ダンジョンに性交を求める眷属の物語 作:kuracjaponski
第一章 ―ある日―
「おせぇぞっ!サポーター!さっさと歩け、お前がもたもたするせいで俺たちがモンスターに襲われでもしてみろ、ただじゃおかねぇからな!」
冒険者の一団は、青い燐光の灯るダンジョンの通路を歩いている。そのしんがりにて、少女は滂沱たる汗を滴らせながら重い足取りを運び続けていた。息も切れ切れに、足をふるわせながら。
栗色の毛先からぽつりと汗が滴る。それをぐっと拭い、少女は前を見据えた。
冒険者たちの背中。屈強な体格をした男たち、ローブに身を包んだ魔導士の女たち。彼らは振り返らない。自分がどれだけ必死に付いていこうとも、彼らの口から称賛の言葉など出てはこない。それに代わって、きまっていつも罵詈雑言と中傷の嵐が耳に飛び込んでくるのだった。
「ほんと、使えない子供ね。サポーターなんとても無理よ。さっさと女郎屋にでも売り払ってしまったら?」
自分が今、どこにいるのかもわからない。ただただ湿度の高い密閉された空間を、服をびしょびしょに濡らしながら彷徨っているようだ。
『恩恵』なら、受けている。神の御業を一身に受け、生まれた時からファミリアに所属している。本来であれば、『ステイタス』によって強化された身体能力で楽々と階層を踏破し続けていたことだろう。
生まれながらの冒険者、栄誉を勝ち取る羨望の対象として、気取った二つ名も用意されていたことだろう。
こんな何階層とも知れない場所で、汗でびしょ濡れになりながら醜い弱者として存在する必要なんて、なかったはずなのに。
—そうだ。
もし、自分に才能というものがあったのなら。常人離れした体力で前を歩いていくこの冒険者たちにあるものが、自分にも備わっていたのなら。惨めな思いをせずに、笑って過ごせていたかもしれないのに。
先を行く彼らのリーダー格の男が、少女に一瞥もくれず蔑みながら言葉の刃を振り回す。
「放っておけ、お前ら。雑魚は雑魚だ。無理を言ってもしょうがねぇだろう。こいつはいざという時のための生贄として連れてきてるんだ。だからお前ら、間違ってもこいつに貴重なアイテムを運ばせるなよ!一緒にモンスターの胃の中に納まって欲しくなけりゃ、な!はははは」
長い時間重い荷物を背負い速足で歩き続けたせいか、足がまるで鉛の塊になってしまったような気がした。
最初、冒険者になれない自分をひどく責めた覚えがある。きっと自分が甘いせいだ。若く、心が弱いせいだ。それでも、諦めてしまったら二度とそのステージには立てない気がした。
そう思って、彼らについていこうと何度も必死に懇願し続けた。その甲斐もあって、今日初めてサポーターという役割を担い迷宮探索のメンバーに組み込まれた。しかし自分はその役割すらこなせず、今まさに地面にへたり込んでしまうほど疲労困憊している。道のりはまだ長いというのに…。
もう一度、顔に滴る汗を拭った。
気づけば、彼らの背中は先ほどよりも遠ざかっている。足の力が抜け、自分の身長ほどのバックパックの重さに押しつぶされそうになる。必死の思いで踏ん張り、何とか再び一歩を踏み出す。今が辛くても、耐えればきっと明日はもっと幸せになれると、折れそうになる心を奮い立たせて、もう一度前を見据える。
そうだ、どんなにつらくても、死に物狂いで生きていかなくては。少なくとも、それが両親を亡くし、小さな体一つで生きていく自分に必要なことだと思っているから。
だから…。
その時、彼女はどさっと地面に倒れこんだ。
「…?」
訳が分からず、顔を上げる。彼らの背中はみるみる遠ざかっている。
(ついて、行かなくちゃ…)
少女は土が口に入り込んで居るのにも気づかず、地面を這って行った。体はもうとっくに限界を迎えていた。すると冒険者の一団の中から、その様子に気付いた男が一人舞い戻ってきた。彼は少女の首を掴み、無理矢理体を起こした。
なんて恥ずかしいんだろう。自分も同じ『恩恵』を受けた身である筈なのに、ファミリアの先輩たちに迷惑をかけてしまうなんて。自分から必死に懇願しておきながら、勝手に倒れこんで助けられてしまうなんて。
己の無力に耐えきれず、羞恥心に顔が歪んでいくのがわかる。彼女はどうしたら良いかわからず、不器用な微笑みを浮かべた。
「舐めてんじゃねぇ、アーデ」
冒険者の男は彼女の小さなお腹を、力いっぱい殴り飛ばした。あまりの衝撃に地面を転がる。口から鉄の味がした。血だ。彼女は今、土を食べてしまったことに気づいた。
彼女は仰向けに寝転がり、遠のいていく意識の中で、少女は視界で揺れる青い燐光を見つめていた。
ぱちり、と栗色の目を見開いて、リリは目覚めた。体は汗でぐっしょり濡れている。窓の向こうでは、朝焼けの空を灰色の鳩が羽ばたいている。
あちこちが破れ、中身が飛び出している固いソファーから汚れた薄い布団を引きはがし、リリは魔石灯のスイッチを入れた。
魔石灯は橙色の光を点滅させたものの、すぐに力尽きて消えてしまった。目が覚めたばかりだったが、全く疲労が取れていない。昨晩遅くまで仕事をしていたせいで、数時間しか眠れていなかった。それでも、もう一度甘い眠りの誘惑に引き込まれてしまうわけにもいかなかった。いつもより遅く起きてしまったから、今すぐ仕事の準備をしなければいけない。
リリはふあぁーっと大きく伸びをして、眠たげな眼をこすった。
(悪夢にうなされるのも、慣れないものですね。さて、さっさとお仕事の準備をするとしますか)
寝巻を脱いで、ワードローブの前に立つ。扉を開ける必要はなかった。最初から壊れてなくなっていたからだ。彼女に与えられた部屋では、壊れていない物を探す方が難しかった。魔石灯も、ソファーも、ワードローブもそうだし、鎧戸はついておらず、窓ガラスにはちょうどドワーフの拳と同じくらいの穴が開いていた。
部屋の大きさは、もし彼女が友達を一人でも連れてきたら、きっととても窮屈に感じるに違いない程の広さだ。しかし心配をする必要はなかった。生まれてこの方、彼女に友達なんてものは出来たことがなかったからだ。
事実、そこにあるのは壊れたソファーとワードローブだけ。後は低い天井がまるで棺桶の蓋のように被さっていた。それでも彼女にとっては夜露を凌げるだけ有難かった。こんな狭くてほこりまみれの部屋で寝泊りしていても、オラリオ中の惨めな境遇の人々を集めればきっと豪華な暮らしに思えてくるに違いない。
彼女はおもむろに白いローブを取り出して、それを纏った。幸い今の時期は朝も冷え込まない。だから自分が持っているただ一つのこのローブだけでも、じゅうぶん満足できるのだ。
歩く度にほこりが舞う屋根裏から降りて、キッチンへ向かう。リリが下宿先として見つけたのは老女が経営する長期滞在用の宿屋だった。
初めてこの宿屋に来た時の事は、リリは今でも鮮明に思い出せる。
長期滞在が希望だと伝えると、老女が醜い皺だらけの顔に笑みを浮かべて彼女を豪華な一室に案内した。見事な彫刻が居並び、贅沢な額縁に飾られた見るからに高そうな絵画が飾られているその部屋に入るや否や、彼女は自分が第一級冒険者ではないということを老女に告げた。
老女は蔑むように一度唇を歪めてから、階上へと登っていく。すると今度は、程よいスペースに寝心地の良さそうなベッドが置いてある部屋に案内された。彫刻や絵画がない代わりに、品の良い燭台が置いてあった。老女が鎧戸を降ろし、部屋を暗くしてから橙色の魔石灯と蝋燭の火をつけると、オレンジ色の暖かい光が部屋中を包んだ。
その光に照らされた老女の顔には、蔑みの色が混じっていた。まるで第一級冒険者こそが彼女の宿に相応しく、少なくとも上級冒険者までしか客と認めないぞ、と無言で告げているようだった。
リリはここに住んでみたいと強く思ったが、残念ながら自分は上級冒険者でもないと告げなければいけなかった。
すると老女は舌打ちをしてから口調を一変させて、「じゃあ、お前は月にいくら払えるんだい、溝鼠ちゃん」と聞いてきた。
空いてる中で一番安い部屋を貸してほしい、そして仕事を手伝うから宿泊費を月一万ヴァリスにしてもらえないかと恐る恐る聞くと、老女は冷ややかな目つきで蔑むように言った。
「屋根裏に行きな!うちはガキだからって容赦はしないよ、それとトラブルを起こしたら承知しないよ」
醜い皺だらけの顔に、汚物を見るような激しい嫌悪が浮かんでいた。
ここでの生活は快適からは程遠かった。老女は口うるさく、掃除、洗濯、炊事など仕事は山盛りだった。加えて所属するファミリアに収める上納金も稼がなければならない。終わらない仕事に危険な迷宮探索。お腹いっぱいの御馳走など夢にも見なくなった。心地よい睡眠を取れた記憶が、もう何年もなかったからだ。
狭くうねる階段を下り、暗闇の受付間を壁伝いに手探りで歩いていく。そしてリリはドアノブを探り当てる。軋む音が広間に鳴り響く。調理場の明かりを灯し、宿泊者用の朝食の準備という、いつもの仕事に取り掛かる。
(その気になれば、いつでも止められる生活ですが…。自由になるためには、一時の不自由を受け入れなければなりません)
きりっと眦に力をこめる。口元を引き締めて、ぱちんと頬を叩いた。
(自由を勝ち取るため、私は今日も頑張って冒険者から巻き上げてやりますっ…!)
