とあるホテル。
厳重に警備されていた筈の一室が血の海に浸っていた。
個人雇用の警備機構員の頭蓋に空いた穴。綺麗に撃ちぬかれ一瞬で絶命していた。
ベットルーム。寝巻き姿のアメリカ人が怯えた表情でベットの側で銃を構えた覆面男に乞う。
「や、やめろッ! 金ならいくらでも払うだか――」
覆面の男は迷い無く引き金を引く。
ズドン。アメリカ人の目が双方あらぬ方を向き、つんのめって倒れた。
白いシーツが赤く染まる。
「花螺李からフラタニティ。外れだ」
街角で鳴った小銃の叫び。
北東区で人気のあるカフェテラスが戦場となっていた。
カウッターをバリケードに立て篭もっている集団はE&S社に雇用された傭兵と、一般社員の一団。なんて事はないただの親睦会に近いものだった。
「ひいッ!!」
声を上げる女性社員。銃の扱い方も拙い、典型的なデスクワーカーだった。
傭兵たちはそれらを護るようにして戦っていた。
このものたちに雇用されているからか? いや、違う。
ここにいるE&S社の関係者すべてが標的になっている。
「なんで! 何で私たちが狙われるの?!」
「そんなの知らねえよッ!」
銃声で掻き消えそうな声を張り上げてそう応じた傭兵。
次の瞬間。弾丸が眉間を貫いた。
ボシュッ、という奇妙な音と共に後頭部から血が溢れでる。前のめりに斃れた傭兵はカウンターに頭を打ち付け、その血を女性社員の顔に浴びせかけた。
青ざめた顔で、手や足、服に染み付いたついさっきまで生きていた傭兵の一部。
ゴトリという音を立て投げ込まれた手榴弾にも気づかず、震えた喉から悲鳴が漏れる瞬間に彼女は閃光に包まれる。
相手はそれを見届け、インカムに話す。
「ムーンドウェラー、標的はいなかった」
「騒がしくなったじゃねえか、この街も」
タカマガハラを一望できるレストランの一角で、黒煙の上がる姿を見たフランシスは楽しげに言う。
眼には偽造ID網膜を嵌め、指紋も、声紋でさえも他者のアンノウンIDを使用しているためにフランシスはタカマガハラという都市から『誰でもなに何者か』に変貌を遂げていた。
いつものようなリクルートスーツではなく、ベージュのスリーピーススーツ。
獣のような男が繊細にフォークとナイフを使いこなし、レアに焼かれたた鴨のステーキを食べていた。上品に食べるその姿は今までの姿とのギャップが在った。
ナイフを置いた彼はグラスを傾けスパークリングワインを飲んだ。
「役員の目星はついたか?」
「いいえ、ここまで大きくなれば護衛もつき探し易くなるでしょう」
頬を吊り上げて笑う。
テーブルの上に置かれた拳銃を手にしたフランシスはレストランを見渡した。
血に満ちる部屋。給仕の人間からシェフ、客からその子供に至るまですべて撃ち殺されている。
死に満ちる空間、すべてフランシスが作り出した光景。共にここを襲撃した「黒の天使」は何もしていなかった。無駄足だった首領は卓に並んだ豪勢な料理をフランシスと共に食べていた。
「アクセス検証終わったか?」
「もうすぐです」
首領の部下の一人が椅子に縛り付けられたビジネススーツの眼球を無理やり開き、顔に固定された機材が生体アクセス器官、眼球を
頬を伝う赤い筋、血涙を流しているのではない。頑なに目を開かなかった為に目蓋を切除したのだ。
ビー、と機械より音が鳴る。適合しなかったのだ。
「駄目か?」
「はい、外れです」
「スー……旨い飯を食えただけでも良しと、できねえか」
窓ガラスに向け発砲した、強化ガラスで35口径などものともしないモノだったが、フランシスが装填している弾丸はサイボーグの皮膚装甲すら撃ち貫く専用の弾丸。
民間に出回っている技術ではこの弾丸は防ぎきれない。いとも容易く撃ち貫く。
ほんの少しだけ酔いが回ったフランシスはふら付いた足取りで役員に近づいた。縛り付けている椅子の背もたれを掴み引き釣る。
「お、おい。どこに連れて行く気だッ!」
「こっちの方向だと撃った窓だよな」
ひび割れた窓ガラスを蹴り割り、椅子を傾けて足を拘束している手錠の鎖を足で止め、不安定な状態でフランシスは役員の顔を覗き込んだ。
ビュービューとなるビル風、髪を揺らし恐怖し歪む役員にフランシスは訊く。
「知るわけねだろうが訊く。
「ひッ……ああ、フッ」
恐怖から荒い息しか出ない様子であった。幾ら問いかけても無駄である。
