『えっち』から始まる恋があってもいいじゃない? 作:カゲロー
更新遅れて申し訳なく&うれしいご感想をたくさん頂いて感無量なカゲローです。
今後も不定期になってしまうかもしれませんが完結目指して頑張ります!
さて、この話でようやくサブヒロインが正式に出そろいました。
彼女は今後、海斗君と葵嬢双方に深い関係が出てくる予定。
次話予定のエロでその辺まで行ければな~と。
今回はエロなし、いつも通りな二人の『あまあま』な日常会です。
初夏の心地良い暑さから真夏のうだるような暑さに季節が移り替わり、学生服という見慣れたファンションに肌色が増えてくる今日この頃。
パリッとアイロンがけを済ませた純白の半そでシャツとサマーセーター、チェック生地のおしゃれなフレアスカートに身を包んだ葵は、額に掲げながら指の間から射す朝の日差しに目を細める。
まだまだ初夏というカテゴリーにあるはずの今日日の気温は夏真っ盛りな今年度最高気温を記録するでしょうというニュースアナウンサーの台詞を裏付けるように眩く、熱い。
ジリジリと肌を刺すような陽光に肌のお手入れに気合い入れないとと胸元で握り拳を作り、ガッツポーズ。
ふんぬ、と気合十分な葵を余所に、いつも通りの前髪で眼元を隠し、分厚い眼鏡を装備した地味系モード中の海斗の頬には大粒の汗の雫が無数に溢れ出てきていた。
アスファルトを焦がす陽光を反射する眼鏡のレンズは発汗によるせいか霜が降りたかのように白く染まり、半開きの唇の隙間からは荒い呼吸音が零れ落ちている。
汗を吸った前髪をうっとおしげに手の甲で拭い、早朝なのにくっきりと識別できる自身の影が落ちた足元に視線を落とすように俯き加減で歩を進めている。
熱気で曇り、ほとんど役目を果たさない眼鏡を外して顔面の汗を拭う。
「もー、海斗くんってば朝から元気ないよー? せっかくのお日様気分が台無しなんだから」
「暑いの苦手なんだよ……。うあ~、駄目だ。焼ける、溶ける、灰になる……こんがり香ばしい焼き物にされる~……」
「わけわかんないよ~。ホント、暑いの駄目なんだね~」
ホラー映画の亡霊の如く両手を力無く垂らし、ゆらゆら上半身を左右に揺らしながら後ろをついてくる海斗の姿に、苦笑を殺しきれない。
普段彼女が独占している素の彼からは予想も出来ないほど残念な姿に乾いた笑いを浮かべると同時に、また知らない一面を知っちゃった♪ と楽しげにはにかむ。
何かと万能な彼の弱点を知ることは、自分がそれを支え、補っていけばいいのだと。
それこそが自分の、自分だけの
だから葵は、上機嫌に鼻唄を零すのだ。
お互いの足りない物を寄り添いながら補い合う関係……そんな繋がりを求めているから。
「ほーら、
「うーす……」
「返事は『は~い』でしょ」
「……はーい」
「言葉は伸ばさないの。めっ!」
「すま――いや待て!? それは理不尽だぞ!?」
「何の事だかわかりませ~ん。暑さで記憶が混乱しちゃってるんだね、きっと」
「こんにゃろう……」
両手を腰裏で繋ぎつつ振り向き、ちろっ、と桜色の舌先を出してウインクする葵の背中に小悪魔の羽がパタパタしている幻を視て、
「ふにゅっ!? ぬにゃにゃにゃーー!?」
「はっはっは。小悪魔さんには頬肉こねくり回しの刑だ。そーら、むにむにーっと」
にゅううーっ!? と素っ頓狂な悲鳴を上げてはいるもの、痛みを与えない絶妙の力加減の賜物か、葵は痛みを欠片も感じなかった。
ただし、珍しくからかいの攻勢に出られる千載一遇のチャンスを逃がすことなど彼女に出来るはずもなく、即座にお返しとばかりの反撃を繰り出した。
「ん、んっ! ――ふうーっ」
「ぬおわ!?」
今度は海斗の口から悲鳴が飛び出した。
勢いよく頭を振って“ほっぺ引っ張りクロー”から逃れることに成功した葵は、飛びかかるような勢いで海斗の胸へダイブ。
右手に握ったままだった鞄が遠心力よってハンマーのように振り回されて海斗の背中にクリーンヒットすることもお構いなしに彼の身体を抱き締め、鞄の角が背筋に食い込む衝撃に硬直してしまった彼の耳元に顔を寄せて――優しく吐息を吹きかけた。
耳朶を擽る少女の吐息。
背中の痛みで五感が敏感になっているところに予想だにしていなかった追撃を受け、なにがなんだかわからない状態になってしまった海斗の心臓が、跳ね飛ぶが如く大きな脈動を起こす。
どくんっ、と高まる鼓動に引っ張られたのか、体温が暑さ以外の理由で瞬く間に昂っていく。
夏服の薄生地越しに感じる女の子特有の柔らかく、甘い香り。
衣服越しに感じるたわわに実った双丘の弾力。
恥ずかしげに、けれど好意をひしひしと感じさせるしなやかな指と足に絡みついてくる太股の感触に、全身の血脈が瞬く間に滾っていくのがわかってしまう。
「……えへへ」
頬を朱色に染め上げながら、こちらの様子を窺うような上目使いで海斗を見上げてくる葵の『女の子』な仕草に、めまいを起こしそうになる。
まさか往来の
おもわず抱きしめ返してしまいそうになる両手の衝動を気合いで抑えつつ、ふと耳年な幼馴染の言葉が脳裏を過ぎった。
