『えっち』から始まる恋があってもいいじゃない? 作:カゲロー
解せぬ……。
その分、できるだけ甘ったるいやり取りを意識しましたので、”によによ”していただければな、と。
えっちシーンもまとめて書く予定だったんですが、展開上切り分けることにしました。
そちらも出来るだけ早くupしますので、お待ちいただきますよう。
PS.神出鬼没なさいきょ~一家がゲスト出演していたり。深い突っ込みは無しの方向でひとつ(笑)
学園近くのバス停で乗車してからおよそ40分程度かけて到着したシーマリンパーク=銀星。
アミューズメントパークと銘打たれるだけのことはあり、かなりの面積を誇るレジャー施設だ。
バスの降車場所から館内へ通じるスロープを抜け、大きなドーム状の建物へと足を踏み入れる。
吹き抜けになっているのか、受付のロビーはかなりの広さを誇り、ローマ風建築物を思わせる支柱や色鮮やかな観葉植物など見ているだけでも楽しくなってくる。
実際、初めて来園したらしい親子連れから、カメラのシャッターを切る音が絶え間なく聞こえてくる。
思い返せば、完成した直後に全国区で特集が組まれたり、時々放送されるレジャー施設の特番で紹介されていたはずだ。
受付を済ませ、それぞれの更衣室へ入る。
海斗の水着は修学旅行に持っていった物と同じ。
学園じゃあないからと、いつもの眼鏡を外してロッカーの中へ。
貴重品類を入れたバッグを片手にプールサイドに踏み出せば、やはりというか人で溢れかえっていた。
祝日と重なっているとは言えど、かなりの賑わいを見せている。
都心部からやや離れている立地とはいえ、交通手段がきちんと確保されているし、巨大ウォータースライダーや波の出るプールといったアトラクションも完備しているおかげで、有数の人気スポットになっているらしい。
予想を上回る人の数を前に、「これだけ混んでるんなら、葵が思いっきり泳ぐのは無理かもしれないな」などと考えていると、
『ねえねえ、あそこにいる人、なんかこっち見てない?』
『え、ウソ。やだー、もしかして盗撮魔とか?』
『確かに、なんていうか、いかにも前科ありますって顔つきだもんね』
2人連れの女性が海斗を指差しながら、明らかな敵意というか悪意に満ちた視線が向けられた。
前髪で隠した目元にサングラスを装着し、女子更衣室へ続く通路の近くの壁に背中を預けている海斗は、傍目に見れば非常に悪目立ちしていることにようやく気づく。
サングラスを外して一睨みしてやればたちまち逃げ出すとは思うが、ソレはさすがに大人気ない。
というか、かえって逆効果になる。間違いなく。
とはいえ、このままだと監視員あたりを呼ばれてしまいそうなので、場所を変えるかと移動しかけると、
「海斗くん♪」
横の方から聞きなれた葵の声が聞こえてきた。
楽しそうな声色に、ん? と思いつつ振り向き、
「へ?」
言葉を失った。
てっきり彼女も旅行に持っていった水着だろうと思っていた。だが葵の水着は旅行の時のソレとは違い、一緒に買い物へ行ったときに彼女が試着していたもののひとつ、ローライズタイプのビキニであった。パレオから覗く健康的な太ももが描く脚線美がなんとも悩ましい。
修学旅行の時に着ていた、どちらかと言えばおとなし目の水着に比べて、こちらは明るい色が基準になっており、活発さや健康美的な魅力を存分に引き出している。
「んぉ? その水着って」
不意に、葵の水着姿に既視感を覚え、首を傾げながら記憶を掘り起こしてみる。
「やっぱりそうだ。こないだ、旅行用の買い物に行った時、試着してたやつだよな?」
「憶えててくれたんだ?」
「そりゃあ、まあ、なぁ……」
もごもごと言葉尻を誤魔化しつつ、鼻頭をかいてそっぽを向く。
その反応で何か気付いたのか、ニマニマ笑顔の葵が海斗の横顔を見上げ、
「あれれ~? 海斗くんってばどうしちゃったのかな。ひょっとして、私のこと独り占めにしたくなっちゃったり?」
「ばっ……! べ、別にそんなこと思っとらん」
「とか言いながら、周りの人の視線をさえぎるように立ち位置を変える海斗くんなのでありました」
「やかましいわ。……ほら、さっさと行くぞ」
「は~い。……あ、その前に――ちぇりお!」
掛け声とともにぴょん、と跳ねた葵が、海斗のサングラスを奪い取る。
「えへへ~、ここは学校じゃないんだから、こんなの必要ないない。ってか、何でサングラスなんかしているの?」
「なんとなく目元が落ち着かないんだよ。ほら、返せ」
「ヤダ~。ほらっ、海斗くんの素顔にみんなびっくりしちゃってるよ」
「目つきの悪さにドン引きしてるだけだっての」
海斗は本気でそう思っているが、実際は怪しさMAXなグラサン男が野生を思わせる眼光が煌くワイルド系なイケメン(に分類される)へ早変わりしたことに皆様驚いていたのが真実だったりする。
先ほど酷評をかました女性たちがあっけに取られているのを横目で確認し、葵の胸にえも言えぬ優越感が湧き上がる。
(ふふん、羨ましいでしょ~。でも、あげないよっ)
「んじゃ、行こっか海斗くん」
「やれやれ……了解」
はにかみながら腕に抱きついてきた葵と連れ立ち、まずはプールサイドをぐるりと見て回ることにする。
もはやお約束になりつつある周囲の男連中から突き刺さる嫉妬の視線を背中に感じつつも、二の腕辺りに押し付けられた柔らかな感触に、緩みそうになる頬に力を込めて平然とした表情を維持し続ける。
歩行を阻害しない程度に距離をとったプールサイドの一角にはビニールシートが所狭しと敷き詰められている。
これらはもちろん利用客が確保したスペースであり、ここではこうした仁義なき領土戦争が勃発しているのだ。
