ネプギアです。
こんな夢を見ました。
ある朝女神の執務室に向かうと、お姉ちゃんがPCとにらめっこしていたんです。
「あれ……おはようお姉ちゃん」
「おはよう」
スクエアタイプの眼鏡をかけ、ディスプレイを凝視するお姉ちゃんは
いったい何に夢中になっているんだろう?
いけないかな、と思いながらも、つい画面をのぞき込んじゃって。
「わっ、お姉ちゃんが真面目にお仕事してる!」
「もう、ネプギアまでいーすんみたいなこと言う! わたしはいつだって真面目オブ真面目、だって女神なんだから。プラネテューヌの最高権力者で、中国語で言うと同志なんだからね!」
「ごめん。でも、同志は違うと思う……」
お姉ちゃんの集中力はそこでぷつっと途切れちゃったみたいで、指はキーの上を空振りするばかりになりました。
本当にごめんね、お姉ちゃん。
少しするとお姉ちゃんは腕を頭の後ろで組み、くるっと椅子を回してわたしのほうに向きました。
「ところでネプギアは何しに来たの? どんな悩みでも請け負い申し、万に一つもしくじり有るまじく
ぐっと指を立てるお姉ちゃんの笑顔、最高に輝いてます。
あ、お仕事飽きてきちゃったんだ……。
そういえばわたし、何しに来たんだっけ。
ここは女神の執務室で……お姉ちゃんの部屋なのに。
「ううん、ちょっと、お姉ちゃんの顔が見たくなっちゃって。わたしもお仕事しなきゃ」
「だめだめ、ネプギアはまだゆっくりしてなきゃ! いーすんから聞いたよ、ネプギアがお仕事のしすぎで倒れたって。ごめんね、わたしがいーすんをちゃんと見てれば……ブラックいーすんなんだから!」
「いーすんさんは悪くないの、わたしが女神として未熟だから」
「ネプギアはまだ候補生なんだから仕方ないよ。さ、今日は全部わたしに任せて」
口ではいーすんさんのせいにしながらも、その後の仕事姿は宣言通り真面目オブ真面目でした。
知ってます、お姉ちゃんはやるときはやる人だっていうこと。
わたしはなぜかお姉ちゃんから離れがたくて、横で新しいロボットの設計を進めていました。
ライラックMk3とキラーモシーンに、新しい装甲を付け足して……名前はネプギアンダムがいいかな。
時間の過ぎるのはあっという間で、気がつくと夜になっていて。
「ふぁ……もうこんな時間。そろそろご飯だね」
「そっか、ネプギアはそろそろ帰らなきゃだね。お疲れさま」
「お姉ちゃんはまだお仕事?」
「ううん、じゃあ、かわいいネプギアのお見送りに行こうかなー」
かたん、と
「お見送りなんて大げさだよ。だって、お姉ちゃんと一緒に住んでるんだし」
「またまたー。新婚ボケっていうやつ? おいしいデザートにホカホカご飯でお嫁さんの帰りを待ってるんでしょ、いいないいなー新婚っていいなー!」
「新婚? お嫁さん? えっと……お姉ちゃん、何の話」
お姉ちゃんは、笑顔のまま固まっちゃって。
硬直が解けると
それはもう、耳がおかしくなりそうなくらい大きな声で。
「ええー! もう
【ネプギアが「ドアマットヒロイン属性」を習得しました】
今はラーニング発動より、お姉ちゃんにぎゅうぎゅうと体を締められているほうが苦しいです。
「お姉ちゃん、苦しい……! 本当に、何も覚えてないんだってば」
ようやく離してくれたお姉ちゃんは、難しそうな顔をしてしばらく
「いーすんが詰め込み教育過ぎるから、ネプギアの記憶がオーバーフローしちゃったんじゃないかな?」
「新婚……って、わたし、誰と結婚してるの?」
「エリアスだよ、エリアス・ヘルツォーク。ネプギアの主治医だった人で、白衣が似合う眼鏡のイケメン」
「ヘルツォーク先生……?」
確かに、先生としては尊敬してはいたけれど……。
線が細い観賞用のイケメンっていう感じで、男の人としてはあまり意識していなかったのに。
「しょうがないなー、今日はわたしが送るね。邪魔じゃない?」
「ううん、ありがとう、お姉ちゃん」
自分の家まで案内してもらうっていうのも変な感じだけど、仕方ありません。
