「あなたから連絡があるとは。この世は不思議な事もあるものだ」
タカマガハラの外縁部。風強く吹き鳴らす音とかすかに木霊する蒸気の漏れる音。
ロングコートをはためかせお気に入りのシガーを吹かす美女。
ミステリアスな雰囲気を纏わせた彼女はグリーカラー業界では名の知れた武器商人。
ヴィクトリア・ザハロフといえばその道の人間は震え上がること必至だろう。
しかし、今回の取引の相手はそれ以上に彼女を震え上がらせる相手だったのだ。常に取引をする更に上の人間の筈なのだが、今回に至っては同じ土俵に乗ってきていた。
粗相があったなら彼女が米連に置いている拠点を土塊に変え、社会的存在を抹消する事する事すら出来うる。そんな相手であった。
「事態が事態だ。ただちに装備と人員への連絡をしろ」
「物を頼む態度ではない」
ヴィクトリアは軽口を叩いて見たが、隣にいる客は鋭い目線で睨みを利かせた。
余りにも鋭い視線に黙るしか方法はなかった。それだけ彼女には権限と地位、そして武力があった。
空気を入れ替えるように質問をしてみる。
「何故偽名を? あなたなら本名でも通るでしょう」
「本名で通るからいけないのだ。私は名前が通り過ぎる」
「ふーん、アーデルハルト・レットスター。ドイツはあなたの祖国の敵でしょう」
「そのくらい名を変えたほうが分かり難いだろう」
ガリッ、と加えていたロリポップを噛み砕き忌々しげに咀嚼していた。
第三帝国の軍服が風に靡き、長髪が風にたなびく、冷たい風にさらされた髪が色身を変えた。
真っ白な白髪だった筈が、色鮮やかなパープルに。特殊な染料が熱に反応しそれによって髪の毛の色が変化したのだ。
アーデルハルト・レットスター――まるで取って着けたような名前である事は自分自身よく理解していた。実際取って着けた名前なのだからそのようになって当たり前だ。
新しいロリポップの包み紙を開きまた咥える。
鋭く、そしてどこか挑発的な眼光が黒々と染まった夜海の彼方を見据えていた。
「装備のほうは拳銃を数丁と一般の衣服、あとタカマガハラへの登昇券の発行っと――これだけのもの、あなたでも用意できるでしょう?」
「言っただろう。私は大っぴらに行動を起こせない。拳銃数丁でも指紋と網膜がとられる、衣服もだ。それに」
「登昇券は更に厳しくですか? 私にはあなたならどうとでも出来る気がしますが」
「生体認証管理の管轄は
「だから私にお鉢が回ってきたわけですか」
ヴィクトリアが今想像している通りだ。基本的に武器商人などに依頼を回すほどのものではない。
赤の他人にでも社内の人間に頼めば出来る。ただ、今回は話が別だ。
まずタカマガハラへの数名登昇することその人員が、すべて軍人だとすれば日本政府が嗅ぎ付けてくるだろう。フラタニティへの対策措置と言えば話は付くが、露帝が黙っていない。
それ故に
今の状態で露帝と衝突する事だけは避けなければ成らない。
僅かなに焦りがあった。
ここ数日、頻繁に起こっているE&S社役員連続襲撃事件。まるで何かを探しているかのような動きだ。そして襲撃事件に呼応するように起こっている『
環境省の人間たちは単なるイタズラと笑っているが、
「人員の連絡はこちらで、名前のほうは後日窺います。今聞くのは人数」
「2人だ。これ以上は怪しまれる」
必要事項を伝える。すべて聞き終わったヴィクトリアは目を細めて聞いてくる。
「にしても、この件に関してやけに執心ですね」
「……愚な弟子の火消しだ。仮にも一世紀生きてきたのだ、自分のケツの拭き方は弁えている」
明るく凄然と輝く街に踵を返す。
地獄の釜はまだ開いていない、これからだ。
誰もが泣き出したくなる、無残で、悲惨で、取り返しの付かない残酷がこれから開く。
ヴィクトリアはその後姿を見ては吐き捨てるように小声で言った。
「あなたならそうでしょう、
肩より提げたホルスターに感じる重み。久しぶりに感じる実包の装填された拳銃の重みだった。
南西部を走るワイレンドのセダン。その後部座席でアイナは運転席を見た。
僅かにワックスで固められたダックテイル。片手運転で、左腕は運転席の下で銃のグリップを弄っていた。まるで自分のモノを弄るかのような手付きで優しく、そして激しい手付きだった。
「高揚するだろアイナ。この感じだ、狼たちが群れるこの感じ」
「お前はもう、狼じゃない」
「そう言うな。楽しい楽しい狩りの時間だぜ?」
高揚したようにフランシスはそういった。
監禁されて約一ヶ月目にしてアイナは初めてタカマガハラの地を踏みしめていた。
踏みしめると言っても車内だが、長い監禁生活から解放され僅かながら開放感のようなものを感じていた。開放感はあるが、しかしながら今だこの身は拘束状態にある。
首に付いたチョーカー。米連が採用していた旧式の高官用の捕虜拘束具だ。
ノックアウトチョーカーという。敵対的な思考を脳波を通じて検出し、思考した瞬間に電気的に
そしてこのチョーカーの設計図が裏に流出し、こうした用途で使われるようになっている。
こうまでわざわざアイナを連れ出す必要性がフランシスにはあるのか。
「なんで俺を連れ出した」
「気まぐれだ。仕事に付き合わせるのも良し、このままホテルに連れ込むも良し。オレの好きなようにお前を使う」
