肌に食い込む高分子ワイヤーの感触。紐で縛られた肉の感想が言えそうなほど
芦名は意図的に切断力を極限にまで落としている。そしてその本人といえば恍惚とした表情を浮かべて吊り上げたアイナの指を舐め上げた。
嬲り殺す気でいる。そう一目で分かるような表情で赤黒い舌がアイナの指の隙間に滑り込み隅々まで舐める。
「ファックッ!! このクソサド野郎……ッ!!」
「サド? 僕が? まさか、僕は救い主だよ! 肉体という頚木から指を解放する救世主だ!!」
芦名にどれだけ罵声や正論を垂れたところで返ってくる答えは自己正当化した言葉だけだ。
こいつは獣だ。ただの獣じゃぁない──死に物狂いの強力な牙を携えた獣だ。
指の弾力を確かめるかのように第三関節を甘噛みする芦名の股間はすでにいきり立っていた。
狂っている。イかれている。どうしようもないクソ野郎だった。
この腕がまともに動けばこいつの眉間に穴を開けて目の玉が一つになるようにしたのだが、今現在アイナは芦名の操る高分子ワイヤーの餌食だ。
まるで蜘蛛の巣だ。獲物を絡め取ってじっくりと食い殺す蜘蛛のそれだった。
(くっ……引き金をワイヤーで……)
ワイヤーでトリガーとトリガーガードを括り付けて引き金を引けない状態にされている。
身動き一つも、満足に銃を撃つことも出来ない。
このままワイヤーの結合弛緩の時間まで耐えるか? 。
ジャック・ドゥの高分子ワイヤーの結合最大時間は長くて三十分。それ以上はマイクロワームの磁気連結器が芦名の爪と指の間にインプラントした制御盤の電圧に耐えられず焼き切れてる。
焼ききれるが、こいつはそれまで待つことはないだろう。
「ああ、どうしよう。迷う、迷うなぁ!! この中指、
体にキツク絡み付くジャック・ドゥの感触はまさに死神が全身を撫で上げている様な、冷たく凍てついた指先のような感触だった。自然と体が強張り、この感触に抵抗しようと筋肉が押し返していた。
その体の反応に芦名は聡く見透かして言った。
「心配しなくてもいい。切り落とされた後の指のことが心配なのはよく分かる。大丈夫!! 生体代謝維持装置が僕の家にある。切り落として三時間以内に接続したら、スクスクと成長するよ。爪も伸びるし垢も出る。愛らしくぴくぴく動く姿を見るたびに君の今の姿を思い出すよ!!」
うっとりとした顔で指を動かす。
両手を挙げ、手をアイナの顔をさする芦名。その指の爪の中には直径五センチにも満たない円盤状のジャック・ドゥの制御盤が透けて見えていた。
爪に開いた小さな穴から微かに光を反射させている糸が見えた。
さらに筋肉が強張ってしまう。──ワームを連結させやがった。
芦名はもういついつでもアイナを切り刻める状態にあった。何かもったいぶったようにアイナの体を入念に調べ続ける姿に怖気すら感じた。
「決めた、決めたよオオオッ!! 全部だ。全部貰っちゃうのさああ嗚呼アアアッ!!」
全力で振り上げた腕を黒々とした夜空に掲げて叫んだ。
やって見やがれ。すぐにでも十指を移植してその口にテメエのナニを捻じ込んで、ケツに今まで切り落としてきた数の指を突っ込んでやる。
そう考えるが、声に出せない。
どれだけ死線を潜り続けても、ここまで身近に『死』を感じたのはなかった。
顔の血の気が引く。腸が握りられて胃がひっくり返りそうで嗚咽が漏れそうだ。
手足の先が異常に冷たくなって、表情が消えてしまう。なのに眼がいつも以上に冴えた。
「アハッ★」
変な掛け声そう言って手を振り下ろした。
──来る。
「見つけたぞッ。芦名!!」
ジャック・ドゥのワームがアイナの指を切る瞬間、その声が聞こえた。
次ぐさに聞こえる四○口径の短い咆哮が立て続け響き渉った。
跳弾、さらに跳弾。積み重なったコンテナの森に咲く金属火花。
