これから5000~1万字を越えた時点で、切のいいところで切って、
投稿数のほうを増やすことにしました。
11月17日、追記。
高町家にお泊りしてから数週間後。待ちに待っていた夏休みがいよいよスタートしようかという頃。
「ふふふ、久しぶりね」
「お、おまえは……!?」
「あの満月の夜以来――数ヶ月ぶりになるのかしら?」
「う、嘘だ……! な、なんで……!?」
――淡く光る紫色の長い髪。
――暗闇で輝く赤い瞳。
――唇から覗ける白い牙。
あの、夢のなかでしか会っていなかった、夢のなかの存在だと、空想だと思い込んでいた、吸血鬼のお姉さんと俺は、再会してしまった。
◆
「本当に久しぶりね」
薄暗く、朝霧が視界を霞ませるなかで、吸血鬼のお姉さんが俺に微笑みかける。
「あの夜以来、私はずっとキミが忘れられなかったのよ」
あのときと……夢のなかと変わらない姿で――。
「また、キミの血を吸ってもいいかな」
唇から覗かせた牙を、白い指先で撫でながら――。
――っ!
そんな吸血鬼のお姉さんの姿に、脳内である光景が蘇る!
繰り返し夢のなかで見ていた光景! 自分が目の前に立っている吸血鬼から襲われる光景が蘇った!
「――ヒッ!」
自分の口から漏れる悲鳴に、俺は停止させていた思考を高速で動かし始める!
やっ、ヤバイっ! に、逃げないと、ま、また襲われるっ!
生存本能第一! 逃げるが勝ち! これはただの逃げではない! 反撃のための戦略的撤退ぃ――、
「――ねえ、どうしたの?」
「うわぁあああっ!?」
回れ右をする前に吸血鬼のお姉さんが近づいてきた! 近づいてくる速度はゆっくりと、歩きながらだけど、迫力が凄まじい!
紫色の髪が映える、白いドレスのような服を揺らし、真っ赤な瞳を輝かせながら近づいてくる姿はモンスターそのもの!
って、見入ってる場合じゃない! 早く、早く逃げないと……!
俺はその場で回れ右! 太ももを90度という美しい角度まであげて、腕をL字に固定! そのまま両手両足を動かしてスタートを切れば、吸血鬼のお姉さんからも逃げ切れるはず!
さあ、スタートを切れ、中村拓也!
気合を入れて地面を踏み込み、そのまま重心を前へ! 恭也さんや美由希さんに習った走法で走り出し始める!
「あっ、コラ!」
後ろから吸血鬼のお姉さんの声をかけられる。その声には動揺の色が混じっていた。逃げるとは予想していなかったようだが、もう遅い! 俺はこのまま後ろを振り返らず、ダッシュで家、ではなく、人類最強の戦闘民族が住んでいる高町家まで――。
ボフンッ。
「ふがっ!?」
スタートの走り出しから全力の走りに移ろうとした瞬間、何かに体が、顔が埋まった!
それはまるで壁のようなもので、肌触りのいい布のようなもので、顔を埋めているふたつの玉は柔らかく、温かかった。
なんだこれ? さっきまで道にこんなのなかったはずだぞ?
スタートするとき見たときも一本道だった。壁など存在するはずなどありえない。
俺は顔面を挟んでいる、というか顔を埋めている玉を手で探る。ふむむ……、このハリのあって、程よく温かいモチのような感触、どこかで……?
むむっ? それにこのいい匂い……。香水か? それも女性モノで、あんまり強くない香水。
…………。
と、いうことは……。
俺の顔を挟んでいるものは……俺が顔を埋めて、さらに両手で探る、というか、揉んでいるものは……。
女の人のおっぱい!?
気づいた俺はすぐに両手を離し、顔を谷間から出す!
叱られる! そう思って顔を伏せようとして思い出す! 背後に迫る人間の脅威に。
そ、そうだ! この人もここにいたら襲われる! は、早く吸血鬼のことを伝えて逃げないと!
俺は顔を上げて、
「あのっ! ぶつかってすみません! でも、それよりも後ろに吸血鬼の……」
言葉がピタリと止まる。
……え? あ、れ……?
