※この作品はR-18です。

金瞳の二丁拳銃 アイナ   作:我楽娯兵

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傷痕

 全身より溢れ出る黒々とした靄。尋常ではない濃密な存在感。

 一個体として確立された完全な「存在」。

 並みの魔族ではなかった、これは最早『厄災』そのもの。人間を脅かす揺ぎ無い脅威。

 潮風に呷られ靄が揺らめきその切れ目より本体が見えた。

 人の形をしていた。その姿を見れば発狂するような異常な形はしていない。

 だが異常なのはその存在感以上の拒絶感。

 すべてを拒絶し否定しいる。他者を、他種を、他物を、他空を。この人間界のすべてを否定しそれは濃密な悪意となって私たちに注がれていた。

 グレイグたちは銃を構えた状態で動かなかった。当たり前だ、こんなの――勝ち目がない。

 寸先の勝機の未来像(ヴィジョン)すら死した姿の自分たちが映し出される。

 こいつはなんだ――生き物なのか? いや、それ以前に存在として認識していいのか。

 これは一種の畏怖すら与えている、言うなれば。

 

「――神」

 

「こんなふざけた神様いて堪るか。悪神にもほどがある、クトゥルフにお帰り願うねッ」

 

 私が漏らした言葉にフランシスは悪態を吐いた。

 そう自分に言い聞かせて鼓舞しているのだ。息づかいから眼の動き、体の強張り具合を見る限り彼もまた私と同じ。この場にいる人間すべてが、この黒き翳に立ち向かえずにいた。

 翳が動いた。

 ゆらりとした動きで腰に下げたサーベルを引きついた。

 飾り気のない実用的なサーベル。刀身は私たちの知る物より僅かに厚く作られている。

 頑丈で肉を押し切る事に特化した剣だ。

 

 ――失せろ人間――

 

 腹の底から冷え込む害意。透き通った声が私たちを射抜いた。

 余りにもよく聞える声に私たちは驚いた。波風でかき消される事が一切なく、その声が私たちの鼓膜からではなく脳内に直接響いている事に時間を要した。

 失せろと言われ言葉通りに消える人間はこの場にはいない。噛み付くぐらいの愚行を犯す狂犬たちは銃を黒の影に向けた。

 向けるしかないのだ。後ろはない、前しか残されていない。

 暗殺予定者(ターゲット)の殺害――この黒き影の魔族が纏うヴェールの中にちらりと見えた。

 腕に抱えられた天華の姿が。

 全員が引き金を絞る瞬間、『翳(ザ・シャドウ)』はその姿を唐突に消した。蝋燭の火が吹き消されたかのように黒いベールだけがその場を揺らめき漂った。

 

「――ッ!!」

 

 息を呑んだ。『翳(ザ・シャドウ)』はどこぞに消え失せたわけではない。

 肌に張り付く視線、吐息。『翳(ザ・シャドウ)』は――その空間に同化したのだ。

 にわかに現れた無数のサーベルが私たちの首を薙ぐために、作り出されその軌道は真っ直ぐ私たちの命へと向かってきた。

 私は首を傾け黒々としたサーベルの刃を紙一重で避けきった。

 鼻の良いフランシスと勘の鋭いグレイグも同様だったが、アナベルは危なかった。

 避けきれず銃を盾にサーベルを防いだが、異様に切れるサーベルは銃身ごとばっさりと切り落としアナベルの鼻を削ぎ飛ばした。

 フッと再度姿を表した『翳(ザ・シャドウ)』は今まで纏っていた黒い靄を取り払っていた。

 冷徹な表情を浮かべた青年だった。顔の左半分が何故かフライヤーで焼かれすぎたチキンのように爛れていた。体に纏う軽装の鎧、動きやすさを重視して作られている。

 そして計り知れぬ異形の力。

 空間に同化、いや、そんなことは誰もできない。

 ――神様でない限り。

 

「グガアアアアアアアアッ!!」

 

 人とは思えない雄叫びを上げたグレイグは『翳(ザ・シャドウ)』へと突っ込んだ。

 俊敏な動きと、それを為しえる脚力。ナノ食品(かみのくもつ)から贈り物(ギフト)されたグレイグの身体強化の為しえる業だった。野を駆ける肉食動物のように機敏でパワフルな動き、私たちでは真似できないグレイグの特別な力(オンリーワン・ギフト)。

 跳ね回るたびに散発的に発砲。外れることなく『翳(ザ・シャドウ)』へと飛翔していった。

 四方からの逃げ場のない銃撃、弾丸のアイアン・メイデンだ。

 この弾幕を逃れる方法はまず、ない。

 唯一逃げれるとすれば、あの空間に溶ける力、あれを使われればわからない。

 グリップに力が込められ敵の体をしっかりと目視し狙いを定めた。

『翳(ザ・シャドウ)』の黒の霞が渦巻きだした。

 何かする気だ、だが遅い。グレイグの放った弾丸は敵の放つ靄を突きぬけ敵を穿つ――

 

