「お待ちしていました。重雷装巡洋艦、大井です」
「よ、よろしくお願いします……」
あぁ良かった。
私を出迎えてくれたのは一人の艦娘、大井さんだった。クリーム色の制服上下、茶色がかった髪を後ろに流している。にこりと笑う表情はとても素敵で、緊張からロクに視線を合わせられない私を温かく迎えてくれた。
◇
双子の妹と両親とを深海棲艦によって失った私は、頼る親戚もなくあっけなく孤児になった。よくある、話だ。よくある話のよくある行く末として海軍に志願。それが不幸自慢にもならない時代だ。
しかし、私は家族を失った恨み、深海棲艦への復讐といった感情は希薄だった。
私が海軍を目指したのは、別の理由だ。
頼るべき当ても、大した特技も持たず、顔も平凡で地味というしかない私が取れる道が軍にしかなかったいうこともある。
私の家族。育ててくれた両親には感謝している。私の数日後に生まれた双子の妹はよく懐いて、何時も私の後ろを付いてきていた。
――そう、何時も。
最初の頃、物心ついた頃はそれを嬉しいと思っていたように思う。ほんの少しだけお姉さんの私に付いてきてくれる妹、私のおままごとのような世話を喜ぶ彼女に幼い母性を刺激されたのかと今は思う。
妹は、何をするにも私と一緒にしたがった。遊びも勉強も、お風呂も、就寝も。両親や周囲は仲良しの双子だと呆れたり喜んだりだったが。
だが、あれは私と妹が十二の時だったか。
何時ものように私の布団に潜り込んだ妹。横になってあの子に背を向けていた私。
くぐもった声、ナニか湿った音。
気づきたくなかった。聞きたくなかった。そういった知識が、まだなければ良かった。
妹は、声を押し殺しながら私の名呟いて、愛を叫んでいた。
その時は湧き上がる吐き気を堪え、寝る振りをするのにそれはもう努力が必要だった。
コトを終えた妹が背後から私を抱き締めた瞬間、叫び声をあげて振り払わないようにするのには気力が必要だった。結局、朝まで眠れず沈んだ顔の私は両親に心配をかけることになった。
妹は気づかれていなかったと思っているらしく、それからも何時も通りだった。つまり、私が気づく以前から「そう」だったのかもしれない。そう考えが至った時、今度はこっそりトイレで吐いた。
そしてその日、家族は私を残して皆逝ってしまった。
ちょっとした用で外出した時だった。昨夜のことがあったので付いてきたがる妹を何とか説得して一人で家を出たのだ。妹と居たくなかった。
いなくなってくれればいいのにと思っても、離れてくれないから私から離れることにした。
それが、運命を分けた。
家賃の安い海沿いの町にあった私の家に、被弾してふらふらと飛行、そして墜落した深海棲艦の艦載機が落下。腹に抱えたままだった爆弾が爆発して、家の形は残らなかった。
家の方角から届いた轟音に慌てて駆け戻った私を出迎えたのは、更地となった我が家だった。
いくつもの悲鳴が響いている。それを囃し立てるようにサイレンの音が近づいている。焼け焦げた臭い。目の前で未だ燃え盛る炎の熱。それらに紛れるように、私は、笑っていた。
みんな、いなくなっちゃった。妹も。
願い通りだ。両親まで巻き込まれたが。いなくなってくれた。
それからのことはよく覚えていない。国の人が来て、形のほとんど残っていない私の家族を弔ってくれたしお経を聞いたような気もするが気づけば孤児院にいた。教会が運営する孤児院だったが、軍に入ることになってそこを出るまで結局懺悔も祈りもしなかった。
海軍で艦娘を指揮して深海棲艦を討てる立場になることは、贖罪になると思ったのだ。家族を奪われたことを恨んではいない。だが、家族の死を望んでしまい、叶ってしまったことへの罪悪感。それを雪ぎたいという、どうしようもなく自己中心的な動機だ。我ながら酷い娘だ、たぶん地獄に堕ちる。
そうして海軍に入り『提督』候補になって、ついに『提督』に。この年で、更に成績も良くない私がどうして選ばれたかは分からない。着任前日となる昨日、私を呼び出して面会した海軍中将もずっと目を伏せていたし。
それにしても立派な建物。元々海軍の基地だったのを艦娘用の拠点として転用した物らしい。しかし、以前はその大きさに見合ってたくさんの艦娘がいたそうだが今では大井さん一人とのこと。他の艦娘達は別へと移って行ったらしい……大丈夫なのだろうか、それ。艦娘が深海棲艦に圧倒的優位な力を持つとは言え一人だけだなんて。
違和感を覚える。しかし、かといってどうしようもない。