「い、石、仮面……っ!?」
顔を上げたその先にいた女の人の顔には、石仮面が嵌められていた。
太古の時代に創られたような、顔全体を隠すような石仮面。
図工の時間に俺が作ったようなまがい物とは遥かにレベルが違う、石仮面。
「その石仮面は……まさかDIOの!? ブランドー家の一族か!?」
「?」
「いや、DIOは確かに死んだはず……。じゃあ、ジョバァーナの?」
と、マズイ! のん気に考えてる場合じゃない! この人も後ろのお姉さんと同じ吸血鬼ならすぐに逃げないと……!
「――うふふふ、つーかまーえたー♪」
背中から、首から前へ回される2本の白い腕! その腕に引き寄せられ、ずむっと後頭部が埋まる!
2つのおっぱいに挟まれた俺が上を見上げると、そこにはニッコリ笑顔を浮べた吸血鬼のお姉さんと、石仮面をつけた女の人が俺を覗きこんでいた。
「もう逃げられないわよ~♪ うふふふふ……」
「ぎゃあああああああああっ!?」
俺は、あっけなく意識を失った……。
◆
「あららら、脅かしすぎちゃったかしら?」
私の腕のなかにはだらりと力なく気を失っている拓也くん。
「ん~、でも気絶までされちゃうなんて。やっぱり最初の『出会い』が悪かったからなのよねぇ」
ほんと、出会ってすぐに吸血して、そのまま逆レイプまでしちゃったからなぁ~。しかも、全部夢のなかでの出来事だと思っていたのに現実で再会することになったら気絶もするわね。
「……いえ、それだけではないと思われますが」
正面から声をかけられる。視線を拓也くんから上げてみると、いつものメイド服を着込み、顔にはフルフェイスの、石でできた仮面をつけたノエルが立っていた。ふふ、正体を隠させるために付けさせた石仮面だけど、我ながらなかなかの出来ね。これでアステカの儀式でもすれば、数百年後には本当に……。
「――と、それよりも……」
「はい。すでにお車の準備は出来ております」
「そう。なら拓也くんが目覚めないうちに向いましょう。拓也くんはこのまま私が車まで運ぶから」
「はい」
いつも通りしっかりとした口調でうなずくノエル。メイド服のポケットから携帯電話を取り出し、電話をかけ始めた。おそらく電話の相手はもうひとりのメイドであるファリン。
電話を終えてしばらく待っていると、一台のリムジンがこちらにやって来た。
リムジンは私たちを追い越し、そのすぐ後に急ブレーキをかけながら停車した。
……い、いつみても手荒い運転ね……。
ドジっ子メイドの運転に呆れていると、リムジンのエンジンが完全に停止し、運転席のドアからファリンが降りてきた。
「お待たせしました忍お嬢さま~、メイド2号、ファリンただいま参上ですぅ~♪」
元気一杯に笑顔を浮べるファリン。かわいらしいけど、今は時間がない。早くこの場から離れないといけない。
「ご苦労様、ファリン。今度は、拓也くんを後部座席に乗せるのを手伝ってもらえるかしら?」
「はい! かしこまりましたぁ忍お嬢さまぁ」
元気よく返事をしたファリンと一緒に、リムジンの後部座席に拓也くんを乗せる。そして運転の上手いノエルが運転席へと乗り込んだ。
ノエルは石仮面を外して助手席に置き、バックミラー越しにこちらを見て言う。
「忍お嬢さま」
「なに、ノエル」
「あの石仮面というものは付けないといけないのですか?」
「当たり前じゃない。私たちの正体を隠すためには必要よ。ああでも、運転中は危ないから付けなくてもいいわよ」
「…………」
無言のノエル。バックミラー越しに見える表情はどことなく硬い。それからノエルは車のエンジンをかけ、屋敷へ向い始めて数分後。覚悟を決めたように再び口を開いた。
「忍お嬢さま、あの石の仮面は……石仮面はやめませんか?」
「? どうして?」
吸血鬼としては1番有名な仮面。といっても過言ではない石仮面。その石仮面を再現した石仮面のどこが気に入らないのかしら?
