※この作品はR-18です。

『えっち』から始まる恋があってもいいじゃない?   作:カゲロー

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ようやく時間的に余裕が出来たので続編を投稿。
にしても、3作同時進行は無理がありました……(猛反省)

追記:視点切り替えが分かりやすいように桐生君視点は"~~"で囲ってみました。



第5話 いろいろ危ない下準備

「はいはい、さえずってんじゃないわよ、アンタ達! 今から2週間後の修学旅行の班決めをやるわよ!」

 

教壇を叩きながら声を上げるのは羽村 早苗。

葵が所属するクラスの委員長を務める女傑だ。

眼鏡越しの凄まじい眼光に射抜かれたが最後、ゴーゴンの如き石化の魔術を食らい、砕かれてしまうとも噂されるほどに強烈な性格の持ち主だ。

まあ、噂は過大された類のものではなく、実際に街中で声を掛けてきたナンパをひと睨みで硬直させ、追撃の金的蹴りによる戦闘不能に陥らせたと言う話だ。

それ以降、彼女は逆らっては玉を潰されるとあって、学園中の男子生徒から恐怖の魔王の如き畏怖を向けられているのだ。

同性には頼もしい姉御肌、異性には決して逆らえない恐怖の魔王。クラスというチームのまとめ役として彼女が選ばれるのはある意味で当然の流れであると言えよう。

クラスの代表としての貫録を身に纏った女傑、いや、早苗は教室を見わたして全員が黙ったのを確認してから、黒板の方を向いた。

カカカッ! とチョークを走らせてこのホームルームの間に決めなければならない項目を掻き出していく。ちなみに、何故彼女が書記のような役目まで請け負っているかと言えば、単純にこのクラには副委員長が存在していないからだ。普通なら、男子と女子から1名ずつ代表を選抜し、彼らを委員長、副委員長に任命するのが通例なのだが、早苗は事もあろうに「役立たずの補佐なんて要らない。むしろジャマ」と切って捨てたのだ。実際、彼女1人で2つの役職の仕事を余裕でこなしているのだから誰も文句を言えず、そのままずるずると流されて今日に至る。

そんな完璧超人な委員長は黒板に必要事項を書き込んでいく。

 

①班のメンバーは最大5名。

②別のクラスのメンバーと混在させなければならない。

③同性のみ、或いは異性が一人だけと言うのはNG。少なくとも2名以上は在籍しければならない。

④旅行先では班行動が基本。3日目の自由行動以外は基本的に班メンバーと行動を共にすること。

 

「――って、とこね。アンタ達も知ってると思うけど、学園(うち)の方針は“性別を超えた友愛を築くこと”。だから旅行の班も、隣のクラスの連中とごちゃ混ぜにしないといけないんですって」

 

早苗は1項目を指さし、

 

「班のメンバーは上限が決まってるわ。で、私達の学年は男子より女子の方が多い。つまり、必然的に女子3:男子2、もしくは女子2:男子2って分け方になるはずよ。てなわけだから、とりあえず仲の良い人同士に分かれてみて、2、3人に分けられなかったら調整するように。はい、始め!」

 

早苗が手を叩くと同時に、クラスメートたちが一斉に動き出す。ざわめくクラスメート達を眺めつつ、教卓から降りた早苗が葵達の元へと戻ってくる。

 

「おつかれさま~~」

「さすがだね早苗」

「別に、こんなの誰でも出来るわよ。まあ、当たり前のことが出来ない奴が多すぎるのも現実なんだけどね」

 

悪態をつく早苗を出迎えた葵の机に乗っかるのは、1、2学年は下なのではないかと思えるほどに小柄な少女。葵達と同じ制服を着ていても、コスプレ感が否めない幼児体型の彼女の名は沢尻 桃花。葵、早苗と行動を共にする仲良し3人組のひとりだ。

 

「じゃ、私たちはこのまま3人で申請しても構わないわね?」

「うん。――あ、そうだ早苗。私達と同じ班になる人ってどうやって決めるの?」

「ああ、そこらへんは公平さを出すとかで、くじ引きで決められるらしいわ。だから私にも分からないのよ。これは生徒の意志で選べないみたいだし……もしできるのなら、結構な騒動になりかねないしね」

「ああ~~、葵ちゃんと同じ班になりた~いって(ヒト)多そうだもんね~」

 

のほほんとそんな事をのたまう桃花もまた、愛玩動物的な意味で人気があったりする。

ちなみに、異性にはとことんキツイ早苗にも、ファンクラブのようなものが存在している。

名を『早苗様に罵られ隊』……名前からして残念すぎる集団であることは間違いない。

 

「ま、放課後のHRで決定した班のメンバー表を渡されるはずだから、それまでの楽しみとしておきましょうか。――大丈夫よ、葵。もし貴方に不埒な真似をしようとする身の程知らずが現れても、この私がきっちりとお話しを付けてあげるから♪」

「うん、ありがとう早苗。……でもね? そのみかんを握りつぶすかのようなリアクションはどう言う意図があるのか非っ常に気になってしまうんだけど?」

「たまつぶし~~♪」

「ちょ、なに言っちゃってるかな桃花あっ!?」

 

笑顔でとんでもないことを口に出す桃花に大慌てする葵と早苗。

そんな彼女たちの波乱に満ちた旅行のチームメンバーが決定した放課後、更にひと騒動が起こってしまうのだが……それは割愛する。

 

修学旅行における決定したチームメンバー表より抜粋

 

 

・第5班

班長:羽村 早苗

班員:竜ヶ崎 葵、沢尻 桃花、愛原 桐生、高宮 海斗

 

