※この作品はR-18です。

ダンジョンに性交を求める眷属の物語   作:kuracjaponski

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三巻相当分
第一章 -黄昏の館へ-


 リリは軽快なステップを踏みながら西のメイン・ストリートを歩いていた。

 

 入団初日にハムザに言い付けられたのは、《神酒》の確保だった。だからリリはかつての【ソーマ・ファミリア】の店舗である『リーテイル』へ出向き、団長を務めるチャンドラに挨拶がてら《神酒》を頂戴してきたのだ。

 

 向かう先は、『豊穣の女主人』という酒場だ。

 

 空腹ですっかり凹んでしまったお腹の辺りをさすってから、リリは崩れかかった外壁にひらりと飛び乗り、夕日が作る民家の影の中に着地した。すると居並ぶ古民家から、夕食をねだる子供の声が聞こえてきた。

 

 ふと足を止め、思いを馳せる。

 

 自分にもそんな時期があったものだ、と。そうは言っても、自分はまだ十五歳。子供といわれればそれまでだが、それでも自分にだって幼い時があった。

 

 誇らしい記憶ではなかった。むしろ思い出したくもないとさえ感じていた。

 

 でも、いつか背が大きくなり、いつかもう子供とは呼ばれなってしまったら…。

 

 きっと、幼い時の思い出を振り返って懐かしむのだろう。そして現在の幸せを噛み締めるのだ。

 

 「あの時があるお陰で、今の幸せがあると思えるようになれたらいいですね…」

 

 首をぶんぶんと左右に振り、感傷に浸りがちな夕暮れから逃げるように、リリは太陽の沈む方角からぐんぐんと離れていった。

 

 久しぶりの外食だ。それも、所持金を気にすることもない程の贅沢が出来る。そんなことは、自分の人生で一度だってなかった。そう思うと笑みが止まらない。

 

 しかし思考が進んでいくに連れ、軽快なステップはやがて重い足取りへと変わっていった。バックパックが急に重く感じられたのだ。夕暮れがもたらした先ほどまでの感傷的な気分が、とある発言を思い出したことにより劇的な変化を遂げ、陰鬱な感情が湧き上がって来た。

 

 『俺はロキ・ファミリアを乗っ取るぞ』

 

 昨晩、ハムザはそう言っていた。

 

 そして今日、夕食を済ませたらいよいよ最強の派閥【ロキ・ファミリア】を訪ねる事になる。ただ冷やかしに行くだけでも恐ろしいのに、彼が提案したのは団員を押し倒すという無謀な計画だった。

 

 無事で済む筈がない。リリは試しに何度か想像してみた。【ロキ・ファミリア】の団長はリリと同じ小人族の、フィン・ディムナ。なるほど種族なら同じかも知れない。だからリリは頭の中でシミュレーションをしてみたが、どうやってもLv.6という壁を越えられずにけちょんけちょんにやられてしまっていた。

 

 リリは明日も自分の命がありますように本気で祈りながら『豊穣の女主人』の入口を潜った。

 

 ハムザとテルクシノエは食卓を挟んで座っている。リリは迷わずハムザの隣へ着席した。するとどこからか鋭い視線が飛んできた気がして、背筋がぞくっと震えた。

 

 「…ご注文は」

 

 リリはびっくりして店員の顔を見つめた。見覚えのある美人なエルフだ。この恐ろしい無表情、冷酷な眼差し…あの時の剣士だ。 

 

 (スパイでしょうか?)

 

 【ソーマ・ファミリア】の全員でかかってもまるで歯が立たない程の実力を持つ謎の剣士が、こんな所でウェイトレスに扮している。どう考えたっておかしい。

 

 「…詮索は無用じゃ、リリ」

 

 主神に釘を刺され、メニューに視線を落とす。

 

 『ポルチーニソースとスタッグステーキ 3600ヴァリス』

 

 『ふるさとのご馳走盛り合わせ 2800ヴァリス』

 

 (ぜ、全然何が書いてあるんだかわかりません…それに、高いです)

 

 ぱらぱらとページをめくり、手ごろな価格帯の料理を発見する。

 

