※この作品はR-18です。

金瞳の二丁拳銃 アイナ   作:我楽娯兵

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初まりとひび割れ

 タカマガハラ南西部にある雑居ビル。ヨシワラ遊郭と呼ばれる私娼街を見下ろせるにあるそのビルに、ふうま一行は事務所を構えていた。

 デスクワークを行う場所ではない。ふうま弾正が潜伏する米連に深く根を張るE&S社の内部調査と異様な建築方法を採用しているタカマガハラの調査のための拠点に過ぎない。

 ある程度のアウトソーシングは受けるようにはしているが、もっぱら娼婦などの性病治療と人体破損の処置だけだった。手間ではあるがこれも野望の足がかかりになるはずだ。

 

「親方様」

 

 爛々と輝く色町を望む事務所でふうまを呼ぶ声で現実に戻る。

 

「なんだ時子」

 

「来訪者が着ております。フラタニティの――」

 

「幹部連中なら追い返せ、ラクーシャで相手は充分だ」

 

 タカマガハラで幅を利かせている自警団(ヴィジランテ)気取りのテロリスト――フラタニティ。度々ここに訪れてはみかじめ料などと称し金品をせびりに来るが、力技で追い返している。

 正直な話を言ってしまえば彼らを伝にしてタカマガハラに昇到したのは間違いだった。

 それをネタに強請(ゆす)られてはたまったものではない。

 滅入っているふうまに時子は渋々と云った様子でいう。

 

「それが来訪された方は、択捉上陸時にいた戦術指導顧問です」

 

「戦術指導教官……なんて言ったか? そいつの名前は」

 

「フランシス・S・ロキットです。黒髪のアメリカ人」

 

「――ああ。銃を突きつけたあの野郎か」

 

 バタバタした最近、そういった人間をいちいち覚える暇が無かった。

 択捉島に上陸時にそういった男にあっていたことを思い出す。

 なかなかに骨のあるヤンキーだ。力量を見極めて恐らくふうまよりも強い部下が動く前に動き行動を封じる判断力、そして銃を扱う腕は一級品と来ている。

 肝も据わり異形の力を受け入れない尋常ではない病的なまでのヒューマンドクトリン。

 米連で讃えられている生命向上主義(ライフレーズム)のようなサイボーグ技術のように無尽蔵な人体拡張を受け入れているのではない。真の人間主義者。

 そんな男が己が掲げるドクトリンに反するふうまの下に来たのだ。

 興味は自然と出てくる。

 

「わかった。応接間まで通せ」

 

「はっ」

 

 時子に命じたふうまは多少だが身なりを整え応接間へと向かう。

 ビル一つを買い上げたことで一つの要塞となっている。応接間と命名してはいるが実体は牢獄そのものだ。二十ミリの鉄塊が部屋の四方を覆い、魔術、忍術を封じる術式を織り込んだ設計であらゆる異能をも無効化することができる。

 その上無効化術式を無視する抜け穴を作ることにより特定の人間のみ異能を使える。

 過ぎた設計が身の為。魔界医の桐生美琴に感謝だ。

 ふうまが応接間に踏み入ったとき、そこにいたのは幽鬼のようなフランシスだった。

 あれだけ精強な雰囲気を醸しだしていた男が、今は世捨て人のように退廃的な姿に堕ちていた。

 髪は乱れダックテイルで決めていた鼻までかかる髪は垂れていた、スーツではなくシワだらけのTシャツにジーンズ。むき出しの拳銃が諸刃のように照明で鈍く輝いていた。

 余りの豹変具合に驚きを隠せなかった。あれだけの男がここまで代わる事など早々ない。

 原因は――恐らく隣の人物。

 眼帯(アイパッチ)をした白髪の女。男を殺す相場はいつも「女」だ。

 女は死体のようにピクリとも動かなかったが、耳を澄ませれば小さな呼吸が聞き取れた。

 

「……よお、ふうまの旦那。待ちくたびれたぜ」

 

 亡者の声のような、喉が腐り果てたしゃがれ声でフランシスがふうまを呼んだ。

 

「――っ」

 

 酷い眼だった。

 眼の下には黒く隈が引かれ、全体的に落ち窪んだ印象を受けた。

 あのときの男が――百戦錬磨の神災狼部隊(フェンリル)の一員が死者のそれと変わりなかった。

 

「酷い見た目だ。臭いをさせていないのは殊勝な心がけだ」

 

「ああ、ああそうだ。かなり参ってんだ、抗うつ剤あるか? 今ならポップコーンみたいに山ほど齧れる気がする」

 