海斗と葵も、自分達用のシートを取り出しながら、手ごろな空きスペースが無いかを探してみるが、さすがにそう都合のいい場所は見つからなかった。
「やれやれ、仕方ない。更衣室の出口にあったロッカーでも使うか」
「ん~、しょうがないよね。……てぇ、ちょっと待って」
不意に何か大切な事を思い出した風の表情を見せた葵の様子に何事? と首を傾げれば、
「あ、あの、ロッカーって2人別々、だよね?」
「何を言ってんだもったいない。有料なんだから、節約もかねて同じの使えばいいだろうが。幸い、奥行きもあって結構なサイズだったしな」
「あうぅ~……ど、どうしても?」
「むしろ逆に、そこまで嫌がられる理由が知りたいな。別に見られて困るモンが入ってるわけでもあるまいし」
「お、女の子は秘密がいっぱいなんだよ!」
「その返しは予想外。ってか、教えてくれてもいいじゃないか。もっと葵のこと知りたいな」
「そんなの私だっておんなじだよ。私のことをもっと知ってほしいって思うし、海斗くんのことも知りたいって思っちゃう。けど、なんていうか……その、まだ早いっていうか」
もごもごと口ごもり、指先をつんつんさせながら恥ずかしそうに顔を伏せる。
自分でもうまく言葉に出来ないのが、もどかしい様であり恥ずかしくもある。
もっとも、それは海斗の方も同じだったようで、
「……ま、まあ、焦らなくてもいいかな。うん。こういうのはゆっくり事を運べばいいと思うし――って俺は何を口走っとる!?」
言外にこれからも長い付き合いになるんだというニュアンスを無意識に口に出したことに言ってから気付き、海斗の頬が熱を帯びる。
「そ、そだね。これからも、ずっと一緒にいるんだし――っぁ……」
つられるように、胸の中に浮かび上がってきた台詞を口ずさんでしまった葵が自分が何を言ったか遅れて気付き、瞬く間に耳の先まで真っ赤に上気させる。
「……と、とりあえず荷物を仕舞っとくか」
「う、うん……そだね」
いつも通りと言えばいつも通りなやり取りを交わしながらプールサイドを歩いていく2人。
気恥ずかしさを誤魔化すように視線を彷徨わせるも、やっぱり気になるのかお互いをちらちら。
そのくせ、繋いだ手は放すそぶりを微塵も見せず、重なり合った指先は自然と絡み合っていく。
どっからどう見ても痴話喧嘩……に満たない恋人同士のじゃれあいを見せ付けてくださった彼らの後ろには、ブラックコーヒーを求めて自販機に列を作る皆々様方と、額に浮かぶ血管が『しっと』という単語を形作るほどの怒りと悲しみと血涙を噴き出す紳士な方々の姿があったとか。
周囲をドン引きさせるほどの異様な光景がそこにあった……けれども。
2人の世界に入り込んた無自覚バカップルは、やっぱり気付かないのであったとさ。
「それと、だな……。葵、その水着も……似合ってると思う、ぞ」
「ぁ……ありがと……」
いっそう顔が赤くなったのは、言うまでもない。
誰の、とは言わないが。
――◇◆◇――
「はわ~、登ってみたら結構高いんだね」
「さすが日本最長を名乗ってるだけのことはあるな。スロープとか何か所あるんだ?」
まずは肩慣らしとして絶叫間違いなしと銘打った名物のウォータースライダーに向かった海斗と葵。
いきなり目玉から攻略にかかる辺り、一日でこの施設を遊び倒そうというやる気が見て取れる。
次の次辺りで自分達の順番が回ってくるスライダーの列に並びながら、落下防止の策から下を覗き込んでみる。
終着点である着水用プールでは、利用客の悲鳴と観客からの歓声で盛り上がっている。
大きな水しぶきが上がっているところを見るに、多少の危険もありそうな感じがするが、ここが開園してから現在に至るまでに大きな事故が起こったり怪我人が出たなどの話は聞かないので、安全性は問題ないのだろう。
つまり、あの7,8m位もある派手な水飛沫は、客を湧かせる演出ということか。
「次の方どうぞ~」
順番が回ってきたようなので乗り口へ向かう。この際、葵が水飛沫で濡れている階段に足を取られないよう、ごくごく自然に手を取って先導していることに、海斗自身は微塵も気づいていなかった。
『手を繋ぐ』と言う行為が、無意識に行動を起こしてしまう位に当たり前の事になっていると言う事に他ならない。
ドーム状の乗り口は結構なサイズになっていて、係員らしき男性が子供用のビニールプールを思わせる円形ボートをスタンバイさせていた。
「あれ? 前の人たちはそのまま滑ってませんでした?」
「ええ、はい。個人のお客様にはそのままかボートかのどちらかを選んで戴いているのですが、カップルやご夫婦、家族連れのお客様にはこちらの専用ボートをご利用いただいております」
「かっ……!?」
「あ~、やっぱそう見えるのか」
「? 失礼ですが、お二人はどのようなご関係で?」
「うえっ!? え、えと、その、あの……ぅ……はうぅ~」
「動揺し過ぎだっての。頼むから落ち着け……こっちまで恥ずかしくなってくるだろが」
「ううぅ~……だってぇ」
胸元で両手の人差し指をつんつんさせながら、嬉しいような、恥ずかしいような表情を浮かべる葵と、ちらちらと彼女から向けられる視線に気づかないフリをしつつ、そっぽを向いて頬を掻く海斗。
そのくせ、やっぱり彼も気になるのか、ちらりちらりと横目を向けて、偶然視線が合わさったら慌てて恥ずかしげに顔を背ける。
この時、頬が赤く上気しているのはお約束。
(うっわ、何この初々しい生き物共……爆ぜればいいのに)
「はいはい、仲睦まじいのは嫌って程わかりましたから、さっさと一緒に乗ってくださいませ。後が閊えてるんですから」
ジョッキに入ったブラックコーヒーを一気飲みしても尚、口の中が甘ったるくてしょうがなくなるほどの空気を振り撒く2人に我慢の限界を迎えたらしく、頬を限界まで引きつらせた係員が急かす様に海斗達をボートの中へ押し込んでいく。