袖を捲り、冷水で手を洗ってから、リリは朝食の支度に取り掛かった。
●
「…う~む。じゃあ、ポーンをD8へ。ほれ、チェックメイトだ!」
「バカもん、最初からそんな動きは出来んのじゃ。お前さては私の説明、全く聞いていなかったな?」
【テルクシノエ・ファミリア】の
「こんな同じような駒がそれぞれどう動くかなんて、覚えてられるか。それになぁ、最初から動き方が決まっているなんておかしい。俺の兵士たちは優秀だから、いきなり敵将を討ち取ることもできて然るべし、だ」
テルクシノエがハムザにチェスの面白さを説明しようとしたところで、無駄なのは明らかだった。それでも女神は懲りずにゲームを繰り返す。
「では、お前の駒はもう全部キングで良い。それで私に勝ってみろ、たこすけ」
「よし、その勝負受けて立つ。負けたら今日はお前が飯奢れよ」
それからしばらくして。
テント内ではハムザが驚愕しながら盤上を眺めている。
「ま、まさか負けるとは…」
「なんじゃ、これだけハンデを貰いながら手も足も出せんか、ハムザ?今度ダンジョンへ潜った時、オークを連れて帰ってきてくれないか?チェスの相手としては、お前よりまだ幾分かマシじゃろう!」
女神が愉快そうに手を叩いている。不愉快そうなハムザを小馬鹿にしながら全身で煽り、そのままベッドにジャンプした。数回飛び跳ねてから、片肘をついて寝転がりわざとらしく大きくあくびをした。
「これが『読み』と『戦略』じゃ。どうだ、お前もファミリアの団長なんだからこれくらいは出来てもらわんと困るなー。ふあー」
「うるさいぞ、いつも俺が仕事して、お前は寝てるだけじゃないか。それに初心者相手に雑魚狩りをするとはまったく大人気ない奴だ。おまけに全力で煽りやがって。ゲーマーの風上にも置けん奴だ。芸術の神なんだからゲームばかりしてないで、たまには俳句でも読んでろ。まったく」
テルクシノエは魔石
「ふん、それは子供たちの仕事じゃ。それにな、チェスも立派な
「ゲームが
女神は近くにあった丸椅子に腰かけた。机にひじをつき、顎に手の平を当てながら目を輝かせて眷属に視線を浴びせる。この女神は、芸術に関する話になると途端に嬉しそうになるものだ。
「良いか、人に感動を与えられるものは、全部芸術じゃ。だから良質な棋譜は芸術にもなり得る。そういうものを何個も残すものがいるのなら、確かに芸術家と呼んでもいいじゃろう」
機械が珈琲を淹れ始めると、良い香りがテント内に漂い始めた。
「それと、お前がさっき言った言葉は確かに面白いアイディアじゃ。なんだったか、『俺の兵士は優秀だから最初から敵将を討ち取れる』だったかな」
ハムザはカップに残っていた珈琲の滓を口に流し込み、自分ももう一杯飲む準備を始めている。砂糖を沢山入れて甘くするのが、彼の流儀だった。
「まぁ、戦争になったら五分五分の勝負なんて滅多にないだろ。大抵の場合は戦争する前から決着がついてるもんだ。俺が王様だったら、自分の軍隊は徹底的に鍛えるし、強者だけで構成する。どこと戦争することになっても絶対に負けない軍勢を作り上げてから、周りの弱小国を蹂躙だ。シンプルでいいだろう」
魔石
「…では、こちらの勢力が弱く、敵側が強い場合はどうするのじゃ?それでどうしても戦争をしなければならない場合は?」
「決まってる、その時は国を捨ててどこか美女の多い楽園にでも移り住むだけだ。なんたって勝ち目がない戦をしたところで死ぬだけだからな」
女神はふむ、と言って思案を始めた。
ハムザは甘い珈琲を口に入れ、今日の予定を再確認する。
今日は午後からエイナちゃんとデートだ。珍しくセクロスの誘いではなく、装備を整えに行こうと言ってきた。きっとあれこれ口実を付けて、ただヤリたいのを隠したいだけだろう。適当に買い物したら久々にたっぷり中出ししてやるつもりだ。
そこで手持ちの資金百万ヴァリスを殆どつぎ込む予定だから、このあほ女神の欲しがっていた高級額縁は購入を見送ることになっていた。
そもそも額縁ごときに百万ヴァリスなど、馬鹿げている。それこそ適当に木材を拾ってくれば出来そうなものだ。
一度ハムザがそう言ったら、この主神は血相を変えてあれこれと非難がましく文句をつけてきた。お陰でその日の夜、主神はわざとらしく一緒に寝ているハムザの背中を蹴っ飛ばし、何度も寝返りをうって安眠を妨害してきたものだ。
翌日になって、ハムザは主神に告げた。自分が欲しいものは、自分で買ってみろと。
神なんだからちょっとは神らしいことをしてみろと。
それから女神はあれこれと金策を模索しているようで、少ない知恵を絞りに絞っている。無駄な努力だろうと思っている事は、取り合えず口にはしないでいるが。
その証拠に、つい先刻思案の旅に出かけた主神は、すぐに集中力を切らせ戻ってきたようだ。
「…はぁ。どこかに金づるが転がってないものか」
哀れな嘆息だった。ハムザにとって、金を稼ぐ事など造作もない事に思われていた。それは欲望を満たすため良い女を口説きまわっていくうちに身に付いた、不思議な特技でもあったからだ。
●
オラリオ北部にある円形状の広場の中心には、ある銅像が何とも言えない表情で立っている。錆びて緑青色に変色し、ローブを纏う彼の目はどこか悲し気に見えた。エイナはハムザを待つ間、その銅像を眺めていた。
『司祭ヴァレンティン』
銅像が立つ台座には、彼の名前が彫られていた。一部が欠けているものの、何とか読むことが出来た。彼が詠んだ詩が石碑のように刻まれていたが、残念なことに至る所に『おっぱい』と落書きがされてあった。きっと子供の悪戯に違いないとエイナは思った。
「お、俺が書いた落書き、まだ残ってるな。はははは!」
後ろから声が聞こえ、エイナは振り向いた。
「あら、ハムザ君。はやいじゃない?今日は陽が沈む前に起きれたみたいね?」
「ばか。俺は美人とのデートに遅れるほど野暮な男じゃない。いつまでもぐうたら生活を繰り返す放蕩者に好み女を用意してやったら、むしろ溺れるどころか途端に立派になるもんだ。男の前に据え膳、これ即ち食わぬは愚者だ。だから俺のそばに美女がいる限り、俺は賢者であり続けるというわけだ。当然、遅刻などしない。わかったな?」
「…う~ん?良く分からないけど…」
エイナは首をひねる。
「それならその賢者様は、私のこの服装を見てもなぁ~んにも思わないのかな?」
エイナはそう言って流し目でポーズを決めてみせ、程よい肉付きの曲線を強調した。膨らんだ胸元から白い肌が僅かに露出している。今まで何度も中出ししてきた質感の良く、大きすぎないお尻はミニスカートに隠れ、くびれた腰の細さと相まってお互いが程よく主張している。
さらりとしたブラウンヘアはつい最近丁寧ににカットされたようで、翡翠色の双眸には若干の恥じらいが見え隠れする。僅かに頬を桃色に染め、身じろぐ彼女の脚はすらりと長く、つやつやと白く若々しく輝いて見える。
「…いかんな。こりゃ、いかんぞ。エイナちゃん」
ハムザの発言に彼女は首を傾げた。
「…そんな格好してちゃ、オラリオ中の男に自分は食べごろですとアピールするようなもんだ。ここに来るまでに一体何人の紳士を勃起させたんだ?エロいにも程がある。くそ、勃ってきた。今すぐセクロスしよう!」
がっしりと彼女の肩を掴む。顔と顔が接近するが、エイナはまんざらでもないようだ。
