「こちらが、ゴム製品プラントにございます」
気味の悪い笑顔の社員が工場内を案内する。ほぼ完全無人化を果たしたエイドリアン・フォース社の第一プラントの内部にはいとも容易く入ることができた。
不法侵入や押し入り捜査といった強行手段ではなく中央エントランスに工場視察を行わせろと、米連軍とフェンリルの権限を使った結果、糊でバリバリでピッチリとしたスーツを着た社員が工場内を案内する。
私もフランシスも拍子抜けといった様子で工場を見て回る。
ゴム手袋の製造工程を見せられたところで正直どうでもよかった。
「こちらがコンドームの製造らいんでございます。我が社独自の製法で薄さ0.001ミリを実現し強度は従来の二倍になっております」
自慢気に自社商品を紹介する社員の雰囲気、立ち振る舞い。
長年の経験から妙な
「オレのサイズがこいつじゃぁ納まらないな」
「ご安心ください。サイズはS、M、L、XLと各種取り揃えております。あ、これは我が社おすすめ、ローションにアンドロゲンを配合して勃起力の持続効果があります」
「ご丁寧にどうも」
退屈そうに工場見学をするフランシスはちらりとこちらを見た。
その視線で言いたいことはなんとなくわかる。
──『何か隠している』。
そう言いたいのだ。
社員は工場を引きずり回しあらかたの商品説明を饒舌に語る。
工場内は何も変哲もない。ありがちな機材が所狭しと押し込まれている。
プレス機、洗浄機、金型のコンベヤー。
「どうでしょうか? 自社の製品をお土産にでも」
「悪いな。そろそろ時間だ」
私たちは工場を後にしてエイドリアン・フォース社から出た。
外の駐車場に止められたフランシスの車に戻り、出来るだけエイドリアン・フォース社の自社ビル、工場から距離をとり近場のチャイナファストフード店のドライブスルーに入った。
タブレットの会計を事前に済ませ、私たちはその店の駐車場で遅めの昼食を取り始めた。
「どう思う? フランシス」
フライドライスを食べるフランシスは、それを聞くか? といった様子でスプーンを振って見せる。
結果としては黒。しかし限りなく白色に誤魔化された灰色のだった。
オレンジチキンを頬張りながら、第一工場と第二工場の施工時の図面を見比べる。
納品された機材、ここ数ヶ月で購入された化学薬品それらサンプル。
文面上で見れば一部不明点を除き真っ白であるが、その一部が不明瞭。今行われている経営と同じだ。
「本社ビルと第一工場は見た感じレッドダイアに関係はないな」
「第二工場がどう考えても黒だろうな。ニコラスの予測が当たっていればだが」
私は炒麺を平らげ、ホログラスを掛けてニコラスの通信IDへとチャットメールを送った。
『定期報告。エイドリアン・フォース社の第二工場、ダウト。指示を頼む』
すぐにホログラスに着信が入り、そのメッセージを表示する。
『
迅速な対応だ。今回の一件はフェンリルの地位をさらに上げる任務であり、米連の対魔族対策の規範となるべき案件なのだ。
フランシスは食べ終わった容器の箱をまとめて巡回中のゴミ回収ドローンへと渡して車のエンジンをかける。
「内容は?」
「
「そうか。じゃあ一端孤児院に帰って装備を整えるか」
車を出して、孤児院へと私たちは戻った。
夜も更け、借りている寝室へと戻った私たちは弾丸や弾倉をありったけコートの内側に身に着け支度をする。
私は準備を終えて両手の動脈の脈を指で測り、自分が生きていることを実感し気持ちを整える。
フランシスは寝転がり、片手に握った銃のハンマーをカチカチと鳴らして瞑想していた。
慣れた仕事だ、へまを打つことはない。ないはずだ。
コンコンコンと扉がノックされ、意識が不意に戻される。
「はい?」
扉を開け、ノックした住人の顔が見えた。
「少しいいかしら、時間は取らせないわ」
ローズクォーツが少し深刻そうな顔で立っており、育ての親のこんな顔を見ると少々心配になる。
フランシスをちらりと見ると、さっさと行けと言った様子で手を振ってジェスチャーを送ってくる。
私は部屋を出て、廊下でシスターの話を聞いた。
「どうしたんですか?」
「あなたにこういった事を相談するのは間違っているけど……ダイトウの事なの」
「ダイトウの?」
孤児院にいる子供の名前だ。
ダイトウ。何度も子の孤児院に顔を出している私に懐いている子供で他の子どもたちの面倒見もよい好青年だ。しかしながら未だに引き取り手が訪れず、神学学校に進んでこの孤児院で新たな職員になるはずだ。
