『えっち』から始まる恋があってもいいじゃない? 作:カゲロー
「竜ヶ崎 葵さんっ! 好きです! 付き合って下さい!」
時は放課後。夕日に照らされた校舎裏という絶好の告白シチュエーションのフィールドに
腰からきっかり90度の角度で曲げられたお辞儀の姿勢は実に美しく、それはまるで彼の動揺の裏返しのようだと、俺と共に草むらの影にしゃがみ込んで一世一代の告白シーンをのぞき見していた女子生徒が小さく呟いた。理知的さを感じさせる眼鏡をかけた少女の眼光は鋭く、告白を行った男子生徒を値踏みしているようにも見える。
その感想に口に出さずに同意を返しつつも、俺の視線は告白を受けた女子生徒を凝視し続ける。
制服の上からも分かる、前に突き出した大きな双丘にきゅっと括れた腰。裾の短いスカートから覗くむっちりとした太もも。
身じろぎするたびに腰のリボンがふわりと舞い、柔らかそうなヒップのラインがスカートに浮き出てしまう。
――そう言えば、最近また育ったような事言ってたっけか。
ぼんやりとそんな事を考えている間に、告白現場では動きがあった。
告白を受けた女子生徒は、何かに悩むように一つに束ねられた腰まで届く艶やかな黒髪に指を絡めて弄っていたが、やがて意を決したかのように桜色の唇を開く。
「あの……私は貴方の事を良く知らないし……」
先ず出てきたのは、ま、当たり前と言えば当たり前な台詞。そうりゃそうだ。あの男子生徒の顔は俺にも心当たりがない。つまりそれは、全くの初対面だということ。
つまりは一目ぼれ、或いは遠目から眺めるだけで満足していた連中の一人ってとこかな。
「大丈夫です! お互いの事なんて、付き合っていくうちに自然と分かっていくものですから!」
何処がだよ。舌打ちが出てしまうのを抑えられない。
何だアイツ。あの流れはどう見ても断りにいっているって分かんないのか? そこまで馬鹿なのか?
「単に認めたくないだけでしょ。それにあの娘はどうにも押しに弱そうに見えるしね。多分、勢いに任せて押し切ろうって所じゃないの?」
「……それ、ヤバくないか? 下手したら、逆上しかねないってコトだろ」
「あら、貴方はあの娘がそんな軽い女だとでも思っているのかしら?」
「まさか!」
俺は即答する。
幼馴染で10年以上一緒に過ごしてきた経験から、雰囲気に流されるような奴じゃあ無いって断言できる。
俺の答えに満足げに頷いた彼女は指差す先を視線で追えば、女子生徒が意を決したように「あの!」と声を出しているところだった。
「え、あの、竜ヶ崎さん?」
「ごめんなさい」
ぺこりとお辞儀するとともに拒絶の言葉を告げる。
延々とよくわからん持論を話し続けていた男子生徒が呆気にとられた様な顔をしているのは、なんだか滑稽だ。
下げていた頭を上げ、相手の目をしっかりと見つめながら、女子生徒は言葉を続ける。
「私がもし誰かとお付き合いすることになったとしても、その前にお互いの事を良く知ってからそういう関係にしたいと思っています。確かに、貴方が言うように後になってお互いをよく知るっていうのもあるかもしれません。でも私は『私を本当の意味で分かってくれる』人とでないとそういう関係になるつもりはないのです。貴方はミスコンの優勝者とか、いろいろな噂話とかくらいの『私』しか知らないのでしょう? だから――ごめんなさい。失礼します」
驚愕のあまり二の句が継げなくなった男子生徒に向けてもう一度頭を下げると、女子生徒は踵を返してこの場から立ち去って行った。
後に残されたのは断られるとは思っても見なかったとばかりのマヌケ面で固まっている負け犬と、野次馬根性丸出しでのぞき見していた俺たち3人だけ。
「おお~~……これで葵ちゃんの連勝記録が更新したねっ!」
「フン。アイツって確かサッカー部のエースだったかしら? 付き合っている女の子を取っ換え引っ換えしているって有名だったからね。いいザマだわ。葵に手を出そうなんて100年速いのよ」
振られた敗者へすき放題に追い打ちをかけながら鞄を取るため教室に戻っていく彼女たちの後を追いながら、俺はチラリとサッカー部のエース(笑)を振り返る。
――告白する勇気がある奴ってスゲーよな……。
10年以上もの間、胸の奥に秘め続けてきた想いを伝えるどころか言葉にすることも出来ない意気地なしの自分自身に嫌気が差しつつも、ちょっとでもあれくらいの勇気が欲しいな――と独りごちるのだった。
『
もしこのように問えば、ほぼ全員から『真面目』、『頼りになる』、『委員長タイプ』といった返答が返ってくるだろうな。
教師が下した彼女の評価は『立派』、『模範的』。
事実、彼女はそこらのタレントが裸足で逃げ出すほどに美しい容姿を持つだけに留まらず、真面目で接しやすい人柄は多くの生徒や教師たちから一目置かれている存在なのだから。
才媛……その単語が誰よりもしっくりくると皆が同意を返す。
そんな彼女が去年の文化祭で開催されたミスコンで1年にも関わらずぶっちぎりで優勝してしまったのは、ある意味で当然の結末であったと言えよう。
見目麗しい容姿と優れた才覚を併せ持つ完全無欠な才女――竜ヶ崎 葵は俺、こと『
しかも家はお隣さん。
ラノベ的なお約束である自室の窓越しのお話しまで可能と言う、充実っぷり。
友達からはリア充だのなんだのからかわれ続けてきたが、表立っては否定しつつも、内心ではガッツポーズをとっていたのは俺だけの秘密だ。
何故かって? それは当然――俺がアイツを、葵を好きだからに決まってんだろ!
でもその一言を、『好きだ』という一言を口にすることが出来ない。
それは多分、言った瞬間から俺たちの関係が……平凡でも楽しい日常の風景が一変しちまうからだと感じているからだろうな。
だから、現状維持に甘えてしまう。
でも、それでも構わなかった。
いつか、そういつかはアイツに伝える。俺の想いを。
だからそれまでは、こんな日常を続けていける――そう思っていた。
でも……そんな日常はもう来ないって、一度狂った運命って呼ばれる歯車が元に戻ることなんてないんだって事を――俺は、葵を失ったあの時に否応なしに理解させられることになるのだった。