『えっち』から始まる恋があってもいいじゃない? 作:カゲロー
アイデアは固まってるのに、表現が納得できずに修正の繰り返し。
とりあえず、夏休みのイベントまでプロットは出来てるので、体育祭は次回で完了させますか~。
――妄☆想♪――
そこは蝋燭の炎しか光源が無い地下室。
天上も壁も冷たい石畳が敷き詰められ、充満する“性”の匂いが鼻孔を擽る。
理性を溶かし、精神を加虐色に染め上げるソレを肺いっぱいに吸い込みながら、『影』は愉悦に満ちた哂い声を零す。
『影』の視線の先、壁の一角に背中を預けるもうひとつの
ジャラリ……、と響く鉄の擦れる音。それは壁際にある人影の首に繋がれた鎖を音源とするもの。
頑丈で、獣であろうとも容易く縛り上げるほど強靭な鋼鉄の鎖が繋がれた首輪で拘束されている人影は、懇願するように部屋の中央に立つ『影』を見上げた。
ゆらゆらと揺れる蝋燭の光に照らされ、浮き出る人影は生まれたままの肌を曝け出す“人間”だ。
だが、全裸と言う訳ではない。ソレは、己が裸身を覆う黒い衣装を纏っている。だが、果たしてそれを“服”と呼んでよいのだろうか?
妖しげな艶で覆われた漆黒の革。布の切れ端とベルトを無理やり繋ぎ合わせたかのような奇抜なデザインのソレは、裸身であることよりもはるかに恥辱を感じさせる。上は、両胸に当たる部分を円形にくり抜いた革を同じく革製のベルトでつなぎ合わせたビスチェのような形状。下は、Tバックを彷彿させるほど際どいパンティーデザインの下着。ただし、股間部分の生地は取り払われ、性器が外気に曝されてしまっている。
乳根を圧迫されたのかピンク色に上気した胸の先端で硬さを増していく乳首には、キラリと輝く金色のリングが妖しく揺れている。
さらにそこから伸びる細い鎖が喉元の首輪にあるリングを通して左右の乳首を繋ぎ、身じろぎすると固く尖った乳首が引っ張られてしまうようになっていた。
『ソレ』の口からくぐもった呻き声が零れ落ちる。ギャグポールを咥えさせられ、言葉を話すことが出来なくなっているからだ。
白いボールに開けられた無数の穴から、だらだらと溢れ出す唾液が顎のラインを伝って胸、腹へと流れ落ち、やがて露出された股間へとたどり着く。
蕩ける様に粘着質な唾液は、そこで別の液体と混ざり合ってから床へと滴り落ちる。唾液と混ざり合った物……それは、股間からにじみ出る興奮の証に他ならない。そう、ソレは悦んでいるのだ。恥辱を命じられ、外界から隔絶された地下室に縛り付けられるという現状に、興奮と歓喜を抱いてしまっている。
『ソレ』の顔に浮かぶ恍惚とした、誰かに媚びる様な笑みを浮かべて頬を紅潮させる姿。あさましい性の奴隷へと堕落した者の姿がそこに在った。
M字開脚の体勢で何かを求める様に見つめてくる『ソレ』を見下ろす『影』の表情は、侮蔑に満ちたもの……ではなかった。
愛おしげに、可愛らしい幼子を愛でるかのような微笑みすら浮かべ、腰に携えたある物を引き抜く。
黒光りする革製の棒にも似た
『影』の視線がだらしなく粗相をした股間に向けられることを感じ、『ソレ』の胸中では快感が際限なく高まりを見せていた。
媚びの色で染まりきった瞳はさらなる熱を帯び、股間を恥ずかしげに隠すどころか寧ろもっと見て欲しいと言わんばかりに腰を突出し、見せつける様に突きだしてくる。性器がジワジワと濡れていく。溢れ出した性液は雫となって床へ落下、淫らな水溜りをどんどん広げていく。
濃厚さを増す性の匂いに脳の芯が熱く火照っていくのを感じる。『影』は自分がどんな表情を浮かべているのか分からない。
だが、『ソレ』の期待に満ちた表情を見るに、よっぽどご期待に添えそうなモノになっているのだろう。
桜色に染まった唇を舐める舌の感覚までもが敏感になっている。自分の胸に渦巻く興奮もまた、抑えが利かないほどに昂ってしまったのだ。
引き抜いた鞭――馬の調教にも使われるアレ――を片手で弄びながら、ワザとらしく足音を立てて『ソレ』の元へと近づいていく。
