未完成の地下街に押し込められた掘立小屋の群体。
あまりにも敷き詰められすぎていたその姿は子供のおもちゃ箱より混沌とした様子だった。
そこにいる人間たちの生活を覗けは子供か老人しか居なかった。
太陽の届かない地下街は薄暗い過去を持つ者たちには恰好の住処なのだが、そういった連中の気配がしなかった。
「どうだい? 台湾一のスラム街。台湾九龍と言ったところか」
フランシスは伸び伸びとした様子で、この光景を俺に見せてきた。
「虚しいな。腐った根っ子の下でお前は王様気取りか?」
すれ違うジジババ砂利どもの反応を見れば、フランシスが如何なる行為をしてきたか見当がついた。
俺とほとんど大差はなかったのだろう。俺のやり方を見て身に着けた
子供の兵士徴用は二十世紀の終わりにジュネーブ条約で決定された国際法だ。
一つ、非戦闘員に危害を加えてはならない。
二つ、軍事目的以外での戦闘行為を禁止する。
三つ、不必要な苦痛を与える兵器の使用を禁止する。
四つ、捕虜の生命及びその後の生活に支障の出る尋問を禁止する。
これらの項目はもはや形骸化したジュネーブ条約の文言にある四つの鉄則だ。
拘束力のない条約となり下がったが、しかしながら未だにこの四つの項目は国家間の戦争に措いては暗黙の了解となっている。
子供を兵士徴用することに文句は言わない。だが場面が悪すぎる。
ここはギャングの抗争をしている違法都市でも、新米を叩き上げる後方軍基地でもない。
国家間の問題を銃でやり取りする『戦場』だ。国際法が一応に機能し、メディア露出がある。
きっとこの事が国連決議で槍玉に上がれば米連は各国から袋叩きにされる事は目に見えている。
身勝手な軍閥化の王様で踏ん反り返るフランシスの姿は滑稽でしかなかった。
嘲笑交じりの俺の言葉がフランシスに突き刺さったのか冷たい視線が僅かに向けられた。静かな怒りの言葉が飛んでくるだろうと思っていたが、それは意外にも向ってこなかった。
「おいおい、勘違いなんて柄じゃねえなオッサン。別に俺はここで王様になりたくてアイツ等に生き残り方を教えたんじゃない」
呆れ笑いのような笑顔で振り返ったフランシスはやれやれと言った風に肩をすくめて見せた。
想像もしていなかった反応に俺は呆気にとられてしまった。
「じゃあなんだって此処に居やがる」
「安っぽい言い方になっちまうがな……。ここの連中が好きなんだよ」
「なんだそりゃぁ」
俺の考えとは真反対の返答に、気が抜けてしまいそうになる。
こいつは俺が育て上げた最高で最悪の兵士の一人だ。家族も倫理も善悪勘定も初めから持ち合わせてなかったから俺が拾ったんだ。
この世界は理不尽で出来ている。幸せになろうと努力をしているだけなのに誰かが理不尽に邪魔をする。だから理不尽に晒される前に、理不尽となり幸せにならずとも理不尽に溺れることのない生き方を与えてやった。
好き嫌いなんて言っている暇は与えなかった。利用出来るか、出来ないかで判断できる価値観を与えたはずだった。
「恐ろしいか? アンタが育て上げた俺を理解できなくなって」
挑発的な言い方でフランシスは俺を突き放してきた。
思わず面食らってしまう。フランシスの言い方は俺の考えがすべて見えているかのような発言だった。
「あんたに付き合って行くのはもう懲り懲りだ。俺は俺の居場所を得たんだ、アンタはアンタの居場所に帰るこった」
「じゃなんであのガキどもに
「ハッ、米連? よそ様の手を借りるほどプライドは捨て切れていないんでね。それに俺が教えたのは
俺は眉を顰めた。
ガキどもが使っていた技は間違いなく
動き、型、視線の配り、すべては
呆れたことの言うフランシスはため息をつき説明を始めた。
「
フランシスは恨んでいるとでも言いたげに言い放った。
「先制攻撃なんていつも取れる訳じゃねえ、後手に回ることだってある。攻撃に向いていても守る事には関してはからきしだった。拳銃のプライオリティだってどれだけ低いことか、チェンの妹みたいにサブマシンガンの扱い方を教えてほしかったね」
フランシスの言っている事はもっともであった。
先手必勝が
魔族のヒエラルキーなど数年前まではギャングのそれとは変わらなかった。
しかし近年ではその認識も変わりつつあった。
魔界技術の流入でそれらを利用した兵器開発が主流となり、傭兵にも生物的に強者である魔族が交じり始めた。
それは詰まる所、戦場で魔族と戦う可能性が増えてきたと言うことだ。
ギャングの抗争みたいに小規模なものでは済まない事態が加速度的に急増した。
フランシスはこう言いたいのだろう。
