※この作品はR-18です。

ネプギアの悪夢はプリンの香り   作:櫛笥 紫月

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史書は歴史を編纂できない (イストワールside)

 一時は回復の兆(きざ)しも見られたもの、ネプギアさんの調子は再び悪化していました。

 国民の信頼にかかわるような記憶の混乱が見られるとなると、おいそれと公務に出すわけにもまいりません。

 今や彼女は、プラネテューヌ教会上層階においてほぼ軟禁状態となっていました。

 実情を知る一部の職員からは、物語の中のロンドン塔のようだ、とさえ噂される有様。

 

 私だってネプギアさんを幽閉するのは本意ではありません。

 陽のあたる場所に出たほうが彼女の予後もよくなるでしょう。

 ですが、ネプギアさんを世間の目から護(まも)るためにはもう、こうする他ないのです。

 

「イストワール様、ヘルツォーク先生がお見えです」

 

「了解しました」

 

 ネプギアさんを連れて、往診に使う部屋へ向かいます。

 今日の彼女は、しきりにおなかをさすっていました。

 

「ネプギアさん、おなかの調子、悪いのですか?」

 

「ううん……わたしのおなかの中に、幸せが宿ってるんです」

 

 よく分かりませんが……。

 ここのところネプギアさんの言いたいことが良くわからないことは多々あります。

 一先(ひとま)ず、体の調子は悪くないようなので、様子見としました。

 

「失礼します」

 

「はい」

 

 ネプギアさんは先生の姿を見るなり駆け寄って抱きついて。

 分岐予測ミスによる遅延が重なって、目の前の状況を処理しきれません……!

 彼女の次の言葉を解釈するのに、30秒を要しました。

 

「エリアスさん、わたしたちの赤ちゃん、女の子だって」

 

 有り得ません。

 女神は人のかたちを取っていても、人とは違うのです。

 たとえ人間のように生殖行為を行ったとしても、子を成すことはないのです。

 しっかりしてください、ネプギアさん……!

 

「仕事中はヘルツォーク先生と呼んでくださいとお願いしましたよね。今は、我慢してください」

 

 先生になだめられると、ネプギアさんは大人しく椅子に座りました。

 けれど、その目は明らかに他の人を見る目とは違います。

 まるで姉であるネプテューヌさんを見るような、いえ、それ以上の……。

 

 それからネプギアさんが語ったことは、史書である私の記憶をいくら引きずり出しても該当しない話ばかりでした。

 

 一通り話が終わるとネプギアさんを先に帰し、後見役の私と先生との面談になりました。

 

「先ほどは、ネプギアさんが失礼をいたしました」

 

「こういう仕事をしていると、患者さんが疑似的な恋愛感情を持たれることはよくあるんです。私の方こそネプギアさんと適切な距離を置けていないかもしれない。申し訳ありません」

 

「そうですか……」

 

 次の往診の時間についての相談を済ませると、診察終了となりました。

 机に戻ろうとすると、ルウィーのミナさんから電話がかかってきて。

 

「はい」

 

「イストワールさん、無事でしたか?」

 

 ミナさんの声は落ち着いているもの、その言葉には不穏なものを感じます。

 

「ルウィーで、何か起きたのですか?」

 

「特に表立った問題は起きていません。ですが……」

 

「はい」

 

「……エリアス・ヘルツォークという医師は、実在しません」

 

 そんな馬鹿な。

 

「ルウィー領の医籍は確認しましたよ」

 

「ええ。精確には、今現在そちらでエリアス・ヘルツォークと名乗っている男は……医籍に登録がある方とは別人です。本来のヘルツォーク医師は、捜索願いが出されていて、先日変死体で発見されました。医籍と行方不明者データベースとの紐付けをしていないもので、見過ごしてしまい申し訳ありません」

 

「……ご報告ありがとうございます。今後の件については後ほど連絡しますね」

 

