ダンジョンに性交を求める眷属の物語 作:kuracjaponski
「だから言ったじゃろう。あいつはお前じゃ勃たんし、今は女を買うような状態じゃないのだ。さっさと帰るのじゃ、小娘!」
【テルクシノエ・ファミリア】の本拠地には、夜になると隣人が集まってくる。その人々に混ざって、今日も件の少女が体を売り込みにやってきていた。今日は店で酒盛りを済ませてきたことや、ハムザの帰りがいつになるかわからないことを女神が告げると、隣人たちは帰っていく。しかし、その少女だけはいつまで経っても帰ろうとはしなかった。
「み、ミャーはちょっと入用があるんですニャ。ハムザさまに抱いてもらうまで、ここを離れるつもりはありませんニャ」
そこにハムザが『豊穣の女主人』から帰って来た。テントの外で押し問答をしている二人に声を掛ける。
「よう、眷属様のお帰りだぞ。それに何だお前、また来たのか」
「ハムザさま!」
猫人の少女は尻尾を左右に振り回しながら興奮した面持ちでハムザに近づいていく。服の袖を引っ張りながら、少女は懇願した。
「どうか前金五万ヴァリスでミャーを抱いて下さいニャ!あ、あの時みたいにぱぱっと一発出してもらうだけで結構ですニャ、どうかお願いしますニャ!」
「無理」
ハムザは即答した。同時に、猫人の少女もとい、リリは衝撃を受けた。テントに入っていく彼らの後に続いて、リリは無断で中に入り込んだ。
(む、無理ってどいうことですか!?この外見じゃあ、抱いて貰えないってことですか…!?)
物が散乱した部屋の中で、ハムザは椅子に腰かけ、主神は水煙草を取り出している。
リリは入口付近で立ちすくみ、考えを巡らせる。前と同じように、この外見を使えば目の前の変態ロリコンは五万ヴァリスを平気で払うと思っていたが、どうやら違うようだ。いっそのこと変身を解いて、リリとして懇願してみようか?いや、危険すぎる。
この【ファミリア】は、盗人としてのリリに気が付いている。姿を現した途端捕らえられて強姦され、捨てられるなんていう可能性も排除できない。
それに姿が変わっており、仮初の体を持っているからこそこのような売春婦紛いの行為が出来るのだ。リリとして、自分自身としてその様な行為に手を染めてしまっては、もはや自分は終わりだ。
「そんなことよりも」
テルクシノエは水煙草のために炭を焼きながら、少女に質問する。
「リリちゃんは元気か?ハムザは明日、久しぶりの迷宮探索に行く予定でな。良かったらサポーターを頼みたいのだが、お前から伝えておいてくれないか?」
罠かもしれない、とリリは思った。素性がバレているのだから、姿を見せるのは得策ではない。しかし、変身魔法を利用してハムザに仮初の体を抱かせて金貨を得るという作戦は、もううまくいく気がしない。
断った方が良いと、本能は告げていた。だが、今までと同じように冒険者たちを騙し、少ない稼ぎのために危険の大きい盗賊稼業を続けていく気にも、リリはなれなかった。騙すことに疲れたのかもしれない。あるいは、ファミリアへの月五十万ヴァリスの上納金を納めるためには、昔と同じ手法ではとても稼ぎきれないと思ったからかもしれなかった。
「わかりました…」
リリは頷いた。熟考の末という訳ではないが、ハムザはサポーターとしての自分に利益を山分けした事があったのを、思い出していた。
事実として、サポーターと分け前を山分けにする冒険者なんて、馬鹿か下心丸出しの変態かのどちらかだ。ハムザは後者だった。
『これは下の世話に対する報酬でもある』というような事を、ハムザは言っていた。
そうだ。リリは思い出してきた。
『何もお前自身がしなくてもいい。娼婦を紹介するだけでも構わん』
そう言っていたじゃないか。それなら、好みの容姿を詳しく聞き出してから変身魔法で娼婦になりすませば、きっとまたその日の利益を全て巻き上げる事も可能に違いない。
「伝えておきますニャ。リリちゃんには、この前ハムザさまと出会ったダンジョン近くの噴水広場に居るように、言っておきますニャ」
「よろしく頼む」
主神は真っ赤に燃え上がる炭を転がしながら、それを水煙草に乗せた。
ジュー、という音がしてから、テルクシノエはホースから煙を吸う。
何だかわからない果物の様な匂いがテントに充満し始めると、女神はリリに言った。
