肌に刺さる潮風の冷たさが指先を凍えさせる。
アシハラの港はタカマガハラとは対照的で静けさに存在感を渡しひっそりとしていた。
まとよりアシハラの港と言える港はほぼほぼ軍港であり、西側は日本のイージスが停留するお飾り軍港で、東側は米連のガチガチの戦争準備をしている空母四隻が常に停留している。
北は露帝が駐屯地を設備してしまっている為に近づく事すらまま成らない。
半ば
他かだか
かじかむ手でフランシスはタバコに火をつける。
「教官はタバコをお吸いになるのですか?」
成人にもなってないだろうフラタニティの少年が話しかけてくる。
待つ時間も暇で仕方なく、暇を潰すにはちょうどよかった。
「無理して敬語ではなすな、馬鹿は馬鹿でいろ。もっと馬鹿に見える」
「じゃ、じゃあ。吸うんすか」
「見ての通りだ。喫煙歴十八年の二八歳愛煙家だ」
「体とかに、悪くないんすか」
これだ。体を労わり過ぎる日本人のアホな特性の一端だ。
「タバコが煙が肺がんを助長するって言いたいのはわかるがな。どっからの確信を得てんだ?」
「いや……タバコは体に悪いって言うし、副流煙だって」
「クソみたいな理論に踊らされんな。副流煙は禁酒法の延長線上だ、家で吸う分には文句がいえねえから周囲に害があるように風潮して、医学者がでっち上げの論文で世論を禁煙の方向性に傾けただけだ。問題点も隠し切れてねえ穴だらけの理論だ」
「じゃあ、副流煙は」
「嘘っぱちだよ。匂いがどうこういう奴には悪いがオレはタバコを吸い続ける」
いまいち理解が出来ていないようでそいつは首を捻っていた。
「難しい話しても分かんねえか……じゃあこうしよう。なんで日本人は鯨やイルカを食うんだ? あんだけ頭のいい生物を、残酷じゃねえのか。魚の活け造りなんて残酷の窮みじゃねえか」
「そりゃあ……日本の文化ですんで」
フランシスはにやりと笑った。その答えを待ち焦がれていたと言わんばかりの笑顔だった。
「つまりそういうことだ。タバコも文化だ。コロンブスが新大陸で見つけて世界に広げたれっきとした文化なんだよ。歴史文化に唾を吐いたって永遠に結論は出ない。誰彼が残酷だの害だの言ってもその文化を形成した人間たちには、馬鹿がさえずってる程度なんだよ」
「ああ、ああ。なるほど」
少年は理解したようで納得したように小さく頷いていた。
フランシスは少しだけ楽しかった。こいつは馬鹿だが理解は早い。
乾燥したスポンジに水を吸わせるように知識を吸うのだ。面白い事この上ない。
「
「は、はい」
こうも考えかたから教えるのは少々骨が折れる。
銃を握り一端の兵士を気取ってはいるが、中身はやはり戦場を知らない日本人。
人を殺す事は誰にだってできる。
だが、理想を持って人を殺しその理想を持ち続けるのは非常に困難だ。
理想に殉じ、殺める。その理想が幼少の頃からの日常行為に取り困れているのならより強靭で強固な兵士が生まれやすい。他者も自身の命も平等に扱い、理想を突き通す兵士に。
より人の深層に巣食う宗教のように、教えに殉じられるのだ。
クライザ族を虐殺したムハンマド、
教化してしまえば人はどこまでも残虐的になりえる。
普通の生活を送る人間も同じような志向をしている、「仕事だから」という耳障りのいい言葉に置き換えてだ。仕事と言う行為に準じることで人は容易に思考を停止してしまう。
個人を仕事と言う大きな相対の中に容易に取り込れる。
仕事だから書類仕事をする、仕事だから介護をする、仕事だから謝罪する、仕事だから人を殺す。
仕事と言う名の大きな
そうした
フラタニティの形成されて理由はフランシス自身知らないが、フラタニティが形成に至るツールは知っている。――インターネットという膨大な海だ。
インターネットはより多くの情報を掲示と軽便なコミュニケーションツールだが、同時に知識の矮小化と対人関係の軽薄化も行われている。
人は多くのものを取り入れるには長い時間を要する、人間の関係性は直接会うような表情を見て感じて声の抑揚などで他の濃密な個体情報を得ている。