「ぐぎゃっ?」

 

 奇妙な声を上げたのは敵ではなくグレイグだった。腹からぼろぼろに裂けた腸を垂らして、血も肉も糞も小便も全部混じりあった汁を腹から流して頭から甲板へつんのめって斃れた。

 この眼で確かに見た。

 グレイグの腹が裂けた原因を、この眼で捉えた。――弾丸だった。

 背後から無数の弾丸がいっせいに撃ち込むまれたのだ。

 天華に洗脳されたハンニバル乗員の仕業か? いや違う。この場には私たち(オオカミ)と翳(ザ・シャドウ)しかいない。

 黒色の霧の切れ目から翳(ザ・シャドウ)の引きつる笑いのようなものを捉えた。

 

「クッソッタレぇエエエエエッ!!」

 

 フランシスが叫んだ。

 四方を走り死角となる位置から弾丸を撃つ込む。

 一世代進化したオートマグⅢに持ち替えたフランシス。.30カービン弾の稲光のような軌跡が黒霧を払い除け翳(ザ・シャドウ)へと。

 屈伸し体勢を低くしたフランシス。瞬間、今まで頭のあった位置に弾丸が通り過ぎる。

 その一筋の輝きは見まごう事は決してなかった。

 その弾丸は――フランシスが放った.30カービン弾の軌跡。

 現在米連軍が採用しているのはUSPOU弾。特徴的な甘い香りのする無煙火薬の香りが一切しない。その代わりと言っては何だが、昔ながらの弾丸の匂いがする。

 そう、私たちの使うような昔ながらの弾丸の匂い。

 

 ――あいつ等は卑劣だ、地上からと言わず空から地中から、火の中水の中、影の中からも攻撃してきやがる――

 

 私たちは目を背けていた理不尽な現実から。

 現実から逃げるな、奴らは魔族だ。卑劣漢で卑怯な劣等種だ、姑息な手でしか生き抜けないクソ以下の存在。連中は何でもやる。――空間歪曲なんて造作もないだろう!!

 絶え間なく銃を翳(ザ・シャドウ)へと発砲するフランシス。奴もわかっているはずだ。

 恐らくこの空間歪曲の原因を作り出しているのは奴を覆う黒色の霧。

 取り払わなくてはどうしようもない。

 翳(ザ・シャドウ)が腕を振り上げサーベルを振り下ろした。

 口笛のようなピューという風の斬る音。歪められた空間から生じる無数のサーベルの刃。

 

「アイナッ!!」

 

「わかってるっ!!」

 

 フランシスと私は双方の考えを理解していた。

 サーベルが空間歪曲で多重に存在しているにしても、元は一本の剣。

 翳(ザ・シャドウ)の手に握られているサーベルを空間に投影しているだけだ。

 私たち二人は実に息のあった動きで二丁の拳銃を連射した。

 狙いは翳(ザ・シャドウ)のサーベルの柄。護拳があるが弾丸は難無く打ち砕くだろう。

 だがこれだけの攻撃では薄い、攻めの手は弱めてはならない。

 肌で風を読み、舌先を撫でる潮風を感じる。流れは南西の強い向い風。

 ステップを踏み、左足から強く踏み込む。体を中で捻り甲板を蹴り上げた。

 天空の黒雲。私の下で似たように激しい動きをつけたフランシスがいる。狙いは背後、弾丸の軌道は翳(ザ・シャドウ)の側面から弾道湾曲からがら空きの背中。

 変則弾道(トリック・トラジェクトリ)の真価を発揮するときだ。

 サーベルが私たちに触れる前に弾丸が翳(ザ・シャドウ)に接触する。

 攻撃状態から即時防御体勢。一瞬の隙が生じる瞬間だった。

 空間にサーベルという物体を通している間、弾丸は果たして通過するのか。

 翳(ザ・シャドウ)の身に纏う黒色の霧は絶対防御足りえるのか――答えはノーだ。

 物体の行き来は一方通行、その証拠に奴は空間に投影していたサーベルの虚影を消した。

 弾丸を通す空間の穴を作ろうとしているのだろうが遅い、弾丸が先に翳(ザ・シャドウ)を穿つ。

 人間なら穿たれていただろう。だがそこは魔族、生物として動きが違った。

 細かな動きでサーベルの刃を使い弾丸の軌道をながら霧を徐々に自身の周辺に作り出す。

 弾丸をそのまま反す防御が作り出される。このままではすべての弾丸が自分たちに戻ってくる。

 そう思われる、誰もがそう思うだろう。だが私たちはか細い希望に勝機を託していた。

 

