『えっち』から始まる恋があってもいいじゃない? 作:カゲロー
3話構成を考えており、次とその次にえっちシーンが入る筈。
修学旅行の全工程を終えて、無事に『2人の愛の巣(仮)』へと戻ってきた海斗と葵。
旅行明けの3日間は休みとなっているので、久しぶりにゆっくりと惰眠をむさぼることが出来た。
座り心地にも慣れたソファーに背中を預けながら、やっぱり
彼女は、この『2人の愛の巣(仮)』こそが自分の帰る場所だと無意識に感じていることに気づいているのだろうか?
「うし、完成~」
すっかりエプロン姿が似合う主夫の仲間入りを果たしてしまった海斗は、食卓に並べられた色とりどりの料理を見下ろしつつ満足げに胸を張った。
修学旅行の疲れもなんのその、本日も日課の早朝ジョギングを問題無くこなせるくらい規則正しい起床を済ませていた。
軽い運動で汗を流し、心地良いシャワーを浴びると、流れるような動きで朝食の準備に取り掛かる。
胃にもたれないようあっさり系の味付けを施したドレッシングにコーティングされたシャキシャキのレタスサラダ。
葵の好みである甘めの厚焼き玉子と炊き立ての白米。
予め冷蔵庫から取り出しておき、常温で冷気を抜いておいたオレンジジュースをコップに注ぐ。
温いジュースは美味しいと言えないかもしれないが、我が家のお嬢様はいまだに夢の中。キンキンに冷えた水分を口にするのは、寝起きの胃腸によろしくないという配慮だ。
そしてメインディッシュとなるのは、テーブル中央に鎮座する大皿にある魚のムニエルだ。
ふんわり黄金色の衣をまとって特製のソースの海に浮かぶ様は、見ているだけでこの上なく食欲をそそってくる。
最後に、出来立て熱々の魚介系のうまみが凝縮された海鮮味噌汁をお椀に注げば、手間暇かけたちょっぴり豪華な朝食の出来上がりだ。
調理器具を手早く洗って食器乾燥機に放り込むと、エプロンを外しながら寝室へと向かう。
寝室へのドア近くにあるソファーにエプロンを掛け、軽くノックをしてからドアノブを回す。
以前、うっかりノックを忘れてしまったせいで、寝ぼけ眼のまま着替え中だった葵と対面するというハプニングがあった経験からくるものだ。
あの時は、パニックを起こした葵の繰り出した、意外と精度の高かった必殺投擲術によって、脳天目掛けてすっ飛んできたペーパーナイフを白羽取りさせられる羽目になったのだ。
現在の海斗が、あの時と同じ轍は踏まないと言わんばかりに緊張の表情を浮かべているのはそう言う理由があったからなのだ。
決して、女の子の寝室へ踏み入ろうとしているこのシチュエーションに、興奮を覚えているからなのではない。
咄嗟に回避行動へ移れるよう真剣な表情で腰を落とし、すり足気味にドアを開いていく海斗。
一気に全開にはせず、ドアを僅かに開くとその隙間から顔を覗かせ中の様子を窺う。
室内はカーテンが閉じられたせいで薄暗いものの、日が昇ってそれなりの時間が経っていることもあって視界は良好だ。
素早く眼球を動かして
「お嬢様はおねむ中……っと」
海斗の予想通り、葵はベッドの中で、すぴすぴと心地よさそうに微睡んでいた。
口元がだらしなく弛んでいるあたり、年頃の娘としてそれはどうなんだ? と思わないでもない。
が、しかし、それを口に出すことはできない。意外と勘が鋭い葵は、寝ている最中でも海斗が意地悪な発言をしたことを耳ざとく感じとり、頬を抓ってやろうと無意識に腕を伸ばしてくるのだから。
本品曰く、「何でか海斗くんの声だけは、寝てる時にも聞こえてくるんだよ。……なんでだろ?」 らしい。
この時の会話を盗み聞きしていた関係者(馬鹿マッドや黒服さん方)は、「お前らもう結婚しろよ……」と声を揃えてツッコミを入れたらしい。
「葵~、朝飯の準備が出来た――ってか、もう昼だな。じゃあ、昼飯の準備ができたぞ~!」
安全(?) を確認してようやく部屋の中に足を踏み入れた海斗は、床の上に転がっていたぬいぐるみを抱え上げながらベッドに近づいていく。
