「いい指、綺麗で靭やかないい指だ。欲しいなあ、欲しいッ!」
腕を握られ身動きの一つも取れないアイナは敵を睨むしかなかった。
敵の通り名は「フィンガーフェミニスト」。
名前の通り女性の指にたいして異常な好意を覚えている異常者だった。
その身に纏う装飾品のすべてが生きた人間から切り取った「指」で出来ていた。
イヤリングからアームバンド、ブローチに至るまですべてに指が使われていた。
「いいなあ、この指。僕の指と取り替えてもいい。ねえ、僕の指と取替えっこしよう?」
「――っ」
血走った眼で恍惚な表情を浮かべたフィンガーはアイナの指を舐める。
赤黒いざらざらとした舌で、その狂気に満ちたフェチズムで――
「治安維持。テロリストがか?」
フランシス宅の一室。余りにも広すぎる一室はスポーツマシンが幾台も鎮座し、数少ない利用二人がランニングマシーンを二つ並んで使っていた。
左にフランシス、右にアイナだった。
走った距離はちょうど二キロを過ぎた頃ぐらいで、そろそろエンジンが掛かりだした頃合だった。
そんな頃にフランシスはアイナに任せた仕事を話し出した。
「テロリスト――E&S社の認識じゃあそうだろうがな。フラタニティの認識じゃあ自分らは
「テロ紛いの混乱を起こす連中が? 笑い話だ」
「歴史を垣間見ても。過激化して私刑を行っちまう
「クソ見てえな話だ」
「そうでもないぜ。実質、フラタニティが治安維持行為をもししてなかったらそれこそ南西部は地獄になってただろうよ」
「…………」
過激化した
哀れめばいいのか、厭えばいいのか、どちらにしろそこに集った人間たちは時代に恵まれず、その能力を正しく使えなかった間違った人間だ。
アイナは何も思わない。自分自身も正しいと思わないし、悪いとも思わない。
敵とされた人間を私はただ撃つだけ、善し悪しを決めるのは私ではなく、私の雇用主だ。
そして今私の雇用主としての立場にあるのは、口惜しいかなフラタニティだ。
コンコンコン。
三度のノック、開けっ放しのドアを叩く男。
『黒い天使』首領、明日葉だった。
「失礼。お話中でしたか?」
「いいや構わん。掛けろよ、突っ立ってんのも疲れるだろ」
「では失礼して」
ベンチに腰を掛けた明日葉は、見た目からは反するほどに他人行儀で律儀な態度で好感が持てる。
ただこいつがフラタニティの一組織人でなければの話だが。
「ウィンチェスターさんの仕事の振り分けなんですが」
「なんだ、何か問題があったか?」
「安全策で『運び』でいこうかと考えたのですがやはり元E&S社の人間に荷物を持たせるというのは、人間より苦言を呈され――」
「信用ならんだろ。そこは想定済みだ、みんな芋ズルでやられたくないからな。だからこいつは治安維持に回す」
「治安維持ですか?」
「そっちの方が信用もできる。命を顧みない狂犬。ついこの間一人殺されていたろ? その補填にもなる」
フランシスはアイナの能力を買っているように見える。
しかしアイナ自身はその真逆で過小評価している。すべて運で為しえた功績。
『
明日葉は僅かに唸り思考をまとめた。そして口を開く。
「治安警備なら、立場も鑑み。かなりハードなものになってくると思われます」
「『虱潰し』しかないだろうな」
「しかも特大のものに」
話の流れが不穏なものになりだしたことはアイナでもすぐに理解でき割って入る。
「どういうことだ? 『虱潰し』?」
明日葉が口を開き説明を始めた。
「この先、我々の目指す理想の日本国に不必要な人間を『殺す』仕事です」
「要は暗殺か」
「端的にいえばそうですがウィンチェスターさんの場合、こちらの人間を多く暗殺しすぎている。信用の値も既にマイナスから始まっている。そこがフランシス教官の苦悩されている点です」
「それが何か悪いのかよ。指示通りぶっ殺せばいい話だろ」
「だから、マイナスからのスタート。指示通り殺したところで貴女にたいする恨みは晴れない可能性があるのです」
明日葉は組織の理念からその考え、思想を話す。