対するインターネットは情報の直線的な答えと、テキスト及び音声のみしか「個体情報」が得られない。個々の単一ならざる知識が寄り集まり文殊の知恵とはいかない。情報の伝達するツールが未完成だからだ。
この条件でフラタニティという
「無宗教の日本人はおもしろいなぁ……」
フランシスは凍える寒空の下で呟く。
吐く息は白く、タバコの紫煙とも区別はつかない。
腕時計を見て合流予定時間を確認し、水平線を睨みつけた。
「来たな」
一隻のプレジャーボートがフランシスの目に捉えられた。その距離二十キロ先の色まで見える、これもガラス体の中で
入り江に停泊したプレジャーボート。船内より彼らは現れた。
初めに出てきたのはスーツウーマンだった。艶やかな黒髪に幼さを感じさせる顔立ち、体は引き締まっている、彼女の体は凶器になりえることを表しているようであった。
もう一人現れたが、そいつはあからさまな暴力が前面に押し出されていた。
額から生えた緋色の一本角、雰囲気から人とは違うと感じさせる威圧感。
間違いない、あれは魔族、しかも鬼の系統の上位種である。
残り六人は似たようなのがいるはずだ。
「アシハラヘようこそ、ふうま御一行様」
フランシスは前面に貼り付けたビジネススマイルで彼女らを出迎えた。
警戒心丸出しで彼女らはフランシスをにらみつけた。それもそうだ、なにせフラタニティの大半が彼女たち同じような状況なのだから。
一触即発とはいかないだろうが、取引の場の雰囲気ではないだろう。
「やれやれだ。これでは取引うぬん以前の問題だな」
船内より男の声が響き、現れた。
スーツウーマンと似た顔つきで、年齢差を考慮して弟、血縁者と考えていいだろう。
ただ違う点といえばその目つき。他者を「物」として認識しているようであった。
フランシスと同じ――過去のオレが目の前にいた。
「申し訳ない。何せこちらはネットから生じた烏合の衆。気分を害されるな」
「銃口を向けていないだけよしとしよう」
男は見下すように笑ってみせる。
フランシスもビジネススマイル崩さず、ホルスターの銃を見せながら近づく。
「どうも、ふうまさん。フラタニティ戦術指導顧問のフランシス・S・ロキットだ」
「フラタニティは傭兵に取引もさせるのか? ご苦労な事だ」
「仕方ありません。何せ烏合の衆ですんで」
聞き流すようにフランシスの脇を通り過ぎていくふうまは上空を見上げる。
無理もないだろう。誰もが最初は驚く、フランシスもそうだった。
「驚きましたか? タカマガハラの姿に」
「思っていたよりでかいな」
「たった八本の支柱であの街は天空に存在しているんですよ。ライフラインもまま成らないってのに」
「電気はどうやって回している」
「散布山、小田萌山、指臼岳、焼山、単冠山から熱量を吸い上げているんです。タカマガハラ内部に建造された高効率熱量変換電力タービン一基で都市すべての電気事情を支えているんですよ」
「あの五本の柱か、熱量を吸い上げているのは」
ふうまがアシハラから伸びる柱の一本を指差す。
「そうですよ。あれが熱量吸い上げのライフライン。あんまりにもタービンの変換効率がいいもんですから余った余剰エネルギーを気温変換装置に回して、上はここよりも温かいですよ。半袖で過ごせるぐらいだ」
「それはいいことだ」
モッズコートから八人分の昇上パスポートと居住権を取り出す。
「事務所を開くなら南部で開いたほうがいい。フラタニティから居住権を買うんだからろくな事してないんでしょう?」
「ああ、その通りだ」
「事情は聞かないが、化け物の街にようこそ。お仲間として歓迎するよ」
差し出したパスポートをふうまは受け取ろうとするが、フランシスは内ポケットに納めいつの間に抜いた肉厚な大口径の銃口が目の先に突きつけられていた。
フランシスの早業にふうまの護衛も咄嗟に動けず、呆然とその光景を見ていた。
「
鋭敏すぎるフランシスの嗅覚がふうまの影、さらには己やフラタニティの部下たちの影に何かが入り込んでいることを嗅ぎ取っていた。
影の中の刺客が動き出す前に、こいつの頭をぶち抜いてやれば逆上して出てくるのだろうか。
それはそれで見てみたくはある。
口が裂けるほど頬を吊り上げ、眼を見開き笑う。