いきなり背中を押してきた係員に少しだけ腹が立ったが、彼のみならず、後ろに並んでいる利用客の皆様方までもが、物凄い視線を向けてきていることに気づき、おとなしくボートへ乗り込むことにする。
ちなみに海斗が感じ取った視線の内訳はと言うと、
「見せつけてんじゃねぇよ、コンチクショー! 独り身の俺らに対する当てつけかい!」 というソロプレイヤーな方々のが4割、「昔はこいつ(この人)もあんな風に可愛げがあったのに……」という倦怠期に突入しかけなご夫婦&カップルの方々からのが3割、「いいなぁ……、よし俺(私)もっ」と2人の空気に触発されて手を繋いだり肩を抱き寄せあったりし始めた新婚&カップルな方々からのが2割、「わ~、お兄ちゃんとお姉ちゃん、ラブラブだ~」という純真無垢なお子様方からの1割で構成されていたりする。
和気藹々とした笑顔あふれる場所であるはずのプールに似つかわしくない空気が漂い始めたのを極力意識の外へ追いやりながら、さほど大きくないボートの上で体勢を整える海斗と葵。
しかし、
まあ要するに、
「か、海斗くんっ。しっかり支えててよ? 放しちゃだめだからね? フリじゃないんだからねっ」
「はいはい。ほら、これなら大丈夫だろ」
両足を突っ張って身体を固定し、姿勢維持用のロープを握り締めたままの両腕を葵の腹部に回し、後ろから抱きしめる。
ちょうど、胸の中にすっぽり納まったかのような体勢だ。
離れないようにしっかりと、それでいて葵が苦しくならないようにと絶妙の力加減で抱きしめる海斗の手に自分の手を重ね合わせると、葵もようやく安心したようにはにかんだ笑みを浮かべた。
お互いの吐息の熱も感じ取れる至近距離で微笑み合う様を見せつけられ、係員のコメカミに極太のバッテンマークが浮かび上がる。
「み……」
「「み?」」
「見せつけてんなっつってんだろがぁあああっ! さっさと滑りやがりませよお客様ぁあああっ! うぬぉおおおおおんっ!」
魂の咆哮をBGMに、ボートが滑り出す。
溢れる嫉妬オーラに後押しされるかのように一気に加速したボートは、急角度のカーブやスロープを瞬く間に滑り落ちていく。
時間にして30秒くらいであろうか、勢いそのままに下のプールへ着水する。
巨大な水飛沫が巻き起こり、観客達からひときわ大きな歓声が上がる。
と同時に、黒光りする屈強な肉体美が眩しい係員が飛び込み、海斗と葵が着水した地点を目指して泳ぎだす。
このスライダー、見た目の派手さの通り、物凄い衝撃が利用客にかかるため、大半の客は着水と同時に意識を手放すのだ。
故に、彼らのような救護チームが常備されていたのだが、今回に限っていえば不要の長物であったと言わざるを得ない。
何故なら……
「っぷはーっ! あーっ、面白かったーっ!」
「っぷ。ふぅ……だな。なかなかいいじゃないか。もういっぺん行ってみるか?」
「うんっ。もちろんだよっ」
着水と同時にボートから投げ出されたはずの2人だったが、何事も無かったかのように水面に顔を出すと、興奮冷めやらぬと言った様子で会話を楽しむ。
ピンピンしている様にマッスル系係員が感嘆したようの口笛を吹く。
スライダーの衝撃を良く知っている観客達も、悠然と泳いでくる2人に驚き、指をさしながら驚きを露わにしていた。
当の本人達は、そんなもん知ったこっちゃねぇとばかりに次はどうするか話し合う。
何とも逞しい
色々なアトラクションがあるんだから、まずは一通りやってみようと言うことになったので、小休止を挟みながら有言通りアトラクションのはしごを実行した2人。
飛び込みでは葵が華麗な3回転半を決めて喝采を浴び、水面に浮かばせた浮島を飛び越えてゴールを目指すというゲームで海斗が最短記録を更新して賞金を手に入れたり、競泳用プールで全力の競争を繰り広げ、葵に完敗した海斗が珍しく落ち込んだりと、何とも楽しい時間を過ごしていく。
そんな2人は現在、流れるプールで浮き輪に捕まりながらのんびり優雅に揺蕩っていた。
「んふぅ~……たまにはのんびりゆったりプカプカするのもいいよねぇ」
レンタルしたシャチ型浮き輪に乗っかった葵が、流れるプールをぷかぷか漂いながらそんなことを言い出した。
ほんの10数分前まで、競技用の400mプールで泳ぎまくっていた女の子の台詞とは思えない。まさか他の客の合間をすり抜けるように泳いで見せると思いもしなかった海斗が珍しくマヌケな顔を浮かべてしまったのもしょうがないはずだ。
いったいどこの世界に、人間と言う動く障害がある中、
内心で「やっぱり海洋生物の生まれ変わりかなんかなのか? それとも河童系の妖怪?」 と失礼な考察をしてしまった海斗が、“自称”人魚なお姫様によるドルフィンジャンプからの前方2回転踵落としで脳天強打! プールに浮かぶ
周りの視線もなんのその、存分に
人込みに紛れ込まないように浮き輪なシャチさんから伸びる紐を掴んだ海斗が、「えへへ~」と上機嫌な笑みを浮かべながらシャチに跨る葵に向けて、あきれ半分の苦笑を送る。
「満足したかね、人魚姫さん」
「うん~、妾は満足でごじゃる~」
ほにゃっ、と緩んだ笑みを浮かべながら波間に漂うシャチに身を委ねた人魚姫を優しくエスコート。
とはいえ、付き合わされた海斗としてはもうちょっと役得があってもいいかと思うわけで、
「ふにゃぁ~? にゃにふるのぉ~」
緩みきった葵の頬を優しくつまみ上げて、うりうりとしてみる。
予想通り、なんとも可愛らしい反応が返ってきた。
くすぐったそうなその反応が可愛くて、ついついほっぺた弄りを繰り返してしまう。