 

「沖縄かぁ……どんなトコなんだろ~? やっぱり、アレかな? 花の首飾りとかもらえちゃったりするのかな?」

 

ベッドの端に腰かけながら、ウキウキという擬音が聞こえてきそうなくらい上機嫌な葵がそんなことを呟いた。

先日の失敗を教訓に念入りに安全を確認したシャンプーで洗浄したお蔭で、普段よりも艶やかでキューティクルな髪を解いた葵は、寝間着の薄いピンク色のパジャマに着替えるまで、終日ご機嫌モードが継続中であった。

 

「そりゃハワイだろ……。ってか、ずいぶんとテンション高いな?」

 

『修学旅行のしおり』、と表紙にでかでかと記載されている刷紙を手に、ずっと上機嫌な葵の様子をベッドに寝転びながら眺めていた海斗が問う。

 

「最近、女子連中の腹の虫が喧しいのはそれが原因か」

「う゛……!? しょ、しょうがないじゃない、女の子にはいろいろとあるんだよ!」

「二の腕とか、脇腹とかか? それともふともも辺り? たしかに水泳をやってるとは思えないほどに柔っこいが」

「いっ、いじわる! 何てこと言っちゃうかなぁ!? 私の乙女心はとっても傷ついたよ!?」

「のりで引っ付くかな?」

「か~い~と~く~ん~!?」

「へいへい、悪かったって。そうむくれるな。――そう言えば、水着も用意しとかないといけないんだったか?」

「まったくもう、もう、もうっ! ――って、ふぇ? えっとお……うん、水着は個人で用意する様にって、しおりにも書かれてるよ」

「うっわ、マジでか……。めんどくせーけど、買いにいかないと駄目か」

 

学園のプールは完全に部活専用として切り分けられているので、通常のカリキュラムでは水泳の授業は存在しない。

海に遊びに行くことも全然無かった海斗は、自分用の水着を持っていないのだ。

それを聞いた葵は、

 

「じゃあ、せっかくだし一緒に買いに行かない?」

 

と、満面の笑みを浮かべながら提案するのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

時は週末。

休日によく利用する地元の駅の入り口で壁に背を預けながら人を待っている少年――桐生(おれ)は、羽村さんと肩を並べて佇んでいた。

 

「お待たせ~」

「もう、いつもの事だけど遅いわよ桃花」

「にへへ~、ゴメンねぇ~」

 

ほにゃっと笑いながら堂々と30分の遅刻をかましてくださった沢尻さんが、待ち合わせの駅前に現れた。

時刻は午前10:30過ぎ。「修学旅行に持って行く水着を買いに行くから桐生もこない?」 と葵に誘われたので、俺も仲良し3人組に同伴させて貰うことになったのだ。

まあ、俺も水着を持ってなかったしちょうどいいかなって所もあるけど、それ以上に葵と一緒に出掛けると言うシチュエーションが心躍るのも事実だ。

何しろ、ここ最近は葵と顔を会わせる機会がめっきり減ったからな。俺は所属するテニス部の副部長に就任してからいろいろな雑事も任されるようになってしまい、帰りが遅くなることが増えてしまった。

去年までは3日に1度くらいのペースで葵と一緒に帰っていたんだけど、今年に入ってからはほとんどなくなっちまった。

朝も、朝練がある俺の方が先に登校しなきゃだし、進級してから別のクラスになっているから精々休み時間にすれ違うか、軽く立ち話をする程度。

じっくり話をする機会なんて殆んどなくなりつつあると言っても過言じゃない。だからこそ、今回の修学旅行の班が同じになった時はものすごく嬉しかった。

けど……

 

「さ、これで4人全員揃ったわね。それじゃあ行きましょうか」

「ちょっ、早苗!? どうして高宮君の事を無視するの!?」

「え? ――ああ、そう言えばそんな奴も居たっけね」

 

心底気に入らないとでも言いたげな羽村さんが睨んだ先、駅前に備え付けられたベンチに足を組んで腰掛けている班員最後の1人に視線が集まる。

高宮 海斗。

俺と同じクラスに所属する生徒で、くじ引きで決まった班決めで俺と一緒の班になった人物。

いろいろな黒い噂が囁かれ、しかも本人が否定も肯定もしないとあって、やれヤクザの使いっぱしりだのなんだのと陰口が絶えない学園きっての問題児。

そのくせ、学園長と彼の両親が顔見知りであるらしく、何らかの処分が下されたことは一度も無いという“いわくつき”。

思った事はすぐに口に出すタイプの羽村さんからすれば、弁解も肯定もしない彼の態度は不愉快極まりないのだろう。

高宮も、敵意をむき出しにする羽村さんを完全に無視、同じ班員なんだからと言う理由で彼を誘ったらしい葵としか会話するつもりがないようで、沢尻さんを待っているとき何度か話しかけたんだけど、「ああ」とか「そうか」程度の生返事しか返してくれない。

俺としては3泊4日の旅行の間行動を共にする(特に、俺の場合は寝室も一緒になる)のだから、もう少し親しくなりたんだけど……。

 

「……」

「? 高宮君?」

 

高宮は羽村さんを完全にスルーしたまま無言で立ち上がると、さっさと踵を返して駅の改札口の方へ歩いて行こうとする。

 

「ちょっと! 勝手な行動をしてんじゃないわよ!」

「キーキー喧しいぞヒス女。周りの連中に迷惑だから少し黙れ。それに、そろそろ駅を利用する人が増えてくる時刻だろう? 文句を言う暇があったら、先に用事を済ませとくべきだろうが」