「フラタニティは反政府を謳うアナキストですが、理想の暁には日本を政府に立てると公約してます。そのためにどこまでも落ちていった群集団。ヤクザとも違い、堅気の人々にも容易に手を出せる。そのために信頼関係というものが一番重要視され仲間内でのミスなどはみなで補填しあうのが例としてある。裏切り者には死よりも重い罰をと、ウィンチェスターさんそんな人間を多く暗殺してきた。あなたを庇った教官は現在かなり不味い立場にあるのですよ」
「は?」
フランシスを見た。
面白うそうにくすくすと笑ったフランシス、私にも見えるように左手を見せてきた。
「!?」
なかった。そこに生えていたであろう爪がごっそり無くなっていた。
「あなたを庇ったオトシマエです。組織の重鎮たちの前で五指の生爪を剥いで見せたのです」
痛々しく赤みを帯びた指先。外部に晒されることのない肉面はうぶな紅色を見せつけ凝固した血の滓が微かにこびり付いていた。その手を見てどれだけの痛みがあったことかを想像する事は容易でフランシスが私に銃を渡した理由でもあった。
「お前の、私は代わりってことか……」
「しっかり働いてくれ」
夜も深まり十二時の夜。
南西部の如何わしく煌びやかな闇がその光を強めていく。
ホルスターに実包いりの銃を差し、明日葉の後に続く。
人間と魔族の交じり合う異形の街並み。違法都市ならではの光景であり、ありえてはいけない光景だった。
猥雑とした街並みはトタンで作った掘っ建て小屋もあれば鉄筋コンクリートのしっかりしたものもある。すべて違法建築の元で無計画に建築されたものだ。故に南西部は巨大な迷路と相違ない。
そんな道を明日葉は迷い無く歩いていく。
目的地はあるようだったが、アイナは聞かされておらずただついて行った。
ビルの隙間を縫うように狭苦しい路地を抜けていく。抜けた先は見慣れた異常より更に歪んだ異常があった。
「なんだこれ……」
人体が売られていた。しかもすべてパーツごとに解体された『生きた』パーツが。
「人体市を見るのははじめてですか?」
「話だけは聞いた事ある。売り飛ばされた人間の行き着く先立って」
「そう、ここがその先です。名前も表に出る事のない解体された人間の末路です」
多くの魔族や人間が市で人体のパーツを買っていく。
ある店では片足のない人間が見せの店主に相談し、足を買っていた。恐らく移植の為だ。
別の店ではオークが胴体丸ごと買っている。手に持っている荷物から見れば『食べる』為である事は容易に想像がついた。
他の店では、人間でありながら化け物に成り果てた奴が人体を買っていた。片腕に満遍なく移植された『口』そのすべてに口紅が塗られ白い歯が言葉無くパクパクと動いている。
吐き気しか催さない。きっとここで買った人体を移植し続けた結果だ。
ここにいるすべての人間が、『表に出る事のない人間』の体を必要として足を運んでいる。
そこが闇の淵出る事を知りながら。
こみ上がる吐き気を押さえ、明日葉についていく。
「何の用事でここに来た。暗殺だろ目的は」
「ええ、対象の情報収集です。何ごとも第一ステップはここからです」
「聞き込みでもする気か?」
「その通りですよ」
明日葉は
「対象は芦名神功。通り名を『フィンガーフェミニスト』。もともと我々の側で活動していた指切り人です」
「仲間内の粛清か」
「ええ。彼の暴走でE&S社に幾人か、彼の異常なフェチの影響で」
「フェチ?」
アイナは聞き返した。フェチによる暴走?。
「彼は指にたいして異常な執着心を持っていました。我々も側で働いていたときはオトシマエ係としてミスをした人間の指を幾つも切り落としていました。その執着心に我々は枷を嵌めていたのですが暴走。単独で北東部で無差別指切り事件を起こしたのです。その影響かこちらに警備局の人間が幾人か入り仲間が逮捕に」
「その報復か」
「ええ。先程も言ったように彼は極度の指フェチ。今もどこかで指を切り続けてます」
「人体市はそのために来たのか」
「指は一本十万で売れますからね。好まない指は芦名は売って金にする筈です」
明日葉はいくつかの店を回り、幾つも指を見ていく。
黒人の指もあれば、白人のものもある。人種も性別も年齢も関係なくあらゆる指があった。
そしてそれを扱う店主たちは口を揃えて言う。