『女の子という生き物は魔物なのですわ。そう、特に葵さんは最近流行りの肉食系女子の典型。まさに彼女は恋愛という宝石を我が物にせんと襲い来るドラゴンの化身! 古来よりドラゴンという生き物は宝や黄金を収集し、眩く輝く金色のソレに身を横たえ、悦に浸ると伝承にあるように、彼女もまた、恋の対象である海斗さんの骨の髄、魂の根源……そして精子の一匹に至るまで手中に納めなければ我慢できないでしょう! つまり――ワタクシが何を言いたいのか、わかりますわね?』
『ええと……その、なんだ。要するにアイツは俺の事を……す、好いてくれているって事でいいのか?』
『まあ、それもありますが。ワタクシが言いたいのはそう言う言ではなく……(コホン)。――腹上死エンドだけはやめてくだいさいましね? 嫌ですわよ、ワタクシ。死因は精も根も吸われまくってミイラ化したとかいう愉快な送り言葉で幼馴染を見送るのは』
『真顔でおっそろしい妄言は居てんじゃねぇ!? 生々しくて寧ろ怖いわ!?』
『……』
『伊織? 『言われてみれば……確かに』的なその表情はどういう意味だ? ……おいこら、なぜ笑顔を向けてくる!? そんな優しげな眼を俺に向けるなぁぁぁあああっ!?』
「――はっ!?」
イカン、心情的にたいへんよろしくない記憶まで呼び起こしてしまっていたようだ。
それはともかく、まずはこの状況を何とかせねば。
繰り返すが、二人の現在位置は学園の塀沿いにある通学路。
学園の敷地内で同棲している事実を隠すため、毎日わざと敷地外に出てから外周部にある通学路をぐるっと回って校門を潜っている。
学園は一般的な民家が立ち並ぶ住宅街と隣接していて、通学路を挟んで住居が並び立つ様に建立している。
さらに言えば、そこの住民は小さなお子さんがいる場合が多く、昨今の安全性の問題からお見送り、通学の同伴をする奥様方も多数利用する場所なのであって。
――見られてる。めっちゃ見られてる……。チビ共が無遠慮に指差して笑っている……。
「あらあらうふふ」と口元を押さえながら微笑ましげな表情を浮かべた奥様方の熱烈な視線、「らぶらぶだー」「りあじゅーだー」「ばくはつしろー」「ばつさつだー」と一部物騒な揶揄を舌ったらずな口調で繰り出すお子様方。
――ついでに、朝っぱらから女の子と抱き合っている
しかも、しっとマスクが仲間に連絡をしたのだろう、地鳴りのような足音が遠くから聞こえてくる。
間違いなく、血涙で真っ赤に化粧した変態マスクマンの集団が、リア充を撲殺すべく向かってきているのだろう。
――奥様方やガキんちょ(♀)まで、きゃーきゃー言いながら写メっているのは、学園関係者のノリの良さが順調に万延している証拠なのだろうか?
まあそれはともかく。
このままここに留まる事は百害あって一利なしというのは明白で。
海斗的には、こういういちゃいちゃは二人っきりでやりたり独占欲もあるワケで。
結論――逃走開始
「さらばだっ」
「逃がすなぁぁああああああっ!」
「「「「「フォォオオオオオオオオオオオ――ッ!?」」」」」
ショルダータイプの鞄を二人分首に引っかけてから、葵をお姫様抱っこで抱き上げる。
ふにゃっ!? と力の抜ける可愛らしい悲鳴を上げつつ、何事っ!? と言いたげな彼女のおでこに唇を落として黙らせる。
瞬間、女性陣の黄色い悲鳴と野郎共の野太い怨嗟の怒声が混ざり合った混沌極まるBGMを一身に浴びながら、背に腹は代えられないと後方へ駆け出す。
目指すは出発地、愛の巣(真)に通じる裏口のひとつ。
しっとマスク共を蹴散らして校門に向かうのは正体がばれるリスクも含めて割に合わないので、今日だけは学園の敷地内を突っ切って登校することにしよう。
徐々に遠ざかっていく背後の怒声を置き去りにしつつ、
「……にへへ~ぇ♪」
おでこにちゅっ♪ されて嬉しそうにはにかむお嬢様を抱き抱えたまま。
――◇◆◇――
「朝っぱらからなんでこんなに疲れなきゃならんのだ……」
朝のHR五分前に教室に辿り着いた海斗は机に力無く突っ伏していた。
いつもより登校の時間が遅れてしまった事もあり、登校してきた無数の生徒の中で葵と肩を並べて歩くのは不味い別れようとしたものの、「……だめ?」 と制服の袖を引っ張りながら弱々しく『お願い』されてしまっては無下に出来る訳も無く。
仕方ないので最近覚えた自身の気配を大気と合一させ、そこに居ても違和感を感じさせない特殊な隠密歩法を使用することで葵の隣にいる自身を周囲に気づかせること無く彼女の教室まで送り届けることに成功した(何故か見破られた幼馴染コンビからは「すごい技術の無駄遣い」と笑われたが)。
そして現在、疲労困憊でだるさ全開の不機嫌オーラを放つ彼に近づこうとするクラスメートが居るはずもなく(一応、不良生徒として扱われているため)、これ幸いと体力回復に努めていた訳なのだが――
「あ、あの……」
「ん?」
ちょいちょいっと袖を引っ張られる感覚に閉じていた瞼を開ける。
耳朶に届く、透明感のある優しげな声色。
すぐ近くから感じ取れる柔らかな
心地良さすら感じる声に導かれるように、沈みかけていた海斗の意識が覚醒に向かう。
目元を擦りつつ、数度瞬きしてから上体をゆっくりと起こして声の主を探してみると、自身のすぐ傍らに前屈みの体勢でいる女性の姿があった。