「やれやれ、お前たちも葵の相手をするの大変だな」
そう言って、抱き抱えたぬいぐるみ――べそをかいて半泣きというへんてこな表情を浮かべた『うるうるウルフ君』をベッドの上に戻してやる。
抱き着き癖のある葵は、夜中は同じベットで眠っている海斗に抱き着いているが、今日のように海斗が抜け出した後には枕元に置いておいたぬいぐるみを抱き寄せている。
この時、少なくない数のぬいぐるみが置かれているせいで、叩き落とされてしまうコが床の上へ散乱してしまうのだ。
「今日の犠牲者はアザラシの『ゴマ和え美味しいな♪ 君』か……アザラシなのにエビ反りとはこれいかに」
両手で力いっぱい抱きしめられて、大層愉快なポーズを取らされている残念な名前を付けられてしまったアザラシ君の表情が苦悶に歪んでいるように見えるのは決して気のせいではないと思う。
何故抱き枕にされただけで、背骨をへし折られねばならないのか。
「……俺の身体は大丈夫、だよな?」 と
「ほら、いい加減に起きろ、葵。いくら修学旅行が疲れたからって、あんまり寝すぎるとかえって身体に悪いんだからな」
「ふぁ~い……」
何時も起こしてもらっている海斗の声に反応したのか、寝間着姿の葵が冬眠明けの熊の如きのっそりとした動きで身体を起こす。
二度寝の間に外れてしまったのか、胸元のボタンが3つほど外れており、ピンク色の可愛らしいブラがチラチラと見えてしまっている。
年の近い少女の未成熟でありながらも成熟した女を感じさせる色香を前に、海斗の頬に朱色がさす。
だあ、最早見慣れたものだとばかりに、わざとらしい咳払いをひとつ吐きながら、葵がいまだに包まっていた毛布をひっぺ剥がす。
「……いい加減に目ぇ覚まさんか。ほれ、これでも食って早く起きろ」
と、言いながら半開きになっている葵の口の中へ、何かの切り身を放り込む。
その瞬間、葵がくわっ! と眼を見開き――
「かっ、辛ぁ――っ!?」
一気に目が覚めたらしい葵は、両手で口元を押えながら床の上を転がりまわった後、なだれ込む様な勢いで流し台へと突貫。
蛇口を限界まで捻って流れ出てくる大量の水をがぶ飲みしていく。
やがて、口の中で暴れまくっていた辛み成分が納まったのだろう。ひりひりと痛む唇を抑えつつ、涙目で睨み付けてきた。
「にゃ、にゃにたべはへたのひょお!?」
何を食べさせたのよ!? と言いたいらしい。キッチンへと振り返った海斗は、味付けに使った“あるもの”を手に持って振り返る。
「これ」
「これ、って……唐辛子じゃない!? しかもすっごく辛い奴じゃなかった!?」
「おいおい、大袈裟だぞ。ちょっと、飲食店でこれを使った料理に『内臓が弱い方は口にしないでください』という注意書きが表記される程度の唐辛子の辛みランクだっつーの。まったく、根性が無いな」
「根性云々の話じゃないでしょお!? そんなこと言うんなら、海斗くんが食べればいいじゃない!?」
「え? ヤダ。俺辛いの苦手だし」
「何言っちゃってるのかなこのヒト!? え、まさかその毒々しい真紅の物体を全部私に食べさせるつもりだったの!?」
「いいや? 葵の弁当のおかずに忍び込ませておいて、昼食の時に同伴したヒス女や色男がついつい箸を伸ばしてしまいそうになるトラップにチャレンジしてみようかと」
真顔で恐ろしいことをのたまう海斗。
ブービートラップ的な弁当を持たされそうになっていると言う事実に、葵は戦慄を隠せない。
しかもその狙いが
「そんな危険物は没収です!」
「えぇ~」
「『えぇ~』じゃありません! こんなあぶないイタズラしたら本気で怒るからねっ!」
「具体的には?」
「……」
無言で葵が取り出したのは甘辛いタレで味付けされたお揚げで酢飯を包み込んだ三角形の茶色いお寿司。
通称、お稲荷さん。
冷蔵庫から取り出した昨夜の残り物であるソレを手のひらに乗せて、
――グシャッ!
