『えっち』から始まる恋があってもいいじゃない? 作:カゲロー
……もちろん、アッチも頑張りますよ?
とある場所。とある空間にて。
そこは高級マンションを彷彿させる場所だった。
フローリングの床にはカーペットを敷いた広々とした部屋。
元来ならば、部屋の隅に青々とした観葉植物が色彩を演出し、絹を彷彿させるカーテンがたゆたう窓辺は、そこに住まう人々に北欧の王族となったかのような満足感を与えている筈だった。
だがしかし、現在その空間に満ちているのは緊迫感とも呼べる重苦しい空気と溢れんばかりの情熱によって熱せられた空気。
室内を埋め尽くすのは、一定の周期で電子音を放つ用途不明の機材の軍勢。
大型のパソコンを始めとして、まるで地震測定機のような指針を揺らす物だったり、特撮番組の秘密基地にありそうな通信機等々……。
室温が外気より10度以上も高くなっているのは、単純に機械の排熱が籠っているからかも知れない。
「――機は熟したようですね」
カーテンを閉め切り、外界と完全に隔絶された場所をイメージさせる部屋にあって、至って平然とした表情を崩さない女性が存在した。
室内を歩きまわっていた彼女の呟きに、無言で機材と向かい合っていた作業員達が頷きを返す。
物々しい機材のセッティングやデータ確認を行っていたらしい彼らは、彼女が何を求めているのかを正確に察し、口を開く。
「予定通り、“α”と“β”を呼び出すべく、手配を完了いたしております」
「問題が起こらなければ、本日の放課後に校長から呼び出しという形になるかと」
「そうですか……でも、あの子達にはいささか可哀そうな真似をしたかもしれませんね。学生である身なら、校長から呼び出されるという事は、出来れば一生体験したくないイベントですから」
作業着代わりなのだろう、身に纏った白衣の汚れを叩き落としていた女性研究員がそう言うと、「そりゃ、ちがいない!」 と他の研究者からも声が上がる。
「まあ、今回ばかりは我慢して頂きましょう。なにせ、彼らの両肩……いえ、両
大袈裟な言い回しに、しかし笑うようなものはいない。彼女の言葉が真実であると、この場にいる誰もが理解しているからだ。
光源となるモニターに照らされて暗がりぬ浮かぶ表情は、至って真面目なものであるのも当然のことなのだ。
何故ならば……彼らは今晩から始まる、偉大なる計画の見届け人となるのだから!
――決して、童心に帰った悪戯っ子のようなにやけ顔を浮かべているなんてことは無いのだ。
装置の排気音に紛れて、「ふしし~」なんて笑い声が聞こえて来たりもしないのである。
「さて……それでは、彼らと我らが国の明るい未来を築くために、色々と仕込みを済ませておくとしましょうか」
『了解!』
両手に魔法瓶らしきものを持って、スーツ姿の女性を先頭にした珍妙な白衣の集団が外の部屋へと駆け出していく。
目指すは、この建物の最上階全てを占めるほどの真新しい居住区。
目的は、今晩からイロイロと頑張ることになるであろう若人の手助けをするため。
人気の無くなった薄暗い部屋の中央のテーブル、その上に置かれている書類には、2人の学生プロフィールが記されていた。
ひとりは一目で美少女だと断言できる少女……“竜ヶ崎 葵”
もうひとりは一見すると平凡な男子学生にしか見えない少年……“高宮 海斗”
――◇◆◇――
その日も、いつも通りの代わり映えのしない一日で終わるはずだった。
一日の最後を締めくくるHRの終わりを担任が告げるのを聞きながら、竜ヶ崎 葵は前から一度、帰りに寄り道しようと考えていたクレープ屋について思いを馳せていた。
クラスの友達の間で結構な人気になっているらしく、今日の昼休みを一緒だった友達の感想という名の自慢を聞かされたせいで、葵の頭の中はクレープのことしか考えられなくなっていた。