「それは……拓也さまも怖がりますし。何よりも重いですし、窮屈ですし……」
ノエルの口から次々と漏れる不満。どうやら石仮面はノエルにはそうとう不評らしい。
「ふはははは! 私は人間を止めるぞ! ジョジョ~!」
ファリンにはこんなにも大好評なのに……。DIOの真似をして車の中でジョジョ立ち、ジョジョ座り? をしているファリンから視線をノエルへ向けると、
「ファリンも今だけです。その内飽きて勝手に外しますよ」
私の考えていたことを読んだかのように忠告してきた。……まあ、確かに。ファリンならあんな顔全体を覆うような仮面なんかすぐに飽きて外しちゃいそうね……。
「やっぱり今忍お嬢さまが付けていらっしゃるような、目元だけを隠す覆面のほうがいいかと……」
「これのこと?」
石仮面よりもミュータントな亀を連想させる、この穴あきリボンがいいと? 黒いリボンのような覆面を指差す私に、ノエルは前方に顔を向けたままうなずいた。
「はい。そちらのほうが何かと都合がいいかと思われます」
「うーん……でも、これって製作時間数分の代物よ? それに目元しか隠してくれないし。すぐに正体がバレるんじゃない?」
「それでも、石仮面よりはマシかと……」
ノエルはそう言ってくるけど、石仮面ってすごく時間と手間がかかってるのよねぇ。もう付けないなんてそんな勿体無いこと――。
「でしたら、忍お嬢さまも一度あの仮面を付けて見てはいかかですか?」
「へ?」
ノエルの提案に、ファリンもノってくる。
「そうですよぉ~! 試しにこれを付けて拓也くんに会ってみてはどうですかぁ?」
「私が、石仮面を付けて?」
首をかしげると、2人のメイドは同時にうなずいて見せた。……私が石仮面を付けて、拓也くんと会う。
…………。
それはなかなか……おもしろそうじゃないの♪
「ではでは、忍お嬢さま」
「ええ」
ファリンから石仮面を受け取る。ふふふふ、まだ付けないわよ。付けるのは拓也くんをVIPルームに案内してからよ。
うふふふふふ……。
◆
「……あ、れ? ここ……どこだ?」
目を覚ましてみると、俺は知らない部屋のベッドで寝かされていた。
部屋を観察してみると、天井や壁まで木で出来ていて、まるでログハウスのような部屋だった。
「窓もあるみたいだから地下……じゃないよな? 壁の両側にも窓があるし……小屋?」
窓から差し込む太陽の光に首を傾げる。ちなみに見える景色は木、木、木、木、木、の森林だった。自分がいるベッドの反対側にある窓からも、木しか見えていない。
「…………」
いや、本当にここ、どこ?
俺、昆虫採集に行こうとしてたよな? 夏休みの自由研究用に。まだ日も上がってないような早朝に虫取りに行こうとしてたよね? なんで窓からギラギラと輝く太陽が見えてるんだ? なんでログハウスのベッドなんかで寝てるの、俺?
「何があった、何があった、何があった、何があった……?」
両手で頭を抱えて、思い出す!
早朝から今、ベッドで起きるまでに起きたであろう空白の時間を!
「え、ええっと……家を出るときお父さんとお母さんにもきちんと言ってから出かけた。昆虫採集をする予定の森……というか、家の敷地にある森に入る許可はしっかり月村さん家から前もってもらってる。虫取り網とカゴも持ってきて――今はベッドの側に置いてある。月村さん家に向う道を歩いていた記憶もある。でも……」
――それから。
それから――何が、あった?
俺が頭を抱えたまま、思い出そうとしていると――。
コンコン。
ドアをノックされた。
「――っ!?」
ノックの音が耳に入ってきた瞬間、即座に臨戦態勢を整える! 誰っ!? 誰だっ!? 誰がやってきたんだ!?
ベッドの上でシーツを被り、完全防御体勢の構えをとったままドアのほうを偵察する! くそぅ、ふ、震えが止まらねえッ! 止まれッ、止まれよおッ!
体の震えを止めようとしているうちに、ガチャっとドアノブが回った。ギィっと音を鳴らしながらドアが開いていき、誰かが部屋のなかへと入ってくる。俺は起きているのが気づかれないように、シーツを深く被って耳を澄ませた。以前、恭也さんに習った『足音で人数を把握する』という技を使うために。
……あ、足音から相手はひとり……か?
足音が重なるような音は聞えなかった。どうやら入ってきたのはひとりらしい。
その足音は段々と大きくなって、ベッドへと近づいてくる。
だ、誰……、誰なんだよぉぉ……。
怖くて怖くてしょうがない。
近づいてくる足音。かすかに聞える呼吸音。聞えてくる音すべてが怖くてしょうがない。
ここで勇気を振り絞ってシーツから飛び出し、誰とも知らない相手を無効化できるのならいいが、そんな勇気は俺にはない!