「ここは薬局じゃない。それに軽口叩けるだけまだマシだ」

 

「はは……そうだな、こいつをささっと治しちまわねえとオレが面白可笑しくなっちまう」

 

 フランシスはバリバリと音を立てて頭を掻き毟り、テーブルにキャッシュカードを投げ出した。

 

「口座番号はFA557H、残高は八千万近くある筈だ。今の手持ちがそんだけだ、まだ欲しいなら出す」

 

「大口の仕事だな」

 

「なりふり構ってらんねえからな。身の振りかた考えてちゃあこっちが先に狂っちまう」

 

 本当にフランシスは焦っていた。見た目からして私事。

 ふうまは身を乗り出した。

 

「……で、ご依頼は?」

 

「こいつの、ここ二日の記憶を消してくれ。生意気垂れてたクソッタレに戻してくれ」

 

 ふと見せた優しげな人間性。狼のように唸り声を上げ、涎を垂らし牙を立て噛み付く野獣から信じられないような「人」としての心を見せた。

 

(この女が、フランシスの弱みか……)

 

 潜考するように口元を手で隠しわざとらしく唸って見せた。

 腹に抱えるドデカイ野望の足がかりがわざわざ弱みを見せてきたのだ。

 手の内で薄ら笑いが漏れ出ていた。

 

(フラタニティの実質的指導者の弱みを握れば、傀儡に)

 

 とまでは行かなくとも、少なからず動き易くなると予想できる。

 だがあからさまな動きは警戒を強める、新参者は古参者を立ててこその世界だ。

 

「ふっ、惚れた女にそこまでする度量、感服した。今回の依頼はロハで構わない」

 

「裏のある言い方だ」

 

「こっちの業界、そんなもんだろう」

 

 フランシスを奥の部屋に通し地下へと下る。

 タカマガハラには地下と言うものは殆ど存在しない。ここで地下と呼ばれている空間は言わば隙間、街中に張り巡らした地下気温調整線(ヒートライン)の僅かな隙間に併設された元蒸気圧管理室の名残。

 数はそう多くはない、ふうまはそこを改築し肉体改造の工房へと生まれ変わらせた。

 肉体破壊から進化、屈強な兵士からちんぽ狂いの娼婦まで何でもござれの魔界医術の集大成だ。

 実際はふうまはこの改築に殆どか関わっていない、部下となった美琴主導の下作られた施設だ。

 

「そこの寝台に寝かせろ」

 

 フランシスは素直に寝台に女を寝かせる。

 電極を額に貼り付ける最中に女の顔は自然に眼に入る。

 なかなかの上玉だ、幼さの残る美人。これは一度で手にしたいものだ。

 ゴツンと銃口がぴったりとくっ付けられる。

 

「下ろせよ。変な事はしねえ」

 

「下心が見え見えなんだよ。洗脳なんてした日にゃあお前のケツの穴が二つなんて言わねえ、五つ開けてやるよ」

 

「洗脳の解除は誰がするんだ?」

 

「おめえとコイツをぶっ殺して後を追ってやるよ。地獄の果てまでど突き回してやるだけだ」

 

「破滅的だな」

 

 軽口半分のように聞えるが、目がマジなのだから恐らく本当に余計な事をやったらふうまのケツの穴は増設され普通異常に排便が早く済むようになる。冗談じゃない。

 

「一応言っておくが、記憶ってのは人の人格を作り出す重要な部分だ。記憶消去はどんな弊害があるかわからんぞ」

 

「たかだか二日だ。オレは産まれてこの方全部棄ててきてんだ問題ねえよ」

 

「ああ、そうかい。なら手早く済まそう」

 

 機材が動き出し記憶消去プロセスが開始された。

 

 

 

 

 

 肌に張り付く鉄と、流れる血潮。

 タラーが殺されたあの事件のときから、ずっとあり続ける二つのファクター。

 手の平にベッタリと張り付いたグリップの鉄。赤とは限らない血液を全身に浴びながら銃撃戦を掻い潜る。いくつもの死線を繋ぎ続ける銃声の慟哭。

 濃密な死と隣り合わせの時間。私たち四人そろって地獄を渡り歩き、死を撒き散らす。

 苛烈になる二挺拳銃戦闘術(トゥーハンド・コンバット)の訓練は徐々に殺しの訓練へと方向性を変えていった。私たちを一端の狩人(ハンター)にする為に、人を射撃の的と思える鈍感さを身に付けさせる。意識を殺し極限まで人をものとして意識したがそれが返って人を人として見てしまう。