 

言われてみれば、たしかに駅前のロータリー付近に周辺に賑わう人混みが混雑し始めたような気がする。

休日に賑わう臨海公園やショッピングモールに出るには玄関口である此処を利用する人が大勢いる。大体昼前後をピークに平日朝の通勤ラッシュばりの混雑を見せるのは有名だから予め少し早めに待ち合わせていたんだけど……

 

「ご、ゴメ~ン……」

 

沢尻さんを待っている間に、余裕はなくなりつつあるようだ。

羽村さんもそれに気づいたらしく、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら肩を振るわせながら切符売り場に向かっていく。

高宮はさっさと切符を買ったらしく、改札口の向こう側で俺たちが来るのを待っている。

でも、なんていうか……えらく威圧感があるな。

取り立てて強調するところのないTシャツとズボンというラフな服装のくせに、まるで百戦錬磨の野獣の如きプレッシャーを放っているように見える。

現に俺たちの目の前で、肩がぶつかったアクセをジャラジャラと身に付けたチンピラ臭漂う大学生らしい男に絡まれていると言うのに顔色一つ変えず、逆に相手の襟を掴み上げて睨み返している……あ、真っ青になったチンピラが逃げていった。てか、泣いてなかったかアレ?

 

「すごいね……」

「ほわ~」

「ホラ、さっさと行くわよ!」

 

葵や沢尻さんを引きずる様に改札口を潜る羽村さんの後姿を見失わないように、俺もダッシュで皆の後を追った。

 

……でも、どうして高宮君の隣を当たり前のように葵が並んでいたりするのかな?

 

 

今日の目的地は電車で4つほどの隣にあるショッピングモールだ。

そこに女の子が目を惹かれるデザインの水着を多数取り扱っている水着ショップがあるらしい。

水着と言えば女の子の勝負服のひとつ、葵達が気合の炎を背中に燃やしているのも仕方のないことなんだろう。男の俺にはよくわからないけど。

高宮が小さく「女って、買い物ン時は性格変わんのな」って呟いていたけど、激しく同意したい。

だって彼女ら3人、目が怖いんだもの!

あれだ、獲物を狙う雌豹の眼光って奴だ。

――けど、女子勢のテンションも列車に乗り込むまででしかなかった。

だって……、

 

「うぐ……」

「うきゅ~……」

「ぬぐぐ……あーもう、何なのよコレ!」

 

羽村さんの怒りももっともだ。

電車の中は何時もの2割増しは行っている混雑っぷり。やたらと家族連れが多いことに、そう言えば臨海公園で何かの祭りをやるみたいなポスターを見かけたことを思いだす。特産品をアピールするB級グルメ大会のようなものだった気がする。

 

「なるほどね……食べ物関係の祭りだったら、この状況も納得だわ。今ぐらいの時間帯だと、会場に着くのがちょうどお昼ぐらいになるでしょうからね」

 

眼鏡を落としてしまわない様に鞄に仕舞い込みながら、羽村さんが呟く。

人の壁に潰されるくらい苦しいっていう状況なのに、珍しい素顔の羽村さんにちょっとだけドキッとしてしまったのは俺だけの秘密だ。

けどこの混雑……もし逸れたらそう簡単に合流なんて出来そうも無いぞ……?

 

「く~る~し~い~。……あれ~? 葵ちゃんや海斗っちは~?」

 

人並みに沈みそうになっていた沢尻さんに言われて慌ててあたりを見渡してみれば、同じドアから乗り込んだはずの葵と高宮の姿が見えなくなっていた。

慌てて爪先立ちになり、周囲を見渡して……いた!

葵は車両の真ん中、掴まる物が何も無い通路のど真ん中に押しやられていた。高宮は……ドアの付近の僅かなスペースに身を潜り込ませているな。

新しい乗客が乗り込んでくるたびに二人の周りにいる乗客たちが動くもんだから、人波に巻き込まれてあそこまで流されてしまったようだ。

高宮の方はまだ余裕があるみたいだけど、葵の方はそのままだと不味いかもしれない。何しろここの電車、急こう配や突然の急停止なんかがざらにあり、乗客は何か掴まる物が無いと間違いなく転ぶか、何かにぶつかってしまうと言われている。

幸い、俺たち3人のすぐ上には吊り輪が2つ空いているので、俺と羽村さんが片手で吊り輪に掴まり、空いた方の手で沢尻さんを支えてあげれば大丈夫だ。沢尻さんは小柄だし、2人掛かりなら何とか支えられるだろう。

でも……

 

「葵~! こっちに戻って来れそう~!?」

「ご、ゴメン早苗~! 動けそうにないよぉ~!」

 

だよなぁ……。この混雑の中、動けそうな奴が居たら見て見たいくらいだ。

そうこうしている内に発車時刻になったようだ。ドアが閉まり、更に窮屈度を増した車内ですし詰め状態にされた俺たちは、目的地到着までおよそ20分もの間、この地獄を耐え続ける事しか出来ないのだった。

 

 

――◆◇◆――

 

 

『小宮川―、小宮川―、お降りの方は足元にご注意してお降りください』

「ぶっは――っ!! ようやく解放されたぁ~~」

「くっ、ああっ……! あーもー、身動き全然とれなかったからカラダ中がバキバキよ……」

「く、くるしかったよぉ~」

 

目的地に到着するなり人をかき分けて地獄の圧迫感から脱出した俺たちは、まるで登頂を達成させた登山家の如き達成感を味わっていた。

いやー、隣のおばちゃんの香水の匂いがハンパなく臭くて……鼻の奥に匂いがこびり付いちまってるよ。

「はぁ~……ん? そう言えば葵が見当たらないわね?」

「海斗っちもだよ~?」

 

言われて周りを見渡したが、あの2人の姿は影も形も見当たらない。

俺たちは一箇所に固まっていられたから逸れずに済んだんだけど、人壁に埋もれていた葵たちは、列車から降りられなかったんじゃないのか……!?