ふんわりと広がる栗色に近い長髪。
やぼったい大きめの眼鏡を掛けていながら、決して損なわれることが無い美貌は優しげな瞳と相まって、まさに年上のお姉さんという印象を見る者に与える。
出で立ちは上品なブラウスに膝下まで伸びたロングスカートというおとなしめなチェイス。
しかし、おとなし目な当人の雰囲気をぶち壊すほど激しく自己主張している母性の象徴は、そっと方面に経験豊富な海斗をして、思わず目を奪われてしまうほど素晴らしい一品。
失礼な物言いになるが、実は果実を仕込んでいるのではないですか? という台詞が喉を駆けあがりかけるほどに実りに実っていると言えはそのすさまじさがわかって貰えるだろう。
袖部分に余裕がある事から、上着は大きめのサイズであると思われるのだが、それでも立派過ぎる双丘のボリュームを包み込むには役不足なようで、胸元のボタンが大胆に外されて、谷間がくっきり見えてしまっている。
ボタンの留め具が痛んでいるのが見えたので、多分、留めようと努力はしたものの、胸の弾力に押し負けてはじけ飛んでしまった……と、言ったところか。
突っ伏していた海斗を起こすために前屈みになっているせいか、胸の谷間が海斗の視界を埋め尽くすほどに距離が近い。
もし今、本能の誘惑に駆られて手を伸ばしてしまったら、片手の指全部を吸い込まれてしまうかもしれない。
それほどまでにくっきりと谷間が形成される巨乳を直視してしまい、海斗の心臓がまたもや大きく跳ね上がり――
「えーと? ……どちら様で?」
一度の脈動を経て、平常状態に静まった。
男の本能を刺激する素晴らしい胸をお持ちではあるが、彼女にとってはコンプレックスである可能性も否めない。
胸が大きいことはいいことばかりじゃないとついこの間、葵から愚痴られたばかりだったこともあり、意識を奪われていた胸の谷間から眼を逸らし、女性の顔に視線を向ける。
間近で見ると、やや童顔な印象を受けた。
幼い……と云うよりは、無垢と言った感じか、
本人の纏う雰囲気と相まって、深窓のご令嬢という表現が似合う気がする。
自分が言えた義理ではないが、やぼったい眼鏡を掛けているのは少し残念かもしれない。
少し磨けば、劇的に魅力を向上させる極上の原石……その道のプロとしての思考でこんな結論に至ったものの、逆に今のアンバランスさが彼女の魅力を引き出しているようにも思える。
不思議な……なんとも興味を惹かれる女性だ。
自分の周りにいた少女たちはどこか違う、不思議と目を惹かれる彼女をじいっと見つめていると――何故か焦った風に頬を赤らめ、絡ませた指先をもじもじさせ始めた。
おや? と首をかしげる海斗。
あうあう……、と言葉にならない言葉を零す女性。
「……怖がらせちまったか?」 と自分の目つきの悪さに落ち込む海斗と、レンズ越しに見えた野性味あふれる殿方の瞳より放たれる眼差しに
此処で忘れてはならないのが、お互い自分の内側に意識を向けるあまり、表面的には至近距離で見つめ合う姿が継続されているということ。
……傍目に見ると、青年の情熱的な眼差しを受け、恥ずかしげに身悶えるオトナの女性の図にしか見えない訳であり。
恋に憧れる少女たちと、青い性欲で満ち溢れている青少年? からしてみれば、非情に、とっても、いうまでもなく……心を昂らせる最高の
昂る感情(どういったモノかはお察しで)が熱烈な視線に乗せられてぶすぶす、ぶすぶすと降り注ぐ。
はっ、と海斗が気づいたころにはすでに後の祭。
普段の腫物使いなどどこ吹く風、嫉妬と羨望と好奇心に彩られた眼差しという名のレーザー光線が、当事者たちへ突き刺さる。
「ふわわわわ……」
当事者の片割れは欠片も気づいていないようだが。
相変わらず、頬をおさえながら恥ずかしげな表情を浮かべたまま。
口癖なのだろうか? ふわわ、ふわわと口遊みながら海斗の顔と教室の床の間で視線を行ったり来たり。
明らかに海斗の何かが琴線に触れて意思してしまっている――ようにしか見えない。
そう言うのとは少し違うと海斗は気づいているものの、それほど親しくも無いクラスメートに説明するのは面倒以外の何物でもないワケで。
「どうしろってんだ、こんなもん」
思わず天を仰いで呟く。
静まる兆しを見せない教室を包み込む威圧感にそろそろ物理的なオハナシに乗り出すべきかと危険な方向に思考が向かい掛けたところで、
「待ちたまえ、マイスクールメーイツッ!!」
すっぱーん! と景気のいい効果音を立てて開かれた教室のドアから一人の男性が姿を現した。
現れたのは細身のスーツを着こなした男性教師。
教師生活の長さが窺えるジャケットに刻まれた細かな皺。
されど、古臭さなどの負の感情を感じさせるものではなく、樹齢行百年をも超える大樹と同じく、どっしりと大地に根を張りめぐらせた雄大さ、年季という経験を積み重ねた『男』の気配を醸し出している。
歩調も乱れず、きりっと正中線が真っ直ぐ伸びている理想的な姿勢を崩さない様より感じるのは頼れる大人の風格。
うっすらと生え揃う顎髭と彫の深い容姿が彼の出で立ちと相まって相乗効果を生み出し、魅惑のダンディズムを生み出している。