 「え、えーと…。本日のスープは何ですか?」

 

 リリはおずおずとウェイトレスに質問した。すると彼女は愛想の欠片もない口調でぶっきらぼうに答えた。

 

 「子牛のスープ」

 

 「で、ではそれを。あと、パンを下さい」

 

 メモを取った彼女は無言で背を向けて、厨房へと消えていった。リリは安堵のため息を吐き、主神とハムザに言った。

 

 「…嫌われているのでしょうか」

 

 「彼女の場合、むっつりしている内は安全じゃ。ところでなぜもっと注文しない?今日はお祝いの贅沢三昧、遠慮は無用だぞ」

 

 それは条件反射とも言えたし、習慣とも言えた。リリのような人間は贅沢に慣れていないどころか、節制の達人だ。生来お金を貯める事だけに熱中してきたようなものだから、贅沢という言葉は知っていても実際にするとなると、実は難しかったのだ。

 

 「ただ食いたいもん、注文すればいいだけなのになぁ。それより、神酒は手に入れたか?」

 

 地面に置いた大型のバックパックを一瞥して、リリは簡単にチャンドラと結んだ契約内容を説明した。

 

 まずチャンドラを説得するために、彼に神酒を分配する約束をした。

 

 そして【リーテイル】の売り上げは折半とし、酒造りにかかる費用は向こうが負担をすることにした。もともと冒険者から需要の多い大型の『なんでも屋』だ。月当たりの売り上げは上級冒険者の稼ぎにも匹敵するだろうから、こちらに入る利益が半分になったところで痛くはない。

 

 「よくやったぞ、リリ」

 

 ハムザが褒めた。嬉しさのあまり、笑顔がこぼれる。グラスを傾けるハムザは言う。

 

 「面倒事は押し付けるのが一番だ。ソーマファミリアだかなんだか知らんが、連中は連中でやりたいようにやらせておけばいい。やつらの活動で出た上澄みの利益を頂くだけで充分だ」

 

 「そうじゃな。無理を通して反発をされるような事になれば、目も当てられん。飼いならす者にはそれなりに甘い汁を吸わせてやれば、忠誠心も強まるというわけじゃ」

 

 リリとしては、単純に優しさからチャンドラを助けようと思って提案したこの契約だ。やろうと思えば、一銭も与えない契約を結ぶことだって出来ただろう。だがそれだけはしたくなかった。リリの中にある商売人魂よりも、善意が勝った。ただそれだけのことだ。

 

 しかし二人の解釈は別次元だった。ハムザは怠惰から、そしてテルクシノエは打算からリリの行動が正しかったと褒めた。だが、理由は違えど、褒められて悪い気はしない。

 

 「そうでしたか?リリは少し不安でしたが、お気に召されたようで何よりです」

 

 「それよりも、俺はどでかい目標をぶち上げた」

 

 ハムザがそう言って不敵な笑みをこぼすのを見て、リリは悪寒がした。そして彼は言った。

 

 「今宵の標的は、剣姫アイズ・ヴァレンなんとかちゃんだ」

 

 リリの直感は見事に的中した。これから神酒を持って向かう【ロキ・ファミリア】の本拠で、あろうことかあの『剣姫』にちょっかいを出すと言う。確かに口実はある。以前にテルクシノエがロキと話を取り決めたと聞いたことがあった。

 

 【ソーマ・ファミリア】の情報提供をする代わりに、見返りとして神酒を受け取るという内容だ。リリの元所属派閥が事実上消滅し、解散させられた今となっては訪問には格好の機会ではある。

 

 それでも、目的が目的だった。『剣姫』に手を出せば、生きて帰ってこれる筈がない。仲間もろとも剣の錆びというのが関の山だろう。リリは嬉しそうにもくもくと食事を口に運ぶ女神に視線を送り、ダメ元で声を掛けた。どうか彼を止めてくれ、と訴える目で。

 

 「えっと、その…。テルクシノエ様」

 

 「まぁ、やらせておけばいい」

 

 だが、女神は放任主義だった。ハムザは靴底の様に分厚い肉を頬張りながら、もごもごと言った。

 

