「――ただいま戻りました、提督」
「おかえり、神通」
夕暮れ時。
古いながらも滑らかに滑る引き戸が開かれる音と同時に、彼女の帰宅が報せされる。
何時ものように、神通が帰宅する。何時ものように、自分はそれを出迎える。
稀に変わることがあっても、ほとんど変わらない毎日だ。
「今日は、鰤があったから大根と煮てみた」
「楽しみです」
三和土の上で靴を脱いで上がった神通と短い廊下を渡る。すぐに台所だ。
夕飯の主役である鰤大根は煮込んだ後で、今は冷まして味を浸み込ませている。しかしもう十分だろう。後は豚汁と一緒に、神通が風呂に入ってる合間に温める。冷蔵庫の中にある常備菜、今日はほうれん草の胡麻和えにしようか。それと漬物、茶と白飯を出せば食事の用意は出来上がりだ。
一度、鍋の蓋を開けて鰤大根の具合を確かめる。うむ、いい出来だ。大根の飴色が美しい。
「神通、風呂は何時も通り沸いて――」
振り向いた直後、神通に唇を奪われる。
何時も通りなら風呂に入って、食事して。しかし、今日は稀な日らしい。
◇
自分がここに来たのは、半年程前のことになる。
頭はあまり良くないが体格には恵まれていたから、食べる為に何となく海軍に入って、何となく日々を過ごして。給金が上がるなら、と『提督』候補の募集に応募した。
結果、この古く小さな一軒家を訪れることになった。
最初はかなり面食らった。基地ですらない。海こそ近いが外見上は完全に一軒家、それも古い和式木造の。
場所を間違えたのではと思うが自分をここに連れてきた者と車は疾うに走り去っており、困り果てることとなった。表札は出ていない。
まさか、この地下に秘密基地でもあるのか。この一軒家に自分が指揮すべき艦娘がいるというよりは、余程現実味はあるが。
「……提督、ですか?」
一軒家の玄関前で立ち尽くしていると、建て付けが悪いのかがたがたと音を立てながら引き戸が開けられて。
臆病そうな印象を受ける少女が顔を覗かせた。
――それが、神通との出会いだった。
少女に勧められるまま、その古家に入る。
三和土は砂や小石がそこかしこにあって、単にしばらく人が住んでいなかったのか、掃除がされていないのか。廊下に入っても僅かに埃の臭いがした。潔癖という訳ではないが、一応規律の厳しい訓練生を経て軍人となった自分にはこのような状態は気になったが……少女は、ここに住んでいるのだろうか。
海の近く、崖近くに位置するこの古家は、周囲に何もない。雑草が低く生い茂る野原に囲まれ、道すらない。野原の更に向こうには底が見えない深い森。ここに至るまでは自動車だったが、その行程の殆どを場所の秘匿の為眠らされていたからどこかは分からない。国内ではあるはずだが。
そうこう思案している内に廊下を終え台所。こちらも手入れされている様子はない。
「すみません……散らかっていて」
「いえ、お気になさらず」
自分が物の散乱している洗い場の惨状に視線を向けたのに気付いたのか、先導する少女が恥ずかしそうに謝罪する。気にする、ということはやはりこの少女の住居なのだろうか。まだ十台半ば、少なくとも二十にもならなそうな少女が住むには良い環境とは言えない。家人はいないのだろうか。三和土には、他の靴は見当たらなかったが。
そもそも、散らかっていても妙に生活感がないのだ。いや、かなり昔には生活していた者がいたとは感じるのだが、ここ数年人がいても生活していないという、不思議な感覚。
台所の隣は畳敷きの居間のようだ。古びた、しかし埃は他に比べ払われている座布団を勧められる。胡坐で腰を下ろすと少女自身は畳みの上に正座で、自分の正面に座った。所作は年頃にしては落ち着いているように見える。
「あの……お待ちしておりました。『軽巡洋艦』神通です。どうか、宜しくお願い致します……」
「むぅ」
三つ指をついて頭を下げる少女。思わず唸ってしまったが、心のどこかでやはり、と思う。この少女が、艦娘か。しかし名乗られた以上黙っている訳にもいかず、自分も名乗る。それから、色々と話した。
まずここは間違いなく艦娘、神通の活動拠点であること。そして他には艦娘がいないこと。ここに、自分という『提督』が必要であること。何をすればいい、と単刀直入に聞くが、居てくれればそれだけで良いと言う。
困った。
さほど真面目な性分とも思ってはいないが、何もせず暮らして高い給金を貰っていられる程肝は太くない。かといって自分の反応を待っている神通、その不安げな瞳を見てやはり辞す、という気にもなれない。
結局、神通との奇妙な毎日が始まった。