まるで淫魔に誘われた獲物のようだと自身を睥睨するも一瞬、『影』の意識は瞬く間に加虐心で染め上げられてしまった。もう、こうなったら自分でもどうしようもない。鞭が撓り、ひゅんひゅんと風切音が地下室に木霊する。
一歩踏みしめるごとに自らの衣服を脱ぎ捨て、生まれたままの裸体を曝けだして『ソレ』の前に立つ。
乳首は、痛いほど勃起していた。股間から性液が溢れ出していくのを抑えきれない。
陶磁器のようになめらかな太股を伝い、床へと流れ落ちた性液が、石畳の繋ぎ目を伝って流れていき、やがて『ソレ』から垂れ流された性液の水溜りと合流を果たす。
混ざり、溶け合う様はこれからの自分たちの未来を指し示すかのようだ。
『影』が持つ鞭の先端が『ソレ』の顎下に添えられ、くっ、と持ち上げられる。
それだけで、唾液の量が2割増した。どうやら鋭敏になりすぎた触覚は、僅かな接触でも最上級の性的興奮を感じさせるレベルに達しているようだ。
情欲に染まりきった瞳が声なき求めを叫ぶ。
――来て……と。
もう、耐えられなかった。『影』の腕が固く尖った乳首へ伸ばされ、同時に鞭を持ったもう片腕を振りあげる。
痛みと快感、両方を同時に与えるために。極上の獲物を、心行くまで堪能するために。
もはや、そこに“人間”と呼べる
お互いを貪り、舐め回し、魂の一欠けらに至るまで喰らい合う“ケモノ”が2匹。
極上の快感に浸り、溺れるために。ブルブルッ、と裸身を痙攣させて恍惚の笑みを浮かべたケモノ共の唇が、蜜の吹き出す艶音と共に絡み合った――……!!
――◇◆◇――
「――ってな感じで、きっと今頃、地下室で“にゃんにゃん”しまくっていやがるんだろうなァコンチクショぉぉぉぉぉおおおおおおお!!」
「フォォォオオオオオオオ!! 許せねぇ! 許せねぇなあアンチクショウ!」
「葵たんとSMプレイだと!? SMぷゥれェいだとぉ!? ――興奮しちゃうじゃねぇかよぉ!」
額に『しっと』と書かれたプロレスラーのマスクを被り、サバトの儀式で使われていそうな黒マントと『紳☆士』と刻まれたビキニパンツを纏った“リア充撲滅連盟”が、大空へ向けて拳を突き上げながら怨嗟の悲鳴を上げていた。
SかMかで言えばMの比率が高い生徒たちの青春真っ盛りなリピドーが、スタイリッシュすぎる妄想をイメージさせたのみならず、イメージを仲間内で共有させるという奇跡を起こした。……結果、男子生徒が大暴走。
学園生徒の6割が所属する“リア充撲滅連盟”が学園公認(!?) のユニフォームへ着替えて、衆人観衆の真っただ中で学園のアイドルへプロポーズをかましてくれやったモテ男抹殺のために行動を開始して今に至る。
脱ぎ散らかされて宙を舞うコスプレ衣装。でも、地面に落ちる前に脱ぎ捨てた本人が回収し、綺麗に折りたたんでから待機所で決められた自分の席に置くあたり、へんなところで律儀だと言うべきか。
「ハァ、ハァ……ウッ! ――ふう。君たち、冷静になりたまえ。血が上ったその頭じゃあ、探し出すことも出来やしないよ」
マント付き変態マスクマンの群れが正座してコスプレ衣装を折りたたむというシュールな光景が繰り広げられる中、何かを悟ったかのように爽やかな笑みを浮かべた男性教師が暴走する生徒たちを鎮めるべくマイクを持った。
「いいかね生徒諸君。確かに彼らリア充は撲滅して滅殺すべき憎悪の具現だ。だがね、血涙と憤怒に染まった目で隠れているであろう彼らを見つけ出すことは難しいだろう」
言葉をいったん区切り、己を注目する一同を見渡す。
的を射た指摘に反論することも出来ず、しっとマスクマンズは口惜しげに拳を震わせ、項垂れている。
確かにそうだ。これから(リンチを)挑むのは、あれ程の身のこなしを見せた“敵”。しかも、学園の生徒である以上、自分たちに追い掛け回されることなど百も承知のはず。ならば、追跡を巻くために二手、三手先を予測し、予想も出来ない逃走経路を構築している可能性も無きにしも非ず――!
