『えっち』から始まる恋があってもいいじゃない? 作:カゲロー
濡れ場は次話(後編)に予定しておりますのでご辛抱くださいませ。
「ふふふ……やはり相当舞い上がっているようですね。多少聡くても、所詮はいまだ若輩者でしかないのですから、まあ当たり前と言えばそこまでなのですが」
「ですが、流石にこれは察知できないでしょう。そう……
「ええ、そうでしょうとも。なにせ――」
複数のモニターに映し出された隠しカメラの映像。
そこに映り込むのは、周囲の目が無いのを良い事に、お互いの名前で呼び合いながら談笑している海斗と葵の姿。
明らかに2人の視線はカメラからずれており、これが盗撮である事をありありと示している。
隠しカメラを設置した男は、眼鏡の蔓を指先で押し上げながら、不敵にほくそ笑む。
「この旅行そのものが、我らがプロデュースしたイベントなのですからな!」
海斗達が滞在するホテルの一室で、不気味な高笑いが木霊する。
お約束のように部屋の照明を落としてカーテンを閉めつつ、隠し映像を観察するという、お前らどこの秘密結社だとつっこまれること間違いなしな空間がそこに在った。
「青い果実が南国の砂浜でアバンチュール……これで何も起こらないハズがありませんからな! きっと、彼らの関係も、ぐぐぐっ! と進展すること請負なし。
「青姦、水着プレイ、夜這い、朝駆けなんでもござれ。ふっふっふ……状況次第で、もしかすればもしかするかもねっ! 博士、まずは何から仕掛けますか!? やはりここは朝食に媚薬を仕込んで、クラスメートに隠れつつ刺激的な倉庫プレイですかっ!? 飛び散る汗と青臭い若人の体臭混じり合う濃厚Loveエッチ!?」
「いやいや、せっかくの沖縄なんだからこれを活かさないと! まずは水中でのスカトロプレイが王道でしょう! 周りの旅行客やクラスメート達が楽しげに水遊びを堪能している中、水の中だから見えないと言うことを最大限に活用して水中ドッキング! そして南の島での受精イベントッ! キタコレ!」
「くふふ、イケませんよ皆さん、時間はまだまだたっぷりあるんです。慎重に、かつ繊細に作戦を練らなければ。でないと、
「おおっ、確かに!」
「流石です博士!」
「そこに痺れる!」
「憧れるゥ!」
「そうでしょうとも、そうでしょうとも! ク、ククク……クゥ~ッフッフッフッフッフッ!」
『フゥワァ~ッハッハッハッハッハッハッハッハ!!』
――ジリリリリィン!
「おっと、内線電話が。はい、もしもし――はい……はい……え? 声が外まで聞こえている? 一般のお客様もたくさんいるので静かにしろ? えっとですね、我々は政府管轄の極秘プロジェクトの関係者――……え? ホテルの評判を落とすような真似をするなら叩き出す? オマケに彼らに我々の事をばらす……ですって……!? あっ、そ、それだけはご勘弁を!?」
脳裏に、海斗がボッコボコにした先日の痴漢の姿が自分に重なった様を空想してしまったマッド集団は、おとなしく静かに盗撮に励むことにしたそうな。
……後日、旅行中の情事をしっかり盗撮されていた事を知って怒り狂う海斗と涙目な葵の襲撃を受けた彼らがフルボッコにされるのは、この時点で運命付けられていた事なのかもしれない。
――◇◆◇――
翌日、ホテル裏のビーチにて。
「あづい……」
海斗は右手を額にかざしながら、浜辺から空を仰ぎ見ていた。
温暖化の影響もあって例年よりも気温が高いせいか、まだ4月だと言うのに真夏になったような錯覚を覚える。
おまけに燦々と照りつける太陽の日差しの強いこと強いこと……。
小麦色の肌を目指すのならばちょうど良いのかもしれないが、生憎と海斗にその気は無い。
いきなりテンションが駄々下がり中の海斗が視線を浜辺へと戻してみると、水着に着替えた生徒達が声を上げながら駆け出していく姿が見えた。
生徒達の体調が回復したことで、修学旅行2日目は予定通り、ビーチでの自由行動となった。
班行動を厳守することと、教師に無断でビーチから出る事は禁止されているくらいで、他は何をしようと問題無しなフリーダムタイムだ。
