「ヒデぇ臭いだ。どんだけ切り刻んでんだ」
「十数人、数百かもしれませんね」
雑居ビルの地下。その一室に広がる壁一面、天上一面を真っ赤に染め上げられた部屋。
その一角に無造作に積み上げられたパーツ。人体の一部。
四等分に切られた胴体、関節ごとに分けられた手足。恐怖で歪んだ頭はピラミットの如く綺麗に積み上げられていた。その光景はまさに『狂っている』の一言だった。
まだ乾ききっていない血溜まりに足をとられながらアイナ部屋を見渡した。
明滅を繰り返す蛍光灯が目に悪く、家具類は部屋に転がる遺体と同様に切断され転がっていた。
「E&Sに見つからずにどうやってこんな人数集めやがった」
「不法居住者でしょう。ハゲタカにとって彼らはモザイクを掛けたい存在に変わりません」
明日葉は少々苛立ったように親指の爪を噛みながら遺体の一つ一つを仕分けていく。
死体を見慣れている。アイナが思った感想だった。
チンピラの端くれでも一端に組の一つを背負って立つ男なのだから当然と言えるが、平和主義の日本人にしては余りにも死への考えが兵士のそれと変わりなかった。
「ッチ、胸糞悪い。どれも『指』がなくなってやがる」
「芦名がコレクションしたのでしょう。今頃は人体市の店頭に並んでいる頃合でしょう」
「そのクレイジー野郎。何でそんなに『指』に拘ってんだ。フェチにしても度が過ぎてやがる」
「脅迫概念のようなものでしょう。あれは昔、オトシマエで小指を失ってます」
フラタニティは真っ当でないのは重々承知している。日本のマフィア『ヤクザ』に通ずるものと捉えていたが、そこまで形式張っているとは笑いも出やしない。
挙句、この様なことをしでかす『化け物』を生み出してしまう辺り、大層なことを掲げる割には底が見える。
「ところでよう? その芦名ってのはどうやってこれを切断しまくってんだ」
「それは私も前々から疑問にお持ってました。こちら側に所属していた頃は専用の『指切り機』で指をはじいていましたから、ですがこれは大型の機械で持ち運びが効かない。となれば全くの別の切断機と言う事になります」
「家具の切断面を見る限り相当切れ味のいい刃物って事だな。これ見ろ」
アイナがテーブルの足を指刺した。
明日葉はペンライトを点け、照らして見た。
「金属製のテーブルの足をこうも綺麗に……」
「そこじゃねえ。この断面、少し波打ってんだろ」
「ええ、……ええ確かに」
「ノコギリ見てえな刃物ってこった。それに加えて普通ノコギリ刃でここまで綺麗に切れねえ」
「と言うと?」
「軍事用規格兵器にこの手の兵器がある。兵器カタログで見たことがある、名前はジャック・ドゥ。マイクロワーム式連結切断機、米連製の特殊隠密戦の兵装だ」
「米連製……まさかッ」
「この界隈でジャック・ドゥを扱っているのはE&Sだけ。高確率で芦名ってイカレ野郎。E&Sに寝返ってんな」
しかしアイナは納得がいかなかった。
寝返るにしても、イーグル&サンクチュアリはそこまで寛容ではない。
問答無用の記憶のメモリー化を行い永遠にシャバに出てこれないような年月の懲役刑を食らっているはずだ。それがE&Sの流儀であり、寝返った敵対者の報復だ。
(上級役員か? 個人雇用? いや……それにしてもあんまりに乱暴なやりかただな……)
上級役員ならばフラタニティ程度のチンピラを懐柔できる財力と権力を持っている。
だが、その立場まで上り詰めた役員ならチンピラに身辺を守らせたり内部をかき乱す事をする事のほうがありえない。身辺を守らせるなら力量のあるシークレットサービスや、傭兵。組織内部を破壊するならちょう報員を雇うだろう。
よりにもよって何故フラタニティの懲罰員などを。
いや、これはただの空想に近い妄想だ。E&Sが実際に拘っているのかも怪しい。
ジャック・ドゥを強奪した可能性もある。
「となれば、芦名の居所はわれましたね。少々やっかいな場所を寝城にしてますが」
「そうでもない……」
アイナの言葉に明日葉の瞳は鋭さを得る。
「というと」
「芦名はどれだけ行こうともフラタニティの構成員。E&S社に寝返ったとこで出身が出身だ。芦名の飼い主も近くに置くことを避けるだろう」
「どうして? 体のいい駒ですよ?」
「考えても見ろ、表立ってマフィアと酒酌み交わす政治家はいるか? スキャンダルだろ?」