「
「あんた……ほんとにただの人間か?」
「異能者でも魔族でも、機械化もしいねえ。五体満足のまじもんの人間だ、混じり者」
フランシスは下顎を突き出すようにし、ふうまを見下し貶す。
この男は間違いなく対魔忍の血を引いている。魔族と交わった混血者。
人としての誇りを捨てた非人間。
師匠譲りの「真人間主義」である事はわかっているが、どうにも対魔忍とは相容れないようだ。
「やれやれ……俺に銃を突きつける度胸だけは認める。――いいだろう」
鬼の女に眼をやった。
趣旨を理解したようで、プレジャーボートより一つの木箱を持ってきた。
荒々しく木箱を置き奥へと引っ込む。
「指定通りの小型時限信管だ。中華連合の型落ちじゃなく、米連の国営産業から買い付けた正規品だ」
フランシスは時限信管を手に取り鼻に押し当て大きく息を吸う。
何の意味があるのか、フランシスだけの製品確認法だ。
「たしかに、米連採用の時限信管だ。おめでとう、
パスポートを取り出したフランシスは今度こそふうまにそれを渡した。
ふうまはパスポート受け取る。訝しげにフランシスの後姿、特にモッズコートの腕に刺繍されたエンブレムを見ている。フランシスは信管の一つ一つを嗅ぎながら訊く。
「なんだ。まだ何かあるのか?」
「そのエンブレム、大陸防衛警備機構の――大統領暗殺未遂で解体された筈だぞ」
「ああそうだ、解体された。オレはそれから逃げ延びた
懐かしい事を思い出したように笑いながらフランシスは答える。
信管を扱う手付きはまるでピアノの調律師のように繊細な動きをしていた。
「またなにをしでかす気だ。フラタニティを使ってタカマガハラで」
大声で笑う。
「ただの雇われ傭兵だよ、フラタニティの。こいつらは戦争やってんじゃないんだよ、ふうまさん。戦争みたく敵負傷させて人手を減らす戦法じゃなくて、徹底的な殲滅戦とゲリラ戦、
「たちの悪いテロリストだ」
「そいつらのおかげでオレは飯を食っていけるし、ガンを弾けて、女を抱ける――と、
顔を上げたフランシスは水平線の先にあるものを捉えた。
「引き上げだッ! さっさと逃げるぞ!」
沖に見えた船、それは日本国籍のイージスだった。
警備の手が薄くなりやすい航路を指示したが、運悪く引っかかってしまったようだ。
既にレーダーには入っている。こうなればミサイルなり何なり撃たれる前に逃げるに限る。
「乗っていくか? ふうまさんよ。旅は道ずれっていうだろ、上まで連れてってやるよ」
「口が達者な傭兵だ。同行させてもらおう」
その言葉にふうまの護衛たちは機敏に動いた。
いままでプレジャーボートに引っ込んでいた四人も、フラタニティのトラックに乗り込んだ。
「女ばっかだな。さすが悪の親玉色男」
「軽口叩く前に発進させろ」
トラックは入り江より走り出しアシハラへと向かう。
鼻歌でも歌いたい気分で、ふうまにひどく個人的なことを訊く。
「あの女たち、アンタが手懐けたのか?」
「ああそうだ。一人は血縁者だが、他は俺が自らした」
「洗脳か? ドラッグか?」
「まさか、女と男やることは一つだろう」
ふと鼻笑いが漏れる。
馬鹿にしているわけではなかった。一筋の光明のようなものが見えたのだ。
「どんなことをした。どういった手で?」
「薬も使ったが、魔界医学に頼るのが最も……というより何故そのような事を」
「いや、なに。ちょっとモノにしたい女がいるんだ。どうにも強情でなあ」
フランシスは新しいタバコに火を付け吹かす。
女もいるためにお気に入りのジャンキースターではなく、オランダ産のフレーバーが効いたタバコで甘ったるい匂いが車内に広がった。
「個人的に依頼とかできるか?」
「出会って早々だな」
「あんたなら信用できそうだからな」
無神論者であるフランシスが、心でもない祈りの言葉を心の中で唱えていた。
――くそったれの神よ。オレがオレでいる間にアイナをオレの女に。
ちょっとしたアンケートを活動報告で行っております。お暇な方はお答え願います。
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