「こわい……こわいよ……。お姉ちゃん……うぇぇん」
「わたしも、やだ……。こわいもん……うぇぇん、うっ、ぐす……」
ごめん、ごめんね……! 二人とも……!
「――は、はぁ、はぁ……!」
飛び上がるように起きると、まだ真っ暗で。
わたし、ロムちゃんとラムちゃんに、なんで謝ってたんだろう?
とても大事なことだったはずなのに……思い出そうとしても頭がズキズキと痛むだけ。
悪い夢からは
「う……ぷ……!」
脈打つ心臓の鼓動がうるさくて、お腹の中から喉元まで圧迫感が上がってきて、はくはくと息を逃して。
けど全然気持ち悪いのが収まらなくて、死にそうな思いでトイレまで体を引きずって行きました。
「うえぇ……」
戻したら、それ以上動けなくて。
トイレの床に、ぺたんと座り込んじゃいました。
このまま、死んじゃうのかな……なんて、考えちゃいます。
それでも、顔のまわりの汚ればかりはぬぐい取って。
「大丈夫ですか、ライラックさん」
閉じることのできなかった扉から、彼の声がして。
はっとして、無駄だって分かってても平気そうに装って返事をしました。
「うん……大丈夫……」
けど、かろうじて出せるのは細い声だけで。
踏み込んでほしくなかったのに、彼が入ってきて……恥ずかしい姿を見られちゃいます。
ものは流れた後だけど、吐いたまま座りこんだところなんて、絶対見られたくなかったのに。
みじめで、恥ずかしくて、気持ち悪くて、泣きそうだよ……!
「立てます?」
彼が差し出してくれた手を無言で取ると、すごく暖かくて。
ぶわっと涙腺が緩んで。
泣きたいのか、嬉しいのか、分かんない……。
「また、戻しちゃった」
「口の中をゆすぐものを持ってきましょうか?」
「うん……」
ひとりで待つことになったけれど、さっきまでに比べれば、全然、平気です。
彼は駆け足で出ていくと、すぐにお
「どうぞ」
「ありがとう。ごめん……外で、待ってて」
「分かりました」
さっきはあんなに高く見えたドアノブが、軽く手を引くだけで閉まりました。
口の中に残っているのを、静かにゆすいで流します。
寝る前に、もう一回顔を洗わなくちゃ。
「ありがとう。ごめんね、起こして」
「いいえ、僕の方こそ気づかず申し訳ありません」
彼の腕を抱きしめて指を絡めると、それがとても幸せで。
だからこんな幸せ続かないんじゃないかなって思っちゃって……。
「最近ずっと具合悪いし。変な病気だったらどうしよう……」
「そうですね、もう一回調べてみましょうか」
「この前も、陰性だったよ」
「検査薬の結果は絶対ではありませんし、病院で調べてもらいましょう。代休があるので僕も行きます」
数日後、彼に付き添ってもらって病院に行ったら……結果、陽性でした……!!
それから八ヶ月後。
「ネプギア、こんにちは!」
「こんにちは、皆さん」
ユニちゃんを押しのける勢いで、ラムちゃんが飛び込んできます。
「ねー、ネプギアちゃんの赤ちゃんどこ!」
ブランさんがラムちゃんの手を引いて止めてくれました。
まだラムちゃんのいたずらに付き合う自信がないので、助かります……。
「ネプギアは疲れてるんだから、静かにしてなさい」
「赤ちゃんはまだ別の部屋にいるんだ。もうちょっとしたらおっぱいの時間だから、それまで待ってね」
「ネプギアちゃんのお姉さん、赤ちゃんみたいに寝てる……」
ロムちゃんの視線の先では、お姉ちゃんが限られたスペースで器用に寝ていました。
その横には、くたくたになった彼も幸せそうに寝ていて。
「いつも元気爆発のネプテューヌがこんなところで寝てるなんて、よほど難産だったのね」
「お産自体はすんなり終わったんですけれど……わたしが暴れちゃうので、ここ数日、ほぼ女神化したままだったから……」
気がつくと彼に身に覚えがないアザがあって……。
彼は愛の証ですと苦笑いしてくれたんだけど、わたしが怖くなって……お姉ちゃんに来てもらっちゃいました。
絶対に本人の前では言えないけれど、力仕事はお姉ちゃんのほうが頼れるんだもん。
子離れより先に、お姉ちゃん離れが心配です。
「ごめんなさいね、ネプギアちゃん。ネプギアちゃんがわたくしの子を産んでくれましたのに、公務で埋まっていまして……。わたくしったら、姉失格ですわ」
わたくしの子……!?
「あはは……そんなことないです。ベールさんがお見舞いに来てくれて、すごく嬉しいです! それに、お産のときに来てくれても、わたし、いっぱいいっぱいでしたし」
「ネプギアちゃんはわたくしの妹ですもの、その子はわたくしの子も同然ですわ。姉が妹の出産に立ち会うのは、当然ではなくて?」
当然じゃ、ないと思うなぁ。
お姉ちゃんには送ってもらったまま付き添ってもらっちゃったけど……。
ベールさん、
「ネプギア、何か欲しいものある?」
ベールさんの目に殺されかけていたところを、ノワールさんの一言に救われました。
「ううん、皆さん色々なものをお祝いにくれているから、整理が追いついてなくて。あ、そうだ。果物食べきらなくてダメにしちゃいそうだから、皆さんで召し上がってください」
「あら、遠慮しなくていいわよ」
「食べすぎるとまた戻しちゃったりするので……目に毒なんです」
本当は吐き気はあまりしないんだけれどね。
ずっと横になってたから、余計なお肉を
まだ、ママなだけの女にはなりたくないんだもの。
「じゃあ、わたしは……ウソ! これブルマッチョの超高いチョコじゃない!」
ユニちゃんの声に後ろ髪を引かれます。
けど、がまん、がまん……!
「あら本当ね。けれど、チョコならしばらく
「ううん、放っておくと賞味期限過ぎちゃいそうだし、高級チョコレートを無駄にするのはもったいないから、皆さんで召し上がってください」
だって、見たら絶対食べちゃうよ!
「ユニちゃん、わたしも食べたい!」
「食べたい……(うるうる)」
「でしたら、みんなで分けましょうか」
「ネプギアのお見舞いなんだから、最初はネプギアよね。どれがいい?」
わー! わー!
けど、見ないわけにもいかないので……誘惑に、負けました。
「じゃあ、これかな。あと、エリアスさんとお姉ちゃんの分を一つずつ残しておいてください」
はむ、とチョコレートを噛み砕くと、口の中に幸せが広がります。
二人、起こしてあげたほうが良かったかな……。
チョコレートをかじりながら話し込んでいると、授乳の時間が来て。
新生児室の窓越しに彼とわたしと赤ちゃんを紹介して、そこでユニちゃんたちと別れました。
いつもは
迷惑とまでは思わないけれど、産後の疲れが抜けないうちに大勢で来てもらうと、疲れちゃって……。
そんな母の気も知らず、赤ちゃんはただ幸せそうにおっぱいを噛みます。
ちょっと痛い……。
けど。
なんで、この子からもお姉ちゃんやエリアスさんみたいな香りがするんだろう。
甘い甘い、プリンみたいな香り――