「……」
「直接会う事はなく、メッセージだけを送って邪魔なやつを殺す。ようは暗殺者だ。無論そんな事をするのは金で真実を握りつぶせる奴だけ……」
「では上級役員と芦名が繋がっていると」
「かもしれねえ。だが何のためにかだよな」
何のメリットがあってそんな事をするのか。
スキャンダル覚悟で芦名を飼う理由が見当たらない。
闇の人間を表社会に歩かせるだけの財力と権力を持った人間。
このタカマガハラにしかもE&S社にそれを行える人間は三人しかいない。
人事課のアーデルハイト・レットスターとCEOのエルヴァス=シルキースそして。
「テラー総務か……」
アイナは通信端末をタップしくそ忌々しい名前にコールした。
すぐにそいつはでる。軽口を叩きながら。
『ハロー。愛しの
「黙れフランシス。手を貸せ」
『おいおい、オレは今動けねえていったろ。その代役がお前なのに』
「芦名の飼い主を襲う、その人間が必要だ」
『――ほう?』
フランシスは少しは興味を示したようで軽い口調が落ち着き。
静かにそして重みのある声に変わった。
刺々しくそして荒々しい、だがその表面は一切波立っていない声に往年のフランシスを思い出させた。
「隠密兵装、ジャック・ドゥ。覚えてるか?」
『なんだったかな? ジョン・ドゥならたくさん作ったがな』
「鉄分子構成のマイクロワームを連結させる切断機だよ。隠密部隊御用達の武器だ」
『ああ、あったなそんなの。確か生産元はダーパだったろ』
「そうだよ、高価玩具だ。――芦名は多分それを使ってる」
端末越しにフランシスの笑い声が木霊した。
察しのいい狼たちはその鋭い嗅覚と直感に導かれ獲物の首元へ牙を突き立たせた。
『ハゲタカ絡みか、それでオレに泣き付いてなにをしたい』
「俺は下手にE&Sに手は出せねぇ。芦名はぶっ殺せても、あそこの役員まではお前らの領分だ」
『――その口ぶりだと検討はついてんのか?』
「ああ」
アイナはその名前を言った。
「武器の供給源はソラー・テイラー。武装管理保管局の総務だ」
奔走、奔走、果てのない奔走。
タカマガハラを駆けずり回り、へロイン漬けのE&S武器登昇検査官に五キロのヘロインを渡して、ようやく辿り着いたのはタカマガハラの倉庫街。
芦名とジョン・ドゥの足取りはここでぷっつりと途絶えていた。
指フェチの
己の指を求め、己の指を切ったもの達を求め、他者の指でそれを代用し次第にそれは歪んで指に性的興奮を覚える変質者となった。
自己補完の果てに辿り着いた究極の自己愛。
他者を取り込み、他者の
狂ってる。誰がどう見たって狂ってる。
怪物と同じ感性を持った螺子の外れた奴は、同じ狢の螺子の外れた奴が相手をしないといけない。
人間は常に孤独。凡人でも天才でも異常者でもそこだけは変わる事はない。
自分を理解できるのは自分だけ。自分が分からないといってる奴は自分を見ることに蓋をして無知を演じているだけだ。
他人を理解できる者は居らず、信じられるのは自分自身。
狼は餌を得るために徒党を組むが、結局のとこ群れで行動したほうが効率がいいだけでアイナも明日葉も腹の底では誰も彼もが化け物に見えて仕方がない。
あいつは化け物だ。こいつは化け物だ。
そうやって疑心暗鬼に陥った結果に縋り付いた
銃こそ正義。弾丸こそ心の底に小汚くへばり付いた不安感を消し去る薬だ。
「倉庫街のE&S管理区域、兵器保管検査出荷場。そこにジャック・ドゥが納品される筈だ」
「よく底までご存知ですね」
「あそこは正規ルートの弾薬も取り扱ってる。E&Sに所属してんなら一度は足を運ぶとこだよ」
暗い夜の中を歩く二人。街灯が照らし出す道を歩くが、この暗さは夜だからと説明するには暗すぎる。
それもそうで、ここ倉庫街は数え切れないくらいのコンテナが山積になっておりほんの貸すかな日光も遮り、北方の寒さを一身に吸い取ったコンテナが冷気を垂れ流してる。
このコンテナを運んでいるのは米連製の大型輸送ヘリ。本来は大型爆弾の輸送などに使われている、
大型輸送ヘリが何度も行き来をしている倉庫街は発着場以外は存外静かだ。コンテナの障壁は万里の長城も越える堅牢さだろう。
黒いロングコートのポケットに腕を突っ込んでいる明日葉。警戒心丸出しであった。
「シャンと歩けよ」
「敵陣のど真ん中となると少し警戒をしてしまいます」