羽村さんが携帯を取り出して葵の番号をコールする。

でも、返ってくるのは『おかけになられた番号は……』というお決まりの台詞のみ。

思い返せば、あれだけの混雑なんだから、電波が届いていないのも仕方がない事なのかもしれないけど……。

 

――ゆあっしゃァアアアアアアアア!

 

どうするべきか俺と羽村さんが頭を悩ませている横で、無駄に気合の入った男性の声――世紀末な救世主さんを髣髴させるソレ――な着信音と共に届いたメールを確認した沢尻さんが羽村さんの上着の裾を引っ張った。

……あ、羽村さん、すっごく恥ずかしそうに俯いてる。

気持ちはわかるよ? うん、だってホームにいる人達がものすっごい顔で俺達を見ているんだもの。

 

「あ、海斗っちからメ~ル~。人が邪魔で降りられなかったから、次の駅で反対の電車に乗り換えて戻ってくるって~。葵ちゃんも一緒みたいだよ~」

「いつの間にアドレスの交換なんてやってたのよ……イヤ、それよりもその着信音はなんなの!?」

「えっとね~、葵ちゃんに教えて貰ったって書いてあるよ~? 葵ちゃんの携帯、電車が揺れた時に落として壊れちゃったんだって~」

 

何事もなかったのようにスルーしただと!? 

ってか、え? それじゃあ、

 

「ったく、後でお説教なんだからねっ!? それにしても……なるほど、やっぱりこうなってたか。てか、葵は大丈夫なんでしょうね?」

「羽村さん、ちょっと心配し過ぎじゃないか? 葵も子どもじゃないんだし、それにあの混雑の中じゃあ、1人でも顔見知りが一緒にいてくれるだけでもずいぶん助かると思うよ?」

「むぅ……それも一理ある、かな? しょうがない、それじゃあ葵たちが戻ってくるまでホームで待っていましょうか。ひと駅位だったらすぐに戻って来られるでしょ」

 

不承不承と言った風の表情だが、あの混雑の中に葵ひとり残されるよりはマシだと考えたようだ。

「それじゃあ、待っている間に試着してみる奴を選んでおきましょうか」とカタログを取り出した女の子2人、仲良くそれを眺めていく姿に俺が苦笑した瞬間、

 

『本日も山各線をご利用いただきありがとうございます』

 

というスピーカー越しのアナウンスが流れ出した。

 

『皆様にご連絡いたします。さきほど発車致しました臨海公園行き快速電車が信号トラブルによって、運行を一時停止しております。これに伴い、後続電車や上り電車も運行を一時中断いたします。現在、事故原因を確認してりますので再開の目途は立っておりません。皆様には大変なご迷惑をおかけいたしますが、どうかご理解のほどよろしくお願いいたします』

 

……は? えーと、どういうことだ? 臨海公園行き快速電車ってさっき俺たちが乗っていた電車の事だよな? それが運行停止中ってことは……。

 

――ゆあっしゃァアアアアアアアア!

 

「あ、もっかいメールだ~。えっとお……、お~……」

「桃花?」

「さっきの放送の電車って、やっぱり葵ちゃんや海斗っちが乗ってたヤツだったみたい~。しばらくは身動き取れそうにないから、先に買い物済ませちゃって~って、葵ちゃんが言ってるみたいだよ~」

 

悪い予感的中!?

羽村さんが額に手をあてて、頭痛を堪えている。うん、気持ちはよく分かるよ。

――さて、

 

「……どうする?」

 

俺としては葵との買い物が目的だったんだから、自分の買い物だけすませても意味はないんだけど。

 

「日を改める、って訳にはいかないのよね……」

「修学旅行、来週だもんね~」

 

そうなのだ。今日まで何かしらの用事が飛び込んできていたせいで、皆の都合が今日しか合わなかったんだよな。

買い物くらいは1日あれば十分って思ってたから、こんなギリギリになっても焦りとかは無かったんだよな。

でも、どうしようか……。

 

「ハァ……しょうがないわね。葵もこう言ってることだし、先に私たちの買い物を済ませちゃいましょうか」

「いいのかな、待ってなくて……」

「あの子が意外と頑固だってとこ、貴方も知ってるでしょ。もしこのまま買い物もせずに待ち続けていたりしたら逆に怒られるわよ?」

 

む……、言われて見れば確かに。

いろいろと気を遣われるのを嫌がってる節があったからな、アイツ。

 

「さ、そういう訳だから、さっさとマーケットに良きましょう」

「は~い」

「分かったよ」

 

こうして俺たちは羽村さんに先導されてマーケットに向かうのだった。

葵と買い物を楽しめなかった事は残念だけど……けど、まあ次の機会を待てばいいしな。

この時の俺は、そんな甘い考えがまかり通るのだと……心から信じて疑わなかった。

だからこそ、気づけなかったんだ。葵と高宮、2人の間にある距離感の変化に。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「や……!」

 

平日以上に込んでいる満員電車の中、ドアに寄りかかるように立っていた海斗は、聞き覚えのある声が聴こえた気がして周りを見渡した。

 

(気のせいか……?)