「お前も吸うか?」
リリは首を横に振り、ふとハムザを見た。彼は椅子の背もたれによりかかり、寝息を立てている。リリは視線を少しずつ落としていき、やがて腰に括り付けてあった短剣を見た。
(短剣に黒水晶…加工者の腕にもよりますが、普通は二十万ヴァリスはする高価な武器ですね…)
リリは悟られないよう、小さく笑みを漏らす。
そうだ。もし向こうがこちらを罠に嵌めようと言うのなら、こちらもやり返してやればいい。襲い掛かってくるようなら魔剣を使ってもいいし、モンスターの相手をしている際に装備を奪って逃げても良い。
冒険者なんてみんな屑だ。向こうから仕掛けてくるのであれば、躊躇いなく返り討ちにしてやろう。現に、今までそうやって生き延びてきたんだから。
リリは会釈をしてから、テントを出た。すると目の前をヒューマンの男性がまだ小さい少女を連れて暗がりへ消えていった。
ほら見ろ、冒険者なんてみんな変態ロリコンの屑ばかりだ。
リリは誰にも聞こえないほどの小さな声で、こう呟いた。
「リリは、冒険者なんて大っ嫌いです…」
「起きろ、ハムザ。起きるのじゃ」
「う…ん?」
「椅子で眠るな。寝るならベッドにしろ。それに、明日の段取りは大丈夫じゃな?」
ハムザは大きくあくびをして頷いた。
「大丈夫大丈夫。それよりも【ヘルメス・ファミリア】の件はどうすんだ?明日尋ねる時間はないと思うぞ」
「それなら心配はない。『豊穣の女主人』を出てから真っ直ぐヘルメスの所に行ってな、無事例の兜を借りてきた」
それはよかったと言い、ハムザはまた大きくあくびをした。『インポは役に立たない』とアスフィに言われた事が少し引っかかったが、重い瞼が何度も閉じようとするのでこれ以上考え事をする気にもなれなかった。
「それじゃ、俺はもう寝るぜ。明日は早いからな。おやすみさん」
「あぁ、おやすみじゃ」
●
翌日の朝、リリは本来の自分の姿で噴水広場でハムザを待っていた。鎧を鳴らして歩く大柄の冒険者の集団がバベルへと向かっていく。ローブを纏った魔導士や、サポーターと思われる軽装のバックパックを背負った人々がその集団を後から追っていった。
「まったく…偉そうな冒険者ばかりじゃないですか」
口では悪態を吐くものの、リリは緊張していた。
ハムザとの迷宮探索で、無理矢理襲い掛かられたらどうなるだろうか。
ザニスに貯金を全て奪われてしまった後、何とか手元に残った魔剣は頼みの綱だ。仮に壊れてしまうような事になれば、自分には頼れるものが何も無くなってしまう。
どうか襲い掛かってきませんようにと祈っていると、遠くから鎧を着たハムザが歩いてくるのが見えた。
(考えていても仕方ありません…こうなったら当たって砕けろです!)
「ハムザさまーっ!リリはここですよー!」
大声で彼を呼ぶと、ハムザは大股で近づいてくる。何だか、怒っているようだが…。
「お、おはようございます、ハムザさま。調子はどうですか?」
「おう、悪くない」
ハムザは上質な灰色の鎧を着こみ、左右に帯剣している。リリはどうしても彼が不機嫌そうに見えたので、おずおずと聞いてみた。
「ハムザさま、お久しぶりですね。何だか機嫌が悪そうですけど…何かあったのですか?」
「うむ。うちの馬鹿主神が、今朝水煙草の炭をひっくり返しやがった。お陰で絨毯がまっ黒焦げだ」
やれやれと言った顔でハムザは噴水の石段に腰かけた。
「…まぁ、百歩譲ってその事は許すとしよう。だが許せんのは、その絨毯が何千万ヴァリスだかわからん程高価なものだった事だ。そして俺は、あいつにそんな貯えがある事は全く知らなかった」
「そ、それは…」
リリはごくりと喉をならす。確かに、【テルクシノエ・ファミリア】にあった絨毯はとても高価そうなものだったが、異国の製品に疎いリリにはそれがそこまで高価だとは思いもよらなかった。
「お気の毒ですね…ハムザさま。…と、とにかく、朝早いうちに行きましょうか?他の冒険者がいなければ、探索も効率良くなりますから」
「おう。行くか。あのアホ主神め、帰ったらとことん追求してやる。高価な物だと気付いてたら、あいつが寝ている隙に売り払ってしまったものを」
(まったく本当です。留守を狙って忍び込んでも良かったですね…あぁ。だからテルクシノエさまは内緒にしてたんでしょうか)