――その様子を遠巻きに眺めていた紳士(複数)らが前屈みになってプールの中へ沈み込んでしまったのは、2人の与り知らぬ所である。
「もぉ……! 海斗くん、めっ! ――ぅわひゃあ!?」
「うおい!? あっぶな……こらこら。浮き輪の上で立ち上がろうとする奴があるか。見ろ、シャチさんが背骨をへし折られそうになって悶絶しているぞ」
「してないよ!? 、これは、その……しゃちほこダンスをフィーバーしてるんだよ!」
「どんな言い訳だ!?」
足腰だけでシャチのバランスを保ちながら上半身を起こした葵が、人差し指を立てて怒りの「めっ!」 ……をしたせいでバランスを崩しかけ、危うく水面にヘッドバッドをしかけそうに。慌てて身体を割り込ませた海斗が抱きとめて事なきを得る。
傍目に見ると、前につんのめった葵と正面から抱き合うような格好になった海斗。咄嗟に股を閉じてシャチにしがみつこうとしたせいで、下肢は浮き輪の上のまま。
不意に、ガボボボッ! という無数の水しぶきが水面に誕生した。
水の中から赤みがかった液体と気泡が浮かび上がってきているが、係員が駆けつけるほどの大事ではないのでツッコミは無しで。
計らずとも、前のめりにしな垂れかかり尻部を高く上げるという扇情的なポーズを取ってしまった葵の頬が瞬く間に桜色に上気していく。
プールに落ちないよう悪あがきしたせいで、返って注目を集めてしまった事にようやく気づいたらしい。まあ葵本人からすれば、周りの利用客云々ではなく、海斗にあられもない恰好を見られたことに対する羞恥心からくるものだったようだが。
「は、はわわ……わ、わうん!?」
「お、新しいリアクション。ってか、ソレ、犬っぽくて可愛いな」
「かわ!? ちょ、海斗くん! そう言うの反則だよぉ」
「ははは、悪かったって。あんまり反応が可愛いもんだからついな」
「むぅー……つーん、だ」
「ありゃりゃ、お姫様がおかんむりか。これは許しを請わざるをえない。具体的にはスイーツ的な貢物で」
「むむっ!? そ、そんな見え見えの姦計に引っかかったりしないんだからねっ」
「ほほ~ぅ? ならば、ここの名物カスタードチーズパフェはいらないのかね?」
「ひ、卑怯だよ! 至高のスイーツを追い求める女の子の乙女心を弄ぶなんてっ。も~、海斗くんのばかばかばか!」
「あたた、こら、叩くのやめい」
ぽかぽかと可愛らしいだだっこパンチを堪えつつ、体勢を崩していた葵を抱き締める腕を両脇に差し込んで抱き上げ、もう一度シャチの上へ乗せる。
流石は水泳部のエースと言うべきか、不安定な浮き輪の上で見事なバランスをとって見せた。
「さすが」
「ふふ~ん。まあねっ。あ、そだ。もうちょっと深いトコに行ってみようよ」
「あいさー」
浮き輪の紐を引っ張る海斗に先導されて、葵inシャチくんがプールを泳ぐ。
無自覚バカップル(恋人にあらず)のプールデートは、まだまだ始まったばかりだ。
――◇◆◇――
流れるプールを満喫したので昼食をとることにした。
浮き輪なシャチをベンチの隣において、買い出しに走った海斗の帰りを待つ。
「あれっ、そこにいるのって葵じゃないか!」
「ほぇ?」
海斗が戻ってくるのを待つ間は暇なので膝の上に肘を立てて頬をつき、家族連れやカップルで賑わう様子を眺めていると、聞き覚えのある声で呼びかけられた。
振り向いてみると、少し驚いた様子の桐生が駆け足で近づいてくるのが見える。
どうして桐生がここにいるのだろう? ふいに浮かんだ疑問は、そのまま言葉になって放たれた。
「へ? 桐生? ……なんでここにいるの? ナンパ?」
「ちょっ、その言い方酷くね!?」
「だってさぁ……」
気心が知れた相手とはいえ、無遠慮に胸の谷間や太ももに熱い視線を向けられるのはいい気分がしない。
ベンチに掛けていた上着を羽織り、桐生の視線を遮るように姿勢を治しながら、反目で睨み付ける。
葵の身体に釘づけになっていた事に気づかれたと悟ったのか、慌てて水着を褒めるような台詞が跳び出した。
けれど、不思議な事に海斗を見惚れさせたさっきみたいな満足感というか充実感のようなものは込み上がってこなかった。桐生の言葉はお世辞ではないとわかっている。
でも、幼馴染に何を言われようと、海斗に「似合ってる」と言ってくれた時の方がずっと嬉しい。何故かはわからないけれど、そういう事なのだからしょうがないのだ。
「あらあら、だめよぉ葵ちゃん。男の子は優しく包み込んであげるのが、良い女の条件なんだから」
幼馴染の間に微妙な空気が漂い始めた瞬間を見計らったかのように姿を現したのは、プールの監視員らしき恰好をした金髪の美女であった。
『磯沢 理恵』
何となく苦手な感じがする、海斗の仕事仲間……らしい女性が、面白い物を見たとばかりの笑顔で近づいてきた。
反射的に眉を顰めた少女にひらひらと手を振りながら監視員に支給されている帽子と上着を脱いだ理恵は、葵が腰掛けるベンチの傍で立ち止まる。
「ふう~ん? やっぱり
「……何のことですか?」
「んふふ。ナニってもちろん……」
唐突に葵の耳元に顔を寄せると、囁きかけるような声で、
「海斗クンの本命さんが……だよ」
そう呟いた。
「んなななっ!?」
ぼふんっ、と効果音が浮かび上がるくらいわかりやすい反応を返してくれた葵に人を食ったような意地の悪い笑顔……海斗曰く『性悪稲荷女』の一面を垣間見せる。
葵を弄るのに満足したのか、理恵の視線が呆然と彼女らのやり取りを眺めていた桐生へと向けられる。
「で? こちらのボウヤはどこのどなたさん? ひょっとしてキミの
握り拳を作り、親指を人さし指と中指の間へと差し込んだ右手を突きだす。
年頃の男女にとって右手は第2の恋人。
つまりこれは、身体の疼きや欲求不満を解消させるため