「それにしても……」
海斗はぐるりと海岸を見渡してから、
「ウチの学生以外にも利用客は多いみたいだな」
ビーチには海斗達と同じように旅行に来ているのか、大学生に見えるグループや地元の住民らしい黒く日焼けしたアンちゃんなどと言った利用客でかなり賑わっている。
ホテル裏という立地条件だからてっきりプライベートビーチかと思いきや、そういう訳でもないらしい。
「にしても遅いな……着替えにいつまで掛かっているんだ?」
ホテルから借り出したパラソルと折り畳み式のビーチチェアを足元に下ろしつつ、更衣室のある方へと目を向ける。
近くにある看板を目印に待ち合わせをしようと取り決めて別れてから、かなりの時間が経っている。
男子更衣室がかなり混んでいたから、女子の方も混んでいるのだろうと推測する。
実際、更衣室の人波に攫われてしまった桐生とはぐれたままなのだから。
とはいえ、女子達と別れてからもうすぐ30分近く、ここまで時間がかかると、何かあったのではと心配にもなってくる。
かといって、迂闊にこの場から離れる訳にもいかない。すれ違ってしまう可能性も十分に考えられるからだ。
もしここに桐生が居てくれれば、片方を見張りに残して探しに行くことも出来るのだが……。
「さて、どうするか……」
腕を組みながらここで待ち続けるべきか、それとも探しに行くべきかを海斗が悩んでいると、見覚えのある4人組が連れだって歩いてくるのが見えた。
「あ、高宮くん!」
「おう」
葵と早苗、桃花に何故か桐生まで揃っている。どうやら此処に向かってくる途中でばったり出会ったらしい。
とてとてと駆け寄ってくる葵は、以前海斗と共に赴いた水着ショップで購入した白いホルタ―ネックの水着だった。
普段の制服や私服でもよりも、身体のラインをはっきりと分からせている。
まず目を奪われてしまう乳房は、一歩進むたびにぷるんと大きく弾み、周囲の視線を釘づけにしてしまう。
キュッと引き締まったウエストへと繋がる綺麗なカラダのラインが、下手なグラビアアイドル顔負けなスタイルの良さを強調している。
水着との相性もバッチリで、清楚なお嬢様然とした葵の雰囲気とあいまってか、とても可憐な印象を感じさせる。
むっちりとした太ももと、水泳で鍛え上げられたしなやかな脚。そして、泳ぎの邪魔にならない様に美しい黒髪を後頭部でポニーテールに纏めたことで、うなじがチラチラと見えて何とも扇情的な気分に襲われてしまう。
「ちょっと! 何をじろじろ見てんのよ!」
「あはは~。 葵ちゃんが海斗っちをメロメロにしてる~」
完全に目を奪われていた海斗と、熱い視線を向けられて満更でもなさそうな表情を浮かべていた葵の間に割り込んだのは、白と青というカラーリングのワンピースを着こなした早苗だった。
海斗の視線を遮る様に仁王立ちした彼女の隣には、真っ赤なビキニという意外なチョイスの桃花の姿が。
早苗の視線を正面から受け止めながら、海斗の視線は自然と目の前に居る早苗へと向けられる。
彼女の水着はリボンなどの小物がついていないオーソドックスなタイプだった。
だが、それ故に彼女のスタイルの良さがはっきりと表れていると言って過言ではない。
実のところ、早苗も葵に引けをとらないスタイルを持っている。
運動部に所属していないために女性特有の柔らかさを保ちつつ、規律に厳しい性格故に体形も崩れていない。
葵が全体的にきゅっと引き締まっているのに対して、早苗はむっちりとした柔らかそうな肉付きとでも表現すべきだろうか。
特に、ロケットの様に前に突きでている乳房は今にも水着から零れ落ちてしまいそうなほどで、胸の谷間がくっきりと見て取れてしまう。
彼女もまた、葵と同レベルに周囲の注目を浴びるほどの存在であると言えよう。
「な、なによ? 何か言いたいワケ?」
早苗はまじまじと自分を見つめてくる海斗の様子に不安になったのか、胸元を抑える様な仕草を見せつつ、一歩後ずさる――と、今まで見えなかった水着の後ろが露わになった。
「いや、学生としてソレはどうなんだ?」