「ぐだばりな"あ"ああ"ああ"あっ」

 

 ひどい声だ、息が辛いのかガラガラ声のアナベルが翳(ザ・シャドウ)に何かを投げつけた。

 勝機は我々にあった。アナベルが投擲したものは手榴弾だった。

 ちょうど背後、私たちが布石として撃った変則弾道(トリック・トラジェクトリ)の軌道にドンピシャだ。

 視界を被い尽くす白、遅れてやってきた轟音。

 トラックに轢かれたようなとはまさにこの事なのだろう。体が浮き上がり凄まじい速度で私たちは吹き飛ばされた。脳が対応する限界を超えた間、宙に身を躍らせ爆風に身を任せる。

 ただ頭だけは守もろうと手で後頭部を押さえた。

 甲高い耳鳴りとグラグラと揺れる体で立つことも儘ならなかった。

 今この場にいる「人間」すべたがそうだった。フランシスはどこか痛めたのか血反吐を吐き、アナベルは削ぎ飛ばされた鼻から流れる血で口の周りを真っ赤にして喘ぎ咽ていた。

 

「やつ……は――」

 

 翳(ザ・シャドウ)は――

 

「ニンゲンッ――!」

 

 低い声で奴は立っていた。

 初めて聴いた奴の肉声は非常に幼かった。少しばかり舌足らずな言い方だったが私たちに対し憤っている事だけはしっかりと感じ取れた。

 所々凹んだり形状が歪んだ鎧はさっきほどの爆発のダメージは確実に受けている証拠であった。

 だが――

 

「死ねッ――」

 

 奔る。サーベルを片手に鬼気迫る表情で。

 瞬きの一つもしない。機械のような無表情。

 軋む体を無理やり動かしサーベルを避ける。もうギリギリだ紙一重にどうにかこうにか避けられているが――

 

「しまッ――」

 

 足を取られ体勢が崩れてしまう。鈍色のサーベルの切先が真っ直ぐ私の右眼に入った。

 視界の半分が空よりも黒い、微かな光も届かない漆黒に堕ちる。

 頬に伝う涙。それに混じる鉄の味。気が狂いそうな痛みが空虚な左目の穴を掻き毟った。

 

「ぎッ……アアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 痛む、いたい、イタイ、痛い、痛いッ!! 

 私は蹲り左目を必死で押さえ流れ出る何かを止めようとした。

 だがそれは止まることなく止め処なく流れ出た。

 シュッとなく風の口笛。脳味噌は痛みでぐちゃぐちゃになっているが敵の動きは正確にシミュレートできた。きっと今私の頭頂にサーベルを突きたてようとしているのだ。

 死んでしまう。動かなければ、だが痛みで動けない。諦めが一瞬だけ芽生えた。

 肉に刺さる音が響いたが、それは私には刺さっていなかった。

 顔をあげて見上げた。

 

「とっとと逃げやがれっ! アイナッ!」

 

 右肩から伸びるサーベル。肩甲骨を断ち割り真っ直ぐにフランシスの体を貫いていた。

 

「なんでッ――フランシスッ!」

 

「てめえ、片目如きで諦めてんじゃねえよ。――てめえには殺したい相手がいるんだろッ!」

 

 怒りで漲る眼で私を睨みつけフランシスは叫んだ。

 サーベルより流れ伝う血を滴らせて、それでも彼はその血を滾らせてた。

 

「お前には関係ないだろッ。私の復讐はッ!」

 

「ああ、関係ない。これっぽっちも関係してねえ」

 

 フランシスは力強くサーベルを掴んだ。

 

「関係ねえが――俺が出来なかった復讐をお前が果す姿を見てぇんだッ!!」

 

 翳(ザ・シャドウ)にヘットバットをかますフランシス。

 銃も使わずに、駄目になりかけの右腕も使い翳(ザ・シャドウ)を殴りつけた。

 唐突な戦闘型(ファイト・スタイル)の変化に混乱していた敵。だが徐々にその動きにも対処を始めていた。

 

「BOON」

 

 隠し持っていた閃光手榴弾。安全ピンはとっくに抜かれ翳(ザ・シャドウ)の目の前に投げてみせる。

 先程と同じものと認識したのか、翳(ザ・シャドウ)は距離を取り防御体勢をとった。

 眼を閉じ耳を覆った為に意識の混乱は起きずに済んだ。だが翳(ザ・シャドウ)には強烈な一撃だったようだ。

 呻き無闇にサーベルを振り回していた。

 私たち狼の意識は既に逃亡と言う一つの選択に集束していた。

 脱出艇を吊り下げているアンカーを打ち抜き、波打つ水面に着水させる。

 水飛沫が立ち昇る暗黒の海に向かい。私たちは飛び降りた。

 アナベルは覚束ない足取りで、フランシスは死んだグレイグを担ぎ乗り込む。

 エンジン始動には二秒と掛からず、脱出艇は動き出した。

 悪夢から遠ざかる。翳(ザ・シャドウ)は『ハンニバル』の甲板の上で私たちを俯瞰していた。

 

