本当はもっと前にいただいて、その時に公開OKもいただいていたのですが、当時ドタバタしていてすっかり遅れてしまいました…。
2度も快く許可をくださった長命永心様に、伏して切腹で詫びる所存であります。
とにかく、いろいろな意味でありがとうございました!
───世界が揺らぐかのような大音量。喧噪の中、それでも会話をしている相手の声ははっきりと聞こえる。
「………で、教官は一部で噂の『彼』についてどう思うんですかー? 一回話して狩りにも出たって聞きましたけど」
「うむ。中々の実力者のようだ───少なくとも、他所ではG級でやっていける程度には、な」
どういう理屈なのかは知らないし興味もない。自分の興味は、今はその『彼』だけに向いているのだ。だから、教官と呼ばれた男の返しにふむふむと頷き、しかし怪訝な顔をして再び尋ねる。
「でも、ちょっと前まで訓練所の一ハンター見習いだったんですよね? それが急にありえない量の───いや、私達ならそれくらい出せるかもしれないけどまあその見習いさんじゃあ出せないような殺気を出した、と。………ちょぉっと変ですねぇ?」
「それについては我輩も知らんが、訓練の最中に何かの蓋が外れて才能が開花した、という前例もないわけではない。お前も知っているだろう、リジィ」
「まあ知ってますけど、才能のひとかけらもないように見えた人がそんなことになるなんて、ありえるもんなんですかねぇ。理性がぶっ飛んで………みたいなのは確かにあったけど、それにしたって何らかの片鱗を見せてたって話じゃないですか」
その手に持った、ある意味で試作とも呼べる開発・改良途中の拳に着けることを想定している武器───始種ヴォージャンの素材を使った穿龍棍、ヴォルカ・トルフィを手の中で弄びながら、そのテスターである少女、リジィは溜息を吐く。
傍から見れば、普通の少女の遊びのようにも見えるだろう。だが、彼女は人外魔境と名高いこの地の中でもかなり上位に食い込む存在、G級ハンターだ。舐めていたら即殺される存在。………とはいえ、そのG級ハンター達の中では下の方なのだが。それ程までにG級という称号は重い。
「それが件の武器か。フハハ、我輩には到底扱えそうにないな!」
「笑って言うことじゃありませんよ、それ。そもそも、まだモーションの取捨選択だって完全ではありませんし。テスターの絶対数が少な過ぎるのと、この武器についての情報が殆どないのが致命的ですね。エドさん達レスタには彼の穿龍棍使いを知っている人も何人かはいるようですが、余程関わりたくないのか話してくれませんし………って、そうじゃなくて」
「ああ、あの男についての話だったな。いっそテストと言う名目で狩場まで尾行してみたらどうだ?」
「………悪くないですね」
どうやら冗談だったらしく、教官が「え、マジ?」と呟いたのを聞くが努めて冷静に無視する。成る程、確かに悪くはない。まだ謎も多く、とりあえず厄介払いと入れときゃどうにかなるだろの精神で現場に放り込まれたこともあり、ギルドマスターにバレてもギルドナイト案件にはならないだろう。それ以前に、データの収集を怠らなければまず問題ない。
だとすると、少し前に壊れて補充していなかった双眼鏡と、付き合ってくれる心優しい職員様が必要になる。いっそのこと、直接接触してみるのも良いかもしれない。ただ、他人に話しかけるには少しばかりの勇気が足りないため、ある程度手段を選ぶ必要がある。そう、例えば、ギルドナイト御用達の特製麻痺薬でも使って有無を言わさず押した───
「その目をやめろ、その雰囲気を出すな。近くにいる一部の初心なハンターが使い物にならなくなるだろうが」
「良いじゃないですかー、教官のお馬鹿。女の子は少しくらいのエロさがないと魅力が激減するものなんですよ?」
「女の子………?」
教官はたっぷりと時間をかけてから、「フッ」と鼻で笑う。
「よし表出ろや、穿龍棍のテストの実験台になってもらうぞ」
「待て待て待て、先に問題を起こしたのはお前だろうが! ああ、好奇心旺盛だが素直だった昔のお前はどこへ消えたのだ!」
「G級昇格と共に消え去りました」
「誇るな」
教官は頭に手を当てて大きく息を吐くが、仕方がないではないか、とリジィは思う。G級ハンターというものはその強さの代償として、真の人外魔境に適応する必要がある。その過程で頭のネジが幾つか外れることはあるが、会話が成り立つだけマシな方ではないか、なんて考えるのだ。
………ふと、教官が自分の後ろの方を見る。自分もそちらを見て、
───絶句した。
噂をすれば何とやら、『彼』が少し離れた場所にいた。だが、それは理由にはならない。当然だ、誰かに後ろを取られるなんてことは日常茶飯事だ。特別気配を消していたわけではないが、リジィもそちらを特別意識していたわけではない。だが、一目見た際の印象が、常軌を逸していたのだ。
「ははっ、何ですかあれ。新手の古龍か何かですか? ハンターと言われるよりも、オオナズチの親戚って言われた方がしっくりきますよ。意識しているのに意識出来ない。存在が虚で、朧で、でも確かにそこにいる。まるで鏡のようで、でも知り合いのようで、どちらかと言うと………」