「あ、あはは……やっぱり高宮君もツッコんじゃうんだ」
なんと、一見するとシンプルなワンピースタイプの水着と思ったソレの後ろは、布の面積が極端に少ない大胆仕様であった。
肩ヒモ部分はうなじのすぐ下あたりで交差して腰に繋がっている。
そこからさらに視線を下げると、瑞々しいヒップが全く隠せていないTバックと呼ばれる仕様のソレが目に映る。
成程、先ほどから彼女の後ろを通り過ぎていく男連中が早苗を凝視していたのはコレが原因だったようだ。
「いや、お前も人の事言えんだろうが。なんだそのあしゅら男爵モドキな水着は。前と後ろで全くの別もんじゃねーか」
「なっ、何言ってんのよ!? わっ、私を貶めるつもり!?」
「いや、思ったままを言ってみただけだが。つーか、学生がTってのはいかがなものかと。もうすこし恥じらいと言うか、節度的な物を持った方がいいんじゃないか? 愛原、お前さんはどう思う?」
「えっ!? 何そのキラーパス!? い、いや、なんていうか……うん。すごく似合ってると思うよ。綺麗な知的美人って感じな羽村さんにはちょっと冒険的なデザインの水着が良く栄えるね」
にっこりとほほ笑みながら思ったままの感想を告げる桐生。早苗の強調された胸の谷間に視線を向けず、彼女の瞳をまっすぐに見つめながら言う姿は、まさしく彼女を口説きにかかっている海辺の好青年そのものだ。
どこかの幼馴染相手だと照れが先走って決して言えないような恥ずかしい台詞も、彼女以外の女性にはごくごく当たり前のように口にできるようだ。
「なっ、なっ、な……!?」
それなりに信頼している親しい異性からのおだてでない真っ直ぐな褒め言葉に、早苗は普段見せない呆然とした表情で固まる事しか出来ない。
真顔でそんなことを言われた事はなかったのか、羞恥心があっという間に限界突破。
結局、まともな二の句を継ぐ事も出来ない早苗は耳まで真っ赤にすると、葵と桃花の手を取ってビーチへ向けて一直線に駆け出して行く。
「お、おぼえてなさいよ――!」
そんな捨て台詞を残しながら。
「……なんだありゃ?」
「さ、さあ?」
後に残されたのは訳が分からないよとばかりに首を傾げる男性陣。
首を捻っても答えが分かるはずも無く、最終的には「乙女心はよく分からん」という結論に達し、何事も無かったようにパラソルとチェアを抱え上げるのだった。
――◇◆◇――
ビーチチェアとパラソル設置して陣地を定めると、各員は思い思いに沖縄の海を堪能することになった。
葵と早苗、桃花は浅瀬の水浴びで盛り上がっている。先ほどまでは桐生も加わっていたようだが、遊びにおける女子の体力に根負けしたのか、疲労困憊と言った風体で砂浜にある木陰に移動して仰向けになっている。
海斗はビーチチェアに寝転がりながら、楽しく遊んでいる葵達の様子をぼんやりと眺めていた。
先程までは持ってきた小説を読んでいたのだが、旅行には手元にある1冊しか持ってきていなかったので、読み切ってしまったらつまらないかと、途中で止めていた。昼寝をしようにも昨日のバス&飛行機に搭乗しているときに爆睡し、昨夜も十分に睡眠をとっていたので眠気が全くないのだ。やりたいことはあるが、それは3日目の生徒個人での行動が許可される完全自由時間の楽しみにするつもりなので、正直言って今日のところはやることが何も無かった。
かといって、あの女子の環に混ぜて貰おうと言うつもりは微塵も無い。
海斗はちらりと桐生の方へと視線を動かす。そこでは、疲労のあまり眠りに落ちている桐生の姿があった。
テニス部のエースで相当の体力を持っているはずの桐生でさえあの有様なのだ。二の轍を踏むつもりは毛頭無い。
「そもそも、そこまで異性に飢えていると言う訳ではないし」と誰に言うでもなく、言い訳じみた言葉を呟いてしまう。
だが、それにしても……
「男の業、ここに在り! って、感じだな」
ビーチに居る男達を見渡してみると、ほとんどの視線があの3人に釘付け状態になっていた。