取り合えずリリはハムザの不機嫌が自分に起因していないことが分かり、ほっとしながらバベルへと歩いて行った。
「今日は行けるとこまで行くぞ」
二人はハイペースで進んでおり、数刻程で9階層に辿り着いていた。道中のモンスターはまるで相手にならず、ハムザたちは危なげなく階層を突破し続けていた。
「はい、リリはお供しますっ!」
元気の良い声で返事をするリリだったが、内心では焦っていた。最短ルートで進んでいるためか、あまりモンスターと戦闘する機会がない。そのため回収できた魔石やドロップアイテムは、前回の迷宮探索時と比べて多くはない。
(これでは良い収入は期待できそうもありませんか…)
ふとハムザが足を止め、「
「しかしお前、ここ数日で結構やつれたな。しっかり飯食って寝てるのか?」
リリは返答に窮した。少し考えてから、ここは同情を引いた方が得策だろうと考え事実を語る事にした。本当の事を言う方が嘘を吐くより遥かに楽だったからだ。
「リリはいつもあまり睡眠を取りませんし、食事も取りません。なぜならお金を貯める必要があるからです」
「前のファミリアの献金ってやつか。一体どれくらい納める必要があるんだ?ただの酔っ払い集団だろう」
寝食を削るほどの価値があるのか、と言われば『ない』と答えたかっただろう。少なくとも酒に依存していない自分からすれば、【ソーマ・ファミリア】は邪悪な冒険者が取り仕切る汚れた組織だ。だが、自分には逃げる事も彼らを引きずり下ろす事も出来ない。弱者はただ強者に従うほかないからだ。
「献金は月に五十万ヴァリスです、ハムザさま」
リリの返答に、ハムザは対して驚いた素振りを見せなかった。それは裕福な冒険者が持つ一種の余裕のようなものだろうとリリは感じた。一回の迷宮探索で何千万も稼ぐ事が出来る第一級冒険者にとって五十万など、はした金だろう。
ハムザはまだ下級冒険者に違いないが、それでも月に五十万ヴァリスという金額に眉一つひそめない程の余裕がある。即ち、同じLv.1の身分でもそれほど稼ぎに違いがあるという事だった。
「飯も食わん、睡眠も取らん、馬車馬の如く働いて、結局最後は奴隷の様に死ぬ。そんな人生が楽しいか?」
「それは…」
どう答えて良いかはわからなかった。しかし、「楽しくない」と答えた所で何になるだろう。出来る事なら、自分だって普通の生活を送ってみたい。そのために今まで努力をしてきたのだ。一つ分かっている事は、その努力がすべて水泡に帰し、今また一からさらに厳しい道のりを歩いていかなければならない、という事だった。
そんな人生、楽しいはずがない。自分でも、どうしてまだ自分が生きているのか分からなかった。
「俺はな、世界中の美人とセクロスをするという偉大な夢がある」
「それは、
リリは思った。男はいつもこうだ、口を開けば汚い事ばかり。たまに綺麗な言葉を並べても、結局はそれは心から来る言葉ではなく、股間からくる言葉なのだ。
「そうだ。人生は夢をかなえるチャンスがあるからこそ、素晴らしいのだ。そう思わんか?」
「……わかりません」
言葉とは裏腹に、リリはその通りだと思っていた。まさかそんな言葉がこの変態男から飛び出してくるとは思っていなかったから、認めたくなかったのかも知れない。
それを認めてしまったら、自由になるチャンスを失い地に這いつくばって最期の時を待つ今の自分の生活が、まったく素晴らしくない最悪の人生だと、認めてしまうのと同じなのだから。
「もしハムザさまが第一級冒険者になられたら、リリはまだサポーターとしてお傍にいる事ができるでしょうか?」
話の途中で、リリは自分がなぜ自ら命を絶たずに未だに生き長らえているのか、分かった気がした。自分には、まだ希望があるのだ。微かにではあるが、目の前の変態冒険者が自分を雇ってくれる限り、そして彼が稼ぎを自分に渡してくれる限り、ザニスの無理な要望に応え続ける可能性があったからだ。
何という皮肉だろう。結局憎い冒険者によって苦しめられ、同じ下衆な冒険者によって救われるかもしれないとは。
「それは保証できないな。何しろ俺は英雄になる男だ。お前のようなちんちくりんが隣にいたら、品が落ちるかも知れないだろう?英雄の隣にいるべきは、美女と相場が決まっているのだ」