それを咲かしている弾丸たちは不規則な軌道を描いていたが一貫して芦名の体に向かって飛翔していた。
咄嗟に振り返った芦名は腕を奮わせ、周囲のワームを収束させワイヤーのガードを張り、十五発近くある弾丸群を空中で切断していく。
しかし弾丸の速さは思考の早さに追随する。
発砲の前にワイヤーを形成していれば恐らくすべての弾丸が切断できていただろうが、一発がワイヤーを掻い潜り芦名の膝を貫通した。
「痛嗚呼アアアアアアアア愛いいいいいいいいいいイ!!」
絶叫を迸らせる芦名は腕を振り回し、無茶苦茶にワイヤーを形成し明日葉の居るであろう方角のコンテナを切りまくる。豪快に、無秩序に切りまくる。
縦切りに、横切りに、輪切りに、乱切りに。目に付くものすべてがワイヤーの餌食になる。
途轍もない量のマイクロワームを散布していた。これを実現するに当たり、装備費用の額面は天井を知らずのゼロの数だろう。
それと同時に驚いてしまう。
芦名のジャック・ドゥの相性の良さは桁外れだ。
本来ジャック・ドゥは隠密兵器としてこうした大立ち回りには向かない。それと同時に使用者が扱いきれないのだ。
そして何より使用者がワームを扱いきれない、指先に糸を貼り付けてを自在に操れる人間はそういない。サイボーグでない限り不可能だ。
そう言ったこともあり、『生身』でジャック・ドゥの制御盤移植は左手の中指だけと相場は決まっているのだ。
室内で散布したワームを中指で制御し、首筋をバッサリと切る。
これがセオリー。これが常識だ。
しかしながら芦名は十指のすべてに制御盤を移植し、ワームをすべて手足のように操っていた。
透徹もない技量だ。空間把握能力と風向き風速の把握、そしてワームの軌道予想、操作予測。
それらすべてが一瞬の間に同時に要求される。
惜しい。米連にほしいくらいだ。──だが、こいつは狂人だ。
「おい、後ろがお留守だぜ」
「っ!?」
明日葉の攻撃が、アイナを拘束しているワイヤーワームの結合を緩めた。
アイナの構える銃が弾丸を吐き出した。
振り向くこともできなかった芦名の背後に弾丸がぶち込まれる。左の肺を撃ちぬき、肋骨の一本を砕いて飛びぬけた。
想定していなかったのだろう、ビックンと体を僅かに震わして前のめりに倒れた。
「うー……、うー、ううぅー……」
駄々っ子のように呻き目にいっぱいの涙を浮かべながらゆっくりと体が転がった。
可哀想とか、痛そうなんて一切思わなかった。
こいつが選んで望んでこうなったのだ。少し考えれば分かるはずだ、どうやっても手ひどいしっぺ返しが来ると。
「ママッー、ママああああああああアア!!」
「…………」
言葉も出ない。狂れ続けた終着点が『幼児化』とはまさに傑作だ。
進み続け気づけばスターと地点だ。
瓦礫の中から明日葉が顔を出し、服に突いた汚れを払いながら来た。
「ついに仕留めましたね」
安心したように明日葉がそう言った。
「逃げ出すと思ったろ」
「まさか。教官が見初められた方だ、肝は我々よりも据わっていると考えます」
フッ、と鼻を鳴らし銃に着いた傷を確認したアイナ。
明日葉は新しいマガジンを装填し、スライドを引いた。
考えていることは同じだ。──息の根を止めなければ。
ジャンキースターを火を付けずに咥えたアイナたちは地面で喚く芦名の額に銃口を向けた。
「フランシスは処刑方法も教えたのか?」
「ええ、脳の真ん中を撃つのではなく少しずらして撃てと」
「その通りだ」
暗がりのコンテナの森。そこで行われる人の道を外れた醜い所業。
引き金に指を掛け、ゆっくりと力を込めた。
──ヒュン。
一瞬だけそうした音が鳴り、高速で移動する物体がジャンキースターの先を掠めた。
弾丸──感じ取ったアイナはコンテの角にすばやく移動し体をぴたりと壁に張り付け屈んだ。
「っクッソ……何だってんだ」