よからぬ妄想を膨らませてしまい身動きが取れなくなってしまった奴、迂闊にも彼女達に目を奪われてしまったことで彼女や奥さんに怒鳴られている奴、中には記念撮影に用意したであろう高級感溢れるカメラを堂々と構えてシャッターを切っている猛者までいる。
だが、それは当然と言えば当然と言えるだろうと海斗は思う。
海斗の専門も含めて、その筋の人間であればまず間違いなくスカウトするであろう素晴らしいスタイルを持つ葵と、彼女を上回る美しい巨乳を誇る早苗。そして他の二人に比べると若干の幼さを感じざるを得ないものの、それが逆に背徳的な魅力を感じさせる絶妙のスパイスとなって、彼女を引き立てている。そのくせ、アダルティな真紅のビキニと言う組み合わせは、凄まじいほどの破壊力を叩き出している。その証拠に、彼女達へと向けられる視線はきっちりと3等分にされているのだから。
やや犯罪臭が漂う気がしないでもないが、手を出そうとする阿呆はいない様なので、海斗は現状維持に努めることにした。
まあ要するに、周囲からいやらしい視線を向ける男共は放置。けれど、もし声を掛けるなりしようとする輩が現れたら手を貸す程度にとどめることにした。あんなに楽しそうな葵に水を差すような真似をしたくないと言うのもあるし、水辺で戯れる美少女と言う何とも絵になる光景をゆっくり眺めていたいと言う欲望もある。
そよそよと頬を撫でる南風に目を細めながら、海斗は葵達が水遊びをする姿を存分に堪能するのだった。
「――ぃとくん、海斗くんってば」
「んっ、んんっ……?」
肩を揺すられる感覚に意識が覚醒していく。どうやら、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
目元を擦りながら起き上がると、すぐ耳元から葵の声が聞こえた。
「あれ、あお――竜ヶ崎?」
「ふふっ、名前で呼んでも大丈夫だよ。早苗達はここにいないから」
言われて周囲を見渡してみると、確かに早苗達の姿が見当たらない。
せいぜい、前屈みになったことで突き出される形になっている葵の形の良いヒップを鼻の下を伸ばしながら凝視している野郎ども位しかいない様だった。
「他の奴らは? つか、今何時だ?」
ビーチチェアに引っかけていたパーカーの胸ポケットから腕時計を取り出して時刻を確認する。
現在AM 11:48分。大体昼時と言ってよい時間帯だ。
「連中は買い出しに行っているのか?」
「うん。早苗は海斗くんに行かせればいいってごねていたんだけど、すっごく気持ちよさそうに寝てたから起こすのは可哀そうだよって、桃花が」
「口喧しい小姑と緩衝役を買って出る従妹みたいな連中だな」
「ちょ、それは言い過ぎだと思うよ!? ……否定できないけど」
「お前も大概酷いこと言ってるのに気づいた方がいいと思う」
それにしても、彼女たち3人組はつくづく良いトリオだと思う。
お互いの欠点を補い合って、見事な調和を醸し出している。
数年来の付き合いと言うだけあって、気心を知り切った家族の様な間柄と言ったところだろうか。
だからこそ早苗は、学内で黒い噂が絶えない海斗と大切な友人である葵が親しくなるのを許容できないのだろう。
彼女らのメンバーの中では、早苗が姉的ポジションに在るのは明確。
本人としては、海斗の事を妹に近寄る性質の悪い害虫的な存在と認識していると考えれば、あそこまであからさまな敵意を向けてくる理由も説明がつく。
もっとも……
「俺らの事情で言わせて貰えば、奴の方がお邪魔虫ってなるんだろーけどな」
海斗と葵が今後も絆を育んでいく事こそが、今の状況を画策した者達の望みのはず。
彼らが国家レベルのバックアップを受けるほどの権力と発言力を有していることを考慮しても、早苗の行動は望まれぬ愚行にほかならない。
知らぬは本人ばかりとはよく言ったものだと、海斗は独りごちる。
他人の都合に振り回されている現状に、年ごろの少年らしい反骨神からくる反感を抱いてしまい、自然と眉間に皺が寄ってしまう。
その一方で、海斗が寝そべるビーチチェアの端に腰掛けた葵は無言になってしまった彼の横顔をじいっと見つめてくる。