 

 

 

 

 

 日差しの差す海岸で私とフランシスは仲間の遺体に脱出艇の燃料を掛けていた。

 二人寄り添って眠る狼。グレイグとアナベルだった。

 グレイグはいわずとも、アナベルは逃げている最中に死んだ。

 手榴弾を使った際に防御が儘ならず後頭部を打撲していたのだ。そのせいで脳内出血で苦しみぬいて死んでいった。今は安らかに痛みを感じぬようになってしまった。

 ポリ缶を投げ捨てたフランシスはオイルライターを擦って、一ドル札に火をつけ二人の遺体に火を灯した。

 あっというまに火は回り、彼らを焼いていく。

 ぱちぱち、バチバチ、と音を立て肉や髪、服が一緒くたに燃え上がる。

 火の粉がまるで魂の残骸のように宙に舞いあがり消えてゆく。

 なんと無意味な人生だったのだろう。彼らはこんな事になるために二挺拳銃戦闘術(トゥーハンド・コンバット)を学んだのではない。

 こんな火で炙られ縮み上がった筋肉で二人絡み合った、黒焦げた死体になりたかったのではない。

 ――何故だろう。彼らが酷くおいしそうに見えた。

 見た目は悪い。きっと匂いのせいだろう。

 彼らの燃える匂いはまるで旨そうに焼けた秋刀魚(パシフィック・ソーリー)と同じ匂いなのだ。

 塩気の利いた食べごろの秋刀魚(パシフィック・ソーリー)。食べごろの供物が焔の中で燻っている。

 生き物が物質と成り果てていく。苦楽を共有した仲間が物質に還元されていく。

 アナベル、グレイグ、そしてタラー。みな死んでいった糞のように惨めに、己の願いも果せずに。

 胸をナイフで抉り穿られているかのように痛んだ。

 そして痛みを感じるほどに心から重みが消えて言った。巨大な虚無が私の器を満たしていく。

 悲しいはずなのに涙の一滴も零れなかった。

 

「一緒に死ねばよかった――」

 

 あの甲板で敵のサーベルで頭を刺し穿たれればこの苦しみより解放された。だが生き残ってしまった。

 生きとし生ける者たちの抱える『生命の苦痛』。そしてそれに囁きかける『死への渇望』。

 まさにその均衡が私の中で崩れかけていた。

 

「生き残るんだよ」

 

 フランシスがそう言った。

 無造作に左肩から腕にかけて包帯を巻き付けて、白色だった包帯は血が滲み赤く染まっていた。

 

「何で生きる事に拘る……拳銃格闘者(ハンド・トゥ・ハンド)か? どうして、拳銃格闘者(ハンド・トゥ・ハンド)になる必要がある」

 

「ぶっ殺してえだろ。今まで俺たちを舐めてきた連中の額に穴を開けて、そいつを椅子にしてタバコを吹かしたらさぞ爽快だろ」

 

 ふっと笑いが漏れた。

 こいつはこういう奴だった。生きる為に誰かを犠牲にして、その犠牲の上を平然と歩く。

 前しかいらないのだ。ただ前進し続ける。――一匹狼(ローンウルフ)の孤独な生き方。

 

「お前はオレの相棒(パック)だ。俺は生き残って、お前と一緒に生きるんだ。殺しの自由権(フリーキリング)を手に入れてお前の親を殺した奴らを血祭りに上げよう」

 

 ぼろぼろで心も既に折れかけていた私に復讐と言う活力で励ましてくる。

 ほんの少し、本当に少しだがそれで私の心は安らぎを取り戻すのだ。

 報復が出来なかったフランシス。微かな光と揺らめく復讐(リヴェンジ)相手は私には残されている。

 忘れるな、私が今までやってこれたのはそいつらを殺す為だろう。

 

「ほら、回収ポイントまで背中貸してやるよ」

 

 フランシスは私を背負い。背後に広がる森林に踏み入った。

 静かな虫と鳥、木の葉の擦れ合う音しか聞えない。自然と同化していくようだった。

 だがフランシスとだけはならなかった。

「私(アイナ)」と「彼(フランシス)」と言う個だけは消えはしなかった。

 いつもどこかで取り残された、見捨てられた狼(ディンゴ)であった。

 

「二挺拳銃戦闘術(トゥーハンド・コンバット)はオレ達に微笑むぜ。アイナ」




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