 「このダメ主神が成果を上げたんだから、ここは団長様も気張って結果を出さなければいかん。そうだろう?だから俺はやるぞ」

 

 「絶対、うまくいくわけありませんよ…」

 

 リリは本気で心配になった。この男について行っても大丈夫だろうかと。だが乗りかかった船だ、もう降りる事は出来ない。しかし、そう思い込んで不安とおさらば出来るほど、呑気な性格でもない。

 

 それから数刻の間、リリは不安な気持ちで彼らが夕食を食べ終わるのを待っていた。

 

 

 

 「お会計、神酒一本で済んでしまいましたか。もともと高い物なのは承知ですが、お金を払わなくても何とかなるものですね」

 

 三人は食事を終え、店の外に面したメイン・ストリートに立っている。

 

 実は直近のごたごたで、彼らにはまとまった現金がなかった。言うなれば、今日は無銭飲食だ。

 

 ひと悶着あるだろうと思われた会計時、ハムザはリューを呼び出して「何者かに店内で金貨袋を盗まれた」と告げた。彼としてはこっそりと話したつもりだったが、耳ざといドワーフの女将がすぐにどすどすと音を立てて三人のもとにやって来て、何事かと野太い声で彼らを脅した。

 

 主神が不機嫌な女将に、「神酒をやるから会計をタダにしろ」と言った時、リリはそのドワーフが怒りで爆発するのかと思った。しかし彼女は感嘆の声を漏らしてから大きく頷いた。

 

 「なんだい、神酒ソーマじゃないか!最近めっきり出回らなくなって、困っていたんだよ。ありがたくもらっとくよ、大食いの神様。坊主も、しっかり稼いでまた来るんだよ!」

 

 リリは面食らっていた。

 

 不思議な事に、ハムザを取り巻く人々はみな彼に、そして主神であるテルクシノエには好意的だった。こんなにやりたい放題をして我儘な人たちなのにどうして好かれているのか、とても理解できなかった。だが、それは英雄だけが持つ資質なのかも知れない。

 

 (英雄は色を好むって言いますし、何より実力がありますからね…)

 

 きっとそういうことなのだろうと思い、リリは先を歩く二人について行った。目指すは【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)、黄昏の館だ。

 

 

 レフィーヤは窓辺によりそって、夜空に浮かぶお月様を眺めていた。

 

 ダンジョン24階層で、死んだと思われていたオリヴァス・アクトとの遭遇。そしてレヴィスと呼ばれる怪人(クリーチャー)闇派閥(イヴィルス)の残党、さらには宝玉の胎児。【ロキ・ファミリア】は今までもそうだったように、常に生死を賭けた『冒険』の空気に包まれている。

 

 新種の出現によってやむなく撤退を強いられた前回の遠征の失敗を成功に変えるため、そしてさらなる栄光を求めて、団員たちは一週間後に行われる遠征を前に英気を養っている。深層への侵攻、再チャレンジである。

 

 そんな意気軒昂な偉人達の後ろで、常にレフィーヤは自らの非力に恥じていた。Lv.3というオラリオで稀に見る領域に若くして到達した自分でも、ここ【ロキ・ファミリア】に於いては足手まといですらある。

 

 ―強くなりたい

 

 何度、そう願った事だろう。それでも願い一つでステイタスが上がる程、甘い世界ではない。必要なのは絶え間ない努力と、愚直なまでに行われる詠唱の反復練習。

 

 レフィーヤが克己を信条に、寝食を削ってただひたすら訓練に没頭すること数年。

 

 憧憬の剣士(アイズ)の背中には、届く気配すらない。

 

 「せめて、並行詠唱くらいは出来るようにならないとなぁ…」

 

 数年前の自分なら、黄色く光るお月様に『強くなりたいです』と涙を流していたかもしれない。だが、もう自分はそこまで幼くはない。強さとは、努力によってのみ獲得できるものだと知っている。祈っている暇があるのなら、他にやるべきことがあるはずだ。

 

 身を起こし、椅子に真っ直ぐ座りなおしてから、レフィーヤは魔法の書にかじりついた。

 

 それから数刻。

 

 普段であれば、レフィーヤは魔法の勉強に没頭していたことだろう。だが今日に限っては、邪魔が入った。先ほどから階下で響く下品な笑い声に、集中を妨げられていたからだ。

 

 「…もう、ロキったら。またお酒を飲み始めたのかなぁ」

 

 気になった彼女は本を閉じ、宴の様子を見に階下へと降りて行こうとした時、二階の端にある備品倉庫の中で、聞きなれた美しい声が聞こえてきた。

 

 逃さない。Lv.3の聴覚は伊達じゃない。あれは、あの声は、間違いなくあの剣士のものだ。しかし、一人ではない。…男だ。男の声が聞こえるっ…!