「――ッ! けど……でもっ!」
「それでも俺たちはやらねばならないんだっ! でないと……!
「くうっ! ど、同士……! 俺もお前と想いを同じだ!」
「おおっ、77号よ!」
しっとマスク68号が傍らの同士、しっとマスク77号と熱い抱擁を交わす。がっし! と暑苦しいほどに密着するマント装備の変態マスクマン(血涙垂れ流し中)の“ハグ”に女子勢と観客席の皆様方がドン引きする一方、信念を同じくする
彼らの真っ赤に染まった視界には、男……否、
「まったく、ガキ共が成長しやがって……」
「ふふふ……。教育者として、教え子の成長は嬉しい物ですね」
息子の成長を見守る父親を思わせる微笑みを浮かべて朗らかに談笑する男性教師陣に、同僚の女性教師が腕のいい眼科を紹介すべきか真剣に悩み始めた時、パンパンと手を叩く音が校庭に響いた。
一同の視線が先ほどの男性教師へ戻ったのを確認してから、咳払いした彼が懐からあるものを取り出し、高々と掲げた。
それはクシャクシャに丸められたティッシュのような――
「おっと間違えた。これじゃなくて、えーと……ああ、あったあった」
ズボンの後ろポケットに先ほど取り出した物体――イカ臭いティッシュ的なものを押し込まれて膨らませながら、表面上は何事も無かったかのように平静を保ち、目的のモノを一堂へ翳した。
「これこそ、私が教師生活の合間に造り上げた『下駄箱に恋文を忍ばせてくれる美少女な女性生徒とシークレットラブイベンツッ! に突入した時のための人目を憚る死角ポイントマップ』ッ! これを使えばあ~ら不思議! 校舎のどこに隠れていようとも必ず標的を見つけ出せること請負なしなステキアイテムだぁ~っ!」
『おおっ!』
「本来ならば門外不出のスペシャルアイテムなのだが……生徒諸君の熱意に胸を打たれたっ! よって、君たちに情報を公開しようではないか! さあ、若き戦士諸君! 未来に向けて駆け出すのだァ!」
『うぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!!』
堰をきったかのように盛り上がる、マスクマン一同。
同僚の女性教師から道端に捨てられたフーセンガムを見るかのような眼を向けられることなどなんのその。
教師魂に心を燃やす男子教師が秘蔵の一品のコピー紙をばら撒きながら雄々しく叫ぶ。
「さあ、諸君! リア充に死を!」
『リア充に死を!』
“リア充撲滅連盟”のスローガンを叫び、
目指すはリア充。学園きってのアイドルのひとりであり、数少ない『清純派美少女』を奪いやがった憎き女たらし(に見える)を屠るべく、嫉妬の化身がここに解き放たれた――……。
「先生、随分と思い切ったことを成されましたね? 大切なものだったのでは?」
「――校長。いえいえ、これも可愛い生徒たちのため。身を切る行為も、未来を担う若人を成長させる糧となるのならば本望ですよ」
「ホゥ? ずいぶんと殊勝なご意見ですが――なぜそこまで冷静に語ることができるのでしょう?」
普段は理知的と言うよりも短絡的……否、直感的である教師の姿に疑問を浮かべ、問いかける。
上司の疑問に、男性教師は何かを達成したかのような微笑みを浮かべ、
「ふっ、これぞ奥義『スーパー賢者タイム』。脳内に広がる妄想のキャラクターに自身を投影させることで『いじめられるブタ』の快感を疑似体験。怒りを鎮め、冷静な頭脳を取り戻すことで達する無色の境地……」
無駄にカッコつけてとてもカッコわるい台詞を吐いた。
ズボンのポケットの内側からイカ臭い液体的なものがにじみ出てきているのに、校長だけが気づく。
「す、すげえ……! これが噂に聞く大人のオトコの必殺技か!」
「かっこいい……! チクショウ、惚れちまうぜ先生―!