──俺の組み上げた
「お前はその先に辿り着いたみたいだな」
「人間死ぬ寸前に追い込まれたら作り出せるもんだな」
フランシスは弱弱しく苦笑した。
「せっかく来てんだ。タダで突き返すのも失礼ってもんだ、泊まってくか?」
「そうさせてもらうよ」
後に続き地下街の住宅密集地であろう場所に入っていく。
地下街の敷き詰められ奥まったところにフランシスは入っていた。
後に続き、俺も入る。
白熱電球の放つ黄土色に照らされたそこは、世辞にも綺麗とは言えない内装の家だった。
黒く煤けた打ちっぱなしのコンクリが所々見え、トタンに木材、ビニールシートと様々な素材で建てられていた。
流しとトイレがリビングにむき出しに配置され、ベットはその対角線側に配置されている。
「掘立小屋だな」
「これでもまだ広いほうだぜ。四人家族、四畳半の所なんてこれより混沌としてる」
「違いない」
座るように促された俺はコートを脱ぎ、それを下に敷いた。
瓶ビールを投げて渡され、俺は蓋を飛ばし口をつけた。
「温いな」
「生憎と部屋の中には冷蔵庫がないんでね」
「飯はどうしてんだ?」
「マジの親父かよニコラス。飯の心配までされるほど苦労してねえよ」
僅かに沈黙が流れ、そして互いに吹き出してしまう。
馬鹿馬鹿しい。フランシスの言う通りだ、今の俺の発言はまさに世話焼きの親父のそれと変わらなかった。今にして思えば無意識にこいつを息子のように思っていた。
表面的には体のいい駒と云っても、こいつをここまで育て上げたのは俺であるという自負があった。
育て上げ、そして俺の手許から離れた。
そして
心のどこかでは淋しさのような感覚あったが、無視を決め込んでいた。
「狼の兄貴ッ!」
喧しい声とともに扉が開けられ、少年が飛び込んでいた。
「なんだ? チェン兄」
「ッ──、この野郎マジでここに居座らせるんですか‼」
俺を指さし叫ぶガキに、どうもせず俺はビールを呷った。
そのガキはついさっき腹に回し蹴りをいれゲロを吐いていたガキだった。
適当に切り揃えられた黒髪で体格は同年代なら良い方だろう。
眼は流石に黒色でナノマシンは注入されていなかった。俺が開発したナノマシンだ、そうそう手に入らない。
視線や雰囲気やらで何となくだが察しはつく。ようはこいつは俺のことが気に入らないようだ。
「俺の師匠だぜ? 無下に扱えねえだろ。それにお前らに教えた技の二代目様だ」
「そうだとしてもこいつはPMCの奴ですよッ‼」
クールダウンの様子すら見せないガキは顔を真っ赤にしながら騒ぎ立てた。
仕方ないと思いまた蹴りでも入れて気絶させようかと立ち上がろうとしたが、少年の影に隠れていたもう一人が腕を引いて止めた。
「にィ……、どうしたの……コワいよ」
弱弱しい声でおどおどとした様子の少女だった。
少年と同じ黒髪で顔つきがどこか少年と似ているが、雰囲気が真逆。
ジャリの年齢なんて並ばれたなら推定が付きにくいがおそらく少年より年下である。
服装から見てUZIを使っていた奴だろう、衣服から容易に想像がつき兄妹であると思われた。
「
ビックっと肩を震わせたショウと呼ばれた少女はしょぼくれた様に肩を落とした。
どうしたものかとため息をついていたフランシス。扱いに困っているガキの扱い方はまだまだの様だった。
俺は立ち上がり小僧の頭に拳を振り下ろした。
ゴツン、っと鈍く聞こえた骨同士がぶつかり合う音。チェン兄は痛みに耐えかね蹲ってしまう。
「お前の慕っている人間に恥かかせる気か? えぇ? 反抗してえならフランシスのケツ追っかけるのやめるこったな」
反抗的な目線は未だにあったが俺の言っていることは理解しているようで、睨むまでに収まった。
ビクビクと後ろで怯え続ける妹のほうに顔を向け、引きつり笑顔であったが笑って見せた。
「よろしくな。ニコラス・ヒューズだ」
握手の手を差し出す。
少女はオドオドとしている雰囲気が僅かに薄らいだ。
俺の引きつり笑顔にクッスっと笑いが零れ、前で出て俺の手を取った。
小さく子供の手であったが、骨や筋の作りは間違いなく
「
「
未だに痛む頭部を抑えながら蚊の鳴くような声で言った。
「……
「えぇ? なんでちゅか。オジサンの耳にも聞こえるように言ってくれまちゅかねえ?」
「
吠えて食って掛かる
路上で便所以下の最低の臭いをさせてた頃の生意気垂れてたあの頃のフランシス。
二人並んだ姿は過去の俺の育てたガキ達のそれと、似ていたんだ。
「チェン兄、そろそろ帰れ。また拳骨食らうぞ」
フランシスはそう言い、