「ふふふ。キミはいつもそればっかり。今日はちゃんと買い物をしなきゃダメなんだよ?じゃ、行こっ!」
そう言ってエイナはハムザの手を取った。エロいという言葉が誉め言葉かどうかはさて置き、彼女は悪い気分ではないという表情を作りながら笑顔で歩いていく。
「で、今日はどこへ行くんだ?」
「バベルよ。今日はキミの装備をしっかり整えるまで帰しません。いつまでも新米冒険者用の支給品のままじゃ、さすがに恥ずかしいでしょ?」
エイナに手を引かれながら、ハムザは青空を見上げた。天高く伸びた塔が、晴天に突き刺さっている。彼女の言う通り、英雄たる自分がいつまでも初心者防具を身に着けているのでは恰好がつかない。
「オラリオのどこからでも見つけることが出来るバベルには、ダンジョンの蓋という役割があるだけど…」
彼女が隣でしゃべり始めると、途端に会話から意識が離れていく気がした。赤い屋根の上に鳩が群れをなしてとまっている。飛んだ。群れは一直線に路上へと着地し、パン屑をばらまいている老年のヒューマンのもとへ鳴きながら群がった。
面白い。まるで金に群がる女の様だ。権力と強さ、そして金さえあれば落とせない女はいない。むしろ向こうから可愛い声で鳴きながらやってくるものだ。かくいう男も美女を前にすれば、貢物を持って女王に群がる蟻のようなものなのだが…。
「…つまり、それが本当にわざとだったかどうか、誰にも分らないの。ねぇ、キミはどう思うかな?」
「ん?あぁ、えーっと…。そうだな、俺にもわからん。きっとわざとだったんだろう」
話を全く聞いていなかったので適当に相槌を打ってみたが、どうやら彼女の賛同を得られたようだった。
「私もそう思う。やっぱり、あれはきっと人間が神様の住処に近づく様な真似をしちゃったから、神様たちの天罰いたずらだったと思うんだ。バベルが崩壊しちゃったのは」
迷宮探索アドバイザーであるエイナのオラリオ講義は、何も今に始まった事ではなかった。最初のうちはうんうんと聞いていたのだが、次第にその情報に特に意味はないのだと気づくようになった。
だからハムザは、エイナが講義を始めると決まって全く別の関心ごとに思考が向いてしまうのだった。そんな事も知らず一生懸命に何かを教えようとする彼女の真面目さと、自分の無関心さに気づかない鈍感さが少し可愛らしく思い、ハムザはからかってやろうという気になった。
「ところで、この前も同じことを俺に話してきたの、覚えてるか?」
エイナは少し驚いた顔をして赤くなった。
「うそ?いやだなぁ、私ったらすっかり忘れちゃってたみたい。ごめんねっ!」
「そうだ、うそだぞ。初耳だな、その話は」
間髪入れずに、エイナの拳骨が腹部に飛んできた。
【恩恵】を受けた体では、か弱い乙女の拳など蚊がとまったのも同然なので、痛くも痒くもない。
エイナはむすっとして頬を膨らませている。
「怒った顔も、可愛いなぁ」
「…もう、バカっ!」
二人はバベル内のテナントで、装備品を物色している。バベルに着くなり、ハムザは【ヘファイストス・ファミリア】の高級店にふらりと入り込んだ。
売り子をしていた女神に対して、彼は値札の桁が間違っていると言った。みすぼらしい甲冑に三千万ヴァリスの値段が付けられていたからだ。
その甲冑をどう見積もっても、せいぜい三万ヴァリスが限界だったのだが。
しかし、その甲冑はアンチ・カース処理が施された紛れもない一級品だった。
店員の女神は「品物に文句を付けるな」、「冷やかしなら帰ってくれ」と憤り、二人の背中を押して店外へ追い払った。それから二人は上の階へ登っていき、0がもう二つほど少ない値札が付けられているテナント内で物色する。
「これなんかどうだ?極東の忍装束だぞ!やはり男なら一度はニンジャになってみたいものだ…。おぉ、これもいいな。サムライ鎧だ。この兜に付いてる
「格好いいからっていう理由だけで選んじゃダメだよ?キミの戦闘スタイルと照らし合わせて選ばなきゃ。例えば短剣を主な武器として使うなら、軽装がいいとか…」
エイナの発言を受けて、ハムザは考えた。自分の獲物は、祖国から持ち出した長剣一つ。今更他の種類の武器を試すつもりにもならない。しかし防具となると、正直自分にはわからなかった。今まで一度だって考えたことはなかったからだ。
「う~ん。なんでもいい。長剣に合った装備なんていくらでもあるだろ、だからエイナちゃんが選んでくれ」
「え?いいのかな?」
エイナは少し嬉しそうに声を弾ませた。既に目星をつけているらしく、武具防具がそこかしこに点在する雑多な店内を進んでいく。このテナントも、【ヘファイストス・ファミリア】の作品だけを売っている店だった。一級品からは質が落ちるものの、主に上級冒険者が利用する上等なものばかりが置かれている。
金属のにおいがひんやりとした薄暗い室内に充満し、職人と思わしき店員が店の奥から睨みをきかせていたので、ハムザは無意味に睨み返してやった。
「じゃあ、この鎧なんかどう?とても軽くて頑丈で、剣士の動きを最大限まで引き出せるよう設計されているみたい。上質かどうかは置いておいて、一応アダマンタイト製よ?それにサイズもピッタリじゃない。ほら、試して見て」
言われるがままに試着をすると、なるほど自分の体形にぴったり合った。エイナの言う通り重さも感じない。少し古びて、不気味な雰囲気を纏っている点を除けば、理想的な防具だった。
(まさかエイナちゃん、予め下見していたな?あまりにも手際が良すぎる。まぁいいが…)
「…でも、地味じゃないか?全身灰色だし、
「もう、ダンジョンで目立ってどうするの。灰色はダンジョンでは迷彩の役割もこなすのよ?制作者はそこまで考えて、あえてこの塗装にしているんだと思うの。正直言って、アダマンタイト製品が六十万ヴァリスなんて、実際あり得ないんだけど。まぁ、とにかくとってもお買い得だと思う」
ハムザは「じゃあ、これでいいや。ダサいけど」と言って会計に向かった。エイナの助言もあって、買い物は思ったよりもすんなり終わった。しかし、無事にとはいかなかった。何故なら去り際に、店員がこう言ったのだ。
「まいどあり。一応言っておくが、裏の札は読んだよな?それはアダマンタイト製品だが、どうも呪われているようでな。持ち主はいつも半月と持たずに死んじまう。決まって鎧だけがここに戻ってくるんだ。誰かの手に運ばれてな。まぁ、たまたまだろうが、とにかく特価の理由はそれだ。もちろん分かった上で買ってるんだよな?」
顔から血の気が失われていくのがわかった。ハムザが返品しようとすると、エイナがそれを制止した。
「大丈夫、大丈夫。ダンジョンに潜っていれば誰だって危険と隣り合わせなの。防具を新調したばっかりの冒険者が、それに過信して命を落とす事なんてしょっちゅうあるんだから。ね、だから大丈夫だと思うよ」
「何を言ってやがる。そんな適当な事言って、いざという時に死ぬのは俺だぞ…」
新しい鎧に身を包んだ彼は、途端に胸が苦しくなったような気がした。呪われた防具だと。もしや脱げないとか?しかし胸当てはあっさり脱げた。小手も外れる。もう一度装備しても、特に変化はなかった。
(まぁ、いっか。装備変えたくらいでビビってちゃ、話にならんよな)