『先生! センセぇーー!』
「ふっ……少年よ。――俺に惚れたらヤケドするぜ?」
ズッキュュゥゥウウウウウン! と効果音を背負い、指鉄砲を決める男性教師を称賛する少年たち(非マスクマンズ)の声は、収まることなくいつまでも校庭に響き渡っていたそうな。
「へえ。桃花の卵焼き、おいしーわね」
「えへへ~、ありがとぉ~。けど、早苗ちゃんのミートボールもおいしぃよぉ♪」
「ふふっ、ありがと」
暑苦しい青春の一ページ? が繰り広げてられていた一方で、女生徒や女性教師、観客の皆様方は、誰得なコントにすっかり毒気を抜かれてしまい、朗らかなお昼ごはんタイムを堪能していらっしゃった。
葵を探そうと駆け出した早苗ですら、どうにも馬鹿馬鹿しくなって戻ってきたあたり、よほど草むらやポールの後ろなどを真剣に探索するしっとマスクマンズと同類にされたくなかったのだろう。心なし、浮かべる笑顔もどこか引きつって見えなくも無い。
最悪なBGMを背景に、少女たちの昼食はつつがなく進行していくのだった。
――◇◆◇――
血まみれしっとマスクの群れが校内を徘徊しているのと同時刻。
シャワーを浴びて汗を流すために愛の巣(真)へ戻った海斗と葵が何をしていたかと言えば……、
「ぶーぅ」
むくれていた。
食事時なハムスターの如く。
「なあ、葵ぃ。いい加減、機嫌直してくれよ」
「ふーんだ。いぢわるさんの声なんて聞こえませーん」
「まったくもう……やれやれ」
汗で濡れた体操着を脱ぎ、シャワーを浴びてサッパリした所で、体育倉庫の情事で何をされたのか思い出した葵。
”おしり”を弄られるという、ものすごく恥ずかしい目に遭わされたことを今頃になって自覚した彼女は、着替えを済ませるなり「私、怒ってるんだからねっ!」 と自己主張を初めて今に至る。
海斗は、Tシャツと下着だけという扇情的な恰好のままリビングの真ん中で膝を抱える葵に謝りつつ、濡れたままだった彼女の髪を梳かし始めた。
彼女自慢の黒髪を乾かすのは、いつしか海斗の役目になっていた。
初めて海斗に髪を乾かしてもらって以来、なんだか自分でやるよりも気持ちいいからとおねだりして今に至る。
水気を帯びた髪をひと房掬い、指を櫛に見立てて愛しむ様に梳かしながら零れる水滴をタオルで拭っていく。
枝毛のない艶やかな髪の毛は絹糸のように滑らかで、こうして触れ合うだけでポカポカと心地よい気持ちになれる。
「次はブラシですよ~お姫様」
「うむうむ。よきにはからえ~♪」
本人も自慢にしている女性の命が痛まないよう優しく、丁寧にブラシをかけていく。
髪の毛同士が絡み合わないよう繊細にブラシを泳がせたところでドライヤー。繊維を傷つけないよう冷風に設定して、しっとり艶やかに仕上げていく。
お湯を浴びて桜色に火照ったうなじと濡れた髪が織り成すコントラストは、まるで一枚の芸術画のよう。
鼻孔を擽る香りは柑橘類の匂り。気を緩めてしまえば、本能が赴くまま鼻孔を摺り寄せ、心ゆくまで堪能してしまいそうになる。
このままだと理性が不味い。気を逸らす意味も兼ねて、何気に気になっていた疑問を問いかけてみた。
「葵姫さま~」
「な~にぃ~?」
「質問いいか~? 水泳部員なのに髪伸ばしてるのってなんか拘りがあったりするのか?」
「ん~……実はあるんだよね~これが」
仕上げに乾タオルで軽くグルーミングして作業完了。
窓から注ぎ込む陽光に煌めき、まるで宝石の欠片を散りばめたかのようだと、ものすごく恥ずかしい感想を思い浮かべてしまった。
自爆で真っ赤に染まっていく顔を悟られないように後ろから抱き寄せ、ごまかす様に葵のうなじへ顔を埋めながら話の続きを促す。