 人、人、人。

 善人、悪人、聖人、極悪人、あらゆる人間を的として意思を持たない物体として壊す。

 私の中の良心とでもいう部分が軋みを挙げながら壊れていく。人間として壊れていく、歩く死体としてふらふらと街を歩く。

 

「ジャンキースターくれ」

 

 店員は私が未成年にもか拘らずタバコを売った。

 見た目があまりにも堅気から懸離れていたからだ、脇に吊るした銃。私が特注した専用の銃。自動拳銃とリボルバーのシリンダーを内蔵し口径の違う弾丸を扱えるようにした風変わりな銃(オドボルガン)。

 私は店を出てすぐにタバコに火をつけた。

 長い時は経っていない筈だがこれを吸って咽ていた頃が懐かしい。

 今では咽る事も無くなり、本数も格段に増えた。

 タバコの煙を吐き出すときにいつも思う、美味くはながでも吸いたい。

 こいつを吸って居る時だけが私が私を見つめ直して落ち着ける。冷静(クール)でいられる。

 人殺しの私、復讐を果たそうと直走る私、心身ともに疲弊している私、子供な私。

 狂ってしまいそうだ。

 タバコを摘んでいる手の平で額を押さえ、歯軋りをしてしまう。

 私がしたかった事はこんなことだったか? もっと矢の如く過ぎる人生のはずだった。

 復讐の火種はいまや他の死刑囚どもの殺しによって消されつつある。

 私は――

 心の奥底で叫びを上げようとしたところでバイクの鼓動が私の耳に届いた。

 ドドドドとドラムを叩くような重低音のハーレーのローライダーが私の目の前に停車した。

 ヘルメットを外す運転者(ライダー)は見知った顔だった。

 少しばかり男らしいハンサムな顔になった気がする。触れれ怪我する危険な銃(チャイナトカレフ)と同じ雰囲気を醸し出すフランシスだった。

 

「よう喫煙者(スモーカー)」

 

「なんだよ。重度喫煙者(ヘビースモーカー)」

 

 ここずっと会うたびに行っている挨拶だ。

 私も初めの頃よりタバコに耐性が付き、吸う本数も増えた。

 それを茶化したフランシスは私を「喫煙者(スモーカー)」と呼ぶ。

 だがフランシスも吸う本数の増加は私よりも酷く、加速度的に増えていった。

 それを皮肉に私は「重度喫煙者(ヘビースモーカー)」と呼んだ。だがフランシスはその呼称を気に入ったらしく、こうして挨拶のように互いを結び付けている。

 

「走らねえか。暇だろ?」

 

 フランシスはフルフェイスヘルメットを投げて渡してくる。

 私は返答も言わず、バイクの後ろに跨った。

 ニッと笑った彼はバイクを唸らせ走り出す。法定速度もまるで無視して、とにかく速く走っているようだった。袖より抜ける空気の流れ、耳にうねり鳴る風の声。

 地を駆ける狼(ウルフ)のように、ただひたすらに見えぬ何かを狩ろうと走り続ける。

 どう直視すればいいのだろう。私たちはもう道を踏み外している。

 正道も邪道も関係なかったのだ、私たち(オオカミ)の道にあるのは餌になりえる金と欲望で肥え太った人間(シカ)と、それを与える政府(ダイチ)。

 明瞭で単純なあり方、何故なんて疑問も入り込む余地のない明確な法則。

 私たちはその法則の中で生きるしかない、そう生きることしか出来なくなっている。

 大きすぎてそして濃すぎる世界に私のちっぽけな復讐が薄れていく。

 あれだけ燃やした報復心が消えていく、巨大な虚無に覆い尽くされ希薄になっていく。

 フランシスが一時間ほどバイクを走らせた行き着いた先は、世界の虚無を表した場所だった。

 

「ここはいつきても静かなだな。そう思わねえか」

 

「放射能が怖いんだろ」

 

 そこに広がっていた光景は馬鹿でかいクレーターだった。

 夕暮れ時になり始め、空は夕日の色と群青が鮮やかに重なり合いここを照らし出している。

 その光に照らされたクレーター内部のガラス片がきらきらと光り輝き星海を連想させる。

 ここに着けられている名前は――終末の日の爆心地(グランドゼロ・ラグナロク)。

 たった一人の魔族を殺す為に作られたでか過ぎる墓標だ。

 できた理由としてはこうだ。

 ある時、アメリカ大陸の地下より魔界に通じる「門」が開通し、そこを通ってある吸血鬼が出てきた。

 名前は――エドウィン・ブラック。

 彼は自身の知性を表明し、人間社会の参入を要求した。

 無論最初は人間たちは笑い飛ばした。それをよく思わなかったブラックが差し向けた同族の、エムプーサという吸血鬼をここに向かわせた。

 始まったのは知性の証明ではなく、人間らしい行動証明である虐殺だった。州軍も動きだし、最後は米連軍も動く事態に発展した。それほどに吸血鬼は強く多くの人間を血祭りに挙げたのだ。