……お蔭で午後の授業はずっと上の空で、何度も先生に注意されるという非常に恥ずかしい思いを味わうことになってしまった。それでもクレープの事を考えてしまう葵を食いしん坊と呼んではいけない。
水泳部のエースとして名を馳せる彼女は、好タイムを維持するために体調管理も徹底して行っている。そのおかげもあって、異性はおろか同性すらも羨むほどのプロポーションを手に入れたのだ。
つやつやの黒髪、ぱっちりとした瞳、背中はスッと伸び、手足もすらりと長い。
背丈は平均的な女性のソレと変わらないが、水泳で全身の筋肉をまんべんなく動かすので全体的に引きしまってみえる。
それでいてスタイルも抜群なのだ。
形良く盛り上がった胸元が、抜群のプロポーションを備え合わせていることを証明している。
こり固まった背筋を解すように、両手を頭上で組みながら伸びを1つ。
その反動で前に突き出されるように震える制服に包まれた乳房がプルンと揺れる。
隣の席から葵の様子を覗き見ていた男子生徒は、意図せぬご褒美を至近距離から直視したお蔭で込み上げてきた鼻血を隠そうと、慌てて手を当てている。
クラスメートからどんな目で見られているのか全く気付かない葵は、鞄に教科書を仕舞い終えると、速くクレープ屋に向かおうと席を立つ。
その瞬間、まるで狙い済ましたかのようなタイミングで校内放送が流れ出した。
《3-Cの竜ヶ崎葵さん、3-Cの竜ヶ崎葵さん。ただちに校長室まで来てください》
「え、私?」
間の抜けた声を漏らしつつ、思わず辺りを見渡してしまった葵と同じように、まだほとんど残っていたクラスメートたちも一様に困惑した表情をうかべていた。
「ちょっと葵~~? アンタ一体何やったのよ~~?」
「葵ちゃん、初呼び出し~~?」
「もう! 二人とも、からかってるでしょ!?」
気心の知れた友人達から冗談交じりに冷やかされて、思わず凄んでしまった。
感情的になってしまったのは彼女もまた動揺していたからだ。
最初はこの間の水泳大会で入賞した件について、お決まりのありがた~いお言葉を貰うのかな? とも思ったが、彼女の在学するこの学校ではそういうおめでたいことは全校集会の場で大々的に発表されるのが常となっている。つまり、今日の呼び出しはその件ではないということ。
――う~ん、本当に何なんだろ……?
呼び出されるほど成績は悪くないし、素行についても先生から注意を受けた覚えはない。心覚えが全くないからこそ不安になる。
嫌な予感がする。なんだかとんでもないことに巻き込まれてしまったのでは無いかという不安。
――いやいや、さすがに心配しすぎかな。
とりあえず、名指しで指定されている以上、逃げるわけにもいかない。葵は意を決して鞄の取っ手を掴むと、がんばれ~とか全く心の込められていない友達の声援を受けながら、校長室へと向かっていった。
葵の目の前に重厚な木製の扉がある。
普通の生徒なら早々訪れることのない学園の長の執務室――校長室だ。
自然と鼓動が早くなっていく心臓を落ち着かせようと深い深呼吸を数度繰り返し、意を決して扉を開く。
扉を開いた先ではいかにも高級そうなデスクの前に一人の老人の姿があった。
豊かな白い顎髭と頭頂で結われた
まるで時代劇に出てくる隠居のような出で立ちだ。
かの老人こそ、葵の通う愛武高校の校長だ。葵が扉を締めるのを待ってから、校長は備えつけられたテーブルに座るよう葵に促しながら、自身も彼女の対面側のソファーに腰を下ろす。
おっかなびっくりといった風にソファーに腰を下ろした葵はそこで初めて、校長の隣にもう一人の人物がいたことに気づいた。
スーツ姿の40代半ばほどの女性だった。最近は珍しくなった黒縁目眼を掛けており、全体的にふくよかな彼女はどことなく温和そうな印象を感じさせる。
――あれ? この人の顔、どこかで見たような……?