擽ったそうに身を捩っていたが段々と慣れてきたのだろう。彼女を抱きしめる海斗の手に自分の手を重ね合わせながら、過去の思い出を呼び起こす様に言葉を紡いでいく。
「ず~っと小っちゃい頃……小学校くらいの時かな? クラスの男の子たちにからかわれて公園で泣いてたことがあるんだ」
父親が釣り好きなこともあって幼い頃から海や川へ出かける機会に恵まれてきた葵。
父が釣りに興じている間、じっと待っているのが苦手な子どもが水遊びをするようになり、その流れで泳ぐことが好きになっていったのはある意味当然の結果だった。
特に夏場は休日には必ず水場へ出かけて日が暮れるまで泳ぎまくる場面も少なくなかった。
だが、
「いつ頃だったかな……。学校でね、同じクラスだった男の子にこんなこと言われたんだ」
『や~い、この真っ黒女! お前、休みの日はいっつも泳ぎに行ってるんだってな。そんなに泳ぐのが好きなのって、ひょっとしてお前、魚か河童なんじゃねぇの!』
彼が何を思ってこのような発言を口にしたのか今になってはわかるはずもないことだ。
もしかしたら水泳の授業にあった男女対抗の競泳で負けた腹いせだったのかもしれないし、あるいは同世代の女の子よりも成長が速かった葵の膨らみかけた胸部や小麦色に焼けた肌からチラッと除く水着の跡にドキドキしてしまったことの照れ隠しだったのかもしれない。
どちらにせよ、クラスメートたちがいる教室の中で大好きな水泳を否定されたショックで学校を飛び出してしまった葵は、普段足を運ばない公園のベンチで涙を流していた。
あんなヒドイこと言われちゃうのならもう二度と泳がない! 胸の痛みから目を背けるようにネガティブな方向へ思考が落ちかけた……そんな時、不意に影が差した。
「眼を擦りながら顔上げたらびっくりしたよ~。いつの間にか、無愛想な子が私を覗き込んでいたんだ」
嗚咽が止まってしまうくらいの衝撃だった。
何せ、その少年の表情は泣いてる娘を慰めよう~という紳士的なものでは微塵もなく。
「第一声が『サボりは”ふりょー”の始まりだぞ』だったからねぇ……。うん、あれはないわ~」
思わず『慰めてくれないの?』 と聞いてしまった葵への返答が『めんどくさいからケーサツ呼んでいい?』 なのだから、実にへそ曲がっているお子様だと言わざるをえない。
「むぅ……なんというか随分と捻くれたガキだな。どう育てられたらそこまで可愛げのないガキんちょになるのやら。てか、もしかして幼馴染君だったりするのか?」
「ん~ん。違うよ」
あけすけな海斗の言い分に苦笑を浮かべつつ、葵はあの出会いを思い返すよう遠くを見つめるように視線を窓の外へ向けた。確かに出会いこそアレだったが、
「だってさ、物語のお姫様は長髪がお約束だろ! 人魚姫も髪長いし! せっかく綺麗な髪してるんだから、伸ばしたほうがきっと似合うって!」
時刻は正午だったというのに夕暮れ時かと錯覚してしまうくらい真っ赤な顔で言いたいことを言うと、振り向きもせずにどこかへ駆け出して行った少年。
呆気にとられてフリーズてから再起動するまで約30秒。その後、言われたことの意味を紐解いて、熟れたリンゴ状態になってしまった頬に手を当てて「うわー、うわわー!?」 とオーバーヒート状態に陥った葵を探しに来た教師に確保されるまでの約600秒。
この合計630秒の間、
競泳のハンデとなったとしても、思い出を大切にしていきたいから。
「そんなわけで、髪を伸ばすようになったんだ――あれ? 海斗くん不機嫌モード? なんで?」
「……別に」