「お前を
「それを考えた瞬間にお前は
見透かしたような薄ら笑いでアイナを横目で見る。
撃てるもんなら撃ってみろ、チョーカーなしでも返り討ちだ――眼ではそう語たっていた。
無論そんな無謀をやらかすほどアイナはそこまで馬鹿ではない。
無造作にタッパーに詰められている9ミリ。投げて渡されカートリッジに装填していく。
「仕事ってどんな事すんだよ」
「何だ存外やるきじゃねえか。オーケー」
フランシスはにやりと笑い
「と言ってもな今日の予定は荷物の受け渡しだけなんだ」
「荷物だあ?」
フランシスは三十センチほどの小箱を見せた。緑の包装で物のサイズからしてもそこまでのものも入っていないはずだった。
目を細めてアイナは聞く。
「中身は?」
「知らないほうが身のためだ。まあ、持ってみての、振ってみて中身は想像しろ」
そういったフランシスは荷物を私に渡してきた。
これほど訝しいものもない。アイナは物を軽く振る。中からはカラカラとくプラスチックがぶつかる様な音が聞えた。そしてほんの少しだけずっしりとしている。
「ろくでもない」
「カラーギャングに当てられた半グレアナキズム集団だ。金のためなら薬にもチャカの取引の元受にもなるクズ共さ」
「その首魁だろ。お前は」
「おいおい、勘違いするなよ。俺はあそこじゃあそこそこ食い込んでるが、所詮末端なんだぜ? 多少人間扱える権利を持った斬り捨て要因だよ」
「その言い方、フラタニティには大本が存在しているみたいな言い方だ」
「はっ、いい加減イーグル&サンクチュアリも気づいているんだろ? 小さな小集団からなる共通の意識を持って出来た複数体連合組織、それが『
二十分ほど車を走らせ南東部の繁華街のパーキングに駐車した。
明るい街頭に照らされた街並み、人々の活気と浮かれた足取りは夜の怪しさを打ち消し、さらなる懐疑を浮き彫りにさせた。人々の欲望が水の上に浮いた油の様に、表層にすべての醜いものとなりこの歪んだ都市を生み出していた。
銃弾と刀剣と、血と酒と、薬と狂気と。
あまりにも人の醜い部分を濃縮したこの繁華街に常識は余り通用しない。
キャッチの人間は隙あれば懐の財布を狙い。路地裏には筋肉弛緩剤で伸びだぼられた客。平然とベルトに銃をぶら下げた人間たちが行き交い、アウトローの街だとより深く理解できた。
後ろについて歩く私はこの先何をするのか一切聞かされていなかった。荷物を運ぶと言ったってどこに運べばいいのかも聞いていない。
私はただ着いていき、ほんの少しだけ人通りの少ない路地に入った。
どこにでもある自動販売機の下に荷物を隠し込んだ。足早にその場を離れるフランシス。
「簡単な仕事だろ? まあこいつは末端過ぎる仕事だけどな」
「こんな……もん、か? 拍子抜けだな」
電話に出たのは女性で、本当に受付対応しか返してこなかった。
ある程度話したところでフランシスはハンドサインで合図してきた。この会話をよく覚えておけと。
「番号の確認を願う」
『――番号の提示を願います』
「――888018」
『確認しました。電話をお繋ぎします』
そういうやり取りで電話が別の者にと繋がれた。
「もう着てるか? ああ、なら向かう」
魔族が営業するナイトパーに入ったフランシスは店員の魔族に挨拶をする。
ベルベットと呼ばれたバーテンは優しく微笑み手を振った。
カウッターに座った男の隣りに座ったフランシスは手招きし隣に座るようにと合図した。
「アイナ、お前には多少の間こいつの下に付いてもらう」
「……誰だ?」
黒のスーツの男。オールバックでスプレーやポマードなどでまるでプラスチックのようになった髪が特徴な男だった。その目つきは獰猛な狂犬――同じ
「『黒の天使』の首領、名前は……なんつったけ?」
「明日葉です。――どうも、ウィンチェスターさん。お噂はかねがね」
「てめえ、
「教官殿には、大変強力な力、
フランシスの狂気の賜物。この世に放たれた狂犬から産まれた更なる狂犬。
人々を守るために培われた技が、ただの人殺しの技に成り下がっている象徴だった。
「黒の天使? えらく気取った名前だ」
「通り名でございますので」
アイナの皮肉もまるで意に介さず軽く流される。
バーテンが気を利かせたのかロゼワインが勝手に出てきた。グラスの内肌を炭酸が舐め上がり。ぱちぱちと炭酸の弾ける音が耳に届いた。
「落ち着けよアイナ。ブラックアウトされたくないだろ」
リモコンをひらひらさせ意思決定を剥奪していく。
「アイナ、お前を明日葉に合わせたのはちゃんとした理由があるんだぜ?」
「ろくでもない理由だ」
「間違いねえがな。そのろくでもない理由は俺たちの決着を華々しくさせる舞台準備でもある」
フランシスは電気ブランを頼み、笑う。
己の銃を抜く彼の動作は余りにも自然で警戒する余地も生まれなかった。
その自然な動作に、ようやく警戒する事を思い出すが、フランシスは銃を置いた。
「俺は少し休憩だ。お前が俺の代わりやりなアイナ」
新年明けました。
私は毎年言っていますがこの言葉を送ります。
お怨み申し上げます。
年なんて開けなければいいのに。
まあ、そういいますが今年も今年でやっていきます。
新年一発目の投稿。皆様の楽しみの一つになることを願います。