疼く、疼く、疼く。
昂揚した脳味噌が、とにかく体を動かせと命令しじっとしている事が堪らなく辛く感じられた。
何故だろうか。今の私ならどんな事をやっても許される気がする。
他人から物を奪おうと、穢そうと、犯そうと――殺そうとしても。
すべてが肯定される気がした。いや、気がするのではない、肯定される。
それが正当性や大義名分を持っていなかったとしても、世間は手を叩き笑顔で私を受け入れる。
とにかく何でもよかった。
今の私は動きの一切を物理的に禁じられた状態にあった。
ラバー製の拘束衣が私の手足を一つに縛りつけ、ミイラのようになっている。
少し身じろぐ度に街灯でテカテカと輝く拘束衣が、ギュギュと軋み音を鳴らした。
じれったい……頭が、脳味噌が、神経が、行動を起こせと叫び、焼け焦げそうだ。
酷い頭痛のようにも感じられ、今は動き続けてたくて仕方がない。
眼帯で覆われた右目は暗闇の中でも何かしらの情報を表示してくる。
それは弾丸の軌道を適切に標的に着弾させる指示であり助言、敵を貫殺する為だけにある目になっていた。
脳が感知した体のあらゆる反応にガラス体で活性化しているナノマシンが読み取り、視覚以外の器官、触覚や味覚、聴覚から弾道の最適軌道を演算し、映像として弾道の軌跡をヴィジョンとして視界に映し出す。
体を動かせばいいのか、それに伴った風向きや風速の状態は、心拍精神状態の現状は――
それらすべての情報が一斉に頭にぶち込まれているのに、それらの情報は端的に理解できる。
考えるよりも先に理解できる。直感的、生得的な本能のように風の流れを理解する。
「鬱陶しいだろ、アシスト表示。
ニコラスは嫌いな筈のタバコを吹かしながら私をちらりと見ていった。
片手でハンドルを握り、ハイウェイを走るピックアップトラック。向かう先はアリゾナ砂漠の米連基地。
静かに、すべてを受け入れると言った様子でニコラスはいつものギラギラした雰囲気が無かった。
教え子に課した最後の試練。
アイナとフランシスの対決、どちらかが斃れ、どちらかが生き残る。
簡単な計算式だ。どちらかが斃れる、後継者が決まる。
ガンファイターに言葉など無遠慮、語られるモノは声ではなく銃声。
銃で語り合うのが礼儀、強さこそが勝利への道標。
「拘束を……早くッ……」
耐えられない、こんな……この衝動、壊れてしまいそうだ。
衝動で頭が焼かれそうになりながら到着した米連基地。ひと気と云うモノが何一つ感じられない基地。
それもその筈で、このアリゾナ米連基地は完全自動化された無人基地。
最新鋭の多脚戦車が地上を警備し、防空警備を無人航空機が担っている。
機械が機械をメンテナンスし、すべてが1と0で構成され人の入る余地すら発生しない。完璧にルーティン化した無人基地だった。
――ただ私たちを除けば。
停車したピックアップトラック。その窓から見えた。
フランシスだった。私と同じように拘束具に身を固められ、口には他人に噛み付かないように拘禁マスクが嵌められていた。その脇に控えるのは軍人、全くの他人だった。
「輸送ご苦労、演者は揃った」
私の両肩に手を置いたニコラスはどこか嬉しげだった。
対面にいるフランシスは瞬きの一つもせずに止まっている。その雰囲気、姿、間違いなかった。
私と同じように薬物を投与されている。いや、私と同じではない――途轍もない量だ。
倍量以上フランシスには投薬されていた。両目は金色に輝き、弾道予測補助ナノマシンが注入されていた。
ただその瞳はどこを見ているのか分からず、虚ろでうつら。拘禁マスクの空気口からは涎が伝い落ちた。
「さあ、存分に力を振るえ。俺にはお前たちが必要だ」
薬の影響かニコラスの言葉は魔法のように私の気分を高揚させた。
必要だ――今まで私たちには掛けられなかった単語。必要とされることがここまで充実感を与えるのか、普通の人々はこれをいつも体感しながら生きているのか。
羨ましい。
ああ、そうだ。フランシスを撃ち斃せば――ニコラスに永遠に必要とされるではないか。
ならやろう。フランシスを撃とう。
カチッと金具の外れる音が鳴り私の両腕は解放された。
ニコラスは優しい手付きでショルダーホルスターを私に着けた。その手付きはまるで花嫁を送り出す親のような繊細で壊れ物を扱うかのように慎重だった。
ニコラスの父性とでもいうのか。その時ばかりはニコラスが唯一の神のように感じられた。
そんな時、基地に一つの銃声が鳴り響いた。
ばたりと斃れる兵士が一人。眉間に大きな穴が開き、後頭部はバックリと風穴が開いていた。
私はそれを見た。
拘禁マスクも拘束も解かれたフランシス。
その目は血走り、大口径拳銃で脇に控えていた軍人を射殺していた。
「アイナ……そいつから、――離れろ」