大切な記憶に思いを馳せていた葵がふと振り向くと、面白くなさげな表情をした海斗がいた。
頬を膨らませたりこそしていないものの、立ち昇る不機嫌オーラがそう語っている。
「……もしかして嫉妬しちゃった? 私の思い出の中にしかいない初恋の男の子に」
「そんなこと言っとらんわ」
視線を彷徨わせながら彼女を抱きしめる腕に力が籠っていては説得力が皆無だ。
それに気づいているから、葵の口元がニヤニヤしているのだろう。桜色な唇のラインが『ω』になる。
――何が嫉妬だバカバカしい。所詮は昔の話、名前も知らないガキんちょ相手になにを動揺してんだ俺は。
確かに、葵の今に続く初恋の相手として心の大切なところに居座っているのかもしれない。
けれど、今の彼女と一緒にいるのは自分なのだ。
彼女を全部受け入れているし、逆もまたしかり。
思い出の住人など、所詮は一方通行の想いを向ける事しかできない。
そんな奴なんかに
大体、貴様は葵の魅力を知らないだろう?
食事の時、料理の腕が負けてることを自覚してショボンと項垂れたくせに、料理を一口食べた瞬間、花が咲くような笑顔に代わるギャップがたまらないとか。
むくれている時、尻尾みたいにぺちぺち揺れる髪の動きが可愛らしいとか。
『えっち』の時、意外と積極的な一面を自分だけに見せてくれる様がとても嬉しいと感じていることとか。
それもこれも、
そして、これから数えきれない思い出を積み重ねていく。
ざまあみろ、ガキんちょ。今のコイツも、未来のコイツも俺のものだ。他の野郎には、毛先の欠片もくれてやるものかよ!
ふと、視線を感じて振り向く。
そこにはスーパーの店頭にはまず並ばないだろレベルに熟れすぎたサクランボの如き真っ赤になった葵のお顔が。
ん? と首を傾げる海斗に見つめられ、落ち着かなく視線を彷徨わせていた葵がやがて覚悟を決めたように彼を見上げ、
「あ、あのぉ……所有宣言はさすがに恥ずかしいって言いましょうか」
ぽそっ、と小声で呟いた。
「……え? なぜに照れていらっしゃるので? ――っは!? ま、まさかまたやらかしやがりましたか、俺!?」
コクン、と小さく頷く葵。
瞬間、海斗の顔が青 ⇒ 紫 ⇒ 赤と鮮やかに変化していく。
主に羞恥心で。
どうやら葵へ向けられた海斗の溢れる想いは、鼻からではなく口から出てしまうようだ。
無自覚に。
ブホアッ! と海斗の頭頂部が水蒸気爆発。極まった体温が、一気に蒸発してしまったらしい。
崩れ落ちる様に俯く。
「うぁ~……もうダメだ。死ぬ……死んでまう。死因は悶死で」
「けっこう余裕あるよね? まったくもぉ~……海斗くんのおバカさんっ♪」
恥ずかしさをごまかす様に葵の首元へ顔を埋めたまま頬を擦りつける海斗。
耳まで真っ赤にして悶える様がなんだかおかしくて、母性にも似た愛しさがこみ上げてくる。
身体を捩って向き合うように体勢を入れ替えて、襟首から魅惑の谷間が覗く胸元へ頭部を抱き寄せてあげれば、海斗の腕が自然反射のように自分の腰を抱きつくように回された。
一見するとなんでもそつなくこなせる様に見えて、意外とおバカをやらかすからほっとけない。
普段からすごく頼りになるし、縋りたくなる大人な雰囲気を纏っている。
そのくせ、しょーもない事で自爆しては子どもっぽく落ち込んだりもする。
これから一緒に生きていく中で、次々と新しい一面を発見していくのかなと思うと、すごく楽しみでうきうきしてしまう。
それはきっと海斗も同じ想いのはずで。
要は、お互いがお互いにどうしようもないくらい夢中になっているということで。
「大丈夫だよ。海斗くんがどーしようもないおバカさんだってこと、世界中の誰よりも私がわかっているんだからっ」