どことなく、頬がうっすらと紅潮しており、何やら楽しげに頬を綻ばせているようにも見える。
楽しげな喧騒が広がる浜辺にあって、静寂が訪れたにもかかわらず、なんとも言えぬ暖かな空気が二人を包み込んでいた。
そんな中、
――きゅう~~。
と、何ともかわいらしい鳴き声が聞こえてきた。
横を見てみると、お腹を押さえながら違う意味で顔を真っ赤に染めた葵が、上目づかいで海斗を見上げていた。
大慌てで両手をぶんぶん振りながら誤魔化そうとするものの、流石にそれは無理があると言わざるをえない。
海斗から注がれる、じとーっ、とした視線に耐えられなくなったのだろう。
胸の前で左右の人さし指をつんつんさせながら、視線を落ち着きなく彷徨わせ始めた。
どうやら、上手い言い訳を探しているらしい。
まるで悪戯を見つかった幼子へと舞い戻ってしまったかのようだ。
海斗は、気まずい雰囲気へ早変わりしてしまった場の空気を切り替えようと、少しだけわざとらしい提案をした。
「な、なあ、連中が戻って来るまで結構時間掛かりそうだよな? 俺も腹減ってきたし、屋台で何か軽いものを食べないか?」
並び立つ屋台群へ視線をやれば、あまりの盛況にかなり長い行列がそこかしこで見て取れる。
某年に2回だけ行われるという、世界一規律ある戦争とまで称される某祭典程とは言わないが、待ち時間を軽く見積もっても、30分やそこらでは済みそうも無いことは断言できる。
葵も、その考えには同意するらしく、困ったような表情になっていた。
「よし、決定。ちょっと離れたトコに海の店らしいのがあったはずだし、行ってみようぜ。用意するから、ちょっと待っててくれ」
海斗はビーチチェアに掛けていたパーカーを羽織ると、普段のやぼったい伊達眼鏡ではなく、こんな事もあろうかと予め用意していたサングラスを装着する。
髪を掻き上げてオールバック風にすれば、変装の完了だ。
実は、もし葵と一緒に行動する状況になった時に周囲の目を誤魔化すための方法として手ごろな変装道具を用意していたのだった。
続けて葵用の伊達眼鏡とパーカーも取り出して、手渡してやる。
「ほれ、お前用の変装道具。後は髪型をちょっと弄ってやれば、うまくごまかせるだろ――って、聞いてるか?」
「へ? あ、う、うん! 聞いてる! 聞いてるよ!? て、でも……へぇ~」
眼鏡を受け取りながらしげしげと見つめられて気恥ずかしくなったのか、思わずそっぽを向いてしまう海斗。
葵はその様子がおかしかったのか、忍び笑いを溢している。
「……そんなに似合ってないか?」
「えっと、そうじゃなくてね……あの、怒らないでね? なんていうか、その――今の海斗くんって、カッコイイかも」
予想外の言葉に、海斗は思わず惚けた顔をさらしてしまう。
学園では極力目立たないように努めている事もあって、視界を遮る程に長い前髪とやぼったい黒縁眼鏡というスタイルを通している。
しかし、今の様に長めの前髪をアップにしてサングラスをかけた海斗は、男らしい貫録というものをそこはかとなく感じさせる。
何よりも、自然体の海斗を知っている葵から見れば、今の海斗の方が『いつも通り』と言えるので、気を張らずにいられるというのもあった。
「そ、そうか」
「う、うん」
「……」
「……」
なんとなく気恥ずかしくなってしまったのでお互い声が出ないらしく、葵は頬を掻きながら視線を彷徨わせる海斗の横顔をちらちらと伺っている。
「あ、と、ところで、私眼鏡とか初めてなんだけど変じゃないかな?」
なんとも落ち着かなくなった空気を換えようと、伊達眼鏡を身に付けた葵がそんな事を言った。
髪を解き、はにかむ様な微笑みを浮かべる葵は、普段の彼女よりも数段大人っぽく感じられる。
女性は化粧ひとつで大きく化けるとよく言われるものだが、実際に目の当たりにした海斗は偉人の言葉も馬鹿にできないなと、そんな取り留めのないことを思い浮かべていた。
もっとも、彼の視線は葵に釘付けになっており、完全に見惚れてしまっていることは誰の目にも明らかであったが。
「わ、悪くないんじゃないか?」 と若干裏返った声で、答えるのが精いっぱいだった。