ハムザの言葉に、リリはひどく傷ついた。
自分の容姿に自信があるわけではないし、男が美人を好む事だってわかっている。それでも、『わかっている』という事が『傷つかない』事に繋がる訳ではない。それと同時に、今まで微かに照らされていた自分の未来が、今や再び真っ暗になってしまった事に、絶望してしまっていた。
ハムザは立ち上がり、二人は再びダンジョンを進み始める。
口笛を吹きながら上機嫌なハムザとは対照的に、リリは余り気の進まない足取りで9階層を進んで行く。時折群れになって現れてくるモンスターを全て一撃で葬りながら、二人はやがて次層へ続く階段に辿り着いた。
「…念のためお聞きしたいのですが、ハムザさまの最高到達階層は何階層ですか?」
「あー…確か10階層だ。問題あるか?」
リリはぶんぶんと頭を左右に振る。
「いいえ!ハムザさまはこんなにお強いんですから、既に10階層に辿り着いていても不思議ではありません」
「でも…」
リリは念のために付け加える。
「10階層からはオークなどの大型モンスターが出現します。下層の階層突破で調子に乗った下級冒険者が、よくここで命を落とすんです。気を付けましょうね、ハムザさま」
「おう、わかってる。だがそんな事はどうでもいいんだ。とにかく、行くぞ」
「…?」
10階層への階段を下るさなか、リリはバックパックから魔剣を取り出し、懐にしまった。
出口に大型モンスターがたむろしていた時の万が一の備えのためでもあったが、そんな事よりも先ほどのハムザの発言に大きな違和感を感じたからだった。
(そんな事はどうでもいい…?いったいそれはどういう事でしょうか…)
リリの不安をよそに、階段はすぐに途切れ二人は10階層に足を踏み入れた。
目前には霧が広がっている。天井の水晶が光を放っているのだろうか。階層に充満した霧は光を受けて、朝霧のように輝いている。もしここにモンスターなどが跋扈していなければ、きっとその美しさを堪能するために世界中から人々が観光しにくるに違いない。
「…待ちに待った瞬間だ」
ハムザはリリに背中を向け、10階層の入り口に立ち止まったまま言った。
「あのホモ野郎に殺されかけたこの場所で、今度は俺がお仕置きをする番だ」
「…?」
「リリ。俺はお前に紹介された少女とセクロスすることによって、心に深い傷を負った」
(ど、どんな暴論ですか!?心に傷を負ったのは、無理矢理犯された私の方です!?)
ハムザは振り返り、リリに向かって短剣を構える。
「ロリコンの烙印を押されたんだ!お前にこの苦しみが分かるか!?道行く人々に後ろ指を差される…そんな気分がする生活を、お前は体験したことがあるか!?」
(メンタル弱すぎです!?私なんて毎日冒険者に後ろ指差されて生活しています!!?)
「…取り返しがつかん事をしてしまった。だがお前には当然の報いを受けてもらう」
ハムザは短剣を構え、リリに接近する。リリは舌打ちをした。
(結局こうなってしまいますか…本当に冒険者ってやつは…最低です)
ハムザが飛び掛かる直前、リリは懐にしまっていた魔剣を振りかざした。
「———死んでくださいっ!」
切っ先から豪炎が飛び出し、ハムザを吹き飛ばした。
「ぐおおおお!?」
その衝撃でハムザは短剣を取り落とす。地面に倒れ込んだ彼を見て、リリは落とした短剣を拾い上げて一目散に駆けだした。
「ハムザさまはっ…今まで会った冒険者の中で一番最低ですっ!大っ嫌いです!!モンスターの餌食になってしまえばいいんです!」
走り抜ける彼女はそう叫んで、9階層へと戻っていった。
その数秒後。
ハムザを包む炎はみるみるうちに小さくなり、やがて消えた。
「…ふぅ、さすがに死ぬかと思ったが…やっぱりこの鎧は鬼耐久だな」
ぱんぱんと体を叩いて土を落とす。魔剣に吹き飛ばされたとはいえ、鎧はそのダメージをほとんど吸収した。背負っていたバックパックを取り出し、兜を被る。
「いよいよだ。賽は投げられた。後はあいつの筋書き通りに進むかどうか、終局まで見届けようじゃないか」
●
【ソーマ・ファミリア】では異変が起きていた。雑務をこなしていたザニスのもとに、『倉庫が何者かによって襲撃されている』という不愉快な知らせが届いてから、本拠地にいる団員は騒がしく罵り合っている。