結局彼らはそのまま店を後にした。エイナは少し悪く思ったらしく、装飾品を主に販売している店で黒色の宝石に似た球体が埋め込まれている長剣を買って渡してくれた。ハムザが読んだ限りでは、その長剣の特徴は以下のようだった。
品名 〈メチナキタ〉 ※特製品
・切れ味抜群!ミノタウロスの角だって柔らかければ斬れちゃいます
・安心安全の長持ち仕様!使わなければ孫の代まで使える疲れ知らずの業物です
・ほどよい状態異常耐性!運が良ければ一度だけ呪いまで防げるかもしれない優れもの
(これを渡してくるエイナちゃんの心境がわからんが…。まぁ、頂いたものだ。一応帯剣くらいはしといてやろう…)
「ほら、呪い耐性がついているじゃない」とエイナが言っていたが、ハムザにはどうしてもそれが全く役に立たない気がしていた。
二人がバベルを出た頃、お天道様は下り坂を転がり始めていた。腹時計は昼食の時間を告げ、お腹がぐうぐうと鳴っている。二人は西のメインストリートにある喫茶店で、昼食を取ることにした。そこには細い路地に何十もの喫茶店がひしめいているから、ほどよい店を見つけるのはとても簡単だった。
店内に入ると店員の猫人が外に座るよう勧めてきた。確かに、今日は天気が良くぽかぽかだ。オラリオでは良くあることだが、天気の良い日は朝から住人たちが道路に面したテラスで談笑している。そんな彼らに倣って、二人はテラスの席に着いたわけだ。
暖かい日差しが肌に心地いい。銀色の座椅子は座ると想像以上に柔らかく、ハムザの体が沈んだ。オラリオは今日も、平和なようだった。
「それで、ハムザ君。キミのスキルについての話なんだけど…」
エイナは運ばれてきた珈琲を一口飲んで、話を続ける。
「この前、上司に報告書を提出したの。そうしたら、まだ『経験値付与効果が他人にどの程度作用するのか』っていう点の資料が集まっていない事を突つかれちゃって。かなり苛められちゃったなぁ。でも、キミの成長速度には相当興味があるみたいよ?だから今度ギルドに寄ったら、上司に会ってもらいたいんだ。直接話したいことがあるとか、なんとか」
エイナちゃんの上司が俺に何の用だろう。そもそもギルドが自分に構う理由もよく分からない。しかしまぁ、考えてもみれば街を管理するギルド側につければ、何かと便宜をはかってもらえそうだ。ハムザは珈琲を飲んだ。苦い…。エイナが使わずに残していた砂糖を奪い取り、追加してまた飲んだ。まだ苦い。
「よし、わかった。そのうち向かうと伝えておいてくれ。今まで何度も体を重ねたエイナちゃんからの願いだ、聞かないわけにはいかん、ぐふふふ…」
「それから、その…私とはしばらくおあずけにします。そうでもしないと、キミはいつまで経っても誰もスカウトしないでしょ?たまには相手に餓えて悶々とするのも、必要だと思うよ?」
「なぁっ…!?」
エイナの発言に、ハムザは口を開けて硬直した。セクロスお預けだと?今日を楽しみにしてしばらくオナニーすらしなかったというのに。
「エイナちゃん、それは、あんまりだ…」
それからと言うもの、おあずけけをくらい意気消沈したハムザは、エイナとの楽しめないひと時を夕方まで中心地で食べたり飲んだりしながら過ごしていた。
太陽が黄色から赤色へ変わっていき、街に伸びる影が長くなり始めた頃、二人は帰路についていた。どこからか、鴉が間抜けな声で鳴いているのが聞こえる。往来では、遊びに飽きた子供たちが帰路についていた。
迷宮探索から戻ってきた冒険者たちは表情をさまざまに、喜ぶもの、悲しむものと皆が別々の雰囲気を纏っている。
きっと今日も誰かがレアドロップアイテムを持ち帰り、家族に豪華な夕食を振る舞うのだろう。あるいは誰かが仲間を亡くした事を、帰りを待つ家族に伝えなければならないのだろう。
いつも通りの、オラリオの夕暮れだった。
二人が小路に入り込むと、エイナは見慣れた白髪の少年が男の冒険者と揉めているのを見つけた。
「ちょっと、ベル君じゃない!?何しているの?」
「あっ…!?エイナさん!す、すみません!ちょっとこの人があそこの女の子に怒鳴っていて、それで、その…助けようとしてっ」
少年はどもりながら早口で意味不明な事をまくし立てた。そこには女の子なんていなかったからだ。ベルは「あれっ!?い、いつの間に?」と言って辺りを見渡したが、やはり少女の影はない。
「ちっ…仲間を呼ぶとは、汚ぇなぁ、ガキ?まぁいい。尻尾は掴んだ。あとはどう料理するかだ。おいお前ぇら、邪魔だぞ!道を開けろ」
ヒューマンの冒険者はそう言って立ち去っていく。
「お友達と一緒に仲良くクスリでもやってたのか?お前は」
「げ、幻覚じゃないですよっ!?」
ベルは慌てて訂正する。エイナはそんな二人のやり取りを眺めていた。
一方は世話のし甲斐がある可愛い少年、一方は放っておいても勝手に強くなっていきそうな変態。二人の背丈は倍ほどにもあるように見えた。少年がハムザの威圧感に縮こまっていたからだ。
(ベル君の方が圧倒的に私好みなんだけど…抱かれちゃったのはこっちの方なんだよね…)
この二人は、少なからず面識があった。ハムザが覚えているかどうかは別として、【ロキ・ファミリア】が取り逃したミノタウロスに二人そろって殺されそうになったり、たまたま同じ酒場に居合わせて一方が食い逃げをして、もう一方が酒に酔って喧嘩をしていたりした。会話の流れでベルが忘れた勘定をハムザが立て替えて以来、妙な師弟関係のようなものが出来上がっていた。
「その、ハムザさん達は何をされていたんですか…?」
「ばか、男と女が二人で道を歩いていればやることは一つだ、童貞。つまり、セ…」
エイナはハムザの腕をつねり、無理矢理言葉を途切れさせた。いかに恩恵を受けた冒険者だろうと、つねれば痛い。か弱き乙女の拳骨ではダメージを与えられなくとも、つねれば多少は効果があるというのが、今日一日でエイナが新しく学んだことだった。
それに、万が一にも自分が他の男と肉体関係を持っているなんてベルに知られるわけにはいかない。彼がまだ少年だと言う事ももちろん理由の一つだし、自分が少なからず彼に好意を抱いているかもしれないという自覚があったからだ。それを恋愛感情と呼ぶことはできないが、少なくともベルはエイナのタイプだったのだ。
「…こほん。今日はバベルでセールがあったのよ、ベル君。それでお金だけはある癖に使い道を知らないこの人に、新しい鎧を見繕ってあげたの。今着てるのがそうよ」
「そ、そうだったんですか。僕、知りませんでした。格好良い鎧ですねっ、ハムザさん!僕も早くコボルトを倒せるようになったらなぁ。この前なんか、危うく二匹に囲まれて死にかけたんですよ。ははは…」
(うわぁ。こいつ、よわ…)
同時期に冒険者稼業を始めたにも関らず進歩のないベルを、ハムザはかわいそうな目つきで眺めていた。残念だが、どうすることもできない。もしも才能がないというある種の能力のようなものを授かってしまったら、このオラリオでは人権がない。あるのは奴隷のようにこき使われ、荷物持ちに成り下がり、やがては朽ち果てていく未来のみだった。
「なんというか、まぁ…。頑張れよ…」
気のない声を掛けるしかなかった。
そんなハムザの背中を、曲がり角の影から小さな目が見つめていた。
「……」