 

 レフィーヤは駆けだした。そして倉庫の扉の前にへばりつき、中の会話を盗み聞きする。

 

 その声は紛れもなくアイズ・ヴァレンシュタインのものだった。男の声に聞き覚えはない。ファミリアの団員だろうか?

 

 「それで、俺が砂漠を越してすぐあと、オアシスにかつてない程の砂嵐がやってきたわけだ。噂じゃあ、皆死んじまったらしい。残念だったな、もし俺が残っていたら、砂嵐なんぞ一振りのスイングで追い返してやったことだろう」

 

 「……そうだね」

 

 (一体何の話よ、この男!アイズさんに慣れ慣れしく話しかけるなんて、許せないっ!それに倉庫で二人きりなんて、怪しい。怪しすぎる) 

 

 「アイズちゃんもそう思うだろ?俺の武勇伝はまだまだあるぞ。だが生憎、時間がない」

 

 「…うん。そうだね」

 

 (ぐぅっ…この雰囲気、何かすごく不味い雰囲気なようなっ…!?)

 

 「綺麗な顔をしているな」

 

 数秒の後、アイズの「んっ…」という声が漏れた。

 

 (なに!?なになに!?なにをしてるの?アイズさん!ま、ままま、まさか、キス…?)

 

 さらにアイズは「ふあっ…」と声を漏らし、二人の荒い息遣いが聞こえてくる。

 

 「率直に言おう。アイズちゃん、俺は今苦しんでいる。とってもとっても苦しい事態に陥っている。助けてくれるか?」

 

 「…うん、私にできることなら」

 

 (なによ、この変態っ!?私のアイズさんに私の許可なく助けを求めるっていうの?うぅ…扉を蹴破って、今すぐにでも魔法で消し炭にしてしまいたい)

 

 「俺のおちんぽが膨張して爆発しそうなんだ。白い膿を出さなければ死んでしまうかも知れん。だからアイズちゃんと中出しセクロスしないといかんのだ」

 

 「…いいよ」

 

 (アイズさん!嘘って言って下さい!嘘ですよね!?今からその男の首を跳ねるつもりなんですよね!?ねぇ、そうって言って下さい、アイズさん!)

 

 「意味わかって言ってるのか?セクロスってのは、おちんぽをおまんこに突っ込んでパコパコする行為の事だ。そして気持ちよくなったら俺の子種をアイズちゃんの中に直接ぶちまけるのが、中出しセクロスだ」

 

 「うん。知ってる…。ハムザがしたいなら、いいよ」

 

 (う、うそ………)

 

 扉にへばりついて盗み聞きをするレフィーヤは、アイズの返答に力なく崩れ落ちた。

 

 愛しの少女に、まさかの想い人がいたなんて。伴侶となるべき人物が、既に見つかっていたなんて。聞いてない。悔しい。ハムザとかいうこの男を、今すぐ葬り去ってしまいたい。

 

 しかし、きっとそんな事をしたらアイズが不幸になる。一生口を聞いて貰えないだろう。今自分が出来る事は、こうして聞き耳を立てて盗み聞きをする事くらいだ。

 

 (しかし、あのアイズさんが今、セックス…?こ、これは絶対に逃してはいけない瞬間です…せめて音だけでも…!)

 

 憧憬の少女に対し、レフィーヤは前向きになった。

 

 ここは祝福しつつも、しっかりと耳に残しておかなければ。愛する少女の痴態の一部を。

 

 「ぐひひ…。どうだ、アイズちゃん。感想は?」

 

 「…えっと。大きい、です…?」

 

 (ふふ、ふふふ…さぁアイズさん。次はどうするんですか…しごくんですか、それとも、堪らずその可愛いお口で頬張っちゃうんですか…?)