「こちらでも、調査を進めておきます」

 

 ミナさんからの電話を切ると、すぐさま偽エリアス・ヘルツォークの足取りを追います。

 教会内の監視システムにオンライン処理をかけて……見つけました。

 まだ外に出たばかりのようですが、エレベーターを待っていては追いつけません。

 けれど外に出ようにも、最近の高層建築は窓もはめ殺しで私の小さな体の出る隙間さえないのです。

 

「エクステンション」

 

 迷わず窓を割ると、開いた穴に身を投げました。

 監視システムの記録の処理にかかった負荷による熱を冷ますにはちょうどいい風が、体を包みます。

 そのまま地上付近まで高度を落とすと、偽ヘルツォークに呆気(あっけ)なく追いつけて。

 

「ヘルツォーク先生、少し、お話を聞いてもよろしいでしょうか」

 

「おや、患者さんの治療方針についてのご相談ですか?」

 

 彼はまったく人当たりのいい青年といった感じで、その心の底はうかがい知れません。

 雑踏を背景にしばらく目を合わせます。

 

「……まず、あなたの本当のお名前を聞かせてもらえますか」

 

「まだイストワールさんにはお話していませんでしたか? これは失礼。エリアス・ヘルツォークと申します」

 

 両手で差し出された名刺の肩書も、きっと信用できないのでしょう。

 

「先程、ルウィーの教祖から通報がありました。あなたが身分を詐称していることは分かっています。ネプギアさんに、いったい何をしたんですか」

 

 彼はふ……と口の端で笑うと、声のトーンを下げて。

 

「それはこちらもお聞きしたい。貴女方は、いったいネプギアさんに何をしたんですか?」

 

「質問に質問で返さないでください」

 

「彼女の望む世界の通り、ちょっとひねって次元を繋(つな)げただけです。僕が覚醒したときには全て手遅れでしたから。貴女は気づかなかったのですか? 彼女たち姉妹が、どちらかを失えばどんな風に壊れてしまうのか」

 

 ネプギアさんを、ネプテューヌさんの選択を信じていたんです。

 けれど……本当に?

 彼女はネプテューヌさん以上に問題を背負い込む性格だったのに、私ではサポートしきれなかったのかもしれません。

 

「答えられませんか?」

 

「とにかく、ネプギアさんを元に戻してください」

 

「それはできない。言ったでしょう、僕が覚醒したときには全て手遅れだったと。既に死んでいるのに生きてると偽っているに等しい状態だった。そこから彼女を救うには、生きてきたということ自体を忘れる他ない」

 

「何を言っているのですか?」

 

「一つの次元の記憶しか持てない貴女は、憶(おぼ)えていませんか。彼女の魂には、特別な呪いがかかっているんですよ。生まれ変わるたびに親しい人を殺(あや)めざるを得ない運命を与えられて、心を壊される呪いをね。……だから、生きたまま殺すことでしか、彼女を安らかに眠らせることはできない」

 

 私の保持する記憶をいくら探ってもそのようなデータは見当たらず、ただ熱量ばかりが発散していきます。

 

「待ち――」

 

「種は生え育って百倍の実を結びました。もう会うこともないでしょう」

 

 そう言い捨てると、男は霧のように姿を消しました。

 

 

 

 それから後、エリアス・ヘルツォークなる人物の足跡は途絶えました。

 

 ネプギアさんは、看護の甲斐(かい)虚(むな)しく昼も夜もない生活を送るようになり――

 終(つい)には、まったく目を覚まさなくなりました。

 次の女神が光臨するまで、ゲイムギョウ界は事実上、教祖による四頭政治です。

 

 私はあと何人の女神を看取ればいいのでしょう?

 あと何回、ネプテューヌさんとネプギアさんとそれにあの子を見殺しにすればいのですか?

 

 シェアクリスタルは何も答えず、ただ燦然(さんぜん)と輝いていました――

 

  (終)

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