――最近、良質ないい指が市場に出回っている――
切りたてほやほやの新しい指。それが幾つも出回っているという事はそれだけ指が切られているという事。その流れを辿れば、芦名「フィンガーフェミニスト」の足取りも辿れるかもしれない。
ただアイナも明日葉も、気づきだしていた。
「なあ」
「何ですかウィンチェスターさん?」
「気づいているか」
「女性の指が明らかに少ない事ですか?」
そう、女性の指が明らかに少なかった。
市場にある指はどれも男のものばかり。余りにも少なすぎる為に店主も困っているかと思っていたが、その逆で嬉しがっている。『顧客が増えたと』
深く考える。
――女の指ばかりかっている奴がいる。
そんなに指を買う金、どこから発生している。
フラタニティもそこまで馬鹿ではない。闇の金の流れぐらい把握している。そして大きく動いた闇金が動いてないことも把握していた。という事は個人で稼ぎ、把握される前に消費しているという事だ。
「芦名は積極的に女の指を収集しているのか」
「その可能性がありますね――少々動きを変えてみますか」
疼く心。心のどこかで早く銃を握りたいと考えていた。
久しぶりの殺し。猟犬の血が騒いだ。
「芦名、てめえ! こんなことしてぇ――!」
「いたいねぇいたいねぇ。血を流すって痛いねえ」
薄暗い照明で照らされた部屋でフラタニティの戦闘員の男が呻いていた。
男は苦しげな声を上げた。当然であり、男の足首より下は切り落とされていたのだから。
とめどなく溢れる血は床を汚し、カーペットに染み渡る。
染み渡るカーペットはもとより赤茶色の色をしており、幾人もの血を吸って毛は硬く凝固していた。
苦しみ男の両腕は梱包機のような機械に固定されその両手の指は動かないように固定されていた。
「さあさあ、いくよいくよ」
ワクワクした声で急かしたてた男がいた。
アロハシャツの童顔の青年。悪意の一つすら見当たらない笑顔が特徴だった。
この青年が芦名。フィンガーフェミニストと呼ばれる狂人だった。
ぴくぴくと動く指のイアリングを弄くり、震える手でボタンを弾く。
ピシンッ、と鋭い音と共に機械から高速で落ちるピアノ線があった。
芦名が自作した一瞬で指を刎ねる機械だった。効率的にボタン一つで済む狂気の機械だ。
固定された男の左小指の第一関節が瞬時にして切り飛ばされた。
「グアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
「嗚呼、いい指。本当に指はきれいだ。特に小指!」
斬り飛ばした男の小指を小瓶に入った指を漬け嬉しげに眺めた。
「ああ、クソ。俺の指……このイカれ野郎……」
「イカれ? なにがイカれているの? え、なにが?」
芦名の顔は本当に意味がわかっていないようであった。そしてその狂気は徐々に増す。
「僕がイカれてる? 指が好きなだけで? ねえ? おかしくない? 何で君たちは指が好きじゃないの。おかしいでしょ、こんなに綺麗で可愛いのに? 何でわからないの――僕からしたらこれがわからない君たちのほうがイカれているよッ!」
力強くボタンを弾いた芦名。
機械のピアノ線が左手の指を間接ごとにすべて切り落とした。
男が絶叫し、部屋に声が反響する。
指の一つを掴み芦名は目の前で転がして見せる。
「ねえ、可愛いでしょ? 指?」
なににも影響されない狂気。その目は今にも反対側の指を切り落としかねなかった。
震えた声で答えた。
「ああ…、ああ、可愛い。可愛いよ指」
口をぽかんと開けたままやや間を開けて言った。
「――違う。本当に可愛いと思うなら最初から自分の指を可愛いって言う筈だ。だからそれは嘘」
ピアノ線が落ち、右手の指が体から離れていく。
もはや痛みも感じず、絶望が心を支配した。――こいつはほんとに狂っている。
首に伸びる指向性高分子ワイヤーがあることも知らず、首を切り落とされる。
芦名は両手に指を握り、恍惚とした表情を浮かべ天井に向かい叫んだ。
「アイ・ラブ・フィンーガーッ!!」
指切り場に狂気の声が響き渡る。怪物の咆哮が。
誤字脱字報告。感想、意見、要求などはどんどん受け付けます。