 

 「……ほれ、やると決まったんだからさっさと脱がないか。裸にならんと始まらんのだ、セクロスは」

 

 「…うん。ちょっと待って…」

 

 (ふふ、不慣れなアイズさん、かわいい…。ふふふ…)

 

 カチャカチャと防具を脱ぐ音が聞こえる。暫くして、男の下品な声が漏れた。アイズは裸なのだ、今。そう思うと、レフィーヤは劣情を掻き立てられ、自分の中で熱いものを感じた。

 

 「ぐ、ぐひひ…。ほれ、ヤる前にエロい声でおねだりしてみるんだ。チンポだいすき~、ってな具合でな」

 

 「………?」

 

(き、聞きたいっ…アイズさんのおねだり、聞きたい…っ!)

 

 それでもアイズは何も喋らない。いや、喋れないと言うべきか。恐らく彼女には、おねだりが出来るほど性に関する知識がないのだろう。

 

 沈黙し続けるアイズに業を煮やし、男は急かし始める。

 

 「う、くそ。何でもいいから、エロい台詞で興奮させてみろ。ほら、お股を開いてこっちに見せてみろ」

 

 「…好きにして、いいよ」

 

 「そうじゃなくてな…。こう、積極的なセクロスがしたいんだ。寝っ転がっているだけじゃ、つまらん」

 

 「…そう?私のことは、いいよ…」

 

 レフィーヤには、アイズの困惑が感じ取れた。それ以上に、男の困惑も。物置の中に沈黙が流れていく。そしてハムザと呼ばれた男が口を開いた。

 

 「…もしかして、アイズちゃん。マグロ…?」

 

  レフィーヤは衝撃を受けた。

  

 「……お腹、空いてるの?」

 

 しかし今度は、その男の衝撃の方が、遥かに大きかった。

 

 「へっ…!?い、いや…」

 

 「……?」

 

 男は衝撃を隠し切れない口調で、ぽつりとつぶやいた。

 

 「…天然?」

 

 アイズは首を傾げていることだろう。レフィーヤは、内部の状況が手に取るように感じ取れた。男は困惑している。そしてその原因は、アイズの天然ボケだ。

 

 「…天然のマグロが食べたいの?」

 

 「はぁっ…!??」

 

 「じゃあ、捕りに行こうか。今から…。その、それも小さくなっちゃったから…」

 

 「いや…そ、それはさすがに…」

 

 レフィーヤは心の中で勝鬨を上げた。終わりだ。この二人の関係は、ここまで。性交渉が出来ないとなれば、男は遅かれ早かれアイズを見限るだろう。男とは、そういうものなはずだ。そして傷心のアイズに自分が優しく語り掛け、おこぼれを頂戴する。

 

 アイズの天然を理解してやれるのは自分だけだ。ぽっと出の男に、アイズを渡してなるものか。

 

 ざまぁみろ、とレフィーヤはガッツポーズをしてから、備品倉庫から出てくる二人と出くわさないよう、急ぎ足でその場を離れた。

 

 (ふふ…残念でしたね、ハムザ。誰だか知らないけど、私のアイズさんに手を出すなんて百年早いです。ふふ…)

 

 数段飛ばしで勢いよく階段を下りると、応接間では見知らぬ女神とその眷属と思しき小人族の少女が、愉快そうにロキと酒を飲んでいた。

 

 「おー!なんや、レフィーヤ、珍しいやん!お勉強はもうええんか?ほな、一緒に飲も!ほらほらー!」

 

 見知らぬ女神と目が合った。白銀色の髪の毛がさらさらと揺れている。まさしく、神の美貌だ。だが女神が持つ雰囲気は柔和で、それでいて気さくだった。

 

 「ほれ、エルフの少女ちゃん。お前も飲め。神酒だぞ?極上の味じゃ」

 

 「え、えっと、私はその、エルフなので。お酒は飲まないんです。それよりご挨拶が遅れました。私、レフィーヤ・ウィリディスと申します。えっと、そちらは…」

 