その視線はゆっくりと一行の装備を吟味し、エイナがハムザに贈った長剣に埋め込まれた宝石で止まった。
(耐呪詛の黒水晶…?加工者の腕にもよりますが、普通は数十万ヴァリスはくだらない…)
「…?」
その影は口元を緩め、すっと影に溶けるように消えていった。三人の中で、その視線に気づいたのはベルただ一人だった。
●
翌朝、ハムザは主神にステイタス更新を依頼していた。面倒くさがりの主神は何かと理由を付けて逃げようとしていたが、何とか説得し久しぶりに迷宮探索へと向かっていく。
ステイタスの写しを片手に、大通りを歩いていく。
【ハムザ・スムルト】
所属:【テルクシノエ・ファミリア】
種族:ヒューマン
職業:冒険者
到達階層:10階層
Lv.1
力:C 613 耐久:C 600 器用: E 470 敏捷: E 449 魔力:I 0
<魔法> 【】
<スキル> 【性交一途-セクロスシテーゼ-】
・性交の数だけ早熟する
・精液に魅了効果 経験値ーエクセリアー付与
・快感の丈により効果上昇
【装備】
《古びた長剣》
・際立った特徴のないどこにでもある長剣。祖国を出る時に持ち出したもの。
・使い古されて年季が入っていること以外は、目立つ点がないごく普通の装備。
《メチナキタ》
・エイナからの贈り物。長剣としての性能は下の下だが、妙に装飾に拘った一品。
・僅かだが状態異常耐性と耐呪詛効果がある。
《呪われた(?)鎧》
・作者不明。店主曰くこの鎧を装備した冒険者は半月と持たずに死んでしまっているらしい。
・アダマンタイト製。防御力が非常に高いため、下層程度のモンスターでは傷一つ付けられない。
噴水のある中央広場に着いた時には、既にこれから迷宮探索に出かける冒険者たちで広場が賑わっていた。
「お兄さん、お兄さん」
突然声を掛けられる。女性の声。これは僥倖だ。きっと良い一日になるに違いない。
振り向くと、クリーム色のローブを着た身長100㎝ほどの少女が自分を見上げている。
「初めまして、お兄さん。突然ですが、サポーターを探していませんか?」
「探してはいるが、まさかお前がそうっていう事はないよな?どこで美人サポーターのねーちゃんが待機しているんだ?」
「私がそうですよ、お兄さん」
「えっ…」ハムザはわざと驚いたふりをして言った。
「ちんちくりんのお前が美人サポーターのねーちゃん?」
少女は頬をふくらませて、ぷいっとそっぽを向く。子供扱いされるのはお嫌いらしい。
「リリはちんちくりんではありません。
そう言って少女は胸を張る。なるほど、確かに子供とは言えないかもしれない。背丈に似合わず出ているところは出ているようだ。しかし、背が低いということに変わりはない。
「…それで、俺に雇ってくれっていう事か?別に構わないが、仕事は出来るんだな、ちんちくりんの
依然として頬を少し膨らませながらも、彼女は答えた。
「もちろんです。お兄さんはソロの冒険者様ですね?お兄さんの到達階層がどれほどかにもよりますが、基本的に下層であればどこへ連れて行ってもちゃんと仕事をこなしますよ。リリはこう見えても戦闘の補助も出来ますし、各階層の道案内もバッチリです!」
ハムザは頭を横に振った。そう言うことじゃない、と言いた気に。
「そうじゃない、そうじゃない。サポーターの仕事と言えば一つしかないだろう、戦闘で疲れた冒険者の股間を癒し、ダンジョンでいつでもストレス発散できるように性欲解消のお助けをする。つまるところ、セクロスだな」
「は、はぁ…?」
リリは訳が分からないといった表情でハムザを見上げている。目の前に立つ褐色のヒューマンはエロい表情で鼻の下を伸ばしている。もしや、この男は…。リリは直感した。
「…変態さん、ですか?」
ばさばさと音を立てて、鳩の群れがどこかへ飛び去って行った。
『ガキンッ!』
鉄と鉄がぶつかった様な音が響いた。昆虫型のモンスターの切断された頭部が地面に転がった。ダンジョン内部、天井から青い光を放つ魔石水晶が辺りを薄暗く照らしている。
7階層の正規ルートから離れた道で、ハムザは群がってくるキラーアントと戯れていた。
真っ赤な外殻は見た目以上に硬く、鋭い下顎は下級冒険者の装備など一撃で貫く程の破壊力を持っているモンスターだが、ハムザにとっては既に戦い慣れた相手だった。
「はぁ…。『新米殺し』とは聞くが、こんな奴にやられてる雑魚は全く救いようがないよな」
長剣を鞘にしまい、つまらなそうにため息を吐く。7階層のモンスターたちは貧弱で、歯ごたえがない。防具を新調したことで受けるダメージも皆無、全くもってつまらないこの日の迷宮探索だった。
ダンジョンに入る前は、この呪われているかも知れない防具を纏う事に少しだけ気後れしていたが、いざ戦闘を始めると妙にしっくりくる気がしたので、ハムザは不安に思うことをすぐに止めた。
(はぁ、つまらん。この防具、強度がありすぎるせいか全くダメージを受ける気がしない。緊張感、皆無だなぁ…)
まるで自分よりも遥かに格下を相手にしているような感覚に退屈しているハムザとは異なり、リリは嬉しそうな顔をしてついてくる。
「ハムザさまは、冒険者歴はどれ位なんですか?」
魔石を素早く回収しつつ、後ろから声を掛けてくる。リリのバックパックは既に魔石でいっぱいだった。7階層で戦闘を開始してから既に数時間だが、あり得ない程の魔石が既に集まっていた。
「うーむ、二、三週間くらいだったか…。あまり細かくは覚えていない」
「嘘は良くないですよ、ハムザさま?二、三週間でそんなにお強くなられたら、他の冒険者の立つ瀬がないではありませんか」
ハムザは「まぁ、どうでもいいわ…」と言って再び剣を抜く。気づけばキラーアントの群れが通路の奥から押し寄せていた。
数十匹はいる群れをものの数分で片づけて、ハムザは吊るされていた死にかけのキラーアントを長剣で刺し殺した。
「飽きた。少し休憩にしよう」
キラーアントは瀕死の際に特殊なフェロモンをまき散らして仲間を呼び集める。その習性を利用して、死にかけの一匹を縄で吊るし、他の蟻たちを釣っていた。
二人は袋小路に陣取り、狭い通路を利用して常に囲まれないよう立ち回ることで危険を回避しつつ、最大限の効率で魔石回収を行う作戦を実行していたのだった。
「それにしても、こんな滅茶苦茶な作戦をよく考えましたね。ハムザさまは悪知恵の働くお強い冒険者さまですっ!」
「行き当たりばったりでの戦闘なんて馬鹿げてる。壁や天井から産まれてくる所さえケアしとけば、安全に効率よく狩りが出来るだろう。こんな事、思いつかない方がどうかしてると思うぞ、俺は」
ハムザの言う通り、危険なダンジョンでは常に効率よく安全に立ち回る必要がある。しかし、今回のような作戦はそれを実行する力が無ければ即、お陀仏だ。いかな腕っぷしに自信のある者であれど、大量のモンスターを相手にすればその分危険も増える。
ダンジョンでは何が起こるか分からない。
そのため、そういった異常事態を素早く察知し、状況を判断して撤退するか戦闘を継続するかは、リリに任されていた。今の所問題なく狩りは進み、かなりの魔石が集まっている。リリのバックパックは、まだ容量に余裕があるもののかなり膨れ上がってきているようだ。