「E&Sの隠密部隊ですよ、派手に立ち回りましたからね。しかしここまで早く来るとは想定外です」
「想定外なんていつものことだろッ……。敵の場所は」
「マズルフラッシュは確認しましたが、姿はまだです」
舌打ちを打ち、静かに息を整えた。
両腕を合わせるように脇を占め、手首の脈を親指で確かめた。
ドックン、ドックンと脈を打つ血管の脈動を確認し、私はまだ生きているのだと認識した。
この感覚、この心臓の鼓動を感じなければ死にそうになっているときは生きた実感をもてない。
銃口で右目の眼帯を外す。
「激しいのがお好みか──ダンスの時間だ」
銃を構えコンテナの角から飛び出した。
前方から連続して閃光が輝く──連射機能を持った銃、炸薬の量が少なく口径は小さい。
閃光の数、二つある。アイナと同じ、
狙いは疎らでまるでアイナの進行を牽制しているような銃撃だった。
「八ッ──!」
笑い声が僅かに漏れた。
下手な腕に嬉し涙だ。すぐにでもその命を射抜くことが出来る。
だが、懸念があった。
──相手の発砲の際のマズルフラッシュの光で姿がまったく見えない。
まるで空中で唐突に銃弾が発砲されているようだった。
実際そんことはありえないし、非科学的だ。空間に作用する兵器は未だに開発されていない。
実現できるとすれば魔族か対魔忍くらいだろうが、E&Sには所属していない。
距離をとり相手は逃げているようであったがアイナはその間を瞬時に詰める。
監禁生活で鈍っていたが、その健脚は未だに衰えず。
相手の腹に潜り込んだアイナは至近距離で銃を放った。
米連の銃使いは基本的に近距離戦を嫌う。というより近距離戦を想定した戦術を取っていないために至近距離の格闘戦術は元々持ち合わせていない。
唯一その定石から外れた者たちがいたとすれば『
大陸防衛警備機構『
ジャブを放つように敵のいる位置であろう場所に拳を伸ばし、伸ばしきったと同時に引き金を引く。
乾いた薬莢の反響。放った弾丸が敵に命中した。
──命中したが、致命傷ではない。
空間が撓む。まるで水面に石を落としたような波紋が着弾した箇所から広がり人の形をとった。
環境順応迷彩──しかも最新式の
「情報検索軍情報心理戦部隊……『
「
周囲と溶け込んでいた黒色のそれが色合いを変えた。
水色に徐々に変化し、
どこか夢心地といった表情を浮かべていたオライオンは、二挺のサブマシンガンを握った手で己の体に這わし震えた声で言う。
「そこに転がっているフラタニティの構成員を拘束しに来たのよ」
「悪いな。こいつは俺の獲物なんだ」
「それは残念ね。──でもそれだと辻褄が合わないわ。そこの角に隠れている人、フラタニティよね?」
「……」
さすが諜報戦担当官。その手の観察眼は一流と来ている。
プロファイリングや心理学、読唇術に表情の微かな筋肉の動きで考えを読み取る能力。敵の腹に潜り込んであらゆる事柄を持ち帰る『
グリップを握り締めるアイナの手を聡く見抜いたオライオンはサブマシンガンをアイナに向ける。
「そこのフラタニティを渡しなさい。アイナ・ウィンチェスター」
引くに引けれない。
首に付けられたノックアウトチョーカーで行動の自由はない。こいつと撃ち合うしか道はない。
小さく舌打ちをついたアイナは銃を上げた。
まるで操り人形だ。立場的にも、肉体的にもすでに俺の意識はありはしなかった。
人と打ち合うのは何度目だ? 三度目か? 六度目か? 。
おそらく、魔族を射殺した数を上回っているに違いない。何のために復讐を誓ったのか過去の俺に聞きたいくらいだ。
どう思考の逃避を重ねようと仕方がなかった。
「スー……。いいぜ、始めよう。気が狂うほどのダンスだ」
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