 「なんやー!!レフィーヤたん、律儀~!こんなぐうたらアホ女神に挨拶なんかせんでええのに!生真面目なエルフ、萌えやわ~ほんま!」

 

 女神は「うるさいなぁ」と言ってロキを小突いた。小人族の少女はちょこんと座り、二人に酌をしながら成り行きを見守っているようだ。

 

 「私はテルクシノエじゃ。テルクシノエ・ファミリアをよろしく」

 

 差し出された手を握り、握手をした。

 

 暫くの間女神との歓談を聞いていると、見たことのない男性のヒューマンとアイズがやって来る。レフィーヤがこの男が先ほどの変態だと直感した。

 

 「なんじゃ、もう終わったのか?というより、始まらなかったのか。そりゃ、お前自身に課された呪いを忘れてはいかん」

 

 「…うむ。まぁ、また別の機会に、だな…」

 

 「なんやぁ、元気ないなぁボクぅ!ま、酒でも飲んで嫌な事は忘れよーや!」

 

 (この男が…私のアイズさんを。ふんっ、何の取り柄もなさそうな、軟弱者ね)

 

 次から次へと、女神たちの口からしょうもない言葉が飛び交う中、子は子どうしで話をしようと思ったのか、小人族の少女がレフィーヤに声を掛ける。

 

 「あの、私はリリルカ・アーデと申します。この度は本拠(ホーム)にお邪魔してしまい、申し訳ありません。レフィーヤ様、でしたね?よかったら、おつまみをどうぞ」

 

 行儀よく丁寧な挨拶をされれば、例えそれが不埒者の知り合いだからと言っても黙っているわけにはいかない。簡単な挨拶を交わしてから、手渡されたおつまみを頬張る。そしてレフィーヤは、機が熟した頃合いを見計らってハムザを睨みつけた。

 

 「…ハムザさん、でしたね。それとアイズさん。さっきまでどこに行ってたんですか?」

 

 アイズは赤面して沈黙し、ハムザは「まぁ、あちこちに」と適当に答えた。

 

 すかさずリリが突っ込みを入れる。

 

 「答えになっておりませんよ、ハムザさま」

  

 「うるさい。それよりエルフのレフィーヤちゃん。君は滅茶苦茶かわいいな。どうだ、今度俺と一緒にオラリオの風俗を研究しに行かないか」

 

 (は、はぁぁあ!?この男、アイズさんの前で私をデートに誘うって、一体どんなつもりなの…?)

 

 「え、えっと…考えておきます。それよりアイズさん、一緒に行ったらどうですか?」

 

 「わたし…?わたしは、いいよ。レフィーヤ、行ってきなよ」

 

 (ど、どういうことなんでしょう…二人は付き合ってない…?)

 

 ハムザの発言に振り回され思考が追い付かないレフィーヤは、「あはは」と空笑いをしてから適当にはぐらかした。それからすぐのことだった。

 

 リヴェリアがもう遅いからお客には早く帰って貰った方が良いとロキに忠告をし、【テルクシノエ・ファミリア】の団員たちはしぶしぶと宴を切り上げて帰っていった。

 

 レフィーヤが耳にした彼らに関する情報に、有益なものは殆どなかった。彼らは新興派閥で、団長であるハムザでもまだ駆け出しの新人。当然のことながら、Lv.1だ。【ロキ・ファミリア】にとってみれば他愛もない程の弱小ファミリア。

 

 だが天界での親交から、ロキは女神テルクシノエに対して援助をするつもりらしい。

 

 分かった事はそれくらいだった。

 

 レフィーヤにとって本当に知りたい情報を握るの者は、紛れもなくアイズ・ヴァレンシュタインだけだ。彼女にハムザという名の変態冒険者との関係を聞いてみない事には、自分はとても前に進めそうもない。

 

 だから宴会が終わってそれぞれが部屋に戻る際、レフィーヤはアイズを捕まえた。

 

 「あの、アイズさん!」

 

 「……?レフィーヤ、どうしたの?」

 

 「その、聞きにくい事なんですが…。あの、アイズさんはハムザという冒険者と付き合っているんですか?」

 

 率直な質問だった。そうだ、と言われれば失恋の瞬間だ。しかし、レフィーヤには確信があった。二人の間に、愛情なんていうものはない。

 

 (そうです…。あるとすればむしろ、私とアイズさんとの間に違いないんです…!)