当然葵も、海斗から向けられる熱い視線に気づいており、嬉しくもくすぐったいような、何とも言えない顔になっていた。
だが、まあ、いつまでも固まっている訳にもいかないと気を取り直すと、当たり前の様に並びながら、海斗の記憶にある屋台へ向かって歩き出した。
「な、なんだか視線を感じる気がするんだけど」
「……頭大丈夫か?」
「それどういう意味かな!? っていうか、いきなり何なの!? 失礼でしょお!?」
ワザとらしくおとぼけた葵が、両手を振り上げて憤慨する。
ぽかぽかとたいして痛くない拳をいなしながら、海斗は視線を横にずらす。
するとそこには、やはりと言うか、葵に目を奪われた男連中のマヌケ顔が飛び込んでくる。
露骨に下品な視線を向けてくる輩が増えてきている事を察した海斗は、何となくこれ以上葵を晒すのは面白くないと感じた。
それは明らかな独占欲であったが、当の本人にはまだ理解できていないらしく不機嫌そうな表情の裏に自分自身へと向けた困惑の色が見え隠れしていた。
そんな最中、
「おっ! なんかめちゃ可愛い子がいるんですけど!」
「えっ、マジマジ? うっひょ~、おっぱいでけえ♪」
「ねぇ、彼女、俺らと遊ばな~い? 俺たち、この辺の生まれなんだけどぉ、人気の無い穴場とか知り尽くしてんだよねぇ~」
「おいおい、それ直球過ぎだって~の! そういうのは、いろいろと楽しんだ後のひと夏の思い出的なシチュの時に教えてあげるモンじゃね?」
「いーんだよ、ご馳走になんのは同じなんだから」
「ちがいねぇや! ぎゃははは!」
葵の手を引いて歩き出そうとした海斗の前に立ち塞がる者がいた。
地元の人間らしい4人組の男達は、ニヤニヤと露骨な視線を葵に向けている。
下心を取り繕う気も無いらしく、そのあからさまな態度に恐怖を感じた葵が、海斗の背中に縋りつく様に隠れる。
その見るからに男慣れしていない態度が琴線に触れたのだろう、ナンパモドキをしてきた男共の眼が興奮で血走っていく。中には、水着の上からでも分かるほどに勃起している変態までいる始末。
だが、周囲の客たちは不良と呼ばれる人種を恐れているのか、気の毒そうな顔で遠巻きに眺める者しかいない。
その様子に海斗が、はぁ、と呆れを多分に含んだ溜息をつくと、茶髪とアゴ髭が鬱陶しい男が不機嫌そうに海斗を睨み付けてきた。
「ああ~ん? テメー、今、溜息つきやがったな? 何だ、ヤル気か、あ゛あ゛っ!?」
相手はそこそこ長身な事もあって、無言を貫いている海斗を覗き込むように見下ろしてくる。
本人としては威嚇しているつもりなのかもしれないが、海斗からしてみれば身の程をわきまえない野良犬――それも、彼我の実力差を理解しておらず、恐れ知らずに吼え立てる仔犬――程度のレベルとしか感じない。
だが、海斗の無言を、恐怖で固まっていると勘違いしたのか、取り巻きらしい汚い色の金髪や、腕の一部に入れ墨を入れた奴、耳だけでなく鼻にまでピアスをつけた奴が、捲し立てる様に笑い声を上げる。
「おいおい、この野郎、ケンちゃんにビビッてやがんぜ!」
「うわ、マジだ! イヤだねー、カッコつけてサングラス掛けてるとか、ハッズカシー!」
「コラコラ、君達、そんな本当のことを言ったらダメでしょ~? ……ププッ!」
「ああ、まったくもってそのとーり! ――で・も・なぁ? テメェみたいなカス野郎が、そーんな良いカラダをした娘と手ぇ繋ぐとか、在りえないっしょ。ぶっちゃけアリエナ~イ! つーわけで、お仕置きターイム♪」
茶髪アゴ髭は突然何を思ったか、ボクサーの様に構えて見せるといきなりシャドーボクシングをしてみせた。
見かけに反して、意外と様になっているジャブを繰り出し、海斗の鼻頭に浅く掠る。
「ヘイヘイへ~イ! スーパーウェルター級のプロボクサーなケンちゃんが、喧嘩の仕方を教えてくれってよぉ~。よかったでちゅね~♪」
「オラオラ、どうした! 腰がブルって動けねぇのか、アア~ン!?」
取り巻きの下品な歓声に気を良くしたのか、茶髪アゴ髭は牽制止まりのジャブではなく本気のストレートを繰り出してきた。