 そして人の手では殺せないと判断した米連が最終的に終末の火(ラグナロク)、「核」を使ったのだ。

 高信頼性代替核弾頭(RRW)を使い、ここに存在していた街も人もすべてを磨り潰し、焼き払い、爆心地(グランドゼロ)の底で光り輝くガラス片に変えたのだ。

 最終的にエムプーサは灰となり死亡を確認された。だがそれ以上に人が死にすぎた。

 米連が機械(サイボーグ)化を推し進める原因となった事件だ。

 

「負の遺産。世界の神秘、アリゾナ大隕石孔(バリンジャー・クレーター)とは大違い」

 

 フランシスはタバコを吹かしながらそう言った。

 ここを気に入っているフランシスは休日のたびにここに来てなにをするわけでもなくここにいた。

 

「オレたち何人殺した。何人の脳味噌を地面にぶちまけた」

 

「なんだ急に。懺悔か?」

 

「ほざけ、神を信じてるように見えるかオレが」

 

「棄教者だ。どちらかというなら」

 

「言うぜ」

 

 やや間があり、フランシスは口を開いた。

 

「オレの親、ここで死んだんだ」

 

「え?」

 

「エムプーサに殺されたんだ。お袋は下半身と上半身の二つになっちまた。親父は縦に二つだ」

 

 はじめて聞かされた彼の過去。

 私と同じ、仇がいたのだ。

 

「必死で逃げた、ガキだったオレにゃあ何も出来なかった。ヒッチハイカーみたいに車乗り継いで、N.Y.に辿り着いて、仕舞いには仇のとこで薬売って。何がしてえのかな」

 

 私とは違う、仇が既にこの世にはいない。

 この爆心地(グランドゼロ)でガラス片になってしまった報復対象。伽藍の人生。

 どこか張り合いと云うモノがなくなっている。そう言いたいのだろう。

 

「お前が羨ましいよ。アイナ」

 

「仇が生きているからか」

 

「いいや、罪悪感があるからだ。――銃のキレ、最近鈍ってるだろ。余計な事考えてるからだ」

 

「……」

 

 確かにそうだ。

 私は敵を殺すとき、そいつの人生を考えてしまっている。

 こいつに家族がいるんじゃないか。ガキが居るんじゃないか。

 親は、親友は、飼い犬が。そいつらはどうなるんだ。

 ――私が、そいつらの仇に。私から両親を奪ったあいつらと同じになるんじゃないか。

 

「鈍感に成れとはいわねえさ。おめえはなれねえ」

 

 フランシスはそう決め付けて言う。

 

「あいつらはこの世のゴミだ。ゴミを棄てんのに躊躇する人間がいるかよ」

 

「フランシス……あいつらは人間――」

 

「人間じゃねえ、人間みたいなゴミだ。オレらもゴミだ、ゴミがゴミを捨てあってんだ。クソの擦り付け合いだ。躊躇なんて綺麗なことが入るような場面じゃねえだよ」

 

 吸殻の火を踏み消したフランシスは私を見下ろし、言う。

 

「あいつらはゴミだと思え、脂ぎった腐ったバーガーだ。撃ってぶちまけちまえば、本物のゴミになる」

 

「俺に屑になれってのか」

 

「オレたちゃあ銃を取って人間撃った時点で世界で不必要な屑になってんだよ。あの原っぱでいつまでもガキのじゃれ合いをしてんじゃねえ。もう戻れねえとこまで足踏み込んでんだ」

 

 私とフランシスの意識の違いだった。

 体格はもとより性格も、決定的に敵を見ている視点が違う。

 フランシスは敵をゴミとして見て、私は人として適を見ていた。

 躊躇を綺麗なことといったフランシスは自分をゴミの一つとして数に入れている。

 敵が死ねばゴミが世界から一つ消える。己が死ねばゴミがもう一つ消える。

 自滅的な思考だが、だからこそフランシスは無類の強さを誇っている。

 二挺拳銃戦闘術(トゥーハンド・コンバット)の継承者としての資格があるのだ。

 フランシスと私の携帯(モブ)が同時に鳴り、画面に表示された人物名は、ニコラス。

 

「召集だ。いくぞアイナ」

 

 フランシスは極上の笑顔でバイクに向かった。

 ――最悪の出来事のはじまりとも知らずに。




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