と、握りつぶした。
視線は海斗の下腹部辺りを捕捉したままで。滴り落ちる白い酢飯の粒が、違う何かを連想させなくも無い。
「詳しく聞きたいの?」
「――さあ、さっそく美味しいお昼ご飯と洒落込もうじゃありませんか! 本日は葵様がお好きな白身魚のムニエルで御座います!」
一瞬でご機嫌取りへとシフトした。
指の間から零れ落ちるご飯粒を舌で舐め上げる葵の妖絶さすら感じる表情に、海斗の本能が全力降伏こそが最善の一手であると叫んでいたからだ。
傍から見れば、完全に尻に敷かれた夫の図である。
恭しく椅子を引いて葵を先に座らせてから、海斗も彼女の
向かい合うのではなく、互いの肩が触れ合うほどに近いこの位置が、最近の彼らのポジションだった。
「とりあえず、いただきます。じゃあ、まずは海斗くんのおススメから」
「ん。今日のおススメは俵型の揚げ物だな。一気にかぶりついてくれてもいいぞ?」
「女の子は大口開けたりしないんですー! まったくもう、デリカシーないんだからっ」
唇をとがらせつつ箸を動かして、輪切りの要領で小さく切り分けていく。
柔らかい材料を使っているのだろう、箸がナイフのように沈み込む。
予想以上の柔らかさに感嘆を顕わにしつつ、小さく切り分けたおススメとやらをひとつ掴み上げ、頬張る。
「えっ!?」
最初に感じたのは『驚き』。なんと、黄金色の
切り身が持つあっさりとしていながらもしつこくない絶妙の食感。それに身と衣の間から溢れ出してくる半熟卵のソースの甘みが一体となって、身体の内側から極上の満足感で満たされている。本来寝起きに油物を食べるのはよろしくないが素材がいいのだろう、くどさは一切感じられず、白米へと伸ばされる箸を止める事が出来ない。
「おいしっ!? 卵も甘~い! なにコレ、どうやったの!?」
「サメの切り身で半熟の卵を挟み込んでから湯葉で包むんだ。そいつにパン粉を薄くまぶしてカラッと揚げてみた。ポイントは挟んだ卵が固くならないように揚げ時間を短時間にすることかな」
俵型の形にしたのは中にある卵を潰さないようにという目論見があった。
淡白な味付けを施した切り身と味の濃い卵を油の中で一緒に包み込む事で、一体感を表現したのだ。
しかし、海斗がおススメだと胸を張る一品、この程度で終わるはずも無い。
「野菜も喰えよ? ドレッシングは今出来てるから」
「へ? どういう意味――あっ!?」
切り口から溢れ出す濃厚な卵ソースが皿の上に広がって、皿の端にかけられた特性のソースと絡み合っていく。
トマトペーストを主軸にした赤いソースと黄色い卵ソースが一体となって、添えられている千切りキャベツと混ざり合っていく。
主役の揚げ物を食べて口の中が少し油っぽくなったところで、味付けが施された瑞々しい野菜を頬張る。
あっさり系なハイブリットドレッシングと揚げ物のコンビは最高だ。
あっという間に頭が覚醒した葵が、すごい勢いで箸を動かしていく。つられるように、海斗も食事を始めた。
昨日の昼過ぎに学校へ到着した一行は、そのまま解散となった。
気だるそうにふらつく生徒達同様、長時間の移動の疲れで疲労がたまっていた海斗と葵も意識の半分近くが夢の世界へ旅立ちつつあった。
だが、彼らの住処は学校の敷地内。
人の目がある中で、2人仲良く学校の敷地内に向かうのは不味すぎる。
一応、逆方向にある裏口からでもいけない事は無いのだが、かなりの敷地面積を誇るここの外周をぐるりと迂回する余力は残されていなかった。
そんな訳で隙をついて物陰に隠れた2人は、他の生徒達が全員居なくなるまでの間、待ちぼうけを喰らう羽目になってしまった。
帰路につけたのは、解散から30分以上経ってから。
こうして余計な時間を取られつつもどうにか帰宅できたのだが、そこで仲良く限界を迎えてしまったのだ。
旅行鞄を放り投げる様に下ろしながら制服を脱ぎ捨てると、シャワーを浴びる事もしないでそのままベッドルームへGO&爆睡開始。
夜中に襲われた肌寒さを抱き締め合うことで乗り越えた彼らは、丸一日もの間眠りこけてしまった。
そんな訳で、2人の胃袋はVery Hungryモードを爆進中なのだ。
しばらくの間どちらも言葉を発さず、食器がカチャカチャと鳴る音だけがリビングに響く。
やがて用意されたメニューの殆んどを綺麗に平らげたところで、満足できたのだろう。
シメの柚子シャーベットを堪能していた葵が、不意に気になったことを聞いてきた。
「そういえばさ。今日の材料って何だったの? なんだか新鮮な気がしたんだけど」