「見た感じ、ヘタレ根性が染みついているようだし、念のためにキープしてるペットクンなんじゃないの?」
無邪気な少女のような微笑みを浮かべつつ、とんでもない発言をかましてくださった理恵に、葵は盛大に吹き出し、桐生は一瞬脳が言葉の意味を理解することを拒絶したため呆然自失してしまったが、数秒後にリカバリーを果たすと両手を振り回しながら「誤解です!」 と叫ぶ。
「じゃあ、顔見知り? それともクラスメート? あ、幼馴染って線もあるかな」
「……小さいころからの顔馴染み、単なる幼馴染ですって。そういうのは全くありませんし、ありえませんから」
「あ、あはは……そ、そうですよ……ありえないですよ……はぁ」
きっぱりと断言する葵の発言に目を彷徨わせ、言葉を詰まらせる桐生の反応を見て、理恵の脳裏に「ふ~ん? やっぱりね」と確信する。
(葵ちゃんの方はボウヤの事はアウト・オブ・眼中。ボウヤがこの子に惚の字なのはバレバレだから、幼馴染への一方通行な初恋を抱えたままってところかな)
キャップの鍔に隠れる瞳を妖しく輝かせる理恵の様子に気づかぬまま、桐生はどうして葵がここにいるのかを問い詰める。
早苗や桃花と一緒に遊びに来たのかと最初は思ったが、どうにもそんな風には見えない。とは言え、誰かと待ち合わせをしているのは声をかける前の彼女の様子からして明らかだ。もしかしたら両親や他のクラスメート達と遊んでいるのかもしれない。けど、言いようのない不安が胸の中で渦巻く。
葵の表情や何気ない仕草……解けかけていたパレオをきつく結び直したり、ビキニから盛り上がって露出している乳房の上部分を桐生の視線から隠す様に身体を捩ったりと、何と言うか……
と、そこで思い出す。葵の仕草や反応が、この間友人達と一緒に――さほど親しくないクラスメート(男)に誘われて行ってみたら、他校の女の子らしきグループと同伴(何故か男女比率が同じだった)で――見に行ったラブロマンス映画の登場人物の仕草と同じように見えることに。
映画では確か、恋人とのデートの最中に彼氏が席を外した頃合いを見計らったかのように現れた彼女の従弟に声をかけられてしまい、焦る様に会話を終わらせようとする……と言う流れだった。
現在の葵の姿は、映画の彼女とダブって見えてしまう。
それどころか、本当に早く桐生との話を切り上げたいと焦っている風にも感じる。
――まさか……高宮とデートしてる、とか……!?
はたと気づき、喉の奥がカラカラに乾いていく。
旅行で有耶無耶にされていた推論に肉付けされてしまったかのような危機感。
自然と呼吸が荒くなり、視線が迷い子のように彷徨い始める。
――た、確かめないと……。
焦燥感に背を押されるように、桐生が問い詰めようとした――瞬間、
「はいは~い。1名様、医務室にご案内~」
葵に詰め寄ろうとした桐生の肩を掴んで拘束した理恵は、訳が分からないと言いたげな(いろんな意味で)青い少年を落ち着かせるように微笑みを向ける。
「ボウヤ、今の自分がどんな顔しているのかわかる?」
「えっ?」
「汗ダラダラ、呼吸も荒い。視線は泳ぎまくってるし、まるで疫病にかかった入院患者みたいな有様よ? プールの監視員として、明らかに普通じゃないボウヤを放置しておくことはできません。医務室に強制連行いたしま~す」
「ちょっ、待ってください! 俺なら大丈夫ですっ、それよりも確かめないといけないことが」
「病人は皆そう言うんです。ボブ~、マイケル~、
「「Yes,sir!!」」
鋼のように盛り上がる大胸筋と上腕二頭筋をぶるんぶるんと振動させながら美しいフォームのアスリート走りで迫り来るのはガングロマッチョコンビ。
ウォータースライダーの件で葵達に肩透かしを受けていた彼らが、理恵が胸の谷間から取り出したホイッスルに呼応して登場を果たした。
プールを満喫していた乙女達の悲鳴をものともせず、全くの同速度で駆けつけたボブ&マイケルは、突然の展開に固まった桐生の両腕を減速しないまま掴み上げ、そのまま医務室へ向けて駆け抜けていく。
「うひぃやぁあああ――……!?」 という情けない坊やのドップラー的な悲鳴を置き去りにして、哀れ、桐生君は医務室のお世話になることが決定してしまった。
「な、なんだったの……?」
意味が解らないと目を白黒させる葵に、理恵はまたもや『性悪稲荷女』な笑みを浮かべ、
「ふふふ、幸せな時間はすぐに過ぎ去っていくものよ。海斗クンとの時間、存分に堪能しておきなさいな。――……
じゃあね、と手を振りながら立ち去って行く理恵。
向かう先は桐生が連れ込まれた医務室のある方角。
結局理恵の行動は、場を混乱させるだけさせておいて放置する、よくわからない人だという印象を葵に刻み付けた。
「あの人……結局何がしたかったんだろ?」
首を傾げながら考え込んでいると、すぐ近くに誰かが近づいてくる気配を感じた。
首を傾げながら気配のするテーブルの下を覗き込んでみると、目尻に涙を浮かべた幼い少女が葵のパレオの端を引っ張っていた。
涙で濡れて真っ赤に腫れた瞳が葵を捉えた。
「ママ……?」
「えっ? え……えええっ!?」
どうやら、葵の受難はまだまだ終わってくれないようだ。
――◇◆◇――
「売店は……ああ、こっちか」
道すがら案内板指示に従って広いプールサイドを進んでいくと、いくつかの屋台が軒を並べる飲食エリアを発見した。
海の家のように洒落たデザインのテーブルが設置されたオープンテラスはほぼ満席で、焼きそばやカキ氷などの屋台もかなりの盛況を見せている。
一般の休日と重なっているせいか、家族らしきグループがそこかしこに見て取れる。
せわしなく動く人波をすり抜けるように屋台へと近づき、何を食べようかと思案する。