海斗のクラス担任、彼の名は『ダンディ=城山』。
英国人の母と準日本人の父の間に生まれ、紳士たれと己の心に誓いを立ててこれまでの生涯を歩み続けてきた益荒男である。
堅物そうな容姿に反して性格は先のようにフランク。
親身になって生徒のために粉骨を注ぐ教育方針は生徒たちからも高い信用を得ている教師のひとりだ。
「さあさあ、HRの時間だよ。騒ぎたい気持ちはわからないではないけれど、まずは着席してくれないかな?」
手を叩きながら着席を促すダンディの声に導かれるように、生徒たちも――不承不承ではあったが――ひとり、ふたりと席に戻っていく。
(人徳
その様子を満足げに見渡している中、未だに「ふわわ」とテンパっている女性。
混乱のあまり、ダンディが入ってきた事にも気づいていないようだ。
「ふぅ……
「ふわぅ!?」
彼女の正体も大体予測できることもあり、目の前で女性が怒られるのを見過ごすのも気がひける。
困った風に肩を竦めた海斗は、右往左往している女性を落ち着かせようと彼女の手をそっと握った。
ふわり、と包み込まれるように優しいソフトタッチ。
突然の出来事にまたもや悲鳴? を上げてしまった女性だったが、自分のソレよりも大きく、逞しい手の平から伝わる温もりを通じて、混乱していた思考がゆっくり鎮静へと向かっていった。
海斗から見上げる形で向けられている視線に気づいたのだろう。
温もりに包み込まれる手と海斗の間で視線を行ったり来たりと彷徨わせて始めた。
照れているようにも恥ずかしがっているようにも見える仕草に、思わず保護欲をそそられてしまいそうになるものの持ち前の精神力で衝動を抑え込み、少しだけ名残惜しそうに手を離していく。
その際、「ぁ……」と愁いを帯びた声を零してしまったのは果たしてどちらか。
女性は、海斗と繋がってた手を逆の手で包み込む様に胸元へ抱き寄せ、激しく自己主張する胸の谷間に指先を落とす。
すると、指先に残る温もりが肌を通して心の臓に伝わり、血流にのって全身に広がっていく。
そんな不可思議なイメージが脳裏に浮かび、計らずとも頬の朱色を更に色濃いものへと変えてしまった。
同年代とは違い、可愛らしくも色っぽい大人の女性な仕草を目撃してしまったのだろう、海斗の近くの席にいたクラスメートたちが挙って赤面の風体を見せている。
なんとも形容し難い空気が一部で漂う中、さすがに気づいたらしいダンディ先生が、自分に背を向けたままの女性に聞こえる様、声を張り上げた。
「君、そろそろ落ち着きたまえ」
「はっ、はい!?」
頬の熱を誤魔化す様に指先でこめかみを掻いていた海斗を見つめていた女性は、これから
彼女がダンディの背後に控えるようポジションを取ったところで、ようやく準備が整ったとばかりに咳払いを打つと、生徒たちを再度見わたして、
「さて、それでは本日のHRを始めるとしようか。と言っても諸君の聞きたがっていることは僕もよーくわかっているつもりだ。だから、早々にネタバラシと洒落込もうじゃないか。コホン――喜びなさい。今年の教育実習生の実習クラスにウチが選ばれたよ。そう……彼女ダァァァアアアアアア!」
「「「「「うおおおっしゃぁぁあああああああ!!」」」」」
生徒……主に青い春を迎えた少年たちの咆哮が鳴り響く。
あまりのノリの良さに、びくっと肩を震わせる可愛らしい仕草を見せてくれた女性……いや教育実習生のお姉さん先生に、「今年の当たりは俺たちだぜひゃっはー!」 と野郎共のテンションが天元突破。
女生徒たちはさすがにそこまで騒いてはいないものの、さっそく身近な席のクラスメートたちと楽しげなおしゃべりを開始した。
ネタはもちろんお姉さん先生。
同姓から見ても魅力的な彼女の事を好意的に受け止めたようで、彼女の性格やこれから一緒に過ごす中でのイベントとなどについて、和気藹々と意見を交えている。
そんな中、お姉さん先生も、生徒たちに好意的に受け散れてもらえたことをゆっくりとだが実感できたのだろう。
はにかむ様な笑顔を浮かべながらこれから共に学んでいく生徒たちをひとりずつ見渡す様に視線を動かして――
「あ……」
優しげな眼差しで自分を見つめている海斗と視線が重なった。
瞬間、先ほどの自分の行動を思い返し、笑顔が曇ってしまう。
年頃の学生たちにとって、教師やそれに準じる人たちから特別扱いされることはいい意味でも悪い意味でも注目を浴びてしまう。
委員長や役員という教師陣と覚えが良い者たちはそれほどでもないが、特段目立つような役職という免罪符を持たない者たちがそうであった場合、特別会扱いされている、不公平だと負の感情を周囲が抱いてしまう可能性があるのだ。
人は自分とは違うモノ、ルールから外れる者を取り除こうとする生き物だ。
学生という一種の閉鎖空間の中で、人間関係を危ぶむ様な軽はずみな行動は慎むべきだと自分も解っていた筈なのに……。
声に出せない謝罪の念に胸が押し潰されそうになる。
だがしかし、彼女の予想に反して海斗の眼差しに負の感情は微塵も含まれておらず。
先程落ち着かせてくれた時のように、相変わらず優しさしか感じられなくて。