結論を言うと、杞憂だった。
◇
「提督、お疲れ様です」
「お疲れ様、大井さ……大井っち」
着任して二週間。
未だ『大井さん』と呼びかけて訂正すると、にこり、と笑顔を見せてくれる。ここでの生活に慣れ始めた頃、こう呼んで欲しいと言われた時は面食らったが少しずつ馴染んできた。
大井っちは毎日精力的に出撃し戦果を上げている。私はというと特にやることもなく、だらだらしているだけ。しかし彼女がそれでいいというのだ、甘えてしまおう。
「提督、似合ってますよ」
「そう、かな……?」
着任して一か月。
大井っちと随分と仲良くなった。一緒に入ったお風呂あがり、髪を弄るのを許すくらいには。
姿見の前、自身の髪型を確認する。普段下している黒髪は三つ編み一つと横髪を左右それぞれで纏められている。正直、少しダサい。
だが、大井っちは随分と喜んでいる……誰に会うでもなければ、いいか。普段頑張ってくれている大井っちの為だ。
「提督、ちょっと着てみません?」
「あ、それ……」
着任して二か月。
二人きりの夕食の後、寝室。
大井っちが差し出したのは彼女と同じクリーム色のセーラー。大井っちの予備だろうか。確かに体格はあまり変わらない……胸の大きさは負けているが。お揃い、にしてみたいのかな。いいよ、と受け取ってその場で着替える。既に一緒にお風呂に入ったり、たまに一緒に眠ったりする仲だ。
スカートを穿いてセーラーに袖を通す。最後に巻き込んだ三つ編みを出して、白のスカーフを結んだら完成。形は基本的に女学生の制服なので迷うことはなかったが、セーラーの丈が短くおなかが剥き出しだ。少し恥ずかしい。
「……」
「似合う、かな?」
大井っち、と言いかけたところでいきなり抱き締められた。
「『北上さん』……っ」
え?
そのまま、ベッドに押し倒される。きたかみ?
「北上さんっ、北上さんっ、逢いたかった……!」
「大井っち、何……っ、んぅッ!?」
唇を奪われた。柔らかな感触。お腹の上にかかる大井っちの体重、両腕は痛いくらいに強く押さえつけられている。すぐに、舌を捻じ込まれた。
「ぢゅる、んっ、んっ……!」
「ッ、ゃ、ぁ……ひゃめ、ひッ……」
貪るような口付け。
何で? 何が、こんな狂おしい程に彼女を求めさせる?
きたかみ。
海軍に入るに当たり、身につけた知識。その一つに該当する名前。
球磨型軽巡洋艦、その三番艦。同じく四番艦に当たる大井、その姉妹艦。
大井っちの、姉。
『お姉ちゃん……っ』
ぞわり。
あの日の悪寒が蘇る。
「きたかみさん、きたかみさぁん……」
「やめ、やめてよ、大井っち……違う、ちがうよ……!」
愛おしさを証明するように、身体のあちこちにキスされる。頬に、耳に、首元に。
必死に、必死に。
私は必死に否定する。
違う、私は貴女の姉じゃない、きたかみじゃない。
「かえってきてくれた、かえってきてくれた……!」
実感を確かめるように、身体のあちこちに大井っちの掌が這う。肌に毛虫が這うような嫌悪感。
かえって、きた?
大井っちの言葉の意味が理解できない。
もがく。必死になって。
しかし大井っちの力は強く、私の抵抗を否定する。
舌が首筋に這う。その熱さと、吐息の生温さに肌が粟立つ。
「きたかみさん……っ」
感極まったような大井っちの声。
スカートの中、私の一番大切なところへ大井っちの手が潜り込む。
ひっ。
「ちがっ、大井っち、わた、わたし、違う……ッ」
「きたかみさん……っ、きたかみさんきたかみさんきたかみさん」
壊れたように連呼する大井っち。既に、私の言葉は彼女に届いてはいない。下着の中に指が捻じ込まれる。
指先が押し込まれる。激痛に脳髄が焼かれる。
貫いた悦びに花開く、大井っちの表情。あの妹と、その顔が重なる。
歪な姉妹愛。
もういないらしい、本当の姉妹艦を求める大井っち。
最初から彼女の目的はこれだったのだ。漸く気づく。
私が『提督』に選ばれたのは、彼女に、大井っちに選ばれたのはこれだけが理由だったのだ。
「きたかみさんきたかみさんきたかみさん」
私を、きたかみを。姉艦、『北上』を貪る大井っち。
痛みはもう絶望に塗り潰されている。言葉も抵抗も届きはしない。
大井っちの指が、『妹』の指が私のナカを犯す。貪る。
念願叶ったといわんばかりに、大井っちが笑う。嗤う。
嗚呼。
これが報いか。
壊れた妹、その死を喜んでしまった私の罪。
もういなくなった姉の死に、壊れてしまった大井っちに与えられる罰。
ここが、私の地獄だ。