思わずまじまじと見つめてしまった葵に気づいた女性の視線が、葵のそれと交叉する。
反射的に頭を下げる葵に手をかざして気にするなと温かい言葉を送ってきてくれた。
恥ずかしげに頬をかく葵の事を微笑ましいものを見るような目で見つめていた女性が、ふと視線を校長へと向ける。
「あの、校長先生? もう一人の方はどうなされたのですか?」
「いやいや、申し訳ない。彼は少々変わった事情の持ち主でしてのう……いま、教頭が呼びに(コンコンッ)」
校長の言葉を遮る様に、ドアがノックされる音が聞こえてくる。
部屋にいた3人の視線がドアへと集中する中、僅かな間を開けてからドアを開き、一人の男子生徒が入室してきた。
特徴らしい特徴が見当たらない――しいて言えば黒縁眼鏡をかけていることくらいの――どこにでも居そうな男子生徒だった。
ドアを開けた直後に3対6個の視線を浴びせられて僅かに驚いたような顔を見せたがそれも一瞬で、すぐにまた仏頂面に戻す。
「おお、よう来てくれたのう、高宮君。ホレ、竜ヶ崎君の隣に座りなさい」
案内を務めたらしい教頭先生に校長が2、3言告げた後、教頭は退出し、男子生徒は言われるままに葵の隣のソファーに腰を下ろす。
その様子を見ていた葵は、どういう訳か彼はこのソファーに座りなれているように感じられた。
自分のように気遅くれするような素振りを一切見せなかったからだ。
訊いてみようかな? と思ったが、校長が話を始めてしまったので、慌てて正面へと向き直る。
「さて、二人とも。ここからの会話は極めて重要度の高い案件となる。いかにお主らが生徒とは言え、もし軽々しく口外するような真似をすれば厳しく罰しなければならなくなることを、まず理解してもらいたい」
いつになく真剣な表情で語る校長の眼光に気圧された様に、葵は肩を震わせる。高宮と呼ばれた生徒は僅かに眉を顰めつつ、訊き零しが無いよう僅かに身を乗り出して清聴の姿勢をとる。
「ゴホン……では大臣、よろしくお願いしますじゃ」
「わかりました」
校長に促されて、大臣と呼ばれた女性が手元のクリアファイルから資料らしき紙の束を取り出し、葵たちの前に置く。葵は恐る恐るその資料に手を伸ばし、書かれている内容に目を通していく。
一見すると何かの調査結果のように見えたそれは、今年の春に全校生徒が実施した身体測定の結果だった。本人かの確認用なのだろう、右上に本人の顔写真が張り付けられている。
内容は氏名、現住所などから始まり、身長、体重、血液型、スリーサイズ(これは流石に葵の方にしか記入されていなかった)……いくつかは良くわからないデータが用紙一杯に記載されていた。
「なっ、なんですかこれっ!?」
「個人情報の流出って奴じゃないのか、コレ?」
「はいはい、落ち着いて。今からちゃんと教えてあげますからね」女性は手を打ち鳴らすとメガネのフレームをギラリと光らせながら話を続ける。
「貴方たちは昨今の我が国の人口推移についてどの程度ご存じですか?」
「え、あの、ソレに何の意味があるんですか?」
「いいから、ホラ」
「はぁ……」
納得の行かぬまま、とりあえず授業で習った知識を思い返していく。
確かに、近年の高齢化には歯止めがきかず、国の人口の4割近くが年配者と呼ばれる人々となりつつあると耳にしている。
追い打ちをかけるように若年層での出生率が年々低下しており、非常に大きな国の問題となって連日のように専門家たちが口論する番組がテレビで放送されているくらいだ。
「そう、わが国の将来はこのままではいけないのです。故に我々は根源的な原因解決に乗り出し、一大プロジェクトの実行に乗り出したのです」
「一大……」
「プロジェクト……?」
声高々に宣言する女性に若干ひきながら、黙って話の続きを訊く。
「私たちの行った調査の結果、夫婦の不妊による出生率の低下を改善させるカギとなりうるデータを導き出しました。手元の資料の一番下の欄に記されているように、どうも人間の男女間には受胎率を左右する相性が存在していたことが判明したのです。これは生まれつきの先天性のものであり、後天性に変化させることは出来ないもの。つまり、どれほど愛し合う男女であったとしても、お互いの相性が悪ければその間に子どもを儲けることは絶対に不可能だということです」