戸惑いと期待が入り混じった感情が表に出てしまったのか、彼女の表情を見て小さく噴き出した海斗が、言葉を発さずに唇を動かして何事かを伝えようとする。
唇の動き、彼の仕草が形づくる言葉とは――
『これからよろしくな――
目尻が熱く、思わず涙を零してしまいそうになる。
震える唇を隠す様に手で覆い、透き通る瞳を潤ませて。
認めてくれた。受け入れてくれた。
未来の教師を目指す雛っこでしかない自分を、彼は『
受け入れてくれた。
当たり前のようで難しい信頼を、こんな自分に向けてくれる。
それがどうしようもなく――嬉しい。
お前の選んだ
そんな優しい言葉を告げられたような気がしたから。
涙ぐむ彼女に少しだけ驚いた風の海斗は、やや困ったようにはにかんだ微笑を浮かべて……彼女にだけ見える様に親指を立てた拳を見せた。
その瞬間、誰かのどこかでこんな音が鳴ったような気がした。
…………きゅん、と。
「さて、では諸君……ブーメランパーンツッ! の準備は十分かね!?」
「「「「「Yahaaaaaaaaa!!」」」」」
「OK! ヒィアウィ……ゴォォォオオオオオオオッ!!」
どこぞの世紀末覇者世界の無法者のような雄叫びを上げながら、怒濤の勢いで駆け出していく生徒一同。
生徒の暴走を止めるどころか「我こそリーダーなりぃぃいいいいっ!」 と言わんばかりに煽動するダンディ先生を筆頭にした喧しすぎる集団があっという間に教室の外へ。
後に残されたのは何が何だかわからないと?マークを浮かべたお姉ちゃん先生と、ノリについていけず額を手で押さえている海斗を含めた数名の常識人たち。
「え? あの……えっと?」
「はぁ……」
どうやら全く説明を受けていなかったらしい。
不安げに視線を彷徨わせ、ほんのり涙目になっている彼女に助け舟を出すべく席を立った海斗が彼女の元へ。
不安に揺れる彼女の瞳が海斗を捕え、どことなく安心したような雰囲気を見せる。
そこに含まれた想いには気づけず、しかし悲しんでいる女性には無意識で手を差し伸べてしまう罪深き習性を身に着けてしまった海斗は彼女の涙を拭うべくハンカチを求めてポケットを探り――今日は忘れたことに気づく。
すると、じゃあしかたないとばかりに軽く指を握った手を彼女の眼元へ伸ばし、人さし指だけすこし伸ばして彼女の目尻で揺れる涙の雫を優しく拭う……。
「ぁ……」
「大丈夫だよ先生……。貴方の涙は、戸惑いは間違っていないから(常識的な意味で)」
己の指の上で小刻みに震える涙の雫をぺろりと舐め、彼女を安心させるように眼鏡越しでもわかる柔らかな笑みを浮かべる海斗。
笑顔は相手の心を解きほぐす必殺の武器だと理解しているが故に。
……もっとも、別の意味でも必殺兵器であることを『うっかり』忘れたまま、
ところなさ気に胸元で揺れる細やかな手を取り、優しく、包み込む様に手を重ね合わせる。
掌を通して人の温もりを感じさせることで、動揺を抑えようとしているのだ。
……まあ、免疫のない女性からしてみれば、不安で揺れる心にするりと潜り込んでくる性質の悪いアレにも等しい行為だが。
案の定、ほんのり頬を桜色に上気させてしまった彼女が海斗を見つめる。
その様子に、落ち着いてくれたと勘違いした海斗は彼女の手を引く様にして教室の出口へ向かう。
なんだか気になってきた青年の……異性の背中から目を離せないまま、それでも気になったのだろう、彼女が疑問を口にする。
「あ、あのっ……! いったい、これから何をされるのですか?」
「ん? ああ、それはな――」
振りかえり、悪戯っ子のように不敵な笑みを浮かべて、答える。
これから行われるのは、愛武学園名物のひとつ――
「夏休み前の……プール掃除だよ」
――◆◇◆――
愛武学園はクセが強く才能あふれる若人にのびのびと教育できる居場所となるべく設立された。
故に、各分野で優れた才を見せ、頭角を現す生徒が極めて多い。
学園の運営委員も、笑顔で青春を謳歌しつつ才能を伸ばしていく生徒たちの姿に喜びを感じ、彼らのための施設を用意したり、特別なカリキュラムを受けさせてくれたりする。
もちろん、地域との交流を軽んじる様な真似もせず、夏期の長期休暇や年末年始などには一般に校舎の一部を開放してイベントを開いたりもしている。
プール開きもその地域交流の一環で、水泳部などが普段部活で使用している屋内温水プールとは別に、屋外に設置された長さ三〇〇メートル、幅五〇メートルに及ぶ特大プールを夏休みに合わせて一般開放するのだ。
夏の暑さを涼むべく、友人同士で、時には家族やご近所さんとグループを作って水遊びに洒落込む。
地域上、少々離れた郊外にレジャーパークがあるとはいえ、そこまで遠出をしなくても手軽に涼しむ事が出来る解放プールは、地元の名物にも数えられ、地域の活性化にも貢献していると評判なイベントだ。
半袖へと衣替えを終えたため剥き出しになっている腕や首筋をジリジリと焦がす初夏の日差しが段々と強さを増してくるこの時期に、教師陣による無慈悲なる闘争――あみだくじ――という選考で選ばれた学生たちが一堂に集いプール掃除に勤しむ。
それが、本日のメインイベント『ドキッ! プール掃除だよ全員集合! ポロリもあるかもね♪』である!