見慣れたプラネテューヌの風景をしばらく歩き、静まり返った住宅街を進むと、赤い屋根の家に着いて。
「はい、どちら様ですか?」
聞き慣れた、声質の少し高い声がインターホン越しに聞こえました。
その声を聞くとそわそわとしてきて、なのにここが自分の家だなんて不思議な気持ちです。
「こんばんは、ネプテューヌだよ! 今日はネプギアがちょっと調子悪いみたいだから送ってきたんだ。ね、少しお邪魔させてもらってもいい?」
「お義姉さん? どうぞどうぞ上がってください」
かちゃりと鍵を外す音が聞こえると、扉が開いて。
「ただい」
「ライラックさん、お帰りなさーい!」
声が聞こえたと思ったらもう抱きしめられていました。
一息遅れて、長身のヘルツォーク先生が一直線に駆け寄ってくる姿が残像のように意識に上ります。
処理が、追いつかなくて。
気さくな人だとは思っていたけれど……こんなにはっちゃけた人だったかな……?
「だめーっ!」
「あべし」
今度はお姉ちゃんが強引にヘルツォーク先生を引きはがします。
「ごめんねエリアス、今日は昔もらった『ネプギア1日独り占め券』を使わせてもらっちゃっててね。たとえ旦那さんでもネプギアは譲れないんだー」
「詳しい事情は分かりませんが了解しました。そういうことなら、お義姉さんにおまかせします」
つま先立ちで抱きしめるお姉ちゃんは、わたしだけに聞こえるように耳打ちして。
「エリアスのこと、覚えてないんだよね? 悪い奴じゃないんだけど、ほら、ネプギアにぞっこんだから。あまりベタベタされるのが気になるようだったら、ちゃんと相談するんだよ」
たしかに驚いたけれど、不思議と嫌な感じはしなくて。
好き合っていたのを、体は覚えていたのかな。
ううん、それより、なんていうか、表現しづらいんだけど……そう、お姉ちゃんと同じ雰囲気を感じたんです。
「平気だよ、お姉ちゃん。けど……『ライラックさん』ってなに?」
「エリアスがネプギアに付けた愛称だよ。友情と謙虚っていう花言葉がネプギアにピッタリなんだって」
「そうなんだ……」
どちらかといえばお姉ちゃんのほうが友だちを大事にするタイプだから、意外でした。
だって、お姉ちゃんはみんなのお姉ちゃんなんだもん。
エリアスさんは、旦那さまだから……他の誰よりもわたしのことを大事にしてくれるのかな。
お姉ちゃんみたいに、わたしを一人置いていったりしないで。
そんなことを考えていると、なんだか……恥ずかしくなってきて。
リビングでお姉ちゃんと話していると、いつの間にかご飯の時間になっていてあわてました。
「わわっ、わたしも手伝うね!」
「ライラックさんは調子悪いんだから、ゆっくりしていてください」
「はい」
エリアスさんが配膳してくれるのを座って待っていたけれど、そわそわしてかえって落ち着きません。
お姉ちゃんも落ち着かないって言うけど、ごはんがおいしそうだから、みたい。
それを聞いて、いつもどおりのお姉ちゃんに安心して。
葉菜がメインの
じゅうじゅうと煮立ったソースのステーキ、そしてお皿に盛られたパンの山と色とりどりのジャム。
今日はたまたま彼の帰りが早かったので、奮発したそうです。
全て運びきると、エリアスさんも食卓に座りました。
「お先にどうぞ」
「いただきます」
「いただきます!」
「いただきます」
席についてからも、エリアスさんはパンに切れ込みを入れていました。
腕をまくった手に握ってたナイフでパンの腹を切る姿に、目を惹かれてしまって。
「エリアスかっこいー。そうやってナイフを持ってるとさ、お医者さんって感じだね」
「あは、外科医ではないんですけれどね、僕。ネプテューヌさんはよく食べるから作りがいがあります」
「ごめん、わたしあまり食べられなくて」
「ライラックさんは美味しそうに食べてくれるから好きですよ」
「もう、ネプギアは変なところで真面目なんだから。そのうち宇宙に空気がなくてごめんなさいなんて言い出したりして。こういうときは、素直においしいって言えばいいんだよ」