「……嬉しいようでちょっぴり切ないお言葉、どうもありがとう」
頭に生えた(ように見える)虎耳をへんにゃりさせた虎さんを”なでなで”するわん
天下無敵のいちゃらぶフィールドを形成した犬虎カップルのピロータイムは、体育祭の午後の部開始を告げる放送(某幼馴染による
どうやら彼らの心の辞書は、『節度』と言う単語が消去済みのようだ。
幸いまだ残されている『自制』や『自重』まで消去されないよう願うばかりである。
「それはともかく。私に恥ずかしい思いをさせた罰はちゃんと受けてもらうよ」
「えぇ~……気持ちよさげだったくせに」
「私のログには何もありませんっ。と、言う訳で、海斗君は私の
「…………
脳髄の演算能力を超えた展開に言葉を無くし、たっぷり1分の時間をかけてそれが示す意味を理解していくのと比例して血の気が失せていく。
指先は凍傷の如く小刻みに痙攣を繰り返し、恐怖でかみ合わない奥歯から鳴るカチカチという音が口から零れるのを抑えられない。
「い、いつの間に料理なぞされたのでしょうか?」
「えへへ~、実は海斗くんがシャワー浴びてる間にねっ。頑張ったんだよ」
艶やかな長髪が子犬の尻尾のようにパタパタ揺れる様は、満面の笑顔と相まって非常に愛らしい……が、海斗の眼には死神の手招きにしか映ってくれない。
――な、何かないのか!? この危機を乗り越える何かがっ!? ……っ、そうだ!
「あ、葵……いや、葵
「ふっふっふ……甘く見てもらっちゃあ困るってもんなんだよ。こう見えて私、努力できる女ですからっ」
「わぁお。根拠のない自信、カッコいーですねー……で、何をお作りになられたりしちゃったりされたのでしょうか?」
凍える様な冷や汗はじっとりとした脂汗へと変わりつつある。
せめてもの希望は、彼女が正常な味覚を持った味見のできる女の子であることか。
ならば! 出来栄えがどうあれ、食べられる材料を使われているはず!
胸に湧き上がってきた輝く希望を胸に、海斗は覚悟を決めた戦士の顔つきで次の言葉を待つ。
だが……彼は大切なことを失念していた。
自分がものすごく性質の悪い神様に目をつけられていることに。
素敵にドSな神様が、こんな面白イベントをスルーしてくれるはずもないということを、海斗は自らの身を以て理解させられることとなった。
「じゃーん! 葵ちゃん特製『レインボーパエリア』だよ!」
「レインボーだとぅ!? うお、マジで七色に光り輝いてやがる……つか、眩し!? なんだコレ、蛍光塗料でも塗りたくったか!?」
「しつれーな。ちゃーんと台所にあった食材と調味料で作った一品なんですけど?」
「ごくごく普通の材料だけでどうやったらここまで奇天烈なシロモノが錬金できるんだ!?」
自身の城でもあるキッチンで『レインボー』が誕生したことに慄く海斗。
やる気を出した料理下手の本気を目の当たりにして恐怖を抱かずにはいられない。
だが、立ち止まることは許されない。
なぜならば、己にスプーンを握らせながら「食べてみて♪」とニコニコ笑顔を向ける葵から逃れることは不可能だから!
料理を嗜む者として、料理を一口も食べずに廃棄するなど最低の行為。
大切な女の子の手料理であるなら尚のこと。そう……葵に料理する時間を与えてしまった時点で、海斗の未来は確定してしまったのだ。
スプーンを握る指の震えを気合いで抑え込み、先ほどから警告を発し続けている本能に感謝の念を抱く。
――俺を想ってくれてありがとうな我が本能よ。けど、ごめんな。男には退いてはならない事態もあるんだ。だから……ッ!