「毎年のことながら賑やかな連中だな~」
学園指定の水着に着替えた海斗がプールサイドに足を踏み入れた直後、狙いすましたかのように顔面目掛けてすっ飛んでくる茶色い毛玉。
首を傾けるだけでそれをいなし、何事も無かったかのような歩調で歩みを止めない海斗の姿に、男性陣からは刺すような刺々しい視線、女性陣からは一部を除いてねばっこい粘着質な……言うなればコールタール的な視線が向けられた。
後者のことは気にしないでおくのが賢明だろう。
例え、鼻息荒く乙女の『お』の字が欠片も見られないアレな表情で胸元から下半身あたりの間を舐めるように見つめてくるのはきっと気のせいだ。
「腐腐腐……ホス虎さん、マジハスハス」 とか聞こえたりしない。しないったらしないのだ。
(眼鏡外すべきじゃ無かったかな……でも、アイツのクラスと合同だし……。天然で大ポカかましそうだし)
額に手を当てて悩める表情を浮かべる自分の仕草に、腐っていない一部の乙女陣(ちょっぴり定例期的なアレを気にするお年頃になられた淑女な方々)に悩ましい溜息を零させているなど露知らず、むむむと唸っている海斗。
そんな彼の後ろ姿に気づいた少女がひとり、楽しそうな笑顔を浮かべて駆け寄っていく。
軽やかな足取りに合わせて揺れ動く魅惑の双丘に野郎共の視線が釘付けになる中、不埒な視線など微塵も気にしていない――文字通り、海斗しか見えていない彼女は駆ける勢いそのままに飛び上がり、
「じゃーんぷ♪」
「ん? ――うお!?」
「えへへ~」
ぺちぺちぺちと可愛らしい足音に気づいた海斗が振り向いた瞬間、視界一杯に広がる愛しい少女の笑顔。
両手を突き出し、兎のようにぴょーんと飛び込んできた彼女に驚きつつ、反射的に両手を広げて飛び込んできた柔らかくも甘い少女の身体を抱き留める。
女の子特有の柔らかさ、普段よりも露出の激しい格好である事も相まって艶めかしく感じ取ってしまうソレに心臓がどくんっと跳ね上がってしまう。
部活動でも使用している競泳水着に包まれた魅惑の肢体。
サポーターを外しているのか、豊満な乳房にきゅっと引き締まった腰の括れ。
柔らかな陽光に照らされてキラキラと輝いてみえる太ももをこちらの足に絡みつかせて来るものだから、直に感じ取れてしまうきめ細かいもち肌のような極上の感触。
血流が濁流の如き勢いで全身を駆け巡り、とある一点で凝縮しかけてしまう己の本能を精神力で抑え込み、動揺する胸の内を悟られないよう表面上は呆れた風を装って自分の腕の中に納まった少女を見下ろす。
「こら、プールサイドを走るんじゃありません。滑って転んだりしたらどうするんだ」
「ぶーぅ、海斗くんってば可愛いお嫁さんに抱きつかれて最初の台詞がそれぇ? おかーさんみたいなこと言わないでほしいかな」
「だったらもうちょいお淑やか……は別にいいから周りの眼とか気にしてくれるとありがたいんですがね。……というか、おま、その上着って」
「んぅ? えへへ~、わかっちゃった?」
チロッと舌を出してはにかむ葵。
自分を受け止めていた海斗の胸板を名残惜しそうに一撫でしてから身体を離すと、彼へ披露するかのようにくるりとその場でターンしてみせた。
ポニーテールにしている事が多い髪は肩ほどで纏められ、前方に流している。
活発なスポーツ少女と言った印象を感じさせる普段と違い、どこか年上のお姉さん……もっと言えば、オトナの包容力と少女の瑞々しさを併せ持つ新妻の如き雰囲気を醸し出している。
葵が身に纏っているのは彼女愛用の競泳水着。
競技に挑むわけではないのでサポーター等の類は身に着けておらず、抜群のプロポーションを惜しげもなく晒している。
しかし、問題なのは上着として羽織っている白いシャツだ。
彼女自身の物でないからかサイズがやや大きく、襟首部分から肩口が覗き、裾が太ももの付け根に届いてしまいそうになっている。
海斗の視線に何を勘違いしたのか、「ああ、なるほど」と両手を打って、いそいそと裾を手繰り寄せ、腰横で縛り上げていく。
きっと、だらしない格好と思われていると考えたのだろう。
だが違う。海斗がツッコミたかったのは、彼女が水着の上に纏っている無地のシャツそのもの。
まあ要するに――
「それ、俺のお気に入りの奴だよな?」
「てへっ♪」
誤魔化すような“てへぺろ”に、海斗は本日一番のため息を零してしまう。
せめて一声くらいあってもいいだろうにと思わないでもないが、まあ二度と着れなくなるわけでもなしと自分を納得させ――
「あ、このシャツ、私にちょうだい」
「え、なんでだ?」
「海斗くんの匂いがするから……かな」
「……洗剤の匂いしかしないだろ」
「そんなことないよ~」
ぶかぶかの襟首を口元まで引っ張ってすんすんと鼻を鳴らせば、誰よりも安心できる大好きな匂い。
それだけで、胸の奥がドキドキして、ぽかぽかして、とっても幸せな気分になれる。
大好きなヒトに包まれているようなこの感覚……すごく好きだ。
「だから……ね?」
「――ったく、しょうがないな。……ん」
臆面も無くそんな台詞を聞かされた日には、答えなくては男が廃る。
恥ずかしげに頬を上気させながら両手を広げて降参の意を示せば、海斗の行動を察した葵が本日二回目の『じゃんぷ♪』
『ぴょこーん!』 ⇒ 『ぽすっ♪』 ⇒ 『ぎゅっ♡』 ⇒『えへへ~♪♪』 のいちゃいちゃコンボが完成した。
「「「「「ッ!!!!!(ギリギリギリッ)」」」」」
そんな天下無敵の
涙腺から溢れ出す鮮血(+顔中の汁)で真っ赤に染まった嫉妬メンチビームの発射元は、もちろん一糸乱れぬ動きでしっとマスクを被ったマスクマンズ。
合法的に『おんにゃのこ』の水着姿を観察できるぜひゃっほーいとハイテンションでプールサイドに飛び込んで見て見れば、視界に飛び込んでくるのは水着のカップルが人目もはばからずいちゃついている光景。
――しかも、体育祭で有名になったリア充なホス虎野郎ではあ~りませんか。
これに嫉妬しないでいつするの? ――今でしょ!!