素人目に見ると、茶髪アゴ髭の拳は、確かに危険な凶器だと称せるだろう。プロ云々の真偽はともかく、ボクサーとしての技術は学んでいるのか、きちんとした形になっている。
だが。
「……間抜け」
海斗は誰ともなく呟くと、顔面狙いがバレバレな拳を半身ずらすことで容易く避ける。
その際、サングラスに掠って外れてしまったが、海斗自身に傷は無い。
ならば、今度は海斗の番だ。
前に踏み出した左足を、茶髪アゴ髭の足元に叩き付ける。
『震脚』
左足を中心に波紋状の衝撃波が砂浜に広がり、細かい砂が小さく隆起して波立つ。
大地を通して浸透した振動波が茶髪アゴ髭の身体を硬直させ、動きを止める。
隙だらけなアホ面に叩き込むべく、腰だめに構えた右の拳を引き絞る。
指の骨が軋むほどに握りしめたそれに注ぎ込まれるのは、大地を踏みしめた足から生み出された反発力を膝から腰、腰から肩、肩から腕へと伝達されることで増幅された運動エネルギーだ。
全身のエネルギーを集束させた拳を、左手を引く反動で撃ち出した。
解き放たれた一撃は、いまだ惚けたままの茶髪アゴ髭の左頬へと吸い込まれるように叩き込まれ――
「ぐぼぉあぁああああああっ!?」
60kgは下らないであろう茶髪アゴ髭を、盛大に吹き飛ばした。
直撃した衝撃で砕けたのか、歯の欠片らしい破片を飛び散らせつつ、プロペラの様に横回転しつつ吹き飛んでいく茶髪アゴ髭。
汚い金髪と鼻ピアスの間をすり抜けるように宙を舞うと、3メートルほど先でようやく落下、更にそこから砂浜の上をバウンドしながら転がっていき……先ほどの場所から5メートルほどの地点で、ようやく停止した。
俯けに倒れ込んだまま、ビクッビクッ! と痙攣を起こしている。
アクション映画みたいな光景を実体験することが出来た代償に、茶髪アゴ髭の顔は相当愉快な状態になり果てている事だろう。
「次はお前らの番だ」とばかりに腕を回して具合を確かめる海斗に睨まれた取り巻き連中が3人仲良く腰を抜かす。
今すぐ逃げようともがいているようだが、左右の指を鳴らしながら近づいてくる海斗の姿に、虚勢心がへし折られたのだろう。
恐怖に震えながら、身を縮こませることしか出来ないでいた。
「おい」
「ヒッ、ひぐっ!?」
汚い金髪の喉仏をわし掴みにしながら強引に立ち上がらせると、顔中から出せる液体全てを垂れ流しているそいつの眼を覗き込みながら、恐怖を与えるためにわざと低い声で命じる。
「アレも片付けておけ」
「ば、ばい……わがりまじだ……!」
涙声で答えた金髪は、解放されるなり他の2人と共に茶髪アゴ髭を抱え上げると、一目散に逃げ出していった。
と、滑稽な後姿に海斗が鼻を鳴らした瞬間を見計らったかのようなタイミングで、人垣をかき分けながらビーチの監視員らしき人物が駆け寄ってくる姿が見えた。どうやら、遠巻きに様子をうかがっていた誰かが通報していたようだ。
「ちょっと、君達! 何をやっているんだ!」
(いや、来るのが遅いっつーの。真面目に仕事しろや警備員モドキ)
大仰に肩を竦める海斗がめんどくさそうに監視員に説明していくのを、葵は困ったような微笑みを浮かべて見つめるのだった。
――◇◆◇――
「……(ずぞーっ)」
「ヤケ食いは感心しないな。腹下すぞ?」
「ごふっ!? けほ、げほっ!? お、女の子になんてこと言っちゃうのかな!?」
ヤケ食いしていた冷やし中華のスープが気道に入ったらしい。
あわや、女の子的に「みせられないよ!」 的な一大事に発展しかかった。
むくれ顔をより赤くした葵に掴み掛られた海斗は、はいはい、とおざなりな返事で煙に巻く。
2人がいるのは、当初の目的地である海の家。
ナンパ共を撃退した事情を説明し終わった海斗と葵は監視員の詰所に同行を求められることもお説教を食らう事も無く、拍子抜けするほどにあっさりと解放された。
立ち去る最中、逆に感謝の言葉を頂くという予想外のオマケつきで。
駆けつけてきた監視員に聞いてみれば、あの連中は地元でも有名なワルだったらしく、遊びに来て開放的になっている旅行者を狙って、半ば脅す様にナンパを繰り返していたらしい。