「どうしたんですかダイトウが」
「最近ね、あの子が夜遅くまで返ってこないの、ボロボロで姿で苛立った様子で帰ってきたこともあるし、時々信じられないくらいの金額のお金を稼いでくることがあるの」
周囲をしきりに気にしながらシスターはそのお金の管理帳簿を見せてくる
「これは……」
確かに、成人も迎えていない一介の人間が稼ぐにはあまりにも多額過ぎる金額が何度か孤児院にダイトウが寄付している。
総額三万ドル。宝くじでも当てたなら一括で入れたほうがいいだろうが小分けにしていれる意味が分からない。それにボロボロで苛立った様子で帰ってきたというのも気に掛かる。
「警察に相談しようにも確証もないし、事が事だから相談相手がなかなか見つからなかったの」
「分かりました。私からダイトウに訊いてみます」
「そう、お願いするわね」
シスターは少し安心した様子でこの場を後にする。
部屋に戻ってモッズコートを羽織り、任務の支度を済ませる。
フランシスは少し眠たげな眼でこちらを見て聞いてくる。
「厄介事じゃねえだろうな」
「個々の子どもの事だよ。ヤサグレたかもしれねえと」
私たちは銃をショルダーホルスターにねじ込んで孤児院を出る。
殺気だった私とフランシスは同時にジャンキースターに火を灯し、肺の隅々まで煙で満たす。
頭に血が上るような緊張感で体を支配して、私たちは車を出発させた。
高原の荒れ地にエイドリアン・フォース社の第二工場があり、周囲はフェンスで囲われている。
センサー類はなく監視カメラ等の警備装置もなし。
あるとすれば警備員が巡回で回っているばかりでこのご時世で大層ザルな警備体制であった。
私たちにはザルどころのか大穴の開いた鍋であり、巡回の目を盗みフェンスを飛び越えて第二工場内へと侵入する。
「簡単に侵入が出来てかえって不自然だな」
私はそう言い、周囲を経過しながらプラントの窓から侵入する。
「先行隊はオレたち二人だ。ヘマ打つなよ」
フランシスはそう言い、銃を抜いて目をギラつかせる。
体を引くして、機械の陰に身を隠しながらコントロールルームへと向かってゆく。
(第一工場と違って、人が多い)
貨物搬入の有人トラックがこの時間帯とぶつかるように潜入したためなのもあるだろうが、それにしても従業員が多い。
工場内で作業をする従業員の数は第一とは比較にならないほど多く、そしてその者たちが漂わしている雰囲気は人間のそれとはまるで違う。
魔族のそれと同じで、姿形が寸分たがわず人間と相違ない『
搬入される大型トラックの荷台のタンクに印字された判り易い”危険物取扱注意”の文字。
ニコラスの事前調査であれは4トン分の水酸化ナトリウム水溶液だ。
仕様よとは薬品製造の溶媒とされているが、量が量だ。
「さあ、クソするよりも面倒な仕事だ」
「いいから早くやれフランシス」
制御卓の端子にハッキングツールの入った端末を差し込んで、この工場の全情報を抜き取り始める。
制御しているソフトウェアも数世代前の型落ち品で、とにかく工場が動けばいいという方針なのだろう、酷い有様だ。
「こんな所に出資したくねえな。穴あきコンドームが届きそうだ」
「悪質な商売よりもここはタチが悪い。レッドダイアの資金源だからな」
軽口を叩きながら制御卓を叩き、フランシスはとあるファイルに眼を止めた。
「なんだこの十三プラントの稼働量、資材の搬入量も電力消費もおかしいぞ」
「どこだ、そこ」
フランシスは工場図を引っ張り出して私に見せてくれた。
他よりも大型で、かつその資材量。確かに他のプラントラインよりも製造量が段違いだった。
両手に握る銃のシリンダーに素早く弾丸を装填し、マガジンを押し込む。
十三プラントの位置を確認して、フランシスの肩を叩きいう。
「俺が確認してくる。お前はデータ回収を頼む」
「
コントロールルームを後にして、素早く身を隠しながら天井の梁を駆け上がる。
工場だというのに薄暗く、間接照明があちこちで疎らに点灯しているだけ。全体を見ても明らかに可笑しい。
天井の梁を駆け十三プラントの近くに到着した時、下の作業員の世間話が耳にした。
「早く投入しろ。作業が押してるぞ」
「了解です!」
白い防護服を着た作業リーダーか、タブレット端末を見ながら同じように防護服を着た作業員に指示を飛ばしている。
私は眼帯を外してタブレット画面を注視した。
ナノマシンが活性化して右眼の視力が飛躍的上昇し画面がくっきりと見える。
その内容に思わず息を呑む。
(レッドベリルプラン。原材料──人間!)