てなわけで、時間が経つにつれて増殖していく変態マスクマンズ(血涙バージョン)の群れが完成したわけだ。
野郎共の視線は少女……葵が海斗に抱きついた瞬間を境に右肩昇りで鋭さを増している。
何人か……というかほぼ全員(男性教師陣含む)が血の涙を流しているのは本当に勘弁してもらいたい。
うかつな葵の行動に溜息を零す海斗であったが、そう言う彼もまた、抱きしめた葵の頭を無意識で撫で、逆の腕は彼女の腰に添えられてより密着するよう抱き寄せていることに気づいていない。――つい先ほどの自分が何をやったのか完全に忘れた上で。
その様はまるで、こうして抱き締め合っていることこそが自分たちの自然な恰好なのだと言わんばかりに。
奥様がアレなら、旦那様もアレだということだ。
旦那様の胸板に頬を擦り付けて「えへへ」とはにかむ葵と、そんな彼女を自分のモノだと主張するかのように(頭を)撫でまわす海斗。
そして殺意1000%を突破しておどろおどろしい嫉妬の化身へと変貌を遂げつつある野郎共。
その内バーニング化してしまいそうなほど全身を真っ赤に染め上げている――自分の血涙と葵のはにかみ笑顔の余波を受けて垂れ流す鼻血によって。
なんという混沌。
元凶たる実に見事なバカップルと化した
スラッとしたスタイルがシンプルな競泳水着に映え、とてもよくマッチしている。
海斗をして、思わず「へぇ……」と感嘆の声を零してしまうほどだ。
――その際、腕の中で幸せを満喫している葵に聞こえないようさりげなく彼女の耳元を手で塞ぐというタラシテクニックまで披露して。
一歩間違えば、純情な女の子たちを惑わせまくる夜の帝王一直線である。
「はぁ……このタラシ」
「いだだだ!? い、いきなり耳引っ張るとか――なぜに!?」
「うっさい! 少しは自分のしでかした惨劇を自覚しなさい!」
「理不尽な!?」
「むむぅ……なんか楽しそうだね」
さすがに鍛えているとはいえ、耳たぶを摘み上げ、ねじ切る様に捻られたら溜まったものではない。
目尻にうっすら涙を浮かべた海斗から引き剥がされてちょっぴり頬を膨らませている葵に、ツンツン委員長こと早苗の鋭い眼差しが飛ぶ。
「アンタもよ。流石に自嘲しなさいって。いくらバカ共が黒縁眼鏡でコイツを見分けてるからって、堂々と抱きつくとかありえないでしょうが」
「だ、大丈夫だよぉ……。だって今の海斗くん、眼鏡っこじゃないし!」
「え、なにそれ? 普段の俺って眼鏡で識別されてたのか!?」
「「うん」」
同音同語で断言されてしまい、流石に肩を落とす海斗。
自分に眼鏡属性なぞないというのにとブツブツ呟きながら塞ぎこんでしまった。
どうやら、トラウマ的な心情に引っ掛かるものがあったようだ。
まあ、十中八九
やや呆れを滲ませた表情で二人が振り向いた先には――
「おーっほっほ! さあ、発情した豚のようにブラシを動かし、タイルを擦るのです! 独り身な殿方に許された夜の聖戦……もとい、性戦でライト性バアッー! を鍛え上げるかのように!
「「「「「フゥオオオオオオオオオオ――ッ!!」」」」」
どこから用意したのか神輿らしきものの上で仁王立ちし、学園指定の水着のひとつ純白のビキニ姿な蝶歌の号令によって、我先にとブラシ掃除に勤しむ生徒の群集。
……ただし両手を腰後ろあたりで組み、内股になった股の間にブラシの柄の部分を挟み込み、腰を前後にカクカクさせるようにブラシを動かすという意味不明な行動をとって。
一糸乱れぬ動きで腰をカクカクさせつつ、どことなく光悦の表情に見えなくもない笑顔を浮かべているであろう男子生徒。
……ちなみに表情はあくまで予想だ。何故なら、狂乱の宴参加者全員がしっとマスクを装備した奴らであるが故に。
その集団の周りを、前方宙返りや一回転捻りなど無駄にアクロバティックな動きで写メっている乙女の会メンバーらしき女子生徒……と、真顔+ヨダレ垂れ流しという非常に残念な表情の淑女の皆様方。
喜劇とすら呼べない残念すぎる光景に、葵と早苗の頬が盛大に引きつっていく。
なにが残念かというと、あの狂乱に参加している人数が、プール掃除に借り出されたメンバーの実に半数に上るからと言えば解ってもらえることだろう。
ポツーンと世界から取り残されたかのような疎外感を味わう常識人たち。
しかし、アレに憧れたり混ざりたいとは思わない。
そこまで堕ちるなぞ、更々ごめんであるが故に。
よって、話題を変える様にわざとらしく両手を打ち合わせ、「ああ、そう言えば――」とお約束の台詞を口にする。
「仲良し三人衆最後のメンバーはどうした? 最近見慣れてきたロリ体型が見当たらないんだが」
「桃華のこと? あの娘なら夏風邪ひいたらしくて今日はお休みらしいんだよ」
「あの娘、去年は半年以上入院してたくらい病弱だからねぇ」
「へぇ……あのハイテンション娘がな。人は見かけによらないというかなんというか」
「海斗くんひどーい! そもそも、それをゆーならサムライの王子様はどうしたの?」
「伊織か。あいつはプール開きに先駆けて臨時の委員会に参加しているよ。なんでも、今年は結構な参加者を募るイベントを企画してるらしく、放課後の周回だけじゃあ時間が足りないんだと。だから、時々授業より優先してそちらに当たってるらしい」
「ふうーん、流石は風紀委員長。教師陣の信頼もバッチリってワケね」
幼馴染が褒められて嬉しいのか、どことなく海斗の顔が得意気になってる。
その様子になんとなーく面白くないものを抱いた少女二人は、すすすと小走りで彼の両脇に近づき、
「てい」
「ふっ」
「ごふあ!?」
手刀を突き刺した。
肋骨の少し下、鳩尾あたりへ。
――結構マジに。
「うごごごご……」
「え、えっと……大丈夫です?」
「は、はい……」
両脇腹を押さえてしゃがみ込んだ海斗の背中に添えられた柔らかな手の感覚。