腹の底を凍らせるような低く唸るような声でフランシスは言った。
その声で直感できた。
フランシスは――ニコラスを殺す気であると。
そうはさせない。させたくない。ニコラスは私を必要とした。
だから守る。守ってもっと必要とされる。
今にして思えば向精神薬の薬物作用で正常な判断ができなくなっていた。産まれたヒヨコがはじめて見る動くものに妄信するように、このときの私はニコラスがすべてになっていた。
フランシスとの決闘ですら意味を成していないことに私は気づいていなかった。
ニコラスの目的は
ニコラスを除き
ニコラスとアイナ、二人だけなのだ。
私たちは同等――いや、フランシスの方が圧倒的に腕は立つのだ。それなのに私たちを戦わせ剪定する必要性は皆無。今の状態のフランシスを無理やり手術すれば立派な指導者が完成する。
フランシスは移植のショックから自殺をする玉ではない。その使命を全うする筈だ。
この仕合はただ単に、瀕死の狼たちを殺し合わせる遊戯に過ぎないのだ。
一子相伝などクソ食らえと公言しているニコラス。全くの意味がない戦い。
配慮が足りていれば、私に正しい思考判断ができれば。撃ち合わなかった――
――今はその思考はない。
「お前の銃だ。予備のカートリッジ二つ。存分にその眼と今までの死線で培った経験を生かせ、アイナ」
「――わかった。撃つ、撃つよ。ニコラス」
二挺の愛銃を携え、薬の影響で活性化した体でフランシスの前に立った。
双方の息づかいが直接耳元でしているかのように体のすべての感覚器官が敏感になっていた。
心臓の鼓動も、肌を撫でる風の流れも、異常に視える視界も。
すべてが渾然一体となり、途轍もない情報量だった。だが私の脳は徐々に適応し、不必要な情報を見極め必要な情報だけを切り取っていた。
距離感覚は精確だ、風向きは微風の追い風、指の感覚はしっかりとある。
足も入院で鈍っていると思っていたがそこまで強張ってはいない。人を殺せる万全の状態。
「――――」
「――――」
瞬きもすることを忘れ眼球は渇き、水分を欲していた。
だがすることはない。今瞬きをすれば撃たれる事は必至、瞬間を見逃してはいけない。
そしてその瞬間はルーティン化された基地だから起きた事だった。
自動巡回する四脚戦車『PSLT-209センチュリオン』が私たちの付近を通過した足音だった。
『――――――』
お互いの息づかいがピッタリと符合し、強く空気を吐いた。
全く同時に腕を振り上げ、銃声が一つに交わり基地に鳴り響いた。
チリチリと肌を焼く幻触。まさにそれは弾丸が肉を抉る感触に他ならない。
弾丸よりも体は早く動く私たちは弾丸を目視した後に避ける。
フランシスの弾丸は私の左脇下を抜け、私の弾丸はフランシスの右頬のすぐ横を抜けていった。
二人とも双方の思考が手に取るように理解できる。
後方へ退避――否。この距離関係で後手に回るのは変幻自在の軌道を描く
なら距離を維持し続けるか?
いいや、それではどの道共倒れだ。どれだけブースタードラッグをキメていようとその効力の切れたときの反動のほうが大きい。投与量の少ない私は効き目はそう長くはない。対するフランシスは効き目は長いが
気力で反動をねじ伏せるか――恐らく無理だろう。
ならば出来る事は一つ。フランシスに向かい走り出す。
この行動がこれまでの戦闘から得た鑑識眼なのか、それとも狂気に堕ちた無謀な行動なのか定かではない。唯一つ言える事は、この動きは今の状況下で最適な行動であったという事だけだった。
――銃弾てのは真っ直ぐにしか飛ばない。振りかぶりのない
銃弾は「点」の
初弾を避けれたのは奇跡に近い。距離を取ることは返って不利を招く。
ならば距離を詰めて弾丸の射程を殺す事からはじめなければならないのだ。
幸いな事に、銃の精密性では私はフランシスに負けているが――近接格闘戦では同等か僅かに上を行く。
「――ッシ――」
顎下から脳天に向けて左手に持つ銃口を振り上げる。キシキシと筋肉が軋む音を立ていた。
薬の影響で加減の一切が効かなくなっている。一撃一撃が全力――すべてが一撃必殺を体現する打撃を打ち出していた。無論そんな無茶は体が受け付けるわけもない。
フランシスは体を反らす。追撃の手は緩めては成らない。
左ストレート、胸板に銃口を捻じ込み胸骨を粉砕すると同時に――引き金を引き心臓を撃ち破る。
勝利のヴィジョンはそう捉えた。
だが――
「グルゥラアアアアアアアアッ!!」
獣の唸り声のような声を出したフランシスはそのままバク転。
機敏な動きだった。手を着いた途端に体勢を低くし這うようにして私の足許に接近し掬い上げる。
姿勢を崩され背中から倒れた私の目の前に広がるフランシスの銃口。
顔、もしくは喉元に向かい銃口が迫る。左に転がり銃口を避ける。