搬入口からトラックがバックの音を鳴らして入ってきて、その荷台を傾け十三プラントの製造槽に素材を投入している光景が目に飛び込んできた。
人間の死体──それも夥しい量積み重ねられた大量の遺体の山。
製造槽に流し込まれた死体たち。作業員が機械のスイッチを入れ、横に設置しているタンクより轟音を上げて水酸化ナトリウムの水溶液が流し込まれる。
ジュワジュワと音を立てて肉が溶け出し、尋常ではない鋭い臭いが辺り一面に広がった。
倫理より外れ、馬鹿げているほど道徳より逸脱した行為にも拘らず、作業員たちはまるで日常生活の一作業のように淡々と動いている。
あまりにも衝撃的な光景に吐き気が込み上げ、口元を押さえた。
肉を溶かした水溶液を排出し、残った骨をまるで土砂を取り除くかのようにシャベルで掬いだす作業員たち。
眼と鼻の先の高温圧縮機に骨は投げ込まれ、出口レーンより出てきたのは形の不揃いの──レットダイアだ。
想像を絶するおぞましさ、堪え難いほどの畜生さ。怒りが頭を支配してここに居るやつらを皆殺しにしてやりたい気持ちでいっぱいだった。
銃口を作業リーダーに向けた時、耳に装着した通信機からフランシスが大声で叫んだ。
『逃げろアイナ! 撤退だ!』
次の瞬間、銃声が工場内で鳴り響く。
一発や二発どころではない。何発も、フランシスの銃ではない銃声が木霊する。
バレた! すぐに行動に移そうとしたと来た道をそのまま帰ろうと振り返るとそれがいた。
ズルズルと這いずるように蠢く怪物。てらてらと体が照り輝き全身から粘液が滴り落ちていた。
肉腫の怪物、いや、魔族だ。
「クソっ!」
眼に入ったとたんにその肉塊の魔族が異常な速度で近づいてくる。
そいつに向かい、私は弾丸を撃ち込んだ。
銃口より輝く火薬の閃光、そして吐き出される鉛の礫が肉塊に潜り込み炸裂する。
肉片が飛び散り、異様な異臭が漂う。
顔に撥ねた肉片を払いのけ、肉塊に向き合うとその肉塊は僅かに震えるように動きが遅くなるが、弾けた箇所はグズグズと周囲の細胞が寄り集まり、気持ちの悪い触手を形成する。
形勢はよろしくない。下からは警備の喧しい足音が聞こえる。
フランシスは恐らく私を待たず逃げただろう。任務だしそれを恨む気にはなれないが手助けが欲しい。
梁から飛び降りて、着地する。
落下の衝撃を殺しながら体を錐揉みさせその勢いのまま走り出す。
「いたぞっ! 撃て!」
「ファック! テイザーでもねえし問答無用かよ!」
弾丸の軌道を予測し、回避しながら応戦する。
戦争できるほど弾丸を持ってきてはいるが、多勢に無勢だった。
屈み、地面を蹴り上げ、新体操並みの身軽さで銃撃を回避する。
敵の意識の切れ間を狙い、ガン・ローダーは咆哮を上げて警備の頭蓋骨を吹き飛ばした。
口ほどにもない連中ばかりだが、その中には妙なのもいた。
私の銃撃を避け、蛇のように地面を縫ってくる奴がいた。
普通じゃあない。ほかの警備とも違い政府は来ておらず、手にしているのは銃ではなくサバイバルナイフ。
人間の速力ではない。強化人間にしてはその動きには滑らかで歯車同士の擦れ合う音が全くしない。
結論から言えば──魔族だ。
横なぎに振り込まれるサバイバルナイフをガン・ローダーで防ぐ。
激しい衝撃と金属同士が衝突して火花が舞い、夜の薄暗がりを僅かに照らし出した。
「おや、おやおやおや。今朝おいでになった方じゃあないですか?」
薄気味の悪い笑顔でその口には電池を咥えて、嬉しそうに言った。
「クソ野郎! 人の死体でレットダイアを作って何がしたい!」
「なにって、ねぇ?」
鋭い前蹴りが腹を打ち抜き、全身の肌が総毛立つ。
顔から僅かに血の気が引いて、ゲホゲホとえずいて口からは涎が垂れた。
この魔族、やけに戦い慣れしている。米連の登録魔族にここまでの
「あなたも、レッドダイアになりませんか?!」
振り下ろされるサバイバルナイフ。しかしそれは私の体をえぐることはなく、救いの光が差し込んだ。
フェンスをフランシスの車がなぎ倒して侵入し、後部で電池咥えたセールスマンを轢き飛ばした。
「さっさと乗れ! 逃げるぞ!」
飛び乗った私は、痛む腹を押さえながら深いため息を付いた。
急発進し、迅速に退避に移ったフランシスは助手席に乗せた閃光手榴弾をありったけ捲いて逃げた。
「何を見つけた! 成果はあったか?」
「ああ……クソ忌々しい所業だよ」
赤点とは言わないまでも、及第点だ。
レッドダイアの出所は分かった。後は未登録の魔族を手引きしている連中。
「あいつら、ホントに最悪だ」
ぐったりと寝そべった私にフランシスは同意した。
「ああ、クソッタレだ。こいつ見ろ」
投げて渡される端末、その画面には信じられない情報が入っていた。
CDⅡ──改良された人を魔族へと変化させるウイルスの概要だった。
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