 

 「付き合って、ないよ。…どうして聞くの?」

 

 レフィーヤは大きくガッツポーズをして跳ねた。アイズの目の前だったが、そんな事は関係なかった。ただ、嬉しくて仕方がなかったのだ。

 

 「そうなんですねっ!安心しました。あんな変態の隣にいたのでは、アイズさんの格が落ちてしまいますから…ふふっ」

 

 満面の笑みを向けるレフィーヤにやや戸惑いながらも、アイズは逡巡して言った。言うべきではない、と思っていたことを、純真なレフィーヤを前に心が隠し切れなかった。

 

 「えっと…ハムザは、特別なスキルを持ってるの。彼とセックスすると、強くなれるんだよ。だから私、してみたいな…って思った」

 

 「えぇっ!?」

 

 まるで青天の霹靂だ。そんなスキルがあるなんて聞いたことがない。騙されているのではないかとレフィーヤは言ったが、アイズはロキからのお墨付きであることを告げた。つまり、そのスキルの存在は事実。そして性交渉をロキが容認していることも…。

 

 「そ、それじゃあ…アイズさん、それって体だけの関係っていう事ですか…!?」

 

 「…うん、そうなる、かな…。でも、ロキだって言ってたよ。今じゃ、みんな当たり前みたいにしてる、って…」

 

 そしてレフィーヤは爆発した。

 

 「あんな神様の言うことを鵜呑みにしてはいけません、アイズさん!アイズさんは純潔で、気高く理知的な女性でなくてはいけないんです!体だけの関係で男に弄ばれるなんてことは、アイズ・ヴァレンシュタインにはぜっったいにあってはいけません!」

 

 「え、えっと…」

 

 興奮してまくし立てられたアイズはどうしていいか分からず、レフィーヤをなだめることも出来なかった。仕方がなく、少女に問いかけた。

 

 「じゃあ、レフィーヤだったら、どうする…?」

 

 「え…?」

 

 「もし精液を飲むだけでランクアップできるなら、当然飲む、よね…?」

 

 「の、飲みません!私は全然そんな変態なんかじゃありません!」

 

 「そう…」

 

 「…あっ。今のは、その、忘れて下さい…」

 

 レフィーヤの発言に対し、アイズの目は曇った。少女と少女の心が通わなかった瞬間だ。

 

 もし心にひびが入る音が聞こえたなら、間違いなくこの時、二人の心から聞こえてきただろう。

 

 どちらも悲し気な目をしながら、俯いた。少しの沈黙が流れ、アイズは顔を上げた。

 

 「それじゃあ、おやすみ…」

 

 背を向け去って行くアイズの後姿を、レフィーヤはただ震えながら見送っていた。

 

 ●

 

 「それで結局だめだったんですね、ヴァレンシュタイン様とは」

 

 「まぁ、罰則のせいでな。好感度MAXだったから、そのうちやれるだろ。それよりあのエルフだ。レフィーヤちゃん、悪くない。ツンデレエルフは俺の大好物だ」

 

 テルクシノエの姿はそこにはなかった。リリとハムザは二人してじゃが丸クンを片手に、夜のオラリオを歩いている。呑気なハムザに対し、リリは憔悴しきった様子でとぼとぼと歩く。

 

 無理もない、昨晩まで【ソーマ・ファミリア】でほぼ奴隷のような日々を過ごしてきた少女が、次の日には超エリート集団の【ロキ・ファミリア】での宴に参加するなんて。

 

 飛べない豚が、急に飛べる豚たちの集会に出るようなものだ。自分は飛べないままなのに、空の心地よさとか、遥か彼方の雨雲の匂いなどに話を合わせ続けなければならない。自分は土の香りしか知らないと言うのに。

 