海斗にとって、こういう悩みは大歓迎だ。あたりの空気にあてられているのもあるだろう、心なしウキウキしているようにも見える。
「さてさて、まずどいつから攻略してやろうか……。ここはやっぱり、定番のぼさぼさな焼きそばが鉄板かな――「ちょっと! 汚い手で触ってんじゃないわよ!」」
焼きそばをロックオンした海斗が店先のメニューを眺めていると、にぎやかな喧騒で満ちていたこの場に勝気な少女の声が木霊した。
途端に、いったい何事かと疑問符を浮かべた人々が振り向き、声の出所を注視する。……海斗だけは、周囲の目がそれたことを良いことに、手早くお目当ての焼きそばを2人分購入していたりするが←良い子は真似しちゃダメっ♪
「うし、ゲット。……って、ん? さっきの声、なんか聞き覚えがあるような?」
ふと気になって声の出所を探ってみると、桜色の髪が目を惹く少女が数人の男に絡まれているのが見えた。先ほどの声の主は、どうやら強引なナンパを仕掛けられた彼女のものだったらしい。
近くに居たくない、今すぐにでも離れたいと言わんばかりの形相で、自分の二の腕あたりを抱きしめている。
しかし、圧迫されたことで上方へ盛り上がった豊かな胸肉に男たちの表情がだらしなく緩み、視線の熱がさらに高まってしまったことに気付いていないようだ。それでも、何かしらの身の危険を感じでもしたのか、ぶるりと細肩を震わせると、居心地が悪そうに視線を彷徨わせる。助けを求めているのは明白だが、完全な観客になりつつある周囲の男連中は、差異こそあれども、皆が少女の胸元や怯える仕草に心奪われてしまったらしく、助力を差し出すそぶりをまったく見せない。女性陣も、だらしなく鼻の下を伸ばす男供への
海斗はため息を吐く。折角のレジャー施設で何やってんだこいつらは、と。
「「馬鹿どもが……ん?」」
自分とまったく同じ言葉がすぐ隣から聞こえてきた。そちらを見ると、海斗の隣に、これまた焼きそばやらたこ焼きやらのパックを抱えた男性の姿が。背中に届く黒髪を首の後ろで纏め、左目に眼帯をつけた年上の男性。パーカーから除く腹筋や二の腕は恐ろしく鍛え上げられた珠玉の輝きを放ち、全身から放たれるのは圧倒的な存在感。
――この人……!? めちゃくちゃヤバい……!
武術を嗜む者として感じ取った絶対的な強者のオーラに充てられ、海斗の頬を冷や汗が流れ落ちる。
無意識に警戒を露にしてしまっていたのだろう、重心を落として、いつでもこの場から離脱できるように緊張を高めていく海斗を一瞥すると、男性は視線で「落ち着け」と告げる。
「そう警戒するな小僧。せっかくのプールで面倒を起こすつもりは無い」
はるか格上の強者から妥協されれば引き下がらざるを得ない。
海斗とて、そこまで喧嘩っ早い性格をしているわけではないので、そう言われてしまえばむしろ、ひとり相撲をしていたような気恥ずかしさを覚えてしまう。
羞恥で頬を上気させながら、深く深呼吸を数度繰り返して、激しく鼓動を繰り返す心臓を落ち着かせていく。
「ところでだがな小僧、あそこで発情期真っ只中の
「あ、はい、まあ……見間違いで無ければ」
「愛人か?」
「第一声が彼女でなく愛人が出てくるのはいかがなものだと思うのですが?」
「おいおい」
まるで、親の誕生日のプレゼントを用意してサプライズパーティを企画している息子の考えに気付きつつも、知らない振りを続ける父親のようなものすごく優しい目を向けられた。
具体的には、「はっはっは、まったくお前は冗談が好きなんだから」という感じ。
「世間体なぞ気にするな。お前からはこんなに俺と同じ匂いがするんだ。きっとお前もうまくやれるさ」
「どうしてだろう……ここで同意してしまったら、一生取り返しがつかないイベントが起こりそうな気がするのです」
「魅力的な女性を囲ってこそ、男の真価が問われるだろうに」
「断言した!? 聞きようによっては浮気しまくりなダメ男のレッテルを貼られる発言ですよ、ソレ!?」
「気にするな。俺は気にしていない。時々魔力的なオーラで強化されたケーキナイフで刺されそうになったり、ピンクの砲撃をブチ込まれたり、金色の鎌で首を切り落とされそうになるが、愛する嫁と妻に義娘はそんな俺を笑って受け入れてくれているぞ」
「奥さんが2人いる時点でいろいろと可笑しいとツッコんでもいいですか? てか無理ですって!
「じゃじゃ馬を手なずけてこその漢だろうに」
「無茶言うな!? 大体、俺は何人もの女を侍らせるとか、そういうガラじゃないんですって。どっちかって言えば、えと……本気でホレた、たった一人の女の子と添い遂げたいっていうか」
「ほぉ? 意外と純情なんだな。本命はたった一人だけと言う訳か。……その割には、不特定多数の牝の匂いを染みつかせているようだが? 主に下半身辺りを中心に」
恋愛ごとに真摯な態度に感じ入ったのか、それとも言ってる事とヤッテることが違い過ぎる少年のずうずうしい発言が琴線に触れたのか。
なんだか感心した様子の男性から視線を逸らす海斗。あくまでも仕事、仕事だけの付き合いなんだと、誰とでもなく言い訳する海斗に、男性の視線が生暖かくなっていく。
「ところで、お前の
「へ? いや、アイツならさっさと助けないとだめでしょっ! ってな感じで発破かけてくる……かな?」
「そうかそうか。なら、さっさと猫の救援に行ってこい」
「うぉあ!?」
ハッ、と我に返った瞬間には、無理やり背中を押し出されて騒動の場へ送り出された後だった。
背中を引っ叩かれた勢いが強かったせいで前のめりにつんのめってしまいそうになり、反射的に左手で焼きそばを抱え込み、右手で身体を支えようと前に突き出し――
ズドムッ!