フランシスが溜め息を吐き、微かな挙動を見せた瞬間、役員は叫んだ。
「人事局、アーデルハイト・レットスターッ!! あと、武装保管局のソラー・テイラーだッ!!」
「ほんとかよ?」
「あの会社で発言権の順位で言うならCEOのエルヴァス=シルキース、その次にレットスター女史と、テラー総務だッ!!」
「その発言権の順位で言ってんのか? 根拠が薄いなあ」
「それだけじゃない。レットスター女史はもともと米連軍部の人間だッ! テラー総務は軍部に多く出資していて今でも米連に顔が利く!!」
「ふーん」
フランシスは嘘っぽく唸り、顎に手を添えて首を捻った。
「わかった。いい話を聞けたよ」
「じゃあ――」
役員が喋り終わる前に銃を抜いたフランシスは足で押さえていた足の手錠の鎖を撃ちぬいた。
支えが失われた不安定な椅子は背よりビルから落ちていく。
下より聞える悲鳴。混沌に転がり落ち始めるタカマガハラ、銃声と欲望と悲鳴と――。
すべてが絡まりあった都市が作るこの風景。歪み、ひずみ、崩れ落ちる世界の中で、一際その美しさを輝かせる『
ジャンキースターに火をつけてその煙を吸い込む。吐き出した糸のように伸びる煙が部屋に揺らめく。昂ぶる気分を落ち着かせ、部屋を見渡した。
また煙を吐き出す。そしてそれが現れた。
視線の先、煙に紛れたそれが視界に忽然と現れた。
「よう、久しく見なかったじゃねえか」
フラタニティたちがその言葉でようやく気づいたようでそれの方を向いた。
褐色の肌の女。
露出狂ではと思うほど肌を晒し恥部を貞操帯で覆っている。疵だらけの体、可愛らしい顔には鬼の口のような面頬を付け長くくすんだ白髪は鈴の髪留めでポニーテールにしていた。肩より羽織る紅玉色の外套の左肩より垂らされた刃物は直刀。そしてその額より伸びた小ぶりな角。
魔族であった。タカマガハラでのさばる魔族とはその本質から違う何か。
言うなれば生まれながらの戦士。狂気的に研ぎ抜かれた刃物そのものだ。
口に咥えるタバコを右手で外す。
フランシスは基本的に『魔』を嫌悪する。『魔』を取り込んだ対魔忍も。
ただ唯一例外を挙げるなら『こいつら』――フラタニティを支援する集団だけ。
「守備は?」
「おかげさまで。資金提供ありがとう、銃も食料も申し分ない」
微かに挑発じみた口調であったがそれは反応しなかった。
無関心な態度にフランシスは鼻を鳴らす。
こいつらはフラタニティの支援者。その中でも最も不気味な連中。
支援する連中は基本的に連絡が取れ、そして目的が違えど利害関係は一致している。
日本系の組織なら択捉の奪還及びタカマガハラの獲得。露帝系ならE&S社の撃退。
――だがこいつらは違う。それら一切が不明。
金が目的でもない。土地が目的でもない、明確な敵がいるわけでもない。
ただ資金を寄越し、
不気味であり意味がわからない。
こいつらは自らを『虐げられし魔族』と呼び讃えていた。魔族のみで構成された宗教集団のようであり指導者、いや開祖とい言えばいいのか、そいつの事を『
「
「信管も揃った。あんたらが押さえた食品加工会社、文房具製造ラインに
話は続かず、女は外に向かい歩き出す。
まるで俺たちは眼中にないといった感じだった。
フランシス自体もこの女を『女』としてみることはこの先きっとないだろう。
肉体関係を持つとしても慰み者としてだろうが。
体は申し分ない、胸もアイナと張り合えるほど豊満なモノをぶら下げている。
素顔は隠されているが恐らく造詣は取れている。
この仕事を終えて娼婦館を営業するのもある意味では楽しくはあるかもしれない。
「そこに至る事はないだろうが……」
そう。
フランシスはそこに辿り着く事がないことが分かる。予感として、直感として。
微かに鼻を啜る。その瞬間に嗅ぎ取る。
何か、油臭い。何か、ゴム臭い。それは高速で近づいてきていた。
弾倉の弾丸を確認し予備のマガジンも確認する。スライドを引きその動作が確実かどうかを確認。
ジャムの気配はない、弾丸は充分。
「逃走経路の守備は整っているよな?」
「もちろんです。地下駐車場に防弾仕様のセダンが待機中です、そちらは囮で――」
「俺がそっちに乗ろう。他のは安全ルートで逃げろ」
「お供します」
「部下はどうすんだよ。首領」