「ダンジョンに潜ってない奴を片っ端から集めろ!!糞が、倉庫の見張りは酒盛りでもしてやがったのか!?それに例の用心棒はどうした!」
ザニスの怒号に、広間に飛び込んできた女性が息を切らせながら答える。
「ザニス様、知らせです!倉庫の警備兵たちは例の用心棒と一緒に【ガネーシャ・ファミリア】と思われる部隊と戦闘中です!!加勢が要ります、ザニス様、出来るだけ早く派兵をお願いします!」
ひどく汚い言葉でその女性を罵った後、ザニスは大きく舌打ちしてから副団長のチャンドラに指令を出す。
「チャンドラ、お前が行け」
しかしその団長の命令を、チャンドラはあっさり断った。
「行くならお前が行け、ザニス。こんな傷だ、俺が出てまともな戦力になると思うか?」
彼が自分で指し示す顔の半分は、紫色の痣で覆われていた。チャンドラの瞳は、『お前が作らせた痣だ、自分でその始末を付けろ』とザニスに無言で問いかけていた。
「ちっ…。
その言葉に焚きつけられた団員は熱気を帯び、装備をがちゃがちゃと鳴らしながら大急ぎで飛び出していった。ザニスが少し後から動き始め、チャンドラに相対する。
「お前はここで
去っていくザニスの背中を、チャンドラは「ふん…」と鼻を鳴らし一瞥してから、
その時、背後から喉元に刃が付きつけられる。
「!?」
「動くな。両手を上げ、膝を付け」
チャンドラは背後の殺気に冷や汗を流す。言われた通りにすると、恐ろしい力で平伏され、あっという間に両手を背中に縛り上げられた。
「誰だか知らんが、歯向かう意思はないぞ」
這いつくばりながらも、何とかその襲撃者の姿を見ようと顔を上げると—。
「…さっきの女?…いや、お前…誰だ?」
「まったく、リューの言う通りね。『酒に夢中で仲間がどんな顔をしているかも分からない。変装しなくとも素性はバレないだろう』って言ってたわよ、貴方達の用心棒さんは」
その女はどさっとソファーに腰かけ、転がっていた
「はぁー最っ高!たまにはお店の仕事を休んで羽を伸ばすのも悪くないわね。リューに感謝しなくっちゃ」
チャンドラは状況が呑み込めず、暫く地面でもがいていたが、やがて諦めた。
「…俺の酒を。そんなことよりお前、名前を教えろ。何のためにここを襲撃した?」
「あたしはルノアって言うの。ここにお邪魔したのは、頼まれたからよ。じゃ、しばらく眠っててね~」
その言葉の後、首に衝撃が走りチャンドラの意識は暗闇の中に引き摺りこまれていった。
●
「糞がっ…嵌められたか」
ザニス率いる一団が倉庫に辿り着くと、そこに戦闘の跡は全く見られなかった。不自然な状況に疑問を抱きながらも階上へ上がっていくと、扉が開け放たれた部屋の中に殆どの団員たちが縛り上げられ意識を失っている。
「お前、何者だ?ここで何をしている」
ザニスが言葉を掛けたのは、そこで木刀を構えて鋭い眼を光らせているエルフの美女だった。
「答える義務はないな」
彼女はそれだけ言って、光のような速さでザニスの背後にいた団員達を木刀で薙ぎ倒していった。
百人以上いたファミリアの構成員は、予期せぬ襲撃にまともに対応できず、圧倒的な力を前にそのほとんどの者が血祭りにあっていた。
「…強いな。あの仮面の用心棒が、お前か」
ザニスは、余計な事をする気にはなれなかった。彼女と対峙した時から力の差をはっきりと認識していたからでもあるし、頭の中で打開策を巡らせていたからだった。
「お前が助かる道はひとつ。それは今までのお前の行い次第だ」
自分の思考をまるで読んでいたかのように言い放った後、そのエルフの女性はザニスに木刀を向ける。
「問おう。お前は
「……」
凄まじい剣幕に、ザニスが一言も発せずにいると、彼女は言った。
「私には嘘も沈黙も通じない。お前の顔が、『はい』と答えている」
彼女は腰に差していたもう一つの鞘から、真剣を装備した。そして刃を向けられたザニスは、成す術なく目を瞑るほかなかった。
「…待て、リュー。それはお前の仕事ではないぞ」
柱の陰から女神が現れる。
「テルクシノエ様…」
リューは女神の姿を見て、その剣を下ろした。
「役者が揃うまで、もう暫くだけ待つのじゃ」
リューは頷いた。そしてザニスは誰にも聞こえないように、ぼそっと呟いた。
「何がどうなってやがる…」