「おいおい、マジでそんなもんがあったのか……」
「冗談でこんな話をしたりしませんよ。――さて、前置きはここまでとして、本題に移ろうと思います。竜ヶ崎葵さん、高宮海斗さん。あなた方お二方は、我々が発案した少子化対策計画のモデルケースに選別されました。これは、我々が秘密裏におこなってきた調査の結果、御二方が最高ランクの相性であると判明したからです。つきましては、計画専用の住居を用意したしましたので、今日よりそこで生活していただき、このプロジェクトの有用性を証明してもらいたいのです。――要するに、ひたすらエッチを繰り返して子どもをポコポコ産んじゃってくださいな♪ ってことですね」
「最後、ものすごく軽くまとめられたっ!?」
「いやいやいや、そんな軽い話じゃないだろーが! ふざけんな!」
「安心したまえ。国家を上げてのプロジェクトということもあるが、それ以前に流石に未成年での不純異性交遊を推奨するような計画なのじゃから、君たちのご両親には事前に連絡を済ませて了承を得ておる。何も問題はない」
「「はあっ!?」」
葵は慌てて鞄から携帯電話を取り出し、電話帳に登録した母親の番号に電話を掛ける。
数回のコール音の後「もしもし?」とお約束の返事を返す母に通じたとみるや、勢いよくまくし立てていく。
「ちょっと、お母さん! 何を考えてるのよ!? 実の娘が、その、え~っと……、え、えっちなコトをしなきゃならないような要求を引き受けたりしたの!?」
《あ、ひょっとして説明を受けてるの~? それじゃ~、今日から大臣さんが用意してくれた家で生活するわけなのね。まあまあ、た~いへん。早く荷造りしておかなくちゃ。あ、安心してね、葵ちゃん。服とかの最低限必要な分はもう送ってあるから》
「はああ!? ちょっとまってよ! どうして当たり前のように受け入れちゃってるの!?」
《だって~……、葵ちゃんの件を了承したら、我が家のリフォームに掛かる費用を全額負担してくれるっていうのよ? しかも、実験の結果に関わらず、1年間の猶予期間を無事に終えたら報酬として、たっくさんお金が貰えちゃうんだから!》
「売ったの!? 娘のからだをお金で売っちゃったの!? あなた、それでも母親なのかなぁ!?」
《……葵ちゃん、よく訊きなさい。貴方が今からやろうとしていることは国の未来を担う重要案件なの。貴方がこの計画をやり遂げることが出来れば、きっと沢山の人たちが幸せになることが出来るわ。お母さんはそんな貴方を誇りに思っているわ。大丈夫、きっと葵ちゃんならやり遂げることが出来るわ》
「お母さん……初めのがぶっちゃけ部分がなかったらものすっごく感動できたと思うんだけど?」
《じゃ、そういうことでよろしくね~~♪》
「いや、どういうこと!? ってぇ、あ、ちょっと!? ――切れちゃった? ……ああーっ、もう! これだからお母さんはっ!」
「いや、だから何を考えて――は? 金貰ったから? つまり俺は売られたのか? ふざけ――って、あ、待て! まだ話は終わって――!?」
新機種に変更したばかりということにも構わずに、携帯をヒビが入るくらいあらん限りの力で握り締めながら葵が振り向いてみると、行き場のない怒りが胸中で渦巻いていると言わんばかりの表情を浮かべた海斗と目が合った。聞こえてきた声の様子から察するに、多分彼の方も自分と同じような展開になってしまったのだろう。
揃って肩を下ろすしかできない被害者たちを尻目に、大臣と呼ばれた女性は本人たちの了承もとれたと言わんばかりに手早く書類を仕上げていく。
「はい、これで契約は終了です。本日をもって、君達は本計画の関係者となりました。その上で君達には、本計画における守秘義務が発生いたします。もし計画終了までの間に情報を漏えいさせてしまった場合、相応の刑罰が処される場合がございますのでご注意ください」
完全に逃げ場を塞がれた葵と海斗は、最後の抵抗とばかりに抗議してみせたが、政府という魔窟の中を生き抜いてきた大臣に唯の学生が勝てるはずも無く。
結局、なし崩し的にモデルケースの件を引き受けざるを得ない状況に陥ってしまった二人は、大臣の指パッチンの合図によって校長室になだれ込んできた黒服たちに拘束され、今日から二人で生活する愛の巣(仮)へ強制入居させられるのだった。