「ふふふ。おっと、いけません。リリは笑いが堪えられません。これだけの魔石、換金したらきっと六万ヴァリスはくだらないでしょう。こんな額、今時下級冒険者が徒党を組んでも絶対稼げませんよ。本当に、ハムザさまはお強いです。リリは心から尊敬します」
「ところで…先ほどからため息ばかり吐いている理由を、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「あぁ。最近全くセクロスしてないからな。溜まって溜まって、仕方がない。そうだ、ここは一発オナニーでもしとくか?」
ハムザの発言を慌てて否定する。
「いけませんっ!?ハムザさま、ダンジョンで自慰行為など自殺行為にもほどがありますっ!それにリリは絶対にそんな光景を見たくありません!」
二人が契約を結ぶに至った理由は至極簡単で、リリがハムザの変態的要求を飲んだから…ではなかった。
迷宮探索後、女郎屋に勤めているリリの友人を紹介するという提案を、ハムザが受け入れたからだった。
「しかし、本当にその子は素人同然なんだな?俺は風俗店でプロにさくっと抜かれるのは嫌いなんだ。征服感がないと、セクロスしてもつまらんからな。美女を自分の力で口説き落としてハメるか、素人を自分好みに調教するのが好きなんだ。だから間違っても俺をプロばかりの店に連れて行くなよ」
「わかっていますっ。ただし、その子は人気嬢なので…高いですよ?まぁ、五万ヴァリスもあれば足りると思うのですが」
ハムザはあくびをしながら、地面に転がっていた石ころを天井の水晶めがけて投げてみた。ぱりん、と音を立てて水晶は割れた。砕けた水晶が、青白い光を纏いながらまるで雪の様にぱらぱらと落ちてきた。
「ほれ、見ろ。青い雪だ」
「もう、子供っぽい事はやめてください。緊張感が足りませんよ?」
リリは「それはそうと…」と前置きを入れてから、少し聞きづらそうにしながら質問をする。
「ハムザ様は小人族はもちろん、犬人や猫人に対して、その、執着がありますか?」
「ロリコンかケモナーかどうかってことか?まぁ、どっちでもないな。ただ、次にセクロスするなら
「よかったです」
リリはそう言って安堵の表情を作る。
「その女の子、つまり私の友達は、
「そいつはよかった」
ハムザはそう言ってもう一度石ころを水晶目掛けて投げつけた。今度は外れて天井にぶつかった。するとその場所から、びきりと亀裂が走り次々とニードルラビットが産まれ落ちてくる。
長剣を装備し、落下するモンスターを地面に落とさず空中で真っ二つにする。
『ザシュっ』と音を立て、落ちてきたニードルラビットは血しぶきをまき散らした。
「そういえば、リリはどこのファミリアに所属してるんだ?」
角を突き立てて突進するニードルラビットを長剣を振りかぶり、切断する。奇妙な悲鳴を上げ、兎は息絶えた。
「ちょ、戦闘に集中して下さい!こっちまで飛んできたらリリは死んでしまいます!?」
野球の打者さながら、次々に飛んでくる兎を長剣で切断し、はじき返していく。見る見るうちに数が減り、残ったニードルラビットは尻尾を巻いて逃げ出した。
リリは汗を垂らしながら、「ふぅ…」と息を吐く。
「もう、本当にお願いしますよ、ハムザ様。いくらお強いからって油断は禁物です。えっと…先ほどの質問に戻りますが、リリは【ソーマ・ファミリア】に所属しています」
「【ソーマ・ファミリア】?聞いたことないな」
魔石を回収しながら、リリは灰にならずに残ったニードルラビットの角を見つけた。ドロップアイテムまで、今日は豊作だ。
「【ソーマ・ファミリア】は主にお酒の作成と販売をしています。リリは生まれた時からそのファミリアに所属していますけど、ソーマ様の作るお酒は尋常じゃないほど美味で、販売されている失敗作ですら数万ヴァリスの値が付けられているんですよ?」
「店があるんだな?」
ハムザがそう聞くと、はいとリリは頷いた。
「ハムザさまは【テルクシノエ・ファミリア】の団長さんでしたね?」
「ん?まぁそうだ。しかしまぁ、ご愁傷様だな。酒好きの神に集まる眷属なんて、どうせ碌なやつがいないだろう。お前も大変だな、酔っ払いにさんざん絡まれて困っているんだろう?」
「そ、そんなことはありません。確かに、うちのファミリアには集金制度があったり、少々厳しいルールもあることにはありますが…。あ、ハムザ様。あそこの壁に埋まってるキラーアントの魔石を回収して頂けませんか?リリの身長では手が届かないのです」
急に話題を変えられ少々訝りながらも、ハムザはリリに背を向け魔石を回収しようとした。
(ん…?)
その瞬間、ハムザは違和感を覚えた。先ほどのリリの回答、声色が異なっていた。急に話題を変えてくるのも、妙に不自然だ。ハムザは魔石を回収する振りをして、長剣を目線の高さまで持ち上げて純白の刃を鏡の様に使い後ろのリリを見た。
そこには、鋭い視線でハムザの背中を見つめるリリが立っている。先ほどまでの雰囲気とは打って変わって、その様子はまさしく危険な油断ならない盗人のそれだ。様子を見ながらも緊張して近づいてくる。リリの手がするするとハムザの腰まで近づいてくる…。
(なるほど、なるほど…)
「やーめた」
ハムザは急に振り返ると、リリはびくっとして手を引っ込めたところだった。
「そ、その…どうされたんですか?」
「剣が重いから、腕が疲れてな。なぁに、あと小一時間狩りを続けて大体十万ヴァリス程集めたら、さっさと帰るぞ」
リリは少し項垂れて「はい…」と返事をする。その表情には、確かに悔しさがにじんでいた。
(まさか…悟られましたか?…まぁ、いいでしょう。この変態からは別の方法で巻き上げることも出来ます…)
それから二人は、何事もなかったかのように狩りを始めた。
「おいっ!てめぇ、あと一万ヴァリス上乗せしろ!てめぇの給料から天引きだ、ばかやろう!」
夕刻になってダンジョンから帰還し、二人はギルドの換金所で今日回収した魔石とドロップアイテムを換金していたところだった。
提示された金額は、九万ヴァリス。十万を目指していたハムザは憤り、鑑定士の目が節穴だ、引退を勧告するなどと言って騒ぎ始めた。
「おい、いったい何事だ!?」
その騒ぎの中に、ぶくっと太った中年のエルフが割り込んでくる。
「あぁ、ノイマンさん。ちょうどよかったのう…。このゴロツキが鑑定額に一万ヴァリスを上乗せしろと言ってきかん。警備員を呼んでくれませんかの?」
ノイマンと言われた男はハムザを見やり、顎をさすりながらこう言った。
「おや、貴方もしや、ハムザ・スムルトさんですかな?」
ハムザが「そうだ」と返事をすると、ノイマンは愉快そうに二重あごをゆらして笑った。
「よろしい、よろしい。冒険者は血気盛んであるべきですなぁ。うむ、彼の言う事も一理ある。お前、もう一度鑑定をやり直せ。この御仁の要求額は十万ヴァリスだ、よく覚えておけ、十万ヴァリスだぞ」
鑑定士はしぶしぶ再計算を始め、程なくして「私が間違っていたようですな、見積もりは、ぴったり十万ヴァリス」と言ってハムザに頭を下げた。
「そうだろうと思っていたぞ、ハゲ。これから俺の持ってくる魔石は全て三割増しで計算しろ。差額はお前の給料から天引きだ」
鑑定士は肩をすくめ、迷惑そうに顔をゆがめて席を立った。そんな一連の様子を、リリは少し離れたところにあるソファーに座りながら白い目で眺めていた。