俺に出来る事は、そう、寝たふり――。
「――あら、起きたのね」
……寝た、ふり……。
「うふふふ、丁度お茶の用意ができたところなの。あなたも一緒にいかが?」
全身を隠すように頭から被っていたシーツを捲り、そう俺に微笑むお姉さん。寝たふりは開始して数秒、速攻で寝たふりがバレてしまった。
「美味しいお菓子もあるわよ」
「え、あ、い……え……」
「そうなの。じゃあ、あなたのぶんも用意するわね」
「……は、い……。ありがとう、ございますぅ……」
「ふふ♪」
うれしそうに再びドアを開けて部屋から出て行くお姉さん。……紫色の長い髪をしたお姉さん。夜によく光りそうな
…………。
あはっ、あは、あはははは……。
そうでしたね、俺……。月村さん家に向っている途中で吸血鬼のお姉さんと再会したんでしたね……。
あはははははは、あはははは……はぁぁぁぁ……。
◆
「どう、美味しい?」
「はい……」
「ふふ、それはよかった。ほら、お菓子も美味しいわよ」
「あ、ありがとうございます」
お礼を言って、吸血鬼のお姉さんから勧められたお菓子を手に取り食べる。口のなかに広がる甘さを紅茶で流して、新しいお菓子に手を伸ばしてちびちびと食べる。吸血鬼のお姉さんは何がおもしろいのか、俺の向かい側の席に座って俺を眺めながら紅茶とお菓子を楽しんでいる。
…………。
……なんで俺、吸血鬼のお姉さんとお茶してるんだ?
「あら? どうかした?」
吸血鬼のお姉さんが首を傾げる。俺は即座に首を横に振って「なんでもありません」と返して会話を終了させようとしたところで――止まる。
俺はティーカップを置いて、吸血鬼のお姉さんを正面から見る。
ものすごく怖いけど、正面から吸血鬼のお姉さんを見つめて、
「――その仮面……はなんですか?」
と、訊ねた。
「あら? これのこと?」
吸血鬼のお姉さんは仮面に手で触れて、首をかしげた。俺はそんな吸血鬼のお姉さんにしっかりとうなずく。
「はい」
ほんと、そのどこかで見たような石仮面はどうしたんですか? その石仮面でどうやって紅茶とお菓子食べてるんですか? まさか吸血鬼繋がりでDIOさま狙ってます? 吸血鬼=石仮面っていう発想ですか? 実は石仮面って有名ですけど、ほとんど被ってるところないんですよ。
その他諸々言いたいことがあった俺は、どうしても気になって石仮面について質問したわけだが……吸血鬼のお姉さんは一言。
「日焼け対策よ」
と、バッサリ両断してきた!
「ひ、日焼け、対策ですか?」
「ええ、吸血鬼って太陽が苦手でしょ」
「それは……そう、ですね……」
確かに、大半の吸血鬼は太陽光を浴びると灰になってしまう。……けど、それならなんでノースリーブのドレスなんて着てるんだ? 腕とか腕とか腕とか丸出しなんだけど。そっちは日焼け止めでも塗ってるのかな?
「まあ、でも確かにこの仮面は重たいわね」
「へ?」
疑問符を浮べた俺を無視して、吸血鬼のお姉さんは石仮面に両手を添える。そしてそのまま吸血鬼のお姉さんは何を思ったのかガパッと石仮面を外して、テーブルの上へと置いた。
テーブルの上に、置いた。
石仮面を……。
「……へ? え……?」
簡単に外してもいい代物だったの?
すでに完全用済み扱いでテーブルの隅に置かれた石仮面。そんな漫画でもアニメでも速攻で用済み扱いされる石仮面から吸血鬼のお姉さんへと視線を戻すと――。
「やっぱり石の仮面は重いわよね。フルフェイスで窮屈だし。これぐらいが楽だわ」
……目元を隠す黒リボン、もとい科学変異の亀ズを意識したと思われる仮面? いや、覆面をつけて優雅に紅茶を味わう吸血鬼のお姉さんがそこにはいた。
「あの、お姉さん?」
「あら、何かしら?」
「さっきの、日焼け対策じゃ……?」
「? 別に平気よ。私は太陽なんて克服してるし」
「……そ、そうでしたか……」
ならなんで石仮面を? そして今も目元を隠すリボンなんて付けてるんだよっ!?