転がる最中私の右目は逃すことなくフランシスの動きを捉えアラートを表示する。
――Danger・ショット――
右手に持つ銃で私を突くつもりで振り下ろした銃。避けられる事は想定していたのだろう。
右脇下に左手に持つ銃を潜らせ、三連射。
ズドン、ズドン、ズドン、と的確に私の数秒前にいた位置を銃撃する。
このまま転がり続けても埒が明かない。ジャパニーズのジュウドウの技術の受身を参考にし、右腕で地面を叩いた。受身なら衝撃を逃すものだが、これはその逆、衝撃を利用――腕を支えに中へと飛び上がる。
錐揉みするように右回転。左目が助言を出す。
――trick・trajectory――
的確すぎる助言だった。今私の体に掛かる遠心力、そしてこの基地の気象状況を、肌を通し微かに捉える微風から直ぐに突風が来るというのだ。
ナノマシン風情の戯言と笑い飛ばせるが、それは直ぐに打ち砕かれる。
枯れ草のざわめき、土埃の舞い上がり――咽返るような熱気を孕んだ突風が基地を突き抜け通り過ぎる。
変則弾道の道標。この機会を逃せばいつ吹くかも知らぬ風を待ちわびならが、この無益な殺し合いを永遠と続けなければならない。
私は生きたい。だからフランシス、私のために――
死んでくれ
引き金を二度引いた。
共に歩んできた友人に、死の心地を共有した輩に。
軌跡は半円を描きながらフランシスの腹の下を潜りぬけ、上昇していく。
弾丸の軌道から真っ直ぐ落下してくる。このまま行けば背骨を撃ち抜く軌道だった。
しかしフランシスはタダで命を譲るほど潔くはない。
金色の瞳を輝かせ、微かに残る風の残滓を読み取っていた。
そして
楕円形の軌道を描きつつ高速で飛来する私の放った弾丸に着弾させる。
飛散する火花、散らばる弾丸の破片。甲高い金属同士の衝突する音。
体を跳ね起こしたフランシスはギラギラした視線を私に向け、腕を振り銃口を私に向けようとしていた。
「―――ガ……」
これでよかったのだ。
私が成したいのは共食いではない。両親を殺した連中を墓の前へ引きずり出し泣き喚くその姿を見て、殺したいのだ。だからフランシス、私のためにガンマンとして、
死んでくれ。
「な、ん……で――」
私は二度、弾丸を放った。
両手の銃で一発ずつ、全く同時に――銃声が一つに鳴るように。
フランシスには一発しか放ったように聞えなかったのだろう。二発目の弾丸をフランシスは見逃したのだ。
そして一発目を撃ち落しても、二発目の弾丸が――彼の左肩を撃ち貫いたのだ。
両手から力なく滑り落ちた拳銃。これでフランシスの両肩は駄目になった。
唸り声を上げ、のたうつフランシスは戦う術を失われても尚足掻こうと、抗おうとしていた。
「よくやった、アイナ。これでお前は名実共に俺の継承者だ」
清清しい笑顔のニコラスが私に歩み寄り、両肩に手を乗せ微笑んだ。
これで私は、すべてを得た。
地に這うフランシスを見下ろした。そして私は何も言わずに背を向けた。
後ろから聞えたフランシスの悲痛の叫び。
――行くな、逝くな、戻って来い――
もう無理だった。
私と彼は既に分かたのだ。あの一発の弾丸ですべてが粉々に粉砕し塵に還ったのだ。
その後すぐに私は
フランシスは今まで住んでいたアパートメントを引き払い。
私の前から姿を消した。
「うっ……うぅ」
気分が悪い。どこか、なにか、喪失した感じがした。
目を覚ましたアイナはいつ寝そべったかも忘れて、ソファーで熟睡していたようだった。
そしてここがどこなのかを思い出す。
アイナはフランシスに軟禁されている事に。
スー、という声が聞えた。警戒心が牙を剥き、声のする方に睨みを利かせる。
そこに居たのはここの主。タバコを咥えたフランシス・S・ロキットだった。
上半身裸のジーンズ姿。隆起した背筋、そして両方の肩甲骨の辺りには私が撃ち抜いた弾痕と、サーベルで刺し貫かれた傷跡があり、その傷痕は恰もフランシスが両羽を毟られた天使のような姿に見せていた。
「うん? ああ、起きたのかアイナ」
私の視線に気づいたのか。フランシスは振り返った。
身構える。逃げようがないのは知っている。だがこいつは――
(――私を殺そうとしている)
知っているが故に警戒している。
首でも絞められるのか、そう思っていたが予想に反した動きだった。
フランシスは静かにアイナを抱き寄せ、割れ物を扱うかのように抱きしめた。
「はっ、離せッ! むさ苦しいんだよっ!」
「ふっ、はは……ああ、お前だ。お前はこうでねえとな」
訳の分からないことをいうフランシス。その声はなぜか震えていた。
抱きしめられ顔が見えない。私の髪を伝い雫が落ちた。
「お前を感じる。アイナ」
誤字脱字報告。感想、意見、要求などはどんどん受け付けます。