 

全身が押し潰されそうになるほどの圧迫感で満たされた車両内では身じろぎひとつとるのにも一苦労だ。

すぐ隣にいる休日出勤のサラリーマンらしき中年が舌打ちと共に睨み付けてきたが、さしたる問題ではないので無視する。

人壁を押しのけて視線を彷徨わせていると、ようやく車両の中ほどで人混みに呑み込まれている葵の姿を見つけられた。

しかし、何か様子がおかしい。

頬は上気し、服の裾やスカートの端を手で押さえながら、モジモジと身じろぎしている。

俯いた彼女の目尻に光る物が浮かび、今にも泣き出してしまいそうだ。

弱弱しいその姿に不吉な予感が湧き上がってきた海斗は、即座に行動を開始。

周囲の迷惑など微塵も考慮せず、容赦なく人壁をかき分けながら彼女目掛けて近づいていく。

葵まで残り2,3メートルというところに至った所で、海斗を遮るかのように立ち塞がる奇妙な集団が現れた。

いや、現れたと言うよりは、元々壁になる様に通路を塞いでいる連中と接触したと言った方が正しい。

ニタニタと下品な笑みを浮かべたチンピラ風の男が6人ほどの集団となって、海斗の前に立ちふさがったのだ。

 

「おいおい兄ちゃん、何やってんのー。だめでしょー、人さまに迷惑をかけちゃあさあ?」

「そうそう。ジョーシキハズレもいいとこだわねぇ?」

「だからよぉ、さっさともど――オイ! ナニ無視してやがんだ、このカス!」

 

ギャハハハハッ! と周囲に憚らず耳障りな笑い声をあげていた連中だったが、自分達を気にも止めずに邪魔な()をかき分けていこうとする海斗の反応がカンに障ったのだろう。

気が短いホスト風のロン毛男がイヤミったらしい笑みを消して海斗へと掴みかかろうとしてきた。

 

だが、

 

「――邪魔だ」

「へ――くぺっ!?」

 

苛立たしげに眉を顰めた海斗の掌底がロン毛の顎を打ち上げ、一撃で昏倒させる。

おそらくロン毛は、自分が何をされたかも理解できていないだろう。

それほどまでに鋭い一撃であった。

仲間が一発でやられたことに僅かに動揺するものの、しかし見てくれとチンケな虚勢(プライド)で何でもできると思い込んでいる愚者の行動はある意味でお約束の物だった。

怒声をあげながら海斗へと掴み掛ってくる者、懐に手を差し入れて凶器を忍ばせていると自己主張する者、自らを大きく見せる様に睨みつけながら汚い言葉を吐き出す者など……。

 

「はぁ……」

 

海斗は溜め息を吐いた。

彼らの反応は明らかにこの先で何かやっていますと証言しているようなものだ。

つまり、葵を囲うように壁を作っているこいつらの正体とは――

 

(最近多発してるって聞く、痴漢集団か……真っ昼間からよくもまあ……)

 

単独で痴漢行為を行うのでは無く、10数人単位で狙った女性を囲って一般人の視線を遮り、集団で痴漢行為に走る下劣な輩。

カメラなどの記録媒体を使って被害者が痴漢行為を受けている姿を撮影し、それをネタに脅しをかけるのが常套手段なのだそうだ。

壁役がいかにもな恰好をしているのも、一般人を脅し、助けに入ろうとする輩を威圧するためなのだろう。

そして今日、奴らのターゲットとして狙われた少女こそ――他ならぬ、葵なのだろう。よくよく考えてみれば、乗り込んだ直後は彼女も海斗たちのすぐ近くにいたというのに、まるで彼女だけを孤立させるような不自然な乗客の動きで引き離されてしまっていた。おそらくは、最初から葵一人に狙いを定めて機会を伺っていたのだろう。

厳つい犯人たちを恐れて乗客の誰もが見て見ぬふりをしている。

きっと犯人たちはこれからのお楽しみを連想し、高揚しているのだろう。彼らにとって、海斗は恋人を助け出そうとしたものの、自分たちの腕力の前になすすべも無く屈伏し、目の前で彼女が手籠めにされる様を目の当たりにする哀れな道化……と言う風に映っているのかもしれない。

自分たちこそが強者であると信じて疑わない。

あまりにも救いようのない連中ではあるが、もし彼らに同情するべき点があったとすれば、それはやはり――

 

「ションベン臭せぇ野良犬どもは、去勢してやるに限ると思うんだ。まあ要するに、だ――運が悪かったな」

 

『彼』を見誤ったと言うことに尽きるだろう。

ぎらついた怒りを瞳に宿し、骨が軋みを上げるほどに強く握りしめた海斗の拳が、吸い込まれるように痴漢集団の顔面へと突き刺さり――

 

「さあ――ブチ殺されたい奴から前に出ろ……!」

 

圧倒的な『暴力』が、お姫様(あおい)に手を出した身の程をわきまえない愚者共へと襲いかかった。

 

 

 

 

「いっ……やぁ――! やめっ、てぇ……!」

 

竜ヶ崎葵(わたし)は剥ぎ取られそうになる上着やスカートを押さえながら、小さく悲鳴をあげていた。

助けを求めてあたりを見渡すものの、私の周りはチャラチャラした風体の男達に取り囲まれてしまっている。

彼らの隙間から見えた座席に座ったおじさんと目が合うものの、すぐに視線を逸らされてしまう。

 

「もっ、もう、やめて下さ――ッ!」

「おいおい、な~にいってんのさ。こ~んなエッチなカラダしといてそりゃないでしょ~~」

「そうそう、俺たちがカラダの疼きを抑えてやんよ。なんつったっけ? そう、あれだ! 慈善事業ってやつぅ?」

 