「のむぅん!?」
頭上から奇声が聞えてきた。
「んぉ?」
床のタイルにつくはずだった右掌から感じる生暖かい感触は、まるで人肌のよう。
何ぞ? と視線を上げれば、みぞおちに掌底を食らって悶絶する
はい? と疑問を口にするよりも先に白目を剥いた
ゴガンッ! と実に良い音を立てながら倒れ伏した仲間の姿に恐怖を覚えたのか、残りの
辺りを見渡せば、呆気にとられた様子の利用客に皆々様方。
「じゃ、後ヨロシク」
しゅたっ! と片手を上げて面倒事を押し付けると、駆け足で離脱していく海斗。
観客と化していた皆さんが我に返り、駆けつけてきた係員からの問い詰めに右往左往しているころには、海斗はもちろん、ラスボス臭が香ばしい眼帯の殿方も立ち去った後だった。
プールサイドの上を、監視員から注意を受けない速度で駆ける海斗。
「やっべ、ちょっとどころじゃなく時間かけすぎたか。飢えたお姫様がお怒りになる前に戻らないと」
脳裏に腹の虫に自己主張されまくって真っ赤に憤慨する葵の姿を幻視してしまい、沖縄での一件を思い出してしまう。
あの時みたいにご機嫌とらなきゃならないかと小声で呟きながら踵を返した海斗へ向けて、
「せんぱい!」
「おや?」
またもや聞き覚えのある声が聞こえてきた。両手に持ち直した焼きそばパックを落とさないよう注意しつつ振り向く。が、声の主と思われる人物の姿が見えない。はて? といぶかしみながら視線を左右にやっていると、下のほうから不機嫌そうなオーラが漂っているのに気付く。
「あ、沙良紗。昨日ぶり」
「む……その反応ってまさか……気付いてなかったんですか?」
「何が?」
「……もういいです。ていうか、ちょっとせんぱい。こ~んな可愛い美少女に話しかけられて、その反応は淡白すぎじゃないですか? ここはホラ、歓喜のあまりに周りがドン引きするくらい号泣してくれてもいいんですよ?」
「お前は俺に何を求めているんだ」
やや前かがみに上体を曲げ、軽く首をかしげながら海斗を見上げてくる沙良紗。首の後ろで2房に纏められた桃色の髪がさらりと流れ、高級な絹布のような純白だと万人に抱かせる白い肌がまばゆい輝きを放つ。
豊かな母性の象徴と小柄な身体が生み出すアンバランスさと蒼穹の大空を思わせる藍色のビキニとのカップリングはすさまじい破壊力をたたき出し、周囲の視線……特に、男性陣のそれを独占してしまっていた。
「まったく、なんでそんなにテンションが高いん――……お前、震えてるのか?」
「えっ!? な、何のことですかしらっ!?」
「ごまかしが下手な奴だな……ったく」
男嫌いの気がある沙良紗からしてみれば、情欲まみれの視線にさらされるのは苦痛以外の何ものでもないだろう。現に、海斗の腕に触れている指先は小刻みに震え、表情もどこか強張り、無理をして明るく振舞っているように思える。やはり男性恐怖症の一面もあったなと、精一杯の強がりを見せる沙良紗に苦笑しつつ、持っていた2人分の焼きそばを片手で抱え、空いたほうの手を差し出す。
「気が強いのも大概にな。ほら、ここから離れるぞ」
「な、なによ。別に私は強がったりなんかしてないんだからねっ!?」
「ああ、はいはい。わかってますよ、この気難しいお嬢様め。俺が手を繋ぎたいんだ。おとなしくエスコートされとけ」
「そっ、そう言うことならしょうがないわよねっ! しっ、仕方ないから繋いであげるだけなんだからねっ!」
怒られたことがショックだったのか、どこか呆然とした表情で海斗を見つめてくる。やがて、何かを確かめるかのように不安気な声で、問う。
「心配……してくれたの?」
「はあ? 何当たり前のことを聞いていやがりますか、さみしん坊の子猫様め。そもそも、勝気すぎるのも考えものだな。本当にお前、某お嬢様学校の生徒か?」
「失礼ねっ。私は正真正銘、高貴の宮と名高い聖マリアジェンヌ学園の生徒よっ!」
実家が没落の危機に瀕しているとはいえ、予め学費を納めていたおかげで卒業までは在籍することが出来る。
だから、学園の生徒であり続けていることは間違いない。
「大体、元はと言えばあの甘ったれなボンボンのせいで――!」
「ああ、初顔合わせの場でいきなり手付けしようとしたせいで、錯乱したお前に股間を蹴り上げられて『ぷちっ』と潰れちまったんだっけな」
「……知ってたの?」
「ま、さわり程度には」
それなりの資産家の子息が婚約者に玉無しにされたという噂話が密かに広まっているのは事実だ。
元々、親の権力を笠に着るような女癖が悪い人物だった事もあり、彼に泣かされた女性を中心にいくつか着色された話が広まっている。
大体が玉潰しした婚約者――要は沙良紗――に同情的な意見が多数を占める一方で、息子を溺愛していた子息側の両親が彼女の両親が経営する会社に圧力をかけた。
沙良紗を愛する両親は気にしなくていいと笑ってくれたが、自分のせいで大好きな親を苦しめてしまったのは事実。
どうにか手打ちにしてくれないかと頭を下げに行った沙良紗に提示された贖罪の条件……それこそが、
「沙良紗が主演のAVを撮影して販売しろってなぁ……。自分が玉無しになったから、かわりに見知らぬ男の慰み者になれってか? どこの凌辱系エロゲー展開だ。そのボンボンとやら、間違いなく二次元をリアルと混同しているタイプだな」
「あいつ……ものすごく気持ち悪い顔してた。パパやママがどうなってもいいのかって脅されて、土下座までしたのに……なのにっ!」
「……それが男嫌いを加速させた原因ってワケか」
恐怖と嫌悪がごちゃ混ぜになった沙良紗の男性恐怖症。
きっと両親を苦しめられた怒りや凌辱されそうになった恐怖が入り混じって、ここまで苛烈なものになってしまったのだろう。
「悪かった。嫌な事思い出させちまったな。……本当にごめん」
「ちょっ、頭上げてくださいっ。せんぱいは、その……なんて言うか、アイツとは違いますしっ。それにせんぱいは私とは、その……関係ないですし」
「関係なくなんかないさ」
え? と、意味が解らないとばかりに呆然とした様子の沙良紗を正面から見つめ返して、海斗は語る。
「経緯はどうあれ、俺はお前を知っちまった。なら、沙良紗は俺にとって、もう
海斗としては、あくまでも仕事の同僚として、という意味合いの言葉を選んだ筈なのだが、
「た、他人じゃないって……! そ、そんなこと急に言われても、心の準備がいるっているか……」
沙良紗は急に顔を真っ赤にしてうつむきがちに、もにょもにょ言い篭ってしまった。
「ん? どした?」
自分の言葉がどのように聞き取れるのか真ったく理解していない様子の海斗。
頬を怒りではない別の感情で真っ赤に紅潮させた沙良紗が、勢いよく顔を上げて海斗を見返す。
「あっ、あの……せんぱい。私……その、せんぱいのこと――」
「パパァ!」
沙良紗が胸の奥から溢れ出してくる想いの丈を告げようとした瞬間、幼さの残る舌ったらずな声と共に海斗の腹部へ軽い衝撃が奔った。
見れば、海斗の腰ほどまでしかない小さな少女が抱きついていた。
年は3歳くらいだろうか。
可愛らしい花柄の水着を着た少女は、柔らかな頬をピンク色に染め上げ、猫科の動物が自分の縄張りを主張するマーキングをするかのように、海斗の腹部へ額をこすりつけてくる。
その姿にデジャヴを感じつつも、少女が叫んだ言葉の意味を理解するほうが先決だ。
なにしろ、
「……パパ?」
すぐ目の前にいる沙良紗を始めとする周囲の視線が相当にキツイのだから!