朝、起きると洗顔をしてから、朝食を摂る。深海棲艦を狩ってくるという神通を見送れば、帰ってくる夕暮れまですることがない。無傷で帰ってくる神通を出迎えて、夕食を摂ってまた眠る。
食糧や生活に要する物は一覧をこの家のポストに入れておけば一週間程で用意され、玄関前に置かれるとのことだ。一覧を回収、物資を持ってくる者は軍関係のように思えるが何度か声をかけてみるも目線を合わせず、何も語らず。そういう決まりらしい。
そんな毎日、一応は体力を落とさないよう簡単な訓練をするくらいで。
時間を、持て余した。
暇にものを言わせてこの古家に手入れと家事をすることにする。家電類はこの家に見合わない程新しい物が置いてある。恐らく自分がここへ来ることに合わせて用意した物だろう。
まずは大掃除、そして家の修繕だ。恐らく前の家主の物だろうが古い大工道具があったのでそれを手入れして利用させてもらう。戸の建て付けもそれで直した。
食事の用意も自分でする。当初、神通は自分の分は必要ないと断っていた。どこかで摂ってくるのだろうかと思い了していたが、どうやら本当に食べる必要がない、らしい。それどころか砲や魚雷で戦うはずなのに弾すら要らぬという。更には睡眠も必要としない。確かに彼女が眠っている所を見たことがない。艦娘とは、摩訶不思議な存在だった。
しかし、深海棲艦を狩りに行く時以外は自分の傍に居たがる神通。二人居るのに自分一人の食事に、尻の収まりが悪くなってついに聞いたのだ。
食事は、摂れるのか。
要の有無ではなく、可か否か。答えは恐らく、可であると言う。食を摂ったことも興味を持ったこともないからだそうだ。最初は、粥にした。
絶食、または極限の空腹にある場合に固い物や油、濃い味は毒になる。あくまで人間の場合だから神通はそうではないかもしれないし、もしかすれば五分以下の白湯のような粥も毒になってしまうかもしれない。
だが、唯一の同居人と食卓を囲めるかもしれないという誘惑に自分は勝てなかった。
少量の米が溶けかねない程煮込んだ後、ぬるめに冷ました粥。少々の塩くらいの味付けで自分には物足らぬ、最初の二人の食事だったが。
――美味しい。
恐る恐る一口含んだ神通は、頬へと一筋の涙を落としてそう言った。
まるで、何かを思い出したかのような表情。
そんな彼女に自分はどうすればいいかわからず、すすり泣く声を背景音にただ黙したまま食べ進めた。神通は完食のあと、ご馳走様でした、と深々と丁寧に頭を下げた。憑き物の落ちたように微笑んだ顔は、この世の物と思えぬ程に美しかった。
外見上は一回りも年の離れた彼女に、自分が惚れたのはこの時だったように思う。
◇
その日から、神通との日々は変わっていった。彼女自身が、変わっていったからだ。日々の食事を共にする。夜も深まればおやすみを言い合って互いに眠り、朝になれば意外にも寝坊気味な彼女を起こしてやる。
人間の、当たり前な毎日。本当は人離れした力を持つ艦娘である神通との、毎日の生活。
当初、飯も食わぬ、眠りも要らぬ。ただ深海棲艦を狩って帰ってきて、自分の傍に居たがる彼女を恐れたことがないと言えば嘘になる。しかし、今は違う。食を共にし、屋根を共にしている。寄る距離も、近づいてきているように思う。それが嬉しいと、いつの間にか自覚していた。
そんな、ある日。
日課の如く深海棲艦を狩ってきた神通は、何時もと違っていた。
物静かで、何を言うにも遠慮がちな彼女が興奮を露わにしていた。吐息が荒く、熱い。頬を紅潮させて瞳が爛々と輝いている。
心配し何があったと聞けば、今日は何時もより多くの深海棲艦を狩ることが出来たという。
興奮のまま神通が話し終えると同時、玄関先で押し倒された。
◇
「んっ、ぷぁ……提督……提督……っ」
「……ん」
からん、からん。
神通に壁へ押しやられての、急な口づけ。手に取っていた鍋の蓋を落としてしまい、軽い音が夕日の射す台所に響く。鰤大根の夕食は、少しお預けだ。
薄らと涙を浮かべ、自分を求める神通の背に手をやる。彼女は小柄な方ではないが、自分の背は彼女には高過ぎる、少し屈んで今度はこちらから唇を求める。
「ぁっ、提督、んっ、ちゅっ……ちゅぅ……」
首の後ろに両腕を回しながら、神通が嬉しそうに唇へ吸い付いて迎える。自分も背に、腰に腕を回して抱き寄せると、自然身体と身体の距離が零になる。腕の中、すっぽりと納まってしまう神通の華奢な身体。愛おしさが湧き上がり、燃え上がっていく。
互いに許しを得るのも野暮とばかりに、短く口づけを繰り返しながら互いに互いの衣服を解いていく。こうして身体を重ねるようになった初めの頃は、その変わった衣服の解き方に苦心したものだったが今では目を瞑っていても出来るようになった。