ロウは悔し気にキッと俺を睨んで踵を返しショウの手を取り出ていく。腕を引かれながら小さな手を振っていた。
俺は懐かしさと時代に取り残されたような空虚な淋しさに囚われていた。
理解はしていた。だが俺はそれでもこの時は否定していた。
過去の遺物の
「嘘だろ。アイナが南部米連中隊の戦術指南役? 嘗められるのが落ちじゃねか」
「そう思うだろ、それが違ったんだ。アイツ嘗めて掛った新米兵を足腰立たねえぐらいに叩きのめしてな、今じゃ
互いに酒を酌み交わし、空白の時間を話し合った。
選定の後どうやって国外に出たか、老眼が来た、最後に抱いた女が最高だっただの、
腹の探り合いはなく、ただ普通の世間話に笑いが零れた。
お互いビール瓶二本ほどだ、まだまだこれからだ。まだまだ酔うには量が足りない。
「これからどうする気なんだ」
俺は徐にフランシスに聞いた。
今後のことなんて誰にも分かるわけはない。だが、コイツはこのまま戦場で死なせていいほど俺には無価値な存在には思えなかった。
「さあ。所帯でも持つか、それともハイエナみたいに転戦を繰り返すか……」
「所帯なんて持てねえよ、出来ない事を言うもんじゃねえ。転戦もいいが、キツイぞ」
「分かってる。俺には後がない、先もない。
自傷気味の疲れ切った笑顔で、ビールを注いだジョッキにバーボンショットを沈めた。
前に進むことしか考えてこなかったフランシスには崖に辿り着いたようなもんだ。進むべき道が堕ちているのだ。
進むことはできる、だが堕ちる覚悟がない。後押しが必要だ。
「俺に付いて来い。フランシス」
「最初に行っただろ。あんたに付き合うのはもう懲り懲りだ」
「俺に従わなくてもいい。今迄の関係性とは違う。俺が雇用主、お前が労働者として」
「要は駒が必要なんだろ。初めからそう言えよ」
フランシスはジョッキを呷り、ビールとバーボンのカクテル『ボイラーメーカー』を飲んだ。
カッと喉を焼くアルコールの風味、鼻をツンと抜ける空気にフランシスは唸った。
「
話す気が失せたのかツマミを取りに行くフリをし中座する。
外に冷蔵庫があり、取りに行くその背に俺は言う。
「お前は国際法違反で死刑は免れねえ、ガキ達もだ」
その言葉に足を止めたフランシスは顔だけをこちらに向け聞いてきた。
「……何が言いたい」
「現時点でお前は国際犯罪者、ガキ達は米連の開発中の技術を持ってる。──俺なら全部帳消しにできる」
「……急かすんじゃねえよ」
フランシスは部屋を出て五分ほどで戻って来た。
小汚いプラスチックの更にドデカい
俺たち二人はこの夜は
「あー……、頭痛ぁ……」
呑み過ぎの頭痛で目を覚ました俺は手元に残っていたウィスキーボトルを一滴残らず飲み干した。
額の奥で脳味噌のを練り潰すような痛みが和らいでいく。やはり酒の痛みは酒で和らげるのが一番早く効く。
薄暗い部屋はやはり地下であるが故に陽光は一切射さず、日光の肌を焼くような感覚が無かった。
「ッチ……逃げられた」
フランシスの家には俺しか人間はいなかった。
俺の揺さぶりに怪しんだのか、やはり逃げることにした様だ。
当たり前だ。過去に切り捨てた相手が今更戻ってこいなど虫のいい話だ。
付いてくる奴は相当な馬鹿野郎だろう。
「仕方ねえか」
もうここには用はなかった。身支度を整える。
コートを羽織り、ホルスターに収まるデザートイーグルの動作確認をする。
獲物に問題はなく弾丸も抜かれていない。この地下街を抜ければ戦場だ。
猥雑な建造物群を抜け、俺は地上へと昇る階段に辿り着く。
がっかりしなかったと言えば嘘になってしまう。フランシスは俺と同じ特大の馬鹿であったが、やはりガキは少し見ない間に大人になりやがる。
「行くか……」
階段の一段目に足を掛けたとき声を掛けられた。
「置いて行く気か?」
その声の主は顔を見るまでもなかった。不思議と笑みが零れた。
「遅刻だぞ」
「アンタの口ぶりから相当切羽詰まってるのは分かった、人員も足りてねえ。それなのにこの俺を置いて行くのは戴けねえ」
こいつもやはり狼だ。鼻は昔と同じで聞いているようだ。
「馬鹿は馬鹿のままで大変よろしい。さあ、楽しい
振り返り顔ぶれを見た。
フランシス、
出口より差し込む日光は眩しすぎるくらいぎらついている。
俺の隣に立ったフランシスの眼は炯々と輝く黄金色に染められ、燻っていた種火は業火のように再燃しているようだった。
「後方基地まで軽いランニングになるぞ。
「
全員自分の得意とする武装を二挺構え、混沌の戦場に駆け出した。
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