「子守が必要なものはもう居ません。私も含めて」
ニッとフランシスは笑う。
そうだった。この「黒の天使」の首領は俺が今まで
「姉さんはどうすんだい? 安全ルートかい?」
「私も行こう」
「ハッ、頼もしい限りだ」
三人仲良く逃走用の車輌に乗り込み、エンジンを吹かす。
キュルキュルとタイヤが擦れ煙を上げ、地下駐車場から飛び出す。
道路のルールなど何のその、逆走爆音違反行動のオンパレードだった。
ワザと悪目立ちする走行をする事でこの車輌の登録IDを
バックミラーに写る数台列を成して走るバイク集団の影を見た。
「もう来ましたよ。『
「迎撃頼むぜ、黒天使」
バイク集団はその輪郭が視認できる距離まで急速に近づいてくる。
古代の兵士を思わせる合金製鎧に身を包み、片手に携えた
時代錯誤とも思える装備ではあるが、その装備は捷疾鬼をも刺し貫き命を刈り取る最新対魔装備一式。イーグル&サンクチュアリ社の抱える市街警備部隊。
通称『
息のそろった運転で横一列、徐々に鏃陣形に形を変えフランシスたちに迫ってきた。
後部座席で視線を研ぎ澄ませ狙いを定めだす首領。
その両手には白銀のデザートイーグルが鈍くい輝きを放ちその手を飾っていた。
「教官来ますッ!」
叫びと同時にリアガラスがひび割れ、突き破られる。
黒々とした槍が真っ直ぐフロントガラスまで突き、ひび割れのせいで目の前は真っ白に染まった。
拳銃を乱射しガラスを破り視界を確保。その興奮に、その
「臆したか」
「冗談。こんだけトチ狂った状況、楽しいに決まってんだろ」
女は肩に下げる刀を抜き放ち、車扉を切り落とした。
あまりにも振りの少ない剣筋で、只者ではないのは当たり前であるが異者の中でもこれは更に異常。
剣は振り、即ち振り下ろすなどのエネルギーを必要とする。それによって生ずる切断力がその本質であるが、この女はそのエネルギーを発生させていない。
ノーモーションで、しかも剣を抜くには全くに困難な座した姿勢から車扉を両断せしめた。
外に飛び出した女は地面に体を踊らせ、まるで打ち付けられているかのように『
蛇の如く天へ飛び上がった女はその異常な太刀筋を『
槍を引き戻し首元を守るが、その膂力に押し負けバイクの前輪が荒馬の如く暴れ転倒していく。
転倒したバイクを足場に別の『
面を縦に切り落とす一刀。その一戟は例え金剛石でも耐えられるか。
だがその一戟の軌道を変える一刺があった。
他の『
人間の目には捉える事も出来ない攻防。
女は槍と刀の接着を利用、神妙な体重移動で空に止まる。
両者とも怪物。近づく事は出来ない――唯一近づく事が出来るもの。
――弾丸のみ。
44マグナムの雄叫びが両者の剣戟をほんの僅かに遮り、
きっとなにが起こったか理解できていない筈だ。
その弾丸は正面より来たのではなく、後方。――自分たちが走ってきた方向から飛来したのだ。
無論、後方には誰もいない。そして銃声は正面より、フランシスの乗る車両から鳴った。
ならば誰が撃ったか。
――神から離反した天使はその羽を黒く染めた。――
ダン、ダン、ダン。
三度鳴る銃声。それに呼応するように別々の方向から三度銃弾が
フランシスは笑った。あんまりにもこいつは手本通りに再現している。
黒天使の首領はフランシスが育てた《
――最高に出来のいい狼だ――
「あの
「見てえだな。部下も引っ込みだしたぞ」
愉快で仕方がない。
気質的同類はそうそういるモノではない。たが性質的同類は出会い易い。
この首領もそう、フランシスと同じ生まれながらの捕食者なのだ。
車のルーフの着地音が鳴り響きく。魔族の女が助手席に戻ってきた。
「ご健闘ご苦労さん」
「なかなかに骨のある」
無愛想だが、こいつも生物だった。
殺し合いの後の高揚感は隠しきれない。
バックミラーを確認する。
人間と同じ顔、女性である事が確認できた。ただその眼球は大戸色に染まり、よくよく見れば昆虫のような複眼なのだ。直感的に理解できた――あいつ等は米連の人造魔族の失敗作の成れの果てだった。
「最高にイカれてんな。此処も世の中も」
イカれたなかで、さらに銃を持ち骸の上を笑い歩く俺はもっと――
「さあ、騒がしくなるぞ。
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