(ほんと、冒険者ってサイテーです…)
「さて、さて…」
ノイマンは手を揉みながらハムザの正面に立つ。その顔に敵対的な様子はなく、むしろ友好的だった。
「少しお話のお時間を頂けますかな?チュールから貴方の事は仔細伺っておりまして、是非とも一度お話してみたいと思っていたのです」
(そういえば、エイナちゃんが上司と会って話してくれと言っていたな。それはこいつのことか…)
「おう、エイナちゃんを呼んでくれればな。俺は男と個室で二人きりになるような趣味は持っていない」
ノイマンは「了解しました、今呼んできますので暫くお待ちください」と言って離れた。その間にハムザはリリのもとへ行き、金貨の詰まった袋を渡した。
「ほれ、報酬の五万ヴァリスだ。さっさとしまえよ、こんな所で金を見せびらかしていたらろくなことにならんからな」
「…五万…?」
リリは不思議そうにハムザを眺める。今日の稼ぎは九割がハムザの仕事だ。自分は貰えて一割だろうと踏んでいたところに、五割の金額を渡されたので彼女は戸惑っていた。
「…ええと、ハムザ様。サポーターと冒険者は位が違いますので、五割は少々やりすぎかと思うのですが…」
つまらん女はいつもこうだ、とハムザは思った。こちらがあげると言っても、何かと理由を付けて受け取ろうとしないのだ。乱暴に金貨袋をリリに手渡し、ハムザは告げた。
「いいか、俺は金に困っていないんだ。その気になればいくらでも稼げる。だから普通の冒険者の尺度で俺を測るな。わかったな?」
「普通の冒険者の尺度…?」
リリは金貨袋を手に明らかに戸惑って見えた。この少女がどれだけ嘘がうまかったとしても、この戸惑いは本物だろうとハムザは思った。つまるところ、リリは貧乏で金に弱い。ナァーザのようにたっぷり金を与えておけば、いずれヤれるだろう。
「そうだ、俺はリリにサポーターとしての仕事だけを求めるわけじゃない。もし今後もパーティを組むようなことがあれば、その時は俺の性欲を解消する役も担え。別に自分でしなくても良いぞ、今日みたいに知り合いを紹介してヤらせるっていうのでも構わない。この金はその仕事に対する報酬も兼ねている」
じゃら、とリリは金貨袋をならす。
「…わかりました。では、ありがたく頂いておきます。それから、友達には夜に『司祭ヴァレンティン像』の広場で待ってもらいます。今から時計の短針が三回ほど回った時刻に、そこに来てくださいね」
「司祭ヴァレンティン…。あのおっぱい像か、よし、わかった」
するとノイマンがエイナを連れ立って戻ってきた。リリはハムザに会釈をして、ギルドを去っていった。
「それでは、それでは…」
三人は来客用の個室でも最も豪華な部屋で、会談を始めた。
「チュールから伺っておりますことが正しければ、ハムザさんには特殊なスキルがあるとか。そしてたった三週間で既に10階層まで進出している、間違いありませんかな?」
「おう、その通りだ。証拠が欲しければ神様に頼んで背中を見せてやる」
「結構、結構…」とノイマンは満足げに頷いて、話を進める。エイナは無言で成り行きを見守っていた。
「ギルドは冒険者を支援するものです。ですから当然成長著しい優秀な冒険者の方にはその秘訣を伺い、『成長モデルケース』を作成しています。その情報が他の冒険者の迷宮攻略の助けになるのは、疑いない事実なんですなぁ…」
ハムザは出来るだけノイマンの顔をみないように努めた。豚顔の中年エルフを見たところで、何の得もない。ギルドの制服を綺麗に着こなすエイナに視線を浴びせる。彼女はその舐めまわすようなエロい視線に気づいたのか、少し赤くなって俯いた。
「…まぁここだけの話、冒険者の成長を慈善的に支援…そんなものは建前でして。正直に言いますと、好戦的な他国や、ダンジョンから地上へ這いあがってくるモンスターから街を守るため、ギルドは積極的に強い冒険者を育てたいのです。それだけではありません。オラリオ内部にも悪しき組織はごまんとあります。しかしどこの派閥もギルドには基本的に非協力的でして、神様たちも積極的にギルドを助けようとは思っておりません」
ノイマンは「唯一【ガネーシャ・ファミリア】だけが例外ですが」と付け加えた。
「そこで…成長著しいハムザさんの所属する【テルクシノエ・ファミリア】には、第二の【ガネーシャ・ファミリア】のようになってもらいたいのです。つまり…より攻撃的で、オラリオに巣くう悪の深部へメスを入れられるような…そういう存在がいてくれたら、ギルドはどれだけ助かるでしょう。事実として、法的に手がだせず、静観せざるを得ない悪どい組織が我が物顔でのさばっているのです」
「それならなぜ自分たちの兵士を使わない?」ハムザは率直に尋ねた。ノイマンはうんうんとわざとらしく頷いた。
「仰る通りですが…。ギルドは中立的立場として、攻撃的戦力の保持が禁止されています。えぇ、えぇ…。悪しき習慣ですとも。しかし、あくまでも非公式的な関係を他派閥と結んだとしたら、どうなりますかな?【テルクシノエ・ファミリア】がギルドと結束が強いという事を公表せず、様々な悪に対して秘密裡に裁きを下せるとしたら—。
「言いたいことはわかった」
ノイマンの言葉を途中で切り、ハムザは来客用の菓子を一つを口に入れた。
「つまりこういうことだ、お前が私的に解決したい問題を俺が何とかする。そうすればお前はうちに何かと便宜を図る。そして、最終的に
「いやいや…参りましたな。確かにそう受け取ることもできますな、まことに不本意ではありますが。しかし、賢い冒険者様は良いですな、物分かりがとてもよろしいようで…」
(こんな豚男の小間使いをやるのは癪だが…まぁ、せいぜい利用させてもらう分には我慢してやろう)
「よし、わかった。その代りこちらの要求にも十分に応えてもらうぞ。最終的な決定はうちの神様の権利だから、詳細は後日改めさせてもらおう」
そういってハムザは会見を打ち切り、三人は部屋を後にした。ノイマンは満足気に太ったからだを揺らし、エイナは少し気まずそうに俯いていた。
「…チュール。この事は他言無用だぞ。もし一句でも漏らして見ろ、お前のここでの仕事はなくなると思え」
上司からの高圧的な言葉に、エイナは黙って頷くしかなかった。
●
闇の帳がすっかりと街を覆いつくし、いつもの愉快なオラリオの夜が今日もやってきた。ハムザは約束の『司祭ヴァレンティン像』の広場にたったいま到着し、娼婦をしているというリリの友人を探す。
「…ハムザさま、ですかニャ?」
「げっ…」
思わず小さな悲鳴にも似た声が漏れた。
その小さな
「では、今夜はたっぷりサービスしますニャ。金額は、リリちゃんから聞いていますかニャ?きっかり五万ヴァリス、前金をいまここで、ニャ。それと宿代はお客様負担でお願いしますニャ」
ヤるか、ヤらないか。それが問題だった。
どこからどう見ても子供である目の前の幼い少女を相手に、劣情を抱く変態ロリコンに成り下がるか。それとも今のまま健全な紳士として、合法的な年齢の女性だけを相手にエロい事を楽しむか。
しかし顔立ちの良い少女に、ハムザの股間は反応していた。相手は子供だが、一つの穴だと思えば問題はないかも知れない。
(くそっ…セクロスしない日々なんてもうこりごりだ!こうなりゃヤケだ。くそ、ロリコンにでもなんでもなってやる!)