無遠慮な男達の手の平が、指先が私の身体をまさぐってくる。

彼らの手つきに遠慮の二文字は存在せず、皆イヤラシイ笑みを浮かべながら羞恥に悶える私を見下ろしている。

服の上から胸を掴まれ、引き千切る様に荒々しい手つきで弄ばれる。

 

「ん……レロォ」

「ヒッ――!」

「うっしょー、甘んめぇ~~ぜぇ~~!」

「うっわ、電車の中でそこまでヤッちゃう!? ヤッちゃう訳ぇ? ――ま、チョメチョメまでやっちゃうんですけどね~~♪」

 

しゃがみ込んだ男一人が人目をはばからずに太股を舐め上げてきた。

寒気しか感じない不愉快さにくぐもった悲鳴が出る。それでも、私を助けようとしてくれる人はいない。それどころか、情欲に感染したかのように股間を起立させながら、穢されそうになっている私の姿に見入っている。

 

(どうして……? どうして誰も助けてくれないの……!?)

 

抵抗したいけれど武術の心得なんてない私に、数人の男をどうにかできるわけも無い。

僅かに気を緩めてしまった事が悪かったのだろう、私の気が逸れた瞬間を狙いすましたかのように、男達の手の動きが苛烈さを増した。

服の裾を捲り上げるどころか、まるで引き裂いてしまっても構わないとばかりに力を込めてくる。電車の中(こんな場所)で裸にされてしまう!? と言う恐怖に侵されて身を固くしてしまった隙をついて、スカートの中にまで手を差し入れてきた。そのまま下着をずり下ろそうとしてきたから、慌てて両足を閉じて抵抗する。

けれど、その間にも胸やお尻……身体中を連中の手が這いずり回って……

 

(き……気持ち悪い……っ!)

 

私を気遣うつもりが微塵も感じられない、自分の欲望を満足させるためだけの行為は、今までに感じたことが無い位の恐怖と嫌悪感を湧き上がらせる。

優しさなんて初めから存在しない。彼らは私を『竜ヶ崎葵』じゃなくて『欲望の対象』としてしか見ていない。

 

(こんな人達に好きにされるなんてっ……!)

 

口惜しさで視界がにじむ。自分が泣いていることにようやく気づいた。

そんな時、ふと脳裏に浮かんだのは長年同じ時間を過ごした親友や幼馴染――ではなく、

 

「かいと、くん……!」

 

身体中をまさぐられる恐怖と怒りで顔を歪ませながら、諦めてたまるものかと必死に抗い続ける。

涙まじりの嗚咽が溢れ出すのが堪えきれない。それでも海斗が助けに来てくれる――そんな未来を幻視してしまう。

どうしてそんな事を思ってしまうのか自分でもよく分からない。でも――彼に助けて欲しいと心のどこかで願っているのだと、理解する。

 

湧き上がる想いは一瞬で限界を超えて――

 

「たす、けて……! 海斗くんっ!」

 

誰よりも助けて欲しいヒトを、ただ求める――――

 

「――もちろんだ、お姫様」

 

そして――願いはここに成った。

 

悪者に捕らわれたお姫様(あおい)を助け出すのは騎士(おのれ)の役目なのだと。

そう言わんばかりに伸ばされた手を掴み、そのまま人垣から引き抜かれるように抱き寄せられた。

頬に感じるあたたかな温もり、重ねあわせた手のひらの力強さに、思わずさっきまでの恐怖を忘れてしまいそうになる。

 

「葵、大丈夫か?」

 

一気に目蓋が熱くなり、思わず涙が溢れ出してしまいそうになる。

葵を想いやる優しさが籠められた声は、恐怖に染まった心を癒し、包み込んでくれる。

腕を愛しい彼の背中に回して、思いっきり抱きしめる。身体を蹂躙されていた先ほどまでの悍ましい感覚を、全て洗い流すかのように、強く。

 

「……おいおいおい、なんだなんですなんなんですかぁ? 何処のラブコメだよコンチクショー」

「ったく、何やってんだ、あのだぁほ共。壁にもなりゃしねぇのかよ」

「あー、って言うかナニこいつら? リアルでこんなするとか、マジキモいんですけど」

「『君は僕が守るっ! (キリッ!)』 ――って奴う? うっわ、キショ!」

「つーかさぁ、何コイツ? こんなダサ眼鏡野郎が、おっぱいちゃんを独り占めしてるワケ? こりゃ許されないでしょー。うん、死刑確定♪」

「だよな~~。つーワケで、オラそこのゴミ。ボコられてからカノジョ捕られんのと、おとなしくボコられんの、どっが良い?」

「おいおい、そりゃ結局変わんねぇ~っしょ!」

 

再びゲラゲラと大声で笑う痴漢集団。見張り役をすり抜けてきた海斗を警戒するでもなく、自分たちの方が数が上なんだから負けるはずがないとでも思っているのだろうか?