 「はぁ…リリは疲れました。なんですか、50階層までは余裕、その先もアイズ達なら余裕、挙句の果てには階層主もソロで余裕、だなんて!あり得ませんよ、あの人たちは怪物です。同じ生き物ではありません」

 

 「そうかぁ?それよりリリ、ちゃんとアイズちゃんの姿を焼き付けておいたな?」

 

 慣れぬ場での気苦労も然ることながら、リリはハムザに言い付けられた『任務』に対しても気を配らなければならなかった。

 

  「はい、ハムザさま。それはもうくっきりと思い出せますよ。一、煌びやかな金髪。二、輝く大きな金眼。三、小さな唇ふたつ。四、まっすぐ伸びた、高い鼻。五、抜群に艶やかで赤みを帯びた頬」

 

 「上出来だ」

 

 ハムザは満足気に、リリに頷いた。

 

 「本当に、うまくいくのですか?リリは殺されませんか?」

 

 「大丈夫、大丈夫。あのレフィーヤちゃんは間違いなくアイズちゃんに首ったけだ。彼女の言うことなら何でも聞く」

 

 「…それで私がアイズ・ヴァレンシュタインに変身して、レフィーヤさんを説得するのは分かりました。でも具体的には、どうしたらいいですか?」

 

 「簡単なことだ」

 

 ジャガ丸くんを頬張りながら、ハムザは自信満々に、はっきりと言った。

 

 「お前が明日ロキ・ファミリアに侵入して、偽アイズからのメモをレフィーヤに渡せ。そうしてツンデレエルフを呼び出して、アイズに変身したお前とのセクロスを見せる。そしてお前がこう言うのだ。レフィーヤもハムザ様に中出しセクロスしてもらわないと、駄目だよ?ってな」

 

 リリにはどうしてもうまくいくとは思えない計画だった。しかし、テルクシノエが【ソーマ・ファミリア】を乗っ取る事に成功したこともあり、ハムザは「今度は俺がロキ・ファミリアを乗っ取る」と気炎を上げている。

 

 「ツンデレエルフは乗っ取り計画の第一段階だ。次なるターゲットはアイズちゃん、リヴェリアちゃんだ。そいつらを手籠めにしてから、隙を見て主神を強奪する。恩恵(ファルナ)を封じさせてから団長を刺して終いだ。ふふ…やる気出てきた」

 

 「…テルクシノエ様は、リリがいよいよ危なくなったら、絶対助けて下さるでしょうか?」

 

 「奴ならこう言うだろう。『まぁ頑張れ』ってな」

 

 「それ、絶対助けてくれませんよね…」

 

 こうしてリリの【テルクシノエ・ファミリア】としての一日は、始終不安に包まれたまま過ぎていった。

 

 

 一方、黄昏の館では女神どうしの密会が行われていた。三人はリヴェリアに促され一緒に本拠地を出たが、見送りの際ロキがテルクシノエを引き留めたのだ。

 

 二人の女神は裏庭のベンチに腰掛け、魔石灯の下で怪しく微笑み合っている。

 

 「それが、ウチの計画や。この所、どうも胡散臭い連中が増えとってなぁ。次の遠征までには、色々と片を付けておきたい、っちゅーわけや」

 

 「なるほどなぁ、しかし本当に良いのか?奴に手を出せば、相当掻きまわされるだろう。お前の子供達は」

 

 ロキは口端を釣り上げ邪悪に微笑んだ。

 

 「かまへん、かまへん。ウチのファミリアを何だと思ってる。新種だろうが怪人(クリーチャー)だろうがどんと来いや。奴らにとって絶対に負けるしかない戦いが、そこにはあるんやでー?盤石に盤石を重ねてなぁ、激辛流の戦いを見せたる!」

 

 「それなら…まぁ、様子を見るとするか。私はもう帰る。おやすみじゃ、ロキ」

 

 「おー、おやすみぃー。ところでええんか?ほんまに、神酒の代金もらわんで」

 

 テルクシノエは優しく微笑んだ。子には見せない、女神の笑顔。それは親としてはなく、一人の女性として、気の合う友人に見せる笑顔だった。

 

 「構わん。こちらも世話になるからな。それじゃあ、またな」

 

 

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