この吸血鬼のお姉さんと話してると頭が混乱する……。
「――拓也くん」
「は、はい!」
いきなり吸血鬼のお姉さんに名前を呼ばれ、俺は背筋を伸ばす。今度はなんですか!?
俺が椅子の上でビクビク小鹿のように震えていると、吸血鬼のお姉さんは小さくため息を吐いた。困ったような表情を浮かべて吸血鬼のお姉さんは言う。
「もう、そんなに警戒しなくてもいいわよ」
「え?」
呆ける俺をよそに、吸血鬼のお姉さんはカップを机の上に置き、席から立ち上がる。
そして無言のまま俺の席へと歩いてきて――。
――っ! ヤバイッ! 逃げ――。
「――大丈夫よ」
――吸血鬼のお姉さんに抱きしめられた。
「……あ、――っ!」
また襲われるッ! 血を吸われるッ! 吸血鬼のお姉さんの匂い、熱、感触、息づかいを強く感じた俺の脳内で、最大限の危険信号が鳴り響こうとした瞬間、
「――大丈夫。大丈夫だから。今度は襲ったりなんかしないから……」
耳元で、そう優しくつぶやかれた。
「え、ぁ……」
「あの時はごめんなさい。怖かったわよね。こんなに震えて。ごめんなさい……」
「…………」
ギュゥウウっと抱きしめてくる吸血鬼のお姉さん。涙声の、震えた声で俺は何度も謝られた……。
◆
吸血鬼のお姉さんに抱きしめられてからしばらく。涙ながらの謝罪を受けた俺は、吸血鬼のお姉さんに対する警戒レベルを落とすことにした。
俺は大きく息を吐いて全身の緊張を抜く。……うん。落ち着いた。
落ち着いたところで、体を抱きしめ続けている吸血鬼のお姉さんの腕をポンポンと叩く。
「お姉さん、もう大丈夫だよ。怖がったりしないから」
「すぅ……すぅぅ……ぁあ……」
「? お姉さん、寝てるの?」
「――っ! あ、えっ……ご、ごめんなさいね」
抱きしめる腕を解いて離れる吸血鬼のお姉さん。……ん?
「あの……大丈夫、ですか?」
「ええ、大丈夫よ」
平気だと、ニッコリ笑顔を浮べる吸血鬼のお姉さん。……そのわりには目がギンギンに輝いてるんだけど……。
ん~……でも……。
「本当にごめんなさい。あのときはどうしても自分が抑えられなくて……」
まっ、悪い人ってわけでもなさそうだし。
「本当は夜中に出歩いてるのを注意しようとしたんだけど、拓也くんからすごくいい匂いがして……我慢できなくなって、そのつい襲って……」
わ、悪い人じゃ……。
「そ、それに血も、今まで飲んだのとは全然違ってて、すごく美味しくて……。ごくっ、ん……本当に、美味しくて、ね」
「もういいから、ね。もう気にしていませんから、大丈夫です」
「――っ。ありがとう、拓也くん」
床に膝立ちになって、吸血鬼のお姉さんは深々と頭を下げる。俺の膝に頭を埋めるように。
「はぁ……はぁ……。本当に、いい匂い……」
……訂正。悪い人ではなさそうだけど、この吸血鬼のお姉さん、危ない人? みたいだ。
「すぅはぁ、すぅはぁ……すぅぅ、はぁぁあぁ……」
俺の股間に顔を埋めて匂い嗅ぎまくってるし。紫色の長い髪の間、目線を隠してる黒いリボンの穴部分から赤い光が漏れ出してるし……。
「ん、すぅぅぅ、はぁぁぁ……」
幸せそうに息を吐く吸血鬼のお姉さん。俺の足にすがりつきながら匂いを嗅いでくる姿は、アリサのとこで飼ってる犬に見えた。
試しに吸血鬼のお姉さんの頭に手を置いて撫ぜてみる。うわ、髪の毛、サラサラだな。
「ん~……」
頭を撫でられた吸血鬼のお姉さんはうれしそうな声で唸り、膝に頬ずりしてくる。これで尻尾が生えていれば、さぞパタパタと振って喜びを表現してくれていたことだろう。
「すぅぅぅ……はぁぁ……」
……ほんと、ハートマークでもつきそうなぐらい幸せそうに匂いを嗅ぎ続けてる。
「あの、お姉さん?」
「ん~? なーにぃ?」
「俺の匂いってそんなにいいんですか?」
俺の質問に吸血鬼のお姉さんは顔を上げる。俺の膝の上で腕を組んで幸せそうな顔のまま言う。