葵に夢中となっていた当人たちだけが気づけていない。

辺りにいる一般客達が、だんだんと目が据わっていく海斗の事を恐れを多分に含んだ恐怖の眼差しで見つめていることに。

 

俺の(・・)女にふざけた真似をしてくれたんだ……このまま五体満足で帰れるなどとは思うな……!」

 

静かな怒りを秘めた声を吐き出した海斗が、未だ下品な笑いを止めないバカ共へと一歩踏み出した。

 

 

――◆◇◆――

 

 

列車が停止してから3時間ほど経過した辺りで、ようやく運転が再開した。

ホームに到着するなり、騒ぎを起こしてしまった海斗と葵はそそくさと駅を後にする。

彼らが立ち去った後で、甲高い悲鳴と救急車のサイレンが鳴り響いていたようだが、正直2人にとってはどうでもいいことなのでさっさと忘れ去ることにした。

その日、夜のニュースにて、複数人で痴漢行為を行っていた集団が全員病院送りにされると言うニュースが放送され、大きな反響を呼んだらしい。

キャスター曰く、『被害者の少女の恋人と思われる少年が痴漢集団に立ち向かい、全員を病院へ直行させるほどの重傷を負わせた』。

中には、原型を留めていないほどに顔面をボッコボコにされた男もいたらしく、警察は過剰防衛として下手人である少年を探しているらしい。

しかし、目撃者である一般客たちが、犯人を恐れて少女を助けられなかった事に罪悪感を感じていたのか、誰もが被害者たちの顔を覚えていないと口をそろえたという。

 

 

閑話休題(それはともかく)

 

 

当初の目的である水着を購入すために街中を行く海斗と葵。その指先は相手のソレと絡み合うように繋ぎ合わされ、すこしだけ恥ずかしそうに視線を彷徨わせている様は、何とも初々しい。

葵の中で車内での一件がいまだにしこりを残してはいるものの、ショッピングというイベントは女心をハッスルさせる効果でもあるのか、駅を出て僅か3分程度で完全回復して見せた。

呆れた様子を見せる海斗の手を強引に引っ張って向かう先は、先に買い物を終えた早苗達も利用したショッピングモールだった。

 

「む。予想はしてたけど、アウェー感ハンパないな……」

 

葵に案内されて、女の子向けの店が立ち並ぶモールの一角に足を踏み込んだ海斗は、そうひとりごちた。

何と言うか、全体的に甘ったるいのだ。空気的な物が。

 

「えっと……どうかしたの?」

「いや、どうにも居辛いというか……流石にこの空気はキツイ。てか、頼むから俺を置いていかないでくれ? こんなトコに一人で放置されたら、速攻で逃げるから」

「そこまでなのっ!?」

 

実際に逃げそうになった海斗の手を掴んで押し留めながら、葵は本日の目的地である水着ショップへ向けて先導していく。

 

「もう、そうしてそんなにへっぴり腰になってるの? ちらほらだけど男の人も入ってるよ」

「そりゃカップルなんだから気後れしないだろうさ」

「ええっ!? か、カップル!?」

「なぜ、そこで驚くか。こういう女の子向けの店にいる野郎の8割はそんなんだろうさ」

 

ちなみに、残りの1割が『彼女や妹へのプレゼントを見繕いに来た奴』であり、最後の1割が『ソッチ系のお方』である。

 

「あっ、え、あぅ……た、確かにそうかもしれないけど……あ、その、っていう事は、もしかしたら私たちもそんな風に見られちゃってるのかなー、なんて……」

「そりゃ、まあ……そうかもな」

「えっ!? へ、へー、そうなんだ……」

 

急にもごもごし始めた葵に、意味が分からないとばかりに首を傾げる海斗だったが、そうこうしている内に目的地である水着ショップに到着した。

友人抜きに訪れるのは初めての事もあってやや緊張気味に見えた葵だったが、中に入った直後、目の前に広がった彩り鮮やかな水着たちにパアッ、と目を輝かせた。

 

「あっ、これ可愛い! こっちのも! う~ん、これも良いな~♪」

 

手近な売り物の水着を手に取りながら、あれもこれもと目移りする様は、なんとも女の子といった感じがする。

楽しんでいるところを邪魔するのもあれだなと、海斗は一つ断りを告げると踵を返した。

向かうのは店の一角にある男性用水着コーナー。どうやらこの店はカップルを標的に品揃えているらしく、女性向けの水着に比べるまでも無いが、そこそこの種類のものが置かれていた。

 

「う~ん……まあ、これでいいか」

 

手ごろなところにあった裾の長いトランクスタイプの水着と、白いパーカーを手にとってレジへと向かう。

男の買い物など所詮はこの程度と言わんばかりの即決ぶりだった。

生活費として支給された手持ちから取り出した諭吉さんと引き換えに、僅か3分で買い物を済ませた海斗は水着を手持ち鞄に仕舞いながら葵を探す。

だが。

 

「おや? 居ない……?」

 

店の中を見渡すものの、葵の姿が見当たらない。念のため出入り口から首を伸ばして辺りを伺ってみるが、やはり見つからない。

首を傾げつつも、声もかけずに帰ったら後が怖いので、適当に店の中を探し回ることにした。

彼女と共にいるカップルならまだしも、男一人で水着ショップを徘徊するのはものすごく目立つ。

が、周囲の視線など欠片も気にならない海斗は、ついさっきまで葵が水着を見ていた辺りを念入りに探す。

すると、

 

ぱさっ……しゅるっ……するするっ……

 

すぐ傍から布ずれの様な音が聞こえてくる。見れば、すぐ近くのフィッティングルームが使用中になっており、足元には見覚えのある葵の靴がきれいに揃えて置かれている。

 

「なんだ、水着の試着中か」

「え? か、海斗くん!?」

 

呟き程度のだったはずだが、どうやら聞こえていたらしい。若干慌てているような声がカーテン越しに返ってきた。

 

「お~う。俺の方はもう終わったぞ」

「うえっ!? ちょ、早くないかな?」

「男の買い物なんてこんなもんだ。……ああ、葵は気にせずゆっくり選んでくれていいぞ。女の買い物が長いのはよく知ってるから」

「そ、そう? ゴメンね?」

「気にすんな。――所で、外で待ってても良いか?」

 