まるで個ではなく群体のようだ。それも、自分達ハンターをぐちゃぐちゃに混ぜたような。でも、言葉に出来ない。下手をすればこの世界の法則すら超えているのではないか、そんな疑念も乾いた笑みにしかならない。
それに気付けたのは、メゼポルタと言う化け物の集まる秘境のエリート、G級ハンターだからだろう。この地に住まうモンスターを相手にしている内に、そういった『不可思議で不可解な存在や力』を察知する能力は鍛えられる。それと同系統の能力を行使しているのがG級のモンスターなのだから、至極当然のことだ。
恐怖する。リジィは実力だけを見るのなら格下とも呼べる存在に得体の知れないナニカを感じ、恐怖する。だが、恐怖は好奇心へと繋がるものだ。でなければ、肝試しのようなものは存在しないのだから。
だからこそ、強く惹かれる。未知の存在を前に、心が、身体が惹かれる。最近はテストばかりで、自分の好奇心を満たしてくれるようなものはなかった。それもあって、何もかもを知り尽くしたいと願う。
───恐怖の対象を全力で制す、それが狩りだ。まさに今の彼女は狩人の瞳で、薄い紅色の唇を舐めた。
‡
「なはははははははははははははははははははは」
そして今。リジィはお腹が痛くなる程に笑い転げていた。そんな彼女を白い目で見つめる少女もいたが、完全無視し、全力で平原を転がる。うひひ、とかあひゃひゃ、とか仮にも女の子の出して良い声ではないが外聞も気にせずただひたすらに笑う。
ちょっとした平原で、『彼』の監視を行っていたのである。『彼』はイャンクック相手に新しく調達したらしい極長のランスを持って、実験のように、自分の行うテストのように四苦八苦していたのだが………その結末があまりにも予想外過ぎて、ある意味で常識破りで凄まじく面白かったのだ。ひょっとして『彼』にはエンターテイナーの才能でもあるのかもしれない。そしてそれを、監視していることを悟られるといけないと思い、器用にも気配を完全に殺しながら笑い転げる彼女の姿は、女の子以前に人としてちょっとどうかと思われるものだ。
「ふ、フィア、あれど、どどどう思う? ふ、ふひっ、わ、私、」
「はーいちょーっと落ち着きましょうねー?」
笑顔で、しかし目は笑っていない顔で、リジィのパートナー、フィアと呼ばれた少女はリジィの肩を掴む。流石に、彼女を主と言う形で契約していることもあって恥ずかしいのだろう。もしもこんな姿が世に出回ったら、なんて思うだけで嫌になる。
「ちょ、フィア、痛いから! ………うん、落ち着いた、落ち着いたからね? ………ふひっ」
あ、これ駄目な奴だ。フィアはそう確信し、話題を変えようと口を開く。
「それにしても、蹴り! リジィさん、穿龍棍の扱いに蹴りは含まれてましたっけ?」
「そういえばふひっ、なかったね。穿龍棍使いは蹴りも使ってたってふひっ、聞いたことがあるようなないようなだから、先に武器主体の格闘のを進めふひっ、てたけど、それなら足技って言うのも悪くはないかも」
ところどころ笑いが漏れているが、それでもフィアの質問にはしっかりと答える。何だかんだで彼女もG級ハンターであり、そして穿龍棍のテスター。その自覚はあるのだ。………簡易的なテスト、戦闘データを集めた後は同行していた職員───正確には技術者だろうか、その人はどこかへ行ってしまったが。
「うーん、折角だし『彼』をこっち側に引き込んでみるのも悪くはないかな? テスターが増えれば私達としても楽だし、素質はありそう。それに関わる為の取っ掛かりにもなるし」
「流石に腹黒いですね! あ、でもリジィさんはそうでもしないとまともに話せないかも? なんたって超一流の万年ぼっ───」
ヒュッ、とフィアの頬をナイフが掠める。ハンターなら誰もが携帯している、剥ぎ取り用のナイフ。それが僅かに頬の皮膚と肉を裂き、たらりと血が流れた。
リジィは笑顔で、
「次は開眼奥義かタコ殴りにして閃舞ね?」
「ひゃ、ひゃい」
問答無用の死刑にしなかっただけ有情だよね。そんなことを思いながら、後ろから迫ったランゴスタを肘で殴り、振り向きざまに回し蹴りを叩き込んで穿龍棍で粉砕する。
「………蹴りなら格闘王が必要かな」
ポツリと呟いて、リジィは納刀する。スキルの一つ、格闘王を発動させれば穿龍棍のモーションに蹴りを入れても実用化レベルまで持っていけるだろう。図らずしもヒントを与えてくれた『彼』に感謝せねばならない。
それに面白いものを見せてくれた。きっとあれは、自分が思っているよりも魅力的なものだろう。存在そのものがどこか奇妙で、中々の実力とまだ見ぬ武器を手にしても、すぐに実践に投入するのではなく、その扱い方を試行錯誤するだけの頭もある。更に見ているだけで飽きない。非常に面白いのだ。
ポン、と穿龍棍を上に投げる。投擲具としても扱えるかもしれない。それ以外にも、ただ殴るだけでなく、他の使い方も何か見出せるかもしれない。『彼』をこちら側に引き込めれば、もっと別のことだって出来るかもしれない。リジィは、さながら面白い玩具を見つけた子供のように笑う。
「なんて、出来たら良いなぁ………」
現実はそう甘くない。そう言うかのように、黒い影が飛来してきた。
黒い鱗、深紅の棘、紅色に輝く瞳。それら全てが、恐ろしく、そして美しい。
「うへぇ、面倒なのが来たなぁ。………でも、まあ、狩れば良いだけだよね。
───行くよ、フィア」
そして、鮮血が舞った。