「……ふ、ふふふ」
空になったコップをテーブルに置きながら、海斗が不敵に笑う。
「か、海斗くん? その不気味な笑いはなんなのかな?」
「よくぞ聞いてくれたな! 何時になったら聞いてくれるのか、ちょっとだけ心配になっちまったぞ!」
テンションがおかしい海斗に困惑を隠せない。そんなに話したいなら、自分から言えばいいのに……と思った葵は悪くない。
向けられるジト目をスルーしつつ、冷蔵庫の扉を開いてなにやらゴソゴソ。
程なくして目当てのものを取り出し、葵にも見える様に掲げてみせた。
大きな牛肉にも見える塊。どこか見覚えのあるソレの正体とは……、
「え、まさか……!?」
「くっくっく……! そう、これぞ修学旅行でゲットした
「持って帰ってきちゃったの!? てっきりホテルのコックさんにあげたとばっかり思ってたよ!」
「おいおい、俺を見くびるなよ? こんな事もあろうかと、携帯式のアイスボックスを荷物の中に忍ばせていたのだっ!」
「準備万端だね!? え、まさか最初からサメさん狙いだったの!?」
「だって沖縄旅行だろ? 沖縄と言えば海、海と言えば人喰いザメ、人喰いザメといえばサメ料理だろうが!」
「ものすごく納得できない連想ゲームになってるんですけどっ!?」
この日より数えて実に3日もの間、終日3食サメ料理のオンパレードであったという。
それが原因で、2人が初めての喧嘩をする羽目になったのだが……、
「いい加減にしてよ! もうサメ料理はうんざりなんだよ!」
「何故だ? 意外とヘルシーなんだぞ?」
「そう言う問題じゃないのっ!」
両手を突き上げてふしゃーっ! と憤慨する葵に、海斗は気圧されずにはいられない。
犬も食わない痴話喧嘩を初体験している事に気づけない2人の言い争いはしばらくの間続けられたものの、
「むう……。確かに女の子にはきついかもしれないな。――わかった。それじゃあ、お詫びに駅前のファミレスで限定販売されている和風ジャイアントパフェ『カーネル・SAN……DA―ッ!』をご馳走するから」
肉汁溢れ出す脂身こてこてなチキンを積み重ねたかのような、女の子永遠の宿敵たるカロリーの権化のような見た目。
然しその実態は、濃厚でクリーミーな特性キャラメルソースとチョコレートクリームによって創造されし、至高のスウィーツ。
溢れ出す肉汁をキャラメルソースで再現し、色合いの異なる水あめを幾層にも重ね合わせることで衣を再現。
ひとたび匙を突き刺せば、鼻孔をくすぐるチョコレートとドライフルーツの香りが立ち昇る。
作り手が抱く不屈の信念――別名、どうでもいいこだわり信念とも言う――によって完成された、通称“見た目詐欺パフェ”。
それこそが『カーネル・SAN……DA―ッ!』。ちまたでうら若き乙女達のハートをキャッチして離さない、この街で名の知られた名物である。
「も、もう、しょうがないんだから! そこまで言うんなら、許してあげない事も無いんだよ!」
・第1回 夫婦(?) 喧嘩
勝者:高宮 海斗
決まり手:スウィーツ必殺拳(別名『甘いものでご機嫌取り拳』)
所要時間:8秒
予想以上な変わり身の速さに腹筋が大変な事になりかけた海斗を余所に、
――◇◆◇――
『パフェは週末にでもご馳走してやるから、今日は大人しくゴロついててくれ』
そう言い残して置いて行かれた葵は、一人残されたリビングでソファーに寝転がりながらTVに映るバラエティー番組の再放送を眺めていた。
「うーん……つまんないなー……」
ボヤキ声に還される返答は無く、それがいっそう虚しさを高めていく。
現在、海斗は外出中。昼の食事を終えた頃合いを見計らったように鳴り響いた携帯電話のコール。
洗い物で濡れた手を手ぬぐいで拭きながら通話ボタンを押した海斗は、数言問答を交わした後、急に出かけると言い出した。
『家から呼ばれている。夜までには帰るから』とだけ言い残して出て行った海斗の表情。葵には、苦虫を噛んだかのような様子に見えた。
だからこそ気になる。普段から大人っぽい雰囲気を持ち、精神的にも余裕がある海斗のあんな顔は見たことが無かったからだ。
すくなくとも、彼と共に生活する様になってからは。
「ん――……気になる……。気になるよぉ……!」
修学旅行のお土産に購入したぬいぐるみ『びっくなまこちゃん(リボン付き)』を抱きしめて身悶える。
なんだか胸がモヤモヤする。自分には知られたくないという意志がありありと見て取れた海斗の背中。彼があんな態度をとった理由はいったい何なのだろうか?