「っ、神通……ッ」
衣服を床に落として、互いに下着姿。晒された細い肩、程よく肉付いた下半身。何度目にしても欲情させてくれる。獣性で乱暴にしないよう、毎度のことだが神経を使わなければならない。
「提督……こんなに、してくれて……」
神通が自分に抱き締められながら、下着の上からペニスを嬉しそうに撫で上げる。硬さを、興奮を確認するように、何度も、何度も。更に血が昇っていくが負けじとこちらも愛撫を始める。
「ひんっ、ぁ、そこ……っ」
細い首筋、顔を埋めて舌を這わせる。耳元から鎖骨の辺りまで。ここが神通の性感をよく高めること、彼女が悦ぶことを知っていた。
そうしながら、両手は尻を鷲掴みにして揉みしだく。丸みを帯びた尻肉、手に吸い付くような若い女特有の餅肌。何度、何時までも触れていようが飽きない。こちらは少し乱暴にされるのが好みのはずだ。
「ぁ、う、提督っ、ぁ、あっ……ッ」
そろそろか。
神通の下着を下す。既に股間を覆う布とヴァギナの間に粘性の糸が引いていた。
「……っ、てい、とく……っ」
今度は神通が壁に手を付いて、全てを曝け出した下半身をこちらに向ける。自身の手で広げた媚肉、そこの奥から覗く薄桃色が充血している。自分も、限界だった。
神通の腰に手をかけ、更に尻を上げさせる。ペニスを握り、早く、早くと急かす本能を宥めながらじっくりと先端の狙いをつける。神通は壁に両手を付いて、性器と性器が触れ合う度に震えながらその時を待っている。
「はや、くっ……ていとくッ……!」
自分のペニスは体格に見合って少々太く、長い。幾度も貫いているとはいえ、一気に突っ込めば神通への負担が大きいはずだ。だから、ゆっくりと神通へと埋め込んでいく。幸い、神通の愛液は粘り気が強く量が多い。それでもミチミチと広がる入口が痛ましいのだが、神通は口を強く結んだまま甲高い嬌声を上げてくれる。
ゆっくりと、ゆっくりと。
奥へ進んだら、その分の半分を一旦戻して、また奥へ。その度に白濁した愛液が掻き出されて神通の太腿を、床を汚していく。それを何度も繰り返して最奥へ。最近、漸く根本まで神通の中へ埋めることが出来るようになった。肩で息をしている神通の為、そのままの姿勢で止まって腹を撫でる。引き締まっているが柔らかさを十分残す腹の肉越しに自身の硬さがあった。
「かまいま、せんっ、から……うごいて、下さい……っ」
詰まった息をいくらか落ち着かせた神通の求めに応じて、腰をやはりゆっくりと振り始める。ぎゅうぎゅうと締まる膣肉、纏わりつく愛液が心地いい。彼女と繋がっていること、その幸福に満たされる。
引き抜く時にぶるり、と感じてくれる彼女が愛おしい。後ろから首筋に幾度も口付け、吸い付く。小さな赤い痕がその肌に刻まれていく。ぶるり、ぶるり。痕が刻まれる度に膣内が痙攣したように震える。緩やかな性行だが、神通はそろそろ限界のようだった。
「……いいか」
「は、ひ……は、ぃ……くだ、ひゃぃ……っ」
そういう自分も、今すぐにでも射精したくなっている。誰が聞き耳を立てているわけでもないのに、耳元で小さく囁く。もはや神通は呂律も回らず、膝が笑っている。立っているのも辛そうだ。
最後は少し強めに、抉るようにして深く腰を打ち込む。
「――ッ、っ、ぃ!!」
声にならない悲鳴と共に神通が崩れ落ちそうになる。それを支えるのに後ろから抱き締めて、そのまま我慢を手放した。
「ぅ、くッ……愛してるぞ、神通……!」
「……~~~っ!!」
昂ぶりに突き動かされるまま、愛を叫ぶ。同時に射精。ぎちり、と搾り上げられるままに精を吐き出していく。盛大に噴出した精は腹を破る勢いで神通の最奥で弾け、すぐに膣内を一杯にして結合部から逆流していく。
神通を抱き抱えたまま精を最後の一滴まで吐き出し尽くす。少しでも、多くの精を神通に注ぎたくて。
漸く射精し切ると、ゆっくり引き抜く。栓が抜かれたことでびゅるり、と膣口から精が溢れるが構わず神通を抱いたまま床に腰かける。互いに、荒い息。周囲は脱ぎ散らかした衣服と、互いの体液で無茶苦茶になっていた。
「……風呂、入ろうか」
「は、い……」
息を整えてから、そう提案する。後片付けもしておかないとな。飯はそれまでお預けか。
とにかく、まずは風呂だ。
腰の抜けている神通を抱き上げて、風呂場を目指す。狭い浴槽だが何とか二人入れる大きさだ。
何時もとは違う稀な一日。神通との、稀な一日。
三日に一度を、稀と言うべきではないかもしれないが。