「それはもう最高よ! いままで嗅いだなかでも最高……いえ、拓也くんと出会うまでは匂いなんかで吸血衝動が抑えられなくなるなんてなかったのに。拓也くんの匂いは嗅いだ瞬間に自分を抑えられなって、今も嗅いでるとすごく満たされて……」
急に言葉を小さくして吸血鬼のお姉さんは頬を赤らめて太ももをすり合わせる。恥ずかしそうに視線を俺から外して、
「とにかく最高にいい匂いなの……」
と、小声でつぶやいた。
「そ、そうなんだ……」
俺自身、いい匂いと言われても香水とかつけてもないし、何も変わったことなんかしてないからイマイチ納得や理解はできないけど、いい匂いと言われてるんだから、悪い気はしなかった。
むしろお姉さんに褒められてうれし……。
「――それに、匂いもだけど味も、最高に美味しかったから」
「……あ、味ですか?」
「ええ」
「へぇ、そうなんですか」
吸血鬼のお姉さんと視線が合わさる。真っ赤な瞳で、唇からは鋭そうな牙が……。
ごめんなさい! やっぱりうれしくないです! 匂いとか味って、完全に捕食対象としてみられてるじゃないかっ!
「ああっ、ごめんなさい! こ、怖がらせるつもりじゃなかったのよ!」
「嘘だ! 信じられないですよっ! さっき俺のこと完全に食料として見てたでしょ! いやぁぁぁ、誰かぁぁぁ! 助けてぇぇぇ!」
「見てない、見てないから! 怖がらないで! あと、騒いでも誰にも気づかれないんだから騒いでも無駄よ!」
「なっ、騒いでも無駄!?」
「そうよ、ここは森の奥に建ってる山小屋なんだから。大声だしても誰も来ないわよ」
だから静かにしましょ。と、注意される俺。……どうやら俺は完全に捕らわれていたようです。クソッ、逃げ場も助けもないのかっ!?
「ふぅ、やっとわかってくれたのね」
ほっとため息を吐く吸血鬼のお姉さん。うう、俺が生き残るにはこの吸血鬼の言いなりになるしかないのか……。
クソぅ……人外をも倒せる力さえあれば……。誰にも負けない力が欲しい……。
そう心の中で強く願い、何とかパワーアップフラグを立てようとしていると、吸血鬼のお姉さんが両手を握ってきた。
吸血鬼のお姉さんは俺の目を正面から見つめながら真剣に説明し始める。
「これ以上誤解されないために言っておくけど。この山小屋に拓也くんをつれてきた理由は襲ってしまったことを謝りたかったからなのよ」
……え?
「じゃ、じゃあお、襲ったりとかは……?」
「――しないわ。するつもりもないわよ。まあ、いきなり襲ってしまった前科がある私をそう簡単に信用できないと思うけど……」
そう言って目を伏せるお姉さん。ど、どうやら本当に襲うつもりはないらしい。
そ、そういえば今まで忘れていたけど、俺の体に何も異変がない。これが襲うつもりの吸血鬼だったら、寝ているうちに血を抜いたり、お菓子やお茶にクスリを仕込むはず。
そういう事情を考えてみると、本当に俺を襲うつもりがないと、信用できる。
俺はそこまで考えて、吸血鬼のお姉さんに頭を下げた。
「……さ、騒いでごめんなさい」
「こ、こっちこそ、怖がらせるようなこと言っちゃってごめんなさい」
吸血鬼のお姉さんも謝り、繋いでいた手を離した。
「…………」
「…………」
なんとも言えない沈黙。吸血鬼のお姉さんは空気を変えるようにその場から立ち上がろうとして――。
「――ん……」
ふらり、とふらついた。
吸血鬼のお姉さんは倒れまいと机に両手をついた。
「だ、大丈夫ですか!?」
俺は慌てて椅子から立ち上がる。吸血鬼のお姉さんの体を支えるように立って顔を覗き込んで見るが、顔色が悪い。
ど、どうしよう!? すごく苦しそうだ! え、えっと、こ、こういうときは110番するんだっけ!? 111番だっけ!? で、でも、吸血鬼のお姉さんって普通の病院でもいいのかな? いや、ダメだよね!? ……お、俺はいったいどうすればぁぁぁ!?