学園のノリに戸惑いながらも教師用の水着に着替えた女性……
彼女の性格を顕わたしたかのような栗色ゆるふわロングを後頭の高いところで結い上げてアップにしており、上品なお姉さまと言った風の雰囲気を纏う。
真紅一色というシンプルなデザインの水着はセパレートタイプで、小洒落たデザインとは言い難い。
しかし、シンプルだからこそ、これを纏う者の魅力を余すところなく引き出しているとも言える。
サイズは間違っていない。実際、ウエストは水着の生地でキュッと引き締まり、背中から脚部に掛かるラインを艶めかしく形づくっている。
けれど、何より目を惹くのはある程度伸縮性がある水着の生地をはち切れんばかりに押し上げている豊満な双丘だろう。
胸元から覗く谷間は指どころか腕そのものを指し込めそうに思えてしまうほどの肉感。
水着の脇から双丘のサイドラインが溢れ出してしまい、思わず視線を奪われてしまう。
ヒップもスリット部分が穢れを知らない純白の絹肌に食い込んでいて、今にも指を差し込んで食い込みを直すという男のロマンを御参拝できてしまいそうだ。
まさに、ムチムチという表現がぴったり当てはまる程に凄まじい破壊力。
どうやら、彼女もまた葵と同じように着やせするタイプらしい。
教室では1サイズ大きな衣服を着ていたのだろう。
やや幼く見えたのは、彼女の素晴らしい双丘を包み込める大き目な衣類を着込んでいたからだ。
海斗が脇腹の痛みを誤魔化すためにそんな考察をしているのを余所に、ずっとしゃがみ込んだままの彼を心配したらしい結依が背中を擦ってくれている。
彼らが居るのはプールのすぐ脇。
水抜きを終えたプールの中に掃除のため少なくない数の生徒が入っている中でしゃがみ込んだりしたら、より周囲からの――特にプールの中から見上げる形になった野郎共の視線が凄まじい熱を帯びることは言うまでもない。
彼女も、自分に向けられる視線に気づいていない訳ではないだろう。
それでも、自身の羞恥心よりこれから教え子となる生徒への気遣いを優先できる優しい心遣い。
彼女の行動から人柄を読み取った海斗の目尻に、痛みによるものとは違う、温かな想いによる涙が浮かび上がる。
痛みに悶える海斗の苦痛を少しでも和らげようとしているのか、優しげな声色で心配する言葉を掛けながらゆっくりと背中を撫でてくれる相手の優しさに目尻が熱くなるのを押さえられない。
大袈裟なように聞こえるが、学園の中ではこの程度の労わりすら貴重なのだ。
――なにせ、ここの住人ときたらノリと勢いとテンションで生命活動を支えているかのような連中ばかり。
朱に染まれば赤くなるを文字取り体現した、バカと能天気の混合ウイルスに感染しまくった、自嘲しないアホの集落なのだ。
故に、最近色ボケ度が増しつつもまだ常識人でいる(と本人は思っている)海斗にとって、純粋な気遣いをしてくれる常識人の登場はこの上ない歓喜に繋がってしまう。
……葵といちゃついて素の自分を晒しかけていた油断もあったのだろう。
ようやく現れた
「先生! やっぱり俺、貴方と出会えたこと、すごく嬉しいです!」
「えうっ!? あ、ああああああにょ、た、たきゃみやくぅん!?」
――つい、
力の限り、相手に苦痛を感じさせない絶妙の力加減で抱きしめながら感謝の言葉を口にしてしまうくらいには、彼も暴走してしまっていたようだ。
教員用の、実用性よりデザイン性を優先されている競泳水着を纏った
「やっぱりそうだ。……
「う、ううう運命でしゅか!?(オトコとオンナの関係的な意味で)」
「? あ、ああ」
あれ? 顔真っ赤……ッ! しまった、なんて失礼な事を。
両目をぐるぐるマークにして今にも卒倒しそうな
「……ッ!」
「へ? な、何故に目を瞑る?」
耳まで真っ赤にしたまま何かを決意したかのようにこくりと頷いてからきゅっと目を瞑り――
「……あ、ヤベェ」
なんだか覚悟を決めた様な彼女の行動に、ようやく自分が何をやっていたのか理解したらしい海斗の全身から血の気が引いて――
「「こんの――」」
背後で吹き荒れる
「あ、ちょ、これはちが――!?」
「「また増やすつもりか――っ!!」」
「え、そう見えるの――ぐもらっ!?」
頬を左右からプレスするかのようなダブルジャンピングニー。
ぐしゃっ! と耳を覆わんばかりに残酷な炸裂音が木霊する。
本場の修羅場への恐怖におののく一部常識人たち、そしてこの場で過半数を占める「び、美少女のお膝を味わえるだなんて……なんてうらやまけしからん野郎だコンチクショー!」 と本気で羨ましがっている阿呆どもをかすれ往く視線の端に映しながら、海斗の意識は強制シャットダウンさせられるのだった。
「ふわ? ふ、ふわわわわぁ~っ!?」
驚きのあまりテンパって尻餅をついてしまった結依先生の魅惑の谷間へ目をぐるぐるマークにした海斗の顔面がぽすんっと納まり。
結依が反射的に彼の頭を抱きしめてしまったため、ラブコメ漫画でお約束の『女の子の胸に顔を埋めて窒息失神』を初体験することになったのはご愛嬌。
この日、校内美少女ランキング上位にノミネートされるほどの童顔巨乳先生のおっぱいをホス虎野郎(仮称)が独り占めにしたという悪意ある噂が学園銃を駆け巡り、またまた海斗へ向けられる
・軽い人物紹介
容姿:ふわふわのウェーブがかかった栗色ロングのお姉さん。
早苗嬢すらしのぐないすばでぃ~なグラマーかつ天然、世間知らずな生粋のお嬢様をイメージしています。
常識人の登場に暴走してしまった海斗くんに抱き着かれ、おっぱいダイブを許すこととなるなど、彼の方からフラグを立てに言ってるような……?
実はとある秘密を抱えているのですが、それは彼女との『にゃんにゃん♡』回で明らかになる予定。
プロット段階から登場が確定していたサブヒロイン最後の一人だったり。