――悩んでても始まらないよね!
「よっし! ここは名探偵葵ちゃんの出番だね!」
『びっくなまこちゃん』を勢いよく放り投げながら立ち上がると、足早に玄関へと向かう。
「……」
――が、ドアノブに手をかけた所で自分の恰好が寝間着のままであることに気づきUターン。
追跡しやすい様に身軽な恰好へ手早く着替えを済ませると、鞄の中身も確認する。
(財布よし、携帯電話よし、家の鍵よし。うん、完璧だね!)
5分と掛けずに準備を済ませた葵は、今度こそ家を飛び出した。
「えーっと、海斗くんのお家ってこの辺りの筈だよね……」
外出に困らないようにと校長から手渡された裏口を潜ってから少々歩いた。
沖縄に比べればまださほど暑くないから汗もかかずに済んでいるのはありがたい。
おのぼりさんのようにきょろきょろ視線を彷徨わせつつ、記憶を辿りながら海斗の実家を探す。
――電話口で『親父』とか言ってたから、多分家に帰ったんだと思うんだけど。
同棲生活を開始してからそれなりの時間が経過したことで当事者達の反感も収まっただろうと計画関係者が判断したらしく、一時的な帰宅ならば構わないと許可が下りたのだ。
葵もまた、修学旅行前に家に残っていた荷物を受け取るため戻ったことがある。
家を出たのはほんの少しの間だったと言うのに、自室に戻った瞬間、妙な郷愁を感じたのはなんとも変な感じがしたものだ。
けれど、海斗の場合は何だか里帰り的なものとは雰囲気が違っていたのが気にかかる。
何と言うか……そう、胸の奥がざわざわするとでも言うべきか。
上手く言葉に出来ない感覚に戸惑いながら大通りを抜けて、住宅街に張り巡らされている細道へと入っていく。
この辺りは急激な建築ラッシュの煽りを受けて造りだされたものだ。
しかしひとつに計画に沿って建てられていったわけではなく複数の土地の所有者達が自分勝手に建築を進めてしまった結果、住宅の敷地や形状が統一されない珍妙な住宅街が誕生してしまった。
和洋混在は当たり前。立派な松の木が植えられた中庭が目玉になるはずだった民宿の隣に何故か日光を遮るほど高い無骨なビルが建ち、大手フランチャイズ店のコンビニ2軒に挟まれてしまった年季のある駄菓子屋があったりもする。
建物の敷地もパズルのように複雑になっていて、住宅の間にある細道が迷路のように入り組んだ造りになっている。
しかも、地図が描かれた看板などの設備は皆無という初見殺し。
土地勘も無く、地図も無い葵に迷うなという方が無理難題であった。
案の定と言うべきか、
「ふ……ふぇぇえ~~っ!? ここ、どこよぉ……」
見事なまでに道に迷った少女の図が完成していた。うっかり携帯の充電を忘れてしまったせいで地図を検索することも出来ず、完全に途方に暮れてしまった。
誰かに道を聞こうにも、振替休日の葵と違って世間的には平日であるのだから、そうそう都合よく誰かが通りがかるはずも無い。
――だが、
「……ぇ?」
運命とは人の想いを嘲笑う、悪辣で、辛辣な物だと言うことを忘れてはならない。
見紛うはずも無い。探し人である海斗が前方を歩いていた。
「海斗、くん……?」
呆然と吐き出された少女の声は、確かに震えていた。
両の眼は限界まで見開かれ、視界に映る光景が嘘であってほしいと声なき叫びを上げる。
なぜならば、そこには――
「その
この近隣では見かけない制服を身に纏った、『美』をいくつ重ねても足りないほど可憐な少女と
表題の「○○」に入る漢字二文字……もうお分かりですね?
果たして海斗君は本当にオイタしちゃったのか……真実は次話で。