ハムザは背負っていった小型のバックパックから金貨の詰まった袋を取り出し、渡した。彼が
「ひぃふぅみぃ…。確かに五万ヴァリス、ニャ!じゃあハムザさま、近くの宿屋までご案内しますニャ」
小路を幾つも曲がっていくと、どこかの城下町の様な区域に入った。
白と黒を基調にした、三角屋根の小窓の多い四階建て以上の邸宅が居並ぶ。外壁はゼブラ模様に塗装され、吊るされた魔石灯や窓枠一つをとってもセンスが良い。
そういった小洒落た民家の軒並みが、様々な面白い形を形成しながら狭い石畳の小道に文字通り隙間なく連なっている。ここがそういう場所だと知らなければ、誰もが小金持ちの住居群だと信じて疑わないだろう。
狭い小路の先にふと、大聖堂が現れた。神様が降臨してから、もう何百年も放置されているのだろうか。窓硝子は砕け散り、入り口の大扉は腐って閉まらない。彫り込まれた彫像や装飾は崩れ落ち、まさしく廃墟と化している。
その脇道を拔け、さらに小路の奥へと進んでいくと、家や道の外壁に沢山の修道士や預言者の姿が刻まれている事に気づく。
その表情があまりにも憂鬱そうだったので、ハムザはきっと善行の象徴たる教会の真横で、連日の様に行われてきた紳士たちによる不貞行為が、何百年もかけて彼ら石像の表情を少しづつ歪めていったのだろうと思った。
少女は連なる住居のうち一つにするりと入っていたので、ハムザはその後を追った。
「ここは紳士の方々ご用達の、少し特殊な宿ですニャ。ハムザ様のような素敵な趣味を持った人たちが、毎晩身分を隠しながらお楽しみ、ですニャ」
「お、おう…それはなにより、だ」
自分が既にロリコン紳士の仲間入りになってしまった事を未だに引き摺りながらも、案内された部屋に入り二人きりになった途端、ハムザは期待してしまっていた。
(ま、まぁ、細かい事は気にするな、だ。とにかく目の前の出来事を楽しむ、それだけだ)
「じゃあ、服を脱ぐ前にこれを飲んで下さい、ニャ」
そう言って少女はお茶を勧めてくる。ハムザはそれを断った。呑気にお茶をしているような場合ではない。緊張して、汗が流れる。とてもじゃないが、くつろげるような状況ではない。正直言って、うまく勃起が続くのかどうかも未知数な状況だったからだ。
(ええい、ままよっ!)
ハムザは少女を椅子に押し倒した。思いの他、少女の反応は初心だった。
淡い灰色の髪の毛が、蝋燭に照らされて輝いている。滑らかな白い肌は若さゆえかとても瑞々しく、薔薇色に染まっている。猫の尻尾をゆらゆらと振って、耳がぴょこぴょこと動いている。紛れもない美少女。それも透明感のある美少女だ。
「お前よく見ると、それなりにエロい体をしているな…」
白いローブをだぼだぼにして着ていた時には想像も付かなかったが、胸は大きく臀部もしっかりと肉が付いている。茶色の瞳が訴えかけるように、潤んでいた。
「くそっ…これがロリの魔力か!?」
「あの、お、お茶…」
少女の哀願を無視して、興奮したハムザは唇を貪ろうとする。途端に少女はハムザに張り手を食らわせて、彼は机にぶつかった。その拍子に、カップがひっくり返りお茶が零れた。
「!!?!?」
「あ、あぁ…お茶が…」
不意打ちの張り手を喰らったハムザは訳がわからずしりもちをついたまま呆けていた。
猫人の少女は罰が悪そうに謝罪する。
「あ…あの…ごめんなさいニャ。わ…ミャーは順序を大切にするんですニャ。ええっと…お茶が零れてしまったですニャ...どうしよう」
「な、なんだ?どうなってんだ!?お前のサービスは。お茶はいらん、くそ、とにかく一発出さんと死んでしまう。さっさと股を開いてご奉仕するんだ、それ、それ!」
そう言ってハムザはズボンを下ろした。不本意ながら、既にフル勃起だった。
「…~~~っ!!」
少女は顔を赤らめて、諦観の念を込めておずおずと口を開いた。
「じゃ、じゃあ…。まずは手で、ええっと…どうすればいいのかニャ…」
「む…もしかして、こういうの初めてか?」
ハムザは挙動不審の少女に問う。彼女はこくりと頷いた。
なるほど、リリから知り合いは女郎屋の人気嬢と聞いてはいたが、何の間違いか別の素人ちゃんを寄こしたのかもしれない。あるいは、こういう初心な感じが売りなのかもしれない。とにかくこれはこれで、悪くなかった。
「よし、いいか、ここをこう持って、こうしごくんだ。ゆっくりな」
ハムザに命令され、少女はおずおずとペニスに触れた。手が震えている。恐怖と好奇が入り混じった表情をしている。目鼻立ちの整った小顔は、見れば見るほど美しかった。
恐る恐るペニスを握り愛撫を続ける少女の手つきは、次第に慣れた動きになってきた。
「ぐひひ…悪くない。いいぞ、ほれ、しゃぶってみろ」
ぺたりとへたりこむ少女の顔に、いきり立ったペニスを突き付ける。
「あ、あの…ミャーはあんまりこういうことはしたくない、ですニャ…未成年にへ、変態行為は良くないですニャ」
「今更なにを言っている。もう遅いんだ、俺はロリコン信者の仲間入りだ。こうなったらとことん突き進んでやる。ほれ、さっさとしゃぶらんか。ロリと果てる地獄の旅だ」
嫌がる素振りを見せる少女の唇に鬼頭をあてがうと、彼女は自ら口を開いてペニスをくわえこんだ。
(な、なるほど…いやがる素振りも演技ってわけか。くそ、ここまできたらもう帰ることはできん…!)
少女の動きは緩慢で、とても絶頂が近いとは言えない。しかし妙な背徳感からか、ペニスは異常なまでに膨張していた。ハムザが腰を前後すると、ぎこちない動きで少女は反応する。
「くそ、いかん。全然だめだ、やっぱり突っ込まんとイケないか…」
そう言ってハムザは強引に少女をベッドに寝かし、服すら脱がさず股を開かせて無理矢理突っ込んだ。
「い、痛っ!ぬ、抜いてください…っ!」
容赦なく少女に腰を打ちつける。室内にはいつのまにか淫靡な匂いが充満していた。ハムザに余裕はなかった。長い間射精をしていない股間は張り裂けんばかりに膨張し、快感を求めてひたすらに少女の膣内を貪る。
激しい動きを、もはや止める事はできなかった。股を開いて仰向けになっている少女を見下ろすと、涙を流しながら「いやぁ…」と呟いている。すらりと立った鼻筋に、ぱちりとした大きな茶色い目が、流れるような灰色の髪の毛の隙間から覗いている。
間断なく繰り返される挿入の動きに、桃色の薄い唇は次第に嬌声を漏らし始めている。
「うぅんっ…」
小さく漏らす少女の喘ぎ声。
(あ、いかん)
パンパンと腰を打ちつけ合う音が響く。綺麗な小さな顔は熱を帯び、今や完全に雌の表情を作っていた。
(いかん…この子、かわいい…)
途端にこみあげてくる射精感。雄が雌に種付けをするように猛然と腰を振り続ける。例え相手が非合法の幼い少女であろうと、やってしまえば出るものは出るらしい。
「あっ…いく…」
射精の直前、寸でのところでハムザはペニスを抜いた。さすがに中出しはまずいと直感したからだった。
いきり立った股間は久しぶりの精子を、幼い少女の顔に大量にぶちまけた。
どくんどくんと射精は止まらず、気づけば少女の顔は白濁の精液をたっぷりと浴びて汚れている。遠のいていく射精感を噛みしめながら、妙な達成感と背徳感が混ざる余韻に浸っている。
(あぁ…ついにやってしまったよ、神様…。これでおれはロリコンの仲間入りだ…)
少女の顔に容赦なくぶっかけたハムザは、急いでズボンを履きなおし、「また明日、うちの歓楽街にあるうちの
取り残された少女は無言のまま俯いて、滴る精液を拭うことも忘れ呆然自失していたのだった。
「あぁ…」
彼女がぽつと呟く。
「痺れ薬入りのお茶でさっさとやり過ごすはずが…まさか初めてまで奪われてしまうとは…」
涙で潤む視界がぼやけていることに気づき、彼女はそれを拭った。しかし袖には大量の精液が付着して、なんとも言えない雄の臭いが広がる。
(…自業自得、ですか)
猫人の少女はゆらりと立ち上がり、汚れを落とすためにシャワールームへ向かった。
『響く十二時のお告げ』
元気のない詠唱が、シャワールームで鳴り響いた。