「こうして貴様と会うのは初めてだな、フランシス・S・ロキット」
「ああ、そうだな。光栄なこったテラー総務」
フランシスは銃のハンマーをカチカチと鳴らしながら無邪気に笑った。
イタズラ大成功といった顔でゴンッと銃口をテラーの額に押し付ける。
眉間にしわを寄せ、睨み付けるテラー。丸腰でなければ今にでも飛び掛らん形相でフランシスを睨み付ける。
「車出せ」
フラタニティの一味に指示を出したフランシスはゆっくりと防弾ベストの止め具を外し脱ぎ捨てる。
白シャツ姿で、部下の一人から荷物のモッズコートを受け取り、その袖に腕を通し小さな吐息を付いた。
「フンッ。まだそんな骨董品を着ているのか」
「なぜだか知らんがな。こいつを着ていると体が落ち着くんだよ、どこで買ったかも覚えちゃいないがな」
「覚えてなくて当然だ」
その言い方に僅かな引っかかりを覚えるフランシスであったが、わざと無関心を示した態度をとった。
溜息を突いたフランシスは、ソラーの嘲笑交じりのしたり顔に銃口を更に強く押し付ける。
「お前が何を知っていようが俺には知ったことはねえ。オレが知りてえのはお前が
その言葉を聴いたソラーの目許は歪んだ。
正気を疑うような目付きフランシスを睨みつけて罵声をいきなり浴びせかけた。
「糞にも劣るクズ共がッ!! あそこに何が眠っているのか知っての行いか!!」
「しらねえよ。でもその反応から察するに
「私たちだけではない、全人類のだ!! 。あそこに眠る災厄にお前らは御せるというのか。ふざけるなっ!!」
「大マジで
「汚い金に群がるハイエナどもが……ッ!!」
「残念。こちとら狼だ」
部下の一人からアクセス解析機を受け取ったフランシスはソラーの左眼球に押し付けた。
顔を真っ赤にして右眼でこちらを睨み付けるソラーに、笑いかけた。
「そうカッカすんなって。オレも後がねえんでね」
「その虫食いだらけの体でしぶとく生き続けやがって、地獄の釜はお前を待ちわびているぞ」
「ハー……。オレがお前に何かしたか? 現在進行形で害は与えているが、過去にお前に会った記憶は無いんだがな」
「当たり前だ。『あれ』から四年──貴様たちが起こした大統領府浄化と称した大虐殺、その最中に奪われた私の娘夫妻の命、その旅客機に乗っていた三百人の命を奪った事、私は忘れない」
「悪いな。オレはこれっぽちも覚えていないんでね」
いっそう睨みを強くするテラーに興味が湧く。
その睨みに含まれる怒りは本物、他人から見聞きし怒りを覚えるとは違う、己の身に降りかかった不幸から来る自分自身の怒りであった。
四年前、大統領府浄化、大虐殺、旅客機──。
何一つ身に覚えが無い。忘れたとか、記憶の中に埋もれているとかそう言ったものではない。
無いのだ。
根っこから、すべてがごっそりと抜け落ちている。
キリキリと脳が痛む。視界が昏倒し吐き気がこみ上げてくる。
知らない。知るわけが無い。何せこれは俺の記憶ではない。
ずっと、確信が無く、俺の空似が起こした事と
──―過去に
発狂してしまいそうな感情の波が押し寄せる。
感覚で分かる。意識が千切れていく現象が全身に広がってくる。
過去の俺は何をしていた? 今の俺はなんなんだ? この意思は、この心は、この感情は──。
──ずっと仮初の借り物でしかなかった。
高名な学者様に言わせてしまえばこの現象は、自我霧散の初期症状と言うだろう。
今の自分に疑問を持ち、過去の自分がどうであったか、それを深く考え知ってしまえばオレは生きているだけの肉人形に成り果てる。
「ハッ、はははッ。ハーッははははははッ」
大声で笑い声を上げる。
オレが廃人になって、ヨダレたらして虚ろな目で日がな一日を路上に打ち捨てられたホームレスの死体みたいになるのか。
滑稽だ。まさにオレの死に様に相応しいだろう。
今まで背後からいつ頭をぶち抜かれても可笑しく無い様な事をずっとやってきた。
因果応報だ。
──だが。
「ふざけんじゃねえよ。そいつは過去のオレだろ? 記憶が抜かれているのは百も承知だ。記憶が抜かれていてもオレはやらなきゃならねえ事があんだよ」
結論はすでに出ている。
オレはアイナと
そうする事でオレが記憶を抜かれて後、歩んできた悪逆の採算が取れると言うものだ。
きっと過去のオレもそうする事を望んでいる。
「死に損ないのゴミ野郎が。──頭を撃ち抜かれた時、納得したようにあの眼帯の女ガンマンとの一騎打ちを放棄したくせにな」
ソラーのその一言が、オレの意識を一瞬にして奪い去った。
「おいおい、待てよ。ちょっと待ちやがれ……」
「あの女を差し向けた時、貴様はもう未練など無いとほざきよった。何が未練がないだ……未練しかないなこんな事をして」
「──ちょっと黙れ」
オレは喚き立てるソラーの右膝を撃った。
叫び声が耳を劈き、徐々に呻きに変化した。
もう無い膝を押さえ、血を流し車のカーペットに血だまりを作る。
卸したてのアーミーブーツが血で汚れていくが、そんな事はもう気に止めている暇は無かった。
ソラーの言葉がオレの頭の中を減衰することなく駆け巡り続ける。
未練が──無い? 。
ふざけるな。ふざけるなよオレ。
オレが必死でしがみ付いてきた
あの死に物狂いでしがみ付いてきた一生に、未練がないだと? 。