カーテン越しに親しそうに会話している海斗を見て、連れがいると察したのだろう。近づいてきていた店員が立ち去っていくのを横目で眺めながら、退散したい旨を懇願するのだが……、

 

「うぅ~……、で、出来ればいて欲しい、かも……。えっとね、男の人の感想も聞いてみたいって言うか……」

「……了解。近くに居るから、なんかあったら呼んでくれ」

「……あっ、うん!」

 

カーテンの向こうでぱあっ、と輝いた表情をしているのが手に取るように分かり、海斗は小さく笑う。

どうやらお姫様は、観客付きなファッションショーの開催がお望みのようだ。

近くにあった椅子に腰掛けながら葵の着替えが終わるのを待っていると、10分ほどして葵が使用していたフィッティングルームのカーテンが開く。

 

「お、お待たせ……」

「っ!? おぉ……!」

 

思わず感嘆の声が零れてしまうのはしょうがない事だと、海斗は自分に言い聞かせるように独りごちる。

葵が着ていたのは水色のワンピースだった。飾り気の一切ない、シンプルな意匠のそれは、素材の魅力を予想以上に引き立てている。

髪をツーテールに纏めただけだと言うのに、ガラリと印象が変わって見える。

水着を押し上げる豊かな乳房、きゅっと括れたウエスト、すらりとのびる細い素足……。

どこに目を遣ろうとも不自然な態度になってしまうそうで、ついつい視線を彷徨わせてしまう。

 

「えと、どう、かな……?」

 

少しだけ恥ずかしそうにカラダを捩った葵は、軽くポーズを決めながら感想を求めてくる。

 

「ん? あ、ああ……うん、似合ってると思うぞ。でも、女の子ってフリルとかリボンとか付いてるのが好きそうなイメージがあったからちょっだけ意外かな?」

「ん~、そうなんだよねぇ……。うん、他のも試してみるからもうちょっだけ待っててね」

「ああ、ごゆっくり」

 

カーテンが閉じると、再び聞こえる布ずれの音。今度はさほど時間を掛けずに、カーテンが開いた。

 

「じゃーん! ……なんちゃって」

 

今度は赤いローライズのビキニ。

腰と胸元にあしらわれたリボンが可愛らしさと美しさを引き立てている。

何よりも目が惹かれるのが胸元。

大きな乳房を三角の布地が覆ってはいるものの、どう見ても布の面積が足りていない。

はちきれる様に実った乳肉にビキニの布地が食い込んでしまっており、脇の部分から柔らかくむっちりとした肉が盛り上がっている。

恥ずかしそうな葵は気付いていないようだが、周囲にいる男連中の視線は彼女に――正確にははちきれんばかりの胸元に――釘付けになっている。

海斗も多分に漏れず、まじまじと覗き込みたい衝動に駆られたものの、かと言ってこのまま他の野郎共にのぞき見させてやるのも何と言うか……無性に腹が立つ(・・・・・・・)

自分でもよく分からない感情に押されるまま、海斗はごく自然な動きで周囲の視線から葵が見えないように軽く肩を押してフィッティングルームに押し込むと、そのままカーテンを閉める。カーテンの向こう側で葵があわあわと慌てる気配を感じつつ、出来るだけ自然な風を装って着替えるよう促す。

 

「ほ、他にもあるんだろ? とりあえず、気に入った奴は全部着て見ろよ」

「あ、う、うん。」

 

再び10分ほど経過したところで、3度開かれるカーテン。

 

「こっ、これとかはどう、かな?」

「――――」

 

それは清楚さを前面に押し出した白いホルタ―ネック。元々淡雪のように白い肌をより引き立てているそれは、決して派手さはないものの、彼女の魅力を最大限に引き出していると言って過言ではない。そんな普段の自分らしからぬ感想を抱いてしまうほどに、海斗は見惚れてしまっていた。

 

「えと……?」

「っ!? あ、ああ、悪い……。だが、まー、アレだ……すっげー似合ってると思う。ぶっちゃけ見惚れてた」

「えっ!? そ、そそそうなんだ……あ、ありがと」

「お、おう」

 

海斗は恥ずかしそうにそっぽを向いた葵を無性に抱きしめたい衝動に駆られそうになるものの、どうにか理性を総動員して抑え込みつつ、視線を逸らす。

胸元や腰にリボンがあしらわれて可愛らしさを醸し出しつつ、装飾類を最小限に留めることで葵の魅力をこれでもかと言うくらい引き出している。

心臓がどくりと大きく脈打ち、何故か直視することができない。

 

「ふ~ん、そっか……海斗くんはこういうのが良いんだ」

 

そんな海斗の横顔をチラチラと見ながら、葵は感慨深げに小声で呟くと、

 

「……うん。それじゃあ、これにするよ。着替えてくるからもうちょっとだけ待っててね?」

「あ、ああ。わかった」

 

そう言って、フィッティングルームへと再び引っ込むと、カーテンを閉め――る前に、カーテンの隙間からひょこんと顔だけ覗かせて、

 

「――今日は付き合ってくれてありがとね、海斗くん」

 

はにかむようにそんな事を言ってくるものだから、ついつい海斗も……

 

「どう致しまして、お姫様」

 

普段はあまりに見せないおどけた返し方をしてしまった。

嬉しそうにはにかんだ笑顔を見せてくれた葵が引っ込んだフィッティングルームのカーテンを眺めながら、海斗はたまにはこういうのも悪くないかと、素直じゃない感想を思い浮かべるのだった。

 

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