「ねえ、せんぱい? この娘はいったい、どこのどちら様なの?」
「んー……。俺にもわけがわからないというかなんと言うか――」
「あーっ! やっと見つけたよ、海斗くんっ!」
私、怒ってます! と頬を膨らませながら駆け寄ってきたのは、待たせていたはずの葵だった。
彼女の接近に気付いたらしく、海斗に抱きついたまま顔だけ振り返った少女が花咲くような笑顔を浮かべ、
「あっ! ママぁ♪」
とんでもない爆弾発言をかましてくださりました。
「なんですとっ!?」
身に憶えは……無いわけではない――というかむしろありまくりです――が、さすがにこんな大きい娘さんをこさえた記憶は無い。とは言え、そんな事情など周囲の人々からすれば知ったことではないわけで。青天の霹靂なトンデモ発言にフリーズした海斗を他所に、自分を『ママ』と呼ぶ少女の頭を撫でつつ、得意げな表情を浮かべる葵と、今にも飛びかかってしまいそうな気配を放つ沙良紗が正面から相対する。海斗は、2人の間で火花が飛び散る光景を幻視した。
「……初めまして。
「これはご丁寧にどうも。せんぱいとものすごく深い関係を結んだ天凰寺 沙良紗です」
「あはは、冗談がうまいんだねえ。――人の男に手を出さないでくれるかな泥棒猫」
背後に立ち上る嫉妬オーラが確かな存在となって姿を現す。権限せしはつぶらな瞳が魅力的な柴犬様。
しかし、元来癒し系であるはずの双眼は剣呑な敵意に染まり、どこぞのウイルスに感染した雷狼竜の如きプレッシャーを振りまいている。
微塵も笑っていない笑顔を浮かべ、宿敵を正面から射抜く。
「いえいえ、そちらこそ寝言は寝てから言ってよ。――調子に乗らないでよね雌犬」
されども、対峙するのは、”にくきぅ”という鞘で秘諾されてきた爪を煌めかせる疾風迅雷な黒豹竜。
漆黒の闇夜を斬り裂く真紅の残光を煌めかせ、古の名剣すら凌駕する刃翼を研ぎ澄まし、荒ぶる牝狼と真っ向からぶつかり合う。
強大な敵へまったく引けをとらず、敵意と闘気、そしてそれを上回る乙女心が吹き荒れて嵐を呼び起こす。
そこはまさに、唯人が足を踏み入れること敵わない、至上の
「「ふ、ふふふふふ……!」」
高まる敵意と怒気。
もはや、いつ爆発してもおかしく無い爆弾を目の当たりにしたかのような緊張が、この空間を支配していく。
「あれ、おかしいな……平和なプールへ遊びに来たはずなのに、なぜに修羅場が形成されてんの?」
『いや、お前のせいだろ!?』
遠巻きに修羅場を眺めていた一同の心の声がシンクロしたのは、太陽が東から昇ることと同レベルな自明の理であった。
少し離れたところにあるベンチにて。
「見事な修羅場が形成されているな。いいぞ、もっとやれ」
「うっわ、すっごく楽しそうな顔してるんだよ~」
「見ている分には楽しいですからね、こういうのは。それにしても、あの年であんなに大きな娘がいるんて……つまり彼らは、未成熟な青い果実でありながら官能的かつ淫猥でみだらな行為に溺れたということですね……!」
「あれれ、鼻血出てますよ~? もう、むっつりさんなんだからっ♪」
「ちょっ!? どこでそんなイケナイ言葉を覚えてきたんですかっ!?」
「お前の妄想の方がよっぽどヤバイことにそろそろ気付いたほうがいいと思うんだが」
「あはは~」
眼帯装備の悪人顔な男性が、両腕&背中に美女・美少女を侍らせつつ、こんな会話を交わしていたそうな。
沙良紗ちゃんの過去話は後ほど掘り下げる予定なので、今回はあっさりと。
男性に免疫がない乙女さんなので、海斗くんの無自覚なたらし発言にドキドキしちゃいました。
しかも初めての相手……そりゃあ特別になっちゃいますわな。
へたれチーターこと桐生くんの残念っぷりが加速していく……。
虎さんとワン
次かその次あたりで見せ場を用意する予定なので、それまでマッスルブラザーズと筋肉ダンスでも踊って待っていて欲しいものです ← コラ
……そして、妙な存在感を放つ謎の男性とその女たち……イッタイナニモノナンダ~。