死地へ赴く武将の如き覚悟の顔で両手を合わせ、あの言葉を発する。
「……いただきます」
「はい、召し上がれ♪」
そして遂に、銀の匙で掬い上げた
「ぅぅぅ……が、がんばってくれ俺の消化器官たち……。
「う~ん、ちょっとお塩が少なかったのかな?」
体育祭の午後の部、開始直後。選手待機所にそびえ立つ人垣が形成されていた。
目元や口元から真っ赤だったり粘ついていたりする液体を垂れ流すしっとマスクマンズに囲い込まれているのは、体育祭の話題を現在進行形で独占しているバカップル。言わずもがな、腹を抑えてヤバ気な痙攣を起こしている海斗(ホス虎Ver.)を
――ちなみに、某変態タキシード仮面が仕出かした奇行の件もそれなりの話題になってこそいたものの、海斗と葵に注目度を掻っ攫われた
それはともかく。
筆舌しがたいほどに独創的な手料理を見事に完食してみせた海斗の眼には、空の彼方に映るハンカチで目尻を拭いつつサムズアップを決めた神様の幻影が映り込んでいた……かもしれない。
結局、身体中にブスブスと突き刺さる嫉妬&好奇の視線と内側からゴリゴリとHPを削りにくる必殺料理のダブルパンチに襲われ続ける海斗の苦難は、競技が再開するまで続いたのは言うまでもない。
――◇◆◇――
ぽかんと惚けた少女の瞳が、少年を捉える。
彼女の表情は、まさか自分が人魚姫に例えられるなど思っても見なかったとでも言いたげなもの。
胸の奥がぽかぽかしてくる不思議な感覚に戸惑いながら、火照った頬を見られない様に俯く。
すごく顔が熱い。とくんとくん、と鼓動を速めていく心臓の音がやけに大きく聞こえてくるような気がした。
「――って、何口走っとりますか俺のアホぉおおおっ!」
涼やかな風の音しか聞こえなかった公園に響き渡る少年のソウルシャウト。
自分が何を言ったのか、いまさらになって自覚したらしい。
「ぬおぁおぁぁぁぁぁあああーー!」 と気勢を上げつつ、恥ずかしさで真っ赤になった顔を隠すようにそっぽを向いて駆け出そうとする少年の上着の裾を慌てて掴み、少女は聞き忘れていた大切なことを問いかけた。
「待って! あなたのお名前!」
「うへぁ!? な、なみゃえ!?」
噛んだ。まるで、どじっ娘のように。
少年の恥辱が有頂天。
「お名前、教えてっ!」
「あ、ああ……別にいーけど……」
痛む舌に若干涙目になりながらも、その場にしゃがみ込んで落ちていた木の枝で地面に名前を書き込んでいく律儀な少年。
ところどころ線がブレいたりするものの、何とか最近覚えた漢字のフルネームを書き上げて額を拭う。その顔には、巨大な壁を乗り越えた『男』の笑みが浮かぶ。
そう年が離れていない少年に対抗心が沸いたのか、少女もまたつたない筆使いで名前を書いていった。
そして、お互いの名前の由来や意味を告げあって、
「ふーん、なんか私たちの名前って似てるところあるんだね」
「だなー。偶然ってあるもんだ」
「じゃ、じゃあさ。もし私たちがケッコンしたらもっとステキなことになるかもねっ」
「うえ!? あ、うん……そう、かもな」
「えへへ……じゃあ、約束しよっ」
「ん……わかった。約束、だな」
恥ずかしそうに頬を上気させながら小指を絡み合わせる2人。
なんとも初々しい約束を交わす少年と少女の足元には、各々の名前と共に彼らの未来を連想させる言葉が記されていた。
それは2人が考えた素敵な言葉。それぞれの名前の一部を足して組み上げた、彼らだけの誓い。
小さな出会いを果たした彼らが己の居場所へ戻った後も、誓いの言葉だけは消えずに残り続けていた。
《
ヒロインとの過去話はやはり鉄板! (断言)
冒頭部分はもちろん、しっとマスクマンズの妄想です(笑)。
ただし、どっちがどっちの配役かは……秘密ということで♪