気がつくと、わたしよりお姉ちゃんのほうがエリアスさんとよく喋っていました。
エリアスさんと二人きりだと、もしかしたら息が詰まりそうだったかも。
本当に、頼りになるお姉ちゃんです。
「ありがとう。すごく……おいしい」
お姉ちゃんの活躍(?)で食卓の上はすっかり片付いてしまいました。
一服するとお姉ちゃんは帰ってしまって彼と二人きりです。
けど、お姉ちゃんのおかげで彼のこと少し分かったから、このまま暮らしていけそう。
でも……。
わたしがお嫁さんで、良かったのかな……?
お風呂から上がってベッドに入ると、気づかないうちに結構疲れていたみたいで、心地良い倦怠感に包まれました。
けれど、一人で天井を
目を閉じたらそれきり、一人きりになってしまいそうな気がして……眠れなくなってしまって。
無理に寝ようとするのもよくないと思って、起きてソファへ向かいました。
ホットミルクを飲みながらぼんやりとしていると、彼もお風呂から上がってきて。
前なら、お姉ちゃんが座っているはずの位置に彼がいて。
そのせいだと思うけれど、彼からお姉ちゃんと同じ香りを感じたんです。
プルースト効果の逆、なのかな……?
そわそわして、
でも、いいよね。だって、お嫁さんなんだもの。
「エリアスさんって、お姉ちゃんみたいなにおいがする。……っ!」
わー! わー! 言っちゃった! 声に出すつもりはなかったのに。
恥ずかしくて、視線を合わせていられなくって。
ちらちらと見ていると、彼は――
一瞬、彼からこれまで見たことない突き刺さるような
心臓が凍りつくような
「バニラ系の香水をつけているからでしょうか。ネプテューヌさんは、プリン大好きですしね」
「そうなんだ……」
どきどきしながら彼の様子をうかがうと、それまでと同じく
さっきのことは、気のせいだったのかな?
「お姉ちゃんのこと、好き?」
すると、彼がわたしの二の腕を捕らえて。
「ネプギアさんだけを愛しています。ネプテューヌさんのことは、いいお義姉さんだと」
そんなことを真剣に答えられると、言葉が続かなくなっちゃう……。
腕をつかまれていては視線をそらすこともできず、けどなかなか返事もできなくて。
「お姉ちゃんって、勘違いされることも多いんだけど、誰よりもわたし、ううん、この世界のことを考えてるし、本当に自慢のお姉ちゃんで……だからエリアスさんがお姉ちゃんのことも大事にしてくれる人で良かった。どんなに素敵な人だったって、お姉ちゃんと仲が良くなかったら……わたし、おつきあいできなかったと思う」
でも、お姉ちゃんは不思議とどんな人でも仲良くなれちゃうから、そんな心配はあまりないんだけどね。
「とても面倒見の良いお姉さんだと思いますよ。僕ではライラックさんをそんな素敵な笑顔にできない。ですが……少し、
きっとおめでたそうな顔をしていただけなのに「素敵な笑顔」なんて言われて、かーっと顔をが熱くなります。
それに、お姉ちゃんに嫉妬する彼の目がなんだか色っぽくって。
目を合わせていられなくって、ただ一方向にだけ残されていた穴、じゃないけど、彼の胸に顔を隠しました。
その髪を、お姉ちゃんよりも一回り長い指が
男の人だから肩幅も大きくて、すっぽりと包み込まれるように抱きしめられていました。
ちょっと驚いてしまったけれど、腕の中はとても暖かくて。
とくんとくんと波打つ鼓動とは対象的に、ふんわりとした時間がゆっくり流れていって。
すると、喉元にむず
驚いて焦点の合わない目で彼を見上げると、手のひらで顔を支えられました。
「ん……!!」
すぐには何が起こっているのか分からなくて。
親鳥が小鳥にエサを分けるみたいに、ちゅ、ちゅ、と彼の唇が触れていました。
「は……ふ……」
夢うつつのまま座りつくして、ぬるりとしたものが口に入ってようやく意識がはっきりしてきて。
わたし……キス、されちゃってる……?!