とりあえず元気付けるためにも吸血鬼のお姉さんに呼びかける!
「お姉さん! 大丈夫!? 救急車呼ぶ!?」
「ふ、ふふ、大丈夫よ。これぐらい……」
ダメだ。表情にいつものような余裕がない。顔から汗も伝ってるし、結構ヤバイいんじゃないか?
「大丈夫だから……。少し、血がね……」
「血っ!?」
つまり吸血衝動ってヤツ!? つ、つまり……俺の血を、飲みたいと……。
「だから、拓也くん」
「ひゃ!? は、はいっ!?」
ま、まさか血を吸わせろなんて、言わないよな? 言わないよね……?
「今日のところはもう帰って」
お姉さんの口から放たれた言葉は俺が予想していた言葉と違っていた。
「……え? お、お姉さん?」
「まだ、軽いから我慢できるけど……このままじゃ、また、襲っちゃいそうだから、ね……」
吸血鬼のお姉さんは無理矢理笑顔を浮べてつぶやいた。
…………。
「はぁ……はぁ……ん……」
吸血鬼のお姉さんは苦しそうに息を吐く。俺を襲わないよう我慢してるんだ……。
苦しいのに……。
「……お、お姉さん……」
「私は……だい、じょうぶだから……」
無理に気丈に振る舞っている。
俺は……。
「お、お姉さん」
「何、拓也、くん……」
「血……吸われたら、吸血鬼になっちゃうの?」
「? いえ……。それはないわ」
「……吸われるとき、痛い?」
「それは……吸う側だからわからないけど……」
「前は……かなり痛かった」
「……うっ、ご、ゴメンなさい」
「うん」
…………。
俺は覚悟を決めて、お姉さんの手を握る。
心の中で膨れ上がる恐怖心に気づかれないように笑顔を浮べて、
「す、少しだけなら、血……吸ってもいいよ」
俺はお姉さんに首筋を差し出した。
「……い、いいの?」
「うん。お姉さん、苦しそうだし……。女の子には優しくしなさいっていつも言われてるからね」
桃子さんや美由希さんから。
「だから、いいよ」
「拓也くん……。ありがとう」
「うん」
◆
「ちゅっ……じゅるるる……。はぁ、んくっ……おいしい……」
「んっ、はぁっ……はぁっ……お、お姉さん……っ。うぐっ、ううっ……」
首筋に感じる痛み。傷口から溢れる血を舐められ、吸われる感覚。唇と舌の感触が首筋をくすぐった。
密着している吸血鬼のお姉さんからシャンプーの匂いが香る。淡く薄紫色に光る長くてサラサラとした髪は幻想的で綺麗だった。
「あっ、ああ……あああぁぁ……」
俺に抱きつき、首筋に顔を埋めている吸血鬼のお姉さん。
吸血鬼のお姉さんの首筋に顔を埋め、背中に手を回す。
目が……霞む。
手足が冷たい。
頭が……回らない。
痛みも、ない……。
吸血鬼のお姉さんに吸血の許可を出して、すでに10数分。
体の感覚がなくなり始め、ゆっくりと目の前が真っ暗になっていく。
「…………」
「ちゅっ、はぁ……じゅるる……」
吸血鬼のお姉さんはまだまだ吸血中。俺の体内からはまだまだ血が減り続けている。
……あれ? これ、物凄くマズい状況なんじゃ……?
……あれ? でも、気持ちいいぞ? ……力が抜けていって……。
……真っ白に……。俺、真っ白に……。
「しっ、忍お嬢さま!」
「? 何よ、ノエル。今、すっごくいいところなのに」
「拓也さまの顔色を見てください! これ以上は危険です!」
「顔色? 危険って……。――っ!? まっ、マズいわ! ノエル! すぐに輸血の準備を始めて!」
「はい! 直ちに!」
「しっかりして、拓也くん! うう~……まさか夢中で吸血しすぎてしまうなんて……」
…………。
……俺、真っ白……。