今までにも、押しに弱そうな少女がいかつい見た目と荒い言葉使いの4人組に怯えて抵抗することも出来ずに穢されるという事件が起こっていたらしい。
だが、行為に至る一部始終を画像に納めて強迫材料にしていたらしく、被害者の女性からの被害届が届けられなかった。
さらに、連中が地元育ちな故に監視員や警察関係者の見回りルートを熟知しているらしく、行為に及んでいる場面を悟らせないように小細工を繰り返していたのだ。
そのため、どうやっても捕えることも出来ずに監視の目を強化することしか出来なかったのだが、衆人観衆の前で暴力行為に及んだという物的証拠(あの場に居た旅行客がビデオに録画していた)を手に入れることが出来たので、つい先ほど警察に拘束されたそうだ。
あのボクサーモドキは本当にプロライセンスを持つ選手だったらしく、一般人である海斗に暴力を振るった事だけでも、十分拘束理由になるのだとか。
とは言え、さすがにあれはやりすぎだと苦笑を浮かべた監視員さんに軽いお説教と感謝の言葉を頂いた後、あっさりと解放されて今に至る。
それで、何故葵がむくれているのかと言えば……、
「うぅ……すっごく、ハズかしかったんだからねっ!?」
机を叩きながら「私、ご立腹なのですっ!」 と主張する姿は、見ていて微笑ましいものを感じずにはいられない。こんな姿を拝めただけでも、悪ふざけをかました意味があったというものだ。
監視員の詰所から立ち去る際に2人の関係を聞かれた海斗は、つい悪戯心が首を擡げてしまって悪乗りしてしまったのだ。
「彼女は俺の婚約者です」
――と。
詰所の出入り口、騒ぎを聞きつけて興味半分で近くにいた観光客たちにまで見せつける様に、あわあわする葵の腰に手を回して、頬に触れるか触れないかと言う絶妙のキスを交わしながら。
そんなものを目の当たりにすれば、当然周囲は大興奮。
悪党の魔の手から恋人を守り抜いた男と言う何とも絵になるワンシーンに、携帯&カメラのフラッシュが凄まじい事に。
現実味を感じられないドラマか映画の様な光景に、周囲のテンションが一斉に湧き立つ。
口笛が鳴り響き、黄色い歓声で湧き上がる。
だがしかし、葵としては周囲からの歓声や視線などは、羞恥心を高める材料にしかならず。
結局、意地の悪そうな笑みを浮かべた海斗の足をお仕置きも兼ねて全力で踏みつけると、よろめく彼の手を引いて逃げ出したのだった。
顔を熟れたリンゴの様に真っ赤にしたまま海の家に到着した葵は、拗ねたようなむくれ顔でハワイアンジュースを片手に冷やし中華をヤケ食いしていた所、デリカシーのなさ過ぎる台詞のお蔭で盛大にむせ返って現在に至る。
器官に入ったらしく、涙を浮かべながら恨めしそうな目を向けてくる葵の様子に、流石にやりすぎたかと反省したらしい海斗が、両手をパン! と合わせて謝罪する。
こういう時の葵は放っておくと機嫌が悪いままズルズル行ってしまうことを、一緒に生活する中で気づいていたからだ。
頭を下げる海斗の姿に溜飲が下がったのか、口元をナプキンで拭っていた葵の目尻が少しずつ緩んでいった。
「……焼きそば食べたい」
それで許してあげるという事なのだろう。
そっぽを向いた彼女の横顔は、耳たぶまで真っ赤になっている。
「了解しました、お姫様」
何ともかわいらしい誤魔化しに吹き出しそうになるのを必死に堪えながら、海斗はお姫様ご所望の焼きそばを購入するために席を立つのだった。
――ちなみに。
当たり前のようにいちゃいちゃしまくっている2人の放つピンク色のオーラに中てられたらしい海の家の店長(♂ 48歳独身 恋愛経験なし)から血涙流さんばかりの形相で睨まれていたり、店の裏にあるコンクリート擁壁を怨嗟の声を溢れさせつつ手から血が出るまで殴り続けていた若人(♂ 彼女なし)がいたことに、2人は終ぞ気づくことがなかったそうな。
さらにさらに余談となるが、この日の夜、肝試しを楽しんでいた若者達のグループが血まみれな壁を見てひと騒動起こってしまうのも完全に余談である。