びっくりして彼と逆側に身を引いたらソファの下に転げ落ちそうになって、でもぐっと抱き寄せられて。
どうしていいか分からずに身を委ねていると、だんだんと体のうちに熱がこもってくるんです。
「……っ……」
「ん……ふ……」
彼も腕が疲れてきたのか、口元から離れて頭を撫でてくれていた指先が、首すじ、肩へと段々と下りてきて。
その手でおなかをなぞられて少し恥ずかしいなって思ってたら、ふわり、と部屋の空気が
それで、彼がパジャマのボタンを外しているのに気づきました。
そうだよね、お嫁さん……なんだから、そういうこと……する……よね……
わたし、彼のこと、好き……なのかな……?
お姉ちゃんが嘘なんてつくはずないし、確かに好きなはずなのに、全然思い出せなくて。
体はすっかり暖められてて、できあがってきちゃってる……。
けど……心が、記憶が、追いつかないよ……!
「あ……っ!」
ふわりと体の傾く心地がすると、今度は背中を柔らかなソファに包まれました。
彼に、押し倒されて。
開けたパジャマの間には、薄いキャミしか体を覆うものがなくて。
このまま、えっち、しちゃうのかな……?
こんな気持ちで、えっちしちゃっていいのかな……?
ううん、だって変だよね。お嫁さんなんだから、えっちするのが普通、なのに。
そんなことを考えてたら、じわり、と目の縁に涙が滲んじゃって。
ぱっとパジャマの前を閉じて、応えました。
「ごめんなさいっ! あっ、あの、わたし、今日、ちょっと具合が悪くて。また、今度じゃダメかな?」
どうしよう、気分、悪いよね。
彼、怒っちゃったかな……?
一緒に暮らせなくなっちゃったら……お姉ちゃんに、なんて言おう……。
そんなに長い間じゃないのに、沈黙が重くて。
彼は、残念そうだったけど、でも、落ち着いて話してくれて。
「ライラックさんの体調も
その穏やかな目元にぽうっと惹かれるけれど……でも、無理なものは無理なんです。
もう少し、ゆっくりがよくて。
「寝よっか」
ボタンを留めて起き上がろうとすると、ふらっとめまいがして。
倒れそうになったところを、また、彼に助けられて。
それでさらに足取りが大変になっちゃったけど、不思議と不安にはなりませんでした。
「おやすみなさい」
「おやすみなさい、ライラックさん」
こういう人を、わたしは好きになって……ずっと一緒にいたいって思ったんだって。
ちょっとだけ、分かりかけていたのに。
次に目が覚めたら、起きたら、そこには。
一人きりで、彼だけじゃなくって、お姉ちゃんだって、もういなくて。
向こうの世界に行けたらいいな……
ううん、これがわたしの見ている夢だったら、どんなにいいだろう。
今までずっと考えないように我慢してきたけど、わたし、お姉ちゃんがいないと駄目なんです。
ユニちゃんも、ベールさんもいなくなっちゃって、わたしだけ生き残って。
わたしがどんなにがんばっても、もうシェアも前みたいには戻りません。