「あそこは発着場と検査担当官の詰め所以外は案外警備がザルなんだ。皆が皆ここに入ってくる物だけに警戒してそれを置いておく場所になんて興味も示さない」
興味のあるものしか見ない。興味のあるものしか聞かない。そして話さない。
人間なんてそうんなものだ。己の興味のあるものしか関心を示さない。
それが人間。当たり前だすべてを知って、すべてに興味を示すなど全能を気取った物好きか、神様だ。
E&S納品区域に到着したアイナたちはホルスターの留めを外した。
「我々でもノーチェックで入れるとは初知りです」
「ノーチェックって訳じゃねえがな。街頭スキャナーにはバッチリだ。だがそこまでだ」
ジャンキースターに火を灯し煙を肺に満たす。
紫煙を口より漏らす。白色の煙は夜の黒に吸収されどこぞへと霧散していく。
「E&Sの横流し左遷組のいい稼ぎ場だ。組織ってのは大きくなればなるほど誰かが楽しようとする、ここがその楽をする場所の典型って場所であって、社内でも案外あるもんだ」
大きな場所ほど暗いところは出来やすい。物理的な意味ではなく。
「ここは一組で探すには大きすぎる。手分けしねえか?」
「ですが……」
「逃げねえよ。大体このチョーカーGPSも兼ねてんだろ? 逃げたと思ったら
「了解しました」
体よく明日葉と離れたアイナはコンテナの森を一人で歩いていった。
夜へと変わった世界はアイナの感覚を鋭くさせる。肌が風を感じる、鼻が匂いを捉える、舌が風の味を帯びた。
戦場とは違うが、ここは死と隣り合わせの場所とそう変わらない場所である事はよくわかる。
暗い闇の底、遠くでクレーンの稼動音やヘリの離着陸の音が聞える。
それと同時に聞える、滴る水音。微かに風に乗って香るねっとりとした鉄の香り。
奥へ、奥へ、鉄の扉のさらに奥へ。
暗がりのそこでようやく見つけた
「えらくご機嫌に『指』を集め回ってんな。芦名」
「その声、知らないな。フラタニティの人でもないし、E&Sでもない」
足元に散らばるそれを蹴っ飛ばし芦名はくるりとこちらを向いた。
「だーれだ」
『指』、それがアイナの感じた芦名の第一印象だった。
イヤリング、ブレスレット、ネックレス。
ありとあらゆる装飾品に飾り付けられた『指』。それが一つ一つ『動いていた』。
「だれ? お姉さん。今新鮮な指を摘んでる最中なんだけど」
「イカれやろう。人間の指は手足合わせて十本って相場は決まってんだよ」
あちこち血が撒き散らかされているのに芦名は靴底しか汚していなかった。
それもそうだ。ジョン・ドゥは、ニコラスが開発したマイクロワーム式連結切断機なのだから。
爪と指の間に五ミリほどの制御盤を埋め込み、爪に穴を開けそこにマイクロワームを連結させ操作する。
腰に巻いたウエストポーチはマイクロワームの噴霧器だろう。
引き金を引き、鉄の礫を見舞う。
煌びやかなマズルフラッシュ。芦名の顔を鮮明に映し出し、さらにはその閃光によりマイクロワームの結合の瞬間までしっかりと見えた。
空中で弾丸は二等分に切り裂かれ、コンテナに跳弾する。
「わーお、こんどは女ガンマン。なんてこったい。ものすごい美人だ」
「さっさっと死んでろ。クソ野朗」
遠慮はもう要らない。する気もない。
ホルスターから二挺の拳銃を引き抜き、芦名目掛けて連射。
腕に伝わる振動、
久しく感じていない感覚だったが、慣れ親しんだ感覚だ。
「無駄だって」
空中に散布されたマイクロワームは半自立的行動プログラムによって、芦名を守るように勝手に転結し弾丸を切断する。
「お姉さんいいね。その肌、その指。……ほしい」
不意に腕が天に引っ張られ、体中のあちこちがハムを縛り上げる糸のように体中に糸が巻かれた感覚が襲う。
「お姉さんも無用心。ぼくを追ってきてんだからぼくの歩いた道にはマイクロワームは撒いてるよ」
不覚。いや、こいつ常識はずれだ。
マイクロワームは高価な消耗品だ。普通なら
だが芦名は贅沢にも、マイクロワームをそこらへんに撒きまくっているのだ。
アイナの服に付着したマイクロワームが制御盤に反応し、アイナを拘束したのだ。
「ああ、いい。すごくいい、この指貰っていい?」
チロチロとアイナの指を舐める。その笑顔に正気なんてものは端からなかった。
誤字脱字報告。感想、意見、要求などはどんどん受け付けます。