
訓練を始めて五ヶ月になるころにはその感覚がものとなり、的中率は絶対となった。
ただ体が付いていかなかったのだ。弾丸の速度に体が付いていかない。
そう考え始めた頃に、ニコラスは錠剤を渡してくる。
「ドラッグか?」
フランシスは訝しげに錠剤を見て訊いた。
「お頭が空なお前にはわからんだろうよ」
「これは?」
私が聞いて、ニコラスが答える。
「お前たちの体にオーダーメイドされたナノ食品だ、代謝可能な自然由来。お前らが弾丸に体が追いついていないからな」
「どういうこと」
「朝晩こいつを飲んで動き回れば、弾丸が避けれるってこった」
その通りで、ナノ食品を食事後に摂取し始めて私たちの動きは信じられないほど変わっていった。弾丸に体が付いていく、目視してから回避が出来る。
薬物のように中毒性は現れなかった。ただ天井はあるようであるときにピタリと動きが変わらなくなった。そこが個人の限界であるといわれているようであった。
皆が限界に達したと判断したニコラスは訓練を切り替え始めた。
乱戦からしっかりとした銃の教練と。
「
草原でニコラスは私たちの前で話した。
「神様が二本の腕をくれたんだ。双方別々の動きをさせろ」
「別々って?」
私は訊いた。
「銃弾てのは基本的に下に落ちる感じで真っ直ぐにしか飛ばない。振りかぶりのない
銃口を構えたニコラスは左に握った銃を撃った。尽かさず左脇下に右腕を通し背後に発砲。
体の軸を回転させ、右腕を通した勢いで背後に振り向く。左の拳銃を担ぐように肩に乗せ撃つ。
地を蹴り上げ、空中で反転――背後に体を向けたニコラスは空中で右手に握った銃を三連射。
一瞬で魅せられる美。その一瞬の早業で私は魅了された。
芸術だった、殺しの芸術。
殺す事に追求し美しさを求めなかったからこそ産まれた美しさ。
人体の限界が作り出した最高の機構――
「
私がモーテルに連れてこられて十ヶ月ほどたったある日の夜。
シャワーを浴びようと外に出ていた。シャワー室が部屋とは別棟にあり、外に出て浴びるしかない。もともと長距離トラックの運転手用に立てられたモーテルでそれをニコラスが買い取って無理に改装したのだ。
シャワーを終えた私は二階に戻ろうとしていた。
モーテルの脇で、フランシスがいた。
手元でちかちかと光が煌き、苛立っている様子であった。
「なにやってんだ?」
「ガキには早い嗜好品だよ」
しゃがみ込んでいるフランシス。口に咥えられた紙タバコ、左手に握られたオイルライターを擦っているようであったがなかなか火がつかない。
オイル切れか、というよりどこでタバコを手に入れたのかが気になった。
「なんだ?」
「どこで手に入れたんだ」
「こいつはここに来る前からのやつだ。欲しかったらここらを通る連中に売ってもらうさ」
隣に同じようにしゃがむ。
ようやく火がついたライターをタバコに近づけ火を灯した。
「……―――はー」
吐き出された大量の煙が夜の暗闇に消えていく。
フランシスの顔はいつものような人を小馬鹿にしたような雰囲気は無く、毒気が抜けた表情で落ち着いた様子であった。その時がこれが私より年上である事を実感できる瞬間だった。
「なんだよ? オレがタバコ吸うのが珍しいか」
「吸ってる風ではあったけど、姿見てねえから」
「隠れて吸ってんだよ、ニコラスの野郎が嫌煙家だ。ちくしょうめ」
タバコを吸うフランシスは静かな楽しみを味わっていた。
咥え吸い上げるたびに紙が根元に向かって燃えていく、緋色の火が紙を舐め灰に変えていく。
タバコを口から剥がし、ほんの一瞬外気を吸い煙を吐く。
その表情は脱力している様子であった。
「そんなに美味しいのか」
「不味い、美味しくはない。でも吸いたい」
自傷気味な笑いが漏れながらフランシスは笑った。
それでも楽しんでいた。タバコを吸うことを楽しんで、全力で生きていた。
「……っふ、そんな顔で見るな。吸いにくいだろ」
「いつから吸っているんだ?」
「いつから……気づいたら吸ってたな。まあ、十の時には間違いないな」
「一本くれ」
私はフランシスにタバコをねだっていた。
フランシスは残りの本数が少ないと言って嫌がったが、楽しみを独り占めをするなと私は言った。
怪訝そうな表情を一瞬浮かべたが、何かを思い浮かんだようで一本だけ渡してくる。
「火を着けたら、一気に吸え。そんでタバコを口から放したら煙吐く前に一気に空気吸え」
私は助言かと思いその通りにした。
火を着け、一気に吸う。煙を吐く前に外の空気を吸った途端――
「ゲホッ――ごほゴホッ、ゴホッ!!」
喉に刺さるような辛味、下を刺激する苦味、鼻を抜ける冷たさ、そしてその煙たさに咽返ってしまった。
その様子を見てフランシスはタバコを吸い笑った。
私が咽る事を知っていたようでその様子を笑っていた。
咳が一時止まらず、その間目に滲む煙に涙が溜まる。
フランシスは私からタバコを取り上げ、それを吸い出した。
「
手であっちへ行けと言っていた。私はそれに従い、二階へと戻る。
体に染み付いたタバコの匂い。指の間の香りからフランシスの姿が思い出される。
一人でタバコを吸うフランシスの姿はどこか寂しそうであったが私の頭の中にあった。
でも、私と一緒に吸っていたときの彼は楽しそうであった。きっと楽しかったんだろう。
あの時、一緒に喫煙と言う悪いことをして居る時、
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