何を血迷っていやがる。未練がねえなら────『オレ』は生まれなかっただろう? 。
「ふざけんな。ふざけんなふざけんなッ!! 未練がねえだと?! じゃあオレは何だ!! 未練がねえならアイナの尻なんぞ追っかけねえだろが!!」
「知るかッ! 貴様がどういう心変わりをしたのかは知らんが、貴様は
ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな!! 。
オレは
そのクズをどうにかして見れるゴミに変えたのが
誰も必要とされなかったオレがようやく人並みになれたんだ。必要とされたんだ。
痛みに耐えるソラーは荒れるフランシスに更に言葉を浴びせかける。
「伽藍堂の空き缶野郎。そうやって一生苦しみやがれ」
首に下げた
その目にあったのは色褪せる事の無い憎悪であり、オレを憎みきった感情の渦だった。
「こいつは私からの死刑宣告だ!! こいつを見たお前は廃人となるのだ。──覚えていろ!! 私たち一族はお前を永遠に呪い続ける!!」
訳が分からない。どう考え思考しようが逃げ道の無い迷路に突き落とされたようだった。
オレが納得して
高速を降り、南西部のE&Sの力の届かないアジア人街に入って行く。
アジア人街の廃ビルの一つに入り緩やかに停車する。
フラタニティの拠点の一つであるこの廃ビルは、アクセス権の検証のための施設でありE&S役員の生体IDが集められている。
出迎えた幾人ものフラタニティたち。
「お疲れ様です。教官」
扉が開けら若いフラタニティが出迎えた。
「…………」
苛立ちにも似た焦燥感が胸の奥を焦がす。
息が苦しい、こんなこと初めてだ。
降車し、外の空気を吸うがどこかその空気も淀んでいるような重くねっとりとした感覚がする。
「お前、こいつの口割らせとけ……芦名の雇い主かもしらねえ」
「ですがこいつは、
「いいからやれッ!!」
苛立ちから反射的にフラタニティの一員の額を撃ち抜いた。
空薬夾が反響し、否応なしにすべての視線がこちらを向いていた。
しかし、そんなこと気に止める余裕はすでにフランシスには残っておらず、顔の血は引き土色の顔色へと変化していた。
(オレが
そう言い聞かせるが自信は無かった。
過去のオレはすでに別の事を生きる支えにしていた? そんなこと、ありえるのか? 。
なら何故、『オレ』と言う認識が生まれ時に持ち合わせた
何なのだ──。
ふうまはタカマガハラを離れ、遠く離れた地の掃き溜めに赴いていた。
日本と違うぎらついた太陽光。真夏日かと思うような気温でネットトピックスの気象ウェブを開くと、比較的涼しい日和であると言うことが書かれていた。
かつてアメリカ合衆国と言うと地の領域。
この人間界で対魔族の一翼を担う米連のアリゾナ州、軍刑務所にふうまは足を運んでいた。
今回の渡米は、忌まわしき弾正の足取りを追うためではなく『ある男』への興味からこの地に足を向かわせていた。
顎を伝い落ちる汗を拭いながらとある建物に入った。
自動扉が開くと同時に寒すぎるくらいの冷風が肌を撫でた。
日本のファミレスより少し小ざっぱりした印象を受ける。四十席を超えるテーブルは殆ど空席で、疎らに埋まっていた。
一般小市民と思われる人間と、オレンジ色の作業着を着込む人間。
日本の面会とはまるで違う、このオープンスタイルがアメリカの囚人面会だ。
「……」
そしてふうまが目的とする人物は、窓際の席に陣取っていた。
テーブルの上に置かれた飲み干されたコーヒーカップ。イヤフォンが繋がった骨董品のカセットタイプのウォークマン。
広げたタブロイド誌を片手で読み込み、もう片方の手には所在なげにカップスプーンをくるくると回していた。
「大分待たしたようだな」
ふうまはそいつに話しかけた。
片耳にはイヤフォンが嵌まっておらず周囲の音は聞こえているようであった。
「そうでもない。コーヒー一杯を飲むのにはちょうどいい」
そう受け答えるが、暇をしていたのだろう。
カップの淵にはコーヒーの跡が付くくらいには待たせていたようだ。
訛りのある英語を話すやつだ。声の印象ではふうまはそう思った。
「俺に何の用だ。
「何故
「じゃあなんてそんな気食の悪い『眼の色』してんだ?」
タブロイドを置いてそいつは俺の顔を見て、凶悪な顔を見せた。
老いが目立つがそんな事はこいつの雰囲気が吹き飛ばしている。
苛烈でそして強烈。瞳は睨み付けられれば竦みあがるような凄みが未だにあり、一言で現すとするなら『
「遺伝子に魔族の血を混ぜ込む事に成功した民族は
「どうして邪眼だと思う」
「お前の虹彩の色は一見
「恐れ入るね。元大陸防衛警備機構対魔族殲滅部隊『
「仰々しい言い方はやめろよ、俺は一介のガンマンだ。肩書きなんて必要ねえ」
身を乗り出し見開いた眼でオレを見るそいつ──ニコラス・ヒューズの眼は俺と同じ。
『黄金の虹彩』と『完璧な黒色の瞳孔』をしていた。
「何が聞きたいんだ? 客人」
「──フランシス・S・ロキットの『
シコリンシコリン。真夏の眼帯アイナ・ウィンチェスターだと!!
やっぱりアイナはどスケベだな!!
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